Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

紅い夕暮れは宵闇に交わる

2012/09/22 07:31:18
最終更新
サイズ
11.28KB
ページ数
1

分類タグ

 満月の日、あの人間の子は、自分に向かって「かわいい」といった。「おしゃれすればいいのに」とも。
 ルーミアはそれを聞いてもいい気分ではなかった。そんなのいらない。だって、人間を食べる妖怪なのだもの。


 あの子にはじめて会ったのは、新月の日の夕暮れだったように思う。
「あなたは食べれる人類?」
 そう聞いたのも、ルーミアはその少女がてっきり外来人だと思ったからだった。

 人里から離れた川辺で、たった一人でしゃがみこんでいるし。
 おまけに、来ている衣装。たいていの村人が着ているような見慣れた服でなしに、最近やってきたとかいう、紅魔館の住人みたいなフリフリの衣装(あとで知り合いの大妖精に聞いたらゴスロリとかいうらしい)だったから。
 お葬式みたいに全身黒の衣装を着ているのに、頭にだけ真っ赤なリボンを付けているのも目立った。
 右と左に、あわせて二つ。

「食べれるかもだけど、きっと私はおいしくないよ」
 心底どうでもいいかのように女の子にそういわれて、初めてルーミアは、この子が幻想郷の人間なんだろうな、と思った。


「どうして?」
「そもそも人間っておいしいの? 妖怪さん、別に調理とかしないよね? しかも生肉なら他の鹿とか熊とかでいいじゃん。なんで人間なの?」

 そうか、この子は人間だから。人間を食べることができない決まりだから、人間をおいしく食べたことがないのだなあ、とルーミアは思った。



「熊と人間さんとかは全然違うよ。逃げ惑う人間さんと向かってくる人間さんでもおいしさが全然違うのに」

「ふーん。じゃあ、あなたは実際に人間を食べたとき、美味しいと思ったの?」
「思ったんじゃなくて、おいしいの」
 かわいそうに。この子は人間がどのくらいおいしいかを知らないで、今まで生きてきたんだなあ。


「逃げるのと向かってくるのだと、どっちが美味しいの?」
「逃げるほう。逃げる人間さんをね、追いかけて、頭をむしゃぶりつくとね? じゃりじゃり、がりっ、ずじゅっ、ってなって、口の中にずるずるぐちゅぐちゅがたくさん流れてくるでしょ? それを口の中にいっぱいにするとね、ほわわ~んってなってぽえ~んってなってふにゅふにゅーって」

 そこまでいったとき、女の子がふきだした。
「なにそれ。意味わかんない」

「とにかく人間はおいしいの」
「そうなの。でも、それでも私は美味しくないと思うわ」


「なんで?」
「病気なの。血が悪いんだって」
「そうなんだ」
 ざんねん。確かにそれならおいしくないかもしれない。


「あ、ごめん。ちょっとまって」
 女の子はそういって黒スカートのポケットから小さな竹筒と薬入れを取り出した。

「それは何?」
「村一番のお医者様が作ってくれたお薬。起きてる間は、二刻にいっぺん、飲まなくちゃいけないんだ」
 そういって、その黒い鼻くそみたいな丸薬を、竹筒を傾けて中にある水で飲み下していく。

「それ、おいしい?」
「だめ。美味しくないよ。それに、これ。とっても高い貴重品なんだから」
 そういって女の子は、ルーミアが薬に伸ばしかけた腕を、ぴしゃりとはらう。


「私のお父さん、やもめだから。ただでさえ大変なのに、私がこの病気にかかってからずうーっとこのお薬を買ってくれてるのよ」
「ふーん」
 やもめと一体はなんだろう。そんなような名前のお魚がいると、この前聞いたことがある気がする。

「でも、もう、いいかなって。お父さん、もう無理だもの。隠してるみたいだけど、私にはわかるわ。体、壊しちゃって。もう、お金が満足に稼げないの」
「そうなんだ」
 ルーミアは聞き流した。



「ねえ、あそこ。あの窪み。草むらにさ、小屋が建ってるのわかる?」
「ほんとだ。あるね」
 ルーミアは、はじめて気がつくことができた。
 というか、少女に指を指していわれない限り、こんなに近いのに、妖怪の自分が気がつくほどができないくらいに、その本当に小さな小屋は、草だの枝だので厳重に隠されていた。

「私だけ、あそこに住んでるの。お医者様は感染らないっていったの。でも、たぶん、としかいわなかったから。お父さんは、毎日、里にあるお家から私の小屋まできてくれるんだけど……」
 そういったあと、黙り込んだ少女の顔に陰がさした。それくらいは、さすがのルーミアにも理解することくらいはできた。


