『ね、ねえフラン』
『……らによ』
『酔ってるよね?』
『酔ってない』
『……いや、酔ってるよね? すっごいお酒く』
『酔ってない!』
『……』
『なによ、言いたいことあるなら言えばいいでしょ。どうして黙るの』
『……い、言いたいことなんて無いよ?』
『嘘つき! なんで嘘つくの!』
『う、嘘なんてついてないよ! 本当に言いたいことなんて』
『それも嘘なんでしょ! こいしはいっつもそう!
来るって言ったのに来ないしどこにも行かないって言ったのに行っちゃうし! とにかくもう嘘ついちゃだめ嘘つかないで!』
『わ、わかりました……』
『ほら、言いたいことあるんでしょ、早く言って。五秒以内に言わないと噛むから。ごーよんさんにーい』
『な、なんでそんなにも不機嫌なのかなって!」
『……なに、意味わかんない。どういうこと』
「え、えぇっ? どういうことって、えと、その……。
フラン、めちゃくちゃ機嫌悪いから、何か嫌なことでもあったのかな、って思って……』
『意味分かんない。別に機嫌悪くないし。怒ってないし。イライラしてないし。
だってこいしがどこで誰と何してようが私には関係ないもん。そうだよ? 私には関係ないよ? そんなの分かってるけど見てるとイライラするしムカつくの!!』
『ご、ごめん……』
『……へー、謝るんだ。謝るってことは自分がどんな悪いことしたか分かってるってことだよね? じゃあ説明してよ。なんで私が機嫌悪いか今すぐ説明して』
『えっ』
『早く説明して。三秒以内に説明しないと噛むから。はい、さーんにーいー』
『ごめんなさい分かんないです!』
『……とりあえず謝れば済むって思ったんでしょ。いっつも謝れば済むって思ってるんでしょっ!?
ごめんねごめんねって、いっつもそうやって謝るだけで、私の気持ちも何も知らないで何もしてくれなくて……! やっぱり噛む』
『へっ? まっ、フラ、きゃあぁっ!?』
~しばらくお待ちください~
『……いたい』
『こいしが悪いんだもん。謝らないから』
『そんなこと言われても……身に覚えがないし……横暴だし……』
『なに開き直ってるの? ナマイキ、ムカつく。もう一回噛む』
『ちょ、まっ』
~もうしばらくお待ちください~
『……ふんっ、こいしが悪いんだからね』
『ごめんなさい……』
『またそうやって謝る……もう謝るだけじゃ許さない。ちゃんと誓って。それで償って』
『ふぇ?』
『私以外の誰かとイチャイチャしないって誓ってっ! 他の誰よりも私を大切にするって約束して!』
『え、えぇ……』
『なに、その顔。ムカつく。もう一回』
『わ、私! 誰かとイチャイチャなんてしてないよ……?』
『緑色の巫女相手にデレデレしてた』
『お酒とか食べ物もらったら、誰だって嬉しいよね……』
『魔理沙と一緒に抱き合ってた』
『あ、あれは酔った魔理沙が絡んできただけだよ。他の人にも抱きついてたし』
『胸のおっきい鬼とキスしてた』
『してないよ!? さ、されそうにはなったけど……あれはあの人が酔うとキス魔になるからで、私だけじゃ』
『紫髪の女の人と食べさせ合いっこしてた』
『!?』
『こいし、その人とずーっとイチャイチャしてた。その人といる時いっちばんデレデレしてた。ピンクオーラ全開だった。
あの人なに? 誰? こいしの何なの? なんであんなにもこいしに馴れ馴れしいの? どうしてこいしとお揃いのアクセなんて付けてたの?
今すぐ全部分かりやすく答えて。一秒以内。じゃないと思いっきり噛んで吸う。いー』
『吸うのはダメだって!? ちょ、まっ、きゃあ!? だ、だめだめ! 吸うのはホントにだめだって!!』
『じゃあ早く答えてよ! あの人はこいしのなんなのどこの誰なの!? なんであんなに馴れ馴れしいのなんであんなに仲良いの!?』
『ちょ、まっ。い、言う。言うから落ち着いてフラン! とりあえず私の上から離れ』
『絶対いや!! そんなこと言って逃げるつもりなんでしょ!?
