「ひゃっはー」
部屋の中に、間の抜けた可愛らしい声が響いた。
うーん、ちょっとイメージが違うかしら。この、ビビッと書かれた線みたいな迫力が全然出ないわ。
厄神、鍵山雛は、自宅で一冊の本を読んでいた。
これは、友人である河童のにとりに借りたものだ。
彼女が面白いから是非読んでみてくれと、渡してきたものである。
なんでも、霧の湖畔の御屋敷から、借りたものだそうだ。湖畔の館には、こういった書物が大量にあるらしい。
又貸ししちゃっていいのかしら?
そんなことを思いながら、またその本に目を落とす。
その本は、絵と、吹き出しと呼ばれる空白に、言葉を入れて綴られた、漫画という書物だ。
内容はと言うと、世紀末という時代、厄を溜めすぎた人々が世界を滅ぼしてしまう。
そして残った荒涼とした世界に、七つの星の運命を背負いし筋骨隆々の男性が現れ、厄を振りまく者達を冥土へと旅立たせてまわると言う、英雄譚だった。
その中の、厄を振りまく殿方達が使っていた言葉が、「ヒャッハー!」なのである。
だがいまいち、このヒャッハー!という言葉が、どんな気持ちを表したものかわからなかった。
そこで、実際に自分も発してみれば分かるかもしれないと、口にしてみたのだが。
全然、似ないわね。
殿方の声真似をしようとすることが、もともと無理だったのではないだろうか。
だが、せっかく、にとりに借りたのだ。きちんと理解して感想を述べたいところである。
コホンと小さく咳払いをする。
「ひゃっはー」
うん、全然ダメだ。
真似て声を出してみようにも、意味がわからないのだから、その思いを込めて発声できるはずがない。
もっと高いのだろうか。
「ヒャッハー」
あ、結構近くなったかもしれない。でも、なんだかとても恥ずかしい。
ちょっと顔が熱くなっている気がした。
また軽く咳払いをする。
この方たちも、恥ずかしがりながら、この言葉を発しているのかしら。
絵を見た感じだと、なんだか自信満々であるように見える。
恥ずかしさなど感じているふうには、見えなかった。
うーん、自信満々に、声に出してみればいいのかな。
今度は、大きく息を吸い込んで、
「ひゃっはー!」
うわあ、なんかすごく恥ずかしい……。
そっと思わず、辺りを伺ってしまう。もちろん、誰もいない。
でも、さらに近くなったような気がする。
少なくとも、漫画で書かれている、斜線の迫力は出たのではないだろうか。
なんとなく、気持ちも分かってきたかもしれない。
なんていうか、こう……もうどうでもいいや! みたいな感じなんではないだろうか。
何より、この殿方達の厄の振りまき方は、尋常ではない。
いるだけで、周りの人々はみるみるうちに不幸になっていくのだ。
そんな状態まで厄を溜め込んでしまっては、自暴自棄にもなろうというものだ。
でなければ、こんな見るからに恐ろしい筋骨隆々な主人公に、挑んでいくはずもない。
この殿方達も、不幸な人たちなのである。
そう考えると、ひゃっはーな気持ちを理解することは、ますます必要なことのように思えてきた。
厄を撒く人たちの心理を把握できれば、私のお仕事も捗るのは間違いないことよね。
うんうんと一人頷いて、漫画を注意深く観察する。
やっぱり迫力よね。
相手の人に有無言わせぬような、そういうものを含ませる必要があるのかもしれない。
有無を言わせない、か。
ふと思いつく。
私が仕事をしている最中に、興味で私に触れようとする人が、まれにいる。
厄まみれの私に触れたら、ただでは済まない。当然、私は注意をするわけだ。
こう、心の底からの注意をするわね、そういう時は。注意というか、警告。
「だめよ!私に触れないで!!」
想像していたら、思わず声が漏れてしまった。
また、周りを思わず見回してしまう。誰もいないのを確認すると、ふぅと息をつく。
うん。これだわ。この迫力を上乗せして発音すれば、かなり近いイメージになるのではないかしら。
大きく一つ深呼吸をする。そして、強い拒絶を想起し、言う。
「ダメよ! ヒャッハーよ!!」
これだ、近い、近いわ。
きっとこんな感じに違いない。
このまま、気持ちを高ぶらせて行ってみる。
「ヒャッハー! ヒャッハー! ダメ! ヒャッハー! 私に近づいては、ヒャッハー! ダメダメ! ヒャッハヒャッハ!!」
「雛?」
戸口から、声がした。
私は、荒く上下する胸を抑えて、そちらに振り向いた。
にとりが、大好物のきゅうりを床に落っことしたのにも気づかない様子で、呆然としながらこちらを見ていた。
「ッッッヒャッハ!?」
恥ずかしさのあまり、私は思わず頓狂な声を上げてしまう。
にとりは、引きつった笑みを浮かべて、頭を掻いた。
「あ、えと。漫画気に入ってもらえたようでよかったよ。あの、気が済むまで読んでいいから。貸出期間過ぎちゃっても、こっちで延長しておいてあげるから、えっと、またね!」
そういうと、差し入れしに来てくれたであろうきゅうりを置いて、走り去っていってしまった。
私は理解した。
この、ヒャッハーという言葉は、それ自体が厄を呼び寄せる魔の言葉なのだ。
確か、湖畔の館にこの漫画の他のシリーズがあったと聞いた。
厄を生み出す、こんな危険なものは、処分するしかないだろう。
私は、湖畔の館に向かう準備を始めた。
部屋の中に、間の抜けた可愛らしい声が響いた。
うーん、ちょっとイメージが違うかしら。この、ビビッと書かれた線みたいな迫力が全然出ないわ。
厄神、鍵山雛は、自宅で一冊の本を読んでいた。
これは、友人である河童のにとりに借りたものだ。
彼女が面白いから是非読んでみてくれと、渡してきたものである。
なんでも、霧の湖畔の御屋敷から、借りたものだそうだ。湖畔の館には、こういった書物が大量にあるらしい。
又貸ししちゃっていいのかしら?
