しんしんと降り積もる雪が、この世界を覆ってゆく。他者からこの世界を。他人からこの地の住人を。今年は雪が多いと博麗の巫女がのたまっていた。実感は湧かないが、たぶんきっと、そうなのだろう。
現世でも雪は嫌というほど経験してきた。背をとうに越す雪深い土地に生きたことも、雪に閉ざされた世界で雪解けの春を待って眠りに就いたこともある。埃のように軽いくせに、積もれば山のようになり一人では容易に除けることができなくなる恐怖も知っている。
「ぬえ。寒い」
「ちょっと休憩する?」
「する」
本来であれば海で着用するためのセーラー服。照りつける太陽と真っ青な海、白い砂浜が最も似合うような純白の服。その格好は寒々しく、純白の布地はこの雪景色の中に埋もれてしまう。私の肌はかなり白いが、彼女は白ではなく「青白い」という形容が最も似合う色をしている。長くキスをすれば呼吸困難で目元から順に真っ赤になり、首を絞めればいやらしい笑みのまま紫色へと変色していく。それほどに彼女の肌の色は白く、何かに染まりやすい。
青白い肌の彼女は、過去の行いとは正反対の色の服を着ている。一片の曇りもない真っ新な白。ドブ臭く、ぬかるんで重い緑の滲みはまるで見当たらない。それが嬉しくて、だけどもちょっぴり寂しくて。だって、ムラサとしての彼女も愛しているから。
「買い物全部済んだよね」
「ちゃんとリスト見ながらやったじゃん」
「いや、買い忘れがあったら嫌だなって」
「買い忘れあったらまた大掃除抜け出せるよ?」
「こーらっ」
彼女は聖に心酔していて、聖から与えられた服をいつも丁寧に扱い、ほつれたらすぐに繕って幾年と着用している。地底にいた頃からあの服を着ている時もあったから、千年に近い時をあの服と過ごしているのではないだろうか。しかし、洗濯竿に干されたセーラーの襟首が皮脂で黄ばんでいるのを見たことはない。彼女は妖怪であるけれど、本質は舟幽霊なのだから、汗をかくといった生物的な現象はなくて当たり前なのだ。
「みな白すぎ。雪に攫われちゃうよ?」
「なぁにをふざけたこと言ってんの」
生気の感じられない無機物的な美しさと、すぐさまに崩壊していきそうな脆さ。 降り続ける雪を一陣の風が巻き上げて、舞い上がる。 地表に落ちて死んだはずの雪が息を吹き返して粉雪となり、舞い、彼女の姿を覆う。白の世界が彼女を呑み込む。
「どっかに行っちゃわないように、掴まえておこう!」
「ふにゅっ」
「へへっ、私あったかいでしょ?」
「……うん」
ただでさえ白いセーラーの上から、さらに真っ白なコートを羽織っている。羊毛で出来ていてあたたかい空気を閉じ込めてくれるし、何より古風な学生さんのような見目が可愛らしかった。このコートを買い与えた聖のセンスを褒め讃えたくなる。コート自体は本人に合っているが、白に白の組み合わせによって姿はより景色に溶け込んでいる。もし倒れて雪中にうずくまっていたら気付かないほどだ。例えば、さっきみたいに。
肌も格好も白尽くめなのに、髪は私と同じくらいの漆黒。いや、もしかしたらもっと色濃いかもしれない艶やかな黒髪で、この雪景色の中では一層と際立って濃く見える。おまけに両の緑の瞳は景色にまるっきり溶け込むことなく、人魂みたいにぼうっと燃えている。
「手、まるで血通ってないみたい。貸しなよ」
「本当に通ってない可能性もあるんだけどね」
「私が通わせたげる」
透き通ったように色の抜けた指先を掴んでぎゅうっと握り込み、はぁと吐息をかける。少しだけあたたかくなった指先が、また寒風にやられてすぐに冷えて、彼女の元来の冷たさも併せて温度は消滅する。彼女は冷たいのではなく、温度を発することがほとんどないから冷たい。生きてはいるが、自らの内に熱源はない。だから、私は私のぬくもり全てを奪って欲しいと願うほどに彼女に熱を与えたいと願っている。
「手袋あるの忘れてたから帰りは嵌めて帰ろう?」
「そうしよっか」
「みなが辛いの嫌だからね」
「二人分あるわよね?」
「私はぽっかぽかだからいーの」
私たちは年末の買い出しという大切なミッションを仰せつかっていた。重労働と師走の空気に込み合う里で揉まれるという大変さはあったが、大掃除が嫌いな私にとっては適任すぎるポストだった。しかも、彼女と来れたのだから尚更に。
