お山の哨戒天狗、犬走椛は超のつく甘党です。
今日はそんな椛に、シャレでもみじ饅頭を差し入れすることにしました。
「もーみじ」
「あ、文さんこんにちは」
「はい、こんにちは」
滝の裏にある詰所に訪れると、椛は丁度休憩中で濃いめの緑茶をすすっていました。
ナイスタイミングです。私はもみじ饅頭の箱を取り出し、蓋を開けて椛に披露します。
「今日は差し入れを持ってきました。じゃん」
「うわぁ、全部葉っぱの形をしてる! 可愛いお菓子ですね」
「もみじ饅頭って言うのよ」
「もみじ饅頭! 私と同じ名前ですね」
「そうなのよ~。さ、もみじを食べましょう」
「もー、文さんったら」
椛はそう言いながら、私の分のお茶をそっと淹れてくれました。
そういうさりげない気遣いが嬉しくて、ついまたお菓子を差し入れしてしまうのです。
椛はもみじ饅頭をひとつ手に取り、まずは裏表をひっくり返して形を愛でる。そして我慢できなかったのか、一口で饅頭を食べてしまいました。
さて、私もご相伴にあずかりましょう。
一つ取って、半分ほど齧ります。ふむ、人里の大福饅頭と違い皮はフワフワ、餡子もぎっしりで中々美味。
私は饅頭を堪能し、椛とのトークに移ろうとしました。
「そういえば聞いた? 最近、頭襟のデザインをマイナーチェンジするって」
「ふ、ふぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
話の腰をアルゼンチンバックブリーカーにされました。
「何ですかこれは!? 美味です美味! すごすぎます!!
どこで売っているのですかコレ? 外界? 厳島ですか!
うっわー、いいですねこれ! おおぉぉ! お茶! お茶が進みます!
あーダメ! もーダメ! 神様感謝しますっ!」
そう叫びながら、もみじ饅頭をすごい勢いでバクバクと平らげていく椛。
私は狼狽していました。急にテンションが高すぎます。
ほら、貴女が大声出すものだから、他の哨戒天狗さん達が集まってきちゃいましたよ。
ところが、椛の激昂は止まりません。
「あ! 無理無理! 絶対あげられません。駄目ですよ!」
いや、誰も欲しいとは言ってないです。
そんな間に、もみじ饅頭はもう無くなる寸前。
と言うか、最後の一個が椛の手の中に。そして、それも椛の口に吸いこまれてしまいました。
ああ……私は一個だけしか食べていないのですが……
私の何とも遣る瀬無い思いを余所に、椛はお茶を一気に飲み干します。
「んぐんぐ、ぷはぁ! はー……さいっこう。素晴らしいひと時でした」
そ、そうですか。私は苦笑いです。
すると椛は、大変期待した目でこう頼み込んできました。
「文さん。このお饅頭、お代を支払うので全部私に譲ってくれませんか?」
「え……これは大妖怪の紫さんに一箱だけ仕入れてもらったものだから、もう無いのよ」
この時の椛の顔は、写真に撮ってから『長時間のおあずけ後、勢いよく食いついたご飯が食品サンプルだった犬』と銘打って額縁に飾りたいほど、分かりやすい愕然とした表情でした。
その後、私の伝手で紫さんにまたもみじ饅頭を50箱ほど頂き、椛に送ってあげました。
それから間もなく、上質な和紙と墨を使用し、封印には金箔があしらわれ、おまけに香を焚き染めかすかに良い匂いのする最上級の礼状が届きました。
以下は内容を抜粋します。
『射命丸 文様
盛暑の候 文様にはいっそうご活躍のこととお慶び申し上げます。
先日はもみじ饅頭を贈っていただき、誠にありがとうございます。
文様からもみじ饅頭を届けるというご連絡を頂いてから、私は自宅の玄関に座り、道ゆく人々を眺めながら毎日、まるで片想いをする少女の様に宅配便が来るのを待ちました。
