Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

おだんごをあなたに

2012/11/11 19:16:46
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「咲夜! 我が紅魔館に、新メニューを増やすわよ!」
「え?」
 いきなり、部屋のドアをどばんっと開けて現れたお嬢様は、『わたし、今、すごいいいこと言ったわ! 遠慮なくほめなさい!』とばかりにえっへんと胸を張り、背中の羽をぱたぱた上下に動かしている。
 部屋の主――彼女の従者、十六夜咲夜女史はしばらく、その愛くるしいマスコットを眺めた後、言った。
「今度は何を見てきたんですか?」
 ――考えなしに行動を始める、それがこの館の主、レミリア・スカーレットなのだと言うことは、館で働くもの全員の共通認識であった。


「――というわけで。
 お嬢様より、我が『紅魔館レストランサービス』に新メニューを追加するようにとの指示がありました」
「それ、指示っていうより『思いつき』って言いませんか?」
「いつものことよ」
「それもそうですね」
 紅魔館で働くメイド達のうち、特に料理を得意とするメイド達を集めての作戦会議が開かれたのは、それから30分ほど後。
 壇上に立つのは咲夜ではなく、彼女たちを束ねるベテランメイドのうちの一人だ。
 咲夜はその横の椅子に腰掛け、話の推移を見守っている。
「メイド長からのお話によると、お嬢様は今回、『外で食べられるメニュー』を作るようにとの指示を出してきました」
「外で食べられるメニューって何ですか?」
「おにぎり」
「サンドイッチ」
「あれ? そういうものってなかったっけ?」
 と、誰かがどこからともなくレストランのメニュー一覧を取り出す。
 そこにはちゃんと、『紅魔館特製サンドイッチセット(お持ち帰りも可)』との文字。おいしそうなサンドイッチの写真は、天狗たちから借りたカメラを使ったものである。
「これじゃダメなんですか?」
「ダメみたい」
「どうしてですか?」
「お嬢様だから」
「なるほど」
 とりあえず、何をなすに当たっても、『レミリアだから』の一言で紅魔館では通ってしまう。
 それくらいあのお嬢様は紅魔館では、その内面含めてよく知られた人物なのである。
「誰か、意見を出してちょうだい」
「クレープとかどうですか?」
「わたし、アイスクリームがいいでーす」
「待って、みんな。世の中には立ち食いそばと言うものがあって……」
「なっ……! そ、それは……!」
「な、何――――――っ! 知っているのか、R電――――――っ!」
「なにそのノリ」
「この前、パチュリー様のところから借りた漫画に描いてあったの」
「はいそこ、静かに」
 規律に制御された紅魔館のメイド達であるが、その本質は妖精である。
 妖精と言うのは自由奔放いたずら好きと言うのが常であるため、誰かが外からコントロールしないと、段々、話を脱線させていくのは必然であった。
「クレープなんかの新しい味を考えるのはいいかもしれませんね。メイド長」
「そうね。お嬢様達も、甘いもの大好きだし」
「それで虫歯になって『歯医者いやー!』って言わなければ、なんですけどね」
「歯磨きの仕方は教えているのだけどねぇ」
 なお、どうでもいいが、先日、虫歯になったレミリアを連れて幻想郷で最も有名な病院である永遠亭に連れて行ったところ、なんと彼女の歯は全て乳歯であることが判明している。
 500歳になってようが吸血鬼だろうが、やはり子供は子供であるということが判明した瞬間でもあった。
「じゃあ、とりあえず、この辺りのデザート系を強化しましょうか」
「悔しい話ですが、こうしたデザート関係は、幽香さんのお店に一歩後れをとっていますからね」
「互いにつぶしあいをしないのだから、すみわけは大切だと思うのだけどね」
 幻想郷で有名な食事どころを挙げろと言われて、必ず出てくる二つの店。
 それが『東の紅魔館、西のかざみ』と呼ばれる二つの店である。
 紅魔館は『食事』に強く、かざみは『おやつ』に強いというのが幻想郷住民の一般的な考えだ。その、互いの領域に足を踏み入れることがどういう事態を招くかは、言わずともわかるだろう。
「うちだって、洋風のお菓子を、幻想郷で初めて提供したという自負もあります」
「負けてられないわね」
「じゃあ、こんなところで。
 それでは、今週一杯、皆さんの智慧を絞って、『手持ちで食べられるデザート』の新メニューを考えてください」
「わかりました、お姉さま」
「頑張りまーす」
「試作とかはオッケーですか? 経費で落ちます?」
「その辺りは大丈夫よ」
「よし! じゃあ、わたし達のメニューを採用してもらうわよ!」
「おー!」
 などなど。
 メイド達はそれぞれに意気込みを見せながら、三々五々、散っていく。
 彼女たちを見送ってから、『さて』と咲夜は椅子から立ち上がり、体を伸ばして、
「いつもいつも悪いわね」
「お嬢様の思いつきに振り回されてきた歴史は、わたしの方がメイド長より長いですから」
「困ったものよね」
 という具合に、隣のメイドと笑いあうのだった。

