「どうしても言えない事情があるっていうの?」
「いやぁ、そういう訳ではないのですが……」
霊夢さんのしつこい追及をかわしつつ、お茶菓子に手を伸ばす。が、ぱしっと払いのけられた。
「なんか気になる。教えてよ」
「そう言われましてもねぇ」
「もしかして守矢神社の存続に関わる秘密だったりするの?」
「いえ、全くもってそういう訳では」
じゃあ教えてよー。早苗って付き合い悪いわよー。だからあんま同年代の友達いないんじゃなーい? と無礼千万な発言をする目の前の巫女に、思わず反撃をしてしまう。
「霊夢さんも同年代の友人、少ないじゃないですか」
「……」
「寄ってくるのは年上の妖怪ばっかりだし。異変が起きてない時は基本的に単独行動だし。色んな人と仲いいけど、でも親友と言えるような人って殆どいないんじゃないですか」
「うるさいわね。私は望んで周囲と壁を作ってるんだから。勝手に浮いてる訳じゃないし」
「? わざと一人行動をしてるんですか?」
「まあね。ほら、自分より可愛くない子なら、引き立て役になってくれるから一緒に行動したいけどさ。美少女ばっかの幻想郷だと、もう誰とも並んで歩く気にならないっしょ」
「ああ……なるほど……」
「故に私は孤高を貫かねばならないのだ。ふっ。辛いわね」
格好いいテンションで下衆な本音を述べる霊夢さん。並みの女子ならば隠し抜く胸の内を、だらだら漏洩させる潔さが逆に人望に繋がっているのかもしれない。
私も負けじと「自分より顔のいい子って、全員火傷してケロイドフェイスになればいいのにって思いますよね!」と口にしてみれば、「いや、さすがにそこまでは……ていうかそれ酷すぎ……あんた大丈夫……?」と引かれた。ははっ。私こそが焼かれて死ぬべきだなあ。家帰りたいなあ。
「早苗に友達少ない原因、なんとなく分かったわ」
「今のは言葉のあやですから! 失言ですから!」
「えー。私超ドン引きしたんだけど。もうあんたとは縁切りたいぐらいに」
「そんなぁ!」
「ここはやっぱり、ぶっちゃけトークで信頼回復すべきじゃない? さあさあ早苗、話すのよ。どうしてあんたがそれに拘るのか。そこに至るまでの道を」
外堀からじわりじわりと攻めて、結局元の位置に会話が戻ってきた。どんだけ気になるんだこの人は。
「はあ。分かりました。話しますよ。話せばいいんでしょう」
「そう来なきゃね!」
では語ろうか。私の秘密。私の過去。私の恥。
私が、サラシ派になった理由を。
あれは確か、小学四年生の、二学期頃だったか。夏休みが終わってすぐの事だ。何日か前から微熱と倦怠感に悩まされつつも、健気に登校していた私にダメ押しの悲劇が訪れたのだった。
なんと、出血したのである。それも股間から。用を足した後、何気なくトイレットペーパーを確認したら鮮血に染まる紙。ひょっとしたら私の信仰が強過ぎるあまり、聖痕が現れたのかとも思ったが、よく考えてみれば幼女の股にそんなものを授けるのは神ではなく変態だという結論に達したので、別の可能性を検討した。
あれである。
初潮である。
早くないか? と各方面からの突っ込みを感じたし、私自身もそう思った。しかし悲しいかな、現実は無常。
私は十歳そこそこにして、同級生よりも一年以上早く二次性徴が始まったのだった。
あとで母親に相談してみたら、「近頃の子は発育がいいんだねえ」などとありがちな事を言って終わった。頼りにならない。父親はというと、こういう時男親は無力だからと何も期待していなかったが、「そういえば俺も周りの男子より早く声変わりして、髭生えてきたっけな」と原因を知らせてくれた。お前のせいか。今となっては冷静に父方の遺伝子を恨んでスッキリできる私だが、当時は心の底から幼女だったので、パニくってまず担任の先生(男)に相談するという暴挙で心を落ち着かせていた。というかこうやって思い返してみれば、父親にも体のことを報せているじゃないか十歳の私。だんだん死にたくなってきた。発作的に奇声をあげて、ジタバタする私である。羞恥心がようやく飛んでいったところで、霊夢さんが珍獣を眺めるような目でこちらを見ているのに気付いてしまったけど、めげずに回想するぞ。
えーと。そう、それからというもの、私の悲壮な独習が始まったのだった。市の図書館へ行って、子供向けの性教育関係の本やら、そういうのを大量に借りまくったのだ。死にそうな顔で、『男の子の体と女の子の体の違い』とかそんなタイトルを大量借りしていく小学生女子。職員のお姉さんはどう思ってたんだろうな。エロガキと思ってたのかな。首吊りたくなってきた。恥ずかしいから、その図書館には二度と立ち寄れなかったわ。黒歴史が増える度、入れない施設も増えるよ。そうそう、ショーツの中に髪飾りが入って店員さんを呼ぶはめになったマックなんかもそうだね……いや、何でもない。これは忘れた筈だったのに! 忘れた筈だったのに! なんでまだ覚えてるんだ私! 消えろマックの悪夢!
