旧地獄、地底界。
この地には、4つの派閥が存在する。
4つしか残らなかったというべきか。それほどに熾烈な争いが過去にあり、そして現在も続いている。
そのうちの3つの勢力の代表者が、旧都の広場に集っていた。
それぞれが背後に十数人の側近・幹部を従え、地底の薄闇の中で3者にらみ合う。
まるで抜き身の刀を携えているように、ともすればその場で戦闘へ発展しそうなほどにピンと張り詰めた空気を漂わせていた。
「やっぱり、さとりんは苛めるべきと思うんだ!」
「何を言う。むぎゅっと抱きしめるべきだ!」
「さとりはぺろぺろするものでしょう!」
目線で火花が散る。
まるで手にした拳銃の撃鉄を起こすように以下略。
「何度も言うけど、こればかりは譲れない」
代表者三名の一人が、この中にあってもっとも弱い立場である人物が語る。
3勢力のひとつ、「さとりんを苛め隊」創設者であり現隊長である黒谷ヤマメは、声を大にして言葉を続けた。
「しょんぼりしたり半泣きになったりするさとりんのお顔を写真に収め、あるいは目に焼き付ける事! 風邪で寝込んで、弱気になっているさとりんを想像しただけでもうたまらない、そうは思わんかね? けど、気丈なさとりんはなかなかデレてくれない、だがそれがいい。あんなに可愛くて苛め甲斐のある子をそのままにしておくなんてありえない!」
熱弁を振るうその隣で、元「さとりんを泣かせ隊」隊長、現さとりんを苛め隊の懐刀であるキスメが小さく頷きをしてみせた。彼女もまた近年までヤマメと激しい勢力争いを繰り広げていたが、目指す場所は同じであったことから和解し、ひとつの旗の下に集ったのである。
そうして今日に至るさとりんを苛め隊。3勢力内では最弱とはいえ、その数は旧都人口の2割以上を占める。決して無視できる戦力ではなかった。
だが、派閥は存在する。歩み寄れぬ以上は戦争が起こる。
「日々の多忙さと、なによりサトリの能力で地上の奴らから責められたさとりをこれ以上傷つけるとは何事だ。傷心のさとりを暖かく迎え、やさしく力強くぎゅっと抱きしめることこそが彼女のためでもあるんじゃないか」
対抗する勢力のひとつ、旧都第一党「さとりんを抱きしめ隊」総帥である星熊勇儀は猛反発した。
旧都人口の半数を手中としている最大手の彼女らは、ヤマメたちとは根本的に方向性が違うために相容れず、激しく衝突しているのである。
「その中でけなげに立ち上がるさとりんの姿が凛々しく、そして弱気を垣間見せる姿が可愛いんじゃないか。姐さんはわかってないねぇ、わかってないよ」
「生のさとりに触ってみたいだろう、ふにふにしたほっぺを突いてみたいだろう。あぁさとりの体はあったかいんだろうな。それをじっくり堪能したいだろう?」
「ぬぐぅ」
ぐらり、とヤマメの体と心が揺らいだ。遠目で愛でるのが主体の苛め隊では決して出来ないことであった。
勇儀たちの武器は包容力。
思わず守ってあげたくなっちゃう、小さなさとりの体を抱きとめ傷を癒し、自らの欲求も満たす。それが彼女らの狙いである。抱きしめ隊がさとりを見つめる眼差しは、母が子に対して向けるものと同じなのだ。
「もう一押しですぜ!」「いいぞ姐さん!」と、後ろに控えていた鬼たちが声援を送る。旧都の鬼はほぼ全員がここに属しており幹部も鬼なので、さながら鬼VSそのほか多種多様の妖怪の構図である。
地底界は永きに渡って、この2大勢力がしのぎを削っていた。そして、優勢である鬼たちが旧都を支配するものと思われた。
しかし。
「あなたの望みはそれっぽっち? その程度でさとりを語るとは、笑わせるわね」
