Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

小さな記念日

2012/09/29 01:16:45
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「何日か部屋にこもるわ」
 蓬莱山輝夜と八意永琳の声が重なり、その場にいた全員が何事かと目を丸くした。
「えっと、どういうことです……?」
 鈴仙・優曇華院・イナバが狼狽しながら二人の顔を見比べ、様子を伺う。
「そのままの意味よ」
 鈴仙の心配を他所に、輝夜は微笑んだ。何か問題でも? と言いたげな色を浮かべている。
「永琳はどうしたの?」
 柔和な笑みを浮かべ、斜め向かいの永琳に視線を送る。
「ちょっとした研究よ」
 永琳は試験管を振る真似をして答えた。
「お二人がしばらく出てこられないのであれば、あとのことは私達にお任せを」
 胸を叩き、自信有り気に答える因幡てゐの姿を見て、鈴仙は不安そうにする。
「ちょっとてゐ、そんなこと言ってどうせ私に丸投げするつもりでしょう?」
「安心しなさい、ウドンゲ。てゐには私を手伝ってもらうから」
 永琳の言葉でてゐの表情が一瞬だけ曇ったのを鈴仙は見逃さなかった。
「いい気味よ」
「面倒は御免ですからね」
 顔をしかめ、面倒くさそうに手をひらひらと振ってみせるてゐ。しかし、決して嫌そうな表情ではなかった。
「じゃあ、私の手伝いは鈴仙に頼もうかしら」
「えぇっ!?」
 輝夜の予想外の言葉に、鈴仙の口が落とし穴のように大きく開かれる。
「大丈夫よ。そんなに長い間拘束するわけじゃないから安心して」




「鈴仙、少しいいかしら?」
 部屋まで来るよう言われた鈴仙は、突然襖越しにかけられた声に飛び上がった。
「は、はいっ!」
 声を出そうとしたタイミングの出来事に鼓動を数段はやくし、鈴仙は輝夜の返事を待つ。すると、迎え入れるように襖が開いた。
「し、失礼します……」
 入室を促されていると判断した鈴仙は、激しく脈打つ胸をおさえながら、輝夜の部屋へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
 部屋に入ってすぐに、和ませるかのような、にこやかな表情を浮かべた輝夜が鈴仙を迎えた。
「鈴仙を私の部屋に呼ぶのはいつ以来かしらね」
 過去のことを思い出し、懐かしそうな表情をする輝夜。
「姫様……?」
 まあいいわ、と輝夜は鈴仙の肩を掴み、部屋の奥にある座椅子へと座らせた。
「実は頼みたいことがあるの」
 座椅子に腰掛けた輝夜は、正面に座り緊張している鈴仙を見る。
「わ、私に頼みごとですか?」
 ほぼ全てにおいて、自分を上回る人物から頼みごとをされるという状況に鈴仙は内心で驚いた。
 輝夜が求婚者に対して出したという難題について、鈴仙も少なからず知っている。知っているからこそ、警戒し、余計に緊張してしまう。
「髪をまとめてほしいの」
「……髪を?」
 どれほどの無理難題が飛び出すかと予想していただけに、鈴仙は安堵の息をついた。
「それだけ……ですか?」
 聞き間違いではないのか、何か忘れているのではないか、不安になり、思わず確認してしまう。
「そう。それだけよ。それとも、麒麟の角を取ってこい、八岐大蛇の鱗を持って来い、金鵄の羽根で羽扇を作れ、とでも言ったほうがよかったかしら?」
 鈴仙の考えを見透かしたのか、輝夜はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「い、いえ……」
 思考が読まれていると思った途端、鈴仙の中に今までの緊張や不安をかき消して、羞恥心が湧き上がった。
「……」
 恥ずかしさを紛らわせようと、鈴仙は頼みごとである輝夜の髪に視線を向けた。永琳による手入れの行き届いた髪は『みどりの黒髪』と呼ぶにふさわしく、女性であれば誰もが憧れる美しさを持っている。
「実はね、永琳みたいに髪を後ろでまとめたいの」
「お師匠様みたいに……?」
「ええ」
 疑問の表情を浮かべる鈴仙に対して、輝夜はどこか遠くを見つめて頷いた。
「それくらいでしたらいくらでも手伝いますけど、どうして私なんですか? 手入れはいつもお師匠様がしていましたけど」
「永琳に知られたくないのよ」
「え……?」
 輝夜の答えに鈴仙は耳を疑った。傍から見ても、主従の間柄を越えて仲睦まじいと思っていただけに、その驚きは大きく隠しきれなかった。
「ど、どういうことですか? まさかお師匠様と喧嘩でもしたんですか!?」
 慌てて早口になる鈴仙を見て、輝夜は思わず吹き出した。
「そういうわけじゃないのよ」
 ふふっ、と笑い、輝夜は嬉しそうにする。
「しばらくのあいだ永琳には秘密にしておきたいの。髪型をかえて驚かせようと思ってね」
「ああ、なるほど……」
 胸を撫で下ろし、大きく息をつくと鈴仙は納得したように輝夜を見る。
「でも、どうして急に髪を?」
「詳しい理由は秘密よ。まだ教えられないわ」
 輝夜は首を傾げ、見る者を魅了するような笑顔を見せた。
「そんなわけで、さっそくやってみてくれる?」




