※オリキャラ注意です。
地底のとある飯屋、普段はそこそこ賑わっているこの店もこの日は定休である。
「さて、大体準備はできた。あとは待つだけかぁ」
店主は大きな籠と、そこそこの大きさの腰巾着を身につけて店の前に立っていた。
「いよぅ、待たせたかい?」
そこに現れたのは星熊勇儀、こちらは軽装である。いつも持ち歩いている大きな盃だけ持っている。
「いえ、こちらも今準備が終わった所ですよ。では行きますか。」
そう言って店主は地底と地上を繋ぐ道へ向かって歩き始めた。
「でもほんとにいいのかい?私最近タダ飯食ってばっかりなんて買ってもらって」
勇儀も店主に付いて歩き始める。
「ええ、問題無いですよ。うちの店に比べたら安いもんです」
「ふぅん?まあいいや、そんじゃ行くかね・・・まず人里だっけ?」
「えぇ、とりあえず買い出しを済ませてからにしようかなと」
「何を買うんだい?」
「とりあえず頂いた鉱石だとかを換金してからですかね、あとは珈琲とかの嗜好品とかを見て回って最後にお酒ですかね。」
酒という単語に勇儀は素直に反応する。
「酒か!人間の呑む酒はうっすいけどやたらと旨いからな!!あれはあれで良い物だよなぁ」
うんうんと頷きながら勇儀は言う。
「いやいや、あなた方が呑むお酒がきっついだけなんですよ。地底でも鬼のお酒を平然と飲める方なんてそうはいないじゃないですか」
「そうかねぇ、まあ何にしても酒かぁ・・・」
勇儀は目を輝かせながら地上への登り坂を見上げる。
「あらら、そんなに楽しみですか?」
「そりゃあもう楽しみさ、試飲とかはできるのかねぇ」
「ええ、いつもは僕が試飲して選んでますからね。やってみますか?」
「いいのかい!?」
「えぇ、そのかわりその時は僕の言う事も聞いてくださいね」
「ああわかった!しかしそうなると俄然楽しみになってくるじゃないか、それ走るぞ!」
勇儀はそう言うと地面を思い切り蹴り、地上への道へと駈け出した。
「うわっもう見えない」
勇儀のあとに続いて店主も走り始めるがすでに勇儀の姿は確認できない。
「早くしないと置いてくよー!!」
先の方から勇儀の声が洞窟に反響しながら聞こえてきた。
「もう置いて行ってるじゃないですか・・・」
ふぅ、とため息を軽く漏らした後、店主も地上へと駈け出した。
少女は走る、「それ」から逃げるために。
「・・・ッ・・・ッ・・・」
もう息はとうに切れている。喉が潰れて声は出ない。それでも彼女の足はまだ「それ」・・・妖怪から逃げる為に動き続けていた。どれだけ走ったのか、どこを走っているのか、それは彼女にはわからなかった。草履は片方しかなく、草履があるないに関わらず足袋には血が滲んでいた。だが痛みなど感じる暇などない。
―もうちょっとなのに
少女の心はすでに幾度も折れていた。少女が走っているそこは人から博麗神社までの道中だった。妖怪と遭遇してしまい、逃げているうちに道から外れてしまっている。ただ神社までの方向も、距離も、ある程度はわかる場所、届きそうで届かない神社までの距離が少女の心をギリギリの所に保たせていた。
「あぅっ」
獣道を走っていたため、ついに足元の木の根に引っかかって転んでしまう。振り返ると妖怪は口元を歪めながらゆっくり近づいてくる。少女ここで悟る、いつでも追いつき捕まえる事もできたのにじっくりと追い続けられていた事を。一生懸命走ることで振り切ろうとしていた恐怖が、一気に少女を襲った。体中の力が抜け、目からはもはや枯れていたと思っていた涙が頬を伝い、体中の体液が堰を切ったように溢れだした。
「いいねェその顔、じっくり追い詰めた甲斐があったなぁ・・・、おっと、気絶するなよ?俺は生きたまま喰うのが好きなんだよ、でも絶叫されて巫女なんて出てきたら困るなァ・・・ってもう声なんて出ねぇか。ヒヒッ」
妖怪は人の心と肉を食い物にする。全身を恐怖に支配され身動き一つできなくなった少女を見て満足そうにするとゆっくりと少女に手を伸ばす――
「遅いよぉ!早くしないか!」
「あん?」
突然あたりに響いた大声に妖怪の手が止まった。そして声のする方を見る。
「あたしゃもう待ちきれないんだから急いどくれよぉ!それとも担いで行こうか?」
星熊勇儀は一足先に地上に出て地底へ続く穴に向かって叫ぶ。
「それは嫌です!!そんなに急がなくてもお酒は逃げませんよ~~!!」
少しの間の後洞窟の方からも声が聞こえてきた、その様子を見ていた妖怪と勇儀の目が合う。勇儀は妖怪と少女の様子を一瞥した後、再び洞窟の方に視線を戻す。
―ありゃ地底への道か?しかも鬼じゃねえか・・・まぁどうこうするわけでもなさそうだしさっさと終わらせて帰ろう
勇儀がこちらに手を出す気がない事にほっと胸を撫で下ろした。地底から怨霊が溢れだした異変以来地底の妖怪が地上へと出てきてはいるが、地底の妖怪は今だに地上の妖怪たちにとっては快いものではない。それはこの妖怪にとっても同じようだ。妖怪は少女に再び手を伸ばす。
「はぁ~・・・ん?」