長い膠着に一石を投じた新興勢力。その長が余裕を持った笑みで介入してきた。
「さとりん愛好会」会長、水橋パルスィである。
組織のネーミングこそマイルドであるこの一派は、旧「さとりんと寝隊」「さとりんとちゅっちゅし隊」「さとりんを飼い隊」などの、一度はさとりんを抱きしめ隊に吸収されたものの、それでは生ぬるいと考え袂を分った過激派勢力を前身としている。
ここまで来てしまうともはや個人の占有欲であり、たとえ志は同じでも同じ釜の飯を食う間柄にはなれない。が、このまま少数派閥でくすぶっていては自分たちの欲望を満たせない、もとい他勢力の攻勢に対抗できないと悟って「望むがままに」をスローガンに愛好会という形で結集し、投票により会長を選出していた。
そして、その取り決めによる投票でパルスィが会長に就任すると事態は急変。
彼女の街頭演説に心打たれたのか嫉妬心を操られたのか、とにかく内なる本能が目覚めて苛め隊や抱きしめ隊から寝返る者が続出し、今や旧都第二党となるまでに至っていた。
「朝、誰よりも早くさとりの顔を見る。さとりの手料理が食べられる。さとりと一緒にお食事、一緒に読書、一緒にお買い物。どれもこれも魅力的なシチュエーションでしょう。えぇそれだけではないわ。抱きしめたい? 苛めたい? そんな大きなくくりでは到底表現し得ない、己のジャスティスがあなたたちにもあるはずよ。それが要らないと言うの? 遠くで眺めたり、ただ抱きしめたりする程度で、あなたたちは満たされるというの?」
「そ、それは‥‥‥」
「ぬるい、ぬるすぎる。あぁ妬ましい。こいしやお燐、お空が毎日それをしているのよ、なんて妬ましいっ!」
投票で負け知らずの愛好会名誉会長は叫んで後ろを振り返り、同志たちの顔ぶれを眺める。
生え抜きの欲望の塊に向けて、彼女は声を張り上げた。
「さとりが欲しいかぁ!?」
『欲しい! 欲しい!』
「私たちの欲しいものを奴らは持っているわ。妬ましくないのかぁ!?」
『妬ましい! 妬ましい!』
「他の奴らに奪われてもいいのかぁ!?」
『否! 否!』
「しかし待ち人は来ず、ただ待つだけではさとりは振り返ってはくれないわ。同志諸君、闘え、己が手で掴み取れ! 邪魔立てする奴らはすべて敵だ、薙ぎ倒せ! 私たちが望むお人は、奴らの屍の先にあるっ!」
『いあ! いあ! さとりん、らぶ! いあ! いあ! さとりん、らぶ!』
パルスィ一派による大合唱は場を震わせ、他派閥に属している者達を大いに怯ませた。
そして、向き直った名誉会長は、勝ち誇った笑みで静かに一言。
「ふっ‥‥‥この熱意を前にしてまだ言えるのかしら?」
「なかなか、やるじゃないか‥‥‥だがそれでも、抱きしめたいな、さとりん‥‥‥ぐはっ」
「姐さんしっかり! 傷は浅いです!」
大地に片膝をついた勇儀へ、取り巻きたちが駆け寄っていく。
第一党の長を沈めたパルスィに、しかしヤマメは余裕の笑みを浮かべていた。ニヤニヤと。
「近く寄り過ぎたら出来ないことって、あるよねぇ」
「な、何のことかしら?」
緑眼を彷徨わせ、パルスィがたじろぐ。弱点があることを自ら認めているようなものだった。
「今だから考えることが出来る妄想、一歩距離を置いたところだからこそ出来ることがある。そうでしょう」
「自由を失ったかわいそうな人たち。あなたたちは、さとりんを縛ろうとするが故に縛られているのよ!」
「お、おのれ‥‥‥」
ヤマメとキスメのダブルパンチで、パルスィが苦しそうに呻く。
しかしここで折れては名が廃るとばかりに、パルスィと勇儀は反撃していくのであった。
