「彼氏が欲しいっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、霧雨魔理沙は手にした空の盆を落とした。落下した際に中身の入っていない酒瓶を数本ひっくり返し、畳の上を転がると壁に当たって裏向きに倒れる。
「喧しい」
手刀が魔理沙の脳天を直撃し、カエルの潰れたような声を出させた。
「そんな大げさに驚くことじゃないでしょう?」
ちゃぶ台に肘をつき、ぷりぷりとしているのは博麗霊夢。目の下に隈を作り、眠そうにしながらも魔理沙を睨んでいる。
「彼氏が欲しいって言うよりはさ、私達も年頃なんだから、浮ついた話の一つや二つくらいあってもいいんじゃないかってことよ」
「ああ、なるほどね」
頭をさすりながら納得したように魔理沙は頷いた。
「まあ霊夢の彼氏になりたいやつなんていないだろ。ただの奴隷に――っと」
むすりとした表情の霊夢が放った目潰しをかわし、魔理沙は斜め向かいから正面へと移動する。
「しかしまあお前らしくないな。どうしたんだ?」
突っ伏す霊夢に視線の高さを合わせ、魔理沙は表情をじっと伺う。
「名探偵の魔理沙さんが霊夢のトチ狂った原因を究明する必要がありそうだ」
「勝手にしなさい」
興味無さそうに立ち上がり、霊夢は片付けの終わっていない酒瓶を集め出す。
「昨日の宴会だろ?」
自信ありげな魔理沙は答えを促すように霊夢の顔を見た。
「あんたって結構目ざといところあるわよね」
手を止め、霊夢は睨めつけるように魔理沙を見る。
「こちとら魔法使いとして日夜研究しているんだ。観察や分析は人並み以上にできないとな」
楽しそうに鼻を鳴らすと霊夢の背後にまわり込み、骨盤より少し上にまで伸びた髪を両手で丁寧に梳く。
「何よ」
「髪伸ばし初めてからどれくらいたった? これも関係してるだろ?」
記憶の中の霊夢を思い出し、魔理沙はいつ頃から髪の長さがかわったか探る。
「確か……永夜のあとくらいから伸ばし始めたよな。萃香が異変を起こしたあとに切ったのに」
指に髪を絡ませ、質感をじっくりと馴染ませる。
「手入れもしっかりしているじゃないか」
自身の毛先と見比べ、枝毛が無いことを確認する魔理沙。
「昨日の宴会に来ていたのは、アリス、レミリア、咲夜、幽々子、妖夢、萃香」
子供が戯れるように髪を弄びながら、霊夢がボロを出さないかじっくりと様子を伺う。極僅かな変化も見逃さない、呼吸の乱れもすくい取るような、魔理沙の探求者としての視線が霊夢に注がれる。
「それと珍しいことに輝夜と永琳」
霊夢の目が一瞬だけ僅かに細くなった。
魔理沙はその変化を見逃さなかった。長い付き合いだからこそかろうじて気づけた変化。
「輝夜か」
霊夢が終始輝夜の側に座っていた事、永琳相手に過保護すぎると指摘していた事を加味し、魔理沙は答えを導き出した。
「ええ。そうよ」
魔理沙の読みは的中していた。普段から交流のある人妖であれば、その影響は既に霊夢に出ているはず。ならば、さほど交流の深くない人妖が原因となっている。そう判断し、魔理沙は輝夜と永琳の名前を出す前に一度言葉を区切ったのだった。
「輝夜に憧れて髪を伸ばし始めたってわけだ」
「そういうことよ」
「確かに、あいつの髪は綺麗だよな」
自身の髪を触りながら、魔理沙は輝夜のことを思い浮かべる。
「私も憧れるよ。まさに和の美しさってやつだ」
「珍しいわね、あんたが誰かを褒めるだなんて」
意外そうに霊夢は呟いた。
「おいおい、私もおしゃれに気を使う年頃の女の子だぜ?」
霊夢の態度に納得がいかないのか、魔理沙は抗議をする。
「こう見えていつもと違う服も家にあるし、今日着てるのもちょっと違うんだ」
服の裾をピンと伸ばし、見せつけるようにする魔理沙。しかし、その訴えも霊夢には伝わっていないようだった。
「それにしても霊夢があの輝夜にねえ……」
抗議するだけ無駄だとわかると、魔理沙は場を改めるように咳払いをして話の内容をかえる。
