「お久しぶりでございます、茨華仙さま」
「……霍青娥」
「あら、どうなされたのでしょう。
そんな『げっ、こいつかよ』みたいなお顔をなされて」
美人が台無しですわ、とくすくす笑う青娥の顔は、むかつくくらいに妖しい魅力をたたえた美女の顔だった。
テーブルに突っ伏して頭抱えている茨木華扇は、何とかかんとか、彼女の方へと視線を向ける。
「……どうやってここに?」
「あちらの大鷲の足にこっそりぶら下がってきました」
「なぜ気づかない!?」
問われた大鷲は、『いや、だって、その……』と言わんばかりの顔でうろたえる。
恐らく、青娥のことだ。ぶら下がって、と言いつつもほとんど己の力で飛行してきたのだろう。
となれば、足にちょっとした違和感があったとしても、『気のせいか』ですましてしまうのは決して責められることではない。
まぁ、それはともあれ。
「茨華仙さま。
わたくし、人里で道教を広めようと思うのです」
「……ええ、まぁ、それはどうぞご自由にとしか……」
「しかしながら、今、人里ではあらゆる面から信仰の獲得競争が行われておりまして、新規・新参のわたくし達にとってはなかなか不利な状況――」
世の中、何であろうと先達の利益と言うものはかくあるものである。
困ったような顔を浮かべる青娥に、『それは仕方ないでしょう』と華扇は言った。
「そこで、どうにかして、信仰を集める――まず、注目を集めることから、わたくしは始めようと思いました」
「ええ、それはまぁ……」
どんな見事な説法も、聞き入れてもらえなければ意味はない。
民衆の耳目を集めることから始めると言う青娥の戦略は、間違っていない。
しかし、華扇は、『もうどうでもいいから好きにしてよ私巻き込まないでよ』と言う顔をしていた。
「そのために、いいお知恵をお貸し願えれば、と……」
「……私は、別段、誰かの信仰を集める必要がある立場にありませんから。
何とも言えないというのが本音です」
「そうですわね……。
さすがは茨華仙さま。己の分をわきまえ、必要以上に見栄を張らない――その謙虚さは見習うべきところです」
いやこれ普通でしょどう考えても。
――と、ツッコミ入れたかったが、華扇はそれをぐっと我慢した。
なぜか、青娥の中で、華扇の評価は異様に高い。そして、そのような評価を頂いているというのは、相手の勘違いに端を発するというものでもない限り、歓迎すべきことだ。
問題は、その『評価』が思いっきり『勘違い』が原因ということなのだが。
「いや、ですからね……」
そして、その勘違いを、何とかして解いてやる必要があると、常々、華扇は考えていた。
そのためには、自分は青娥が評価するような『仙人』であらねばならない。
俗世を捨て、己の欲を捨て、ただ清貧かつ孤高に生きる――そんな存在であらねばならない。
そうした態度をもってこそ、初めて青娥に『私は、あなたの考えるようなものではありません』と言えるのである。
妙に俗っ気たっぷりのツッコミなどは論外であった。
「……やはり、これもまた、己の修行の一つ。
他者を頼ることなく、己の力で、まずは事の解決に当たるべき。それでもどうしようもなければ、初めて他者の力を借りる――厳しくも慈愛に満ちた、茨華仙さまの方針なのですね」
うわどうしよ余計に勘違い深くしたよこいつ。
頭抱えてテーブルにおでこ激突させて、華扇は呻いた。
時々、青娥はわざとこんなことぬかして己をからかっているのではないかと思うことがある。
しかし、相手の目を見れば、華扇も仙人やって長いのだ、大体、相手の内面を推し量ることは出来るようになっている。その長年の経験と、仙人として積み重ねてきた己の徳が語っている。
『こいつマジだ』
――と。
「では、茨華仙さま。
わたくし、このような手段を考えたのですが、いかがでしょうか」
「……なぜ、それを私に聞くのですか」
