Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

懲悪

2012/09/13 21:39:39
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雨が降っている。
勢いよく降る雨は視界を暗く閉ざし、鬱蒼とした森を更に不気味に彩る。
そんな中、上白沢慧音はまるで正気を無くしたように一人立ち尽くしていた。
体に当たる滴もいとわずぼんやりと、ただ一つをその瞳に写して。

彼女はずっと、石を積んだだけの粗末な墓を見つめていた。







三吉の大将が妖怪に襲われた。
そんな訃報が里を飛び交ったのは三日前の話だ。
木こりであった彼は、その日も日課であった散歩を済ませると、よっこらと大斧を背負い弟子達を引き連れて里を出た。
「今日のは大仕事だ、飯をたらふく準備してまってろ」
見送る妻と彼は、豪快に笑って別れたという。

一時ほど経った頃だったろうか、里にひどく狼狽した様子の弟子達が帰ってきた。
息は荒く、手には汗をかき、顔は真っ青に青ざめている。
それでも息も絶え絶えな体に鞭を打って、里の門をくぐるなり叫んだ。

「ダンナが、化け物に襲われた!」

瞬間、辺りに動揺が走った。
旦那?きこりの?腕っぷしのいい、大柄なあの?まさか。いやしかし。
噂は間をおかずに里中に広がり、人々の間に動揺と混乱をもたらした。
慧音も話を聴くなり、すぐさま里の長老や三吉の妻とともにすぐさま弟子のもとへ駆け付けた。
取り乱す妻と弟子達をなだめて、長老は自らの屋敷へ彼らを誘う。

「何をするにも、まずは落ち着こう。決して楽観できる問題ではない。みなで話し合わねば」

皺の刻まれた顔は悲痛に歪んでいた。



歩いて半刻ほどの里からほど近い森、彼らが仕事場としている場所に妖獣化した野犬が出た。
体躯は人間のそれより大きく、牙はいびつに並び、眼は真っ赤に血走っていた。
獰猛で足が速く、森の中という地形の悪さも相まって、妖怪との距離はなかなか広がらず、こちらが疲労し追いつかれるのは時間の問題だと思われた。
ふりきれないと悟ると三吉は己が身を楯にして弟子たちを逃がしたという。

彼らの話を聞いた慧音は長老とともに頭を悩ませた。
件の森は里から最も近く、里に住む人々の生活にも欠かせぬ場所だ。
本来であれば博麗の巫女に退治を請うところなのだが、相手は知能の低い、変化したばかりの妖獣である。
いくら不可侵の約束が結ばれているとしても、知らずに食い物を求め里に危害を及ぼすかもしれない。
それに、里からほど近い場所に現れたとなると、この瞬間にも現れないとも限らない。
解決には非常に急を要すると思われた。

話し合いもそれほど長くはかからず、すぐに慧音を中心とした里人による討伐隊を組む事が決まる。
最初、慧音は里人を危険に巻き込むことを良しとせず、自分一人での討伐を主張していた。
だが森の中は視界が悪く、いかに森に慣れた者であってもたった一人で妖獣を探すのは難しい。
万一すれ違い、慧音のいない里に侵入を許せば、里への被害は甚大となることが予想された。

「被害が大きくなってからでは、遅いからの」

里の者を気遣い渋る慧音も、長老のこの言葉には黙ってうなずくしかなかった。



幸いなことに、勇士は直ぐに十分な数が集まった。
その殆どが三吉の弟子や木こり仲間であり、皆一様に肩をいからせて居たことところを見るに、三吉という木こりがいかに慕われていたかがわかるだろう。
無論、彼らは腕っぷしこそ強いが妖怪退治においては素人である。
そのため数名の医者や専門の術士を加わえ、三つに等分して一隊5~6人のチームを作った。
木こりの中には典型的なあらくれも多かったが、総指揮を信頼の置かれる慧音が執ることで全体がまとまった。
そうして彼らは日が落ちぬうちに森へと駆り出したのである

目的地に着いた討伐隊は、それぞれ武器を手に勇んで森の中へと足を踏み入れてゆく。
「何事も無く、巧くいって欲しいが…」
慧音は誰にも聞こえぬように呟き、ただ一人、妖獣が里へと向かわないように入り口を見張っていた。
ふと、見上げた空は、黒く厚い曇で覆われていた。



結果として慧音の心配は杞憂に終わった。
二時と経たぬうちに目標を討伐せり、との一報が入ってきたのである。

「慧音様、右翼部隊が妖獣を発見しました。どうやら無事に討伐できたようです」

術士からの報告を聞いたほっと胸をなでおろして安堵する一方、わずかな憤りも生まれていた。
相手は獰猛な妖獣であるから、くれぐれも勝手に先走るな。
目標を発見したならば私に知らせ、追いつくまでは追跡に徹しろ。
そう、口を酸っぱくして言っておいたのだが。

「…よし、直ぐに向かおう」

まあ、皆が無事であるならこれ以上のことはない、一喝することで許してやるとしよう。
そう心を切り替えて、慧音は森の中へ走り出した。



討伐隊の全員と合流し妖獣の骸を確認した慧音は、人々に先走ったことへの一喝と、無事退治したことへの労いの言葉をかけ、すぐさま里に帰るように命じた。

「へぇ、慧音様の言う通りに。後はお任せいたします」

もっと渋ると思ったのだが、意外にも全員がしおらしく従い血濡れの武器を片手に引き上げていった。
なので今、この場にいるのは慧音ただ一人のみである。
残った彼女は、せめてもの妖獣の冥福のためにと墓穴を掘っていた。
その大きさが妖獣を横たえるのに十分になったことを確かめると、改めて骸へ向きなおる。