「パチュリー様、パチュリー様」
「どうしたの。小悪魔」
「これ、食べてみてください。渾身の一作です。その名も、『スノースフレ』!」
 静謐なる図書館に響く、やたら陽気な声。
 声の主は、図書館の主に対して、手に持ったお皿を差し出す。
 図書館の主――パチュリーは、それを一瞥して、『ふぅん』とつぶやいた。
「美味しそうね」
 真っ白なスフレ。
 入れ物から何から白で統一されたそれは、文字通り、雪をそのまま切り取ってきたかのような出来栄えだ。
 頭にかけられたホワイトパウダーが、さらに『雪』の儚い幻想的なイメージを強調させている。
 パチュリーはフォークを手に取ると、一口、それを口にする。
「……必要以上に甘くない。
 けれど、口の中でしっかりと残る、濃厚な味……。だけど、不思議ね。あっという間にとろけていく……。おかげで、甘いもの特有のいやな残滓がないわ……。
 ……さすがね、小悪魔」
「伊達に、魔界では『パティシエールこぁ』と呼ばれていません!」
 一体誰がそのように呼んでいるのかはわからないが、ともあれ、本人が言うのだからそういうことなのだろう。
 偉そうに胸を張る小悪魔のその姿は、先述のちびっこ吸血鬼と違って、色々と大きかった。具体的には胸部が。
「これ、どうしたの? 普段、貴女、お菓子なんて作らないじゃない」
「今、館の方で新メニューの開発をやっているらしくて。
 それぞれ、各々のアイディアを持ち寄って、投票して、3位までがメニューに加えられるそうです」
 それに応募しようかなと思って、と小悪魔は言う。
 なるほど、とパチュリーはうなずいた。
「普段が無欲なだけに、たまに色気を出してみたというところかしら?」
「というより、たまに腕を奮わないとさび付いちゃうので」
 どんなものであろうとも、道具は使ってやらなければ意味がない。そして、使われない道具は、どれほど優れた性能を持っていても年月というくすみを吸って劣化していくものだ。
「これは美味しいわね。いけるんじゃない?」
「ありがとうございます。
 で、実はこれの特徴は、このカップを持って歩きながら食べられるというところでして」
「ふぅん。けど、食べ終わった後、カップが邪魔になるわね」
「なので、カップも食べられるようにしています。
 実際はコーンを使って作ろうかなと。あと、フォークもクッキーか何かで作れば、全部食べられるお菓子になりそうで」
 その辺りのアイディアが、まだ固まっていないんです、と小悪魔は言う。
 なかなか考えてるわね、とパチュリーは思いながら、腕組みして軽く首をかしげてみせる。
「そうね……。
 クッキーとかビスケットがベターでしょうね。その人の好みで選んでもらうようにしてみたら?」
「あ、それいいですね」
 じゃあ、そのアイディア、もらっていきます、と小悪魔。
 その彼女の後ろ姿を見送りながら、パチュリーは『で、フォークの形のクッキーとかってどうやって作るのかしら……』と、素朴な疑問を思い浮かべたのだった。