勇儀に次いで店主が地上に出てくる、膝に手を付いて軽く息を整えると妖怪と少女の様子に気づいた。妖怪の方もそれに気づいたようで再び少女に伸ばしていた手を止める。
「・・・」
微妙な空気のまま少しの間少女以外の全員が制止する。少女だけが状況をつかむ余裕などなくただただ目の前の妖怪と今しがた現れた新手の妖怪たちの方を力なく見回していた。そして最後に現れた店主と少女の目が合う。
「ほれ、行くよ!あたしらはこっちの妖怪どもとは基本嫌われてんだし、他の奴の食事なんて邪魔したって別に良い事なんてないだろう」
勇儀はそう言って店主を引っ張り歩き出そうとする。が、まだ店主は少女の方を見ている。そして
「あああああ!思い出した!ひどい顔になってるからわかんなかった!」
店主は大声を上げて少女を指さす。勇儀の隣にいたという事もあり妖怪の方はびっくりして少女から飛び退き数メートル距離を取る。距離をとった後「邪魔すんのか!」と声をあげるがその様子などまるで意に介する事無く店主は少女の方に駆け寄る。少女はビクッとし最後の力を振り絞り店主から逃げようと後ずさりをする。
「僕の事覚えてない?よく君の店で買い物してるんだけどなぁ」
店主はそう言いながら少女の前に屈み込み自分を指さす。少女の方は恐怖から抜け出せない様子で、カタカタと震えながら固まってしまった。
「・・・無視してんじゃねえよ!!」
そう言って妖怪が店主を蹴飛ばす、店主は軽く吹っ飛びはしたがストッと綺麗に着地する。
「知り合いかい?」
蹴られた店主を心配する様子はない。
「向こうは覚えてないのかもしれないですけどね。それより勇儀さん、あの娘が死ぬと大変ですよ?」
口を切ったのだろうか、店主の口元から軽く血が流れたがぐいっとそれを袖で拭き取る。
「どう大変なんだい」
「酒が飲めなくなります」
店主のその一言を発した直後、勇儀達のやり取りを無視して少女を喰らおうとしていた妖怪が一目散に逃げ出した。その妖怪にとっての最悪のケース、勇儀からの敵意を感じ取ったからである。
「・・・これでいいかい?」
やれやれといった様子で勇儀は店主に尋ねる。
「ええ、流石ですねー。アレだけで逃げちゃうなんて」
「まったくこっちには軟弱なのが多いのかねえ、昔はまだかかってくる奴もいたんだが・・・」
「あっはっは、貫禄勝ちって奴ですか?・・・いだっ!」
勇儀のげんこつを食らって頭を抱える。
「一応あたしも女なんだから口にゃ気をつけな」
「ごめんなさい・・・さてと」
店主はそう言って立ち上がると再び少女の前まで行き屈み込んで顔を合わせる。無理矢理笑顔も作ってみたりしている。
「で、結局なんなんだい?その娘は」
「ああ、今日行く予定の人里の酒屋の一人娘さんですよ。大丈夫かい?おーい」
固まったままの少女に店主は声をかけ続ける。
「・・・ぁ・・・」
ようやく状況を飲み込み始めたのか、少女が小さな声をあげる。
「お?落ち着いたかな・・・ってあれ」
少女の顔に安堵の色が見えた直後、事切れたようにその場に倒れてしまった。一応店主は息があるかを確認する。
「気ぃ失っちまったね、どうする?」
「ん~・・・とりあえず里まで連れて行った方がいいんでしょうけど・・・」
「・・・?」
少女が目を開けると、視界に入ってきたのは木の枝と葉っぱが揺れている様子だった。とりあえず、どこかの木陰でその木の根を枕にしているようだ。
「ああ、気がついた?良かった良かった」
声がする方を見る。酒屋である自分の家の常連客の妖怪がいる。ここで自分の身に起こっていた事を一気に思い出して、少しの恐怖と、助かったという安堵を感じた。頬を何かが伝っている。多分涙だろう。少しずつ全身の感覚が戻ってくる。
「・・・っ!」
感覚が戻って来ると同時に一気に痛みがこみあげてきたため、思わず声を漏らしてしまった。自分の身体の様子を確認しようと起き上がろうとして気づく、大きな布が一枚かけられているだけで服などが全部なくなっている。布を自分に巻きつけて肌が見えないようにして木に背中を預けて座る。両足に包帯が巻いてあるようだ。
「ああ、服はひどく汚れていたから洗って今ほら、そこで乾かしてるよ。僕が脱がしたんじゃなくてあそこのでっかい女の人・・・じゃなくて鬼だね、勇儀さんって言うんだけど彼女がしてくれたんだよ。」
そう言って木の枝に干されている自分の服、そして近くを流れていた川のほとりに立っている長い金髪の人?を指さす。勇儀と呼ばれた彼女はこちらに気づいた様子で、目があったのでとりあえず頭を下げてみる。ちらっと見えたのは彼女の額から生えている大きな一本角、先程も見えた気がしたが気のせいではなかったようだ。鬼についてはお話でしか聞いた事がなかったので実際に見るのは始めてだった。何故か両手を後ろに隠すようにしてこちらに向かって歩いてくる。
「勇儀さん嬉しそうですね、何か良い事でもありました?」
常連の妖怪が鬼に声をかける。
「いや今そこで河童に会ってねぇ、昔話してたらほらこれ!」
後ろ手に隠していたのはそれはそれは大きな魚だった、私の腕より大きい気がする。
「おお、いいですねえ。実は包丁とか持って来てるので捌けますよ」
