紅魔館の名物メイド、十六夜咲夜は『瀟洒』であると言われている。
見た目、態度、その他立ち居振る舞い全て。
そうした要素が重ね合わさった上での客観的な評価がそれである。
事実として、紅魔館で働くメイド達ほぼ全てから信頼と憧れの感情を向けられており、『いずれは彼女のように』との尊敬の視線を一身に集めている。
――しかしながら。
そんな彼女も人間である。
人間らしい、『しかし』の一面があることを知っているのは――そう多くはない。
「く~……」
清潔さを漂わせる白のシーツに包まれたベッドの上で、部屋の主が寝息を立てている。
彼女の部屋は、一見して、とても簡素な部屋である。基本的に、生活に必要なもの以外は何もないのだ。
――見た目には。
「ん……もう朝……?」
むにゃむにゃと目をこすりながら起き上がる彼女――十六夜咲夜の手には、お気に入りのでっかいくまちゃんぬいぐるみがあった。
ここ最近――どころか、数年にわたっての夜のお供のくまちゃん。彼女はそれの頭をなでながら、こっそりと、ベッドの下に彼を隠した。
そう、こんな感じで、この部屋のあちこちには、それはそれはファンシーなグッズなどなどが詰め込まれているのである。
顔を洗って歯を磨き、いつものメイド服に身を通す。
通すのだが――、
「はぅっ!?」
べしっ!
まだちょっと寝ぼけているのか、スカートに足を引っ掛けて前のめりにすっ転び、顔面を床に強打する。
しばらくの間、痛さでうずくまり、動けない状態が経過する。
「くっ……! ち、遅刻……!」
枕もとの、いつもの懐中時計に手を伸ばし、懐にしまおうとする。
しかし、それはするっと彼女の手を抜けて、タンスの下に転がり込んでしまった。
寝る前に、チェーンを外していたのを忘れていたのだ。
「あーっ!」
声を上げて室内見渡し、何とか届きそうな長定規を引っ張り出してくる。
幸いなことに、時計はすぐ手前のところに落ちており、回収に時間を費やすことはなかった。
最後の身だしなみに姿見を確認してから、『よし』と咲夜はうなずいた。
「あら、おはよう咲夜……あなた、ずいぶん顔が赤いわね。風邪?」
「いえ、大丈夫です」
「……そ、そう。なら、いいのだけど」
館で一番偉いお嬢様が、テーブルについている。その隣には、彼女の妹も。
紅魔館の主要なメンツが集う朝食の場。テーブルの上には、まだ何もない。
咲夜は時計を見る。朝、7時30分。いつもの朝食の時間だ。
「それでは、今、お料理をお持ちします」
ぺこりと頭を下げて厨房へ。
厨房の中では、すでにすっかり出来上がり、暖かそうな湯気を立てている料理が鎮座する皿がいくつも。
彼女はそれを的確にトレイの上に持ち、かちゃかちゃと音を鳴らしながら歩いていく。
そして、それを全員に配り終わったところで朝食開始。現在、7時35分。
「失礼します」
咲夜の朝食はもう少し遅い。
彼女は一礼してその場を辞してから、全力ダッシュで紅魔館を突っ走る。
なお、紅魔館の規則には『必要以外で廊下を走ってはいけない』というのがあるのだが、これを誰かに見られても、咲夜は『その必要な時が今なのよ!』と言い訳する。
――やってくるのは、館の一階にある大食堂。そこにつながる厨房のドアを開けて、彼女は声を上げる。
「おはよう」
『おはようございます、メイド長!』
館で雇っているメイド達が、忙しなく朝の用意を始めている光景がそこにある。
レミリアの気まぐれから始まった、『紅魔館レストラン』。もはや幻想郷では知らないものがいないほどにまで認知されたサービスであるそれを完璧な形で、やってくるお客様に提供するのも、また咲夜の責務である。
「今日の目玉料理の準備は?」
「すでにこちらに」
「じゃあ、これは私が仕上げをするから、みんなは他を」
『はい!』
今日の目玉は、契約している牧場主から『いつもいつも世話になっております』と好意で送られた、超がつく高級牛肉を使ったステーキである。
無論、紅魔館では、よほど時間のかかるもの――たとえばシチューなど――以外は作り置きはしない。出来立て熱々を提供するのがルールだ。
しかし、それに当たっての仕込みは必要となる。
咲夜は、目の前の超霜降り牛肉を前に包丁を取り、丁寧に切り分け、口に入れた時に邪魔になる筋を取り除き、下味をつけて――と、真剣な眼差しで調理と対峙する。
「メイド長。本日、お客様にご提供する予定は30食分です」
「ええ、これでラストよ」
声をかけてくる年配メイドに答えを返して、ふぅ、と息をつく。
仕込の終わった肉を丁寧に一つ一つ防腐処理――パチュリー謹製の魔法である。ちなみに、原理などは咲夜には一切わからない――をして、冷蔵庫の中へ。
ちなみに、紅魔館大食堂につながる厨房は非常に広いが、それでもスペースは限られている。
いつも使っている冷蔵庫のスペースが足りず、この『目玉商品』は、足下にある小型冷蔵庫に入れられることとなったのだが、
「あっ!」
手が滑って、一枚、肉を取り落としてしまいそうになる。
そこで、咲夜特製『種のない手品』が発動する。