「てゐ、お願いがあるのだけれど」
「どうしました?」
 部屋に呼ばれたてゐは、永琳の『お願い』という予想外の言葉に内心で驚いていた。
 この人ならば出来ないことはない。そう思わせるほど、全てにおいて秀でた人物からの『お願い』に、何か裏があるとてゐは踏んでいる。
「私の髪の手入れをして欲しいの」
 永琳が何を考えているのか、思考の先の先まで理解し、ほんの僅かでも出し抜いて有利に立ち回ろうと、てゐの頭は高速で回転する。
「手入れですか……?」
 訝る表情を隠し、永琳の艶やかな髪にちらりと視線を向けた。
「お師匠様はあまり髪の手入れをしていませんよね。それでもそれなりに綺麗ですけど。それが今になってどうして急に?」
「この量だと、ひとりで念入りに手入れをするのは大変なのよ」
 手にした書類を高速でめくりながら永琳は答えた。
「そういうもんですかねえ」
 自分自身の髪を触りながら、てゐは舐め回すように永琳をじっくりと見つめる。
「その割に姫様の髪の手入れは毎日しているじゃないですか」
 毎朝楽しそうに会話をしている主従の姿を思い出しながら、てゐはそれが永琳にとっての日課であることを指摘する。
「それは私の役目だから、当然のことよ」
 てゐの考えを理解しつつも無視していたのか、永琳は細い視線を見返した。
「ずっと姫様の手入れをしていたのであれば、自分のも簡単に出来るはずじゃないですかね」
「輝夜の髪と私の髪は違うわ。それに自分のじゃ見えない部分もあるし、やりにく場所もあるわ」
「それもそうですね」
 想像の範囲内だった永琳の答えに、てゐは頷いた。
「で、髪の手入れとお二人が自分の部屋に篭ったことの関係は?」
 その一言で空気が一瞬でピンと張り詰めた。
 無言の圧力。
 永琳からの、言葉でも、暴力でもない威嚇。
 しかし、てゐは屈しない。否。意に介していない。その状況が自然であるかのように、視線を送り続けている。
「降参するわ」
 沈黙に耐えかねたのか、両手を上げて降参のポーズを取る永琳。
「輝夜が部屋に篭った理由は不明」
「おろ、以外ですね」
 永琳が降参し、それがわざとであることは予測していた。しかし、この反応は予想外だったため、てゐは思わず両眼を見開いた。
「四六時中監視しているわけじゃないもの」
 永琳は肩をすくめ、首を振った。
「で、私が髪の手入れをしたい理由は簡単。輝夜と同じ髪型にしたいのよ」
「姫様と同じ髪型ですか? なんでまた」
 想像していた『お願い』よりも遙かに単純な内容だったため、肩透かしを食らったような気分になったてゐは何も考えずに首を傾げた。
「理由は……今はまだ教えられないわ。時期がきたら教えてあげる」
「まあ、理由はなんでもいいですよ」
 肩をすくめ、てゐは一度目を伏せる。
「私達にデメリットがないのならね」
 体全身をくまなく見定めるような、細く鋭い目が永琳に向けられた。
「そんなものないわよ。あっても付き合ってもらう拘束時間くらいだし」
 突き放すように永琳は言う。
「まあ、手伝ってもらうわけとはいえ報酬は出すわ」
「口止め料の間違いでしょう?」
 口の端を歪ませ、てゐは悪役のように笑った。
「交渉は?」
 てゐの不敵な表情ははじめからなかったように、何事もなく永琳は答えの言葉を口にした。
「成立で。人参畑のAブロックから二週間分、好きに持っていきなさい」




