-R-
「…!」
空気を切る音と軽やかな靴音に、神社の石畳を覆う色とりどりの落葉を掃いていた手が、瞬間的に止まった。私は面を上げる。
「こんにちは、霊夢」
その澄んだ声と、軽く首を傾けたために涼やかに流れる金髪。今日は晴れ渡る晴天だったから。
透き通るような金髪が光を反射してキラキラと輝いて、いつもに増して美しい。
一瞬見惚れそうになり、すぐに瞳を逸らした。頬が熱いけど、いつもの無表情がうまく隠してくれるといい。
「こんにちは、アリス。……今ので少し葉が舞ったんだけど」
あぁ、可愛くないな。照れ隠しに、まるで姑みたいな細かいことを、口が付く。
目の前のその人は、くすくすと笑って。
「もうすぐ終わる? あ、お茶じゃないの」
彼女の言葉に、ぱっとお茶のもてなしが浮かんだ私を、彼女は制した。
「散歩しましょう?」
-A-
その日私はうきうきしていた。
月に一度の満月を迎え、計画していた研究も程ほどにまとまったし。
霊夢の方も、村での地鎮祭など、それなりに忙しい時期を超え。ようやく、のどかな日常を満喫できる時間ができた。彼女に会えるのは、二週間ぶり。正直十日ぐらいから限界は来てた。
箒に送る魔力だって、無意識に強くなるってもの。
神社の石畳に、小さな姿が見える。遠くからでもはっきりわかる、紅白の巫女姿。
降り立って、彼女がくれた微笑が、私の心を掴んで苦しい。
「…………散歩はいいんだけど。どうして手を繋ぐのよ」
「いや?」
「嫌じゃないけど……」
頬が心持ち紅いから、きっと本気で嫌がってるわけじゃない、よね?
「誰かに見られたら……」
「大丈夫よ。周り林じゃない」
「でもここ、幻想郷よ? いつ誰が見てるか……」
「ダメ……?」
「…………」
霊夢は気付いてるのかしら。彼女は私と親密になってから、色んな表情を見せてくれるようになった。
今だって、本人は気付いていないのかもしれないけど、拗ねるように唇を尖らせてる。
「霊夢の手、気持ちいい」
軽く繋ぐだけだった手を、少しだけ撫でさすってみる。説得する以外の、少しの疾しい気持ちもあった。
「……っ」
手の腹を、少しだけ指で擦ってみる。包む手のひらが、びくっと跳ねる。とっさに逃げようとする寸前に、私は恋人つなぎをして捕まえてしまった。
「ややややめてよ」
「ふふ」
すっかり紅くなった顔と、逆八の字を書いた眉の形に、笑みが抑えられなかった。
-R-
…………アリスのやつ、気付いてるのかしら。
彼女の手は、細く長く、精巧で。いつまでも見ていたいほどに、美しい。さらに、人形を操るときの繊細な仕草は、我を忘れ、見惚れてしまう。
その手に、絡め取られてしまえば、私は何も言うことができなくなってしまう。彼女の中でも、一、二を争う、魅了されている部分だった。
それと……思い出してしまうことがある。
私達は付き合いだしてから大体三ヶ月程度である。四季のうちの一つ、秋を越えたぐらい。
そして会えなくなる、ちょっと前に、私達は始めて体を交わした。
手の感触は、その時の記憶を私にまざまざと思い出させた。
誘われてるのかな(そんなわけないか)、ドキドキする。
周りの景色なんか目に入ってこなかった。軽く散策しながら、アリスはいつまでも私の手を繋いでいるし、
いつまでも微妙に動きを変え、私の手の感触を味わっていた。
やめてほしい、恥ずかしいから……。近頃私は悩んでいることがある……。
-A-
最初こそ嫌がりはしたけど、それ以降は何も言ってこない。
だから私は調子に乗って、林から吹いてくる風を頬に感じながら、霊夢の手の感触も堪能していた。
霊夢の手は、いつ触っても、どこかひんやりとしている。神社の神事で水を使うことも多いのだろう。
絹のような、という感触とは違うが、凛とした無骨さがある。もちろん、女の子らしい柔らかさの中に。
私は、彼女の手が好きだった。
