妖怪の山に群生する紅葉の、その一本の大きくうねる根に腰かけている天狗。姫海棠はたて。何やら俯いてぐちぐちと何かを呟きながら柔らかい地面を下駄で踏んでは蹴り、踏んでは蹴りを繰り返していた。これこそが、彼女が新聞の文章を練る上での重要なスタイルである。
文に、爪を噛んではいけませんよ、女の子ですからと言われた事も少し悔しく感じる。いつのまにか噛んでいるから。癖だから仕方ないと自分で言い訳を作って左手の親指の爪を噛みながら右手で携帯を取り出して熱心に文章を打ちこむ。検索機能を使って画像を表示したかったのだが、なかなか表示が遅い。
「ああ、もう……」
この携帯もそろそろ河童に協力してもらって修理してもらうべきかしら、と考えてみたが、それなりに費用もかかる。無償ではない。河童はしっかりしているものだ。
携帯をパク、と閉じて私も文みたいに直接取材の方がいいのかしら、なんて思っている。このスタイルって、今じゃ逆に流行おくれ?
「あれ、はたてさん?」
突如後ろから声がかかり、振り向いてみるとにとりが立っていた。
「こんなとこで何やってんの」
「あんたこそ……」
と言いかけて、にとりのポケットの工具に目をやる。また何か作ったのかしら……。
「最近は発明が捗っててねぇ、頭の回転に手が追い付かないくらいだよ。はたてさんも手伝ってくれたらいいんだけど。」
「嫌よ、私はあくまで使用者だし……、それに、天狗なんか使ったってどっかに逃げちゃうわよ」
「そうかい」
にとりはけらけらと笑いながら木の根に腰かけた。
「じゃ、その携帯貸してくれるかな」
「は?」
「は、って何さ、直してあげるよ」
何で携帯が調子悪い事知ってる訳?と聞こうとしたが、その前ににとりが携帯を取り上げた。
「電子機器はデリケートだからねぇ~、はたてさんは結構乱暴に扱ってそうだから」
「何よ、それ」
少しむっとしながら気づいた。
「えっと……私修理費払えないわよ……?今お金ないし」
「いいよいいよ、サービス」
やけに気前がいいわねえ、と皮肉ろうとすると、
「こういうのはね、サービスがあるからこそまた使ってくれるんだ。使用者と作成者、どちらにも利があるんだよ。……まあ、最近学んだ事なんだけどね。勿論、利だけを考えてる訳じゃないさ。作成者はその道具をずっと使ってくれると嬉しいし、使用者はそのサービスを受けるともっと使おうという気になるだろう?それこそ相互に嬉しくなれるんじゃないかなあ……はい、できたよ」
「あ、ありがと」
携帯を開いて画像検索すると、今までよりもっと早く表示されるようになっていた。修理というよりも、性能がちょっぴり上がったようだった。
「にとりにしては、良い事言うじゃない」
「まあ、これもエンジニアの仕事よ。サービスってのは、いつの時代にもあったからねえ。私はずっとそのスタイルを貫きたい」
「……私も、サービスとかいうのを、新聞を通して伝えられたらいいな、なんて……流行云々より、スタイルを貫く人はかっこいいわ」
その言葉を伝えた途端、妙に照れくさくなって手で顔を隠した。
「ありがとう。今度でいいから取材してくれると嬉しいな。……あと、爪は噛まない方がいいよ」
「な……」
「女の子だからね」
そう言うと、にとりは腰を上げて歩いて行った。
少し悔しがりながらも、文とは違う、もう一人のライバルができた事が、ちょっぴり嬉しかった秋の日だった。
こんな二人の関係も良いものですね。