「ねぇ、美鈴。貴女は今回の新メニュー、何か応募しないの?」
「私、洋菓子はあまり」
 ここ、紅魔館で最強の腕前を持った料理人(注:本職・門番)、紅美鈴は尋ねてくる咲夜に返した。
 苦笑いを浮かべている彼女に、はぁ、と咲夜はため息をつく。
「あのねぇ。
 あなたの、その謙虚な性格はあなたの美徳の一つだわ。けれど、謙虚も行き過ぎると嫌味よ」
 先日、美鈴が『こんな感じですか?』と、さらりと作ったケーキのあまりの美味しさに、完膚なきまでの敗北感を覚えた咲夜の言葉は、なかなか重みがあった。
 洋菓子ならば自分に一日の長があるはず――そう思って、気軽に『ねぇ、美鈴。これ、ちょっと手が足りないの。10個くらい作ってちょうだい』と頼んだのが甘かった。さりげなく、料理に関して、美鈴に対抗意識を燃やす彼女は、その言葉と結果をもって『まだ私のほうが上ね!』という確信を得ようとしたのだ。
 しかし、結果は大惨敗。言葉や顔には出さなかったものの、美鈴の底知れぬ実力に打ちひしがれた咲夜は、その日、ケーキを10個ばかりやけ食いして、後日、紅魔館の廊下を全力疾走しまくったものである。
「あはは……。
 だけど、本当に、ネタが思い浮かばないんですよね。あまり手がけないので」
「ったく……。
 洋菓子じゃなくてもいいのよ?」
「マンゴープリンとか……」
「もうメニューにあるわね」
「なんですよねぇ」
 彼女が一番、得意とする料理は中華料理。
 この美鈴、その名前と見た目にたがわず、そっち系の料理を得意としている。中華料理には様々に料理のバリエーションがあれど、西洋の洋菓子と張り合えるかと言われると、なかなか微妙であった。
 一長一短。どっちもどっち。
 得意とする領域が、それぞれ違ってもいいじゃないですか。そう、美鈴は言った。
「けど、そうね。わかったわ。
 無理強いはしないけど、あなたを目標にしている子だっているんだから、アイディアが出たら参加してちょうだい」
「私なんかを目標にするより、咲夜さんとか、キッチンメイドの統括の方とかの方がいいと思いますよ? ――なんてね」
「はいはい。
 じゃ、お仕事、頑張ってね。あと1時間で休憩よ」
 最近は表に向かって開かれたままの門に、果たして門番が必要なのか。
 それはかなり疑問な事実であったが、門の横に立っている美鈴は、やはり絵になるのも事実であった。


