「……ねぇ、文」
「何ですかー?」
「人と話しする時はこっち向けっ」
「ひっ、ひたひひたひひたひぃ~!」
みょ~ん、とほっぺた引っ張られ、文は悲鳴を上げる。
――ここは射命丸文ご本人の家。
お世辞にも片付いているとは言えない空間で、デスクに向かい、かりかりと彼女はペンを動かしている。
その後ろにいる人物は、文のライバル(自称もしくは他称)であるはたて嬢。
何でここにいるのかと言うと、『たまたま』多く作ってしまったご飯のおかずのお裾分け、であるらしい。
「あんた、ほんと、新聞ばっかね」
「当然ですね。
我が新聞は、天狗仲間のみならず、いずれは幻想郷全てをカバーし、ありとあらゆる事実を人々にお伝えするぐれぇとな紙面になる予定なのですから」
「予定は未定、って言葉、知ってる?」
「ぐっさ」
夢を大きく持つのは悪いことではない。
しかし、現実を見ないというのも、これまた問題視される行動である。
ちなみに、文の新聞の出版部数は(ごにょごにょ)であり、大抵が、朝配って昼ごろには焚き火の燃料に使われているという程度のものであった。
「……ま、いいや」
「ふっ……はたてさんの新聞の発行部数よりは上ですから」
「ざくっ」
辛らつな言葉の応酬。
なお、どうでもいいが、彼女たちが属する天狗社会で発行部数売り上げ部数共にナンバー1の新聞は、文とはたての新聞の一回の発行部数を足して100をかけた上で2乗するくらいのレベルである。
何でそんなに売れてるのかは――大人の事情、ということである。
「ふっ……ふふっ……。
べ、別にいいわ! そのうち、あんたを追い越してやるのは確定済みなんだからね!」
「ふん! こちらも負けませんよ!」
『……どんぐりの背比べ』
『目くそ鼻くそ』
『……辛らつですね』
『この人らの使いやってりゃこうなりますよ』
『ですよねー……』
その様子を見守る、二人の使いのかーくん達は、ご主人よりもよっぽど現実見た会話をしていたりするのだが。
「……で。話とは?」
「あ、あー……そう、ね……」
ひとしきりにらみ合いを終えてから、文の一言。はたては、こほん、と一つ咳払いをすると、
「その……あんたが、新聞に情熱かけてるのはわかってるけどさー……」
「はあ」
「だからこっち向けっ」
「あ、ちょっと、今、筆が乗ってきていいところなのにいたいいたいいたい!」
耳引っ張られて涙目になる文。
物理攻撃はよくないが、さりとて、人と話をしているのにあさっての方を向いている文も悪いので、どっちもどっちだろう。
「……えっと……。
べ、別に、そういう言葉が欲しいとかじゃないんだけど……。
この頃、わたし、ここによく来るじゃない? それで、まぁ……うん……」
「はぁ?」
相手が何を言いたいのかさっぱりわからない。
失礼だとはわかっていても、首をかしげて、頭の上に『?』マークを浮かべてしまう。
「文は、その……友達、大事にするタイプよね」
「当然です」
ふふん、と胸を張る文。
「友人関係というか、人と人のつながりはとても重要です。
特に、私たちのような報道関係者は、そのつながりから重要な情報を得られることもあります」
「それって、打算があっての友達関係、ってやつ……?」
「まぁ、多少、それがあるのは否定しませんけどね」
ひょいと肩をすくめて、文。
はたては、一度、大きく深呼吸する。
「……じゃあ、さ。一回だけしか聞かないよ?」
「ええ、どうぞ」
「……わたしと新聞だったら、どっちが大切……?」
「と言うことを聞かれたのですよどうしたらいいですか椛さん!」
「朝っぱらからおのろけですかこの野郎うざい爆発しろ」
笑顔で、椛はさらりと言ってのけた。
――文にかけられた石化の魔法が解けたのは、それからだいぶ後のこと。
はたてはそんなセリフを放った後、『べっ、別に深い意味はないからね!? ただ、わたしは、一応、あんたの友達やってあげてるわけだから! そこを勘違いしないでね! わかった!?』とツンデレた後、顔を真っ赤にして、一目散に文の家を飛び去っている。
残された文は、その瞬間、音の速さを超えて、ここへとやってきたというわけだ。
「まぁ、いいんじゃないの? 青春、青春。
はい、王手」
「むむ……! やるわね、にとり……」
「今回も私の勝ちかな~?」
「神を相手にでかい口を叩かないでね! はい、逆王手!」
「うおっ!? そんな手が!」
妖怪の山の一角、清水が流れる沢のちょっと横に、すのこと畳が敷き詰められた場所がある。
そこに、椛を始め、河童のにとりに豊穣の神の穣子などが集まって将棋に興じていた。
「別に、普段通り、『またまたご冗談を、はたてさん』とかやればよかったじゃないですか」
文がやってきた際の突風で、ようやくにとりとの勝負に勝てそうだったのに盤をひっくり返されたため、ご機嫌斜めの椛はやや突き放し気味の回答だ。
「……いや、まぁ、そうなんですけどね?」
何やらもやもやしたものがあるのか、歯切れの悪い文。
椛は、やれやれ、とため息をつく。
