「暑そうね」
「だって暑いもの」
八月の焼くような日差しを直に浴びているにもかかわらず、文の顔は涼しげだ。
汗一つかいていない文を睨みながら霊夢はのろのろと上体を起こした。
「汗もかいてないとか、体おかしいんじゃないの?」
「能力を有効活用してるだけよ」
「ずるっ。私にも使いなさいよ」
「嫌」
「焼き鳥になってしまえ」
「そこまで言う?」
近くなら少しは涼をとれるかと転がってきた霊夢に苦笑する文の髪は、風もないのにそよそよ揺れている。
ちっとも涼しくない、と恨めしげに文を見ながら霊夢は頬を膨らませた。
「あんただけずるい」
「天狗に生まれてればねぇ」
「何か涼しくなる方法ないの?」
「あるじゃない、手軽なのが」
文は真上を指差し、つられて霊夢も上を見た。屋根の下にいるから見えないが、その先にあるのは、
「空?」
「飛べば涼しいでしょ」
「えー……」
動きたくないからと団扇を使うのもやめたぐらいだ。空を飛ぶなんて余程のことがない限りしないだろう。
「誰も『自分で飛べ』とは言ってないわよ?」
「……つまり?」
文は答えず、にこりと笑った。笑みを浮かべたまま、
「お暇なら、空の散歩などいかがでしょう?」
芝居がかった動作で霊夢に手を差し伸べた。
霊夢はその手と文の顔とを交互に見、
「いいわ。付き合ってあげる」
そっと自分の手をのせた。
霊夢を抱えて、空気の冷たい上空を滑空する。
普段よりは少し遅く、魔理沙と同じぐらいのスピードで神社の上空を旋回。
しばらく冷気に当たって少し高度を下げると、それまで黙っていた霊夢が口を開いた。
「いつもこういう景色を見てるの?」
「まあ、だいたい。いつもはもう少し速いかな」
ふぅん、と気のない相槌が返ってきた。
短い沈黙の後、もう少し飛ぶかもう帰るか考えていたところに霊夢の声が聞こえてきた。
「もっと速くして。いつもと同じくらいの速さで飛んで」
「いいけど……どうして?」
霊夢は私の顔を一瞥して、ふいとそっぽを向いた。
かすかに「あんたと同じ景色が見たいから」と言うのが聞こえて思わず抱きしめたら軽く殴られた。
「じゃあ、しっかり掴まってて」
「ん」
首に抱きつくのを待って、大きく翼をはためかせた。
落ちないようぎゅっと抱えると、首に回された腕に力がこもった。
見慣れた風景を横目に、ほのかに赤く染まった頬を見ながら、今ならどこまででも飛んでいけそうだと思った。
それはそうとイエス・あやれいむ!