気が付くと、私は霊夢さんを正面から抱きしめていた。夕暮れに染まる博麗神社の縁側で、巫女が一人と鴉天狗一羽の影が混ざり合う。
「文……?」
彼女が不思議そうに私の名を呼ぶ。先程、自分が言ったことの意味をまだ理解できていないのか。
「……あなたはズルい」
耳元でそれだけ呟いて、私は霊夢さんから離れた。
「ちょっと、ズルいって何よ」
「いえいえ、何でもありません。巫女の弾幕は卑怯なのが多いなーと思って」
「誰が卑怯よ! っていうか、いまのはそういう意味じゃないでしょ。いきなり抱き着いてきたり……」
パシャリ。
怒り顔の霊夢さんを写真に収めると、私は宙へと浮かんだ。
「っと、私はそろそろ失礼しますね。全く、もう少しおもしろいネタを用意しといてくださいよ」
「何で私があんたのためにネタなんて作らなきゃいけないのよ! あと、勝手に写真撮るな!」
「ご心配なく、いつでも見れる巫女の鬼の形相なんて紙面に使う余裕は無いので。
では射命丸文、これにておさらば!」
背に翼を出すと、私は一目散に飛び上がった。眼下では、霊夢さんが札を構え、私に向かって何か叫んでいる。長居は無用だ。すぐさま妖怪の山へと進路をとった。
赤くなった空を飛んでいると、自分まで赤くなっているような気がする。幻想郷一のスピードをもってしても、神社から妖怪の山までは結構かかる。真下の夕焼けに彩られた景色を見下ろしていると、私と幻想郷が一つになっているような錯覚に陥った。
ふと見上げた夕日に、彼女の上気した表情が重なる。
違う。
これは幻想郷の色だ。まかり間違っても、この赤は彼女とは関係ない。ただ、あの言葉が予想外で、少し驚いてしまっただけだ。
先程の彼女の台詞を思い出し、毒付く。
「何が『好きな人とは一緒の時に死にたい』ですか」
きっかけは些細なことだった。
いつものように博麗神社に突撃し、何かネタは無いかと探りを入れながら『恋』の話をした。
記事のネタとしては別として、別に巫女が誰かに恋愛感情を持っていても気にはしていなかった。自分が博麗霊夢という少女に一定以上の好意を抱いているのは確かだが、それは愛だの恋だのといったのとは、違うものだと認識していた。
「好きな人? いないわよ。別に」
「うわ、つまらない。こういうときは嘘でもいると言って、場を盛り上げるのがセオリーでしょうに」
「下らない新聞に使われるのが見え見えなのに?」
事実、彼女が特に好きな相手はいないと言った時も、これではネタにならないと落胆しただけだった。
気になったのは、その後だ。
「あ、でもどうせだったら、そういう人とは死ぬまで一緒にいたいかな。残されたり、残すのは嫌」
彼女はそれを何でもないことのように言った。
「なんですか……それ」
私は笑って訊きかえしたつもりだった。だが、本当に笑みを浮かべられていたかどうかは自信がない。それぐらい、その言葉は私を打ちのめしていた。
そんな私に気付くことなく、霊夢は笑った。その時の彼女は今まで見たことがないほど眩しくて、それでいて絶対に見たくなかった顔をしていた。
「だって、寂しいじゃない」
もう、自分を抑えることは出来なかった。
「ふぅ」
家に帰って一休みすると、すぐさま撮ってきた写真の現像をし、机の上に広げてみる。今日は色んなところを飛び回ったから、枚数が特に多い。
守矢神社の風祝が唐傘妖怪を退治している様子。
霧の湖で氷の妖精相手に怒る半人半霊の剣士。
依頼人と竹林の案内人が穏やかに話をする。
背の高いメイドは人里で真剣に里芋と長芋を見比べている。
毒キノコを与えられて苦しむ宵闇妖怪を前にして、性悪な魔法使いは笑っていた。
人か、人に近い存在たち。写真に収められた何人かは親しい相手を置いていき、また何人かは友人を先に失うのだろう。