「確かに涙目の姿は捨てがたいわ。アレの破壊力は、幻想郷の10個や20個吹き飛ばして余りあるもの。だが、それだけではこの心の飢えは満たされない。特濃のさとり成分が我らには必要なのよ!」
「それはただの搾取だ。私たちは、さとりにも同等以上の安らぎを与えねばならない。そっと抱きしめるんだ、力強くぎゅっと抱きしめるんだ。そして、腕の中で体温に蕩けたさとりんのデレる姿をごちそうになるのだ!」
「崇高であり神聖であるさとりんの体に触れようとするなど野蛮である! お慕い申しあげながらも、指先でそっと純白のシルクを汚していく楽しさこそ至高!」
言葉による応酬は続く。
譲れぬからこそ、こうして3すくみの勢力が誕生したのだ。右ストレートのみによる壮絶なクロスカウンターは3者を疲弊させるだけである。百年単位で殴り続けてなお元気だけれど。
そしてそれを望んでいる勢力がいることを、この抗争をほくそ笑んで見ている第四の勢力の存在を、彼女たちはよく理解していた。
一歩前に進み出て制したのは勇儀だった。
「まぁ待ってくれ。今日は争いに来たんじゃないんだ」
「幹部クラスも連れて来いって言うからには、何かあるとは思ってたけど。一体なんだい」
「私たちの嗜好は異なる、あまりにも深い溝だ。しかし、同じ方角を向いているとは思わないか。私たちは手を結べる、そうだろう?」
「どういうことかしら」
「おいおい、言わせないでくれよ」
不敵に笑う鬼。
そして。
「‥‥‥苛めて涙目になったさとりんを抱きしめ、そのままお持ち帰りする」
「!」
「!?」
「!!?」
「どうだい、これで手打ちにしようじゃないか」
ヤマメ、キスメ、パルスィが息を呑む。
取り巻き達のざわめきを無視し、勇儀はさらに続けた。
「とりあえず、地霊殿を落とさないことにはどうしようもない。しかし個別で仕掛けに行っても、無意識やら核やら怨霊やらで返り討ちだ。それは今までの戦績が証明してる」
「1本の矢は折れても3本は、って奴ね。もっともらしいことを言うけど、抜け駆けはなしだよ」
「あぁもちろん。お前たち戦友への、鬼の誓いだ」
鬼の誓い。地底において最大の法。本来口約束ほど信用ならないものはないが、嘘の嫌いな鬼の住む地底では血判状並の効力を持っている。
しばし沈黙が流れ。
「キスメ、どう思う」
「一時くらい仲良くしておくのもいいと思うよ」
「‥‥‥このままじゃあ共倒れか。よし乗った」
まずヤマメが。
「脅威の排除ができるなら拒む理由もなし。手を組みましょう」
続いてパルスィも賛成の意思を示す。
これにより、旧都3勢力すべてがひとつの連合旗を掲げることになった。地底妖怪が一丸となった瞬間である。
「よし!」と勇儀が手をひとつ打ち鳴らす。
「結成祝いだ、この勢いで一丁やろうじゃないか。今日は定例会だ、祭りに乗る奴は付いて来い!」
「苛め隊全軍に通達、地霊殿前に集合! 今日こそあの要塞を落とすよ」
「元泣かせ隊の諸君も遅れを取らないで。出陣!」
「勝利を我がものに!」
3勢力、4人の女首領の呼びかけに、幹部たちも熱狂して吼える。
開戦の報は、瞬く間に旧都全土へと伝達された。
□
地底界第四の勢力。「さとり様親衛隊」。
‥‥‥を、彼らは自称している。さとりが公認していないので自称である。
この集合体は、「さとり様に飼われ隊」「さとり様に愛され隊動物連盟」「さとり様に弄られ隊」そのほか関連集団による連合軍であった。
愛され隊はともかくとして、「僕に首輪をつけて身も心も縛ってください」とか「あぁ、もっと蔑んでくださいさとり様」とか言う輩がいるのでさとりが公認しないのである。