「……この二人はこれだから」
傍から見て、なかなか仲のよい友人関係。
本人たちも、その評価と関係で、まぁ、大体満足しているような文とはたて。
しかしながら、その内面に一歩踏み込んでみると、微妙なところで、お互い、意識しあっているというのがわかる。
新聞勝負のライバル関係というのもそこにあるだろうが、椛の眼から見ると、はたては弁解の余地なしとして文の方もその『意識』があるのだ。
「まぁ、お互い、それに気づいてどうこうってのは、この先100年単位でないだろうけど」
またもやぼそり。
困ったものだ、という仕草で椛は文に背中を向ける。
「う~ん……困ったなぁ。
これ、下手な回答、出来ないですよね」
「そういうこと聞いてくる人って、私の目から見ても『めんどくさいな~』って気はするけど。
ほれほれどうだ、にとり。もう手はないだろ~」
「うむむむ……! ここ……は角がきいてるし、……こっちは飛車。むぐぐぐぐ!」
「姉さん相手に300連敗して、実力を上げてきた私は、もうあんたには負けないわ!」
300連敗もしたのか、と椛は内心でツッコミを入れた。
ちなみに、その穣子の姉は、畳の上に自前の座布団を敷いて、湯のみ片手にぽけ~っとした表情で空を見上げている。
こっちのことなどお構いなしの、相変わらずのマイペースぶりであった。
「……いや、めんどくさいというか……」
「文が『はたてさんの方が大事ですよ』って答えるのわかってて聞いてるんじゃない?」
「それは悪意があるような……」
「だって、私なら、そんなこと他人に聞かないし。
気になるものがあったら素直に興味を向ける。そうじゃないなら、手を出さない。神様ってそういうものだし」
割と、穣子の回答はドライであった。
神様の立場として、信仰してくれる相手にはそれなりの恵みを渡すが、そうじゃないものにまで恵みを渡すつもりはない――なるほど、それは確かに『神様らしい』回答であり、立場の違いであった。
「まぁ、笑ってごまかせなかった時点で、文の負けよね」
「あ、それは確かに」
「ぐはぁ」
そしてとどめの一言で、文は畳みに顔から突き刺さるわけである。
椛も何気に辛らつな追撃を放って、「まぁ、あとでお酒にでも誘えばいいんじゃないですか」と一言。
「……皆さん冷たいですね」
「そうよ。みんな、もっと親身になってあげないと」
――と、そこで助け舟がやってくる。
助け舟は、この一角で文の話を聞いていた厄神さまであった。
「大変ね、あややちゃん!」
いきなりものすごい勢いで膝を進めてきた厄神さま――雛は、がっしと文の両手を握る。
「けれど、大丈夫よ! 私はあややちゃんの味方だからね!」
「は、はあ……ありがとうございます……。
……ところで、あややちゃん、というのは何か恥ずかしいのですが」
「まあまあ。いいじゃない」
ね? と雛は笑う。
なぜか、この彼女、自分よりも年下(?)と思われる相手はあだ名もしくは『ちゃん』付けで呼ぶ癖があるのだ。
「まずね、あややちゃん。はたてちゃんの言葉の意味を理解しないとダメよ」
「ええ、まあ、それはわかってるのですが……」
「はたてちゃんはきっと、みんなが言う通り、『新聞よりもあなたが大事です』と言う回答を期待してるの。
けれどね、きっと、それだけじゃダメだわ」
「え?」
「そうなると、あややちゃんのアイデンティティが揺らぐじゃない。
そうして悩むあややちゃんを、はたてちゃんは、きっと、見たくないはずよ」
なるほど、と手を打つ文。
一方、それを横で聞いている椛とにとりは『あー、また始まった』という顔をしていた。
「これはとても大切なの! わかる!?」
「は、はい。まぁ、一応……」
「一応、じゃダメ! しっかりわからないと!
いい? あややちゃん。
はたてちゃんは、あややちゃんが、新聞にすごく力を入れてることは知ってるわ。その上で、色んな人とも仲がいい――けれど、はたてちゃんはあややちゃんに、それが『打算』入りじゃないのか、って聞いたのよね?
――そこなのよ!
はたてちゃんは不安なの。
もしも、自分と、今、付き合ってくれているあややちゃんの『想い』が、そんな打算から来ていたらどうしよう、って。
だから、あややちゃんが答えるなら、そこを答えないとダメ!
私ははたてちゃんが思っている通り、新聞を大事にしている、そして、お友達も大事にしている! その中でも、はたてちゃんがとっても大事! けれど、それは打算なんかじゃない……あややちゃんの真摯な想いが……!」
「あ~、雛さん。ちょっと向こう行こうか」
「あら、なぁに? にとりちゃん。
今、ちょっと忙しい……」
「いいからいいから」
ず~るずるずると引きずられていく雛。一応、抵抗はしているようだが、にとりの手は雛の手から離れることはなかった。
……割と知られていないことだが、河童と言うのは剛力の持ち主である。鬼ほどではないものの、その力にかかっては、天狗たる文や椛でもにとりにはかなわないだろう。
「よーっし、私の勝ちぃ!