停止した世界の中、しっかりがっちり安全に、落とした肉が床に着かないうちにキャッチして、ふぅ、と一息をつく。
そして、停止状態を解除するのだが――、
「わわわっ!?」
「ちょっと、誰よ! 気をつけなさい!」
がっしゃんがっしゃんぱりーん! と皿が割れる音が響き渡る。
肉を拾うために体勢を変え、手を伸ばした際、咲夜のお尻が近くのテーブルに接触していたのだ。
その際、ほんのわずかながら伝わった衝撃は、世界が再び動き出したことで再現され、絶妙なバランスで積み上がっていたお皿に致命的なダメージを与えてしまったと言うわけである。
――かくして、厨房では、「代わりのお皿を用意して!」「気をつけなさい。手が切れるわよ」「誰!? お皿を割ったのは!」と喧騒が発生する。
咲夜はおろおろしながらも、「あ、あの……」と声を上げようとして、
「みんな、ごめんなさい。私が不注意だったわ」
「あっ……」
「え、えっと、そ、そうですか……。あ、あの、これからは気をつけてくださいませ……」
「ええ。ごめんなさい」
厨房を取り仕切っているメイドが手を挙げる。
彼女の顔を見て、他のメイド達は、皆、静かになった。この彼女、この場にいるメイド達の誰よりも年配で、そして誰よりも知識と技術を蓄えた『偉いメイド』なのである。
咲夜は彼女の方を見た。彼女は口許に人差し指を当て、ウインクしてみせる。
……どうやら、気づかれているらしい。
咲夜は顔を真っ赤にして、ぺこぺこと頭を下げた後、他の調理に取り掛かる。
そんな彼女の後ろ姿に、やれやれ、とメイドの彼女は苦笑してみせたのだった。
「朝はミスしたけど、今度は大丈夫」
昼。
一般のメイド達に混じって咲夜は館の掃除を行っていた。
モップ片手の拭き掃除。雑巾片手の仕上げなど。
メイド一人一人に割り当てられるエリアは決まっており、それは咲夜も例外ではない。
彼女の後ろで『最速ラップマァァァァァァァク!』『負けないわよぉぉぉぉぉぉ!』とすさまじい速度で廊下のモップがけしてるのはさておき、やたら広い紅魔館の中において、一人が掃除するエリアは常識的な範囲のものである。
「メイド長、お疲れー」
「お疲れ様……って、あなた、そういう口調は……」
「いいじゃない。ねぇ?」
自分よりも遥かに年配――年齢も、無論、キャリアも――のメイドに気さくな声がけをされて、咲夜は苦笑する。
「一応、今は、私のほうがメイド長なのだから」
「そうね。
だけど、やっぱり昔の記憶は薄れないんですよ。これが」
『あ~あ、あんなにかわいかった咲夜ちゃんが、何か憎たらしくなっちゃったな~』と彼女は言った。
咲夜は肩をすくめ、ついでに少しだけ顔を赤くして、『はいはい』とそれを流す。
「それで? 何か用事?」
「そろそろ休憩時間だから。それを伝えに来ただけ」
「あら、ありがとう」
時計を見る。間もなく午後の12時。お昼ごはんの時間である。
紅魔館の業務は忙しい。
しかし、だからといって休ませもせずに働かせるのはあってはならないことだった。そして、館の主であるお嬢様は、『そんな労働環境を与えていると知られるのはわたしの恥よ』と言っている。
「じゃあ、休憩に入るわね」
「ええ。あとは受け持ちます」
床に置かれたバケツと、手にしたモップの両方を、彼女に渡す咲夜。
それじゃ、後はよろしくと踵を返そうとしたところで、
「あっ!」
「だ~から言わんこっちゃない」
どんがらがっしゃーん、本日二回目。
見事な具合に足下のバケツに蹴躓く咲夜。
倒れるのは、メイドの彼女がさっと手を差し伸べてくれたから回避できたものの、床の上に、汚れた水が広がっていく。
「あ、あの、あの……」
「はいはい」
「……ごめんなさい。これを片付けてから行くわ」
「いいからいいから」
『さあ、休憩に行った行った』と彼女は咲夜の肩を叩いた。
しかし、咲夜は、『そんなことは……』と食い下がる。
その彼女へと、一言。
「メイド長。
『我が紅魔館では残業一切禁止』です」
「……うぐ」
たとえ仕事が残ってしまったとしても、後のものを信頼して、彼女にそれを任せてしまう――それが、紅魔館での仕事のスタイル。
もちろん、だからといってサボっていいというわけではない。そもそも、仕事を残してしまうと言うのは、自らのスキル不足を露呈することになるため、紅魔館ではマイナス査定だ。
だから、仕事時間中はしっかり働き、後に仕事を残さない。そうすることで回りから認められ、また、お手当ても上がっていくのだから、これは悪い制度ではないのだろう。その上で、どうしても仕事が残ってしまった場合にだけ、『ごめんね。あと、よろしくね』とぺこぺこ頭を下げるのだ。
そして、極めつけはお嬢様の言葉。『休憩も取らずに働かせることなどあってはならない』のである。
「や~、やっぱり咲夜ちゃんは成長しても、あたし達の知ってる『かわいいかわいい咲夜ちゃん』だね~。お姉さんは嬉しいよ」
「うぐぐぐ……!」
「咲夜ちゃん。お足下にはご注意を」