掴んだ彼女の指先を私の頬まで導いて触れさせる。ひんやり冷たい、いや、縮こまるくらいに辛く冷たい肌が私に触れた。体温全てを分かち合って、最後には私が冷たくなって固く動かなくなってしまっても構わないから、この温度が少しでも彼女に移るように頬と私の手で挟み込む。
「寒くない? 冷えちゃうでしょ」
「みなへの愛で燃えたぎってるから大丈夫」
「だったらそれ、余計に嫌だ」
「大丈夫だってば。獣ベースの妖怪ナメんな! ほっぺた触ってても、手袋なしでも平気よ」
「ううん、違う。だって、私への愛、冷めてほしくないもん」
長らく地底にいたからよく理解している。緑目のお嬢さんは、総じて嫉妬に生きている存在なのだ。想い一つでその身を変えてしまうのだって何のその。もしも彼女が嫉妬に狂ったらどんな姿になるのだろうか。人ではない鵺の姿にお似合いの、おぞましい姿になってくれたら嬉しい。
「……そういう可愛いこと、他の人の前で言わないでね」
「あんた以外の誰に言うってのよ、ばーか」
「ちょ、馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!?」
「じゃあ間抜け」
「違う!」
「このヘタレ」
「……ぅぐ」
山盛りになった買い物袋の底を漁って、モコモコとした白い手袋を発掘する。出掛ける際に急いでいたため、一人分しか持って来なかったことが間違いだった。否、あながち間違いでもなかったかもしれない。
「なら手袋、半分こしよう。ほら、片っぽあげるから」
「うん」
「こっちは私が嵌めるからね。でもって、もう片っぽは……繋いで帰ろう?」
青白い肌に、真っ白なセーラー、真っ白なコートを羽織って、さらに片方だけの白い手袋をはめた彼女が降り続ける雪の中、微笑んで私に近付く。ムラサでもなく、おぞましい姿でもなく。
「……よろしい。よく出来ました」
海から上がった彼女は、私にとっての彼女は、ただの天使だった。
現世でも雪は嫌というほど経験してきた。背をとうに越す雪深い土地に生きたことも、雪に閉ざされた世界で雪解けの春を待って眠りに就いたこともある。埃のように軽いくせに、積もれば山のようになり一人では容易に除けることができなくなる恐怖も知っている。
「ぬえ。寒い」
「ちょっと休憩する?」
「する」
本来であれば海で着用するためのセーラー服。照りつける太陽と真っ青な海、白い砂浜が最も似合うような純白の服。その格好は寒々しく、純白の布地はこの雪景色の中に埋もれてしまう。私の肌はかなり白いが、彼女は白ではなく「青白い」という形容が最も似合う色をしている。長くキスをすれば呼吸困難で目元から順に真っ赤になり、首を絞めればいやらしい笑みのまま紫色へと変色していく。それほどに彼女の肌の色は白く、何かに染まりやすい。
青白い肌の彼女は、過去の行いとは正反対の色の服を着ている。一片の曇りもない真っ新な白。ドブ臭く、ぬかるんで重い緑の滲みはまるで見当たらない。それが嬉しくて、だけどもちょっぴり寂しくて。だって、ムラサとしての彼女も愛しているから。
「買い物全部済んだよね」
「ちゃんとリスト見ながらやったじゃん」
「いや、買い忘れがあったら嫌だなって」
「買い忘れあったらまた大掃除抜け出せるよ?」
「こーらっ」
彼女は聖に心酔していて、聖から与えられた服をいつも丁寧に扱い、ほつれたらすぐに繕って幾年と着用している。地底にいた頃からあの服を着ている時もあったから、千年に近い時をあの服と過ごしているのではないだろうか。しかし、洗濯竿に干されたセーラーの襟首が皮脂で黄ばんでいるのを見たことはない。彼女は妖怪であるけれど、本質は舟幽霊なのだから、汗をかくといった生物的な現象はなくて当たり前なのだ。
「みな白すぎ。雪に攫われちゃうよ?」
「なぁにをふざけたこと言ってんの」
生気の感じられない無機物的な美しさと、すぐさまに崩壊していきそうな脆さ。 降り続ける雪を一陣の風が巻き上げて、舞い上がる。 地表に落ちて死んだはずの雪が息を吹き返して粉雪となり、舞い、彼女の姿を覆う。白の世界が彼女を呑み込む。
「どっかに行っちゃわないように、掴まえておこう!」
「ふにゅっ」
「へへっ、私あったかいでしょ?」
「……うん」