この軍団の総長は火焔猫燐。副長を霊烏路空とし、地霊殿の動物たちがそのほとんどを構成している。古明地こいしとも利害の一致を見たため協力関係にあり、ヤマメらの執拗な粘着、星熊組の抱きつき魔、パルスィ一派の強襲攻撃と日夜戦いに明け暮れていた。
さとりの護衛という立ち回り故、旧都妖怪ほぼすべてを相手取った猛攻撃に晒されており、旗色はよいとは言い難い。だが愛するさとり様に可愛がってもらうため、踏んでもらうためならばと、地霊殿という聖域に侵入する害虫共を総力を挙げて駆除し続けていた。
親衛隊は連戦連勝していた。
敵から難攻不落と賞賛され、永久要塞と恐れられた。
だがどれほどに退治しようと、敵は数日後にはピンピンになって帰ってくる。それをまた打ちのめす。繰り返される終わりなき戦いが何百年と続いている。
強固な城となった地霊殿を攻略し、さとりの部屋にたどり着いて目的を遂げた者はいまだにいない。
今日までは。
その地霊殿の廊下を、燐は歩いていた。
点呼の声が響く廊下で、土嚢を運ぶゾンビフェアリーとすれ違う。さとり様親衛隊と書かれた軍旗を持った怨霊が、幾多もの動物分隊が前後左右へ流れていく。庭の手入れの者やこいしの遊び相手、非番の者までが城塞化された地霊殿に入り、物々しく準備を進めていた。
さらに歩む。
ひとつの大広間。続くバルコニーからは旧都が一望できる絶景のポイント。
そこに親友の姿を認めて燐は歩んでいった。既に戦闘準備を終えていた空も燐に気づき、振り返る。
「お燐、また鬼たちが来た」
「またっていうか毎日だけどね‥‥‥んで、今日は定例会だっけ? 一段とピリピリしてるけど、どれくらい来たのかな」
「あれ」
燐が聞き返と、空が腕の制御棒でひとつの方角を指し示した。
燐は外へと視線を送る。
地底は暗い。だからすぐには気づけなかったが、燐は確かにそれを見た。
空を埋め尽くすほどの。あるいは、大地を埋め尽くすほどの大群とは稀に聞くであろう。
だが、陸も空も害虫で溢れかえったおぞましい光景はそうそうお目にかかれない。
それは、旧都妖怪15万名超による、無秩序な戦列の行進であった。
コミックマーケット1日の来場者数、東京ドーム三個分の収容数とほぼ同じ人数。それが今、壁となって迫ろうとしていた。
戦術も何もない。物量という無慈悲かつ絶対的な暴力をもって、魑魅魍魎たちはまっすぐパレードしてくる。有志結成による鼓笛隊が「少女さとり - 3rd eye」を演奏しながらやってくる。それはもうノリノリで。
旧都からやってきた狂気のマーチは、最後の一名が倒れるまでさとりの私室目指して続く。
それを止める事が、叶うなら殲滅することが燐たちの至上目的であった。
「あくまで小細工なしかい。その心意気だけは認めるよ」
やろうと思えば360度全面総攻撃も出来る人数なのに、律儀に地霊殿の正面玄関へ回ってやってくる大軍勢。その様子に呆れ、燐は後ろを振り返る。
大広間。
そこには2000匹の、共に戦ってきた戦友達が隊長の号令を待っていた。
たった2000匹。それも人型化できない動物妖怪を含めての数。鬼を擁する15万名の敵に対しては、あまりにも絶望的な戦力差。
だが、地霊殿を壊したりペットを傷つけたりしたらさとりが悲しむから、ということで侵略者たちは一切弾幕を撃って来ない。動く的を打ち滅ぼすだけであれば勝機はあるのである。
そして彼らには、これまで数十回と繰り返されてきた大規模攻勢をも退けた実績があった。今更敵の数が2倍3倍となったところで、彼らの士気が折れることはないのだ。
それでも、予想される激戦のために鼓舞は必要であった。
「みんな、聞いておくれ」