「それはやはり、茨華仙さまが、この幻想郷において、わたくしの先達であるからです」
おでこ真っ赤にした華扇に、あくまで笑顔を崩さず答える青娥。
腹の中でこっちのこと笑ってるんだろうか。いや、違うな、全然。
――と、頭の中で組み立てる文法すら崩れつつある華扇であった。
「……で、何ですか?」
「はい。
まずはこれを」
と、青娥が懐から取り出したのは、
「……人形、ですか?」
「茨華仙さま。『人形』ではありません。『お人形さま』でもありません。これは『フィギュア』と言うのです」
――ということを、山の上の巫女から教わりました、と青娥。
この青娥、深謀遠慮かつ腹黒さを兼ね備え、さらには途方もない自信家と言う手のつけられない人格の持ち主であるが、割と、自分が知らないものに対して積極的に己の中に取り込もうとする一途さと素直さを兼ね備えている。
要するに、『専門バカ』であることをよしとしないのだ。
自分の知らない領域を知っている相手に対しては、無条件に敬意を払う――それは一種の謙虚さであり、人に好かれる要因の一つである。
――とまぁ、どうでもいい解説はここまでとしよう。
「……はぁ。
で、これがどうしたのですか?」
「まずこちらが、紅魔館で販売しております『魔法の吸血鬼ヴァンパイア☆レミィ』&『ヴァンパイア☆フラン』ちゃんの限定セットになります」
聞いてない。んなことどうでもいい。
青娥が示すのは、紅魔館のちっちゃい主とその妹様の形を模した人形であった。
少女らしいろりぷにさを出すために、手足を小さく、頭を大きく形成し、浮かべる顔はかわいらしい笑顔。ポーズは、片手にステッキ持って、主の方はその手を大きく挙げた勇ましいポーズ。一方の妹様は、それを左右に振っている、流れるようなポーズだ。
それに伴って、二人がまとうふりふりの衣装が大きくなびいている様子が再現されており、体のラインと足の角度が絶妙であった。
「一つ3800円。しかし、この二つがセットになった限定品は、限定10セットのみの超レア。
通常版と違うところは、この台座のところに凹凸がありまして、両者をくっつけることが出来ると言う点です。
また、限定版らしく、衣装が通常版とは異なっておりまして、こちらの衣装は『ヴァンパイア☆バトルモード』、通常版は『ヴァンパイア☆アクセラレートモード』と言います」
だからんなことどうだっていい。
華扇の視線など無視して青娥は語る。熱狂的な瞳と共に。声だけが落ち着いているのがすげぇ怖かった。
「無論、通常版も購入いたしました。すでにその通常版も手に入れることはかなわず、人里では10倍以上の値段がついていると聞きます。
そして、こちらのすごいところは、自分である程度は自在にポーズが変えられるというところ。
見てください、このかわいらしいポーズ!」
「……」
青娥の目の輝きが尋常ではなかった。
華扇は、何も言えなかった。何も言えないまま、『……なるほど。これが趣味の境地と言うやつか』と勝手に悟っていた。
「そしてそして、このフィギュアの恐ろしいところは、『R-18』指定がついているということっ!
通常版にはない特別仕様! 幻想郷倫理審査委員会を紛糾させた、この機構っ!
まさに信仰の塊ですわっ!」
ぜってぇちげぇ。
すさまじい頭痛をこらえながら、華扇は内心で呻いた。頭痛薬を探して右手を伸ばし、掴んだ瓶を、中身が空っぽになるまで傾けた後、ばりばりと薬を噛み砕いて飲み込む。
「はぁ~……素晴らしいっ!
あと、やはり全裸よりも脱ぎかけの方が燃えます!」
試したのかお前。
華扇の心の全力ツッコミなどどこへやら。
『続きまして――』と、青娥はそのフィギュアを、まるで宝物のようにいそいそとしまい、新たなフィギュアを取り出す。
「こちら!
こちらは、地底の有名姉妹を細部まで再現した『古明地さとり&こいし 旅館女将バージョン』ですっ!