自分より背の低い相手に頭をなでなでされて、しまいにゃ子供に言い聞かせるような口調でそんなことを言われて、咲夜の顔は真っ赤に染まったのだった。
午後。
咲夜の役目は外に回っていた。
「……今度こそは」
紅魔館の庭はそれなりに広い。
そこに植わっている植木の剪定作業や、伸びて来る雑草等の草刈。その他にも様々。
たまに、お嬢様の知り合いの魔女が召喚した正体不明の怪生物がいたりする以外は平和な環境での仕事である。
箒片手にあちこちを掃除して回り、『ぎゃー! 出たー!』と悲鳴が上がればそちらにすっ飛んでいって、暴れる謎の怪生物を撃退する。そんな、いつもと変わらない業務の中、
「あっ、咲夜さん」
「あら、小悪魔。そこで何をしているの?」
「いえ、このスペースが空いてるじゃないですか?」
と、小悪魔――先の魔女の元で司書の仕事をしている――が指差すのはずらっと並ぶ色とりどりの花の中、ちょっとだけ空いた花壇の空間。
「ここに、何か植えられないかなぁ、って」
「確かに、見ていて何か不自然ね」
そこ以外は土が見えないくらいに見事な花が咲いているというのに、そこだけぽつんと空間が出来ているのは、不自然であると共に何だか寂しい感じである。
「この前、魔界から面白い花の種が届いたんです」
「へぇ。何?」
「青いバラですよ」
「そんなのもあるの? バラって、青は作れないんじゃ……」
「ちっちっち。
甘いですね、咲夜さん。魔界の農業技術を甘く見てはいけませんよ。植物の品種改良に関してはお手の物です」
「……魔界って……」
小悪魔が言うには、『魔界は一大農業立国』らしいのだが。
一度行ってみたいと思うと共に、出来ることならこれ以上、関わり合いになりたくないとも思える不思議な世界――それが『魔界』であった。
「どうしよっかな~」
「いいんじゃない?
紅魔館と言う名前であっても、青いバラを植えていけないという理由はないわ」
「そうですね」
それじゃ、今度、と小悪魔は言った。
咲夜もそれに『楽しみね』と返して――、
「きゃっ」
突然、目の前に飛び出してきた黒い影に驚き、しりもちをついてしまう。
「あら、かえるですね」
現れたのは小さなアマガエルだった。
彼は小悪魔の指の上に飛び乗り、けろけろと喉を鳴らす。
「お前、どこから来たの?
え? ふんふん。あー、なるほど。
咲夜さん、この子、あっちの湖に住んでるらしいですよ。たまたま遠出をして、ここの花壇で休んでいたそうです。
色とりどりの花があって実に美しい。ここに住んでいる方々の美しさを、まるで見事に表しているかのようだ――って言ってます」
何やらやたらキザなかえるである。
小悪魔がどうやって、彼の言葉を理解しているのかは聞かないことにして、『そ、そう……』と咲夜は顔を引きつらせる。
「じゃあ、この子、湖に返してきますね」
「あ、そ、そーね……。私も仕事に戻らないと……」
と、小悪魔と一緒に立ち上がろうとして――、
「はぅっ!?」
どんがらがっしゃーん、本日三回目。
しりもちをついた時に手放してしまっていた箒に足を引っ掛け、前のめりにずっこけるメイド長。
「咲夜さん、ぱんつ丸見えですよ」
けろけろ、とかえるも鳴く。
「『お嬢さん。肌の露出には気をつけなさい。お嬢さんみたいに美しい方に集まる周囲の目は、なかなか厳しいものがありますよ。そう、俺のこの瞳のようにね』って、この子も言ってます」
キザ通り越してむかつくかえるであった。本当にそう言っているのかどうかはわからないが、小悪魔が言うのだから本当に言っているのだろう、多分。
咲夜は慌てて、まくれ上がっているスカートを元の位置に戻してから、きょろきょろ辺りを見回す。
「誰も見てませんよ」
と、小悪魔。
その横顔は、何やら嬉しそうだ。『咲夜さんのドジっ娘げっと~』などと内心では思っているのかもしれない。
「……一番、厄介な相手に面倒なところを見せるとは……」
最近、やたら隠し技が多いことで有名な司書の後ろ姿に、咲夜は肩を落としてため息をついたのだった。
「はぁ……」
「何、ため息ついてるんですか?」
「……あら、美鈴。仕事は終わったの?」
「と言うか、私は今日、仕事ありませんし」
仕事が終わって、本日、夜。
紅魔館の名物大浴場に、ぽつんと一人、浸かっているメイド長のところに館の入り口を警備する門番がやってくる。
「あら、オフだったの」
「ええ。なので、昼頃までのんびりごろごろして、午後は厨房に入ってました」
「オフの日に働けって、誰が命令したの」
じろりと彼女をにらむ咲夜。
彼女――美鈴は、よっこらせ、と湯船に浸かり、『あ~』と声を上げて体を伸ばす。
「働いてるんじゃないですよ。趣味です、趣味。
美味しい料理を作るためには日々の研鑽は欠かせない。ついでに、それ以外の料理にちょっと手を伸ばしてしまっても、それは不可抗力ですよ」
勝手な理論を構築する困った同僚に、咲夜はまたため息をついた後、「今日の業務時間を、あとで書類に記入して提出しなさい」と指示をした。
はいはい、と美鈴はそれに返して、やおら、咲夜へと視線を移す。