「そりゃあいい、あんたも食べるかい?」
鬼がこちらに声をかけてきた、思いの外優しく声をかけられたので気が抜けそうになる。
「・・・ぁっ・・・ぁ・・・」
まだ喉が本調子でなく声が思うように出せない。おまけに凄く痛い。鬼が気を遣って水を渡してくれた・・・と思ったら酒だった。手にとった瞬間わかるお酒の匂い、酒屋の娘でなくともわかる。
「お酒渡してどうするんですか勇儀さん!はい、こっちが水だよ~」
そう言って取り替えてくれた。
「あれ?なんか間違えたかい?喉乾いてるんじゃないのかい?」
「喉が潰れて声が出ないんですよ、多分。だよね?」
こちらに尋ねてきたのでこくこく頷いて返すと、何故か笑顔で返された。
「そうか、それじゃあ一緒に酒も飲めないなぁ」
鬼のほうは残念そうにしている。
「今飲ます気だったんですか?全く、喉が潰れてるなら魚よりこっちかな」
常連の妖怪はそういってごそごそと隣に置いている袋を漁り出した。
「そういや何が入ってるんだい?やたらと大荷物だけど」
「毎回人里に行くときは里の子供たちに甘味を配ってるんですよ、今日は牛乳プリンなんで潰れた喉も通り易いんじゃないかなー」
そう言って大きめ鉄箱を取り出した、中には氷水とおおきな容器がはいっており、それを開けると綺麗な白色が見えた。
「おー、下で宴会やるときでも毎回作ってくれてるよねぇ、良かったなぁお前、これは旨いぞ~?」
にこにこ笑いながら頭を撫でてきた、私の頭なんて簡単に握りつぶしてしまいそうなくらい大きい手なのにあまり怖くはなかった。笑っているからだろうか。
「あはは、そのまま握りつぶしちゃダメですよ~、はいどーぞ」
深めのお皿にスプーンが添えられて、真っ白なプリンが綺麗に光っている。
「さ、こっちも早く食べよう。これどうするんだい?」
鬼さんがそう言って先ほどの魚を掲げる。
「この大きさならアライにでもしますかね、すぐに終わらせるんでちょっと待ってくださいね。ああ、君は待たなくていいから先に食べてていいよ」
そう言うと先程言ったほうに袋の中から包丁とまな板を取り出した。なんとなくあの大きな袋の中身が気になってきたけど、とりあえず促されたのでプリンを口に運んでみる。飲み込む時にちょっと喉にしみて痛かったけど気にならないくらいスッと食べられた。甘くて美味しい・・・こんな表現くらいしか思いつかないけどすごく美味しい。飲み込むのが勿体無くてずっと口のなかに含んでいたい気がする。
木陰で三人座って歓談しながら食事。鬼さんの事は勇儀さん、常連の妖怪さんは店主さんと呼べるくらいになっていた。私の服が乾くまで待ってくれるそうだ、服は焚き火の近くに移してある。
「へぇ~、お母さん病気で巫女にお祓いをお願いしようと思って博麗神社まで行こうとしてたのかぃ、一人で」
勇儀さんがさっきの魚をつまみにお酒を飲みながら頷く。私の喉が少し回復したのでそれからは食事を取りながら三人でのんびりお話をしていた。勇儀さんと店主さんはお酒を飲みながらまだ枯れ気味な声の私の話を聞いてくれていた。
「ふーむ、それじゃああとで買い物行く前にお見舞い買っていかないとなー・・・ってどうして博麗神社なの?今なら竹林のお医者さんだっているんじゃない?」
店主さんは腕組みをしながら私に尋ねる。
「ちょっとまえ・・・私達みんなの体調が悪くなった時に・・・巫女様が来てくれて・・・そしたらみんな一気に治ったから・・・」
まだ一気に全部喋るにのはちょっとつらい。
「へぇ、霊夢って意外と仕事してたんだなー・・・いや、だったら人里から神社までの道の安全くらい確保しておけばいいのに・・・」
店主さんがもっともな事をいう、妖怪なのにと思うとちょっと可笑しくてくすくす笑ってしまった。そんな私の様子に店主さんは「あれ?なんか変な事言ったかな」なんて言いながらちょっと戸惑っている。
「まあなんだっていいじゃないか、それでこれからあんたはどうするんだい?あたしらは人里まで行くつもりだから帰るなら送ってやってもいいが」
「・・・その・・・もうちょっとだから・・・一人で神社まで行きます・・・」
勇儀さんが私を正面に見据え尋ねる。少し迷ったけどやっぱりここまで来たなら私は帰れない。
「そうか、まああんたがどう思ってるかは知らんがそうやって最後までやろうとするのは良いね、試したみたいで悪いがあんたが良ければ神社まで付いて行ってやるよ」
「え・・・でも・・・」
嬉しいしとてもありがたい、でも素直に受け取って良いのか分からない。思わず店主さんの方を見てしまった。
「ああ、いいんじゃないかな?自分もそのつもりだったし」
「あれ?そうだったのかい?」
「ええ、という訳ではいこれ」
そう言って店主さんが勇儀さんに一升瓶を二本、そして私には今まで出した物に比べると小さな包みを渡した。
「なんだい?これ」
「ああ、博麗神社には元々行く予定だったんですよ、それでこっちのお酒は萃香さんに、こっちには霊夢への差し入れが色々入ってます」
店主さんはそれぞれ説明すると、荷物を持って立ち上がった。