逃げてあの人とイチャイチャするつもりなんでしょ!? もういい噛む、噛んでいっぱい吸』
『お姉ちゃんなのっっ!!』
『……えっ?』
『そ、その人は、私のお姉ちゃん……です』
『う、うそ……だ、だってこいし、今日はお姉さん来てない、って……』
『……』
『……』
『噛む』
『ちょっ』
~しばらくお待ちください~
『あうぅぅ……』
『……こいしのばか。ばかばかばか!』
『ごめんなしゃい……』
『またそうやって謝るし嘘つくし!』
『ごめんなしゃい……』
『もう謝るだけじゃ絶対に許さないもん……ちゃんと責任取ってもらうんだから……』
『せ、責任って、私なにも』
『しのごの言わないの! こいしが悪いんだから当たり前でしょ!』
『は、はひ……』
『まず、今日一日はずっと私と一緒にいて』
『!?』
『お姉さんのとこ絶対に行っちゃダメ。行こうとしたって行かせないんだから』
『ふ、フラン……』
『ふん、そんな顔したって許してあげないもん。……ばかこいし』
『……ど、どうしたら許してくれるのかな?』
『……私の言うこと聞いてくれたら、許してあげないことも、ない』
『た、例えば?』
『……して』
『へ?』
『だ、だから……ス、して』
『あの、もう少しだけ大きい声で』
『おお、お酒持ってきてって言ったのっ! こいしのばか! とーへんぼくっ!!』
『と、とーへんぼくって……お酒っ!? ダメだよフラン! これ以上飲むのは流石に』
『うるさい! 飲むったら飲むの! こいしは私の言うこと聞いてればいいの! ほら、そこにあるの取って! 早く!』
(今の状態でこんなにも酔ってるのに、これ以上飲ませたら……! いや、待てよ。むしろこのまま飲ませて酔い潰してしまえば……ってダメダメ!
飲み過ぎるのは体に悪いし、何よりフランはお酒に弱いんだからしっかり止めないと……! でも、もしこんなとこお姉ちゃんに見られたりしたら……)
『……言うこと聞いてくれない上に、無視したりするんだ。……そんなに噛まれ』
『それよりもこっちのが美味しいからいっぱい飲んでみて欲しいな! 私が入れてあげるからフランは好きなだけ飲んで!』
『……最初からそう言えばいいのに。あと、入れるだけじゃなくてこいしも飲むんだからね』
『えっ』
――――――――――――――――
「……フラン? もしかして、寝ちゃった……?」
「ん、んぅ……」
「も、もしもーし。フランさーん……起きないと、帰っちゃうよー……?」
「んぅ……こいし……」
「……寝てくれた、よね。寝てる、よね……」
肩をかるーく揺すったり、頬をそーっと突いたりとあまり意味のないことをしてみる。
当たり前のように反応しないフラン。その寝顔はとても健やかで、起きだす気配は一切しない。
そんな膝元の少女の様子に私は思わず溜め息を吐いた。ぼんやりとしたりはっきりとしたりを繰り返す視界。ぼーっとしていると体が右に傾いていく。
これ以上飲まされていたら危なかっただろうな、と心の中でごちる私にも相当に酔いが回っているようで、今の状態ではロクに空も飛べそうになかった。
「まさかフランの酒癖がこんなにも悪いなんて……」
普段は大人しくて遠慮がちで、小動物のようにさえ感じるフランがあんな風になるとは……これからは絶対に飲ませ過ぎないようにしなきゃ。
って言っても、私がフランに捕まった時にはもう出来上がった状態だったんだけど……どうして咲夜たちは止めなかったんだろう。
このことを知らないはずないだろうし、気付いたときにはみんな居なかったし……うぅ、ダメだ。頭がくらくらする……。
水が飲みたい。そう思い辺りを見渡してみると、随分と人気が少なくなっていることに気が付いた。
後片付けをしている人が数人と、私たちのような人らがちらほらといるだけで、百人近く居た人たちのほとんどが姿を消している。