「で、どうしたんですか?」
「別にどうもしてません」
「また失敗したんですか?」
「してない」
「またまた。強がっちゃって。
聞きましたよ。今日の話」
「うぐ……」
そんな風に隠したって、私は全部知ってるんですよ、と話をされて、咲夜は顔を赤くして黙り込む。
「いいじゃないですか、別に」
「よくないわよ。
私はメイド長よ? 失敗は限りなく……というか、100%、常に0にしてないといけないのに」
「人間、ミスはしますよ。
私だって、今日、皿を一枚割りましたからね。油が手についた状態で食器を触るもんじゃありませんね」
どうです? と美鈴。
失敗しない生き物なんていないんだ、とその瞳は語っていた。
咲夜は何とも言えない表情で、無言で美鈴を見やる。
「けど、咲夜さんの失敗はご自分のドジによるものですからね。
また、ドジしたんでしょ?」
「……また、じゃないもん」
顔を赤くしながら、ほっぺた膨らませ、ぷくぷくお湯の中に沈んでいく彼女。
「咲夜さんはですね、『何でも出来て、何にも出来ない』ところがかわいいんですよ」
「きゃっ」
いきなり、美鈴が後ろから咲夜を抱きしめた。
咲夜は抵抗するものの、元から体格差がある上に種族的な地力の違いには対抗できず、あっさりと美鈴に掴まってしまう。
「もう! 離しなさいよ!」
「みんなが大好き、咲夜ちゃんは、おっきくなっても『咲夜ちゃん』なんですよね」
「うるさいわね! いいじゃない、子供だったときのことなんて!」
「いやいや、そういう時の事ほど、みんな忘れないもんです。
咲夜さんがメイド長に選出されたのも……」
「あーもーわかってるわよ!
『お嬢様のお気に入りのあの子がメイド長になっても、私たちがサポートするから大丈夫』でしょ!?
何回、聞かされたと思ってんのよ!」
「回りがフォローしてくれるのも、『完璧』の理由だと思いません?」
誰からも慕われていなくては、失敗をすることが出来ない。失敗をすることが出来なければ、その動きも固くなる。
優雅に動くことが出来てこそ、傍目に見て『瀟洒』。
故に、咲夜は瀟洒である――というのが、紅魔館での――主に、年配、熟練のメイド達にとっての――咲夜の認識である。
要するに、彼女は皆から慕われる、いい上司というわけだ。
「咲夜さんはどれだけ失敗してもいいんですよ。その分、みんながどうにかしてくれますから。
一人で頑張る必要なんてないんですよ。よかったですね」
「……もう」
『そうやって、みんな、すぐ私を子供扱いするんだから』と彼女はふてくされる。
しかし、事実、この館で一番年下なのは咲夜である。
人間だから仕方ないと言い換えることも出来るが、生き物の内面――すなわち精神は、外見や積み重ねてきた年輪によって構築される。ここで働く多くの者達にとって、咲夜はまだまだ『咲夜ちゃん』なのである。
「とりあえず、足下には気をつけることから始めましょうか」
「ほっといて!」
「そういうドジをフォローするために、能力を成長させる――珍しいですよね」
「うるさいわね!」
そして、こんな風に、回りからからかわれたりすることも、割と日常茶飯事である。
公私混同のなされない紅魔館。それは言い換えれば、公私の切り分けがしっかりしていると言える。
普段は『メイド長に礼儀を正す従業員』、そして裏に回れば『かわいい少女をいじってからかういたずらお姉さん達』の集団が、紅魔館なのである。
「そういうところが表に出ないように、私たちがちゃんとやりますから。
頑張りましょ。人生、まだまだ長いですよ」
「……ったくも~」
ほっぺた真っ赤にしてふてくされる咲夜の頭をなでながら、美鈴は言う。
やがて大人しくなった咲夜は、『……ふんだ』と、やっぱりむくれながらそっぽを向くのだった。
見た目、態度、その他立ち居振る舞い全て。
そうした要素が重ね合わさった上での客観的な評価がそれである。
事実として、紅魔館で働くメイド達ほぼ全てから信頼と憧れの感情を向けられており、『いずれは彼女のように』との尊敬の視線を一身に集めている。
――しかしながら。
そんな彼女も人間である。
人間らしい、『しかし』の一面があることを知っているのは――そう多くはない。
「く~……」
清潔さを漂わせる白のシーツに包まれたベッドの上で、部屋の主が寝息を立てている。
彼女の部屋は、一見して、とても簡素な部屋である。基本的に、生活に必要なもの以外は何もないのだ。
――見た目には。
「ん……もう朝……?」
むにゃむにゃと目をこすりながら起き上がる彼女――十六夜咲夜の手には、お気に入りのでっかいくまちゃんぬいぐるみがあった。
ここ最近――どころか、数年にわたっての夜のお供のくまちゃん。彼女はそれの頭をなでながら、こっそりと、ベッドの下に彼を隠した。
そう、こんな感じで、この部屋のあちこちには、それはそれはファンシーなグッズなどなどが詰め込まれているのである。
顔を洗って歯を磨き、いつものメイド服に身を通す。
通すのだが――、
「はぅっ!?」
べしっ!