 春の陽気のような、嬉しさと楽しさが溢れでた軽快な足取りで輝夜は永琳の部屋へと向かう。一歩遅れて鈴仙がその後に続く。
 鈴仙の協力により、綺麗にまとめられた輝夜の黒髪が日光を受けて星空のように艶やかに煌めいていた。
「お師匠様もここ数日部屋に篭っていましたけど、何か理由があると思いますか?」
「逆に聞くわ。あの永琳が理由もなしに自分の部屋に篭ると思う?」
 振り返り、輝夜はにんまりとした表情で鈴仙をじっと見る。
「いえ、思いません」
 永琳がどういう人物か考え、鈴仙は即答した。
「でしょう。ある程度は想像出来るけどね」
「師匠が何を考えているか分かるんですか?」
 その言葉を待っていたのか、輝夜は嬉しそうに鈴仙を見る。
「そりゃあ小さい頃からずっと一緒だったもの。あなた達が知らない話はいくらでもあるのよ。聞きたい?」
 一瞬でその場に縫いつけたかのように、鈴仙の足がぴたりと止まった。
「あら、どうしたの? やっぱり気になる?」
「それはその……少しは気になります」
 見上げるように鈴仙は輝夜に視線を送る。知る機会の少ない師の過去に、鈴仙は申し訳なさと幼い少女の期待の色をたたえた瞳を見せた。
「……例えばそうね」
 鈴仙の反応に気分をよくしたのか、輝夜の声は先程より少し明るくなった。
「私が五歳のときに永琳が水色の宝石をかたどった髪留めをくれたわ」
 輝夜は髪留めをつけていたであろう後頭部を触る。
「その髪留めはどうしたんですか?」
「流石にもう壊れたわ」
 歩き出した鈴仙に向けて、輝夜は残念そうに肩をすくめて見せた。
「何度も修理してもらったのだけれど、五回目でどうしようもないくらいに壊れてしまってね」
 輝夜は懐かしさと悲しさの入り混じった、複雑な表情を浮かべた。
「あの時は大泣きしたわ。永琳なら今までみたいになんとかしてくれるって駄々をこねて、周りの大人達を困らせたの」
「姫様にもそういう頃があったんですね」
「ええ。勿論よ」
 意外でしょう? と言葉を続けた。 
「てっきり、幼い頃から聡明で利発なものとばかり」
「私はそんな完璧な存在じゃないわよ」
 鈴仙を一瞥し、輝夜は正面を見る。そこには、てゐを連れて歩いて来る永琳の姿があった。




「姫様に会いに行くんですか? どうしてまた?」
 永琳の顔を見上げ、先を歩くてゐが聞く。永琳の髪はいつものようにまとまってはおらず、少し波打っているが真っ直ぐな状態になっている。
「機が熟したからよ」
「今日が何か大事な日付ってことですね」
 婉曲的な言葉の中に隠された意味をてゐは汲みとった。
「ご名答」
 いつもの涼しい表情のまま、永琳は頷く。
「何の日なんですか?」
 首を傾げ、てゐは答えを待つ。しかし、永琳は答えなかった。
「それは秘密」
 一瞬目を伏せ、期待に胸を膨らませる年端もいかない少女のように、嬉しそうに笑う。
「……そうね。少しだけ昔話をしてあげるわ」
「どうせ姫様絡みの親ばか話でしょう?」
「よくわかっているじゃない」
 やれやれ、と言いたげな表情でてゐは肩をすくめた。
「何年一緒にいると思っているんですか。お付き合いしますよ」
 輝夜の過去という、知る機会の少ない、ある意味貴重な話にてゐは期待していた。
「私が輝夜に始めてプレゼントをあげたのは五歳のときだったわ。水色の宝石をかたどった髪留めだったのだけれど、使っているうちに壊れてしまったのよ」
 他人に髪留めをつける仕草をすると、永琳は懐かしげな瞳で手先を見つめた。
「壊れたのはどうしたんですか?」
「何度もなおしてあげたわ。でも、五回目で修復不可能な状態になったから、諦めざるを得なかったの」
「お師匠様でもなおせなかったんですか」
 歩く速度を落とし、永琳は語る。
「なおせないことを伝えたら輝夜は大泣きしたわ。永琳はなんでも出来るからなおせる、今まで出来たんだから、今度も出来るって」
「へぇ、あの姫様にもそんな頃があったんですね」
 意外そうにてゐは両目を見開いた。
「納得してもらうまで随分と手を焼いたわ」
「今の姿からじゃ想像出来ませんねえ」
 頭の中で過去の幼い輝夜を想像し、現在の姿と比較するてゐ。
「八歳の頃にプレゼントした櫛も、十四歳の頃まで使い続けていたわ。もちろん壊れるまで」
 過去のことを思い出し、思わず永琳の頬が緩んだ。
「六歳の頃には手鏡、七歳の頃には小物入れ、九歳の頃には別の髪留めをプレゼントしたわ」
「記憶力がいいようで」
「親ばかと言ったのはそっちよ」
 二人はお互いの顔を見て小さく笑った。
「おっと、噂をすればなんとやらですよ」
 てゐが指差す先に視線を向けると、そこには鈴仙と共に歩いてくる輝夜がいた。