大きさが大人二人分ほどもあるかというほど大きな骸は、里人達によって無惨に傷つけられていた。
体中には数多の切り傷、打撲痕が残り、ところどころ素手で肉ごとむしられたかのような禿げがある。
腹は大きく一文字に引き裂かれ、赤黒い肉やぐしゃぐしゃになった臓物がさらされ土で汚れていた。
猛々しく大地を駆けたはずの足は全て執拗に踏み折られ、太く長かったはずの尻尾もぼろぼろであり、何より中程から乱暴に切り落とされている。
頭はこん棒のようなもので判別不能になるまで割られ、かろうじて目であった箇所が判るほどにつぶされている。
だが肝心の眼球は両方とも刳り貫かれており、すぐ近くの地面で踏みつぶされていた。



おそらく里人はわざと慧音への連絡を遅らせたのだろう。
いくら生命力の強い妖怪とはいえ、退治するのにここまで傷をつける必要はない。
彼等は妖獣に致命傷を与えた後も、気の収まるまで執拗に骸を傷つけたのだ。

殴る。蹴る。斬る。刺す。潰す。引き裂く。叩きつける。
怒り、怨み、悲しみ、憎しみ、そんな全てをありったけ込めて。
ただ、大切な仲間を殺されたという復讐の思いを満たす為に。



ぽつ、ぽつ、と。
辺りには静かに雨が降り始めていた。







妖獣を供養した後も慧音は墓を見つめていた。
…墓を通して無惨な骸を思い出し、振り払う様に頭を振る。

久しぶりに人間の醜い感情を見たと思った。
妖怪とは本質的に人を脅かす存在だ。
だが人間には生き残るために身を守る権利も、復讐を果たし仲間の無念を晴らす権利もある。
大義名分は揃っているが故に、彼らの行ったことを総て否定することは出来ない。
しかし、そうであってもやはり、人と妖怪の間に立つものとしては、やるせない。

ふと、妖獣の過去を辿ろうとして、止めた。
もし見てしまえば、彼女は自分を律することが出来なくなるかもしれない。
彼女は半獣ではあるけれども、その前に里の守護者である。
折角守った里にわざわざ不安を与えてはならない。

ただ、せめて今は。
冥府をへ赴くであろう妖獣の旅路の安全を祈りたかった。



雨はより強く、ざあざあと降り続ける。
空は依然として昏く、一向に止む気配はない。

都合が良いな、と。
慧音は震える声で呟いた。








































誰もいなくなった墓の前に、小さな陰が現れる。

それは器用に墓穴を掘り返し。

目当てのものを見つけると。







「ばうっ」







そう、一つ、哭いた。
「幻想郷はすべてを受け入れる。
それはそれは、残酷なことですわ」

どこかで、だれかが、しずかにわらった。




読んでいただきありがとうございます。
あおみすでした。
あおみす
http://twitter.com/aomiscom
コメント



1.しゃるどね削除
 慧音先生の葛藤が身に沁みます。

 憎しみを満たすために死骸を辱める、という行動は戦争でも耳にしますよね。
 幻想郷では人間と妖怪が一応の落ち着いた形を取ってはいますが、知性のない妖獣となると話が違う。

 でも、これは見方を変えれば“人間や知性のある妖怪も、あるいは獣になりかねない”とも取れますね。
 慕われた人の無念を晴らしたい云々と作中で云われております通り“大義名分”は揃っているわけですが、
 そのために獣が食い散らかしたかのように死骸を損壊せしめる、とは何とも救えない結末です。

 半獣である慧音先生だからこその苦悩ですよね。もっと読んでみたかったです。雨が血を隠してしまい、
 記憶も風化して、そして歴史は繰り返されてしまうのですね。何とも印象的な慧音先生の背中でした。
 ……なので最後のは、やっぱり子供なのかな。「鳴く」でなく「哭く」を使うところに技量を感じます。

 この作品は、私から見れば“ダーク”ではないかもしれません。それくらいに、しんみりしてしまいました。
 実は前作の『幻想郷怪談 墓参り妖怪の話』も読んでいたのですが、氏は“幻想郷観”にこだわりがあるのですね。
 社会派(?)と云いますか、幻想郷の物の見方、人と妖怪の関係を描くのが得意でいらっしゃるようです。
 その意味でも、慧音先生、あるいは阿求や妹紅といった人里に関わる面々の話を、また読んでみたいです。
 長々と失礼しました。私も“幻想郷”を書くうえで参考にしたく思います。読ませて頂き、ありがとうございます。
2.こーろぎ削除
慧音先生ならではの話で面白かったです
欲を言えばもっと彼女の複雑な心境が見たかったです
3.あおみす削除
あとがきに加えてコメントをくださった方、ありがとうございます。
感謝のコメント返しですー

>しゃるどね様
長文での感想ありがとうございます、慧音先生の気持ちが伝わったようで何よりです。
でも正直一番書きたかったのは最後のシーンだったりしました。

社会派かどうかは置いておくとして、幻想郷の世界観は見るのも作るのも大好きです。
毎回意外に頭捻って考えているので、評価いただけるのはほんとうに嬉しいです。
よろしければ次の幻想郷も気長にお待ちくださいね。

>こーろぎ様
慧音先生はこういうのがハマり役ですね、彼女には今後も大いに悩んでいただきます。
愛ゆえに。

心理描写は相変わらずの課題ですね。
もっと機敏に書けるように読み漁り書き連ねます。