「……ねえ、衣玖」
「……なんですか総領娘様」
「……言わなくてもわかってるだろ」
重苦しい沈黙が支配する部屋。その空気には最早似つかわしくない華やかな装飾。テーブルにところ狭しと並べられた料理の品々。
そして、壁には『10月5日はてんこの日』の横断幕が貼られていた。
そう、本来なら衣玖の部屋で『てんこの日』を記念した宴会が開かれるはずだった。
天子は『てんこじゃなくて天子だし』と拗ねたポーズを取りつつも嬉しげに、衣玖と萃香はそれを微笑ましい気持ちで眺めながら、準備を進めていた。
そこに飛び込んできたのは文々。新聞の号外『th13.5 東方心綺楼製作発表』の文字。三人はその突然の出来事に固まり、そして示し合わせたように同時に喜びの声を上げた。
新作が出ることはもちろん嬉しい。しかし、なによりも『th○○.5』ということは番外的作品、つまり弾幕シューティングではなく格ゲーということだ。
弾幕シューティングにはほとんど縁のなかった三人はこの日を待ち続けていた。
あるはずもないシューティング自機を新作発表の度に心の片隅で願い続け、その夢は破れてきた。
毎日黄昏の更新を確認し、何も変化がないことに溜息を漏らした日々。
だが、ついにこの時はきたのだ。東方格ゲーの新作。これに自分達が出ないわけがない。三人はそう思っていた。
――掲載された画像を見るまでは。
「……ほら、まだ決まったわけじゃないし、私達が出る可能性もあるわよ」
「だけど、作る側からしたら最新作からのメンツを出したいんじゃない。せっかくドット絵一新するならさ」
そう、一瞬で部屋の空気が重苦しくなった理由。
それは掲載されていた画像中の霊夢と魔理沙のドット絵だった。
画像中の二人は、萃夢想からのニ頭身ドットではなく、新たに描き起こされた四頭身ドットへと変貌を遂げていたのだ。
それだけならまだ良かった。『美麗なドットで登場できる』と希望が持てた。
「……それに、このストーリーは星蓮船以降のキャラ中心ってことでしょうね」
しかし、その希望は無慈悲にもあらすじによって打ち砕かれてしまった。
――幻想郷にお寺を建立した僧侶、俗世を捨て不老不死を目指す道士、そして復権を目指す巫女。
彼女達は決意する。こういう時こそ「私の出番」だと。 ――
宗教家達が中心となるストーリー。天人、竜宮の使い、鬼の三人が混ざれるようなものではなかったのだ。
一新されるドット絵ではストーリーに絡まない『いるだけ参戦』も難しい。
つまり、現状彼女たちが参戦できる可能性はかなり低い。積み上げられた期待は、突きつけられた現実によって瓦解してしまった。
結果、この部屋を支配するのは重い沈黙と虚脱感。その二つだけであった。
「……まぁ、ほら、さ。このストーリーだと紅魔組だって出ないかもしれないし。それならさ、ねえ?」
「……そうですね。紅魔組だって出ないなら、私達が出るわけもないですしね」
「そうそう。まだ非想天則だって人口は多いし、私たちはそっちで頑張ればいいさ」
「そうですそうです。私だって本気出します。天則1.00時代の遊泳弾復活です」
「いいねえ。私もDCを元に戻そうかなぁ」
後ろ向きな励まし合いを続ける衣玖と萃香。
本当は二人もわかっている。こんなことをしても意味は無いと。『誰が出ないから自分も出れない』ではなく、『出れないものは出れない』のだとわかっている。
それでも、彼女たちは傷の舐め合いをすることしかできなかった。期待を裏切られた者にはそれしかなかった。
「衣玖、萃香。もうやめましょう」
しかし、それに異を唱える者がいた。
この宴会のはず主席だったもの――比那名居天子であった。
同じく沈んでいたはずの彼女は、強い意志が秘められた目を持って衣玖と萃香を見つめる。
「まだ決まったわけじゃない。希望はあるわ」
「……だけど、もし出れなかったら?」
「その時は……次を待つだけよ」
ふっ、とニヒルに笑う天子。さらに彼女は続ける。
「この中の全員が出れるかもしれない。全員が出れないかもしれない。一人だけ出れるかもしれない。いずれにせよ、私達がすることは決っている」
それは、と大きく息を吸い、決意を込めて言う。