次、もみもみ、する?」
「いいですよ、穣子さま。
あともみもみってやめてください」
「じゃ、わんこ」
「誰が犬ですか!」
「ほーれとってこーい」
「わんわんわん!」
ひょいと放り投げる穣子の帽子を追いかけて、椛が駆けていく。
それを空中でぱくっとキャッチし、穣子の元に戻ってきて――そして、我に返る様が哀れであった。
「う~む……」
雛のおかげで、むしろ、余計に悩みが増した文がうなる。
そんな一同の滑稽な流れをのんびりと眺めていた静葉は、ぽつりと、
「秋の空は女心と同じ。そして、女心も釣瓶落とし」
と、何やら意味深なことをつぶやくのだった。
「困りましたねぇ……」
「で、何で私のところに来るの。あんたは」
「いえ。霊夢さん、一応、巫女じゃないですか? 巫女は人生相談みたいなこともやってるじゃないですか」
「早苗のところに行けばいいじゃない」
「早苗さん、こちらにいらっしゃるじゃないですか」
「うぐ」
ちょうどそこで、くだんの人物が「どうぞ」とお茶を持って現れる。
もうすっかり博麗神社に馴染んだ彼女――早苗が、霊夢の隣に腰を下ろしたところで、文は口を開いた。
「まぁ、というわけでして」
「ふ~ん……」
霊夢は相変わらずそっけない。
文の事情説明を聞いても『所詮は他人事』と言う認識だった。
もちろん、ここでかちんと来るようでは巫女との付き合いなどやっていられない。『こいつはこういう人間だし』という認識で納得しなければいけないのだ。
一方――、
「それは大変ですね、文さん」
やはり、緑色の巫女の方は、親身に相談に乗ってくれるようであった。
「はたてさんは、どうしてそんなことを言い出したんでしょう」
「う~ん……。
雛さんが言うには、自分は文にどう思ってもらってるのか気になるから、というところらしいのですが……」
「それが一番、近いんじゃない?
だって、あいつと一番、仲がいいの、あんたでしょ。と言うか、あんた以外とあの子がつるんでるところ、見たことないんだけど」
そう言われてみれば、と文は手を打つ。
一方、発言をした霊夢はジト目になって、『をい』とツッコミを入れる。
さらに早苗の方はというと、「ま、まあまあ」と二人の間の仲裁役。
誠、三者三様の行動である。
「……まぁ、もちょっと構ってやればいいんじゃないの? 酒に誘うとかさ」
「してますよ。
けど、『行かない』の一点張りなことが多くて」
「何でまた」
「さあ……。
あまり人付き合いが得意な方ではありませんし」
「そんなんで、よく新聞記者なんて出来るわね」
「だから念写なんですよ」
霊夢は『へぇ』と答えるばかり。
文は少しだけ口調を変えて、「かわいい方なんですよ」とはたてをフォローする。
「一匹狼なんですね」
「自分から好きで一人を選んでるならそうだけどね。
周りに馴染めないのは、ただの一人ぼっちよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
さすがに、文は語気を荒げた。
じろりと霊夢は彼女を見る。その視線を受けても、文は一歩も引かなかった。
「彼女は私のいいライバルでありいい友人です。
彼女をバカにするのなら、それ相応の対応をとらせていただきますよ」
「それ、はたてだっけ? あの子の前で言ったことある?」
「……え?」
「……まぁ、恥ずかしい話だけど、私も……その……さ。早苗の件でさ、紫にさ、そんな風に啖呵切ったのよ。
言わなきゃわかんないことってあるのよね」
ちょっぴりほっぺた赤くして、声を小さくしながらの巫女さんの一言。
それを横で聞いていた早苗が、少しだけ口許に笑みを浮かべながら、後ろから霊夢を抱きしめる。
「ま、そういうこと」
「……何か騙されたみたいですね」
「あんた、友達付き合い、いい方なんでしょ?」
「打算はありますけどね」
「全部?」
「半分くらい」
「じゃ、残りの半分は、相手に対して友情みたいなものを感じてるわけだ」
あいつにはどうなのよ、と霊夢は言った。
文は頭をかきながら、霊夢から視線をそらす。霊夢の瞳は『そら見ろ』と言わんばかりに、文の横顔を眺めている。
「文さん」
「あ、はい」
「写真って、どういうものですか?」
「え?」
「写真」
「ああ、えーっと……」
唐突な早苗の問いかけに、文は自分が、いつも首から提げているカメラに視線を落とした。
それを手に取り、『う~ん……』とうなりながらファインダーを覗き込む。
レンズの向こうに二人の巫女が映し出される。それを見ながら、『何ですか、とは?』と彼女は言った。
「写真って、『真実を写す』って書くんですよ」
「……」
「外の世界じゃそうでもないですけどね。
だけど、幻想郷でなら、写真は嘘をつかないんです」
早苗は霊夢の頬に顔を寄せると、「ぴーす♪」とVサインを作ってみせた。
霊夢も少し照れながら、左手でVサインを作って、文が持つカメラに視線を向ける。
無言で、しかし、いつもとは少し違う気持ちで、文はシャッターを切った。かしゃっ、という音がして、その瞬間がカメラの中に収められる。
「現像できたら見せてくださいね」
「……そうします」
「で、他に何か聞きたいことは?」
「ありませんよ。今はね」
彼女は小さく肩をすくめると、その場に踵を返した。
軽く地面を蹴って、空へと舞い上がる。
去り際に、文は視線を下へと向けた。霊夢も早苗も、すでに文のことなど忘れたかのように、神社の縁側でお喋りに興じている。
そんな二人の姿を見ながら、『……なるほどね』と、文は小さくつぶやいたのだった。
「文、来たわよ」
「おお! はたてさん!