 少女が喋るのをやめてしばらくすると、今まで気にも留めてこなかった、そばで流れる川のせせらぎが、耳鳴りのようにうるさいくらいに聞こえてきた。
 ルーミアは、自分が何かいうことなんて別にないんだけど。お互いが何も喋らない、ということが、なぜだか無性にこそばゆい気分にさせられた。
 女の子が喋りださないので、ルーミアが何か喋らなくちゃ無音のままなのだけど、ルーミアはこういうとき、どういうことを言えばいいのかわからなかった。


 今まで人間と話すことなんてほとんどなかったから、ひょっとしたら、人間と話すとこういう気分になるのかもしれない。
 なんか、いやだな、とルーミアは思った。
 それでも、なにも言わずに女の子とお別れするのは、もっといやだな、とルーミアは思った。


「ねえ妖怪さん。海って知ってる?」
 唐突に少女がそういったとき、ルーミアは少しだけほっとした気分になった。

「なに?」
「うみ。外界にはね。霧の湖なんて目じゃない、すっごく大きな湖があるんだって」

「しらない」
「そう。でも、今流れてるこの川。世界中の川の水は、ぜんぶ、いずれは海に流れていくんだって」
「へー」
「で、その海って、塩水でできてるんだって」
「ふーん。でも、海ってのが塩水でも、ただの水がこんだけ流れたら、どんどん薄くなって、いつかは誰も塩水だと気がつかないようになるんじゃないの?」
 目の前の川だって、船の一艘や二艘は、簡単に浮かべて通ったりできるくらいには大きいのに。ルーミアは、外界には、三途の川みたいな大きな川はどのくらいあるのだろう、と考えてみる。


「さあ。でも。いままでそんなことにはなったことないみたい」
「そーかー。この川の水、いつかはその海に行くのかな」
「そうなんだって。私、寺子屋の先生に教わったもの」
 そういって笑った女の子の、とても細く、蝋人形みたいに白い肌をした手足が、ルーミアにはとても印象に残った。


「この川を下れば、私でも外界にいけるのかな」
「外界って行ったらら面白いの?」
 この話をした日は、確か三日月が沈んだ頃。


「外界って、妖怪とかはいないけど、その代わり人間がたくさんいるんだって」
「えー、もったいない」
「で、いろんな人間の技術がここと比べ物にならないくらい発達してるって」
「妖怪退治もしないのに?」
 上弦の月が西の地平線に。



「そういえば、先生。外界では私の病気、治療できるかもねって、言ってた」
「ふーん」
 幾望の月夜。


「ねえ、私と一緒に外界にいってみない?」
「なんで」
「なんとなく」
「やだ」
「えー」
 満月が真南から、笑う二人を照らした。





 満月を過ぎ、少しずつ欠け始めた十六夜の日の夜。いつものように飛んでいるルーミアを、とてつもなく凶暴な気配が捕らえた。

「ねえ、あんた。しおりの行方知らない?」
 博麗霊夢がルーミアの行く手をさえぎる。
 神社でぐだーとだれているようないつもの霊夢じゃなくて、あの「戦う霊夢」だった。


「しおり?」
「知ってるわよ。あんたが最近あの子と会ってる事」
「赤いリボンの子なら、今日いまからあいに行くけど」
「そう、その子。いないのよ。親父さんもね。まさかとは思うけど、あんた食べてないでしょうね?」
「たべてないよー」
「じゃあ、どこ言ったのか心当たりない?」
「しらないよー」

 霊夢は一瞬だけルーミアを冷たい眼で見つめた後、
「まあいいわ。今、里のみんなが総出で探してるけど、その人たちも含めて食べないように。もし、食べたら……わかってるわね?」
「うん」
そうして、霊夢は疾風のように飛び去っていった。

 霊夢のいったとおり、いつもの小屋の近くにはだあれもいなかった。
「どこいちゃったんだろ……」
 そういった矢先、ふと、目前の川の流れが目に付いた。


 ルーミアは川下に向かって、川のすぐ上空を飛んでいた。
 飛び始めてから一刻が経ったか、それとも三刻か。今のルーミアにはわからない。
 月も星も雲に翳ってしまって、目の前のまっくらやみが、元からそうなのか、無意識に自分でそうしているのかはわからない。
 せせらぎの音だけを頼りに、ゆっくりと飛んでいた。


 いきなり、飛ぶのを失敗した。
 糸が切れたマリオネットのように哀れな心地だった。
 急に川に落ちてしまったものだから、冷たい水に全身を包まれてしまった。
 全力であがいて、あっぷあっぷしながら、どうにか岸にたどり着く。
 そして、このとき少しだけ雲が晴れたみたいで、あたりはようやく完全な闇ではなくなった。

 ひどいめにあった。
 そう思いながらふとみると、ルーミアが今いる川岸に、村人が使うような小船が、というより小船の残骸が水びだしになって捨てられていた。

 その破片をひとつ、手にとって見る。
 よくわからなかったが、ルーミアでも、古いものじゃないことくらいはわかった。水に浸かっているのに、これには苔とかが生えてない。