「出演できたものを――祝福することよ」
「総領娘様……!」
「天子……!」
迷いを見せることなく、天子はそう言い切った。
その言葉に、憑き物が落ちたように、明るい顔を衣玖と萃香は見せる。
誰が言うでもなく、自然と三人は手を取り合っていた。
そうだ、私達がすることは出演出来るものを僻むことではない。心から祝福することだ。
ただ気持よくその背中を送り出すこと。自分がその番になった時、奏してもらえるように。
それが待つ者の役割。たとえ何年待つ事になろうとも、待ち続ける。
そう心に誓った時、
「ごめんなさい、遅れちゃったわね。あら、ここにも届いてたのね」
スキマから現れた紫は、今回は誰が出れるのかしら、と呑気そうに言った。
再び、場の空気は右斜め下を描く。
「……? どうかしたの三人とも? 格ゲーの新作で嬉しいんじゃないの?」
紫の言葉も耳に届かず、三人は首を傾げる彼女を凝視していた。
八雲紫というキャラクターの造形から考えられる、新作との関連性を。
・妖怪の賢者という立ち位置→暴走気味の宗教家達を諌める側に回れる。
・胡散臭い態度→どんなキャラとも絡ませやすい。
・豊富な出演経験→ストーリーを作りやすい。
つまり、現状は紫のほうが出演可能性は高いのではないか。
三人はそう判断した。判断した上で、
「紫ぃ! 今日は飲みましょう! 潰れるまでね!」
「ええ、飲みましょう! 今夜は帰しません!」
「うんうん! 今日はめでたい日だ! 浴びるほど飲もう!」
彼女を祝福することを選んだ。
「えっ、何でそんなにテンション高いの貴方達? さっきまで死人みたいだったのに……」
「いいからいいから! ほら、萃香ついでついで!」
「はいよっ! ほらほら紫! 今日は楽しもう!」
戸惑う紫になみなみ注がれたコップを握らせ、ヤケクソ気味に叫ぶ。
たとえ、彼女だけ出演することになろうとも、友人の幸福は喜ばなければならない。
それが待つ者の役割なのだから。
そうさ、この涙は嬉しくて流しているんだ。そうに違いない――。
「……なんですか総領娘様」
「……言わなくてもわかってるだろ」
重苦しい沈黙が支配する部屋。その空気には最早似つかわしくない華やかな装飾。テーブルにところ狭しと並べられた料理の品々。
そして、壁には『10月5日はてんこの日』の横断幕が貼られていた。
そう、本来なら衣玖の部屋で『てんこの日』を記念した宴会が開かれるはずだった。
天子は『てんこじゃなくて天子だし』と拗ねたポーズを取りつつも嬉しげに、衣玖と萃香はそれを微笑ましい気持ちで眺めながら、準備を進めていた。
そこに飛び込んできたのは文々。新聞の号外『th13.5 東方心綺楼製作発表』の文字。三人はその突然の出来事に固まり、そして示し合わせたように同時に喜びの声を上げた。
新作が出ることはもちろん嬉しい。しかし、なによりも『th○○.5』ということは番外的作品、つまり弾幕シューティングではなく格ゲーということだ。
弾幕シューティングにはほとんど縁のなかった三人はこの日を待ち続けていた。
あるはずもないシューティング自機を新作発表の度に心の片隅で願い続け、その夢は破れてきた。
毎日黄昏の更新を確認し、何も変化がないことに溜息を漏らした日々。
だが、ついにこの時はきたのだ。東方格ゲーの新作。これに自分達が出ないわけがない。三人はそう思っていた。
――掲載された画像を見るまでは。
「……ほら、まだ決まったわけじゃないし、私達が出る可能性もあるわよ」
「だけど、作る側からしたら最新作からのメンツを出したいんじゃない。せっかくドット絵一新するならさ」
そう、一瞬で部屋の空気が重苦しくなった理由。
それは掲載されていた画像中の霊夢と魔理沙のドット絵だった。
画像中の二人は、萃夢想からのニ頭身ドットではなく、新たに描き起こされた四頭身ドットへと変貌を遂げていたのだ。
それだけならまだ良かった。『美麗なドットで登場できる』と希望が持てた。
「……それに、このストーリーは星蓮船以降のキャラ中心ってことでしょうね」
しかし、その希望は無慈悲にもあらすじによって打ち砕かれてしまった。