号令を待つ家族たちの前に、親友を脇に従えた燐は堂々と立つ。
そして、神妙な面持ちで言葉を待つ家族に向けて口を開いた。
「‥‥‥来週は、あたいの誕生日だ。毎年さとり様がおいしい手料理を作ってくださって、プレゼントも貰える日だ。その日はお仕事も休みになるから、諸君らが汗水垂らして働く間、あたいはさとり様の膝の上で一日中ごろごろして過ごすつもりだ」
自慢話に、動物たちからブーイングの嵐が沸き起こる。
それを台詞を続けることで燐は鎮める。
「ところが、だ」
『‥‥‥』
「こんなささやかな楽しみを壊す忌まわしい敵がいる。さとり様を、あたいたちの飼い主であり、お母さんである大切なお方を脅かし、あたいたちから奪おうとしている。それが許せるかい!?」
再びの野次。侵略者、簒奪者への怒りの声だ。
「楽しい戦争の時間だ。みんな、スペルカードを取りな」
その場にいるすべての怨霊、妖精、動物たちが言葉に従う。
全員が携えたのを確認して、燐は腰に手を当てて声を上げた。
「準備はいいかい!」
『ヤー!』
「勝つ気はあるかい!」
『ヤー!』
「さぁクソ野郎共が来たよ! 弾幕を張れ! ありったけのスペルカードをぶち込め! あいつら全員ぶっ飛ばして、さとり様に踏んでもら‥‥‥ゴホン、ご褒美をもらうぞ!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!!!』
さとり様親衛隊隊長にして、さとり様に踏まれ隊(同志多数)代表の燐が突き上げた拳に合わせ、地霊殿一家は鬨の声を上げた。
□
下の階から響く弾幕音と怒号をドア越しに耳にして、さとりは読んでいた本にしおりを挟んでテーブルに置き、静かに席を立った。
核エネルギーがあるような世界だ。地底界にだって通信装置くらいはある。さとりは部屋の片隅に置いた黒電話のもとまで歩いていき、手にした受話器をそっと持ち上げ、耳に当てる。細くしなやかな指で奏でるダイヤルの音だけが、彼女の心を落ち着かせてくれていた。
交信相手は、八雲紫。
受話器からのコール音。
音の変化で接続できたことを知って、さとりは小さな口を開き言葉を紡いだ。
「さとりです」
『あら、あなたから電話とは珍しい』
「紫さん。私、少しばかり急用ができまして。数日の間、地上に出たいのですが」
地底を勝手に出るわけにもいかない。地底界に住む妖怪は皆、上の世界で忌まれた者たちなのである。彼らを地上に出すわけには行かないのだ。
紫の声はすぐには返って来なかった。電話越しだから、相手の心も読めない。わずか1秒の空白も、今のさとりには永遠にも思えるほど長く感じた。
そして、返答。
『さとり』
「はい」
『あなたが動いたら、暴徒共も一緒に上がって来るからダメ』
「‥‥‥」
『いや~、さとりが地霊殿の主やってくれるからゆかりん助かっちゃうな~‥‥‥じゃ、がんばってね。はぁと』
ブツッ。ツー‥‥‥ツー‥‥‥
一方的に切られた。
後に残るのは、無常な電子音だけ。
さとりは静かに受話器を置いた。
受話器に手をかざした姿勢のまま、さとりは動こうとしない。
退路は絶たれたのだ、慌てたところで仕方ない。
ドア向こうから響く音の数は少なくなっているが、確実に近くなってきている。それに混じって、「いあ、いあ、さとりん」という奇怪な掛け声まで聞こえる。大半の連中は城門前の迎撃でお空が討ち取っていたが、攻勢を凌ぎきるには至っておらず侵入を許している。壁越しにペットたちの読心をしてみると、実力ある妖怪たちは、大広間に陣取ったお燐指揮するゾンビフェアリー軍団をも抜いたらしいことがわかった。