「というわけで、メイド達からアイディアを募った結果、この三品をメニューに加えます。
 順番に、『紅魔館特製バージンクリームクレープ』、『濃厚たまごのプリンシェイク』、『雪色スノースフレ』です」
「いただきまーす!」
 それから一週間とちょっと後。
 レミリアの元に鎮座する三つの新メニュー。それに、レミリアの妹、フランドールが目をきらきらさせて飛びつき、『さくや、これ、おいしい!』と顔を笑顔に染める。
 レミリアも、ゆっくり、まずは最初にクレープを口にする。
「フルーツとかは入ってないのね……」
 クレープの中にはクリームだけ。一見すると安っぽく見えるそれを、一口して、レミリアは、己の考えが間違っていたことを痛感する。
 そのクレープに、フルーツなどは……いや、クリーム以外の全てのものが必要ない――それが事実であった。
 口の中に広がるふわふわのクリーム。舌の上で……いや、一口するだけで、舌を包み込むようにとろけていく真っ白なクリーム。
 バージン――処女。
 穢れを知らぬ清き乙女の名を冠するにふさわしいその味わいに、レミリアは思わずうなってしまう。
「今まで使っていた牛乳を新しくして、クリームの質を高めましたとのことです」
「……なるほど。これは見事ね……」
「続きまして、シェイクはいかがでしょうか」
「これは……普通のプリン、よね?」
「普通のプリンとしても食べられますが、このように振ることで……」
 プリンの入った瓶を軽く上下に振ると、中のプリンが崩れ、溶け、混ざり、さながら『プリンのジュース』というべきものへと変身する。
 蓋を開け、そこにストローを差して、咲夜が『どうぞ』とレミリアにそれを渡した。
「……これもまた……」
 口の中に入ってくるプリン。
 それは先ほどのシェイクで程よく混ぜられ、プリン独特のたまごと砂糖の甘味と共にカラメルソースのほのかな苦味が絶妙な割合で混ぜられていた。
 形が崩れ、ほとんど液体となったプリンをストローですすれば、口の中一杯に広がるプリンの海。
 これは、普通のプリンを食べているのでは味わえない感覚だった。
 咀嚼する必要もなく、軽く飲み込むだけで、口から喉へ、そして胃の中へとプリンの甘さが広がっていく。
「……う、うぅん……。やるわね、妖精たちも……」
「最後が、小悪魔の自信作です」
「フラン、これがいちばん好き!」
 と、フランドールがお気に入りとしてるスノースフレをレミリアは一口する。
 パチュリーに出した時よりも、砂糖の量を調節して甘味をコントロールし、バターと卵を厳選することでさらに味わい深くなったスフレの味に、レミリアはついに白旗を揚げた。
「……いいでしょう。この三つは、紅魔館の顔ともなるメニューだわ。掲載を許可します」
「ありがとうございます」
「だけど、咲夜。
 わたしが『作れ』と言ったものと、これとは違うわ」
「えっ……!?」
 それは、驚愕の事実だった。
 レミリアは椅子の上に腰掛けたまま、咲夜を見上げる。
 実に愛らしいくりくりのおめめがまっすぐに咲夜を見つめ、ふっくらぷっくりの唇から、彼女は言葉を紡ぎだす。
「確かに、これは『手に持って食べられる』料理だわ。
 けれど、わたしが言ったのは『料理』であって『おやつ』ではないのよ」
「……なるほど。あれはそういう意味でしたか……」
「ええ。
 だから、これをメニューに加えることは許可するわ。けれど、やり直しよ」
「……畏まりました。
 ところで、お嬢様はどこでその知識を得てきたのですか?」
「え? ちょっと人里に行って……あ。」
「お嬢様。また買い食いしてきたのですね? ダメだと言っているでしょう、いつもいつも。
 どうしてそうやってお小遣いを無駄遣いするのですか? 全くもう。
 いいですか、お嬢様。お嬢様は紅魔館の館主として、紅魔館で働く全ての者たちの目上の存在となるべく努力しなければなりません。そのお嬢様が率先して規律を破るなど以ての外。つまり――」
 レミリアの余計な一言が咲夜の『しつけ』モードを発動させる。
 延々続く咲夜のお説教にレミリアは半分涙目になり、後ほど、反省文10枚を提出することとなってしまった。
 なお、このような事態のことを、昔の人は『口は災いの元』と言ったのである。勉強になりましたね。


「――というわけなの、美鈴」
「何が『というわけ』なのかよくわかりませんけれど、まぁ、求められていることはわかりました」
「何とかならないかしら?」
 そういうわけで、翌日のこと。
『紅魔館新メニュー完成! 新規特別価格にてご提供中!』と書かれた看板が、紅魔館の壁にかけられている。
 それを目当てにやってきた人妖の列はずらっと続いており、最後尾のメイドが手に持つ看板には『ただいまの待ち時間3時間』と書かれていた。
「要は、お嬢様。お腹にたまるものが食べたかったのよ」
「相変わらずですよね」
「お菓子を食べてもお腹は膨らむけれど、『食事をした』気分にはならないものね」
 太るし、とぼそっと付け加える咲夜。
 彼女は別段、太りやすい体質というわけではないが、人間――いや、生命の持つルールからは逃れられないのだ。
 そのスタイルを保つために、日夜、努力と研鑽を欠かさない彼女の言葉に、美鈴は『女はつらいよ』と思ったとか思わないとか。
「けど、うち、お持ち帰りメニューもたくさんありますよ。
 それに、私だって点心をいくつも提供してますし」
「多分、それを強化したいのではないかしら。うちに来たらこれを頼め、的な」
 ちなみに、紅魔館レストランでの人気メニューは、昼は『紅魔館お勧めランチセット』(メインディッシュ、サラダ、スープ、ご飯もしくはパン、デザート、食後の飲み物。なお、ご飯もしくはパンとスープはお代わり自由)である。お値段はなんと驚きの400円。これが夜になると、『シェフの自慢のディナーセット』(ランチセットにさらに前菜とメインディッシュがもう一品追加されてお値段700円)となる。
 このどちらも、一日に何百食と出る、文字通り『紅魔館の看板メニュー』であった。
 それだけじゃ不満なのだろうか、と美鈴は思う。
 確かに、紅魔館の、この『セットメニュー』の大ヒットを受けて、人里の食事処でもセットメニューがたくさん出されるようになったのは事実だ。
 この分野をリードする存在になりたいのだろうか。美鈴は思って、あのお嬢様の性格と照らし合わせて苦笑いする。
「あんまり斬新なものでなくてもいいのだけどね。
 一口するだけで記憶に残るくらい美味しいものがいいと思うのよ」
「またハードル高いですねぇ」
「人間、向上心を忘れたら終わりだわ」
 なぜか胸を張る咲夜に、美鈴は苦笑する。
 ――さて、どうしたものか。
 考えながら空を見上げていた美鈴は、つと、その視線を、延々と続くお客様の群れに向ける。
 ――と、
「……あ」
 その中に、見知った人物の姿があるのを認めて、『それなら……』と思いつく。
「咲夜さん。私も、ちょっと協力してもいいですか?」
「え? も、もちろんよ。むしろ大歓迎だわ。
 あ、だけど、他のみんなが作れるメニューをお願いするわね? あなたの独自の創作料理とか、どう頑張っても作れないし……」
「精進が足りませんね」
「むっ」
 美鈴の笑顔と、軽く肩を掌で叩かれて。
 咲夜はふてくされたように頬を膨らませたのだった。

