大学を卒業する日。二人離ればなれになる日に、私はやっとメリーに告白することができた。
と、思ったら、私の就職した会社の新任研修で、さっそく私は地方に飛ばされることになった。
やっと付き合えることになったと思ったら、私達は途端に遠距離恋愛になってしまった。
運命って残酷だ。
「そう、悲観したことでもないわよ。どのみち、一年くらいでしょ」
「そうだけどさあ」
メリーは楽観的だ。電話の向こうで、きゃらきゃらと笑っている。前からそうだった。明るく幸せそうに笑うメリー。私はメリーが笑う声を聞くだけで、メリーと一緒の幸せな気分になれた。でも、今は、ちょっと寂しい。
「メリーは寂しくないの」
「寂しー寂しーって、毎日言ったって仕方ないじゃない。慣れなくちゃ、ね」
「むー」
メリーはクールだ。いっつもそんな風に言うし、電話だっていつもかけるのは私だ。いつだったか『毎日電話してて、迷惑じゃないかなあ』と言うと、『つきあい始めの恋人が、何を言ってるのよ。まあ、付き合う前から蓮子は結構電話してきたけど』『ぶー』『まあ、私は、電話無精なくらいだし、蓮子が電話してくれるの嬉しいのよ』そう言ってくれた。それから、メリーが言うには、『役割がそういう風になってるのよ。蓮子がかける。私が待つ。分かり易いでしょ』と、そういうことらしい。
「分かった」
「よしよし、良い子良い子。来週の連休は一度帰るんでしょ?」
「うん。2時くらいには新京極に着けるみたい」
「そう。じゃ、1時間くらい先に来て待ってようかしら」
「うん、急いでいくね」
メリーは宇治の辺りにある大学院に進学した。私も市内には残れるはずだったから、少なくとも週末には会えるはずだったのに。本当に運命って残酷だ。つきあい始めの蜜月は、すっかり離れて、遠距離の、起き抜けとお昼休みのメール、それから仕事終わりの電話にもすっかり慣れてしまった。あーあ。
「メリーが羨ましいな。なんだかんだ言っても、学生だった頃が懐かしい」
「私は蓮子の方が立派だと思うな。もう独立してるじゃない」
「全然! 親にはずっと干渉されてるし。メリーと会っても、7時には家に帰らなくちゃいけないのよ。5時間しか一緒にいられないじゃない! 久々の休みだからって、夕食一緒にしたいなんてさ」
ふふ、と電話の向こうでメリーが微笑むのが分かる。きっと少し呆れてるのだ。実の親に向かってこういう愚痴っぽいことを言う私に。でも、メリーはそうやって愚痴りたい私に気付いているから、諫めることもなく言わせてくれる。
「立派になった蓮子に会いたいのよ」
「そうかもしれないけどさ。……もっとメリーと一緒にいたい。……だって、会うのも久しぶりなんだし。もう待ちきれないわ。今すぐにでもそっちに行きたい」
「あと一週間じゃない」
「あと一週間もあるの!」
「焦ったって仕方ないわよ。私だって、蓮子に会えるのは楽しみだし、焦ってる部分もあるわ。でも、そういうじりじりした気持ちを楽しむのも、悪くないわ。それだけ蓮子のことが好きなんだって自分で思えるんだもの」
「……私だって好きよ、メリー。メリーはあんまり言ってくれないよね」
「嫌いじゃないのは知っているでしょ?」
「それでも言ってほしいこともあるの」
ふふ、とメリーが声を上げて笑う。あ、と思う。私の一番好きな笑い方だ。私のことを可愛い、と思ってくれている時の。
「可愛いわ、蓮子は」
ほら。最初の頃は、ちょっと下に見られてるみたいで好きじゃなかった。でも、メリーは馬鹿にしてるつもりなんて全然なかった。それが分かると、大好きになった。
メリーがそう言ってくれるのが好き。学生の頃は、そう言ったあと、撫で撫でと頭に触れてくれた。そうされるのが、好きだった。
