マエリベリー・ハーン
蓮子との次の活動の打ち合わせが終わり、日が落ちるのが早くなりつつある初秋の夕暮れの中、私はひとり家路を辿っていた。バスの車窓から見えるのは、代わり映えのない無機質な建造物の群。
新都建設の名目の下、平安の昔より脈々と受け継がれてきた京都の街並みは完全に喪われてしまった。例えば、新京都駅の周辺は、大規模な再開発が行われ、教王護国寺は撤去されてしまった。その跡地にはオフィスビルが建ち並び、真言宗の総本山は高野山金剛峯寺に移ったとか。
そういえば、私の通う新京都大学も、元々の講堂は博物館として保存されて、今では旧同志社大学の跡地を使っていると聞いたことがある。
西暦二×××年(平○四▲年)六月に関東地方を中心に、日本列島全土に波及した大規模な霊障(どうやら浅間山を起点とする地脈が暴走し、それが列島全土に波及したものらしい)は、私や蓮子の故郷である東京を廃都に追い込み、ここ京都でも並々ならぬ被害を出したという。そのとき、旧京都府庁から旧御所周辺にかけては壊滅状態となり、旧同志社大学は、薩摩藩下屋敷の遺構を残した美しい学舎が巨大なクレーターを残して、跡形もなく消し飛んだらしい。その記録は大学図書館の立体ホログラムに保存されていて、蓮子と一緒にそれを閲覧した覚えがあるわ。
それから四世紀余りを経て、巨額の予算をつぎ込み、京都の街は良くも悪くも、その面目を刷新したわ。元々条坊制がとられていたことと相俟って、ほぼ完璧ともいえる都市計画の結果、呆れんばかりに緻密に道路が区分され、建物も均一の高さと間隔を保って配置されている。しかし、かつての平安京の如く、宮城を中心に据え置き、街を左右に割るという手法はとらず、パリのように放射状を帯びて街が広がっている点が異質なの。
湿地に接していた右京の結界が緩んだことで、右京の抛棄に留まらず、やがて京全体を危機的状況に追い込んだ歴史を鑑み、その轍を踏まぬようにしたものの、東京のように水路に沿った結界を張ることは適わず、しかたなく、山城盆地を縦横に貫いている一部の道路を除き、残りは全て新たに敷き直されたそうよ。しかし、かつてから蓮台野と呼ばれている土地は忌まわれ、その上は共同墓地として整備された。そのため、完全無欠の超未来都市と目されている新京都市の市中で、唯一結界の緩みを招く地点となっており、私たち秘封倶楽部はそこに目をつけた。
しかし、国法では絶対的に結界に触れることをよしとしていない。刑法上では、結界暴きは、外患誘致罪と同じく、極刑を以て罰せられることになっている。どうやら、あのときの霊障は、素人が無理に浅間嶺に眠る大地脈を探ろうとして誘発されたものだったから、政府としては結界の保全に必死なのね。
厭になるわ。そんな官憲のアレルギーにつきあってられないっての。
宇佐見蓮子はことある毎にそう言って憚らない。私はその度にヒヤヒヤさせられて、今では、胃薬を常備している始末よ。
「でも、蓮子ばかりに危ない橋渡らせるわけにはいかないわ。」
バスに揺られながら、私はぽつりと呟く。奇想天外で、ハチャメチャな性質に振り回され、ぼやくことは多いけれど、私が宇佐見蓮子という少女に惹かれているのは疑いのない事実。若干十五歳にして新京都大学理学部物理学科のホープとして名高い蓮子。その実態は、国家的機密に対し、己の体と好奇心ひとつとで立ち向かう確信犯。そして私はその片棒を担ぐ、普段は成績優秀で、相対性精神学を志す一介の十六歳の大学生(蓮子とは三月程、歳が離れた、幼馴染み。たかだかその差でお姉さんぶってきた私)。だから、ふたりは片時も離れてはならないの。
蓮子とは小さい頃からお互いの能力で言い合ってきた仲。誰よりも互いのことを知りて、誰よりも互いが恋しくて、誰よりも互いに交われざりて……。
次は、○○です。
あ、次停まらなきゃ。考えごとしていたら、もう目的地に着いていた。あたりはもう真っ暗だ。このあたりは学生専用の家賃の安い下宿屋が密集している。私も秘封倶楽部の活動に資金が必要なため、できるだけ生活費は切り詰めている。それでも住んでいるところはそれなりに清潔なところで、特に不満はない。問題は蓮子だ。あの子ったら、ここより三等は劣る、大学に通うのも不便なエリアにある襤褸アパートの一室を借りているのよ。一緒のところで住みましょうよ、と入学前から薦めていたのに、蓮子は頑として聞きゃせんのだから、ほんと参るわ。
理由を聞いてみたら、あんまり阿呆で純粋なものだったから、いっそ清々しかったわ。なんて言ったか教えてあげましょうか。
えっ?だって、毎日同じアパートで顔を合わせるより、メリーに会えることの有難みを噛みしめられるでしょう。一日が新鮮な気持ちで迎えられるのよ!!