「ん?あんたはどうするんだい?」
立ち上がる店主さんを見て勇儀さんが尋ねる。
「ああ、僕は先に人里に行ってある程度済ませないと・・・。それに僕がいるとほら、この子が着替えづらいでしょう?」
店主さんにそう言われて自分が薄布一枚でその下は全裸なのを思い出して急に恥ずかしくなった。
「きゅっ・・・急に恥ずかしくなってきたじゃないですかっ!そういうこと言うからっ!!」
思わず叫んでしまった、まだ喉が本調子でないのも合わせて変な声まで出てしまう。恥ずかしさで顔が熱くなるのが自分で良く分かる。
「あはは、それじゃあ後で人里で落ち合うって事で良いかい?」
「えぇ、それじゃあまた後で」
店主さんはそう言って私達に手を振ってきた。
「ぁ・・・あのっ、二人ともっ・・・・色々とありがとうございます!」
なんとなく店主さんが行ってしまう前に言わないといけない気がしたので慌ててそう言う、すると店主さんはにっこりと笑って、そのまま行ってしまった。
「それじゃ私達も行こうかね、うん・・・もう服も乾いてる、ほれ」
そう言って勇儀さんは足で焚き火を踏み消し、私に服を放り投げる。
「はい」
私はそれをがっしり受け取る。先程の事もあるんだろうか、女同士とはいえちょっと恥ずかしいので布を巻いたまま着る事にした。
「さて、買い物買い物・・・って・・・うわぁ・・・」
二人と別れ人里の入り口近くまでたどり着いた店主は、あたりを見回した後、露骨に声を漏らす。周囲から彼に向けられたのは警戒の姿勢と眼差しだった。里の入り口近くには多くの人間の大人達が集まって物々しい雰囲気になっている。
「なんじゃこりゃ・・・ってああ」
店主は思わず声をあげた後、立ち止まったまま人間達の声に耳を傾ける。
「おい、妖怪だぞ」「まだ見つからないのか!」「日が暮れる前に見つけないと」「ありゃよく里に来てる奴だな」等々。
(・・・別に口止めされてないけど言わないほうが良さそうだなぁ、っていうかここで何か言うと面倒臭い事になりそうだし)
店主は少しの間思考を巡らせた後、しれっと歩き出して里の入り口を通過する。後ろから数人の人間に後を付けられたが、気にしない事にした。
「こんにちはー」
そう言って店主が入ったのは製鋼所、入った所で声をあげる。
「はいはい・・・あんたかい」
中から中年の女性が現れて店主とその後ろで彼を付けている人間を順に見る。
「なんだか大変みたいですねぇ」
そう言ってチラッと自分を付けている人間の方に目をやる。
「・・・えぇまぁ・・・それで?」
「今日もお願いします」
そう言って腰にぶら下げていた袋をカウンターに置くと、ジャラジャラ音がする。地底で取れた鉱石をこの店で買い取ってもらっている。
「はいどうも、それじゃあこれ前の査定の分ね。」
そう言って店主に封筒を手渡す。中には金が入っているのだろう。
「いつもありがとうございます、それじゃあまたよろしくお願いします」
そう言って店主は封筒を懐に入れると片手を挙げて店を去る。地底では現金でのやりとりはほぼないため、こうして料理のお代として地底の妖怪たちから集めた鉱石等をお金に代えている。
「ああ、またね」
店を出てから少し歩き、立ち止まる。道の真ん中で立ち止まりきょろきょろとあたりを見回す。そして
「人間ってこんなに面倒かったかな、はぁ」
と、ため息をもらすのだった。
博麗神社までの道、勇儀さんの背中におぶられている。両足を怪我していたので、このままじゃ日が暮れてしまうからと勇儀さんが背負ってくれたのである。勇儀さんはすごく早くて風を切る感じがとても気持ちいい。空も飛べるそうだがこうやって走る方が好きらしい。
「ねぇ!」
「はい?」
「私の事気に入ってくれてるみたいだから隠さず言っとこうと思うんだけどさぁ!」
ビュウビュウ風を切る音が邪魔だけど、その分勇儀さんは大きな声で話しかけてくれる。
「はい!」
「あたしゃあの時あんたの事一度は見捨てたよ?ぶっちゃけあんたが酒屋の娘じゃなけりゃ助けなかった」
「・・・」
「軽蔑したかい?まあ神社までは下ろしてやんないんだけどねぇ」
「そんなことないです!それにわかってましたよ!そんなこと!」
「あっはっは!そんな事ときたかぁ」
「はい!そんな事です!」
「・・・」
勇儀さんが速度を緩める。
「ほんとはあそこで私は死んでました、でも勇儀さん達が来てくれて、結果助けていただいて・・・なんて言っていいかわかんないけど勇儀さんがどんなふうに思ってても私はあなた達に感謝してます。もっと仲良くなりたいし、いつか自分の力でお返しもしたい」
思っている事を、全部そのまま言う。
「そうかい」
勇儀さんはそう言って少し笑った気がした。
「・・・勇儀さん?」
「・・・」
勇儀さんは黙って再び凄い速さで走り始めた。
「勇儀さん、それだけですか!?」
「・・・」
「ちょっと!ずるいですよ!私だけ思ってる事全部言って、勇儀さんからは何も言ってもらえなかったら恥ずかしいじゃないですかあ!!」
バシバシと勇儀さんの背中を叩く、横から顔を覗こうとすると顔を逸らされた!
