今日も僕は空を見上げる。
高く、それでいて手に届きそうなそれは、されど遠く。
物心ついた頃には、僕は枷に囚われた存在なのだと気付いた。
わかるだろうか?
人は、空を飛べない。きっと、大地に宿る神様は人間が好きで好きで、常に自分の傍に置いておきたいんだと。そう子どもながらに信じていた僕の純情を正したのは、寺子屋の教師による講習であったか。
だけど、人は空を飛ぶ。ごく限られた者だけが、妖に混じって空を飛ぶ。
「どうしてあの人たちはお空を飛べるの?」
幻想卿だから、と溢れかえる日常に理由を押し付けて、僕の頭を撫でた母はもういない。
憎々しいほどに空は青く。
ああ、と僕は思うのだ。なんて――――なんて、ずるいんだ、と。
なぜ、僕は違うのだ。同じ人間ではないのか? どうして僕は大地に愛されて生まれてきた?
歯噛みする僕を、死んだ父は「もう少し地に足のついた考え方をしろ」と叱った。
あの時の僕は、うまく笑えたのだろうか。
幻想卿の空は、今日も誰かに奪われている。
目の前を通り過ぎる村人は、自分を愛してくれない空に見向きもしない。
諦めているのか、それとも元より望んでいないのか。そうであったなら、僕も少しは楽になれたのだろう。
「失礼します」
後ろにある引き戸が開き、鞄を肩に掛ける銀髪の女性が現れる。竹林の奥地に構える診療所の医師だ。
家の中の友人らに会釈をすると、彼女は戸をゆっくり閉める。それから僕の方を向き、若干の間を置いてから口を開いた。
彼女が僕に何を告げようというのか。伏し目に帯びる色は、何を意味しているのか。
そんなことに興味は無く、僕はただ、空を見上げていた。
「元々、宿痾持ちの病弱な体質でした。それが、昨夜の雨のせいで悪化したのでしょう。……せめて、もう少し対処が早ければ、まだ……」
二つの影が、空を横断している。
湿った声を傍らに置いて、僕はその2人組を目で追っていた。
そういえば最近、博麗の巫女が交代したと聞く。隣を飛んでいるのは箒に乗った白黒の少女。なんでも霧雨道具店の令嬢だと専らの噂だが、真相は定かではない。
その2人組は、あっさりと僕の視界から消えていった。
――――ああ、ずるい。
僕も、あの2人のように青の彼方へ消えていきたい。
「最善を尽くしましたが……あなたの奥様はもう――――」
そして僕は、今日も空を見上げる。
手を伸ばせば届きそうなそれは、まだ僕を愛してはくれない。
高く、それでいて手に届きそうなそれは、されど遠く。
物心ついた頃には、僕は枷に囚われた存在なのだと気付いた。
わかるだろうか?
人は、空を飛べない。きっと、大地に宿る神様は人間が好きで好きで、常に自分の傍に置いておきたいんだと。そう子どもながらに信じていた僕の純情を正したのは、寺子屋の教師による講習であったか。
だけど、人は空を飛ぶ。ごく限られた者だけが、妖に混じって空を飛ぶ。
「どうしてあの人たちはお空を飛べるの?」
幻想卿だから、と溢れかえる日常に理由を押し付けて、僕の頭を撫でた母はもういない。
憎々しいほどに空は青く。
ああ、と僕は思うのだ。なんて――――なんて、ずるいんだ、と。
なぜ、僕は違うのだ。同じ人間ではないのか? どうして僕は大地に愛されて生まれてきた?
歯噛みする僕を、死んだ父は「もう少し地に足のついた考え方をしろ」と叱った。
あの時の僕は、うまく笑えたのだろうか。
幻想卿の空は、今日も誰かに奪われている。
目の前を通り過ぎる村人は、自分を愛してくれない空に見向きもしない。
諦めているのか、それとも元より望んでいないのか。そうであったなら、僕も少しは楽になれたのだろう。
「失礼します」
後ろにある引き戸が開き、鞄を肩に掛ける銀髪の女性が現れる。竹林の奥地に構える診療所の医師だ。
家の中の友人らに会釈をすると、彼女は戸をゆっくり閉める。それから僕の方を向き、若干の間を置いてから口を開いた。
彼女が僕に何を告げようというのか。伏し目に帯びる色は、何を意味しているのか。
そんなことに興味は無く、僕はただ、空を見上げていた。
「元々、宿痾持ちの病弱な体質でした。それが、昨夜の雨のせいで悪化したのでしょう。……せめて、もう少し対処が早ければ、まだ……」
二つの影が、空を横断している。
湿った声を傍らに置いて、僕はその2人組を目で追っていた。
そういえば最近、博麗の巫女が交代したと聞く。隣を飛んでいるのは箒に乗った白黒の少女。なんでも霧雨道具店の令嬢だと専らの噂だが、真相は定かではない。
その2人組は、あっさりと僕の視界から消えていった。
――――ああ、ずるい。
僕も、あの2人のように青の彼方へ消えていきたい。
「最善を尽くしましたが……あなたの奥様はもう――――」
そして僕は、今日も空を見上げる。
手を伸ばせば届きそうなそれは、まだ僕を愛してはくれない。
飛べない理由が大地に愛されたから。良いですね。
好きな雰囲気のお話です。