熱射病になりかけたので、翌日からは部屋にいましたが。
やがてついに運命の日、白狼急便の配達員が大きな荷物を抱えてやってきました。
私は聖餐を受け取るにふさわしい態度で彼を丁寧に迎えて握手をし、 よく冷やした麦茶をサービスしました。
もちろん、私が持っている中で一番上等な装束に着替え、「ありがとう! 良い一日を!」と挨拶するのも忘れてはいません。
私は記念すべき瞬間に備えて、我が家の一等価値が高いお茶を淹れました。
準備を整えて、わくわくしながらうやうやしく箱を開けてみれば、 それはお中元のサラダ油詰め合わせでした。
送り主のにとりには大変失礼ですが、両腕を振り回して窓から飛び降りないようにするのに大変な努力を要しました。
ちなみに、文様の荷物は翌日に届きました。
もみじ饅頭の味は筆舌に尽くしがたいものです。ですが互いに愛する者との甘いひと時を連想していただければ、この感動の一部が伝わるかと思います。
以前文様はおっしゃられましたね。人里に美味しいと評判の和菓子屋や、お洒落で人気のある洋菓子店があると。
確かに、それらの商品は大変おいしゅうございました。しかし、もみじ饅頭を知った今、それらを食べるくらいなら氷砂糖をかじっていた方が経済的だと思えるのです。
末筆になりますが、このように中々手に入らない貴重な品をこれほど大量に頂き、心からの感謝を申し上げます。
これから私は、遊びに来たにとりに見られた油まみれでふて寝していた理由を説明しなければならないので、取り急ぎ書面にてお礼申し上げます。
犬走 椛』
私はそれを読み終えると、丁寧に手紙を畳んで封筒にしまい、文箱に収めました。
私はこの時思い出していたのです。
きゅうりの水まんじゅう、という商品があることに。
私はそれを持って、きゅうりをおかずにきゅうりを食べられる河童のにとりの家へお伺いする予定です。
今からにとりがどんな表情をしてくれるのか。
それを思うだけで、私の胸はきゅんと高鳴るのでした。
【終】
今日はそんな椛に、シャレでもみじ饅頭を差し入れすることにしました。
「もーみじ」
「あ、文さんこんにちは」
「はい、こんにちは」
滝の裏にある詰所に訪れると、椛は丁度休憩中で濃いめの緑茶をすすっていました。
ナイスタイミングです。私はもみじ饅頭の箱を取り出し、蓋を開けて椛に披露します。
「今日は差し入れを持ってきました。じゃん」
「うわぁ、全部葉っぱの形をしてる! 可愛いお菓子ですね」
「もみじ饅頭って言うのよ」
「もみじ饅頭! 私と同じ名前ですね」
「そうなのよ~。さ、もみじを食べましょう」
「もー、文さんったら」
椛はそう言いながら、私の分のお茶をそっと淹れてくれました。
そういうさりげない気遣いが嬉しくて、ついまたお菓子を差し入れしてしまうのです。
椛はもみじ饅頭をひとつ手に取り、まずは裏表をひっくり返して形を愛でる。そして我慢できなかったのか、一口で饅頭を食べてしまいました。
さて、私もご相伴にあずかりましょう。
一つ取って、半分ほど齧ります。ふむ、人里の大福饅頭と違い皮はフワフワ、餡子もぎっしりで中々美味。
私は饅頭を堪能し、椛とのトークに移ろうとしました。
「そういえば聞いた? 最近、頭襟のデザインをマイナーチェンジするって」
「ふ、ふぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
話の腰をアルゼンチンバックブリーカーにされました。
「何ですかこれは!? 美味です美味! すごすぎます!!
どこで売っているのですかコレ? 外界? 厳島ですか!
うっわー、いいですねこれ! おおぉぉ! お茶! お茶が進みます!