このお燐達が組織的に動ける、つまりまともに戦闘行動が取れる最後の部隊。防御線は幾重にも構築してあるそうだが、後列にいたはずのお燐が取り逃がしたということは。
すぐ目の前の廊下から、怒号。
「敵がそっちに行ったわ。例の奴らよ!」
「みんな、すぐ後ろはさとり様のお部屋だよ。近衛の名にかけて絶対に抜かせるな。構え、撃てぃ!」
「は、速い!」
「救援が向かってくれているわ。お燐ちゃんとお空ちゃんが来ればこいつらも倒せる、それまで持ちこたえるのよ!」
「ですがこれ以上は‥‥‥だ、ダメです、突破されます!」
「侵入者4名! 申し訳ありません。こいし様、後を頼みます!」
「りょ~か~い」
妹の軽い声が聞こえるが、4対1ではもはやどうしようもない。
紫の言う暴徒共。それがここにやってくるのも時間の問題であろうこと理解して、さとりはひとつ嘆息する。
彼女は思う。
過去の偉人たちは、どうして封印なんて甘っちょろいことをしたのだろう。幻想郷の賢者は、どうして彼らの旧都移住を許したのだろう。奴らは本当の本当に、心の隅々まで欲望に汚れきっている救いようのない連中だ。こんな変態どもは、是非とも塵の一つも残さず太陽系から滅殺すべきではないだろうか。幻想郷の平和の為にも、奴ら全員をこの灼熱地獄に叩き込むべきではないか、と。
生ゴミよりも性質悪く、処分に困る変態だけれど。
しかしその変態共。悪ふざけというか変態にすぎるというだけで、実はいい人たちばかりであることも理解できてしまっているさとりは、心を鬼に出来ないのであった。
「‥‥‥ぐすん」
なみだほろほろ。
部屋のすぐ前。こいしのスペルカード、スーパーエゴが突破された。
仕方なしにドアに向かって身構え、スペルカードを抜く。さとりも大分諦めてはいるが、黙って食われてやる理由もないのだ。
ドアノブが回され、扉がぶち破る勢いで開け放たれる。
そして、突入。
「その表情ゲットオオオオオオオ!」
「こ、の、ド変態共があああああああああ!!」
一番乗りしてきたヤマメへ、さとりはうろおぼえの金閣寺に己の怒りを乗せて叩きつけたのであった。
「いや~見事に全滅しちまったねぇ、さとりが倒せないんじゃどうしようもないねあっはっは!」
「スペルが抜かれた時はヒヤッとしたよ~」
「あとちょっとだったのに。くぅうううう妬ましい、妬ましい。次は絶対に‥‥‥!」
「それでこそやり甲斐があるってもんさ。いい戦いだったよお姉さんたち」
敵と書いて友と読む彼女らが、わきあいあいと歓談する。地霊殿の動物たちと旧都の妖怪達が「今日もお疲れ様でしたー」と握手なぞを交わしている。
「そうそう、お燐ちゃんは来週誕生日だったよね。おめでとう」
「じゃあその日は例年通り休戦だね。丁度この間、品のいい酒が手に入ったんだ。差し入れに行くよ」
「えへへ、ありがとう。お姉さんたちもみんな遊びに来ておくれよ、さとり様もすっごく喜ぶから」
「言っておくけど1日預けるだけだよ。次は勝つ」
「うん。キスメちゃんもまた遊ぼうね~」
笑顔の絶えない輪。
そこから少し外れた場所で。
「えぇそうですよ、普通に遊びに来てくれるなら誰でも歓迎ですよ。でも、何で特別な日以外は今日みたいになるんですか‥‥‥!」
そう小声で呟き、さめざめと泣く一人の少女の姿があったという。
パルスィも欲しい
ところで、悪女さとりんに骨までしゃぶられた後にポイ捨てされたい派閥はどこに入るんだろう。
性格が最悪に悪い、秩序にして悪なさとりんがマイジャスティス。
だけどね、この気持ち、まさしく愛ですね。
勢いがあって面白かったです。