いやぁ、晩御飯が楽しみですねぇ」
「……あんた、人にご飯作らせといて手伝いもしないものね」
全くもう、とはたては腰に手を当てた。
文はデスクの背もたれに寄りかかり、大きく伸びをしながら体を反らせる。
逆さまの世界に、はたてがむっとしている光景があった。
「私も料理はそこそこ出来ますけど、はたてさんにはかないませんね」
「言っておくけど、おだてても何もでないからね」
「おだてるなんて。
私は、ただ、真実を語る射命丸でございます」
「あんたの舌は何枚あるのか知りたいわ」
いつも通りの丁々発止としたやりとりをしてから、ふと、沈黙の時間が生まれる。
文は『よいしょ』と声を上げて椅子から立ち上がり、はたての方にくるりと振り返った。
「な、何よ」
突然、自分の方にレンズを向けられ、はたては困惑する。
文は『まあまあ』と言いながら、カメラのピントを調整していく。
「ちょっと。何をしたいのか……」
「先日、はたてさんが私に言ったことですけど」
「……あ、いや、あれは忘れて……」
「はっきり言うと、私は新聞が大切です」
被写体への距離と角度を調整しながら、文は言う。
一瞬だけ、はたての表情に暗いものが浮かび、しかし、すぐにそれは消え去っていく。『そ、そう』とはたては答えた。
「何せ、幻想郷で一番の新聞屋さんになるのが、私の最終目標ですから」
「まぁ……そうね。わたしもそうだし」
「いい記事、いい写真、そしていいネタが必要です。新聞を売るには」
「でしょうね」
だから、と。
文は言う。
「はい、笑って笑ってー」
はたてはぎこちない笑みを、レンズへと向けて、左手で小さくVサインを作った。
ぱしゃっ、という音がして、室内にフラッシュの光が満ちる。
少しの沈黙。そして――、
「……私の一番大切な新聞に、大切な友人の写真を掲載するのもいいかなー、なんて」
「……え?」
「『文々。新聞記者が語る! 友達との絆!』なんて。
ちょっとした読み物にはいいかもじゃないですか?」
少しだけ。
ほんの少しだけ、照れくさそうに、文は笑った。
はたてはその文の顔を見て、何を思ったのか。
ポケットからカメラを取り出した彼女は、文のそんな笑顔を撮影する。
「それなら、わたしの方が、先に特集作るんだから」
そう言って、彼女は笑った。
「そっ、それはないですよ! 営業妨害!」
「甘いわね。情報は生もの。早く出した方が勝ちなのよ!」
「認めません! それは卑怯です!
フィルムをよこしなさい!」
「甘いわね、文。これはフィルムなんて使わないのよ~」
「むぎぎ……!
な、なら、弾幕勝負です! 勝った方が特集を作る! それで……!」
「い・や・よ。
さ~て、あんたの晩御飯作る前に、記事作ってこよ~っと」
「あっ、こら! 待ちなさい! 逃げるの反則ーっ!」
はたてが大急ぎで文の家を飛び出していく。
文は戸口まで出て、ひとしきり声を上げてから、大慌てで室内へと舞い戻る。
「どっ、どうしよう……。あんな顔さらされたら、私、明日から幻想郷の笑いものじゃないですか!」
『いいじゃないですか。
さっきの文さま、かわいかったですよ』
「そういうのじゃなくて!
あ~……! どうしてわかんないかなぁ! はたてさんに、あんな顔を見せたのを知られるのがまずいってことよ!
よ、よし! はたてさんのところに行って、あのみょうちくりんなカメラを取り上げるわ!
ついてきなさい!」
『いいじゃないですか。
お互い、大事な友人の笑顔を、大切な新聞に載せるだけでしょ?』
「おお、そういえばそうね!
つまり、何も取り返さなくても、仕返しとして、私がはたてさんの新聞が出る前に、あのはたてさんの写真を掲載した新聞を作ればいいのよ!
よし、号外よ! 号外を作るから協力しなさい!」
『……あの、ボク、鳥なんですけど』
「じゃあ、伝書鳩!」
『いやカラス……』
「ふっふっふ、待ってなさいよ、はたてさん!