無論、限定品っ! 発売日前日どころか三日前から徹夜して並び、やっとのことで購入いたしましたっ!」
取り出されたのは、説明どおり、地底の妖怪姉妹であるさとりとこいしのフィギュアだった。
旅館女将バージョンというだけあって和服である。
しかし、和服なのにミニスカであった。
まぁ、それはいいとしよう。
こちらは、先の吸血鬼姉妹よりも年上(?)な見た目を意識しているのか、ろりぷに度は低めであった。その代わりに、手足がすらっと長く、顔立ちもすっと引き締まっている。
かわいらしさと凛々しさを同時に兼ね備えた、なかなか見事なつくりであった。
さらに纏っている衣装は、触らずともわかる上質な絹が使われており、これだけで相当な値段がするだろうと思われる逸品である。
「何が限定品なのかと申し上げますと、こいしフィギュアは販売されないのです! この限定品のみ、ついてくるセット品っ!
……入手は非常に大変でした。フィギュアを巡って行われた、血で血を洗う争いを制するのに、どれほどの術を使うことになったか……。
思わず、旧都の一角をクレーターにしてしまいましたが、別段、責められることではないですわね」
責めるよ。つか責めろよ。誰か。
先日、文々。新聞という、幻想郷の生きる迷惑こと射命丸文と言う天狗が作る新聞に『旧都で謎の爆発事件! 重軽傷者多数!』という記事が載っていたが、その元凶がこいつだったらしい。
「どうですか、この見事な出来! ちょうど見返り美人となるような角度!
まさに芸術ですわっ!」
「……そうですか」
「さらにさらに! こう……ちょっとだけ、はらりと衣装を脱がすことも可能なのですっ!
これも幻想郷倫理審査委員会で『ぎりぎりセーフ』の判断をもらうのにすさまじい会議が行われた逸品っ!
さとりさんの胸の谷間の再現も見事ながら、こいしさんのふくらみかけも最高ですわ!
ちなみに和服なので下着は装備しないことも可能ですっ!」
青娥が持ってきた、このフィギュアが入っていたと思われる箱には『大きなお友達限定品』という文字が入っていた。
「お値段4000円! 少しお高いですが、その価値充分!」
鼻から愛をあふれさせる青娥に、とりあえずティッシュを勧めてから、華扇は席を立って胃薬を取りに行った。
空っぽだった。
「さらにさらにっ! こちら、命蓮寺で、つい先ほど手に入れてきたフィギュアです!」
戻ってきた華扇に、興奮冷めやらぬどころかボルテージを高めまくった青娥が新しいフィギュアを取り出していた。
「『妹ぬえちゃん七変化バージョン』! 『響子ちゃんアイドル衣装セット』!
お値段、どちらも、なんと驚きの3000円ですわ!
どちらも特別限定品ですけれど、まだ数はありましたから! 今から並べばぎりぎり最後の一個は手に入るかと!」
いらねぇ。
華扇はふらふらよろめきながら、何とか椅子の背もたれを握り締め、もつれる足で倒れこむように椅子の上に腰を下ろす。
「見てください、このぬえちゃん! 今回はなんと、頭のパーツを取り替えることで複数の表情を楽しめるのです!
しかも、驚きのフルアクションフィギュアなのですっ!
こんなポーズだったり、こんなポーズだったりっ! さらには、恥ずかしがりのお顔に変えて、こんな恥ずかしいポーズも出来たりするんです!」
セリフを付け加えるとしたら『……おにいちゃん、優しくしてね?』という感じだろうか。
そしてやっぱりと言うか何と言うか『シチュエーションフィールドセットも、後ほど、追加で販売する』というセリフを青娥は口にする。
それってたぶんにイメクラレベルのものじゃなかろうかと思ったが、華扇は何も言わなかった。
何も言わないまま、『どうして、もっと頭痛薬と胃腸薬、買い込んでおかなかったんだろう』と後悔していた。
「お洋服もこの位置までなら脱げると言う芸術品! これはまさに、『妹LOVE』の紳士淑女ならば買わずにはいられませんっ!
そして、響子ちゃん! どうですか! 見てください! このかわいらしいアイドル衣装!」
マイク持ってきらびやかな衣装をまとい、笑顔を浮かべる響子のフィギュアは、確かにかわいらしいものだった。
『うっうー』とかいうセリフが似合いそうだった。
「このような笑顔で、一生懸命、アイドルに励む姿を想像するだけで、もう、ご飯が3杯いけますっ!