ただでさえ白いセーラーの上から、さらに真っ白なコートを羽織っている。羊毛で出来ていてあたたかい空気を閉じ込めてくれるし、何より古風な学生さんのような見目が可愛らしかった。このコートを買い与えた聖のセンスを褒め讃えたくなる。コート自体は本人に合っているが、白に白の組み合わせによって姿はより景色に溶け込んでいる。もし倒れて雪中にうずくまっていたら気付かないほどだ。例えば、さっきみたいに。
肌も格好も白尽くめなのに、髪は私と同じくらいの漆黒。いや、もしかしたらもっと色濃いかもしれない艶やかな黒髪で、この雪景色の中では一層と際立って濃く見える。おまけに両の緑の瞳は景色にまるっきり溶け込むことなく、人魂みたいにぼうっと燃えている。
「手、まるで血通ってないみたい。貸しなよ」
「本当に通ってない可能性もあるんだけどね」
「私が通わせたげる」
透き通ったように色の抜けた指先を掴んでぎゅうっと握り込み、はぁと吐息をかける。少しだけあたたかくなった指先が、また寒風にやられてすぐに冷えて、彼女の元来の冷たさも併せて温度は消滅する。彼女は冷たいのではなく、温度を発することがほとんどないから冷たい。生きてはいるが、自らの内に熱源はない。だから、私は私のぬくもり全てを奪って欲しいと願うほどに彼女に熱を与えたいと願っている。
「手袋あるの忘れてたから帰りは嵌めて帰ろう?」
「そうしよっか」
「みなが辛いの嫌だからね」
「二人分あるわよね?」
「私はぽっかぽかだからいーの」
私たちは年末の買い出しという大切なミッションを仰せつかっていた。重労働と師走の空気に込み合う里で揉まれるという大変さはあったが、大掃除が嫌いな私にとっては適任すぎるポストだった。しかも、彼女と来れたのだから尚更に。
掴んだ彼女の指先を私の頬まで導いて触れさせる。ひんやり冷たい、いや、縮こまるくらいに辛く冷たい肌が私に触れた。体温全てを分かち合って、最後には私が冷たくなって固く動かなくなってしまっても構わないから、この温度が少しでも彼女に移るように頬と私の手で挟み込む。
「寒くない? 冷えちゃうでしょ」
「みなへの愛で燃えたぎってるから大丈夫」
「だったらそれ、余計に嫌だ」
「大丈夫だってば。獣ベースの妖怪ナメんな! ほっぺた触ってても、手袋なしでも平気よ」
「ううん、違う。だって、私への愛、冷めてほしくないもん」
長らく地底にいたからよく理解している。緑目のお嬢さんは、総じて嫉妬に生きている存在なのだ。想い一つでその身を変えてしまうのだって何のその。もしも彼女が嫉妬に狂ったらどんな姿になるのだろうか。人ではない鵺の姿にお似合いの、おぞましい姿になってくれたら嬉しい。
「……そういう可愛いこと、他の人の前で言わないでね」
「あんた以外の誰に言うってのよ、ばーか」
「ちょ、馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!?」
「じゃあ間抜け」
「違う!」
「このヘタレ」
「……ぅぐ」
山盛りになった買い物袋の底を漁って、モコモコとした白い手袋を発掘する。出掛ける際に急いでいたため、一人分しか持って来なかったことが間違いだった。否、あながち間違いでもなかったかもしれない。
「なら手袋、半分こしよう。ほら、片っぽあげるから」
「うん」
「こっちは私が嵌めるからね。でもって、もう片っぽは……繋いで帰ろう?」
青白い肌に、真っ白なセーラー、真っ白なコートを羽織って、さらに片方だけの白い手袋をはめた彼女が降り続ける雪の中、微笑んで私に近付く。ムラサでもなく、おぞましい姿でもなく。
「……よろしい。よく出来ました」
海から上がった彼女は、私にとっての彼女は、ただの天使だった。
危なっかしささえ感じるくらいに互いに好き合っている二人の関係が、いつも通りで安心しました。
冬ならではの暖かさや温もりが二人の描写から匂い立っていて、こちらもほっこりしましたよ!
特に印象に残ったのは最後の一文、とその前。雪景色に、黒髪白コートの水蜜が鮮やかに想像できて素敵です。
なんと云いますか、危なっかしさというよりも、儚さでしょうか。いや、やっぱり危なっかしいですかね、そんな氏の
ぬえむらの基本線はズレることが本当になくて、毎度ながらほっこりする反面、冷や冷やもしてしまいますw
ありがとうございます! また読ませて下さい!
プラスだけでなくマイナスも引っ括めて通じ合う二人がやっぱり可愛くて可愛くてご馳走座でした
やはりぬえむらは至高の嗜好