「電話口じゃなかったら抱き締めて髪を撫でたいところね」
「して。いっぱいして。いっぱいしてくれなきゃ嫌。それ以上のことも」
「キスとか?」
「キスは嫌。メリー、煙草始めたでしょ」
メリーは煙草を始めた。ゼミの知り合いが吸ってるから何となく、と言っていた。煙草なんて、と思う。
「蓮子だって、高校生の頃吸ってたじゃない」
「あ、あれはかっこつけだったの。全然、匂いとか全然嫌いだった。でもそういうものだって思って吸ってたけど……止めたらほんとに嫌いになったわ」
「あら。悪くないのに。珈琲を楽しむのと同じだと思えばいいのよ」
「でも、嫌。メリーが煙草吸ってるのなんて良くない。身体悪くなるわよ。子供だって作れなくなるかもしれないし」
「心配してくれてるの」
「当たり前じゃない!」
「ありがと。まあ、必要なものじゃなかったらすぐにいらなくなるわよ。何事も人生経験だし、今は楽しむことにしてるの」
「一緒にいる時は吸わないでよ」
「分かってる」
そうは言っても、と思う。匂いは嫌いだけど、風情は嫌いじゃない。元々は古いアメリカ映画(今の映画じゃ、どれも喫煙シーンはカットされてる)を見て格好良いと思ったのが最初だし、メリーの細い手指に挟まれている巻き煙草を思うと、好きになれるかもしれない。好きになりたい理由なんてないけど、メリーのしていることは何でも好きになるのだ。全然好きじゃなかった作家でも、メリーが読んでるのを見て読んでるうちに殆ど揃えてしまったことだってあった。私は染まりやすくて単純だ。自分でもそう思う。
「あ、もうこんな時間。お風呂入らないと」
「仕事終わってからずっと話してたでしょ?ご飯とか食べた?」
「まだ。急いでしないと」
「蓮子、電話してくれるのはいいけど、あんまり自分のこと疎かにしちゃだめよ。そんなんじゃ、電話くれても、素直に喜べないわ」
「分かってる。でもさ、会えないと思うと寂しくって。少しでもメリーを感じたい」
「もう……」
「じゃ、切るね。また明日、メリー」
「うん。お仕事頑張って。蓮子」
電話は、切るね、って言ってからも、何だか互いに切っちゃいけない気もしてずるずると長引く。電話を切るときのぶつん、って音は何だかもの悲しく聞こえるからだ。だから、近頃は電話をした方が切るって二人で決めている。つまりは私だ。メリーが言葉を続ける気配がないのを確かめてから、ゆっくりと、画面を離して、ぶつり。通話時間は1時間半。夕食して。お風呂入って、明日の準備をしないと。仕事は大変とかじゃないけど、全く違う環境だから、着いていくのに精一杯で目まぐるしい。ソファに寝転んでいても、電話を持ちっぱなしだった右手が硬くなっている。ハンズフリーのイヤホンでも買おうかな。本気でそう思う。メリーと電話をしている時は、どこか身体が緊張している。電話を終えてソファに身体を沈めると、身体が楽になる代わりに、その分溜まっていた疲れが分かる。明日も仕事だ。でも、仕事で嫌になったり疲れたりしても、メリーがいるから頑張れる。よし、と身体を持ち上げる。こうしてたって始まらない。とりあえずは朝に出しっぱなしのにした、朝食の食器を洗うことから始めないと。食事をして、お風呂に入って、明日の準備をして。それから、布団に入る。布団に入ったあと、メリーにメールする。『お休み、メリー』朝になって、返信が来てるのを見て、また嬉しくなることを思うと、一人で眠ることも幸せだ。
明日も仕事だ。
少なくとも東方じゃあないな
だが秘封ちゅっちゅは好きですとも
そうだな!……らぶらぶしやがって!
話自体は好きです。