静かな境内の石畳が、音もなく濡れる。
重い灰色の空から白い結晶が落ちてくるのを、黒い烏が丸い目で見つめていた。
烏が止まる屋根の下、いつもなら紅白の巫女が座っている縁側に人の姿はない。かわりに、閉ざされた障子の向こうから明かりが漏れている。
「今年ももう終わりね」
肴の冷奴を平らげた文が箸を置きながら言った。対面に座る霊夢は、ほんのり赤く染まった頬をこたつの天板に押し当て、空になった徳利を転がしている。
「あっついわぁ」
「飲みすぎよ。一人で三本、しかもすごいスピードで空けて」
「文ももっと飲みなさいよぉ。あんた全然飲んでないじゃないの」
「今酔い潰れたら起きるの明日になるわよ」
「む」
徳利を転がす手を止めた。
霊夢の手を離れた徳利を止め、文は霊夢の頬をつまんだ。
「何すんのよぉ」
間延びした声に応えずむにむにと頬をいじり続ける文の手を鬱陶しそうに払いのけ、その甲を抓った。
「酔ってるでしょ」
「まだまだ」
ふふ、と微笑し、手酌で猪口を満たして一息に飲み干した。霊夢はその様子を見、すぐに眠たげに目を細めた。
「こら、寝ないの」
「むり、げんかい」
かり、と霊夢の短く切り揃えられた爪が天板を掻いた。そのまま目を閉じてしまった霊夢を見ながら、文は思案顔で猪口の縁をなぞった。
風邪をひく、身体を痛めると起こすべきか。でもこんなに安らかな顔をしているのだ。邪魔をするのも忍びない。
逡巡の後、文は立ち上がって部屋の隅にあった毛布を霊夢に掛けた。ついでに顔にかかった髪を耳にかけてやる。小さな耳を指先がかすめた。
寝顔はかわいいのになあ、と失礼なことを考え、空の徳利やつまみを盛っていた皿を持って台所に向かった。
文のいなくなった部屋で、霊夢はうっすらと目を開けた。
半ば夢の中にいるようなぼんやりした目で文の座っていたところを見つめ、毛布がかけられているのに気付いてその端を握った。
不満そうな表情で頭を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。瞳に何か――寂しさだろうか――が過ぎり、唇を噛んだ。
すん、と鼻を啜った霊夢の耳に、皿のぶつかる軽い音が届いた。それに紛れてかすかに聞こえる鼻歌で、そこにいるのが文だとわかる。
しばらく台所の音に耳を傾け、頭を天板の上に戻して目を閉じた。先程まで浮かんでいた不満はどこにもなく、文がいた時の穏やかさだけがあった。
文が洗い物をする音だけがするが、それも境内には届かず、消える。
しんしんと降る雪が、新年の迫る郷を白く染め始めていた。