私は、内心、なんだってええええ!?と叫んでたわ。そんなことを猛烈なドヤ顔で言われて、納得がいくもんですか。何よ。そのドヤ顔。蓮子のくせに。蓮子のくせに。
でも、嬉しくもあった。幼い頃から知っている蓮子。他のことに夢中になっても、私をいつも見ていてくれた蓮子。その蓮子が全然変わらないという事実に、私はくらくらと眩暈を起こしそうなくらい嬉しくて。口ではぼやいても、その華奢な体を抱き締めたくなるほど愛しくて。
手折らば手折れよ君我が恋ふる思ひは君が身を砕かむ程に強し
はっ、少しトリップしたようね。吹きつけてきたやや冷たい秋風より、現実に意識を強引に引き戻される。身を震わせて、私はいそいそと玄関をくぐり、部屋の鍵を開けた。家に上がると、すぐ冷蔵庫の中身を確認して、夕餉の支度にとりかかる。
蓮子、こうしている間にもあなたを偲び、恋い焦がれている私がいるの。あなたの心はどこにあるのかしら。私たちの境界は未だ見えず……。
宇佐見蓮子
吹きつける地下鉄の小寒い風。静かに流れていく人の波。しかし、私の周りだけは時が止まっている。周りの喧噪は一段と大きくなっているが、何も感じない。それは私には何も聞こえていないからだ。脳が雑音と感じて、全てをシャットダウンしている。
メリー。私の時間を動かしてくれる、唯一無二の大切な幼馴染み。メリーのいない空間に、私の時間は存在しない。もしかすると私自身がいないのかもしれない。
メリーとはずっと一緒だった。家が隣同士という、ありがちな話だけど、私たちにとってはそれが特別の意味があるように思っていた。多分、私ひとりが思っているだけなのかも知れないけど。互いの目を気持ち悪いと貶し合って、それ以上に誰よりも愛しく思い合って。
私が不良サークルの悪評をいただく秘封倶楽部を立ち上げたのも、ひとえにメリーと一緒にいる時間を確保したいが為だった。無論、結界を知るという私の目的にぶれはないけど、それだって元々は、結界を暴いているうちに、私とメリーとの終着駅が見えるのかもと思ったから。そう、ふたりの境界のありかがね。ふたりを分かち合うものの正体を探る。それが叶えば、私はメリーと本当の意味で一つになれそうな気がする。
間もなく××行きの列車が参ります。
定型のアナウンスが流れ、ホームの静寂が破られる。もうあと一分もしないうちに列車が到着するだろう。ほっと溜息をひとつ吐き、私は今し方浮かんでいた、ばかな考えを振り払うために頭を横に振る。少し感傷的になりすぎていたのかも。秋という季節と地下鉄のホームの独特の侘びしさとが私の思考にファジーな要素を紛れ込ませたのか。冷静になれ、宇佐見蓮子。さっきの考えは危険すぎる。ただでさえ、やっていることが官憲の目にとまれば、私たちはこの世の住人で入れなくなるというのに。あんな倒錯的な願望のために命を懸けるなんて、洒落にならないわ。そんな理由でメリーを巻き込むなんて、どうかしているに違いない。
……ホントはわかっている。あれが私の本音だということは。認めたくない。メリーに依存している自分を。ねえ、メリー。私はメリーが思うような人間じゃないの。私の心は汚れている。あなたを手に入れたくて。あなたを独占したくて。あなたとひとつになりたくて。いつまで経っても蓮子は純粋なんだからって、笑っているあなたをどうにかしたくて堪らなかった。
