Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

うるさいものには蓋をする

2012/11/05 20:45:00
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くちゃり。

ジュークボックスから流れているのは一昔前の異国の曲。
音楽に疎い私でもそれがジャズというジャンルだというくらいはわかる。
そこから流れる音色は北向きの窓による薄暗さと暖かみのある黄色灯で彩られた「作りもの」だと感じさせない回帰的な疑似木造西洋建築のカフェの雰囲気にマッチしていた。
黒く塗られた木々(を模した合成素材)は心を落ち着かせてくれる。
新しく駅前にオープンしたという話を聞き、講義が終わってすぐに訪れたものの、窓側、4人掛けの円形テーブルに向かい合って座る私たち以外にお客の入りはまばらだった。
運ばれてきた紅茶がほんのり湯気を上げている。
まだ10月。今年はまだ2ヶ月も残っている。にもかかわらず外はコートが欲しくなるほどの冷え込みようだ。そんな時に暖かい紅茶は身も心も暖めてくれる。
開放的な一面張りのガラス窓。たった一枚の僅かな厚さの平面に隔てた先は煩わしい音にまみれた雑多な空間。
穏やかな室内と余りにも違って、「ヒロシゲ」のように向こうとこちらは別の世界のようにも思えてしまう。

くちゃり。くちゃり。

紅茶のカップを両手で持って悴んだ手を暖め、少し待ってから一口。
何も入れない、茶葉だけの味は真っ先に苦味が広がり、液体を喉が通過したあたりで甘い香りが包み込む。
体の芯へと熱が広がっていくのが分かる。
少しばかりの幸福。
学業とは離れてただ幸せだけを感じられる。

くちゃり。くちゃり。くちゃり。

目の前の少女がもう少しデリカシィというものを持って居れば、そんな注釈が必要だったが。
見たくないなら見なければいい。
食べたくないなら食べなければいい。
触りたくないなら触らなければいい。
しかし、音というのは不自由だ。
聞きたくないなら耳を塞ぐしかない。
塞いでしまったら他の音も拒絶してしまう。
そんな行為は愚かだからしないけれど。
だから思い切りため息をつくことで目の前に座る少女に不快の意思表示をした。

「ん? ほうひたのはめいひなんふぁふいへ」

「ちゃんと飲み込んでから話しなさい」

私は彼女―――宇佐見蓮子の運ばれるなり一気に飲み干して空になったガラスコップに水を注いで、渡した。
蓮子は受け取ると再び一息で飲み干す。
「ぷはぁあ」と息を吐き、何とも清々しい飲みっぷり。