ちらっと様子を伺えば、常に手をさすり続けているせいか。頬の紅潮は取れないままだった。困ったように顔を俯かせ、長い黒いまつげが、憂うように目のふちを彩る。
……ドキドキしてしまう。ずっと会えなかったんだから。
ずっと会いたかった。
「……? ……」
私の視線に気付いて、霊夢はきょとんと顔を上げるが、ばちっと目が合うと、すぐに伏せてしまう。いけないことを考えてるのがばれたのだろうか。頬の赤さは、その色を増した。あぁ、もうダメだわ。私は足を止めた。
「霊夢」
「なに」
「会いたかったわ」
「アリス…………、って、ちょちょちょ、ちょっと……!」
行き先なんてどこでも良かった。この道が、先に湖を望んでいるとか、それもどうでもいい。
二人きりになりたかった。それが、いつもと違うところなら、なおさらにいい。
なし崩すように、彼女の体を近くの樹に押し付ける。細い腰を抱き、首筋に唇を添え、彼女の髪の香りを堪能する。曲線が気持ちいい、腰は撫でさすったまま。
「や、やめて……」
「どうして? 嫌?」
「……っ……」
何かを言いかけ、けど口元は閉じられた。ほんの少しだけ、霊夢は本当に困った顔をしていた。
少し心配になる。けど、美しいうなじが目の前にあって、彼女のぬくもりが私を誘っていて、いまさら止めようがなかった。
小さく音を立てて、首筋に口付けをする。霊夢の体は大げさなぐらいにびくついて、そのあとは私の吐息でさえくすぐったいようだった。
本当は、彼女の弱い部分に向けて、微妙な加減で顔を近づけていた。腰を触っていた手を、体を開かせるように、腿へと移動させる。体を押し付ければ、胸のふくらみが服越しに感じられて、緊張か興奮か、少し乱れだした彼女の呼吸が耳元に届く。言葉にならない吐息が、唇から零れ落ちる。それに、みっともないぐらい私の息も乱れだす。素肌を感じたくて、鎖骨が見たくて、胸元をはだけさせようと手が動く。
「……っ、ダメっ」
けれど、その白い胸元が目の前に現れる前に。結構な強い口調で、霊夢が私から離れた。視界を埋め尽くしていた、彼女の姿も、ぬくもりも唐突に消えさる。興奮してまもない体が、辺りの肌寒い風を一瞬で捉え始めた。
顔を向けると、樹の幹から離れた霊夢は私から体を避けていた。きゅっと胸元の服を寄せているのが見える。
私の中に、今更、何かに追われる時のような、焦りが生じた。
「霊夢……?」
「…………」
何も言ってくれない。嫌な沈黙が辺りに広がった。
「……ごめん、本当に嫌だったのね」
言ってて悲しくなった。霊夢はさっきから「嫌」と言っていたのだから、本当も嘘もないのだろうけど……。
ずっと会いたかった。
出会う前は、お互いを知らないまま、別々の人生を歩んでいたというのに。
奇跡的にも自分の好きになった人に、同じように想ってもらえるという幸運を手にするまでは、せいぜい一ヶ月に一回、顔を合わす程度だったのに。
今はまるで、私は野獣みたいだ。欲しくて欲しくて仕方ない。
ただ唯一、自分は男ではないから、相手に自身の欲求を吐き出す心配はないことだけ、良かったなんて思ったこともあったけど、これでは……。
「…………もう、手を繋ぐのも嫌?」
今日のデートは失敗かも。それも仕方ない。だけどせめて、こちらを向いて欲しい。慎重に、彼女の前に周った。
「もう、しないから……霊夢、こっち見て」
「違うの……。アリス、違うの。……私ね」
「うん」
「…………少しおかしくなってる。近頃、こんなの私じゃないって思うのよ。あなたと付き合うようになってから。今までの自分がどうだったか、思い出せない。近頃魔理沙と話してるときも、わからなくなる時があるの。前は……こんなじゃなかった」
胸騒ぎがする。言い知れぬ不安が、私の胸を襲っていた。霊夢の手が、私の頬に触れる。