さらにアイドルらしく、徹底したチラリズムっ! スカートの角度が絶妙ですわ!」
「……あ、もしもし。私、茨木歌仙と申します。
……はい、はい、はい。ええ、はい。頭痛と胃痛がひどくて……はい。ええ、今日、これからでも大丈夫です……はい。はい。
すいません、初診ですので……あ、はい、はい。ええ、はい。わかりました……よろしくお願いします」
熱弁を振るう青娥をシカトして、華扇は遠隔通信装置(永遠亭謹製)に向かって病院の予約をしていた。
「そして、茨華仙さま!
わたくしが何を言いたいかと申しますと、信仰と言うのは何かに化体して現れるものです!
それが像であったり紋章であったり、様々あるのはさておきましょう!
こうした『信仰を受けるもの』を、わたくしは作ろうと思うのです!」
「ええ……はい、そうですね……。いいんじゃないでしょうか……」
「ああ、ありがとうございます!
そう言ってくださると思って、すでに作ってきてますわ!」
作ったのかよ。
床の上に崩れ落ちそうになるのをこらえる華扇へと、青娥は『信仰の化体するもの』を取り出す。
「我が道教が誇る『神子ちゃん&布都ちゃんフィギュア』ですわっ!」
やっぱそうくるだろうなー、と思っていた華扇の予想を、青娥は全く裏切らなかった。
多分、彼女が作ったのだろうが、これまた見事なフィギュアがテーブルの上に置かれている。
かつての世では聖徳太子とまで言われた聖人を見事に再現した『神子ちゃんフィギュア』は、彼女の持つ気高さと孤高のかわいらしさが同居した逸品である。
うっすら浮かべた小さな笑顔、そしてそれを引き立てる、少しだけいじらしさを感じさせるポーズ。
小物の出来も完璧で、一体どれほどの労力をつぎ込んだのだろうと思われるほどだ。
対する『布都ちゃんフィギュア』は、とにかくかわいらしさ全開で突っ走るフィギュアである。
笑顔でこちらに駆けてくる彼女をイメージして作り上げられたそれは、満面の笑みを浮かべ、大きく振り上げた手と、舞い上がる足が躍動感を感じさせる。さらに、うっすら上気した頬が愛らしさを炸裂させ、翻るスカートの中も完璧な作りこみであった。
「まずは全年齢から! そしてゆくゆくはR-18!
……芳香を作れないのが、これほど悔しいと思ったことはありません! いずれは正式なグッズとして、芳香フィギュアも作らなくてはいけませんよね!?」
「……そうですね」
つか好きにしろ。てか帰れ。もう。
華扇はため息をついた。
もうどうしたらいいかわからなかった。自分は仙人としてまだまだなんだと、彼女はこの時、痛感した。
「わたくし、頑張ります! 茨華仙さまの応援があるのですもの!」
応援なんてしてねぇよ。
そんな華扇の呻きも、青娥には聞こえない。
「それでは、ごきげんよう。
本日はお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。
失礼致しますね」
彼女は後生大事にフィギュアをいそいそしまいながら、ぺこりと頭を下げて、華扇の家を後にした。
華扇は一人、その場で椅子に座っていたが、ややしばらくしてからふらふらと立ち上がり、「……病院に行ってきますね」とペット達に向けてつぶやいたのだった。
ちなみに、その後、人里では青娥の伝える道教が広く伝わり、幻想郷の新たな宗教の流れが誕生することになる。
その立役者となった『神子ちゃん&布都ちゃんフィギュア』は、その驚異的売り上げのため、超レアと化し、
「次は神子ちゃんフィギュア! 未開封新品!」
「1万だ!」
「2万!」
「3万出すわっ!」
「バカやろう、俺は5万からいくぜっ!」
「布都ちゃんフィギュア、どなたか買いませんか? 未開封なんですけど……」
「5万からどうだい? お嬢ちゃん」
「俺は10万出すぜ!」
「甘いわね……。あたしは、今月の儲け全部出すわよ!」
――という具合に、人里で活発な取引が行われるようになったという。
「……霍青娥」
「あら、どうなされたのでしょう。
そんな『げっ、こいつかよ』みたいなお顔をなされて」
美人が台無しですわ、とくすくす笑う青娥の顔は、むかつくくらいに妖しい魅力をたたえた美女の顔だった。