どうやら宴会はとっくに終わりを告げていたらしい。あれだけ騒がしかったのに、その変化にさえ気付けないなんて……。
「あれ、そういえばお姉ちゃんたちは……」
帰った、のかな。え、ってことは、置いてかれ……いや、違う。私、フランと一緒になってから能力使ってたんだ。
お姉ちゃんに見つかったらまずいと思って、私とフランの無意識を操って……。つまり、この状況を作り出したのは……。
「うぅ、頭痛くなってきた……。もうどうでもいいや、とりあえず今日は霊夢のとこにお世話になろう……」
酔っぱらいのための仮眠所みたいな場所を用意してるはずだし、とりあえず今日はそこで一夜を過ごそう。
もう今はこれ以上頭が痛くなることを考えたく無いし、何より早く寝たいし……あと少しだけ頑張れ、私。
ぱちぱちと自分の頬を叩き、ぐっすりと眠るフランを抱えて神社に向かおうとしたその時。
「ご機嫌よう。宴会は楽しめたかしら?」
後ろから、聞き馴染みの無い声。反射的にそちらへ振り向いた私は、想像の遥か上を行くその声の主に目を丸くさせられる。
月の光を浴びながら、妖しく揺らめくその姿―――八雲紫と言えば、この幻想郷で知らない者はいないだろう。
「ふふ、そんなに警戒しなくてもいいわよ。取って食いに来たわけじゃないんだから。まあ、興味が無い、と言えばそれは嘘になるけれど」
「え、えっと、何の御用でしょうか……?」
「霊夢に頼まれてるのよ。帰れなくなった人たちを送り返すようにって。泥酔した魔理沙が畳に吐いてから、もう絶対に家の中に酔っぱらいは入れないとかで」
「ってことは……」
「私の能力で家まで飛ばしてあげるわ。ゆっくり休みなさい」
「ホントに!? っ、す、すみません……ありがとうございます」
「そんなにも謙遜しなくていいわよ。私自身好きでやってるみたいなもんだし。……ふふ、貴女たちは可愛いから特別にサービスしてあげるわ」
「? それってどうい」
「ま、ゆっくり楽しみなさいな」
―――――――――――――――――――
「う意味ですか?」
目の前にいたはずの人が、突然消えた。
ただ、そうとしか表現ができなかった。
今、私の視界に広がっているのは、窓から注す月明かりにうっすらと照らされた自分自身の部屋。そして……。
自らが置かれている状況を理解したのは、しばらく経ってからのことだった。
「ん、んぅ……すぅ、すぅ……」
私のベッドの上、すぐ隣にフランが眠っている。
裸で。
「こいしぃ……ん、ぁ……」
人はあまりにも混乱しすぎると冷静になるらしい。無言でフランの体にタオルケットをかけると、私は大きく深呼吸した。
一体何が起こったのか。この状況は一体なんなのか―――ただ一つ言えることは、あのスキマ妖怪がとんでもないことをしてくれたということだ。
私の部屋。酔った二人。裸のフラン。
この状況証拠から導かれる答えは一つしか無いだろう。第三者の立場からこの現場を考えるに、『そういうこと』以外を想像するほうが難しい。
そして当事者であるフランにとっても、それは当てはまることで。
フランが起きたとき、どうすればこの誤解を解けるのだろう。
このあとどのように動けば、この現場を誰の記憶にも残さず、且つフランがここ地霊殿にいたという事実すらも抹消することが出来るのだろう。
そんなことを回らない頭で考えようとしていたこと自体が間違いだった。
私は何をするよりも先にこの部屋から抜け出すべきだったのだ。
フランが私の手首を掴んでいることに気が付いたときにはもう、何もかもが遅すぎた。
「―――っ!?」
予期せぬ力に傾く体。突然の出来事に反応出来るはずもなく、酔いが回り平衡感覚が悪くなったそれを支えられるはずもなく。
体と体が重なる。
重力に圧され、フランに引かれ。
フランが下で、私が上で―――
「なっ、なな……!?」