あーダメ! もーダメ! 神様感謝しますっ!」
そう叫びながら、もみじ饅頭をすごい勢いでバクバクと平らげていく椛。
私は狼狽していました。急にテンションが高すぎます。
ほら、貴女が大声出すものだから、他の哨戒天狗さん達が集まってきちゃいましたよ。
ところが、椛の激昂は止まりません。
「あ! 無理無理! 絶対あげられません。駄目ですよ!」
いや、誰も欲しいとは言ってないです。
そんな間に、もみじ饅頭はもう無くなる寸前。
と言うか、最後の一個が椛の手の中に。そして、それも椛の口に吸いこまれてしまいました。
ああ……私は一個だけしか食べていないのですが……
私の何とも遣る瀬無い思いを余所に、椛はお茶を一気に飲み干します。
「んぐんぐ、ぷはぁ! はー……さいっこう。素晴らしいひと時でした」
そ、そうですか。私は苦笑いです。
すると椛は、大変期待した目でこう頼み込んできました。
「文さん。このお饅頭、お代を支払うので全部私に譲ってくれませんか?」
「え……これは大妖怪の紫さんに一箱だけ仕入れてもらったものだから、もう無いのよ」
この時の椛の顔は、写真に撮ってから『長時間のおあずけ後、勢いよく食いついたご飯が食品サンプルだった犬』と銘打って額縁に飾りたいほど、分かりやすい愕然とした表情でした。
その後、私の伝手で紫さんにまたもみじ饅頭を50箱ほど頂き、椛に送ってあげました。
それから間もなく、上質な和紙と墨を使用し、封印には金箔があしらわれ、おまけに香を焚き染めかすかに良い匂いのする最上級の礼状が届きました。
以下は内容を抜粋します。
『射命丸 文様
盛暑の候 文様にはいっそうご活躍のこととお慶び申し上げます。
先日はもみじ饅頭を贈っていただき、誠にありがとうございます。
文様からもみじ饅頭を届けるというご連絡を頂いてから、私は自宅の玄関に座り、道ゆく人々を眺めながら毎日、まるで片想いをする少女の様に宅配便が来るのを待ちました。
熱射病になりかけたので、翌日からは部屋にいましたが。
やがてついに運命の日、白狼急便の配達員が大きな荷物を抱えてやってきました。
私は聖餐を受け取るにふさわしい態度で彼を丁寧に迎えて握手をし、 よく冷やした麦茶をサービスしました。
もちろん、私が持っている中で一番上等な装束に着替え、「ありがとう! 良い一日を!」と挨拶するのも忘れてはいません。
私は記念すべき瞬間に備えて、我が家の一等価値が高いお茶を淹れました。
準備を整えて、わくわくしながらうやうやしく箱を開けてみれば、 それはお中元のサラダ油詰め合わせでした。
送り主のにとりには大変失礼ですが、両腕を振り回して窓から飛び降りないようにするのに大変な努力を要しました。
ちなみに、文様の荷物は翌日に届きました。
もみじ饅頭の味は筆舌に尽くしがたいものです。ですが互いに愛する者との甘いひと時を連想していただければ、この感動の一部が伝わるかと思います。
以前文様はおっしゃられましたね。人里に美味しいと評判の和菓子屋や、お洒落で人気のある洋菓子店があると。
確かに、それらの商品は大変おいしゅうございました。しかし、もみじ饅頭を知った今、それらを食べるくらいなら氷砂糖をかじっていた方が経済的だと思えるのです。
末筆になりますが、このように中々手に入らない貴重な品をこれほど大量に頂き、心からの感謝を申し上げます。
これから私は、遊びに来たにとりに見られた油まみれでふて寝していた理由を説明しなければならないので、取り急ぎ書面にてお礼申し上げます。
犬走 椛』
私はそれを読み終えると、丁寧に手紙を畳んで封筒にしまい、文箱に収めました。
私はこの時思い出していたのです。
きゅうりの水まんじゅう、という商品があることに。
私はそれを持って、きゅうりをおかずにきゅうりを食べられる河童のにとりの家へお伺いする予定です。
今からにとりがどんな表情をしてくれるのか。
それを思うだけで、私の胸はきゅんと高鳴るのでした。
【終】
おもしろくできてます