まだちょっと寝ぼけているのか、スカートに足を引っ掛けて前のめりにすっ転び、顔面を床に強打する。
しばらくの間、痛さでうずくまり、動けない状態が経過する。
「くっ……! ち、遅刻……!」
枕もとの、いつもの懐中時計に手を伸ばし、懐にしまおうとする。
しかし、それはするっと彼女の手を抜けて、タンスの下に転がり込んでしまった。
寝る前に、チェーンを外していたのを忘れていたのだ。
「あーっ!」
声を上げて室内見渡し、何とか届きそうな長定規を引っ張り出してくる。
幸いなことに、時計はすぐ手前のところに落ちており、回収に時間を費やすことはなかった。
最後の身だしなみに姿見を確認してから、『よし』と咲夜はうなずいた。
「あら、おはよう咲夜……あなた、ずいぶん顔が赤いわね。風邪?」
「いえ、大丈夫です」
「……そ、そう。なら、いいのだけど」
館で一番偉いお嬢様が、テーブルについている。その隣には、彼女の妹も。
紅魔館の主要なメンツが集う朝食の場。テーブルの上には、まだ何もない。
咲夜は時計を見る。朝、7時30分。いつもの朝食の時間だ。
「それでは、今、お料理をお持ちします」
ぺこりと頭を下げて厨房へ。
厨房の中では、すでにすっかり出来上がり、暖かそうな湯気を立てている料理が鎮座する皿がいくつも。
彼女はそれを的確にトレイの上に持ち、かちゃかちゃと音を鳴らしながら歩いていく。
そして、それを全員に配り終わったところで朝食開始。現在、7時35分。
「失礼します」
咲夜の朝食はもう少し遅い。
彼女は一礼してその場を辞してから、全力ダッシュで紅魔館を突っ走る。
なお、紅魔館の規則には『必要以外で廊下を走ってはいけない』というのがあるのだが、これを誰かに見られても、咲夜は『その必要な時が今なのよ!』と言い訳する。
――やってくるのは、館の一階にある大食堂。そこにつながる厨房のドアを開けて、彼女は声を上げる。
「おはよう」
『おはようございます、メイド長!』
館で雇っているメイド達が、忙しなく朝の用意を始めている光景がそこにある。
レミリアの気まぐれから始まった、『紅魔館レストラン』。もはや幻想郷では知らないものがいないほどにまで認知されたサービスであるそれを完璧な形で、やってくるお客様に提供するのも、また咲夜の責務である。
「今日の目玉料理の準備は?」
「すでにこちらに」
「じゃあ、これは私が仕上げをするから、みんなは他を」
『はい!』
今日の目玉は、契約している牧場主から『いつもいつも世話になっております』と好意で送られた、超がつく高級牛肉を使ったステーキである。
無論、紅魔館では、よほど時間のかかるもの――たとえばシチューなど――以外は作り置きはしない。出来立て熱々を提供するのがルールだ。
しかし、それに当たっての仕込みは必要となる。
咲夜は、目の前の超霜降り牛肉を前に包丁を取り、丁寧に切り分け、口に入れた時に邪魔になる筋を取り除き、下味をつけて――と、真剣な眼差しで調理と対峙する。
「メイド長。本日、お客様にご提供する予定は30食分です」
「ええ、これでラストよ」
声をかけてくる年配メイドに答えを返して、ふぅ、と息をつく。
仕込の終わった肉を丁寧に一つ一つ防腐処理――パチュリー謹製の魔法である。ちなみに、原理などは咲夜には一切わからない――をして、冷蔵庫の中へ。
ちなみに、紅魔館大食堂につながる厨房は非常に広いが、それでもスペースは限られている。
いつも使っている冷蔵庫のスペースが足りず、この『目玉商品』は、足下にある小型冷蔵庫に入れられることとなったのだが、
「あっ!」
手が滑って、一枚、肉を取り落としてしまいそうになる。
そこで、咲夜特製『種のない手品』が発動する。
停止した世界の中、しっかりがっちり安全に、落とした肉が床に着かないうちにキャッチして、ふぅ、と一息をつく。
そして、停止状態を解除するのだが――、
「わわわっ!?」
「ちょっと、誰よ! 気をつけなさい!」
がっしゃんがっしゃんぱりーん! と皿が割れる音が響き渡る。
肉を拾うために体勢を変え、手を伸ばした際、咲夜のお尻が近くのテーブルに接触していたのだ。
その際、ほんのわずかながら伝わった衝撃は、世界が再び動き出したことで再現され、絶妙なバランスで積み上がっていたお皿に致命的なダメージを与えてしまったと言うわけである。
――かくして、厨房では、「代わりのお皿を用意して!」「気をつけなさい。手が切れるわよ」「誰!? お皿を割ったのは!」と喧騒が発生する。