「会えない日が続くと、……うぅん、唐突に夜、あなたの顔が浮かぶことがある。人と話してる時も、神社の掃除をしてる時も。掛けてくれた言葉、してくれたこと、笑顔が、胸をついて。会いたくなる。感じたくなる。…………そうしたら、段々、誰に対しても距離を持って接していた時の自分が、思い出せなくなる。感情の起伏がなかった頃の、自分がわからなくなる。」
「れ…、」
「あなたが好き」
たった一言。それはまるで、誇張でもなんでもなく、私と生を結びつける、何か至上のようなものに感じられた。
「私は、本当はこんなこと考えちゃいけないはずなのに、だけど止められない。……もっと、して欲しいの。
もっと求めてもらいたい。私もずっと……会いたかった」
私は彼女の体に手を回し、ぎゅっときつく抱いた。そうして、深く深く口付けた。
頬が熱い。熱が体中に溜まって、彼女と分け合うことを求めていた。
今さっき反省したばかりだというのに、息を乱して、理性を吹き飛ばして、私は彼女と求めるままに口付けを交わした。今度は霊夢も求めてきてくれた。猥らな水音が、辺りに密やかに響いて、ようやく離れた口元は、糸が繋がる。
胸に触れる。霊夢は濡れた瞳のまま、自分から顔を近づけてくれて、私の手を包んでくれた。
「好き……」
彼女が泣くから、私は力の限り彼女を抱きしめた。
「愛してる」
-R-
初めての感情を持て余してしまう。もしかしたら今まで自分は、思う以上に自分の責務に忠実だったのかもしれない。
博麗の巫女としての私。今まで、ほとんどの人生を過ごしてきた、自分の存在意義。
思春期と言ってしまえば、それまでなのだろうけど、ギャップが在りすぎて、この数ヶ月、私はそれを埋められずにいた。
会いたい、さみしい。
人間らしい感情はとても本能に忠実で。生をまざまざと感じた。これが理屈じゃないってことなんだと悟った。
彼女の手が、私の心を開いていく。
心の奥底の、灯火に似た炎を、優しく丁寧に、強くしていってくれる。
あなたの手が好き。
あなたの唇が好き。愛の言葉を囁いてくれる、その心が。
素直さを教えてくれた。寂しさを教えてくれた。孤独を認識させ、そして埋めてくれる。
優しさを伝えてくれる。
「アリスが、好き……、…っ」
「一生大事にするから……私だけを見ていて……」
「あ……」
光が弾ける。
「…!」
空気を切る音と軽やかな靴音に、神社の石畳を覆う色とりどりの落葉を掃いていた手が、瞬間的に止まった。私は面を上げる。
「こんにちは、霊夢」
その澄んだ声と、軽く首を傾けたために涼やかに流れる金髪。今日は晴れ渡る晴天だったから。
透き通るような金髪が光を反射してキラキラと輝いて、いつもに増して美しい。
一瞬見惚れそうになり、すぐに瞳を逸らした。頬が熱いけど、いつもの無表情がうまく隠してくれるといい。
「こんにちは、アリス。……今ので少し葉が舞ったんだけど」
あぁ、可愛くないな。照れ隠しに、まるで姑みたいな細かいことを、口が付く。
目の前のその人は、くすくすと笑って。
「もうすぐ終わる? あ、お茶じゃないの」
彼女の言葉に、ぱっとお茶のもてなしが浮かんだ私を、彼女は制した。
「散歩しましょう?」
-A-
その日私はうきうきしていた。
月に一度の満月を迎え、計画していた研究も程ほどにまとまったし。
霊夢の方も、村での地鎮祭など、それなりに忙しい時期を超え。ようやく、のどかな日常を満喫できる時間ができた。彼女に会えるのは、二週間ぶり。正直十日ぐらいから限界は来てた。
箒に送る魔力だって、無意識に強くなるってもの。
神社の石畳に、小さな姿が見える。遠くからでもはっきりわかる、紅白の巫女姿。
降り立って、彼女がくれた微笑が、私の心を掴んで苦しい。
「…………散歩はいいんだけど。どうして手を繋ぐのよ」
「いや?」
「嫌じゃないけど……」
頬が心持ち紅いから、きっと本気で嫌がってるわけじゃない、よね?