列車に乗り込み、目的地までの十五分間、私はずっと窓の外を眺めていた。昔のまま、暗いトンネルをひたすら眺める退屈な作業。列車を降り、改札を出ると、もうあたりは夜の帳が下りていた。コンビニで夕飯の弁当を買い、とぼとぼとアパートまでの道を辿る。
我が家に着くと、レジ袋を机の上に置き、そのままベッドに倒れ込んだ。メリーが見るとだらしないって怒りそうな格好だけど、何か疲れちゃった。
「メリー……。私たちって、実はすれ違ってばかりなのかもね。」
自嘲気味につぶやく。この声は誰にも届かない。メリーと東京から上京してきて、早二年が経とうとしている。この二年で私は何かをやり遂げたのか。そしてこれから何かをやり遂げられるのか。メリー、ねえ、メリー。私はどこかで道を間違えたのかな?ただ、あなたが好きなひとりの女の子でいたかったはずなのに。
「メリー、私ね。そんなに強くないのよ。今でも自分がやろうとしていることが怖くて怖くて堪らないの。行く着く先が見えない。それどころか、いつかあなたを喪いそうな気がしている。」
こんなとき、私の能力は役立たずだ。月を見ても、私の辿るべき道筋を照らすわけでもなく、星を見ても、来たるべき未来を映すわけでもない。
涙が止めどなく、溢れてくる。今夜は私、泣くわ。メリー。あなたが愛しすぎて、ひとつになれないもどかしさを抱いて。
私たちの時間は未だ見えず……。
蓮子との次の活動の打ち合わせが終わり、日が落ちるのが早くなりつつある初秋の夕暮れの中、私はひとり家路を辿っていた。バスの車窓から見えるのは、代わり映えのない無機質な建造物の群。
新都建設の名目の下、平安の昔より脈々と受け継がれてきた京都の街並みは完全に喪われてしまった。例えば、新京都駅の周辺は、大規模な再開発が行われ、教王護国寺は撤去されてしまった。その跡地にはオフィスビルが建ち並び、真言宗の総本山は高野山金剛峯寺に移ったとか。
そういえば、私の通う新京都大学も、元々の講堂は博物館として保存されて、今では旧同志社大学の跡地を使っていると聞いたことがある。
西暦二×××年(平○四▲年)六月に関東地方を中心に、日本列島全土に波及した大規模な霊障(どうやら浅間山を起点とする地脈が暴走し、それが列島全土に波及したものらしい)は、私や蓮子の故郷である東京を廃都に追い込み、ここ京都でも並々ならぬ被害を出したという。そのとき、旧京都府庁から旧御所周辺にかけては壊滅状態となり、旧同志社大学は、薩摩藩下屋敷の遺構を残した美しい学舎が巨大なクレーターを残して、跡形もなく消し飛んだらしい。その記録は大学図書館の立体ホログラムに保存されていて、蓮子と一緒にそれを閲覧した覚えがあるわ。
それから四世紀余りを経て、巨額の予算をつぎ込み、京都の街は良くも悪くも、その面目を刷新したわ。元々条坊制がとられていたことと相俟って、ほぼ完璧ともいえる都市計画の結果、呆れんばかりに緻密に道路が区分され、建物も均一の高さと間隔を保って配置されている。しかし、かつての平安京の如く、宮城を中心に据え置き、街を左右に割るという手法はとらず、パリのように放射状を帯びて街が広がっている点が異質なの。