「ため息なんかついて、メリーが行きたいって言ったから来たのにそこで本人が気落ちするもんじゃないでしょ」

それだけ言って彼女は目の前に置かれたピラフを口に運び始める。

「あ、それとも」とまた動きを止めて私を見る。「食べたい?」

「いらないわ」

「そう」

蓮子はもう私を見てさえ居ない。

音だけが残った。
くちゃり。くちゃり。
雑音までも。
会話よりもよっぽどうるさい音。
苛立ちが募ってしまう。

「ねぇ、蓮子」

「ん?」

彼女はスプーンを止め、こちらへと上目づかいで視線を移す。

「口」

「え?」

口元をスプーンを握っていないほうの手で左右に何度か動かし、「ご飯粒でもついてた?」

「開いてる」

「ああ」

「うるさい」

「ごめん。でも仕方ないじゃない癖なんだから」

もう一度ため息をつこうとする体をなんとか抑えて外を見る。
外を行き交う学校や会社帰りの人の群はみんな寒さに打ちひしがれ、早足だった。
煩雑なのに統率のあるような奇妙な流れ。
もう冬は近い。
蓮子を誘ったのは失敗だったかな。
ガラスに反射する蓮子へと焦点をあわせる。
女の子とは思えない豪快な食べっぷりだ。
だけどここはレストランじゃない。
カフェ。
私の一方的な意見といえばそれまでだが、カフェというのは静かにお茶をする場所だ。
何か食べたいならレストランに行こうと言う。お茶をしたいからカフェを選んだんだ。だから私の前にあるのは紅茶とチーズケーキ。
なのに蓮子は「ちょっと小腹が空いた」なんて言ってピラフを頼んだ。お腹が空いていたなら空いてるって言ってくれればレストランに行くなり気を利かせられたのに。メニューにあるからって食べ物を注文するのは場違いに思ってしまう。
そして食べはじめると今度は口を開けての咀嚼。店内が静かだから余計に雑音として耳に入ってくる。唯一、周りのテーブルに誰も座っていないのが救いか。
これまでも何度も直しなさいと注意したのに直さない、挙げ句の果てには開き直りだ。
我慢していたのに、またため息が出てしまった。
ため息はつく度に幸福が遠ざかると言うけれど、その要因に罰はないのかしら。

そうこう思っている間に空になったカップにティーポットから紅茶を注ぐ。
そしてミルクを垂らす。
褐色の透き通った海が白液と触れた途端、静かにゆっくりと、だが確実に濁みを与えていく。
白色と褐色。二色の液体は肌と肌のように反発することなく混ざりあっていく。
それとも白が汚しているのか。
朱に交われば赤くなる。
蓮子。宇佐見蓮子。
彼女の振るまいに嘆息し、同じ学科の友人と来ればよかったと思ったのは事実だが、誰を誘って行こうかと真っ先に思い浮かんだのが蓮子であるのも事実だった。
秘封倶楽部。結界を暴き、その向こう側を探すなんて学生らしいお遊びめいたサークル。
二人だけの。人とは少し、ほんの少しだけ変わった瞳を持つ私たち二人だけのサークル。
ただの霊能者サークルというのは表の顔。
本当の目的は霊的環境に張り巡らされた結界を暴くのが裏の目的だ。
結界を暴くなんて子供の頃のヒーローになりたい夢と同じもの。他の人が聞いたら大学生にもなって馬鹿らしいと一蹴するだろう。
だけど、現実だ。
それを実現する力を私が持っているのだから。
結界の境目が見える。
そして蓮子は星と月の軌道から時刻と現在地を確立させる眼を持っている。
メリーと私だけの秘密。
誰も知らない秘密の共有は何歳になっても誰かに言ってしまいたい優越感と矛盾したいつか誰かに知られるかもしれないという恐怖感がつきものだ。
だから、一番心を許せる相手というのは間違いなく今、私の前に座っている宇佐見蓮子だけだ。
せめて私がこうしてお茶をするだけの時間がある内には。
どっちが夢でどっちが現実かを蓮子のおかげで判断できる内には。

ふと、蓮子が立ち上がった。
その動作が余りにも唐突で思わず眼を丸くしてしまった。

「どうしたの?」

「トイレ」

「あ、そう・・・」

呆れた。
外を見ていたから気づかなかったけれどあれからも水を何杯も飲んでいたのだろうポットの水は私が注いだときより随分少なくなっていた。
蓮子が居なくなって静かになったのだから落ち着いてお茶を飲める。そうは考えられない。それなら一人で来ればいいのだから。
4人掛けのテーブルに一人で座る寂しさを感じていると携帯が着信の点滅を示した。
画面に浮かび上がる文字。学部の友人からの着信だった。
そういえば明後日のレポートの資料を貸してあげる約束だったっけ。電話を取ろうと考えて、止めた。
ここは私と蓮子の空間だ。第三者の介入を受け入れる心の広さは少なくとも今はない。ちょっとしたわがまま。
蓮子の強引さに自分も感化されているのかもしれないな。そんな考えを持ってしまう自分がおかしかった。

「よかったの、電話?」蓮子の声。

顔を上げると椅子の背もたれに手をかけ、座ろうとしているところだった。

「あら、早かったのね」サイレントはそのまま、携帯は机の上からバッグの中へと仕舞う。

「学部の友達からだからそのうちかけ直すわ」

「そう」

くちゃり。くちゃり。
いつの間にか皿の上に山のごとく盛られていたピラフももう麓しか残っていない。私の紅茶とチーズタルトも同じ頃にはなくなるだろう。
無くなれば、店を出て別れて帰路につく。
時間が経った。大学が終わって、ここに来て、お茶をする。考えればたったそれだけの行為。
だけど、蓮子と話したことは何?
一言二言の掛け合い、その繰り返しだけじゃないか。
学部が違えば空いた時間もズレが生じる。当然のことだ。まして三年のこの時期は。