被写体は同じに、アングルやシチュエーションを変えて何枚も撮った。でも、お気に入りの彼女の写真だけは一枚しかなかった。
紅白衣装の巫女が顔を真っ赤にして私を睨んでいる。霊夢さんの怒り顔の写真を見ると、どうしてだかいつも笑ってしまう。
今日のように彼女で遊べるのはあと何回だろう。
天狗の自分はまだ何年も生きることが出来る。だが、巫女は強い力を持っているとはいえ、所詮はただの人間。あと数十年で死ぬだろう。もちろん、幻想郷には人の身を捨てる方法など、それこそ掃いて捨てるほどある。元々規格外の彼女のことだ、寿命なんて吹き飛ばしてしまっても何らおかしくない。だが、不思議と彼女がそうまでして生きている姿は想像できなかった。
もう一度、写真を良く見てみる。怒りの中にも、僅かばかりの困惑も読み取ることが出来、咄嗟に撮った割には中々の一枚だった。
でも、記事には使えないなぁ。
私が訪ねると、博麗の巫女は機嫌を悪そうにするか、特別強力な弾幕を飛ばしてくる。それはそれでおもしろいのだけど、少しネタにはしにくい。新聞とは日常に混じる異常を伝えるためにあるのだから。
そういえば、一枚だけ彼女の笑顔が撮れたことがあったっけ。
花の異変時の宴会。楽しい席なのにブスッとしていたからお酒を注いでやったら、彼女はとても嬉しそうに笑った。その時に撮れた霊夢さんは本当にかわいらしくて、見ていると、自然に笑みがこぼれてしまった。あんまりよく撮れたものだから、迷うことなく一面に使うことにした。
確か資料室のバックナンバーにしまってあるから、見てみようと立ち上がった。けど、すぐに思い直す。
また明日、新しく一枚撮りに行こう。
どうせ一度使った写真は記事には使えないんだ。『鬼巫女が笑えば、来年は平安?』とでも適当に見出しをつけよう。この間みたいに良いお酒を土産にすれば、悪い顔はされまい。
「まだ、一人で残しませんよ?」
写真の彼女にそう語りかけたら、「何バカなこと言ってんのよ」と返された気がした。
「文……?」
彼女が不思議そうに私の名を呼ぶ。先程、自分が言ったことの意味をまだ理解できていないのか。
「……あなたはズルい」
耳元でそれだけ呟いて、私は霊夢さんから離れた。
「ちょっと、ズルいって何よ」
「いえいえ、何でもありません。巫女の弾幕は卑怯なのが多いなーと思って」
「誰が卑怯よ! っていうか、いまのはそういう意味じゃないでしょ。いきなり抱き着いてきたり……」
パシャリ。
怒り顔の霊夢さんを写真に収めると、私は宙へと浮かんだ。
「っと、私はそろそろ失礼しますね。全く、もう少しおもしろいネタを用意しといてくださいよ」
「何で私があんたのためにネタなんて作らなきゃいけないのよ! あと、勝手に写真撮るな!」
「ご心配なく、いつでも見れる巫女の鬼の形相なんて紙面に使う余裕は無いので。
では射命丸文、これにておさらば!」
背に翼を出すと、私は一目散に飛び上がった。眼下では、霊夢さんが札を構え、私に向かって何か叫んでいる。長居は無用だ。すぐさま妖怪の山へと進路をとった。
赤くなった空を飛んでいると、自分まで赤くなっているような気がする。幻想郷一のスピードをもってしても、神社から妖怪の山までは結構かかる。真下の夕焼けに彩られた景色を見下ろしていると、私と幻想郷が一つになっているような錯覚に陥った。
ふと見上げた夕日に、彼女の上気した表情が重なる。
違う。
これは幻想郷の色だ。まかり間違っても、この赤は彼女とは関係ない。ただ、あの言葉が予想外で、少し驚いてしまっただけだ。
先程の彼女の台詞を思い出し、毒付く。
「何が『好きな人とは一緒の時に死にたい』ですか」
きっかけは些細なことだった。
いつものように博麗神社に突撃し、何かネタは無いかと探りを入れながら『恋』の話をした。