咲夜はおろおろしながらも、「あ、あの……」と声を上げようとして、
「みんな、ごめんなさい。私が不注意だったわ」
「あっ……」
「え、えっと、そ、そうですか……。あ、あの、これからは気をつけてくださいませ……」
「ええ。ごめんなさい」
厨房を取り仕切っているメイドが手を挙げる。
彼女の顔を見て、他のメイド達は、皆、静かになった。この彼女、この場にいるメイド達の誰よりも年配で、そして誰よりも知識と技術を蓄えた『偉いメイド』なのである。
咲夜は彼女の方を見た。彼女は口許に人差し指を当て、ウインクしてみせる。
……どうやら、気づかれているらしい。
咲夜は顔を真っ赤にして、ぺこぺこと頭を下げた後、他の調理に取り掛かる。
そんな彼女の後ろ姿に、やれやれ、とメイドの彼女は苦笑してみせたのだった。
「朝はミスしたけど、今度は大丈夫」
昼。
一般のメイド達に混じって咲夜は館の掃除を行っていた。
モップ片手の拭き掃除。雑巾片手の仕上げなど。
メイド一人一人に割り当てられるエリアは決まっており、それは咲夜も例外ではない。
彼女の後ろで『最速ラップマァァァァァァァク!』『負けないわよぉぉぉぉぉぉ!』とすさまじい速度で廊下のモップがけしてるのはさておき、やたら広い紅魔館の中において、一人が掃除するエリアは常識的な範囲のものである。
「メイド長、お疲れー」
「お疲れ様……って、あなた、そういう口調は……」
「いいじゃない。ねぇ?」
自分よりも遥かに年配――年齢も、無論、キャリアも――のメイドに気さくな声がけをされて、咲夜は苦笑する。
「一応、今は、私のほうがメイド長なのだから」
「そうね。
だけど、やっぱり昔の記憶は薄れないんですよ。これが」
『あ~あ、あんなにかわいかった咲夜ちゃんが、何か憎たらしくなっちゃったな~』と彼女は言った。
咲夜は肩をすくめ、ついでに少しだけ顔を赤くして、『はいはい』とそれを流す。
「それで? 何か用事?」
「そろそろ休憩時間だから。それを伝えに来ただけ」
「あら、ありがとう」
時計を見る。間もなく午後の12時。お昼ごはんの時間である。
紅魔館の業務は忙しい。
しかし、だからといって休ませもせずに働かせるのはあってはならないことだった。そして、館の主であるお嬢様は、『そんな労働環境を与えていると知られるのはわたしの恥よ』と言っている。
「じゃあ、休憩に入るわね」
「ええ。あとは受け持ちます」
床に置かれたバケツと、手にしたモップの両方を、彼女に渡す咲夜。
それじゃ、後はよろしくと踵を返そうとしたところで、
「あっ!」
「だ~から言わんこっちゃない」
どんがらがっしゃーん、本日二回目。
見事な具合に足下のバケツに蹴躓く咲夜。
倒れるのは、メイドの彼女がさっと手を差し伸べてくれたから回避できたものの、床の上に、汚れた水が広がっていく。
「あ、あの、あの……」
「はいはい」
「……ごめんなさい。これを片付けてから行くわ」
「いいからいいから」
『さあ、休憩に行った行った』と彼女は咲夜の肩を叩いた。
しかし、咲夜は、『そんなことは……』と食い下がる。
その彼女へと、一言。
「メイド長。
『我が紅魔館では残業一切禁止』です」
「……うぐ」
たとえ仕事が残ってしまったとしても、後のものを信頼して、彼女にそれを任せてしまう――それが、紅魔館での仕事のスタイル。
もちろん、だからといってサボっていいというわけではない。そもそも、仕事を残してしまうと言うのは、自らのスキル不足を露呈することになるため、紅魔館ではマイナス査定だ。
だから、仕事時間中はしっかり働き、後に仕事を残さない。そうすることで回りから認められ、また、お手当ても上がっていくのだから、これは悪い制度ではないのだろう。その上で、どうしても仕事が残ってしまった場合にだけ、『ごめんね。あと、よろしくね』とぺこぺこ頭を下げるのだ。
そして、極めつけはお嬢様の言葉。『休憩も取らずに働かせることなどあってはならない』のである。
「や~、やっぱり咲夜ちゃんは成長しても、あたし達の知ってる『かわいいかわいい咲夜ちゃん』だね~。お姉さんは嬉しいよ」
「うぐぐぐ……!」
「咲夜ちゃん。お足下にはご注意を」
自分より背の低い相手に頭をなでなでされて、しまいにゃ子供に言い聞かせるような口調でそんなことを言われて、咲夜の顔は真っ赤に染まったのだった。
午後。