「あー!顔そらした!笑ってるんでしょ!鬼は嘘が嫌いなんじゃなかったんですか!?」
「あはははは!残念!何も言ってないだけで嘘は吐いてないじゃあないか!そりゃ鬼だって隠し事くらいするさ」
「もー!!」
「ひーっひっひ!あー!だめだ笑いが止まらないねぇ」
勇儀さんがあんまり笑うのでちょっとむかついたから想いっきり背中を叩いてみたけどビクともしない、流石鬼だなーとか・・・思うはずもなくとりあえず悔しかった。でも私の顔も多分笑ってる気がする、ただそれもなんとなく悔しいので考えない事にした。
「ひー・・・さて、着くよ」
そう言われて前を見ると階段の終わりが見える、夏祭りの時とかに登った事のある階段、とてもとても長い階段で前登ったときは大変だったけれど今回はあっという間だったなぁ・・・などと考えているうちに景色が開けた。
「よっと、さて萃香と巫女は~・・・」
勇儀さんが降ろしてくれた、とりあえずお礼なんて言わないでそのまま社の方に歩く。誰もいないし静かな場所だなー。
「笑ったのは悪かったってば、機嫌を治しておくれよ」
後ろから勇儀さんの謝罪が聞こえたからか、一気に気分が良くなった感じがした、うれしかったのと、もう怒ってない事を伝えるため賽銭箱にスキップで向かう。
「・・・」
とりあえずお賽銭を入れて手を合わせる。すると横で物音がしたためそちらを見ると、自分と同じくらいの背丈で、頭に二本角を生やした少女がそこにいた、話に聞く萃香さんだろうか。私の方を見ている。
「あ、萃香。おーい」
後ろから勇儀さんが声をかける、どうやら合っていたようだ。
「霊夢ぅ!お賽銭だぁぁぁ!」
そう言ってどたばたと神社の奥へと駆けて行ってしまった。思わず勇儀さんと顔を合わせてキョトンとしてしまった。
「萃香、落ち着きなさい。お賽銭くらい・・・で・・・」
萃香さんに後ろから押される形で紅白の姿、博麗の巫女博麗霊夢さんだ。こちらは見覚えはある。きっちり目が合って何故かお互い固まってしまう。
「こ・・・こんにちは・・・、あのこれ・・・差し入れです・・・。」
とりあえずこちらから話しかけないといけない気がしたので頑張って声を振り絞ってみた。店主さんからの差し入れがなかったら暫く固まったままかもしれない、ありがとう店主さん・・・!!
「あ・・・え?いいの?こんなものまで・・・ああ、とりあえずお茶でもどう?すぐに淹れてくるから裏で待ってて・・・あら、地底にいた方の鬼じゃない何でいんの?」
「あ、ほんとだ勇儀だー!おーい!」
萃香さんが勇儀さんに手を振った、勇儀さんはやれやれといった感じで片手を挙げた。
「あの、ここに来る途中に妖怪に襲われちゃって・・・それで勇儀さん達が助けてくださって・・・」
「そ、じゃああんたも一緒に来なさい、どうせ呑んでくんでしょ?つまみは出ないけどね」
そう言って巫女様は奥へ行ってしまった。
「勇儀~飲も飲も~」
「ああ、そうだったそうだった今日は旨そうな酒をあんたにもらって来たんだ」
「あ・・・まって下さい!」
勇儀さんも萃香さんに引っ張られて奥へ行ってしまったので私は慌てて追いかけた。
「それでここまで来たの?ふぅん・・・」
巫女様は私の話を聞き終わると茶を啜る。私の方を一瞥するとさらに言葉を続けた。
「多分だけどそれは私より竹林の医者の方が適任よ、あの時のは伝染る病だったから私でもなんとかできたけれどね」
「そうなんですか・・・」
思わず露骨に肩を落としてしまった。
「永琳には私から言っておくわ、さて」
「?」
「これ、開けてみてもいいかしら」
そう言って先ほど渡した店主さんからの差し入れを指差す。
「あ、はい。さっきは言いそびれたんですけどこれ私からじゃなくて・・・」
言う前に開けられてしまった。
「ああ、見覚えのある包みだと思ったらやっぱり。あいつは?」
あいつ、とは多分店主さんの事なんだろう。
「店主さんならお買い物をしに人里に行きました」
「そう、だったら今から一緒にどう?美味しそうな摘みもあるし」
そう言って巫女様は向こうで酒を呑んでいる勇儀さん達を指さす。
「え・・・でも・・・」
「あなたのお母さんの事なら大丈夫よ、それに多分急いでも変わらないわ」
そう言って巫女様はにっこりと笑った。なんだか先の事がわかっているような言い方が少し気になった。
「巫女様えっと・・・それはどういう・・・」
「霊夢でいいわ。あとこれは勘、私の勘は当たるから安心していいわよ」
「は、はい・・・霊夢さん」
「よろしい、それでどうする?あいつら洒落にならないくらい呑むから無理にとは言わないけど・・・」
霊夢さんは立ち上がりあらためて勇儀さん達の方を指さす。勇儀さんの方を見ていると、勇儀さんと目が合い、おいでおいでと手招きしてきた。
「大丈夫・・・だと思います」
私がそう言うと、霊夢さんは「そ、じゃあ行きましょ」と言うと、勇儀さん達の方に歩き始めた。
「はい!」
夕方になっても勇儀達が里に現れなかったため、店主は博麗神社に来ていた。彼が神社に着いた頃には丁度日が暮れて薄暗くなってくる頃。
「そんな気はしてましたけどね」
そう言って店主は辺りを見回す。酒屋の少女は敷物が敷いてあるとはいえ地面に突っ伏して力尽きており、霊夢と何故かいる魔理沙が二人並んで仰向けで転がっていて、勇儀と萃香の二人が仲良く呑んでいる。
「ああ、忘れてたよ!こいつらと呑むのが楽しくてついねえ」
ジトーっと睨む店主に勇儀は笑って返す。
「はぁ、もういいです・・・残りは明日にしましょう。おーい、大丈夫?」
店主はそう言って少女を軽く起こし頬をぺちぺちと叩く。