ただ恥ずかしい思いをするのは私だけじゃないことを、徹底的に教えてやるわっ!」
それって自爆根性って言うんじゃないのかなぁ……と思ったかーくんであったが、言葉には出さなかった。
何やら頓珍漢なことを始めた主人の背中を見ながら、かーくんはつぶやく。
『……二人そろって恥ずかしがりだったんですね』
そういうのを、世間一般では『初心』ということを、かーくんは知らなかったのだった。
そして、後日発行された二人の新聞であるが、そろって一面に相手の笑顔の写真をフルカラーで掲載し、『射命丸文(姫海棠はたて)の笑顔を激写!』というタイトルであった。
その写真を見た多くの天狗たちは『あややちゃん(はーたん)の笑顔最高!』と親指を立て、両者の新聞は記録的売り上げを達することになる。
ついでに、人里にもばらまかれたその新聞を見た者たちの反応は十人十色であったが、共通した反応として、『なるほど』と首を縦に振るそれが多く見られたという。
なお、追記すると、
「文。何か質問があったら、がんがん聞いてね。手伝うから」
「頑張ってね」
と、とある館の銀髪メイドととある森の七色魔法使いが、やたら文(とはたて)に対して優しくなったと言うが、それはまた別の話――。
「何ですかー?」
「人と話しする時はこっち向けっ」
「ひっ、ひたひひたひひたひぃ~!」
みょ~ん、とほっぺた引っ張られ、文は悲鳴を上げる。
――ここは射命丸文ご本人の家。
お世辞にも片付いているとは言えない空間で、デスクに向かい、かりかりと彼女はペンを動かしている。
その後ろにいる人物は、文のライバル(自称もしくは他称)であるはたて嬢。
何でここにいるのかと言うと、『たまたま』多く作ってしまったご飯のおかずのお裾分け、であるらしい。
「あんた、ほんと、新聞ばっかね」
「当然ですね。
我が新聞は、天狗仲間のみならず、いずれは幻想郷全てをカバーし、ありとあらゆる事実を人々にお伝えするぐれぇとな紙面になる予定なのですから」
「予定は未定、って言葉、知ってる?」
「ぐっさ」
夢を大きく持つのは悪いことではない。
しかし、現実を見ないというのも、これまた問題視される行動である。
ちなみに、文の新聞の出版部数は(ごにょごにょ)であり、大抵が、朝配って昼ごろには焚き火の燃料に使われているという程度のものであった。
「……ま、いいや」
「ふっ……はたてさんの新聞の発行部数よりは上ですから」
「ざくっ」
辛らつな言葉の応酬。
なお、どうでもいいが、彼女たちが属する天狗社会で発行部数売り上げ部数共にナンバー1の新聞は、文とはたての新聞の一回の発行部数を足して100をかけた上で2乗するくらいのレベルである。
何でそんなに売れてるのかは――大人の事情、ということである。
「ふっ……ふふっ……。
べ、別にいいわ! そのうち、あんたを追い越してやるのは確定済みなんだからね!」
「ふん! こちらも負けませんよ!」
『……どんぐりの背比べ』
『目くそ鼻くそ』
『……辛らつですね』
『この人らの使いやってりゃこうなりますよ』
『ですよねー……』
その様子を見守る、二人の使いのかーくん達は、ご主人よりもよっぽど現実見た会話をしていたりするのだが。
「……で。話とは?」
「あ、あー……そう、ね……」
ひとしきりにらみ合いを終えてから、文の一言。はたては、こほん、と一つ咳払いをすると、
「その……あんたが、新聞に情熱かけてるのはわかってるけどさー……」
「はあ」
「だからこっち向けっ」
「あ、ちょっと、今、筆が乗ってきていいところなのにいたいいたいいたい!」
耳引っ張られて涙目になる文。
物理攻撃はよくないが、さりとて、人と話をしているのにあさっての方を向いている文も悪いので、どっちもどっちだろう。
「……えっと……。
べ、別に、そういう言葉が欲しいとかじゃないんだけど……。
この頃、わたし、ここによく来るじゃない? それで、まぁ……うん……」
「はぁ?」
相手が何を言いたいのかさっぱりわからない。
失礼だとはわかっていても、首をかしげて、頭の上に『?』マークを浮かべてしまう。
「文は、その……友達、大事にするタイプよね」
「当然です」
ふふん、と胸を張る文。
「友人関係というか、人と人のつながりはとても重要です。
特に、私たちのような報道関係者は、そのつながりから重要な情報を得られることもあります」
「それって、打算があっての友達関係、ってやつ……?」
「まぁ、多少、それがあるのは否定しませんけどね」
ひょいと肩をすくめて、文。
はたては、一度、大きく深呼吸する。
「……じゃあ、さ。一回だけしか聞かないよ?」
「ええ、どうぞ」
「……わたしと新聞だったら、どっちが大切……?」
「と言うことを聞かれたのですよどうしたらいいですか椛さん!」
「朝っぱらからおのろけですかこの野郎うざい爆発しろ」
笑顔で、椛はさらりと言ってのけた。
――文にかけられた石化の魔法が解けたのは、それからだいぶ後のこと。
はたてはそんなセリフを放った後、『べっ、別に深い意味はないからね!? ただ、わたしは、一応、あんたの友達やってあげてるわけだから! そこを勘違いしないでね! わかった!?』とツンデレた後、顔を真っ赤にして、一目散に文の家を飛び去っている。
残された文は、その瞬間、音の速さを超えて、ここへとやってきたというわけだ。
「まぁ、いいんじゃないの? 青春、青春。
はい、王手」
「むむ……! やるわね、にとり……」
「今回も私の勝ちかな~?」
「神を相手にでかい口を叩かないでね! はい、逆王手!」
「うおっ!? そんな手が!」