「姫様……?」
「お師匠様……?」
 てゐと鈴仙が意表を突かれたような、呆けた声を同時にあげた。
 永琳のようにまとめられた輝夜の艶やかな髪。
 輝夜のように手入れの行き届いた永琳の髪。
 お互いがお互いの髪型を真似しているという状況に、鈴仙とてゐは困惑している。
「輝夜、その髪型はどうしたの?」
「そういう永琳こそどうしたの?」
 お互いの髪を手に取り、質感を感じ取るように手を滑らせる。
「とても綺麗で手入れが行き届いているわね」
 永琳の髪を手櫛で梳き、輝夜はうっとりとした声を出した。
「この髪型、まるで私みたいだわ」
 輝夜の髪を優しく掬い上げ、ガラス細工を愛でるように指先で丁寧に撫でる。
「ええ。永琳の髪型を真似したのよ」
 永琳の反応が待ちどうしかったのか、輝夜の顔がぱぁっと明るくなった。
「じゃあ、私の髪型はどうかしら?」
 その場でくるりと一回転すると、永琳の髪とスカートが翻る。
「見とれてしまうくらい美しいわ」
 陽光を受けて煌めく永琳の髪に、輝夜は手を打った。
「綺麗です……まるでどこかのお姫様みたいです」
 ゆっくりと、搾り出すように鈴仙が言う。
「ありがとう、二人共。私のこの髪型も、輝夜のを真似したのよ」
 永琳はスカートの裾を指先で広げ、どこかの令嬢のような仕草を取る。
「輝夜、今日は何の日か覚えている?」
 頷くと輝夜はその場にいる全員に向け、答えの言葉を紡いだ。
「私が六歳の今日、永琳の髪型を真似した日よ」
 まとめた髪を手に取り、子供が親に自慢するように永琳に見せた。
「だから、こうやって髪型を真似したの」
「覚えていてくれたのね」
 永琳は感動で瞳をうるませ、輝夜を抱きしめた。
「そういう永琳も覚えていたみたいね」
 抱きしめられた状態から、輝夜も顔をほころばせて永琳の体に腕を回す。
「忘れるわけがないわ。とても嬉しかったもの」
「この人は親ばかですからね」
 状況を楽しむようにてゐは笑った。
「なるほど、お互い相手を驚かせようと思って部屋に篭ったんですね」
 鈴仙の言葉に、そうよ、と二人の声が重なる。
「あの時の永琳の嬉しそうな顔を覚えていたから、こうしてまた髪型を真似したのよ。今まで何かしたいとは思っていたから、こういう手段をとったのだけれど、まさか被るとは思わなかったわ」
「流石のお師匠様も姫様が同じ事を考えているとは思わなかったみたいですけどね」
 眉を吊り上げ、てゐはにんまりと笑った。
「余計なことは言わなくていいの」
 苦笑しながら永琳はてゐの頭を撫でる。
「ねえ、永琳」
「何かしら、輝夜」
「ありがとう」
 永琳は大切な物を慈しむような、優しい笑みを浮かべると、輝夜の髪を梳いて頬に触れた。
「ありがとう輝夜」
 嬉しそうに微笑み、輝夜は永琳の胸に顔を埋める。
 その姿を見て、永琳は娘を愛でる母親のような笑顔を見せた。
えーてる増えないかなという願望。

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コメント



1.yosey削除
ありそうで、あんまりなくて、でもたくさんあるって印象。
長い時を生きて、色々なことがあっただろうに、
その記憶を優先するなんて、これじゃあ宇宙が消滅しても砂糖を生産してそう。
ちょっと羨ましいな。