「ふぁ・・・れんひゅひゃん・・・」
意識はまだあるようだが完全にろれつが回ってない、おまけに首も座ってない。
「うわ、こりゃダメだ・・・霊夢、居間借りていいか?」
そう言ってそのまま抱き上げると霊夢に声をかける。
「どうぞご勝手に~・・・」
霊夢はそう言って手をふらふらと振る。
「そいつも結構頑張ってたんだけどねー、私の酒はまだ早かったみたいだねぇ・・・はっはっは!」
萃香の大きな声が辺りに響く。
「いやでもほんと、霊夢や魔理沙も人間にしちゃ大概呑める方だと思ってたが割と普通だったかねぇ、普通の人間の娘と同じくらいじゃあねぇ」
そう言って霊夢と魔理沙を見る。
「鬼と一緒にされても困るぜ・・・」
「あのこは酒屋の娘らしいからねぇ、普通の人間より呑めてもおかしくないんじゃないのかい?」
と、勇儀は酒を煽りながら言う、まだまだ余裕がありそうだ。
「そういうものなのかしらねぇ・・・さて」
霊夢は立ち上がり伸びをする。軽くふらついているが歩けないという訳でもなさそうだ。
「ん?どうした霊夢」
「あの子の用事をちょっと済ませて来るわ、忘れないうちにね。」
「そんなにすぐに済むのか?」
神社の中から店主が出てきて、霊夢に尋ねる。
「永琳に宜しく言っておくだけだからね、まあすぐに帰って来るわ。こんな奴ら放置してあんまり神社離れたくないし」
「だったら台所借りていい?適当に摘みでも作っておくから」
「いいけど何もないわよ」
「ああ、さっき買ってきた中から適当に使うから大丈夫だよ」
「そ、美味しい物期待してるわ」
霊夢はそう言って飛び立って行った。
「へいへい、いってらっしゃい」
そう言って店主は神社の中へ入って行った。
「それじゃああたしらは呑んで待ってるかぁ」
同じく霊夢を見送った勇儀は、萃香に酒を注いでもらいながら言う。
「まあさっきからずっと呑んでるんだけどねぇ」
「違いない」
そう言って二人で顔を合わせ笑う、となりで魔理沙が「お前らの笑いはちょっとやかまし過ぎるな、頭が割れそうだぜ」なんて愚痴っていたがそれは当人達の耳には入らなかった。
「・・・あれ?」
目が覚めると見慣れない天井があった、しかし外から聞こえてくる騒ぎ声ですぐに自分の状況は分かった。というより思い出した、勇儀さんのお酒をちょっともらったあたりまでは覚えているがそれからの記憶がない。まださっきの酒盛りは続いている様子なのでとりあえずそちらに行こうと思い立ち上がるが、その瞬間立ちくらみに襲われた。
「ああ、起きたの?すごいねー、でも無理はしない方がいいよ。大分酒気は抜けたみたいだけど普通の人間が飲むものじゃあないからね、萃香さんのお酒は」
後ろから店主さんが声をかけてきた、そちらを振り向くと香ばしい香りがした。店主さんの右手にはさつま芋や舞茸の天ぷらが盛られたお皿、そして左手にはお刺身を持っている。・・・海産物を見た経験が少ないので自信はないがアレは多分お刺身だ。
「あの、私は・・・」
「はは、まあ休んでてもいいし、まだ呑めそうなら出てきたらきっと楽しいよ。ああ、鬼達の酒はもう飲まなくていいからね」
そう言って店主さんは笑って言うと、そのまま戸を開ける。勇儀さん達の姿が見えた。
「おー、久しぶりの海産物だ」
そう言うのは魔理沙さん、さっき呑んでたら突然現れた。霧雨店の家出娘、割と有名人である。
「あら、その後ろの人間もつまんで食べて良いのですか?」
そう言って、さっきまでいなかった美麗な少女が私を指差した。
「ああ、ありゃ食べちゃ駄目だよ紫、結構イケるクチだったし酒屋の娘らしいからな、一人でも呑める奴は多い方がいい。あと勇儀のお気に入りだし・・・」
「冗談ですわ、ふふ、可愛らしい娘さんですわ」
萃香さんと親しげだし、なんか雰囲気がすごく人間離れしてるし、きっと妖怪なんだろう。紫と呼ばれた少女は片手で口元を隠すようにしながら私の方を見る。
「こっちに座りなよ、もうあんまり無理には飲ませたりしないからさ」
ちょっと困惑していた私に勇儀さんが声をかけて、隣に座るよう促してくれた。
「はい・・・ってすごい、これ皆さんで作られたんですか?」
勇儀さんの隣に座って気づいた、なんだか美味しそうな料理がいっぱい並んでいる。さっき店主さんが持ってた物もその中に並んだ。
「今日はあいつ一人で全部やってるわ、普段は私も準備したりするんだけどね」
そう言って正面にいた霊夢さんは、店主さんを指さした。
「へぇー、一人でこんなにですか!?本職の方はすごいなあ・・・」
「褒めてもあんまり得はないんだよなぁ、こいつはよぉ」
魔理沙さんが絡んで来た、大分酔っているようだ。
「ははは、褒めた事なんてほとんどない癖に良く言いますねぇ魔理沙さんは」
と、店主さん。
「褒めて得する事なんてあったかしら」
霊夢さんがお酒を飲みながら言う。
「ありますよ」
やれやれ、といった様子。
「あら、何かサービスでも提供していただけるのでしょうか」
「僕が嬉しい」
わいわい賑わっていた空気が一瞬凍りついた後、何事もなかったかのように皆お酒を飲み始めた。
「・・・」
「あ、美味しい」
さっきのお刺身を食べてみたが、これまた美味しい。
「これって海のお魚ですよね、幻想郷に海なんてなかったですよね」
あまり里から出た経験がなかったので外の事は聞いた話でしか知らない。周りの人妖達の方が詳しいだろうと思い尋ねてみる。
「これは私がこっそり仕入れている物ですので、偶に人間の里にも卸しているのですが」
「あんた達の「たまに」はアテにならないのよ」