 ――そして。
「お嬢様」
「あら、どうしたのかしら。咲夜」
「先日、お嬢様より頂きました『新メニュー』の一つが出来ました」
「ふぅん」
 部屋の中で本(漫画)を読んでいたレミリアは、咲夜の言葉に、彼女の方へと視線を向ける。
 テーブルの上に置かれているのは――、
「あら、肉まんね。ちょうどお腹がすいていたの」
「はい。ご賞味ください」
「どれ。どんな感じかしら?」
 彼女は、熱々のそれを手に取り、大きく口をあけて肉まんにかぶりついた。
 その瞬間、レミリアは、かっ、と目を見開く。
「これはっ……!」
 肉まん。
 その外側の皮をめくれば、内側よりあふれてくる素材の味。
 ――それは普通だ。
 しかし、この肉まんは『普通』ではなかった。
 熱々の中身の熱を遮断できる外側の皮は、今までの肉まんよりもわずかに薄い薄皮状態で作られている。
 しっとりなめらか。かつ、ふんわりと仕上げられたそれは、一口かむごとにほのかな甘味を感じさせる。
 さらに、肉まんの本体である中身。
 見た目の大きさと比較して、その大きさはせいぜい30%程度といわれているそれが、その倍はある。使われている肉の量は100か200か。ともかく、一言で言うならば『肉の塊が入った肉まん』であった。
 通常の肉まんで使うひき肉ではなく、肉を細かく刻んだ、刻み肉を練り合わせ、それによってまるでハンバーグやステーキを食べているような食感を与えてくれる。
 つなぎに卵や小麦粉など一切使わない、肉のみで作られたそれは、一口すると中から肉汁が溢れ出し、皮にしみこみ、そして、口の中を満たしてくれる。
 かすかな下味がついているのがわかるそれは、しかし、その下味を見事に殺してしまうくらいに肉の味であふれていた。
 それは、悪い意味ではない。最高の意味で、素材の味が生きているのだ。
 そう。これは肉まんであって、肉まんではない。
「……咲夜。これを作ったのは……」
「美鈴です」
「……なるほど。そうね。
 これほどのものを作れるのは、彼女以外にはありえないわ……」
「……ええ。悔しいですが、私にも、これほどのものは……」
 ――肉まんが食べたいから肉まんを頼む。
 そんな風にして肉まんを食べてきたものたちは、これを食べることで、その意識から解き放たれるだろう。
 これは、違う。
『美味しい肉が食べたいから肉まんを頼む』
 そんな風に、人の意識を塗り替えてしまう肉まんであった。
「材料を厳選したのね?」
「いえ。普段の材料をそのまま使っております」
「何ですって!?」
「美鈴曰く。
『調理方法、素材の扱い方、そして料理人の腕』。この三つが合わされば、たとえどんな食材であろうとも『超一流の味に仕上げてみせます』とのことでした。
 ……レシピはこちらにありますが、今のところ、美鈴以外では手を出せない状況です」
「……まさにプレミアものね。
 ――気に入ったわ!
 咲夜! これを我が紅魔館のメニューに加えなさい! 一日限定50個まで! これだけ大きいと女性や子供には受けが悪いから、それ専用のサイズも作るよう、美鈴に厳命しなさい! いいわね!?」
「――仰せのままに」
 ふっふっふ、と笑うお嬢様は、口の周りを肉汁でべたべたにしながら肉まんを胃の中へと収めていく。
「……美味しい。これは美味しいわ! 絶対に売れるわ!
 手持ちで食べられる紅魔館の味! いいわね!?」
「はっ」
 この時、紅魔館の新しい時代が訪れたのであった。