――幻想郷にお寺を建立した僧侶、俗世を捨て不老不死を目指す道士、そして復権を目指す巫女。
彼女達は決意する。こういう時こそ「私の出番」だと。 ――
宗教家達が中心となるストーリー。天人、竜宮の使い、鬼の三人が混ざれるようなものではなかったのだ。
一新されるドット絵ではストーリーに絡まない『いるだけ参戦』も難しい。
つまり、現状彼女たちが参戦できる可能性はかなり低い。積み上げられた期待は、突きつけられた現実によって瓦解してしまった。
結果、この部屋を支配するのは重い沈黙と虚脱感。その二つだけであった。
「……まぁ、ほら、さ。このストーリーだと紅魔組だって出ないかもしれないし。それならさ、ねえ?」
「……そうですね。紅魔組だって出ないなら、私達が出るわけもないですしね」
「そうそう。まだ非想天則だって人口は多いし、私たちはそっちで頑張ればいいさ」
「そうですそうです。私だって本気出します。天則1.00時代の遊泳弾復活です」
「いいねえ。私もDCを元に戻そうかなぁ」
後ろ向きな励まし合いを続ける衣玖と萃香。
本当は二人もわかっている。こんなことをしても意味は無いと。『誰が出ないから自分も出れない』ではなく、『出れないものは出れない』のだとわかっている。
それでも、彼女たちは傷の舐め合いをすることしかできなかった。期待を裏切られた者にはそれしかなかった。
「衣玖、萃香。もうやめましょう」
しかし、それに異を唱える者がいた。
この宴会のはず主席だったもの――比那名居天子であった。
同じく沈んでいたはずの彼女は、強い意志が秘められた目を持って衣玖と萃香を見つめる。
「まだ決まったわけじゃない。希望はあるわ」
「……だけど、もし出れなかったら?」
「その時は……次を待つだけよ」
ふっ、とニヒルに笑う天子。さらに彼女は続ける。
「この中の全員が出れるかもしれない。全員が出れないかもしれない。一人だけ出れるかもしれない。いずれにせよ、私達がすることは決っている」
それは、と大きく息を吸い、決意を込めて言う。
「出演できたものを――祝福することよ」
「総領娘様……!」
「天子……!」
迷いを見せることなく、天子はそう言い切った。
その言葉に、憑き物が落ちたように、明るい顔を衣玖と萃香は見せる。
誰が言うでもなく、自然と三人は手を取り合っていた。
そうだ、私達がすることは出演出来るものを僻むことではない。心から祝福することだ。
ただ気持よくその背中を送り出すこと。自分がその番になった時、奏してもらえるように。
それが待つ者の役割。たとえ何年待つ事になろうとも、待ち続ける。
そう心に誓った時、
「ごめんなさい、遅れちゃったわね。あら、ここにも届いてたのね」
スキマから現れた紫は、今回は誰が出れるのかしら、と呑気そうに言った。
再び、場の空気は右斜め下を描く。
「……? どうかしたの三人とも? 格ゲーの新作で嬉しいんじゃないの?」
紫の言葉も耳に届かず、三人は首を傾げる彼女を凝視していた。
八雲紫というキャラクターの造形から考えられる、新作との関連性を。
・妖怪の賢者という立ち位置→暴走気味の宗教家達を諌める側に回れる。
・胡散臭い態度→どんなキャラとも絡ませやすい。
・豊富な出演経験→ストーリーを作りやすい。
つまり、現状は紫のほうが出演可能性は高いのではないか。
三人はそう判断した。判断した上で、
「紫ぃ! 今日は飲みましょう! 潰れるまでね!」
「ええ、飲みましょう! 今夜は帰しません!」
「うんうん! 今日はめでたい日だ! 浴びるほど飲もう!」
彼女を祝福することを選んだ。
「えっ、何でそんなにテンション高いの貴方達? さっきまで死人みたいだったのに……」
「いいからいいから! ほら、萃香ついでついで!」
「はいよっ! ほらほら紫! 今日は楽しもう!」
戸惑う紫になみなみ注がれたコップを握らせ、ヤケクソ気味に叫ぶ。
たとえ、彼女だけ出演することになろうとも、友人の幸福は喜ばなければならない。
それが待つ者の役割なのだから。
そうさ、この涙は嬉しくて流しているんだ。そうに違いない――。
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