「これから、どうする?」

「ん?」

蓮子はスプーンの動きを止めず、口からくちゃりくちゃりと漏らしながらこちらを見る。「どうする・・・て?」
その言葉に苛立ち、いや怒りを覚えた。

「これから蓮子の家に行ってもいい?」

「どうしたのよ。急に」

「駄目?」

沈黙。考えているのだろう。絞り出すように出た言葉は、「明日は朝から実験があるからなぁ・・・」
蓮子は強引だ。そしていつだって私が貧乏くじを引く。
蓮台野の境界。その存在を証明する写真を手に入れ、向かうことを誘ったのは蓮子なのに、蓮台野の墓地を動かす実行犯となったのは私だった。
左手を見る。
手首の少し下から延びる一線の紅い傷痕。「トリフネ」で見た一匹の獣からつけられた傷。「それは夢だ」と蓮子は言った。だから逃げてこれると、私の制止を振り切って。だけど襲われ、傷も現実に残った、私だけに。地球上に存在しない獣との接触で傷口から進入したウィルス、その治療のためにひと月以上も外界と断絶された病棟へと隔離されてしまった。
さらに自分から誘っておいて平気に遅刻する。
夜、私が乗り気でないと言ってるのに耳も貸さず犬のように身体を重ね合ってもくる。
私はいつも蓮子に極力歩調を合わせるよう努めてきた。
なのに彼女が私に合わせようとはしてこない。
だから怒りを覚えたのだろう。
私は彼女に手を引かれている。
今も昔も。
その手を離したくない。
今日も一緒に一夜を明かそう。そう言ってくれると期待していた。

なのに。

その怒りは声を荒げたり、粗雑な行為とは違った形で蓮子へぶつけた。
咀嚼音。黙った私を見つめて蓮子は食事を続けている。
何度言っても改善しない行為。
身を乗り出す。蓮子の前に。
テーブルは顔と顔を近づけるに造作もない小ささだ。
レモンのような甘酸っぱい蓮子の臭いを鼻先で確かめる。
少し長い睫。茶の気混じりの虹彩。整った鼻筋。
そういえば明るい場所で息もかかるほど近づくというのは初めてだから思わず見つめてしまった。

「何…?」

突然の行動に困惑をしめす蓮子が開いた口を私は自分の口で塞いだ。
上唇と下唇の境界の間から舌を潜り込ませ、蓮子の咀嚼によって砕かれ唾液に濡れたピラフを掬い私の口へと戻した。
背もたれへと身体をつける。ねっとりと柔らかくて甘い味が口内に広がっていく。

「…美味しいわね。今度は私も頼んでみようかな」

独り言。
何が起きたのか理解するのに時間がかかったのか少しして口を開いた。

「ねぇ、今なにした?」

「何・・・て何度注意しても音が漏れてたから私が漏れないように塞いであげたのよ」

「あ、そっか」

「それでこれからどうする?」

返事までの思考時間はあっと言う間だった。

「いいわよ。メリーが来たいならうちに来て」

「ありがとう」

私が笑みを浮かべると蓮子も笑う。
それから、蓮子は私と二人きり以外の時は口を塞いで咀嚼するようになった。
森矢 司(もやし)
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
倒置法や体言止めが多く使われていて、詩的かつ小気味の良い文章ですね。
お話の雰囲気も文体に合致しており浸ることができました。
ただこの文体で長い文章を読もうとなると厳しい面もありますので、
もし中編以上をお書きになる場合は気を付けた方が良いかもしれないですね。

また読ませて下さい。
2.名前が無い程度の能力削除
倦怠期っぽい切り返し。あざやかです。
でも蓮子はクチャラーではないと思うよ!(希望
3.名前が無い程度の能力削除
お行儀の悪い子をお行儀の悪い方法でたしなめるお話。
雰囲気の良さが好きです。