まっかだなー、なっがいなー
真っ直ぐ続く、赤い廊下を私は歩く。目的など何も無い。
外を歩いていたら、目立つ赤い館を見つけた。だから入っただけ。
赤い廊下の窓の前で、メイド服を着た妖精たちが、集まってきゃいきゃいおしゃべりしている。
私は、その中の一人が持っていた窓清掃用だと思われるモップを取り上げた。
妖精メイドは、道具が自分の手から取り上げられたことに気づかず、話しを続けている。
近くに置いてあった水入りバケツにそれを浸すと、廊下にビシャリとたたきつけた。
そのまま、鼻歌を歌いながら、モップを床絨毯に滑らせ進んでいく。
モップが絨毯を毛羽立たせる。
きれいに整った赤に、暗褐色のラインが引かれていく様は、なんとなく心地が良かった。
だが、それも角を曲がったあたりで飽きて、近くにあった調度品の西洋甲冑にモップを持たせると、何か無いかとあたりを見渡し進んでいく。
後ろのほうから、床が大変なことにー!とか、誰がやったのー!とかいった声が聞こえた。
少し進むと、重々しい扉を見つけた。
迷路のような、扉の装飾を目で追っていたが、その迷路の進路方向にある扉の取っ手に視線が向くと、それに手をかけようと近寄った。
だが、手が触れるより先に、扉が開く。
中から、銀髪でキリリとした感じのメイド服の女性が出てくる。
でもなにやら、表情がほっこりしてる気がする。
ご飯を食べてるペット達を見る、おねえちゃんみたいな顔だ。
んー、ご飯か。お腹減ったなー。
そんなことを考えていると、何か良いにおいが、鼻腔をくすぐった。
さっきの銀髪メイドの通り過ぎたところからだ。
ということは、においの元は、扉の奥だろう。
私は、扉が閉まる前に、すっと中へ入り込んだ。
階段の先はほとんど真っ暗だ。
しかし、地底をホームフィールドに持つ私には、何の障害にもならない。
良いにおいのする方向へ、どんどんと進んでいく。
だいぶ進んだあたりで、また大きな古ぼけた感じの、扉の前にたどり着いた。
この扉には、先ほどのものとは比べ物にならない、細密な模様が描かれている。
似た模様を家の本で見たことがある。
たぶん、魔法回路の装飾だ。今は、起動はしていないようである。
良いにおいは、この扉の向こうへ続いてるようだ。
試しに、押してみると、簡単に開いた。
様子を見ながら、中に入る。中も結構薄暗い。
見渡すと、こじんまりとした部屋に、豪奢な天蓋付きのベッドがある。
視線をずらすと、壁に据えられた本棚に、難しそうなたくさんの本。
本棚の上に、可愛らしい人形。キノコの生えた木の幹が入ったガラスケース。
部屋のもっと奥に、小さな丸くて可愛い卓がある。
その卓の周りの三つの椅子の一つに、金髪少女が座っている。
自分と同じくらいの身長だ。
背中から、キラキラ光る宝石の付いた翼のようなものが生えている。
その少女は、興奮気味に、卓上の中心に視線を向けていた。頬を上気させ、息を弾ませている。
「もう、ほんとあいつったら、素直じゃないんだから。気分転換に御菓子作りすぎちゃったから、フランにもあげるわ、だなんて!」
ニコニコしながら、頬を掻いて笑った。
「大体、ジブーストって時点で気合入りまくりだって分かるし」
少女の視線の先には、小さな皿とその上に載せられた、カラメルでツヤツヤと光る、美味しそうなお菓子があった。
「この、カラメルに入ったヒマワリの花びらと、アクセントに置かれたレッドベリーとか思い切り、私をイメージしてるじゃない」
その金髪少女は、ずっとそんな感じの独り言を呟きながら、頬に手を当てうっとりしたり、急に胸を張って腕を組んで頷いたりしている。
落ち着かない子だなあ。
そんな少女の様子を眺めていたが、視線をお菓子へと戻す。
目的はこれなのだ。私は手を伸ばした。
用意されたフォークを手に取り、お菓子の上に乗っかったベリーを突き刺し口へ運ぶ。
私がベリーを口に入れる瞬間、金髪少女が肩をビクリと震わせた。
ん、おいしい。
口の中に、ベリーの酸味が広がる。
金髪少女は、おろおろしたように、お菓子の載せられた皿を手にとると、色んな方向から眺めている。
そして、もう一度卓に置き直し、震えた声で呟いた。
「え、あれ? ベリーあった、よね?」
私は、少女から視線を外し、再度お菓子を見た。
お菓子は相変わらず、その美味しそうな姿を主張している。
私は、ベリーを飲み込むと、再度フォークをお菓子へと伸ばし、3分の1ほど、フォークで切り分けて、口へ運んだ。
おいしい!
口の中に広がる、カラメルの苦味とベリーの酸味、そして舌触りの良いお菓子生地から広がる甘み。
また一口、お菓子をフォークで切り分ける。
金髪少女が、こちらを見ている。
でも、無意識の領域にいる私にはもちろん、気がついていない。
もう一口、お菓子を口に放り込んだ。
うん、おいしい。
目の前の少女が、頭を抱えてうずくまった。
顔には、濃い焦燥の色が浮かんでいる。
また、一口食べる。
少女の目に涙が浮かんだ。
もう、お菓子は一口しか残っていない。
少女が顔を上げ、お菓子へそろそろと手を伸ばした。
けど、私は皿を取り上げるように、最後の一つを口に放り込んだ。
やっぱり、最後の一口は格別だ。
さて、美味しいものも食べれたし、もうこの部屋に用は無い。
私は部屋を去るべく、扉に手を掛ける。
そのとき、後ろから呟きが聞こえた。
「うう……お姉様……」
私は、ぴたりと足を止めた。
何故だろう。足が止まったまま、動かない。
いつものように、気楽に鼻歌を歌おうとするが、メロディーが思い浮かばなかった。
「んっんー?」
動かない足に、首をかしげていると、後ろから声がかかった。
「あなた、誰!?」
振り返ると、金髪少女が驚いた顔で、私を見つめている。
あれーなんで、能力解けちゃったんだろう。
「はろー、こいしちゃんだよ?」
とりあえず、挨拶をしてみた。
私は赤い館の外で、大の字に倒れていた。
だいぶ、ずたぼろにされてしまった。
何故か、私はその少女に、反撃する気が起きなかった。
ひたすら攻撃されるがままになぶられて、これ以上は危険だというところで、逃げ出した。
それにしても、なんで、あそこで見つかってしまったのだろう。
「んー、私ってば、おばかさん?」
私は一人笑うと、どうしてか、おねえちゃんのことを思い出していた。
最後は同じ姉を持つ妹として、心のどこかで共感したんですかね。
でもお菓子食べたのはひどい。
しかし妹様……ああ、無情
あ、無意識か