「誰かに見られたら……」
「大丈夫よ。周り林じゃない」
「でもここ、幻想郷よ? いつ誰が見てるか……」
「ダメ……?」
「…………」
霊夢は気付いてるのかしら。彼女は私と親密になってから、色んな表情を見せてくれるようになった。
今だって、本人は気付いていないのかもしれないけど、拗ねるように唇を尖らせてる。
「霊夢の手、気持ちいい」
軽く繋ぐだけだった手を、少しだけ撫でさすってみる。説得する以外の、少しの疾しい気持ちもあった。
「……っ」
手の腹を、少しだけ指で擦ってみる。包む手のひらが、びくっと跳ねる。とっさに逃げようとする寸前に、私は恋人つなぎをして捕まえてしまった。
「ややややめてよ」
「ふふ」
すっかり紅くなった顔と、逆八の字を書いた眉の形に、笑みが抑えられなかった。
-R-
…………アリスのやつ、気付いてるのかしら。
彼女の手は、細く長く、精巧で。いつまでも見ていたいほどに、美しい。さらに、人形を操るときの繊細な仕草は、我を忘れ、見惚れてしまう。
その手に、絡め取られてしまえば、私は何も言うことができなくなってしまう。彼女の中でも、一、二を争う、魅了されている部分だった。
それと……思い出してしまうことがある。
私達は付き合いだしてから大体三ヶ月程度である。四季のうちの一つ、秋を越えたぐらい。
そして会えなくなる、ちょっと前に、私達は始めて体を交わした。
手の感触は、その時の記憶を私にまざまざと思い出させた。
誘われてるのかな(そんなわけないか)、ドキドキする。
周りの景色なんか目に入ってこなかった。軽く散策しながら、アリスはいつまでも私の手を繋いでいるし、
いつまでも微妙に動きを変え、私の手の感触を味わっていた。
やめてほしい、恥ずかしいから……。近頃私は悩んでいることがある……。
-A-
最初こそ嫌がりはしたけど、それ以降は何も言ってこない。
だから私は調子に乗って、林から吹いてくる風を頬に感じながら、霊夢の手の感触も堪能していた。
霊夢の手は、いつ触っても、どこかひんやりとしている。神社の神事で水を使うことも多いのだろう。
絹のような、という感触とは違うが、凛とした無骨さがある。もちろん、女の子らしい柔らかさの中に。
私は、彼女の手が好きだった。
ちらっと様子を伺えば、常に手をさすり続けているせいか。頬の紅潮は取れないままだった。困ったように顔を俯かせ、長い黒いまつげが、憂うように目のふちを彩る。
……ドキドキしてしまう。ずっと会えなかったんだから。
ずっと会いたかった。
「……? ……」
私の視線に気付いて、霊夢はきょとんと顔を上げるが、ばちっと目が合うと、すぐに伏せてしまう。いけないことを考えてるのがばれたのだろうか。頬の赤さは、その色を増した。あぁ、もうダメだわ。私は足を止めた。
「霊夢」
「なに」
「会いたかったわ」
「アリス…………、って、ちょちょちょ、ちょっと……!」
行き先なんてどこでも良かった。この道が、先に湖を望んでいるとか、それもどうでもいい。
二人きりになりたかった。それが、いつもと違うところなら、なおさらにいい。
なし崩すように、彼女の体を近くの樹に押し付ける。細い腰を抱き、首筋に唇を添え、彼女の髪の香りを堪能する。曲線が気持ちいい、腰は撫でさすったまま。
「や、やめて……」
「どうして? 嫌?」
「……っ……」
何かを言いかけ、けど口元は閉じられた。ほんの少しだけ、霊夢は本当に困った顔をしていた。
少し心配になる。けど、美しいうなじが目の前にあって、彼女のぬくもりが私を誘っていて、いまさら止めようがなかった。
小さく音を立てて、首筋に口付けをする。霊夢の体は大げさなぐらいにびくついて、そのあとは私の吐息でさえくすぐったいようだった。
本当は、彼女の弱い部分に向けて、微妙な加減で顔を近づけていた。腰を触っていた手を、体を開かせるように、腿へと移動させる。体を押し付ければ、胸のふくらみが服越しに感じられて、緊張か興奮か、少し乱れだした彼女の呼吸が耳元に届く。言葉にならない吐息が、唇から零れ落ちる。それに、みっともないぐらい私の息も乱れだす。素肌を感じたくて、鎖骨が見たくて、胸元をはだけさせようと手が動く。
「……っ、ダメっ」