そんなことを思いながら、またその本に目を落とす。
その本は、絵と、吹き出しと呼ばれる空白に、言葉を入れて綴られた、漫画という書物だ。
内容はと言うと、世紀末という時代、厄を溜めすぎた人々が世界を滅ぼしてしまう。
そして残った荒涼とした世界に、七つの星の運命を背負いし筋骨隆々の男性が現れ、厄を振りまく者達を冥土へと旅立たせてまわると言う、英雄譚だった。
その中の、厄を振りまく殿方達が使っていた言葉が、「ヒャッハー!」なのである。
だがいまいち、このヒャッハー!という言葉が、どんな気持ちを表したものかわからなかった。
そこで、実際に自分も発してみれば分かるかもしれないと、口にしてみたのだが。
全然、似ないわね。
殿方の声真似をしようとすることが、もともと無理だったのではないだろうか。
だが、せっかく、にとりに借りたのだ。きちんと理解して感想を述べたいところである。
コホンと小さく咳払いをする。
「ひゃっはー」
うん、全然ダメだ。
真似て声を出してみようにも、意味がわからないのだから、その思いを込めて発声できるはずがない。
もっと高いのだろうか。
「ヒャッハー」
あ、結構近くなったかもしれない。でも、なんだかとても恥ずかしい。
ちょっと顔が熱くなっている気がした。
また軽く咳払いをする。
この方たちも、恥ずかしがりながら、この言葉を発しているのかしら。
絵を見た感じだと、なんだか自信満々であるように見える。
恥ずかしさなど感じているふうには、見えなかった。
うーん、自信満々に、声に出してみればいいのかな。
今度は、大きく息を吸い込んで、
「ひゃっはー!」
うわあ、なんかすごく恥ずかしい……。
そっと思わず、辺りを伺ってしまう。もちろん、誰もいない。
でも、さらに近くなったような気がする。
少なくとも、漫画で書かれている、斜線の迫力は出たのではないだろうか。
なんとなく、気持ちも分かってきたかもしれない。
なんていうか、こう……もうどうでもいいや! みたいな感じなんではないだろうか。
何より、この殿方達の厄の振りまき方は、尋常ではない。
いるだけで、周りの人々はみるみるうちに不幸になっていくのだ。
そんな状態まで厄を溜め込んでしまっては、自暴自棄にもなろうというものだ。
でなければ、こんな見るからに恐ろしい筋骨隆々な主人公に、挑んでいくはずもない。
この殿方達も、不幸な人たちなのである。
そう考えると、ひゃっはーな気持ちを理解することは、ますます必要なことのように思えてきた。
厄を撒く人たちの心理を把握できれば、私のお仕事も捗るのは間違いないことよね。
うんうんと一人頷いて、漫画を注意深く観察する。
やっぱり迫力よね。
相手の人に有無言わせぬような、そういうものを含ませる必要があるのかもしれない。
有無を言わせない、か。
ふと思いつく。
私が仕事をしている最中に、興味で私に触れようとする人が、まれにいる。
厄まみれの私に触れたら、ただでは済まない。当然、私は注意をするわけだ。
こう、心の底からの注意をするわね、そういう時は。注意というか、警告。
「だめよ!私に触れないで!!」
想像していたら、思わず声が漏れてしまった。
また、周りを思わず見回してしまう。誰もいないのを確認すると、ふぅと息をつく。
うん。これだわ。この迫力を上乗せして発音すれば、かなり近いイメージになるのではないかしら。
大きく一つ深呼吸をする。そして、強い拒絶を想起し、言う。
「ダメよ! ヒャッハーよ!!」
これだ、近い、近いわ。
きっとこんな感じに違いない。
このまま、気持ちを高ぶらせて行ってみる。
「ヒャッハー! ヒャッハー! ダメ! ヒャッハー! 私に近づいては、ヒャッハー! ダメダメ! ヒャッハヒャッハ!!」
「雛?」
戸口から、声がした。
私は、荒く上下する胸を抑えて、そちらに振り向いた。
にとりが、大好物のきゅうりを床に落っことしたのにも気づかない様子で、呆然としながらこちらを見ていた。
「ッッッヒャッハ!?」
恥ずかしさのあまり、私は思わず頓狂な声を上げてしまう。
にとりは、引きつった笑みを浮かべて、頭を掻いた。
「あ、えと。漫画気に入ってもらえたようでよかったよ。あの、気が済むまで読んでいいから。貸出期間過ぎちゃっても、こっちで延長しておいてあげるから、えっと、またね!」
そういうと、差し入れしに来てくれたであろうきゅうりを置いて、走り去っていってしまった。
私は理解した。
この、ヒャッハーという言葉は、それ自体が厄を呼び寄せる魔の言葉なのだ。
確か、湖畔の館にこの漫画の他のシリーズがあったと聞いた。
厄を生み出す、こんな危険なものは、処分するしかないだろう。
私は、湖畔の館に向かう準備を始めた。