人は夢を見る。
それは私とて例外では無い。
―でも、私の夢は、他の人と一つだけ違う事がある。
「ねぇ、メリー。待ってよー」
知らない場所、知らない世界。秋の夕暮れが照らす一面の野原で、私とメリーの追いかけっこが繰り広げられていた。私より少しだけ遅く、少しずつ距離が縮まるようなペースで野を駆けるメリーは後ろを向いて、嬉しそうに微笑む。
「ここまでおいでー蓮子」
その言葉に少し駆けるペースを速めて見る。リアルでは息が上がって、身体が付いて来なくなるのに、夢の中というヴァーチャルな世界ではそんな限界は無い。ぐんぐんと距離は縮まり、やがて0になる。
「つかまえたっ!」
触れる手と手。伝わる温もり。リアルでも感じた事のある、メリーの感触。夢の中と言うヴァーチャルの中に出現したリアルな感触は、とっても心地よく今本当にこの見知らぬ地で一緒に居るみたいな錯覚を覚える。
―いや、これは錯覚じゃない
以前、メリーと共にトリフネの中を散策した事がある。
怪物に襲われた時に私が無傷だった事を鑑みればそれはバーチャルであったと取る事も出来るが・・・
あの時、メリーと交わした会話。そして一緒に感じたトリフネの空気、そして一緒に感じたモノ・・・アレは、まぎれも無いリアル。
他人と、夢の中で同じリアルを共有できる
・・・それが、他の人との違い。
繋いだ手の温もりを感じながらその場に腰掛ける私達。走ったためか息を切らしているメリーにそっと寄り添うと、しっかりとした鼓動が返ってくる。二人並んで見上げた空の太陽が、少しずつ水平線に消えて行く。
その美しさに見とれていたメリーの頬が染まっていたのは、夕陽のせいか寄り添っていたせいか・・・固く繋がれた手から帰ってくる言葉無き言葉は、どんな言葉よりも嬉しくって。喋るよりダイレクトに伝わってくるような感じがして、少し照れくさくなった。
手を繋いで寝そべる、優しい風が撫でた。目を閉じてしばし佇むと、その風の匂いだとか、冷たさだとかが肌で感じられる。
「人は何にでもなれる、か。さっきの蓮子、陸上選手みたいだったわ」
「これも夢の中ならではね。実際にやったら、息切れしちゃうよ。ヴァーチャル様々ね」
一際冷たい風が私達を撫でつけた。無意識のうちに寄り添う私達。そっと抱き合えば、手の温もりより遥かに温かいメリーの温もりが全身を包みこむ。
「じゃあこの温もりも・・・ヴァーチャルなものだと言うの?」
「ううん。あったかいわ。いつものメリーと一緒・・・」
「都合の良い事だけはリアルに感じられるって、ちょっと妬いちゃうわ。」
冷たい風が止んで、お互いの温もりだけが感じられる。夢の中で感じる夢現のような心地。とくんと心臓が跳ねる。
絡まる視線、近寄る唇、縮まる距離。
そして、伝わるほのかな温もり。
色んな思考がグルグルと回り、リアルとヴァーチャルの境界が曖昧になって行く。リアルで感じた事のある唇の感触が思い出されて、ヴァーチャルな夢の世界でも鮮やかに投射されて私の全身を貫いた。
夢と現は別の物、とはメリーに言ったけど…
大好きなメリーとの事だから、夢も現も関係無しでもいいなって。
唇に吐息が当たって、潤む瞳が閉じられる。唇が触れる前に、そっと通じ合わせようと思う気持ちを確認していると、私を呼ぶ声がした。
「うーさみ、うーさみっ、うさみぃー」
「何・・・ソレ」
「蓮子」
「意味は正しいけど漢字が違うわよ・・・」
ヴァーチャルから呼び戻された私のぼやける視界の向こうには、見慣れた6畳一間のワンルームマンションの天井と、さっきまで夢の中で一緒に居たメリーの姿があった。
すっかり見慣れたお気に入りのパジャマ姿のメリーは心配そうに私を見ている。
「んもう、何回ゆすっても起きなかったからちょっと強硬手段に出たわ。」
「何をしたの・・・」
「おはようのちゅー。」
何と言う事だ、不意討ちにも程がある。わなわなと震えていると、したり顔のメリーが一言。
「ちょっとぉ、冗談に決まってるじゃない。」
「冗談も行きすぎは罪になるわー」
通販で買ったペア枕を振りかぶると、メリーがキャー等と言いながら後ろを向いて守りに入った。境界を見たり、越えたり出来るおよそ人の持ち得る力を持ったメリーも、普通の年相応の学生とそう変わらない。
そんなメリーが静かに、そっと私の頬に手を添えてゆっくりと顔を寄せて来た。
「もし・・・良かったら、ね。」
「・・・うん、いいよ。不意討ちじゃなかったら・・・」
返事から一瞬遅れて、ヴァーチャルとリアルが交錯する。唇に返ってくる感覚は、まぎれも無いリアル。でも、こうしてメリーの傍に居て気持ちを通じ合わせている事が現実から乖離していくような感覚に包まれる。
その時、私は思うのだ。夢でも現でも、ちゃんと気持ちを通じ合わせられる人が、私と共に在るんだって。
そして、暫しの無言のふれあいの後、唇が離れる。ちょっとほんのりと朱に染まったメリーの顔を見つめて、何度か笑いあって、寝起き特有の倦怠感を少しずつ吹きとばして行った。
「おはよう、蓮子」
「・・・おはよう、メリー」
私は反射的に挨拶を交わした。初めてじゃないけど・・・唇に残ったリアルな感覚をしっかりと忘れないように記憶に刻み込みながら、私はベッドから身を起こしてそっとカーテンを開け放つ。
私が見つめる現実を照らす燦々と輝く太陽が教えてくれるのは、今日と言う私達のサークル活動の幕開け。
大切なパートナーと迎える、たった一度きりの今日という活動の始まりを照らす光。
夢でも、現でも・・・二人で一緒に歩み感じる事は、まぎれも無い私のリアル。
微笑むメリーに笑顔で返して、大きく伸びをする。
「でも、今日は活動の前に授業、頑張らなくっちゃ。今日は2限目がやな授業でねー」
「そう、それは御愁傷さま。ホント、授業も面白いのばかりなら良いのにね」
「はい、寝ざめのコーヒー」
「ありがとう、メリー」
メリーと肩を並べて飲んだ、淹れたてのモーニングコーヒはほんのりと甘かった・・・