記事のネタとしては別として、別に巫女が誰かに恋愛感情を持っていても気にはしていなかった。自分が博麗霊夢という少女に一定以上の好意を抱いているのは確かだが、それは愛だの恋だのといったのとは、違うものだと認識していた。
「好きな人? いないわよ。別に」
「うわ、つまらない。こういうときは嘘でもいると言って、場を盛り上げるのがセオリーでしょうに」
「下らない新聞に使われるのが見え見えなのに?」
事実、彼女が特に好きな相手はいないと言った時も、これではネタにならないと落胆しただけだった。
気になったのは、その後だ。
「あ、でもどうせだったら、そういう人とは死ぬまで一緒にいたいかな。残されたり、残すのは嫌」
彼女はそれを何でもないことのように言った。
「なんですか……それ」
私は笑って訊きかえしたつもりだった。だが、本当に笑みを浮かべられていたかどうかは自信がない。それぐらい、その言葉は私を打ちのめしていた。
そんな私に気付くことなく、霊夢は笑った。その時の彼女は今まで見たことがないほど眩しくて、それでいて絶対に見たくなかった顔をしていた。
「だって、寂しいじゃない」
もう、自分を抑えることは出来なかった。
「ふぅ」
家に帰って一休みすると、すぐさま撮ってきた写真の現像をし、机の上に広げてみる。今日は色んなところを飛び回ったから、枚数が特に多い。
守矢神社の風祝が唐傘妖怪を退治している様子。
霧の湖で氷の妖精相手に怒る半人半霊の剣士。
依頼人と竹林の案内人が穏やかに話をする。
背の高いメイドは人里で真剣に里芋と長芋を見比べている。
毒キノコを与えられて苦しむ宵闇妖怪を前にして、性悪な魔法使いは笑っていた。
人か、人に近い存在たち。写真に収められた何人かは親しい相手を置いていき、また何人かは友人を先に失うのだろう。
被写体は同じに、アングルやシチュエーションを変えて何枚も撮った。でも、お気に入りの彼女の写真だけは一枚しかなかった。
紅白衣装の巫女が顔を真っ赤にして私を睨んでいる。霊夢さんの怒り顔の写真を見ると、どうしてだかいつも笑ってしまう。
今日のように彼女で遊べるのはあと何回だろう。
天狗の自分はまだ何年も生きることが出来る。だが、巫女は強い力を持っているとはいえ、所詮はただの人間。あと数十年で死ぬだろう。もちろん、幻想郷には人の身を捨てる方法など、それこそ掃いて捨てるほどある。元々規格外の彼女のことだ、寿命なんて吹き飛ばしてしまっても何らおかしくない。だが、不思議と彼女がそうまでして生きている姿は想像できなかった。
もう一度、写真を良く見てみる。怒りの中にも、僅かばかりの困惑も読み取ることが出来、咄嗟に撮った割には中々の一枚だった。
でも、記事には使えないなぁ。
私が訪ねると、博麗の巫女は機嫌を悪そうにするか、特別強力な弾幕を飛ばしてくる。それはそれでおもしろいのだけど、少しネタにはしにくい。新聞とは日常に混じる異常を伝えるためにあるのだから。
そういえば、一枚だけ彼女の笑顔が撮れたことがあったっけ。
花の異変時の宴会。楽しい席なのにブスッとしていたからお酒を注いでやったら、彼女はとても嬉しそうに笑った。その時に撮れた霊夢さんは本当にかわいらしくて、見ていると、自然に笑みがこぼれてしまった。あんまりよく撮れたものだから、迷うことなく一面に使うことにした。
確か資料室のバックナンバーにしまってあるから、見てみようと立ち上がった。けど、すぐに思い直す。
また明日、新しく一枚撮りに行こう。
どうせ一度使った写真は記事には使えないんだ。『鬼巫女が笑えば、来年は平安?』とでも適当に見出しをつけよう。この間みたいに良いお酒を土産にすれば、悪い顔はされまい。
「まだ、一人で残しませんよ?」
写真の彼女にそう語りかけたら、「何バカなこと言ってんのよ」と返された気がした。