 そして、向こうの藪の中で。
 がさがさと、気配がした。


 ルーミアは慎重に歩いて、その藪をかき分ける。
 今まで嗅いだことのない草の香りとともに、よく嗅いだ事のある、とても危険で甘美な匂いを感じた。


 右手で触った笹の葉に、べっとりとしたものがついている。
 そして、そのべっとりとしたものが、道案内をするみたいに、目の前の獣道に、乱暴に塗りたくられていた。
 舐めてみる。
 うん、やっぱり。
 そのどろどろは、ルーミアの舌の上でやさしくとろけるように踊る。随分と久しぶりに、ルーミアの頭の中はとても心地よくぴりぴりと震えた。


 いた。

 なんのことはない、熊だった。
 その熊も、ルーミアに気づいた。
 熊は物を引きずっている。

 ルーミアは自分の獲物を横取りされたような、たぶんそれのもっと強い気持ちがふつふつとわいてきた。

 ルーミアと熊。
 誰にいわれなくても、お互い、真正面から向き合った。
 そして、ルーミアは気配をぴんと鋭くする。相手に合わせるかのように。


 先に動いたのは熊だった。
 引きずっていた人型の荷物を捨て置き、全身の筋肉を使い、飛び掛って一気に距離をつめる。
 だけれども、ルーミアはそいつを十分に自分にひきつけて、襲われる瞬間、自分の得意な弾幕を放つ。


 じゃなく、放ったつもりだった。
 弾幕はまるっとひとつも出てこなかった。


 なんで?
 そう思う暇もなく、眼前に熊の右手。
 ルーミアの全身はごろんごろんと藪の中を転がっていった。

 頭がぐわんぐわんする。
 急に吐きそうなくらい気持ちが悪くなる。

 けれど熊はそんなのかまわずに、ようやく転がり終えたルーミアの胴体をふみつける。
 そして右腕に思い切り噛み付いた後、ルーミアの小さな肉体を振り回す。

 ぶおん、ぶおんと、ルーミアには周りの空気がそんなふうに聞こえた。
 眼に入る光景は嵐のようにぐるぐる回る。


「いいかげんに……」
 して! と、左腕で握り締めたグーのこぶしで、思いっきり、熊の頭の、右耳の下辺りにパンチをする。

 その瞬間、熊は自分自身の体重に耐えられないかのように、地面に向けて崩れ落ちた。
 ようやく、大人しくなった。

 熊に圧し掛かられた形のルーミアは、その巨体を押しのけた。そして、自分の左腕のこぶしを、砕き貫いた熊の頭蓋骨の中から引っ張り出す。
 左手についた新鮮な脳漿を自前のスカートで丁寧にぬぐった頃、ようやくあたりに静寂が戻ってきた。

 今いる右手のほうに、熊が引きずっていたものと同じような死体があることに気づいた。
 そっちのほうがすこしおおきいから、あれはきっとお父さんなのだろう。

 そして、引きずられていたほうに近づくと、
「ああ」
 どういうわけか、その荷物は一瞬だけ意識を取り戻した。
 ルーミアの両目をはっきりと見て、微笑んで。そして、その荷物からなにかが抜けていったのだった。



 ルーミアは時折思い出す。

 満月の日。
 あの子が自分についけていた二つのリボン。
 その片方を、嫌がる私に付けたことを。
「うん、似合う」
「やだよー」
「妖怪だっておしゃれしてもいいじゃない」
「これ、外していい?」

「や。つけててよ」
「えー。いつまで?」
「私がいいっていうまではずしちゃダメ」
「なんで?」
「つけててほしいから。あなたにずっと。たとえ私が死んでしまった後でも」
「なにそれ、封印みたい」
「ある意味、そう。私の封印」
「自分勝手だなー」
「あら、そんなの。いまさらじゃない」
 そうして見せた、あの子の笑顔。
 気持ち悪いくらいにきれいな、あの笑顔。


 忘れようと思った。
 ほうっておいてもいつかは忘れると思ってた。でも、のどの奥にささった小骨のように、忘れかけた頃に、時々ルーミアの思い出に現れる。
 それは、数年経っても変わらなかった。

「竹林のあたりって、いままで、近くを飛んで通りがかるだけでもなんか変だったじゃん。最近はそれがマシになったらしいよ。で、あそこにすっごいお医者みたいな人が住んでるらしいくて。何でも治せるってさ」
 月がおかしくなってた日々の後、知り合いの妖怪がそういう話をするたびに、ルーミアはリボンを結んだ頭の辺りが、とってもむず痒くなる。
 それでも、ルーミアは自分の頭に結ばれた真っ赤なリボンに、自分で触れる気にはならない。

 そして時々、気になってしまうのだった。

 この封印、いつかは薄れるのかな?
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
そういうエピソードがあってもいいな、と思いました。
2.奇声を発する程度の能力削除
こういうのも良いですね
3.名前が無い程度の能力削除
こういう封印の解釈もいいなぁ