咲夜の役目は外に回っていた。
「……今度こそは」
紅魔館の庭はそれなりに広い。
そこに植わっている植木の剪定作業や、伸びて来る雑草等の草刈。その他にも様々。
たまに、お嬢様の知り合いの魔女が召喚した正体不明の怪生物がいたりする以外は平和な環境での仕事である。
箒片手にあちこちを掃除して回り、『ぎゃー! 出たー!』と悲鳴が上がればそちらにすっ飛んでいって、暴れる謎の怪生物を撃退する。そんな、いつもと変わらない業務の中、
「あっ、咲夜さん」
「あら、小悪魔。そこで何をしているの?」
「いえ、このスペースが空いてるじゃないですか?」
と、小悪魔――先の魔女の元で司書の仕事をしている――が指差すのはずらっと並ぶ色とりどりの花の中、ちょっとだけ空いた花壇の空間。
「ここに、何か植えられないかなぁ、って」
「確かに、見ていて何か不自然ね」
そこ以外は土が見えないくらいに見事な花が咲いているというのに、そこだけぽつんと空間が出来ているのは、不自然であると共に何だか寂しい感じである。
「この前、魔界から面白い花の種が届いたんです」
「へぇ。何?」
「青いバラですよ」
「そんなのもあるの? バラって、青は作れないんじゃ……」
「ちっちっち。
甘いですね、咲夜さん。魔界の農業技術を甘く見てはいけませんよ。植物の品種改良に関してはお手の物です」
「……魔界って……」
小悪魔が言うには、『魔界は一大農業立国』らしいのだが。
一度行ってみたいと思うと共に、出来ることならこれ以上、関わり合いになりたくないとも思える不思議な世界――それが『魔界』であった。
「どうしよっかな~」
「いいんじゃない?
紅魔館と言う名前であっても、青いバラを植えていけないという理由はないわ」
「そうですね」
それじゃ、今度、と小悪魔は言った。
咲夜もそれに『楽しみね』と返して――、
「きゃっ」
突然、目の前に飛び出してきた黒い影に驚き、しりもちをついてしまう。
「あら、かえるですね」
現れたのは小さなアマガエルだった。
彼は小悪魔の指の上に飛び乗り、けろけろと喉を鳴らす。
「お前、どこから来たの?
え? ふんふん。あー、なるほど。
咲夜さん、この子、あっちの湖に住んでるらしいですよ。たまたま遠出をして、ここの花壇で休んでいたそうです。
色とりどりの花があって実に美しい。ここに住んでいる方々の美しさを、まるで見事に表しているかのようだ――って言ってます」
何やらやたらキザなかえるである。
小悪魔がどうやって、彼の言葉を理解しているのかは聞かないことにして、『そ、そう……』と咲夜は顔を引きつらせる。
「じゃあ、この子、湖に返してきますね」
「あ、そ、そーね……。私も仕事に戻らないと……」
と、小悪魔と一緒に立ち上がろうとして――、
「はぅっ!?」
どんがらがっしゃーん、本日三回目。
しりもちをついた時に手放してしまっていた箒に足を引っ掛け、前のめりにずっこけるメイド長。
「咲夜さん、ぱんつ丸見えですよ」
けろけろ、とかえるも鳴く。
「『お嬢さん。肌の露出には気をつけなさい。お嬢さんみたいに美しい方に集まる周囲の目は、なかなか厳しいものがありますよ。そう、俺のこの瞳のようにね』って、この子も言ってます」
キザ通り越してむかつくかえるであった。本当にそう言っているのかどうかはわからないが、小悪魔が言うのだから本当に言っているのだろう、多分。
咲夜は慌てて、まくれ上がっているスカートを元の位置に戻してから、きょろきょろ辺りを見回す。
「誰も見てませんよ」
と、小悪魔。
その横顔は、何やら嬉しそうだ。『咲夜さんのドジっ娘げっと~』などと内心では思っているのかもしれない。
「……一番、厄介な相手に面倒なところを見せるとは……」
最近、やたら隠し技が多いことで有名な司書の後ろ姿に、咲夜は肩を落としてため息をついたのだった。
「はぁ……」
「何、ため息ついてるんですか?」
「……あら、美鈴。仕事は終わったの?」
「と言うか、私は今日、仕事ありませんし」
仕事が終わって、本日、夜。
紅魔館の名物大浴場に、ぽつんと一人、浸かっているメイド長のところに館の入り口を警備する門番がやってくる。
「あら、オフだったの」
「ええ。なので、昼頃までのんびりごろごろして、午後は厨房に入ってました」
「オフの日に働けって、誰が命令したの」
じろりと彼女をにらむ咲夜。
彼女――美鈴は、よっこらせ、と湯船に浸かり、『あ~』と声を上げて体を伸ばす。