テーブルに突っ伏して頭抱えている茨木華扇は、何とかかんとか、彼女の方へと視線を向ける。
「……どうやってここに?」
「あちらの大鷲の足にこっそりぶら下がってきました」
「なぜ気づかない!?」
問われた大鷲は、『いや、だって、その……』と言わんばかりの顔でうろたえる。
恐らく、青娥のことだ。ぶら下がって、と言いつつもほとんど己の力で飛行してきたのだろう。
となれば、足にちょっとした違和感があったとしても、『気のせいか』ですましてしまうのは決して責められることではない。
まぁ、それはともあれ。
「茨華仙さま。
わたくし、人里で道教を広めようと思うのです」
「……ええ、まぁ、それはどうぞご自由にとしか……」
「しかしながら、今、人里ではあらゆる面から信仰の獲得競争が行われておりまして、新規・新参のわたくし達にとってはなかなか不利な状況――」
世の中、何であろうと先達の利益と言うものはかくあるものである。
困ったような顔を浮かべる青娥に、『それは仕方ないでしょう』と華扇は言った。
「そこで、どうにかして、信仰を集める――まず、注目を集めることから、わたくしは始めようと思いました」
「ええ、それはまぁ……」
どんな見事な説法も、聞き入れてもらえなければ意味はない。
民衆の耳目を集めることから始めると言う青娥の戦略は、間違っていない。
しかし、華扇は、『もうどうでもいいから好きにしてよ私巻き込まないでよ』と言う顔をしていた。
「そのために、いいお知恵をお貸し願えれば、と……」
「……私は、別段、誰かの信仰を集める必要がある立場にありませんから。
何とも言えないというのが本音です」
「そうですわね……。
さすがは茨華仙さま。己の分をわきまえ、必要以上に見栄を張らない――その謙虚さは見習うべきところです」
いやこれ普通でしょどう考えても。
――と、ツッコミ入れたかったが、華扇はそれをぐっと我慢した。
なぜか、青娥の中で、華扇の評価は異様に高い。そして、そのような評価を頂いているというのは、相手の勘違いに端を発するというものでもない限り、歓迎すべきことだ。
問題は、その『評価』が思いっきり『勘違い』が原因ということなのだが。
「いや、ですからね……」
そして、その勘違いを、何とかして解いてやる必要があると、常々、華扇は考えていた。
そのためには、自分は青娥が評価するような『仙人』であらねばならない。
俗世を捨て、己の欲を捨て、ただ清貧かつ孤高に生きる――そんな存在であらねばならない。
そうした態度をもってこそ、初めて青娥に『私は、あなたの考えるようなものではありません』と言えるのである。
妙に俗っ気たっぷりのツッコミなどは論外であった。
「……やはり、これもまた、己の修行の一つ。
他者を頼ることなく、己の力で、まずは事の解決に当たるべき。それでもどうしようもなければ、初めて他者の力を借りる――厳しくも慈愛に満ちた、茨華仙さまの方針なのですね」
うわどうしよ余計に勘違い深くしたよこいつ。
頭抱えてテーブルにおでこ激突させて、華扇は呻いた。
時々、青娥はわざとこんなことぬかして己をからかっているのではないかと思うことがある。
しかし、相手の目を見れば、華扇も仙人やって長いのだ、大体、相手の内面を推し量ることは出来るようになっている。その長年の経験と、仙人として積み重ねてきた己の徳が語っている。
『こいつマジだ』
――と。
「では、茨華仙さま。
わたくし、このような手段を考えたのですが、いかがでしょうか」
「……なぜ、それを私に聞くのですか」
「それはやはり、茨華仙さまが、この幻想郷において、わたくしの先達であるからです」
おでこ真っ赤にした華扇に、あくまで笑顔を崩さず答える青娥。
腹の中でこっちのこと笑ってるんだろうか。いや、違うな、全然。
――と、頭の中で組み立てる文法すら崩れつつある華扇であった。
「……で、何ですか?」
「はい。
まずはこれを」
と、青娥が懐から取り出したのは、
「……人形、ですか?」
「茨華仙さま。『人形』ではありません。『お人形さま』でもありません。これは『フィギュア』と言うのです」
――ということを、山の上の巫女から教わりました、と青娥。