「いらっしゃいませー! ただいま、紅魔館レストランサービスにて新メニューを特別価格でご提供しておりまーす!」
「列はこちらでーす! 順々にご案内しておりますので、列の後ろの方にお並びくださーい!」
 ずら~っと、人が並ぶ紅魔館。
 天狗(はたて)によって行なった宣伝効果は抜群であり、朝の開店前からすでに『ただいまの待ち時間3時間』という状況であった。
「ねぇ、美鈴」
「あ、咲夜さん」
 最近は、紅魔館の門番というよりも『お客様案内係のチーフ』という役職がふさわしくなりつつある美鈴の元に咲夜がやってくる。
「結局、あなたが作ったあのメニューだけど」
「はい」
「うちは、以前から点心を提供しているでしょう?
 どうして、今回、肉まんだったのかしら」
「季節が季節というのもありますけど」
「ありますけど?」
「列ならびに華扇さんがいまして」
「……あー」
 曰く、彼女のお団子頭を見て、『ああ、肉まんとかいいんじゃないかな』と思ったのがその理由だということだった。
 何ともどうでもいいひらめきで、お嬢様のハートをわしづかみにした新メニューを作ってしまう同僚に、咲夜はちょっとだけ、頭痛と共に羨望を覚える。
「まぁ……わかったわ。そういうオチつきなのね」
「はい。オチました?」
「オチてないわよ」
「あ、やっぱり」
「最初のうちはプレミア感を出すために、各サイズ限定50個という話だったけれど、あなた、今後、これを通常メニューにしても大丈夫なの?」
 紅魔館マーケティング部曰く。
 常にプレミア状態を維持するのはマーケット戦略としては基本。しかし、我が紅魔館は『誰もが楽しめる庶民のお店』を目指すのが最終目標。
 そのため、常にプレミア状態の商品を提供するというのは紅魔館のポリシーに反する。
 ――そんな進言が、先日、お嬢様へとなされていたりする。
 ちなみに、紅魔館マーケティング部というのは、やたら数字に強いメイド達で構成された特殊部隊である。『一人一人ではかなわないかもしれないけれど、10人そろえば八雲紫にだって負けません』というのが、彼女たちの言葉であった。
 それはともあれ。
「ああ、大丈夫ですよ」
「他の子たちも作れるようになるから、っていうこと?」
「それもありますけれど……」
「ありますけれど?」
「あれくらいなら、一つ10秒かかりませんから」
「……はい?」
「ほら、幽香さんがものの5秒くらいでケーキを1ホール焼き上げるじゃないですか?
 あれくらい出来ないと、料理界の実力者として認めてもらえませんよ」
 何でも、美鈴が言うには、この幻想郷を裏から支配する『幻想郷料理界』では、己の得意メニューを最低一つ、極めるのが『上位』に名前が列席される条件なのだという。
 その『極める』というのは、味・見た目・そして製作のスピードが要件であり、ゼロコンマを極めることでようやく『頂点』クラスとして、その腕前を認められるのだとか。
「咲夜さんは、まだ中堅クラスですよ。頑張ってくださいね」
「……私、そんなわけのわからない組織に所属した覚えはないのだけど……」
「料理界のスタッフは、あちこちの食堂やレストラン、料理イベントなんかをこっそり見て回ってますからね。
 その中で見込みのある人の名前を名簿に記載して、定期的にチェックしに来てるんですよ。
 先日の会員限定の広報に、咲夜さんが中堅クラスの『上』にランクインされたというレポートが載ってました」
「……………………」
 身に余る光栄なのか、それとも余計なことすんななのか。
 意味不明のわけわからんことをさらりと言われて、『あー、そういえばそんなネタを、彼女は持っていたっけ』ということも思い出してしまって。
 とりあえず、咲夜はその事実から目をそむけて、『……私、お仕事あるから』と館の中に戻っていったのだった。


~以下、花果子念報一面より抜粋~

『紅魔館レストランサービスに新メニュー投入!