「噂じゃ昔貴族や帝の求婚を断ったらしいし、一筋縄じゃいかない相手だぞ?」
「あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ」
突き放すように霊夢は言う。
「つれないねえ」
魔理沙は肩をすくめた。
「それにね」
「?」
「こういうのは実ればいいってもんじゃないのよ」
「私にはよくわからないね」
楽しそうにする霊夢を魔理沙は神妙な面持ちで見つめる。
「まあ、それでこそ私の知っている博麗霊夢だ。誰にも頼らず孤高で己の道を歩み続ける」
「褒めているのかけなされているのかわからないわ」
満更でもなさそうに霊夢は笑った。
「髪はまとめておこうかしらね」
激しい飛沫と共に湧き上がる間欠泉を眺め、霊夢は言った。辺りを漂う地霊達を面倒くさそうに手で払いつつも、警戒は怠っていない。
「綺麗なかんざしじゃないか。どうしたんだ、それ」
竹の意匠が施されたシンプルな薄緑色のかんざしを使い、霊夢は慣れた手つきで髪を結い上げた。
「貰い物よ」
霊夢の頬が少し緩むのを見て、魔理沙は呆れたように肩をすくめた。
「そういうことか。仲のいいことで」
「髪、切ったわ」
数日ぶりに博麗神社を訪れた魔理沙が気まずそうにしているのを見て、霊夢が話題をふった。
「……みたいだな」
気まずく思っているのか、魔理沙の視線は霊夢ではなくその周囲の空間に注がれている。
「そんなに気を使うなんてあんたらしくないわね」
いつもとかわらない調子で肩をすくめ、霊夢は笑った。
「随分と明るいじゃないか」
「誰か一人に執心するなんて私らしくなかったわ」
あっけらかんとする霊夢に対し、魔理沙は目を丸くする。
「……それでよかったのか?」
「私がそんなことで落ち込むと思う? あんたに泣きつくと思う?」
「ないな」
即答する魔理沙の姿を見て、霊夢は少し呆れながらも笑った。
「でしょう」
これでいいのよ、と霊夢は付け足す。
「あまり恋しているって印象もなかったし。やっぱり、今のほうが霊夢らしいよ」
「ありがと」
霊夢は笑った。
素っ頓狂な声を上げ、霧雨魔理沙は手にした空の盆を落とした。落下した際に中身の入っていない酒瓶を数本ひっくり返し、畳の上を転がると壁に当たって裏向きに倒れる。
「喧しい」
手刀が魔理沙の脳天を直撃し、カエルの潰れたような声を出させた。
「そんな大げさに驚くことじゃないでしょう?」
ちゃぶ台に肘をつき、ぷりぷりとしているのは博麗霊夢。目の下に隈を作り、眠そうにしながらも魔理沙を睨んでいる。
「彼氏が欲しいって言うよりはさ、私達も年頃なんだから、浮ついた話の一つや二つくらいあってもいいんじゃないかってことよ」
「ああ、なるほどね」
頭をさすりながら納得したように魔理沙は頷いた。
「まあ霊夢の彼氏になりたいやつなんていないだろ。ただの奴隷に――っと」
むすりとした表情の霊夢が放った目潰しをかわし、魔理沙は斜め向かいから正面へと移動する。
「しかしまあお前らしくないな。どうしたんだ?」
突っ伏す霊夢に視線の高さを合わせ、魔理沙は表情をじっと伺う。
「名探偵の魔理沙さんが霊夢のトチ狂った原因を究明する必要がありそうだ」
「勝手にしなさい」
興味無さそうに立ち上がり、霊夢は片付けの終わっていない酒瓶を集め出す。
「昨日の宴会だろ?」
自信ありげな魔理沙は答えを促すように霊夢の顔を見た。
「あんたって結構目ざといところあるわよね」
手を止め、霊夢は睨めつけるように魔理沙を見る。
「こちとら魔法使いとして日夜研究しているんだ。観察や分析は人並み以上にできないとな」
楽しそうに鼻を鳴らすと霊夢の背後にまわり込み、骨盤より少し上にまで伸びた髪を両手で丁寧に梳く。
「何よ」
「髪伸ばし初めてからどれくらいたった? これも関係してるだろ?」
記憶の中の霊夢を思い出し、魔理沙はいつ頃から髪の長さがかわったか探る。
「確か……永夜のあとくらいから伸ばし始めたよな。萃香が異変を起こしたあとに切ったのに」