さて落ち着いたので、二次性徴のエピソードに戻ろうと思う。
本の知識により、自分の体に何が訪れたのかを知った私は、いよいよ交渉のテーブルにつく事にした。交渉っていうか当たり前の権利だが。つまるところ、体育を見学させて欲しいっていうやつだ。動ける状態じゃないしね。で。いざ実行してみれば、先生もどこか照れ臭そうなそぶりで、「わかった、悪いようにはしない」と言ってくれて本当に安心した。したけど、もちろん私なのでちゃんと死亡フラグだったよこれ。
その日のことである。帰りのホームルームで先生は、クラスメイト約四十名が注目する中、私を前の方に立たせて言ったのだ。「あー。東風谷は皆より早く、大人の体になったみたいだ。お前達はまだ分からないかもしれないが、これから体育の授業を見学する事があるかもしれない。でも、ずる休みでは無いから、大目に見てやって欲しい」と。
いやいや。いやいや先生。もっと秘密裏に処理する方法があったんでない? ていうか私が体育を見学している間、「ああ東風谷は今日、腹痛いみたいだ」と口裏合わせてくれるぐらいで良かったのに! なんで逆に注目集めるような方法選んだんだ! しかも「俺、いい事した」みたいな顔してるし!
アホ教師に人権を蹂躙されて放心状態になった私に、当然ながら質問の山が飛んできてですね。えっとですね。ごめん、思い出したくない。ふふ。当時片思い中だった男子に「じゃあ東風谷ってもう子供産めんの?」とキョトン顔で聞かれた記憶とかね。消し去りたいね。
その日以来、微妙に感じるようになった同級生との壁と戦いつつも、私は平和に落ち込んでいた。うん、立ち直れる訳ないでしょ。
あげく私の小学校では男女が別々の教室で着替えるようになるのは、五年生からときた。ぶっちぎりで四年生の私は、一人だけ所々変化した体を隠しながら着替えなければならない。教室の隅っこで忍んでささっと。どこの忍者だ。そんな私の動きを面白がった、猿みたいな男子に興味持たれた時とか普通に死ねた。っていうかあいつら、走り回るのやめて欲しかった。切実に。
なんせこの時期の私には、胸の先に謎のしこりが出来ていたのだから。あれは一体なんだったんだ。なんの役に立つんだ。しかも触ると凄まじく痛い。いやもう常に痛痒かった。誰かが体の正面にぶつかってきたら、行動不能になる痛さ。人体は何故、進んで弱点を増やすのか。全く理解できない。とにかく野生動物のように跳ね回るのが趣味と言っていい、同年代の男子からは全力で逃げつつ、くの一のテンションでやり過ごす日々を繰り返した。
やがて冬休みが始まり、それが終わったかと思うと風の速さで春休みになり、うっかり机の上にナプキンを放り出したままトイレに行ってしまって、戻ってきたら蟻のようにクラスメイトが群がっており半べそで追い散らしたりと、まあ色々やらかした末に進級していた。
あっという間だった。
感慨深い。
実に感慨深い。
なんせ五年生と言えばいよいよ高学年だ、ようやく周囲の同級生にも二次性徴が始まる子が出てきたりして、とにかくありがたい年だった。着替がえも男女別々になったしね。
が、そう思っていられたのは最初の内だけだった。よく考えて見れば、男子の目が無くっても着替えの最中は戦場である。だって女子の方が女子の体に遠慮無いからね! 自分より早く二次性徴を迎えた同級生を、放っておく筈がない。しかも男子が見ていなと民度下がるし、女子って。それはもう無配慮に私の体をサンプルとし、やがて自分達へもやってくるであろう体の変化の予習をしてくれやがりましてね。人様の乳を触るな。というか近付いてくるな。なんたってこの頃の私の胸、右と左で微妙に成長速度が違ってたんぞ。みっともない! 心臓でも守る気なのか、左側優先で栄養が行ってるらしかった。できれば私の精神状態を守るべく、引っ込んで欲しかったけどねこの膨らみ。
あとやっぱり、疎外感っていうか。周りと違う下着を着けてるのもキツかった。未だ女児向けキャミソールが多数派で、ませた子の中にはスポブラ風味な下着に切り替える者も出てきていたとか、そういう状況だったわけで。この年代の女子からすると、成人女性が着けるようなブラジャーなんざはオバサン臭い、の一言で一蹴だったり。だが私のは既に、それじゃないと納まらない惨状になっていたのであった。勘弁して欲しい。わかるか? とにかく皆と一緒じゃなきゃあ気がすまない、出る杭を叩きのめすのが生きがいの女子の群れの中で、孤高を貫く私の辛さが分かるか? わっかんないだろうな。だから平気で触ったりできるんだろうな。
光の無い目で着替えをこなし、毎日動き辛くなっていく己の体を憎みながら、小学校を卒業。あんなに明るかった娘が、女性ホルモン一つでここまで豹変だよ。
いっそ男になりたいわ。
いややっぱいいわ。
あんなアニマルそのもの生き物になるのは、ちょっとしんどいかもしれないので。
ええ。私はその翌年から、男子の動物さ加減とも戦わねばならなかったので、軽く男嫌いかもしれない。
だってさ。中学に上がったじゃん私? まあ今までと変わらないだろうなって思ってたら、話しかけてくる男どもの視線がやや低い位置にあるじゃん?