この青娥、深謀遠慮かつ腹黒さを兼ね備え、さらには途方もない自信家と言う手のつけられない人格の持ち主であるが、割と、自分が知らないものに対して積極的に己の中に取り込もうとする一途さと素直さを兼ね備えている。
要するに、『専門バカ』であることをよしとしないのだ。
自分の知らない領域を知っている相手に対しては、無条件に敬意を払う――それは一種の謙虚さであり、人に好かれる要因の一つである。
――とまぁ、どうでもいい解説はここまでとしよう。
「……はぁ。
で、これがどうしたのですか?」
「まずこちらが、紅魔館で販売しております『魔法の吸血鬼ヴァンパイア☆レミィ』&『ヴァンパイア☆フラン』ちゃんの限定セットになります」
聞いてない。んなことどうでもいい。
青娥が示すのは、紅魔館のちっちゃい主とその妹様の形を模した人形であった。
少女らしいろりぷにさを出すために、手足を小さく、頭を大きく形成し、浮かべる顔はかわいらしい笑顔。ポーズは、片手にステッキ持って、主の方はその手を大きく挙げた勇ましいポーズ。一方の妹様は、それを左右に振っている、流れるようなポーズだ。
それに伴って、二人がまとうふりふりの衣装が大きくなびいている様子が再現されており、体のラインと足の角度が絶妙であった。
「一つ3800円。しかし、この二つがセットになった限定品は、限定10セットのみの超レア。
通常版と違うところは、この台座のところに凹凸がありまして、両者をくっつけることが出来ると言う点です。
また、限定版らしく、衣装が通常版とは異なっておりまして、こちらの衣装は『ヴァンパイア☆バトルモード』、通常版は『ヴァンパイア☆アクセラレートモード』と言います」
だからんなことどうだっていい。
華扇の視線など無視して青娥は語る。熱狂的な瞳と共に。声だけが落ち着いているのがすげぇ怖かった。
「無論、通常版も購入いたしました。すでにその通常版も手に入れることはかなわず、人里では10倍以上の値段がついていると聞きます。
そして、こちらのすごいところは、自分である程度は自在にポーズが変えられるというところ。
見てください、このかわいらしいポーズ!」
「……」
青娥の目の輝きが尋常ではなかった。
華扇は、何も言えなかった。何も言えないまま、『……なるほど。これが趣味の境地と言うやつか』と勝手に悟っていた。
「そしてそして、このフィギュアの恐ろしいところは、『R-18』指定がついているということっ!
通常版にはない特別仕様! 幻想郷倫理審査委員会を紛糾させた、この機構っ!
まさに信仰の塊ですわっ!」
ぜってぇちげぇ。
すさまじい頭痛をこらえながら、華扇は内心で呻いた。頭痛薬を探して右手を伸ばし、掴んだ瓶を、中身が空っぽになるまで傾けた後、ばりばりと薬を噛み砕いて飲み込む。
「はぁ~……素晴らしいっ!
あと、やはり全裸よりも脱ぎかけの方が燃えます!」
試したのかお前。
華扇の心の全力ツッコミなどどこへやら。
『続きまして――』と、青娥はそのフィギュアを、まるで宝物のようにいそいそとしまい、新たなフィギュアを取り出す。
「こちら!
こちらは、地底の有名姉妹を細部まで再現した『古明地さとり&こいし 旅館女将バージョン』ですっ!
無論、限定品っ! 発売日前日どころか三日前から徹夜して並び、やっとのことで購入いたしましたっ!」
取り出されたのは、説明どおり、地底の妖怪姉妹であるさとりとこいしのフィギュアだった。
旅館女将バージョンというだけあって和服である。
しかし、和服なのにミニスカであった。
まぁ、それはいいとしよう。
こちらは、先の吸血鬼姉妹よりも年上(?)な見た目を意識しているのか、ろりぷに度は低めであった。その代わりに、手足がすらっと長く、顔立ちもすっと引き締まっている。
かわいらしさと凛々しさを同時に兼ね備えた、なかなか見事なつくりであった。
さらに纏っている衣装は、触らずともわかる上質な絹が使われており、これだけで相当な値段がするだろうと思われる逸品である。
「何が限定品なのかと申し上げますと、こいしフィギュアは販売されないのです! この限定品のみ、ついてくるセット品っ!