 幻想郷の人々に最高の味を届ける、紅魔館レストランサービス。
 読者の皆様ご存じの、このサービスに、このほど新メニューが登場! メニューの内容は、なんと「肉まん」である!
 何だ、肉まんか、そう思ったあなたはまだまだ!
 この肉まん、ただの肉まんではない。見た目こそ普通の肉まんではあるものの、その味は、とても肉まんとは思えないほどである!
 それはまさに、ステーキやハンバーグを手に持ち、思いっきりかぶりついてるのに等しいだろう。
 皮の中にどっさりと詰まった肉からあふれる肉汁、歯と口を楽しませてくれるその食感、誰にも真似の出来ない味である!
 この肉まんを提供してくれるのは、紅魔館にその人ありと言われる紅美鈴である。彼女の作る点心は有名であるが、今回の肉まんは、彼女の伝説にまた新しい伝説を刻む味となるだろう。
 現在、本肉まんは新発売のため、お値段格安にて提供されている。とはいえ、一日100個限定なので、あっという間に売り切れてしまうのだ。
 この肉まんが欲しい読者諸兄は、開店と同時に紅魔館に並ぶといいだろう。
 また、これ以外にも、新規デザートメニューが各種追加されている。そちらも素晴らしい味なのは間違いないので、紅魔館を訪れた際は、是非、頼んで欲しい。

                                             著者:姫海棠はたて
このたび、紅魔館にて以下の新メニューを追加しました。是非とも、ご賞味ください。

・紅美鈴のドラゴン肉まん
 以下、サイズがお選び頂けます。
 ・美鈴サイズ(超特大):150円(サービス価格)
 ・小悪魔サイズ(特大):130円(サービス価格)
 ・パチュリーサイズ(大):100円(サービス価格)
 ・咲夜サイズ(中):80円(サービス価格)
 ・お嬢様'sサイズ(特小):30円(サービス価格)
   ――なお、各サイズ一日50個限定とさせて頂いております。売り切れの際はご容赦ください。
(なお、サイズ表記に他意はありません)

・紅魔館特製バージンクリームクレープ:180円(サービス価格)
・濃厚たまごのプリンシェイク:170円(サービス価格)
・雪色スノースフレ:200円(サービス価格)

皆様のご来店をお待ちしております。
haruka
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
小悪魔が特大…だと…?
2.名前が無い程度の能力削除
サイズの名前が酷いwww
3.奇声を発する程度の能力削除
サイズwww
4.名前が無い程度の能力削除
取りあえずサイズ一通りもらおうか
5.名前が無い程度の能力削除
このサイズ表記の違和感…

そうか、この違和感の正体は非対称性だ。
超特大、特大、大、中と来て、いきなり特小とはなるまい。
恐らく最初は「特大、大、中、小、特小」であったのだろう。
つまり、「小」表記が気に入らない咲夜さんが、勝手に変えて(ザワールド
6.名前が無い程度の能力削除
く、夕飯前の腹にずっしりくる、いい話でした…カフッ
7.名前が無い程度の能力削除
なんとも美味しそうな話しでした。
こんな時間に読むんじゃなかった…。
8.名前が無い程度の能力削除
咲夜さんが中堅とか幻想郷料理界こわい

とりあえず、スノースフレください
9.名前が無い程度の能力削除
この肉まんは食べたくなる。
10.こーろぎ削除
自分は美鈴の肉まんが食べたいです、いややましい気持ちはありまs)ry
11.名前が無い程度の能力削除
じゃあ、僕はお嬢様,sサイズで。いや別に他意はないですよ?ただちょっと少食なだけで、ちっぱいちっぱいとか思って無いですよホントに。