「働いてるんじゃないですよ。趣味です、趣味。
美味しい料理を作るためには日々の研鑽は欠かせない。ついでに、それ以外の料理にちょっと手を伸ばしてしまっても、それは不可抗力ですよ」
勝手な理論を構築する困った同僚に、咲夜はまたため息をついた後、「今日の業務時間を、あとで書類に記入して提出しなさい」と指示をした。
はいはい、と美鈴はそれに返して、やおら、咲夜へと視線を移す。
「で、どうしたんですか?」
「別にどうもしてません」
「また失敗したんですか?」
「してない」
「またまた。強がっちゃって。
聞きましたよ。今日の話」
「うぐ……」
そんな風に隠したって、私は全部知ってるんですよ、と話をされて、咲夜は顔を赤くして黙り込む。
「いいじゃないですか、別に」
「よくないわよ。
私はメイド長よ? 失敗は限りなく……というか、100%、常に0にしてないといけないのに」
「人間、ミスはしますよ。
私だって、今日、皿を一枚割りましたからね。油が手についた状態で食器を触るもんじゃありませんね」
どうです? と美鈴。
失敗しない生き物なんていないんだ、とその瞳は語っていた。
咲夜は何とも言えない表情で、無言で美鈴を見やる。
「けど、咲夜さんの失敗はご自分のドジによるものですからね。
また、ドジしたんでしょ?」
「……また、じゃないもん」
顔を赤くしながら、ほっぺた膨らませ、ぷくぷくお湯の中に沈んでいく彼女。
「咲夜さんはですね、『何でも出来て、何にも出来ない』ところがかわいいんですよ」
「きゃっ」
いきなり、美鈴が後ろから咲夜を抱きしめた。
咲夜は抵抗するものの、元から体格差がある上に種族的な地力の違いには対抗できず、あっさりと美鈴に掴まってしまう。
「もう! 離しなさいよ!」
「みんなが大好き、咲夜ちゃんは、おっきくなっても『咲夜ちゃん』なんですよね」
「うるさいわね! いいじゃない、子供だったときのことなんて!」
「いやいや、そういう時の事ほど、みんな忘れないもんです。
咲夜さんがメイド長に選出されたのも……」
「あーもーわかってるわよ!
『お嬢様のお気に入りのあの子がメイド長になっても、私たちがサポートするから大丈夫』でしょ!?
何回、聞かされたと思ってんのよ!」
「回りがフォローしてくれるのも、『完璧』の理由だと思いません?」
誰からも慕われていなくては、失敗をすることが出来ない。失敗をすることが出来なければ、その動きも固くなる。
優雅に動くことが出来てこそ、傍目に見て『瀟洒』。
故に、咲夜は瀟洒である――というのが、紅魔館での――主に、年配、熟練のメイド達にとっての――咲夜の認識である。
要するに、彼女は皆から慕われる、いい上司というわけだ。
「咲夜さんはどれだけ失敗してもいいんですよ。その分、みんながどうにかしてくれますから。
一人で頑張る必要なんてないんですよ。よかったですね」
「……もう」
『そうやって、みんな、すぐ私を子供扱いするんだから』と彼女はふてくされる。
しかし、事実、この館で一番年下なのは咲夜である。
人間だから仕方ないと言い換えることも出来るが、生き物の内面――すなわち精神は、外見や積み重ねてきた年輪によって構築される。ここで働く多くの者達にとって、咲夜はまだまだ『咲夜ちゃん』なのである。
「とりあえず、足下には気をつけることから始めましょうか」
「ほっといて!」
「そういうドジをフォローするために、能力を成長させる――珍しいですよね」
「うるさいわね!」
そして、こんな風に、回りからからかわれたりすることも、割と日常茶飯事である。
公私混同のなされない紅魔館。それは言い換えれば、公私の切り分けがしっかりしていると言える。
普段は『メイド長に礼儀を正す従業員』、そして裏に回れば『かわいい少女をいじってからかういたずらお姉さん達』の集団が、紅魔館なのである。
「そういうところが表に出ないように、私たちがちゃんとやりますから。
頑張りましょ。人生、まだまだ長いですよ」
「……ったくも~」
ほっぺた真っ赤にしてふてくされる咲夜の頭をなでながら、美鈴は言う。
やがて大人しくなった咲夜は、『……ふんだ』と、やっぱりむくれながらそっぽを向くのだった。
あとカエルさんマジイケメン
ファンシー小物が隠れて満載な部屋で眠る咲夜ちゃんまじ可愛い
こういう小さなお遊び大好きです。
これは周りからよしよしと頭なでられても仕方なし!
抱きしめたくなる