指に髪を絡ませ、質感をじっくりと馴染ませる。
「手入れもしっかりしているじゃないか」
自身の毛先と見比べ、枝毛が無いことを確認する魔理沙。
「昨日の宴会に来ていたのは、アリス、レミリア、咲夜、幽々子、妖夢、萃香」
子供が戯れるように髪を弄びながら、霊夢がボロを出さないかじっくりと様子を伺う。極僅かな変化も見逃さない、呼吸の乱れもすくい取るような、魔理沙の探求者としての視線が霊夢に注がれる。
「それと珍しいことに輝夜と永琳」
霊夢の目が一瞬だけ僅かに細くなった。
魔理沙はその変化を見逃さなかった。長い付き合いだからこそかろうじて気づけた変化。
「輝夜か」
霊夢が終始輝夜の側に座っていた事、永琳相手に過保護すぎると指摘していた事を加味し、魔理沙は答えを導き出した。
「ええ。そうよ」
魔理沙の読みは的中していた。普段から交流のある人妖であれば、その影響は既に霊夢に出ているはず。ならば、さほど交流の深くない人妖が原因となっている。そう判断し、魔理沙は輝夜と永琳の名前を出す前に一度言葉を区切ったのだった。
「輝夜に憧れて髪を伸ばし始めたってわけだ」
「そういうことよ」
「確かに、あいつの髪は綺麗だよな」
自身の髪を触りながら、魔理沙は輝夜のことを思い浮かべる。
「私も憧れるよ。まさに和の美しさってやつだ」
「珍しいわね、あんたが誰かを褒めるだなんて」
意外そうに霊夢は呟いた。
「おいおい、私もおしゃれに気を使う年頃の女の子だぜ?」
霊夢の態度に納得がいかないのか、魔理沙は抗議をする。
「こう見えていつもと違う服も家にあるし、今日着てるのもちょっと違うんだ」
服の裾をピンと伸ばし、見せつけるようにする魔理沙。しかし、その訴えも霊夢には伝わっていないようだった。
「それにしても霊夢があの輝夜にねえ……」
抗議するだけ無駄だとわかると、魔理沙は場を改めるように咳払いをして話の内容をかえる。
「噂じゃ昔貴族や帝の求婚を断ったらしいし、一筋縄じゃいかない相手だぞ?」
「あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ」
突き放すように霊夢は言う。
「つれないねえ」
魔理沙は肩をすくめた。
「それにね」
「?」
「こういうのは実ればいいってもんじゃないのよ」
「私にはよくわからないね」
楽しそうにする霊夢を魔理沙は神妙な面持ちで見つめる。
「まあ、それでこそ私の知っている博麗霊夢だ。誰にも頼らず孤高で己の道を歩み続ける」
「褒めているのかけなされているのかわからないわ」
満更でもなさそうに霊夢は笑った。
「髪はまとめておこうかしらね」
激しい飛沫と共に湧き上がる間欠泉を眺め、霊夢は言った。辺りを漂う地霊達を面倒くさそうに手で払いつつも、警戒は怠っていない。
「綺麗なかんざしじゃないか。どうしたんだ、それ」
竹の意匠が施されたシンプルな薄緑色のかんざしを使い、霊夢は慣れた手つきで髪を結い上げた。
「貰い物よ」
霊夢の頬が少し緩むのを見て、魔理沙は呆れたように肩をすくめた。
「そういうことか。仲のいいことで」
「髪、切ったわ」
数日ぶりに博麗神社を訪れた魔理沙が気まずそうにしているのを見て、霊夢が話題をふった。
「……みたいだな」
気まずく思っているのか、魔理沙の視線は霊夢ではなくその周囲の空間に注がれている。
「そんなに気を使うなんてあんたらしくないわね」
いつもとかわらない調子で肩をすくめ、霊夢は笑った。
「随分と明るいじゃないか」
「誰か一人に執心するなんて私らしくなかったわ」
あっけらかんとする霊夢に対し、魔理沙は目を丸くする。
「……それでよかったのか?」
「私がそんなことで落ち込むと思う? あんたに泣きつくと思う?」
「ないな」
即答する魔理沙の姿を見て、霊夢は少し呆れながらも笑った。
「でしょう」
これでいいのよ、と霊夢は付け足す。
「あまり恋しているって印象もなかったし。やっぱり、今のほうが霊夢らしいよ」
「ありがと」
霊夢は笑った。