……入手は非常に大変でした。フィギュアを巡って行われた、血で血を洗う争いを制するのに、どれほどの術を使うことになったか……。
思わず、旧都の一角をクレーターにしてしまいましたが、別段、責められることではないですわね」
責めるよ。つか責めろよ。誰か。
先日、文々。新聞という、幻想郷の生きる迷惑こと射命丸文と言う天狗が作る新聞に『旧都で謎の爆発事件! 重軽傷者多数!』という記事が載っていたが、その元凶がこいつだったらしい。
「どうですか、この見事な出来! ちょうど見返り美人となるような角度!
まさに芸術ですわっ!」
「……そうですか」
「さらにさらに! こう……ちょっとだけ、はらりと衣装を脱がすことも可能なのですっ!
これも幻想郷倫理審査委員会で『ぎりぎりセーフ』の判断をもらうのにすさまじい会議が行われた逸品っ!
さとりさんの胸の谷間の再現も見事ながら、こいしさんのふくらみかけも最高ですわ!
ちなみに和服なので下着は装備しないことも可能ですっ!」
青娥が持ってきた、このフィギュアが入っていたと思われる箱には『大きなお友達限定品』という文字が入っていた。
「お値段4000円! 少しお高いですが、その価値充分!」
鼻から愛をあふれさせる青娥に、とりあえずティッシュを勧めてから、華扇は席を立って胃薬を取りに行った。
空っぽだった。
「さらにさらにっ! こちら、命蓮寺で、つい先ほど手に入れてきたフィギュアです!」
戻ってきた華扇に、興奮冷めやらぬどころかボルテージを高めまくった青娥が新しいフィギュアを取り出していた。
「『妹ぬえちゃん七変化バージョン』! 『響子ちゃんアイドル衣装セット』!
お値段、どちらも、なんと驚きの3000円ですわ!
どちらも特別限定品ですけれど、まだ数はありましたから! 今から並べばぎりぎり最後の一個は手に入るかと!」
いらねぇ。
華扇はふらふらよろめきながら、何とか椅子の背もたれを握り締め、もつれる足で倒れこむように椅子の上に腰を下ろす。
「見てください、このぬえちゃん! 今回はなんと、頭のパーツを取り替えることで複数の表情を楽しめるのです!
しかも、驚きのフルアクションフィギュアなのですっ!
こんなポーズだったり、こんなポーズだったりっ! さらには、恥ずかしがりのお顔に変えて、こんな恥ずかしいポーズも出来たりするんです!」
セリフを付け加えるとしたら『……おにいちゃん、優しくしてね?』という感じだろうか。
そしてやっぱりと言うか何と言うか『シチュエーションフィールドセットも、後ほど、追加で販売する』というセリフを青娥は口にする。
それってたぶんにイメクラレベルのものじゃなかろうかと思ったが、華扇は何も言わなかった。
何も言わないまま、『どうして、もっと頭痛薬と胃腸薬、買い込んでおかなかったんだろう』と後悔していた。
「お洋服もこの位置までなら脱げると言う芸術品! これはまさに、『妹LOVE』の紳士淑女ならば買わずにはいられませんっ!
そして、響子ちゃん! どうですか! 見てください! このかわいらしいアイドル衣装!」
マイク持ってきらびやかな衣装をまとい、笑顔を浮かべる響子のフィギュアは、確かにかわいらしいものだった。
『うっうー』とかいうセリフが似合いそうだった。
「このような笑顔で、一生懸命、アイドルに励む姿を想像するだけで、もう、ご飯が3杯いけますっ!