湿地に接していた右京の結界が緩んだことで、右京の抛棄に留まらず、やがて京全体を危機的状況に追い込んだ歴史を鑑み、その轍を踏まぬようにしたものの、東京のように水路に沿った結界を張ることは適わず、しかたなく、山城盆地を縦横に貫いている一部の道路を除き、残りは全て新たに敷き直されたそうよ。しかし、かつてから蓮台野と呼ばれている土地は忌まわれ、その上は共同墓地として整備された。そのため、完全無欠の超未来都市と目されている新京都市の市中で、唯一結界の緩みを招く地点となっており、私たち秘封倶楽部はそこに目をつけた。
しかし、国法では絶対的に結界に触れることをよしとしていない。刑法上では、結界暴きは、外患誘致罪と同じく、極刑を以て罰せられることになっている。どうやら、あのときの霊障は、素人が無理に浅間嶺に眠る大地脈を探ろうとして誘発されたものだったから、政府としては結界の保全に必死なのね。
厭になるわ。そんな官憲のアレルギーにつきあってられないっての。
宇佐見蓮子はことある毎にそう言って憚らない。私はその度にヒヤヒヤさせられて、今では、胃薬を常備している始末よ。
「でも、蓮子ばかりに危ない橋渡らせるわけにはいかないわ。」
バスに揺られながら、私はぽつりと呟く。奇想天外で、ハチャメチャな性質に振り回され、ぼやくことは多いけれど、私が宇佐見蓮子という少女に惹かれているのは疑いのない事実。若干十五歳にして新京都大学理学部物理学科のホープとして名高い蓮子。その実態は、国家的機密に対し、己の体と好奇心ひとつとで立ち向かう確信犯。そして私はその片棒を担ぐ、普段は成績優秀で、相対性精神学を志す一介の十六歳の大学生(蓮子とは三月程、歳が離れた、幼馴染み。たかだかその差でお姉さんぶってきた私)。だから、ふたりは片時も離れてはならないの。
蓮子とは小さい頃からお互いの能力で言い合ってきた仲。誰よりも互いのことを知りて、誰よりも互いが恋しくて、誰よりも互いに交われざりて……。
次は、○○です。
あ、次停まらなきゃ。考えごとしていたら、もう目的地に着いていた。あたりはもう真っ暗だ。このあたりは学生専用の家賃の安い下宿屋が密集している。私も秘封倶楽部の活動に資金が必要なため、できるだけ生活費は切り詰めている。それでも住んでいるところはそれなりに清潔なところで、特に不満はない。問題は蓮子だ。あの子ったら、ここより三等は劣る、大学に通うのも不便なエリアにある襤褸アパートの一室を借りているのよ。一緒のところで住みましょうよ、と入学前から薦めていたのに、蓮子は頑として聞きゃせんのだから、ほんと参るわ。
理由を聞いてみたら、あんまり阿呆で純粋なものだったから、いっそ清々しかったわ。なんて言ったか教えてあげましょうか。
えっ?だって、毎日同じアパートで顔を合わせるより、メリーに会えることの有難みを噛みしめられるでしょう。一日が新鮮な気持ちで迎えられるのよ!!