「ふみゅう……」
腕を背中に回されて、体をぎゅっと抱きしめられる。私とフランはこれ以上ないくらいに密着する。
タオルケットを巻き付けただけと言ってもいいその姿。薄い布地の隙間からこぼれる素肌の感触が、とても柔らかくて温かい。
アルコールとフランの匂いが混じったような、甘酸っぱくて濃い香りがいっぱいにして、頭がくらりとして、全身の力が抜けていって……。
「ふぁ……ぁ……」
起き上がらないといけないのに、早く離れないといけないのに、体が言うことをきかない。
フランの温もりがどんどん私の体に広がっていく。溶け込んでいく。
違う二つの体と体が一つになっていくようなその感覚が、どうしようもなく心地よくて気持ちよくて。
ふわり。意識が宙に浮いていく。だんだんまぶたを開けていられなくなる。
視界がゆっくりとブラックアウトしていく―――もうとっくに限界だったらしい。
意識が無意識に変わるその瞬間。
私はフランの体を強く抱きしめ返すと、そのうなじに顔を埋めた。
ただ今、この瞬間が、とても気持ちよくて幸せだった。
―――――――――――――――――――
『ふんふんふんふーん、あーさですよー、あっさですよー……失礼しまーす。こいしさまー、朝ですよー。起きてま、す……か…………』
『? どうしたのお空、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。こいし様は起きてた?』
『……』
『お空?』
『は、ハダカの女の人がいた』
『は?』
『は、ハダカの女の人と、こいしさまが……だ、抱き合ったまま、寝てた……』
『……え、えっと、さとり様じゃなくて?』
『し、知らない人』
『…………』
『…………』
――――――――――――――――――――
「ん、んぅ……あー……あたまいたい……」
確実に二日酔いだこれ……。昨日いつ寝たんだろう……飲んだことすら思い出せないし……。うぅ、気持ち悪い。ダメだ、起きれそうに無い。
もう一度寝ようと寝返りを打ったその時、体が何かに当たった。
なんだろう、これ……温かくて、すべすべしてて……まるで人、みたいな……。
あ、そっか……お姉ちゃんだ……。いつもみたいに、私の布団に潜り込んで来た、お姉ちゃんが……。
腕を回し、その体を引き寄せる。抱き心地の良いそれ。ぎゅっと抱きしめ、顔を埋めて。
「ん、みゅぅ……」
あぁ。とても良い匂いがする。するのだけれど……なんだろう、この感じ。
いつもと違うと言うか、あまり馴染みの無い匂いというか……。抱き心地もどこか違う気がするし、何より、この手触りが……。
「ん……ぁっ……」
すごくいい手触り……。柔らかくて、すべすべしてて……ずっと触っていたくなる……。
赤ちゃんの素肌みたいな……素肌、みたいな……肌?
なんとなく目を開けると、ピントがずれたみたいにぼやけた世界がそこに広がる。
ぱちくりと何回かまばたきをして数秒後―――私の思考は完全に停止する。
そこにあるはずの紫髪がなかった。
代わりにあったのは、光を受けて煌めく、鮮やかな金髪だった。
「すぅ、すぅ……んぅ」
それはあまりにも強烈な目覚ましだった―――
「な、な、ななな……!? ふ、フラっ……!?」
反射的に体が飛び上がりそうになるが、私の優秀な理性が瞬時にリミッターをかける。
勢いに任せ乱暴に離れてしまうと、その衝撃でフランが起きてしまうかもしれない―――そんなことが頭を過った時にはもう、体の動きは止まっていた。
体の動きは止まったけれど、現状を理解するには及ばなかった。
ど、どうしてフランが私の部屋に、て、てか、なんで服着てないのっ!? 一体何がどうなって……っ!
ずきんと頭に鋭い痛みが走る。不意に記憶がよみがえっていく。宴会、お酒、八雲紫……。そして、寝てる場合じゃないのに寝てしまったこと……!