「へえ・・・」
今度は食べる前に箸で持ち上げ観察してみる、白い身が焚き火の明かりで照らされて橙色に輝いて見える。
「美味しいよなあ、川魚もいいけどこれと比べると生臭いし」
魔理沙さんがひょいっと横からお刺身に箸を伸ばす。
「最近は持ち帰れば捌いてくれる方がいらっしゃいますからちょくちょく持ち帰るようにしていますわ」
店主さんの事だろう。
「いつもあいつにやらせてんのか?お前んとこの狐にやらせりゃいいじゃあないか」
と、魔理沙さん。
「そうなんですけれど、藍はあまり上手ではないの。これに関してはいつぞやの夜雀と彼より上手いのはそうそういませんわ」
店主さんやったよ!褒められたよ!いないけど。何かを取りにしょぼくれながら神社の中へ入って行った直後に褒めるあたり露骨だなあ。でも店主さんをいぢるのはちょっと楽しそう。
「あー、あいつもそうなのか?そんなイメージないけどなー」
夜雀、ミスティア・ローレライはわかる、というか私の家・・・酒屋の常連さんだった気がする。
「皆さん気にしてないかもしれませんが、あの人は実はすごい包丁の扱いが上手なんですよ」
「へぇ」
「自分なんかは速いだけで結構雑だったりするんですけどね、あの人はすごい綺麗に刺身にするんですよね」
そう言う割りには店主さんの切ったお刺身も、とても綺麗に切ってあるように見える。私も料理ができたら違うように見えたのだろうか。
「ああそうそう、明日は一緒に里に行きましょうね、勇儀さんが来なかったからまだ下に持って帰るお酒買ってないんですよ。香霖堂も結局行けてないし」
「あー、そういやそんな楽しみも残ってるんだっけ。ここで呑んでたらつい忘れちまってたよ、すまないねぇ」
「別に良いんですけどね、これでとりあえずは終わりかな」
そう言って店主さんは大きなお皿を置いて私の正面の位置に座る。
「おおお、最後は寿司かあ」
「霊夢にリクエストされたんでね、酢飯作るのにちょっと時間がかかりました」
「さて、それじゃ・・・うん、美味しいわ」
早速霊夢さんが一つ手に取りひょいっと口に投げ込む。やや固めに見える霊夢さんの表情がちょっとほころんだように見えた。
「外の人間の寿司職人が作るものにはまだまだ遠く及びませんが、まあまあですわね」
紫さんはちょっとえらそうにそう言う、何故か私がムッとしてしまった。
「ははは、まだまだ飯炊きすら2年にも及びませんからね」
「へぇ、あたしゃ十分旨いと思うがねえ」
「わっ私もそう思います!」
勇儀さんが言ったので慌てて乗っかる。その後、お皿の端っこの方にあった玉子の乗ったお寿司を手に取ってみた。海のお魚ばっかりで、誰も手をつけていなかったのでなんとなく寂しそうに見えたのだ。
「ふぇっ」
思わず変な声が出てしまった、なんというかこれは美味しい。玉子は歯に当たるとこれまた溶けるような感触で、甘じょっぱい感じのする玉子と甘酸っぱい酢飯が良い感じに絡み合う。なんだか顔の力が抜けて頬が緩む感じがする、これを頬が落ちるというアレなんだろうか。
「ああ、やっぱそれは旨いよなあ。下で宴会する時はこれはすぐに無くなっちまうんだ」
隣にいた勇儀さんが私を見てそう言う。
「あら本当、これは中々ねぇ」
紫さんも少し驚いたようだ。
「玉子を使った料理は美味しく作らないと殺されちゃうんで、必死に練習しましたからね」
そう言って店主さんは笑う・・・冗談だよね?
「・・・」
霊夢さんを見ると口元を隠している、なんとなく顔がほころんでるように見えるので私と同じ状態なのだろうか。
「折角の海産物も玉子なんかに負けちゃあ立つ瀬なしって感じだなぁ・・・うめぇ」
そう言いながら魔理沙さんは卵焼きと魚の寿司を一緒に口に運ぶ。
「あっはっは、どいつもこいつも舌が肥えてるんだねぇ、あたしにゃどれも変わりがありそうもないよ」
萃香さんは私達の様子を見て瓢箪のお酒をあおりながら笑う。
「萃香、あんたはもっと味わって食べてみたらどうだい?」
「えー?勇儀がそれ言う~?」
「あたしゃ最近はちゃんと味わって食べてるよ」
「あはは、まあ僕は気にしないんで好きなように食べて下さい」
店主さんはそう言いながらお酒を片手にお刺身を食べている。
「ふぅ・・・」
お腹がいい具合に満たされたのでちょっと一息付く、ふと見上げるととても綺麗な星空だったのでそのまま少しの間空を見ていた。
「お、もう限界かい?」
勇儀さんが私の様子に気づいて声をかけてくれた。
「いえ、まだまだこれからです」
お酒のせいか顔が熱いが、そのお陰で夜風がとても気持ちいい。よく考えたらこんなに夜遅くまで起きているなんて始めてかもしれない。
「お?流れ星でも見えたか?」
魔理沙さんも夜空を見上げる。
「いえ、こんな時間にこんなふうに夜空を眺めるのって始めてかもしれないなと思って」
そんな感じで夜は適当に更けていった。私はと言えば出ている料理がどれも美味しかったため結局すぐに満腹になってしまい早々に眠りこけてしまった。
「・・・とまあそういう感じで、そちらの事情も知らないで娘さんを連れ回してしまって・・・すいませんでした」
店主はそう言って頭を下げる。
「そんな!この子が襲われていたところを助けてくださったそうで・・・本当にありがとうございました、いくら感謝してもしきれません」
酒屋の主人、少女の父は深々と頭を下げる。
「どうかそんなにお気になさらず。助けたのは僕じゃなくて彼女ですし、妖怪の気まぐれと思ってください。実際ほとんどそんな感じなので」
そう言って店主は勇儀を指差す。興味深そうに店内を見回していて、横で少女がお酒の説明をしている。
