Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

賀正新誕

2013/01/01 05:32:47
最終更新
サイズ
4.76KB
ページ数
1

分類タグ

 賀茂川の流れは、今夜も速かった。
 夜気は寒く凍えているが、風は吹いていない。朝から昼にかけて、慟哭のように吹き荒んでいた風は、夕刻に差し掛かった途端、ぴたりと止んでいた。
 嘶きのような風だった。
 龍が天高く舞い、嘶くかのような風だ。
 昼に目覚めた私が、最初に思ったことだった。夜も更けた今では、吹き荒んでいたその気配すら、綺麗さっぱり失せていた。
 そんなところも含めて、龍の嘶きのような風だと思った。
 大通り――三条河原の周辺は、多くの人で賑わっていた。子連れの夫婦、年若く中睦まじい男女、男仲間や女仲間。それだけに留まらず、異様な雰囲気を醸し出す組み合わせも、ちらほら見受けられる。
 独り身なのは、不思議と私だけだった。
 そのことが、奇妙な心地良さを感じさせた。
 何のことはない、ただの肌寒い夜である。もう数時間も経てば陽が昇り始めて、普段と寸分違わぬ朝が始まる。それだけの、何の変哲もない夜である。
 だと言うのに、人の往来は激しい。
 普段よりも多くの人で、三条河原は賑わっている。誰も彼もが、群れとも連れ合いとも言える他の人間たちと、歩幅を合わせながら歩いている。
 憧憬。
 浮かんだのは、取りとめもない感想だった。
 普段と変わらず、流れの急な賀茂川に沿って歩いた。丁度、遡上するかたちである。夜も遅いと言うのに、道を行く人影は多い。和気藹々と擦れ違う人々を横目にしながら、私は街並みへと目をやった。
 京都の街並みは古い。
 煌々と灯される人工の明かりは新しい。
 いつもよりも、多くの明かりが灯されていた。ただの夜だと言うのに、姦しいくらいの明かりが窺える。浮き足立ち、はしゃぐように群れを成している人々と、同じように思えた。
 ふわっと、心地良さが去来する。
 先程感じた奇妙な心地良さと、まったく同じだった。
 人知れず笑う。苦笑いとは、まさにこういう笑いのことを言うのだろう。擦れ違う人に悟られないよう、マフラーで隠した。風が止んでいるとは言え、今夜はやはり寒かった。冬の京都が寒いという言葉に、嘘偽りはなかった。
 通りから、河縁へと降りる。
 此処にも人は多い。
 幸い、空いているベンチはすぐに見つかった。深く腰を下ろしてから、白い息を吐き出した。尻に走った冷たさには、かすかに目をつぶった。
 火を灯す。
 対岸に見える人工の明かりと比べると、いかにも頼りなく思えた。
「ふう」
 紫煙が充分に昇ってから、溜め息のようにそれだけを言った。
「缶珈琲でも買ってくれば良かったかな」
 にべもない言葉だった。
 辺りに自販機でもないかと頭を巡らすが、それらしき明かりは見当たらなかった。ベンチに座り込み、談話に花を咲かせる人々の姿しか、見つけられなかった。
 背もたれに身体を預ける。
 自然と首は傾き、私は夜空を見上げる格好になった。
 少し欠けた月が白く染まっている。
 凍えるような夜には相応しいと、それだけを思った。
 賀茂川の、せせらぎとは言い難い水音が聞こえる。時折、嬌声のようにはしゃぐ人々の声が、私の耳朶を打つ。溜め息のように呟くことは、もうなかった。煙草をくわえて、音もなく細く吐き出す。口に広がる苦味は、嫌いではない。こめかみにまで昇って、凍えるような夜気を一層鋭くしてくる。この感覚もまた、私は嫌いではなかった。
 手のひらサイズほどの灰皿に、丁寧に灰を落とす。
 吸殻も灰皿に投じてから、私は改めて、対岸の街並みへと視線を下ろした。
 人工の明かりは、いつになく姦しい。
 目を凝らすと、対岸を往く人の影がうっすらと見えた。当然のように、その数は多い。
 ただの夜だと言うのに。
 肌寒く、寝具に身を包んで暖かく惰眠を貪ることこそ、一番賢い行動だと言うのに。
 人の往来は、何処もかしこも激しかった。
 もう一度、夜空を仰ぐ。
 白く染まった月を、目を細めながら見つめた。
 何処か遠くで、鐘の音が鳴った。
「はい」
 月に影が差した。
 よく見ると、横手から差し出された手だった。缶珈琲が握られている。
「私の奢り」
 見知った顔だった。
 波打った金髪は、真っ白な月明かりによって、上質な金細工のようにも見えた。笑みのかたちに細められた金色の瞳には、九割ほどの親しみと、一割ほどのそれ以外とが覗いている。傍らに昇った吐息は、紫煙のように白かった。
「ありがとう」
 受け取った缶珈琲を開ける。
 よく冷えているといった、姑息な悪戯はなかった。ほんのりと暖かく、喉を潤すのには程好かった。
「本当、放浪癖があるわよね」
 マエリベリー・ハーンは、私の隣に腰掛けた。
「蓮子って」
 中身が充分に残っている缶を、傍らに置いた。火を灯して煙草をくわえる。
 缶珈琲特有の甘ったるさが、一服には丁度良かった。
「今」
 メリーの口から、白い息が昇る。
「何時?」
 少し欠けた白い月を、私は見つめた。
 宝石とも言えないほど、小さく輝く星々も見つめた。
「零時一分五十八秒」
「正確ね」
「それがモットーだから」
「その割には、時間を守るのは苦手よね」
「それもモットーだから」
「何よそれ」
 メリーに怒った様子はなかった。口元に手を寄せて、面白そうに笑っている。
 わざとらしい仕草だった。
 メリーを尻目に、傍らの缶珈琲を手に取る。
 甘味が広がった。煙草の苦味や夜気の酸味と、とても良く合っていた。
 賀茂川の流れが聞こえてくる。
 姦しい話し声が、方々から届いてくる。
 対岸の明かりは煌々と灯っており、夜空の星月は控えめに照り輝いていた。
 なるべく音を立てず、鼻で息を吸う。
 冬の夜気は鋭く、そして不思議と心地良かった。
 どれくらい、そうしていただろう。時刻を見るようなことはしなかった。
「ねえ、蓮子」
「あのさ、メリー」
 口を開いたのは、ほぼ同時だった。

「あけましておめでとう」
 
 謹賀新年。
 今年も、また会いましょう。

 ご読了、誠にありがとうございました。
爪影
[email protected]
http://tumekage.blog.shinobi.jp/
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
こういう新年の迎え方、理想的。
実際は寒いんだろうけどなあ・・
2.奇声を発する程度の能力削除
理想的な感じですね
3.程度の能力削除
あけおめ
4.名前が無い程度の能力削除
二人で静かにあけおめ。いいですね。
5.名前が無い程度の能力削除
おめでとうございます。面白かったです。