すべてが夢であってくれたら、どれだけ幸せだっただろうか。
そんなことを思うと同時に、これから始まるであろう受難を想像し目眩がした。
このまま倒れてしまいたくもなるけれど、そうもいかなくて……頑張れ、超頑張れ私。
とりあえず、フランから離れよう。起こさないようにゆっくりと。
どう動くか考えるためにも、まずは今の状況を把握しようとするけれど……まじまじと見るには、このフランの姿はあまりに刺激が強すぎた。
タオルケットからこぼれる白い肩、細い足。背中に至ってはその薄い布では覆いきれていなくて、生えてある羽の付け根までもはっきり見える。
かろうじて胸と下腹部が隠れているといった状態で……こ、こんな格好をしたフランを一日中抱きしめて寝ていたなんて……。
い、今も私の腕の中にいるんだけど……うぅ、どうしよう。すごくドキドキしてきた……昨日は酔っていたおかげで意識せずにすんだのだろうけど、今は……。
「んっ……こいし……」
「~~~っ!」
だ、ダメだ。早く抜け出さないと……! この状況は流石に……。
ゆっくりとフランの背中に回していた手を離すと、腕を引き抜く。
私のパジャマの裾を掴んでいたフランの手を優しく解いて、タオルケットをかけ直し。そーっとフランから離れようとしたそのとき。
―――ガチャ。
部屋の扉が開く音がした。
立て続けざまに同じ音が室内に響く。
私とフラン以外の誰かの気配をはっきりと感じた。その誰かはゆっくりと、確実にこちらに近づいてきている。
あと数秒もしないうちに私たち二人が視界に入る場所まで来る―――そう判断した瞬間、私はフランの体に身を寄せ、二人分の無意識を操った。
これで私たちがこの部屋にいることを認識することは絶対に出来ない。第三者からは、この部屋が無人にしか思えなくなる。
完璧な判断だった。
特に意味は無いけれど、雰囲気的に息を潜め、何者かが去るのを待つ。
ぱた、ぱた、ぱた。
大人しい足音が部屋の中心に来て、ぴたりと止まった。
静謐な時間。張りつめたその空気に、私は思わず息を呑む。
見つかるはずがない。気付けるはずがない。分かっていても、緊張は解けなかった。
一体誰なんだろう。確認しようと思えば出来るはずなのに……体は動かせなくて。
少しでも動いた瞬間、気付かれるような気がして。
ぱた、ぱた、ぱた。
大人しい足音が近づいてくる。それに呼応するように心臓の音が大きくなる。
緊張の糸は限界まで張りつめられていた。
喉をゆっくりと絞められていくような感覚。内蔵がきりきりと痛みだす。
耐えかねた私がその誰かの姿を確認しようとして―――
「見つけた」
心臓が一瞬止まった。
私の肩に添えられている手。私が誰よりも知っているその人の手。
ぎし、とベッドの軋む音がした。
そう思ったときにはもう抱きしめられている。
息遣い、鼓動、温もり、全てを鮮明に感じて、全てがその人の存在を証明していて―――
「ねえ、こいし……どうして、隠れてたの……?」
熱い吐息まじりの声。耳元で囁くように問いかけられる。
ぞくぞくとした何かが全身を這い、心臓はおかしくなったみたいにバクバクと脈打つ。
もう頭の中は真っ白だった。
この場を取り持つ言葉なんて思いつくはずが無く、ただ、恐怖にも似た感情に震え上がるだけだった。
「寝てるの……? そんなこと、ないわよね……。だって、さっきまでいなかったんだから……」
「っ……!」
「ねえ、どうして無視するの……? 答えて……こいし……」
寝言のような、独り言のような……力の無いお姉ちゃんの声。
逃げ道を完全に塞がれた私は極限にまで追いつめられていた。
瞳に涙が滲み始める。
何もしてないのに……何も悪く無いのに、むしろ被害者なのに……。
別にお姉ちゃんともフランともそんな関係じゃないのに、責任取らなきゃいけないようなことしたことも無いのに、むしろいつもされそうになってるのに……。
なんで、私が悪いみたいになってるの……?