私は、内心、なんだってええええ!?と叫んでたわ。そんなことを猛烈なドヤ顔で言われて、納得がいくもんですか。何よ。そのドヤ顔。蓮子のくせに。蓮子のくせに。
でも、嬉しくもあった。幼い頃から知っている蓮子。他のことに夢中になっても、私をいつも見ていてくれた蓮子。その蓮子が全然変わらないという事実に、私はくらくらと眩暈を起こしそうなくらい嬉しくて。口ではぼやいても、その華奢な体を抱き締めたくなるほど愛しくて。
手折らば手折れよ君我が恋ふる思ひは君が身を砕かむ程に強し
はっ、少しトリップしたようね。吹きつけてきたやや冷たい秋風より、現実に意識を強引に引き戻される。身を震わせて、私はいそいそと玄関をくぐり、部屋の鍵を開けた。家に上がると、すぐ冷蔵庫の中身を確認して、夕餉の支度にとりかかる。
蓮子、こうしている間にもあなたを偲び、恋い焦がれている私がいるの。あなたの心はどこにあるのかしら。私たちの境界は未だ見えず……。
宇佐見蓮子
吹きつける地下鉄の小寒い風。静かに流れていく人の波。しかし、私の周りだけは時が止まっている。周りの喧噪は一段と大きくなっているが、何も感じない。それは私には何も聞こえていないからだ。脳が雑音と感じて、全てをシャットダウンしている。
メリー。私の時間を動かしてくれる、唯一無二の大切な幼馴染み。メリーのいない空間に、私の時間は存在しない。もしかすると私自身がいないのかもしれない。
メリーとはずっと一緒だった。家が隣同士という、ありがちな話だけど、私たちにとってはそれが特別の意味があるように思っていた。多分、私ひとりが思っているだけなのかも知れないけど。互いの目を気持ち悪いと貶し合って、それ以上に誰よりも愛しく思い合って。
私が不良サークルの悪評をいただく秘封倶楽部を立ち上げたのも、ひとえにメリーと一緒にいる時間を確保したいが為だった。無論、結界を知るという私の目的にぶれはないけど、それだって元々は、結界を暴いているうちに、私とメリーとの終着駅が見えるのかもと思ったから。そう、ふたりの境界のありかがね。ふたりを分かち合うものの正体を探る。それが叶えば、私はメリーと本当の意味で一つになれそうな気がする。
間もなく××行きの列車が参ります。
定型のアナウンスが流れ、ホームの静寂が破られる。もうあと一分もしないうちに列車が到着するだろう。ほっと溜息をひとつ吐き、私は今し方浮かんでいた、ばかな考えを振り払うために頭を横に振る。少し感傷的になりすぎていたのかも。秋という季節と地下鉄のホームの独特の侘びしさとが私の思考にファジーな要素を紛れ込ませたのか。冷静になれ、宇佐見蓮子。さっきの考えは危険すぎる。ただでさえ、やっていることが官憲の目にとまれば、私たちはこの世の住人で入れなくなるというのに。あんな倒錯的な願望のために命を懸けるなんて、洒落にならないわ。そんな理由でメリーを巻き込むなんて、どうかしているに違いない。
……ホントはわかっている。あれが私の本音だということは。認めたくない。メリーに依存している自分を。ねえ、メリー。私はメリーが思うような人間じゃないの。私の心は汚れている。あなたを手に入れたくて。あなたを独占したくて。あなたとひとつになりたくて。いつまで経っても蓮子は純粋なんだからって、笑っているあなたをどうにかしたくて堪らなかった。
列車に乗り込み、目的地までの十五分間、私はずっと窓の外を眺めていた。昔のまま、暗いトンネルをひたすら眺める退屈な作業。列車を降り、改札を出ると、もうあたりは夜の帳が下りていた。コンビニで夕飯の弁当を買い、とぼとぼとアパートまでの道を辿る。
我が家に着くと、レジ袋を机の上に置き、そのままベッドに倒れ込んだ。メリーが見るとだらしないって怒りそうな格好だけど、何か疲れちゃった。
「メリー……。私たちって、実はすれ違ってばかりなのかもね。」
自嘲気味につぶやく。この声は誰にも届かない。メリーと東京から上京してきて、早二年が経とうとしている。この二年で私は何かをやり遂げたのか。そしてこれから何かをやり遂げられるのか。メリー、ねえ、メリー。私はどこかで道を間違えたのかな?ただ、あなたが好きなひとりの女の子でいたかったはずなのに。
「メリー、私ね。そんなに強くないのよ。今でも自分がやろうとしていることが怖くて怖くて堪らないの。行く着く先が見えない。それどころか、いつかあなたを喪いそうな気がしている。」
こんなとき、私の能力は役立たずだ。月を見ても、私の辿るべき道筋を照らすわけでもなく、星を見ても、来たるべき未来を映すわけでもない。
涙が止めどなく、溢れてくる。今夜は私、泣くわ。メリー。あなたが愛しすぎて、ひとつになれないもどかしさを抱いて。
私たちの時間は未だ見えず……。