けれど、その白い胸元が目の前に現れる前に。結構な強い口調で、霊夢が私から離れた。視界を埋め尽くしていた、彼女の姿も、ぬくもりも唐突に消えさる。興奮してまもない体が、辺りの肌寒い風を一瞬で捉え始めた。
顔を向けると、樹の幹から離れた霊夢は私から体を避けていた。きゅっと胸元の服を寄せているのが見える。
私の中に、今更、何かに追われる時のような、焦りが生じた。
「霊夢……?」
「…………」
何も言ってくれない。嫌な沈黙が辺りに広がった。
「……ごめん、本当に嫌だったのね」
言ってて悲しくなった。霊夢はさっきから「嫌」と言っていたのだから、本当も嘘もないのだろうけど……。
ずっと会いたかった。
出会う前は、お互いを知らないまま、別々の人生を歩んでいたというのに。
奇跡的にも自分の好きになった人に、同じように想ってもらえるという幸運を手にするまでは、せいぜい一ヶ月に一回、顔を合わす程度だったのに。
今はまるで、私は野獣みたいだ。欲しくて欲しくて仕方ない。
ただ唯一、自分は男ではないから、相手に自身の欲求を吐き出す心配はないことだけ、良かったなんて思ったこともあったけど、これでは……。
「…………もう、手を繋ぐのも嫌?」
今日のデートは失敗かも。それも仕方ない。だけどせめて、こちらを向いて欲しい。慎重に、彼女の前に周った。
「もう、しないから……霊夢、こっち見て」
「違うの……。アリス、違うの。……私ね」
「うん」
「…………少しおかしくなってる。近頃、こんなの私じゃないって思うのよ。あなたと付き合うようになってから。今までの自分がどうだったか、思い出せない。近頃魔理沙と話してるときも、わからなくなる時があるの。前は……こんなじゃなかった」
胸騒ぎがする。言い知れぬ不安が、私の胸を襲っていた。霊夢の手が、私の頬に触れる。
「会えない日が続くと、……うぅん、唐突に夜、あなたの顔が浮かぶことがある。人と話してる時も、神社の掃除をしてる時も。掛けてくれた言葉、してくれたこと、笑顔が、胸をついて。会いたくなる。感じたくなる。…………そうしたら、段々、誰に対しても距離を持って接していた時の自分が、思い出せなくなる。感情の起伏がなかった頃の、自分がわからなくなる。」
「れ…、」
「あなたが好き」
たった一言。それはまるで、誇張でもなんでもなく、私と生を結びつける、何か至上のようなものに感じられた。
「私は、本当はこんなこと考えちゃいけないはずなのに、だけど止められない。……もっと、して欲しいの。
もっと求めてもらいたい。私もずっと……会いたかった」
私は彼女の体に手を回し、ぎゅっときつく抱いた。そうして、深く深く口付けた。
頬が熱い。熱が体中に溜まって、彼女と分け合うことを求めていた。
今さっき反省したばかりだというのに、息を乱して、理性を吹き飛ばして、私は彼女と求めるままに口付けを交わした。今度は霊夢も求めてきてくれた。猥らな水音が、辺りに密やかに響いて、ようやく離れた口元は、糸が繋がる。
胸に触れる。霊夢は濡れた瞳のまま、自分から顔を近づけてくれて、私の手を包んでくれた。
「好き……」
彼女が泣くから、私は力の限り彼女を抱きしめた。
「愛してる」
-R-
初めての感情を持て余してしまう。もしかしたら今まで自分は、思う以上に自分の責務に忠実だったのかもしれない。
博麗の巫女としての私。今まで、ほとんどの人生を過ごしてきた、自分の存在意義。
思春期と言ってしまえば、それまでなのだろうけど、ギャップが在りすぎて、この数ヶ月、私はそれを埋められずにいた。
会いたい、さみしい。
人間らしい感情はとても本能に忠実で。生をまざまざと感じた。これが理屈じゃないってことなんだと悟った。
彼女の手が、私の心を開いていく。
心の奥底の、灯火に似た炎を、優しく丁寧に、強くしていってくれる。
あなたの手が好き。
あなたの唇が好き。愛の言葉を囁いてくれる、その心が。
素直さを教えてくれた。寂しさを教えてくれた。孤独を認識させ、そして埋めてくれる。
優しさを伝えてくれる。
「アリスが、好き……、…っ」
「一生大事にするから……私だけを見ていて……」
「あ……」
光が弾ける。
レイアリ、これからもよろしくお願いします