さらにアイドルらしく、徹底したチラリズムっ! スカートの角度が絶妙ですわ!」
「……あ、もしもし。私、茨木歌仙と申します。
……はい、はい、はい。ええ、はい。頭痛と胃痛がひどくて……はい。ええ、今日、これからでも大丈夫です……はい。はい。
すいません、初診ですので……あ、はい、はい。ええ、はい。わかりました……よろしくお願いします」
熱弁を振るう青娥をシカトして、華扇は遠隔通信装置(永遠亭謹製)に向かって病院の予約をしていた。
「そして、茨華仙さま!
わたくしが何を言いたいかと申しますと、信仰と言うのは何かに化体して現れるものです!
それが像であったり紋章であったり、様々あるのはさておきましょう!
こうした『信仰を受けるもの』を、わたくしは作ろうと思うのです!」
「ええ……はい、そうですね……。いいんじゃないでしょうか……」
「ああ、ありがとうございます!
そう言ってくださると思って、すでに作ってきてますわ!」
作ったのかよ。
床の上に崩れ落ちそうになるのをこらえる華扇へと、青娥は『信仰の化体するもの』を取り出す。
「我が道教が誇る『神子ちゃん&布都ちゃんフィギュア』ですわっ!」
やっぱそうくるだろうなー、と思っていた華扇の予想を、青娥は全く裏切らなかった。
多分、彼女が作ったのだろうが、これまた見事なフィギュアがテーブルの上に置かれている。
かつての世では聖徳太子とまで言われた聖人を見事に再現した『神子ちゃんフィギュア』は、彼女の持つ気高さと孤高のかわいらしさが同居した逸品である。
うっすら浮かべた小さな笑顔、そしてそれを引き立てる、少しだけいじらしさを感じさせるポーズ。
小物の出来も完璧で、一体どれほどの労力をつぎ込んだのだろうと思われるほどだ。
対する『布都ちゃんフィギュア』は、とにかくかわいらしさ全開で突っ走るフィギュアである。
笑顔でこちらに駆けてくる彼女をイメージして作り上げられたそれは、満面の笑みを浮かべ、大きく振り上げた手と、舞い上がる足が躍動感を感じさせる。さらに、うっすら上気した頬が愛らしさを炸裂させ、翻るスカートの中も完璧な作りこみであった。
「まずは全年齢から! そしてゆくゆくはR-18!
……芳香を作れないのが、これほど悔しいと思ったことはありません! いずれは正式なグッズとして、芳香フィギュアも作らなくてはいけませんよね!?」
「……そうですね」
つか好きにしろ。てか帰れ。もう。
華扇はため息をついた。
もうどうしたらいいかわからなかった。自分は仙人としてまだまだなんだと、彼女はこの時、痛感した。
「わたくし、頑張ります! 茨華仙さまの応援があるのですもの!」
応援なんてしてねぇよ。
そんな華扇の呻きも、青娥には聞こえない。
「それでは、ごきげんよう。
本日はお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。
失礼致しますね」
彼女は後生大事にフィギュアをいそいそしまいながら、ぺこりと頭を下げて、華扇の家を後にした。
華扇は一人、その場で椅子に座っていたが、ややしばらくしてからふらふらと立ち上がり、「……病院に行ってきますね」とペット達に向けてつぶやいたのだった。
ちなみに、その後、人里では青娥の伝える道教が広く伝わり、幻想郷の新たな宗教の流れが誕生することになる。
その立役者となった『神子ちゃん&布都ちゃんフィギュア』は、その驚異的売り上げのため、超レアと化し、
「次は神子ちゃんフィギュア! 未開封新品!」
「1万だ!」
「2万!」
「3万出すわっ!」
「バカやろう、俺は5万からいくぜっ!」
「布都ちゃんフィギュア、どなたか買いませんか? 未開封なんですけど……」
「5万からどうだい? お嬢ちゃん」
「俺は10万出すぜ!」
「甘いわね……。あたしは、今月の儲け全部出すわよ!」
――という具合に、人里で活発な取引が行われるようになったという。
ところでリアルグレード屠自古マダ?
欲望に身を任せ同化する…
BB…お姉さま方の化体も作っていいのよ
ところで、冬服魔理沙はあるかな?
にしても青蛾さんぶれないなぁw
てかこの幻想郷はロリコンだらけやなw