妖怪の山の一角、清水が流れる沢のちょっと横に、すのこと畳が敷き詰められた場所がある。
そこに、椛を始め、河童のにとりに豊穣の神の穣子などが集まって将棋に興じていた。
「別に、普段通り、『またまたご冗談を、はたてさん』とかやればよかったじゃないですか」
文がやってきた際の突風で、ようやくにとりとの勝負に勝てそうだったのに盤をひっくり返されたため、ご機嫌斜めの椛はやや突き放し気味の回答だ。
「……いや、まぁ、そうなんですけどね?」
何やらもやもやしたものがあるのか、歯切れの悪い文。
椛は、やれやれ、とため息をつく。
「……この二人はこれだから」
傍から見て、なかなか仲のよい友人関係。
本人たちも、その評価と関係で、まぁ、大体満足しているような文とはたて。
しかしながら、その内面に一歩踏み込んでみると、微妙なところで、お互い、意識しあっているというのがわかる。
新聞勝負のライバル関係というのもそこにあるだろうが、椛の眼から見ると、はたては弁解の余地なしとして文の方もその『意識』があるのだ。
「まぁ、お互い、それに気づいてどうこうってのは、この先100年単位でないだろうけど」
またもやぼそり。
困ったものだ、という仕草で椛は文に背中を向ける。
「う~ん……困ったなぁ。
これ、下手な回答、出来ないですよね」
「そういうこと聞いてくる人って、私の目から見ても『めんどくさいな~』って気はするけど。
ほれほれどうだ、にとり。もう手はないだろ~」
「うむむむ……! ここ……は角がきいてるし、……こっちは飛車。むぐぐぐぐ!」
「姉さん相手に300連敗して、実力を上げてきた私は、もうあんたには負けないわ!」
300連敗もしたのか、と椛は内心でツッコミを入れた。
ちなみに、その穣子の姉は、畳の上に自前の座布団を敷いて、湯のみ片手にぽけ~っとした表情で空を見上げている。
こっちのことなどお構いなしの、相変わらずのマイペースぶりであった。
「……いや、めんどくさいというか……」
「文が『はたてさんの方が大事ですよ』って答えるのわかってて聞いてるんじゃない?」
「それは悪意があるような……」
「だって、私なら、そんなこと他人に聞かないし。
気になるものがあったら素直に興味を向ける。そうじゃないなら、手を出さない。神様ってそういうものだし」
割と、穣子の回答はドライであった。
神様の立場として、信仰してくれる相手にはそれなりの恵みを渡すが、そうじゃないものにまで恵みを渡すつもりはない――なるほど、それは確かに『神様らしい』回答であり、立場の違いであった。
「まぁ、笑ってごまかせなかった時点で、文の負けよね」
「あ、それは確かに」
「ぐはぁ」
そしてとどめの一言で、文は畳みに顔から突き刺さるわけである。
椛も何気に辛らつな追撃を放って、「まぁ、あとでお酒にでも誘えばいいんじゃないですか」と一言。
「……皆さん冷たいですね」
「そうよ。みんな、もっと親身になってあげないと」
――と、そこで助け舟がやってくる。
助け舟は、この一角で文の話を聞いていた厄神さまであった。
「大変ね、あややちゃん!」
いきなりものすごい勢いで膝を進めてきた厄神さま――雛は、がっしと文の両手を握る。
「けれど、大丈夫よ! 私はあややちゃんの味方だからね!」
「は、はあ……ありがとうございます……。
……ところで、あややちゃん、というのは何か恥ずかしいのですが」
「まあまあ。いいじゃない」
ね? と雛は笑う。
なぜか、この彼女、自分よりも年下(?)と思われる相手はあだ名もしくは『ちゃん』付けで呼ぶ癖があるのだ。
「まずね、あややちゃん。はたてちゃんの言葉の意味を理解しないとダメよ」
「ええ、まあ、それはわかってるのですが……」
「はたてちゃんはきっと、みんなが言う通り、『新聞よりもあなたが大事です』と言う回答を期待してるの。
けれどね、きっと、それだけじゃダメだわ」
「え?」
「そうなると、あややちゃんのアイデンティティが揺らぐじゃない。
そうして悩むあややちゃんを、はたてちゃんは、きっと、見たくないはずよ」
なるほど、と手を打つ文。
一方、それを横で聞いている椛とにとりは『あー、また始まった』という顔をしていた。
「これはとても大切なの! わかる!?」
「は、はい。まぁ、一応……」
「一応、じゃダメ! しっかりわからないと!
いい? あややちゃん。
はたてちゃんは、あややちゃんが、新聞にすごく力を入れてることは知ってるわ。その上で、色んな人とも仲がいい――けれど、はたてちゃんはあややちゃんに、それが『打算』入りじゃないのか、って聞いたのよね?
――そこなのよ!
はたてちゃんは不安なの。
もしも、自分と、今、付き合ってくれているあややちゃんの『想い』が、そんな打算から来ていたらどうしよう、って。
だから、あややちゃんが答えるなら、そこを答えないとダメ!
私ははたてちゃんが思っている通り、新聞を大事にしている、そして、お友達も大事にしている! その中でも、はたてちゃんがとっても大事! けれど、それは打算なんかじゃない……あややちゃんの真摯な想いが……!」
「あ~、雛さん。ちょっと向こう行こうか」
「あら、なぁに? にとりちゃん。
今、ちょっと忙しい……」
「いいからいいから」
ず~るずるずると引きずられていく雛。一応、抵抗はしているようだが、にとりの手は雛の手から離れることはなかった。
……割と知られていないことだが、河童と言うのは剛力の持ち主である。鬼ほどではないものの、その力にかかっては、天狗たる文や椛でもにとりにはかなわないだろう。
「よーっし、私の勝ちぃ!