「失礼します!」
突然ガラガラッと店の入口の戸が開き、上白沢慧音がどたばだと店に入ってきた。
慧音の様子にびっくりして少女は勇儀の影に隠れようとしたが、その前に慧音に捕まってしまった。
「良かった・・・!無事でっ・・・!!」
そう言って少女をぎゅっと抱き寄せる。
「先生苦しい・・・」
慧音の胸の中でじたばたと悶える。
「心配したんだぞ馬鹿者!一人で里から出るなど何を考えて・・・」
抱きしめて少女の無事を実感した後、慧音は大きな声で怒鳴り始めた。
「今日二回目か、頑張れよ~」
その様子を見ていた勇儀は笑いながら言う、二回目は説教の事、一回目は先程のできごとで、少女の父と母の二人である。母親は説教の途中で、回診に現れた八意永琳と寝室へ行ってしまったが。
「もしやお二人がこの子を里まで?」
慧音は勇儀と店主を順に見る。
「ああ、慧音先生・・・どうもご心配をおかけしました。どうやらこのお二方に娘は命を救われたようで」
少女の父はそう言って慧音に頭を下げる。
「鬼の勇儀さんですね。あまり今まで関わりはなかったですが貴女の事は存じております、この度は私の生徒を助けていただいて・・・」
「待っとくれよ、そういうのは別にいいんだ」
慧音がお礼の言葉を述べようとしたのを勇儀がむず痒そうに遮る。
「ですが・・・」
「この娘の場合は偶々助ける理由があっただけだ、そうでなかったらあたしゃ見捨ててた。だから感謝なんていらないよ」
「そうですか・・・ですがどうか、何かお礼をさせて下さい」
「お礼?うー・・・お礼っつってもなぁ」
慧音に真っ直ぐ見つめられ勇儀は頭を抱える。
「・・・貴方からでも何かあれば仰ってください」
そう言って店主の方も見た。
「あー、だったら慧音・・・先生、良かったら後で勇儀さんを香霖堂まで案内してあげてくれませんか?」
「そんな事で良いのですか?」
「えぇ、よろしくお願いします。僕は帰ってすぐ仕込みをしないと・・・」
「ああ、そういや今晩は宴会だったっけ」
「そうなんですよ!二日もかかると思ってなかったんで完全に忘れてました・・・という訳でこれお金です、好きに使ってくれてかまわないんですが、余った分は後で返してくださいね!」
店主は勇儀にお金の入った巾着袋を渡すと、酒屋の入り口に置いてある大量の荷物を抱え始めた。
「店主さんっ」
荷物をまとめ終えた店主に少女が声をかける。
「またね、ああそうそう勇儀さんがあんまり無駄遣いしないように見ててね!それじゃっ!」
店主はそう言って少女の頭を撫でてから、走り去った。
「全く世話しない奴だよ、それじゃさっきの続き、お願いしていいかい?」
勇儀は少女にそう声をかけると酒樽を指さして、試飲の続きを要求する。
「はい!」
少女は元気にそう答えて勇儀の隣に付く、その様子に怒る気を削がれてしまった慧音は酒屋の主人と顔を見合わせて笑った。
「いやはや人間が造る酒はどうしてこう旨いのが多いのかねぇ、随分と迷ってしまったよ」
勇儀はあらかた店の酒を選び終えて、勘定をしながら酒屋の主人に声をかける。
「ありがとうございます・・・優、そんなにひっついたら彼女が帰りづらいだろう?」
そう言って勇儀にひっついて離れない自分の娘を抱き寄せる。
「勇儀さん・・・また、会えますよね?」
「なぁに、またすぐ逢えるさ・・・というか」
「なんです?」
「お前『ゆう』って名前だったの?」
「あ、あれ?言ってませんでしたっけ」
「いや聞いてない」
「でも私も店主さんの名前知りませんよ?」
「ああ、あいつはいいんだ。名前無くしたとか言ってたし」
「無くしたって・・・おうちの鍵とかじゃああるまいし・・・」
「まああいつは気にしてないからいいんじゃないか?別に。そんな事より、だ」
「はい?」
「あたしもあんたの事『優』って呼んでいいかい?」
「はい!是非そうしてください!それで勇儀さん、私からも一つお願いしていいですか?」
「ああ、なんだい?」
「こんど勇儀さんや店主さんがいる地底に遊びに行ってもいいですか?」
側で二人のやりとりを微笑ましく眺めていた慧音と優の父が同時に吹き出した。
「ん~、特に力もない人間の娘が普通に来ても食料になっちまうだけだよ。下は怨霊も多いし」
「駄目・・・ですか?」
「ん~、あたしゃ別にいいけどね。とりあえずあたしが側にいりゃ問題ないし。それよりほれ」
勇儀はそう言って慧音と優の父を指さす。
「とりあえずあの二人を説得してからだな、あたしゃあんまり出てこないけど、あいつはちょいちょい酒を買いに来てるんだろう?」
優の父・・・酒屋の主人に勇儀は尋ねる。
「えぇ、彼なら1~2週に一度はいらしてますが・・・」
「うまく説得できたらあいつに声かけな、そしたらあたしが迎えに来てやるから」
「わかりました!頑張ります!」
「おう、それじゃああたしは行くとするよ。慧音だったか、あんたが案内してくれるんだっけ?」
そう言って勇儀は荷物をまとめて慧音に声をかける。
「は、はい。優、話はまた明日寺子屋でな!」
慧音はそう言って勇儀の側に駆け寄る。
「えっと・・・勇儀さん・・・また今度!」
優が手を挙げる。
「ああ、またな、優。」
勇儀もそれに応えるように手を上げると慧音と共に店を出ていった。
「・・・見送らなくていいのかい?」
「うん、またすぐ逢えるから」
そう言って少女は笑う。
(あ、これは敵わないな)
その少女の笑顔を見た父は悟る。
「ねえ、お父さん―――
あと最初助けようとしなかったのも幻想郷らしいし、その後の仲良しも幻想郷らしい