Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

札落としの雨上がり

2012/07/16 23:32:33
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 花落としの雨は季節を越え、世界を越えて今、椛を散らした。錦は汚され、蓆になり下がっている。雨が上がったあとには、そういった景色ばかりが広がっていた。
 
 そういう光景の中に、私は佇んでいた。
 
 靴の中まで雨水が浸食していて、とても気持ち悪い。脱ぎ捨てるといくらか水滴を零しながら、靴は泥に沈んでいった。露わになった足で踏みつけた椛は、私よりもずっとひやりとしていた。
 服もずぶ濡れだった。まるで重石を身にまとっているかのような気分になる。これもまた、脱ぎ捨ててしまいたくなったが、腕が曲がらなかったので諦めた。それに、右手には、何か紙のようなものを握りしめていて、私はそれを手放すことが、どうしてもできなかったのである。
 紙片もまた、私と同様に、ずぶ濡れであった。
 何かしら書いてあったと見える黒い滲みが一面に広がっている。判読はかなわなかった。
 
 とても、哀しかった。

 雨が全てを奪ってしまったような気がした。何もかもを禊ぐように、洗い流すように――私から全部を奪ってしまったような。それが今、椛を汚しているように思われた。
 私の身から落ちては不可ないものが、今実際に落ちてしまって、世界を汚している。そう思うとより一層哀しくなった。拾い集めようにも影も形もない。匂いすら重い雨の香に押しつぶされてしまって、ちらとでも嗅ぐことすら許されない。墨から抜け落ちた意味は、今や掬いようもないのである。
 紙切れを握る手に、強く、力を込めた。
 このまま、もう戻りはしないのかと思うと――哀しくって哀しくって、たまらなかった。

 よしか、と声がした。夜を連れてくるような、碧い声だった。

 私はほとんど意識せずに顔を上げていた。いつの間に俯いていたのやらわからない。だけど、ずっと敷き詰められた椛ばかり見ていたから、相当そのようにしていたのだろう。
 よしか、と声が近づいてきた。私の目の前に、青い女が立っていた。
「こんなところにいたのね。……まぁまぁ、こんなにびちょ濡れになって」
 靴まで脱いじゃって、器用なことに。呆れたように言いながら、女は私が脱ぎ捨てた靴を拾い上げて、血のめぐりが感じられない白い指でぷらりとぶらさげた。
「困った子ね」
 そして、愉しそうに笑った。
 ――この人は、
 私を、知っているのか。
 穢れをびちゃりと踏んで、女がまた一歩、私の方に歩み寄った。
「お札、剥がれちゃったのね」
 お札。私は握りしめた紙切れを見た。お札――これが、お札だったというのか。
 虚無の空に灰色が交じる。どんどん交じる。もうひと雨降り出しそうな気配であった。
 もし、さらに雨が降って、それに打たれれば、このお札だったものは、きっとぼろぼろになって、ついにすっかり跡形もなくなってしまうに違いない。そうなってしまったら、私はずっと雨の中、こうしていることになろう。なんの理由も確証もないままに、そう思われた。 
 それは、ただ絶望の雨だ。一縷の過去も残さぬ、冷たい雨だ。
「……そんなに哀しそうな顔をして。困るわ、私まで哀しくなっちゃう」
 女の眉根が下がる。不可ないことをしたように感じられたものの、だからと言って自分の表情を自由にすることもできなかった。その機能もきっと、雨に流されていた。
 女は纏った羽衣をふわふわと揺らめかせて、どこか幻想的にため息をついた。重い大気を少しだけ払った。
「そんなにお札を強く握りしめて――失くしてしまうと思ったのかしら」
 そうだ、その通りだ。私はじっと彼女を見つめた。言葉が話せたら、この首がもっと滑らかに動いたら、私は彼女に、必死で肯定の意を伝えたことだろうに。
「図星みたいな顔してる」
 蓮華のように、女は笑った。美しくて、母のようだと思った。実際の母の顔は、思い出せなかったが。
 青白い腕が、こちらにすうと伸びた。伸びて、音もなく私の背後に回り込んで――私のとうに冷え切った体を、抱きしめた。
「ばかねぇ。もう何も失くさないのよ、あなた」
 女はおかしそうに、愛おしそうに囁いた。
 失くすものなんてもう、とっくに、何一つないのだから――。
「だから、ほら」
 私から、冷たい体温が離れた。あ、と声が漏れた。初めて自分の声を聞くと同時、女が懐から紙きれを取り出したのを確認した。それには、墨で確かに「勅令」の文字が見えた。今度ははっきりと読めた。
 お札だ――このお札は、
 このひとが、私に与えたのか。
 お札は、眼前に迫っていた。

「ずっと一緒、ね?」


 しばらく、雨の降ることはなかった。
「今回はお札をラミネート加工してみたわ! これで雨に濡れても大丈夫よ!」
「すげぇ、パッキンパッキン」
俺式
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コメント



1.もんてまん削除
後書きに全てを持っていかれたw
2.奇声を発する程度の能力」削除
後書きw
3.名前が無い程度の能力削除
ああ、なんか美しいな
4.名前が無い程度の能力削除
本文でしんみりしていたら後書きでやられたw
5.理工学部部員(嘘)削除
後書きこの野郎www