次、もみもみ、する?」
「いいですよ、穣子さま。
あともみもみってやめてください」
「じゃ、わんこ」
「誰が犬ですか!」
「ほーれとってこーい」
「わんわんわん!」
ひょいと放り投げる穣子の帽子を追いかけて、椛が駆けていく。
それを空中でぱくっとキャッチし、穣子の元に戻ってきて――そして、我に返る様が哀れであった。
「う~む……」
雛のおかげで、むしろ、余計に悩みが増した文がうなる。
そんな一同の滑稽な流れをのんびりと眺めていた静葉は、ぽつりと、
「秋の空は女心と同じ。そして、女心も釣瓶落とし」
と、何やら意味深なことをつぶやくのだった。
「困りましたねぇ……」
「で、何で私のところに来るの。あんたは」
「いえ。霊夢さん、一応、巫女じゃないですか? 巫女は人生相談みたいなこともやってるじゃないですか」
「早苗のところに行けばいいじゃない」
「早苗さん、こちらにいらっしゃるじゃないですか」
「うぐ」
ちょうどそこで、くだんの人物が「どうぞ」とお茶を持って現れる。
もうすっかり博麗神社に馴染んだ彼女――早苗が、霊夢の隣に腰を下ろしたところで、文は口を開いた。
「まぁ、というわけでして」
「ふ~ん……」
霊夢は相変わらずそっけない。
文の事情説明を聞いても『所詮は他人事』と言う認識だった。
もちろん、ここでかちんと来るようでは巫女との付き合いなどやっていられない。『こいつはこういう人間だし』という認識で納得しなければいけないのだ。
一方――、
「それは大変ですね、文さん」
やはり、緑色の巫女の方は、親身に相談に乗ってくれるようであった。
「はたてさんは、どうしてそんなことを言い出したんでしょう」
「う~ん……。
雛さんが言うには、自分は文にどう思ってもらってるのか気になるから、というところらしいのですが……」
「それが一番、近いんじゃない?
だって、あいつと一番、仲がいいの、あんたでしょ。と言うか、あんた以外とあの子がつるんでるところ、見たことないんだけど」
そう言われてみれば、と文は手を打つ。
一方、発言をした霊夢はジト目になって、『をい』とツッコミを入れる。
さらに早苗の方はというと、「ま、まあまあ」と二人の間の仲裁役。
誠、三者三様の行動である。
「……まぁ、もちょっと構ってやればいいんじゃないの? 酒に誘うとかさ」
「してますよ。
けど、『行かない』の一点張りなことが多くて」
「何でまた」
「さあ……。
あまり人付き合いが得意な方ではありませんし」
「そんなんで、よく新聞記者なんて出来るわね」
「だから念写なんですよ」
霊夢は『へぇ』と答えるばかり。
文は少しだけ口調を変えて、「かわいい方なんですよ」とはたてをフォローする。
「一匹狼なんですね」
「自分から好きで一人を選んでるならそうだけどね。
周りに馴染めないのは、ただの一人ぼっちよ」
「そこまで言わなくてもいいじゃないですか」
さすがに、文は語気を荒げた。
じろりと霊夢は彼女を見る。その視線を受けても、文は一歩も引かなかった。
「彼女は私のいいライバルでありいい友人です。
彼女をバカにするのなら、それ相応の対応をとらせていただきますよ」
「それ、はたてだっけ? あの子の前で言ったことある?」
「……え?」
「……まぁ、恥ずかしい話だけど、私も……その……さ。早苗の件でさ、紫にさ、そんな風に啖呵切ったのよ。
言わなきゃわかんないことってあるのよね」
ちょっぴりほっぺた赤くして、声を小さくしながらの巫女さんの一言。
それを横で聞いていた早苗が、少しだけ口許に笑みを浮かべながら、後ろから霊夢を抱きしめる。
「ま、そういうこと」
「……何か騙されたみたいですね」
「あんた、友達付き合い、いい方なんでしょ?」
「打算はありますけどね」
「全部?」
「半分くらい」
「じゃ、残りの半分は、相手に対して友情みたいなものを感じてるわけだ」
あいつにはどうなのよ、と霊夢は言った。
文は頭をかきながら、霊夢から視線をそらす。霊夢の瞳は『そら見ろ』と言わんばかりに、文の横顔を眺めている。
「文さん」
「あ、はい」
「写真って、どういうものですか?」
「え?」
「写真」
「ああ、えーっと……」
唐突な早苗の問いかけに、文は自分が、いつも首から提げているカメラに視線を落とした。
それを手に取り、『う~ん……』とうなりながらファインダーを覗き込む。
レンズの向こうに二人の巫女が映し出される。それを見ながら、『何ですか、とは?』と彼女は言った。
「写真って、『真実を写す』って書くんですよ」
「……」
「外の世界じゃそうでもないですけどね。
だけど、幻想郷でなら、写真は嘘をつかないんです」
早苗は霊夢の頬に顔を寄せると、「ぴーす♪」とVサインを作ってみせた。
霊夢も少し照れながら、左手でVサインを作って、文が持つカメラに視線を向ける。
無言で、しかし、いつもとは少し違う気持ちで、文はシャッターを切った。かしゃっ、という音がして、その瞬間がカメラの中に収められる。
「現像できたら見せてくださいね」
「……そうします」
「で、他に何か聞きたいことは?」
「ありませんよ。今はね」
彼女は小さく肩をすくめると、その場に踵を返した。
軽く地面を蹴って、空へと舞い上がる。
去り際に、文は視線を下へと向けた。霊夢も早苗も、すでに文のことなど忘れたかのように、神社の縁側でお喋りに興じている。
そんな二人の姿を見ながら、『……なるほどね』と、文は小さくつぶやいたのだった。
「文、来たわよ」
「おお! はたてさん!