あまりの不条理に心は折れかかっていた。
フランの健やかな寝息だけが、静かな部屋の音となって聞こえていた。
「……そう。こいしは、寝てるのね……。寝てるなら、起こしてあげないと……」
「っ!?」
耳の付け根のあたりに柔らかい感触がした。
それを感じたときにはもう、湿った熱い何かが首筋に這わされている。
「っ……!」
飛び出しそうになる声をなんとか噛み殺し、びくりと動きそうになる体を必死に抑える。
が、そんな些細な抵抗も一瞬で終わりを告げることになる。
お姉ちゃんの手が、パジャマの裾から入ってきて―――
「ひぁっ!? ちょ、なな、なにしてっ」
「やっぱり、起きてる……こいしのばか」
「あ……」
「昨日、こいしのこといっぱい捜したのよ……? 急にいなくなって、どこにもいなくて……家にもいなくて、帰って来なくて……」
「っ……。ごめん、なさい」
「いなくなったこととか、隠れてたこととか……聞きたいことはたくさんあるけど、今はもういい。このまま寝るから……私が起きるまで一緒にいて」
「……へ?」
「また、いなくなるの……?」
「い、いや、そうじゃなくて、その……な、何も言わないの?」
「? なにを?」
「え、えと、こ、この状況のこと、というか」
「なんのこと……?」
もしかして、もしかすると……フランに気付いて……ない、とか……?
そ、そんなことって……確かに能力は使ったままだし、私がお姉ちゃんに気付かれたことの方が、不思議、だけど……
「こいし?」
「な、何もない! そ、そうだね。えっと、その……ゆっくり、寝てね……?」
「ふふ、いつもなら朝は起きろっていうのに……ねえ、こいし。おやすみのキス、して……?」
「ふぇっ!?」
「キス、して……?」
切なそうな声。昨日、寂しい思いをさせてしまったことを考えると、断るわけにもいかなくて……。
後ろから抱きしめられている体勢のまま、顔だけをお姉ちゃんの方に向ける。
眠たそうで、でも穏やかな表情。頬はほんのりと赤くなっていて、お姉ちゃん自身も二日酔い明けだということがよく分かった。
鬼と飲み比べを出来るほどにお酒に強いお姉ちゃんが、ここまで酔いを残しているなんて……。
もう言葉は必要なかった。
私はお姉ちゃんの頬に手をあてると、その額に唇を落とした。
顔がすごく熱いのは、酔いのせいだけじゃないだろう。
「……ご、ごめん、お姉ちゃん。その、これ以上は……」
「そういう初心なとこも大好き……おやすみ、こいし」
「……おやすみ、お姉ちゃん。ゆっくり寝てね」
お姉ちゃんの規則的な寝息が聞こえてくるまでに、それほど時間はかからなかった。
目の前にフラン。すぐ後ろにはお姉ちゃんがいて……冷静に考えてみればすごい状況だった。
そして冷静に考えれば考えるほど、さらに打開が難しいことを知ることになって……。
「んゅ……」
「っ……」
さっきまで静かに眠っていたフランがもぞもぞと動き始め、また緊張が走る。
せっかくお姉ちゃんが寝ても、この状況でフランが起きてしまえば元も子も無い―――息を潜め体を微動だにさせず、フランがまた完全に寝付くまで待つ。
私はいつも最善の判断を下して、それを完璧に遂行しているはずなのに……どうしてこうも状況は悪い方向に進んでしまうのだろう。
「こいし……んみゅ……」
「なっ……」
今度こそ、本当にダメかもしれない。
寝返りを打ったフランに、前からぎゅっと抱きしめられてしまった。
ただでさえ身動きが取れなくなっていた私は完全に動けなくなる。
後ろにはお姉ちゃん、前にはフラン。
二人から抱きつかれていて、二人がとても近くて。
二人の異なる息遣い、鼓動、温もり、その全てが……どうしようもなく体を熱くして、頭の中をぐちゃぐちゃにして。
「ふぁぁ……」
胸は柔らかいし、体はあったかいし、寝息はくすっぐたいし、髪は良い匂いするし……。
てか二人とも顔近いよぉ……体もどうしてそんなにくっつけるの……?
「んぅ……こいし……」
「ゃっ!?」
「みゅ……こいし……」
「ひっ!?」
後ろから回された手が胸のあたりでわさわさしたり。
前から絡められる足が股のあたりでもぞもぞしたり。
「だ、だれかたすけて……」
心の底からの叫び。
誰にも届くわけも無く消えていく。現実は非常だった。
それからたっぷり一時間ほど、寝ぼけた二人に色々なところを触られたり、キスされたりしたのは言うまでもなかった。
この後、私たちがどうなったのかは……想像にお任せします。
あなたのこいしちゃんが大好きです!こいしちゃんは受けだよやっぱり!!