あれっ? こいつらもしかして人の胸元見て会話してる? と勘付いた私の、生理的嫌悪感と言ったらそれはもう。
おぞましい事に、やっと思春期の始まった同年代の男子達は、ついに異性の体に興味を示しだしたのだ。
去年までは私の胸元を見て「妊娠してた時の母ちゃんみてーだ、超ウケる」などと無邪気に笑っていた連中が、なんだかバツの悪そうな顔で視線を送ってくるようになった。
なんで? たった一年で貴方達に何が起きたの? 脳内に不純物でもインプラントされたの?
視線恐怖症に陥りながら私が出した答えは、目立たない。体型を出さない。寄せたり上げたりしない。でも最近のブラジャーはデフォでやや厚めのパッドと胸周辺の肉を集めて偽装する機能がついてるから困る。……ふっ……。世の男性方には残念な事実だが、あなた達が胸だと思っている膨らみは、大抵このパッドと腋の肉なんですよ。
まあ私のは本物だけど、晒す気はもう一切ないわ。潰すわ。そういう事情があって、サラシでぎっちぎっちに巻いて小さく見せるのに余念の無い私である。
「以上で終わりです」
「……」
「長年に渡る疎外感、恥の上積み、黒歴史。それらが重なって、サラシ派になったと。そういう訳です」
「……」
「霊夢さん?」
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
「えっ!? えっ!?」
「ふっざけんなこのアマガエルカラー! なに今の過去話!? あれか? 私男の子に性的な目で見られて困っちゃうの。てへっ。ってか。死ねよ!」
「霊夢さん!?」
「私なんかなあ、私なんかなあ!」
ぐっっっと呼吸を溜めてから、霊夢さんは叫ぶ。
「まだ生理来てないわよ!」
「へ」
「胸元も一向に変化しないわ! 服屋行ってブラを手に取れば背伸びすんな小娘、みたいな視線貰うわ! 二次性徴ってなあに? なにそれ美味しいの? 美味しくないけど甘酸っぱいんだよね! 私とは無縁の味だけど!」
「霊夢さん、落ち着いて」
「私だって男の子にやらしい目で見られたいんだけど!? そのために腋まで開けてるのに!」
「そんな動機でその格好してるんですか!?」
「たまに私の事いいって言ってくれる男の人もいるけど、それって確実にロリコンだから付き合ったら不幸になるだけだよね。あははっ。あははははっ」
「……きっと霊夢さんにも、来ますよ。成長期」
うふ。
弾幕ごっこでも人望でも勝てない私が、初めて霊夢さんの優位に立っちゃったなー。どうしよっかなー。今日は赤飯炊いちゃおっかなー。
っていうかブラ着けるのも悪くないかも。うん、思いっきり形を整えてサイズ強調するようなの装備して、見せ付けるかのように霊夢さんと並んで歩くのっていい感じ。
それいいわ、凄くいい、私もうサラシ派なんて卒業するね。あー。たっのしいなー今日は。
とりあえず2人とも頭撫でさせろ。
流石は黒歴史クオリティ……!
もしかして女の子にはみんなできるもんなのか?
あるいは乳がんなのか?
今まで読んだSSの中で一番仲がよさそうだw
あと、思わず中高の時の同級生の女の子たちに謝りたくなりました。
いえ、特に意味はありませんが。