いやぁ、晩御飯が楽しみですねぇ」
「……あんた、人にご飯作らせといて手伝いもしないものね」
全くもう、とはたては腰に手を当てた。
文はデスクの背もたれに寄りかかり、大きく伸びをしながら体を反らせる。
逆さまの世界に、はたてがむっとしている光景があった。
「私も料理はそこそこ出来ますけど、はたてさんにはかないませんね」
「言っておくけど、おだてても何もでないからね」
「おだてるなんて。
私は、ただ、真実を語る射命丸でございます」
「あんたの舌は何枚あるのか知りたいわ」
いつも通りの丁々発止としたやりとりをしてから、ふと、沈黙の時間が生まれる。
文は『よいしょ』と声を上げて椅子から立ち上がり、はたての方にくるりと振り返った。
「な、何よ」
突然、自分の方にレンズを向けられ、はたては困惑する。
文は『まあまあ』と言いながら、カメラのピントを調整していく。
「ちょっと。何をしたいのか……」
「先日、はたてさんが私に言ったことですけど」
「……あ、いや、あれは忘れて……」
「はっきり言うと、私は新聞が大切です」
被写体への距離と角度を調整しながら、文は言う。
一瞬だけ、はたての表情に暗いものが浮かび、しかし、すぐにそれは消え去っていく。『そ、そう』とはたては答えた。
「何せ、幻想郷で一番の新聞屋さんになるのが、私の最終目標ですから」
「まぁ……そうね。わたしもそうだし」
「いい記事、いい写真、そしていいネタが必要です。新聞を売るには」
「でしょうね」
だから、と。
文は言う。
「はい、笑って笑ってー」
はたてはぎこちない笑みを、レンズへと向けて、左手で小さくVサインを作った。
ぱしゃっ、という音がして、室内にフラッシュの光が満ちる。
少しの沈黙。そして――、
「……私の一番大切な新聞に、大切な友人の写真を掲載するのもいいかなー、なんて」
「……え?」
「『文々。新聞記者が語る! 友達との絆!』なんて。
ちょっとした読み物にはいいかもじゃないですか?」
少しだけ。
ほんの少しだけ、照れくさそうに、文は笑った。
はたてはその文の顔を見て、何を思ったのか。
ポケットからカメラを取り出した彼女は、文のそんな笑顔を撮影する。
「それなら、わたしの方が、先に特集作るんだから」
そう言って、彼女は笑った。
「そっ、それはないですよ! 営業妨害!」
「甘いわね。情報は生もの。早く出した方が勝ちなのよ!」
「認めません! それは卑怯です!
フィルムをよこしなさい!」
「甘いわね、文。これはフィルムなんて使わないのよ~」
「むぎぎ……!
な、なら、弾幕勝負です! 勝った方が特集を作る! それで……!」
「い・や・よ。
さ~て、あんたの晩御飯作る前に、記事作ってこよ~っと」
「あっ、こら! 待ちなさい! 逃げるの反則ーっ!」
はたてが大急ぎで文の家を飛び出していく。
文は戸口まで出て、ひとしきり声を上げてから、大慌てで室内へと舞い戻る。
「どっ、どうしよう……。あんな顔さらされたら、私、明日から幻想郷の笑いものじゃないですか!」
『いいじゃないですか。
さっきの文さま、かわいかったですよ』
「そういうのじゃなくて!
あ~……! どうしてわかんないかなぁ! はたてさんに、あんな顔を見せたのを知られるのがまずいってことよ!
よ、よし! はたてさんのところに行って、あのみょうちくりんなカメラを取り上げるわ!
ついてきなさい!」
『いいじゃないですか。
お互い、大事な友人の笑顔を、大切な新聞に載せるだけでしょ?』
「おお、そういえばそうね!
つまり、何も取り返さなくても、仕返しとして、私がはたてさんの新聞が出る前に、あのはたてさんの写真を掲載した新聞を作ればいいのよ!
よし、号外よ! 号外を作るから協力しなさい!」
『……あの、ボク、鳥なんですけど』
「じゃあ、伝書鳩!」
『いやカラス……』
「ふっふっふ、待ってなさいよ、はたてさん!
ただ恥ずかしい思いをするのは私だけじゃないことを、徹底的に教えてやるわっ!」
それって自爆根性って言うんじゃないのかなぁ……と思ったかーくんであったが、言葉には出さなかった。
何やら頓珍漢なことを始めた主人の背中を見ながら、かーくんはつぶやく。
『……二人そろって恥ずかしがりだったんですね』
そういうのを、世間一般では『初心』ということを、かーくんは知らなかったのだった。
そして、後日発行された二人の新聞であるが、そろって一面に相手の笑顔の写真をフルカラーで掲載し、『射命丸文(姫海棠はたて)の笑顔を激写!』というタイトルであった。
その写真を見た多くの天狗たちは『あややちゃん(はーたん)の笑顔最高!』と親指を立て、両者の新聞は記録的売り上げを達することになる。
ついでに、人里にもばらまかれたその新聞を見た者たちの反応は十人十色であったが、共通した反応として、『なるほど』と首を縦に振るそれが多く見られたという。
なお、追記すると、
「文。何か質問があったら、がんがん聞いてね。手伝うから」
「頑張ってね」
と、とある館の銀髪メイドととある森の七色魔法使いが、やたら文(とはたて)に対して優しくなったと言うが、それはまた別の話――。
お前だったのかwww
同士か……100点。
あやはたって友情と愛情の線引きが微妙に難しい気がする。