「あれ、咲夜。珍しいじゃない」
声をかけられたのは、賑やかな市場を歩いていたときだった。
人の数は多く、声も常に飛び交っている中ではあったが、咲夜は迷わず声の発生源のほうに振り向いた。
「メイド服だし背が高いし、もしかしてって思ったんだけど。やっぱり目立つわね、あなた」
などと、綺麗な金髪を輝かせながら、アリスは言った。目立つという意味では明らかにお互い様だったが、あえて指摘するつもりもない。
「どうも」
「お買い物? 相変わらずメイド服ってことは、仕事?」
「ええ」
「珍しいわね。いつもはちっちゃいメイドたちの仕事よね? ちょくちょく見かけるし」
「高級品や大口購入のときは私が出るのが基本よ。十分に交渉が必要だから。でも、今日は、そうね、特別。パチュリー様が、人間はもっと定期的に日の光を浴びるべきだってお嬢様に進言してくださったようで」
「ああ……あなた、言われなかったらずっと中で仕事してそうよね。今の言葉はパチュリーにそのまま返したくもなるけど……」
少し複雑な表情を見せるアリス。咲夜の感覚では、魔法使いというものは日陰に閉じこもっている状態が普通であって、このアリスや魔理沙のほうが特殊なのではないかと思うものだが、これも別に指摘する必要はないと思い、口には出さない。
ここは野菜や果物を中心とした食料品市場である。日常的に消費する食材の買い入れは、事実、通常は妖精メイドが担当している仕事だ。咲夜自らが食材を調達するとなると、普通には手に入らないものが必要なときだった。それはたとえば高級食材であったり、あるいは――普通の人間は食材と認識していないもの、を、調達するときである。
が、今日に限っては、ごく日常的な買い物だ。逆に慣れていない特殊ケースである。
「でも、一人なの? 大丈夫? あそこっていっぱい買うんじゃないの?」
「妖精はなにも食べる必要ないから、それほど必要ないのよ」
「……あ。そういえばメイドはあなた以外妖精だったわね。なんか、忘れちゃうわ。妖精らしくない、なんというか、一体感、連帯感を感じるから」
「わざわざ働こうなんて考えてる時点で妖精の中では変わり者が集まってるのよ。ほとんど遊んでるけど」
「……大変よね、あなたも」
「紅魔館では働き者で色々とできる器用なメイドをいつでも募集しておりますわ」
「あ、う、うん。いい戦力になる子が見つかるといいわね」
「紅魔館では働き者で炊事洗濯裁縫人形作り人形劇なんでもできる器用な金髪メイドをいつでも募集しておりますわ」
「かなり限定してきたっ!?」
アリスが少し慌てたところで、咲夜はほんの少しだけ、微笑む。
「あなたが欲しいのは本当よ、アリス。魔法使いとして、人形遣いとして、自由に生きているあなたが輝いているのは確かだから、強引な勧誘はしないけどね。気が向いたらいつでも来て頂戴」
「え……あ、う……ま、まあ、私だって、嫌だってわけじゃ、ないから。ただ、やりたいこともあるから、できないっていうか」
咲夜は微笑をたたえたまま、アリスの言葉をゆったりと聞く。
アリスは少し顔を赤くしつつますます慌てて、えーっとと言葉を探しつつ喋る。が、途中ではっと真顔になって、今度はゆっくりと、ため息をついた。
「う……危ない、危ない。あなたのペースに巻き込まれるところだったわ」
視線を咲夜から少し外しながら、もう一度深く息を吐く。
しばらく間を置いてから、上目遣い気味に咲夜の顔を覗き込む。
「咲夜、絶対、自分の容姿とか表情とかがどんな効果を生むか、計算してやってるでしょ」
「さあ? どういうことだか、よくわかりませんわ」
「……もう。悔しいわね、そうやってトボけるんですら、なんかサマになっちゃうんだから」
「褒め言葉?」
「ええそうよ! にくったらしいわねもうっ! なにやっても無駄にかっこいいのよあなたは! ……まったく、危うく口説かれちゃうところだったわ」
「あら、ありがとう。でも、アリス。さっきの言葉は本気よ?」
「……! だ、だから、そういうの、やめてっ」
「はいはい」
くす、と咲夜は笑った。今度は先ほどと異なり、子供っぽさも感じさせるような笑い方。
アリスはもう一度、深く、ため息をついた。
「まったく。どうせ、パチュリーに頼まれてるんでしょ、勧誘しておいてとか」
小さく吐き捨てた言葉に、咲夜はほんの少し目を丸くして、ん、と首を傾げた。
ここで、一秒ほどの、間を置いて。
もう一度、計算されたような微笑みを浮かべる。
「それは、私自身の意思で誘ってほしかった、という言葉として受け取っていいのかしら」
「えっ……あ、いや、そういう、そんな話じゃ」
「安心して。もちろん、私自身の思いで、あなたが欲しいの」
「うっ……うーーーーーっ! だからっ! それ、やめてっ! 流されそうになる自分が怖いからっ!」
耐え切れず、またアリスは、今度は上半身ごとひねるほどはっきりと、咲夜の顔から視線を外し、顔を手で覆った。赤く染まった頬や、どうしても緩んでしまう表情は隠しきれていない。
ご意見、承りましたわ。などと落ち着いて言いながら、咲夜はその後はただ黙って、アリスの調子が戻るのを、じっと見つめながら、待った。
「でも、さすがね、アリス。子供たちの前で人形劇を披露しているだけはあるわ」
「え? なに、が?」
「これだけ注目を浴びてること自体は、意外に平気なのね、と思って」
咲夜の言葉を聞いて初めて気づいたように、アリスは、顔を軽く、そして目を左右に振って、周囲の様子を眺め確認した。
長身で美人なメイドと、金髪の少女という組み合わせ。そして、なにやら妖しげな会話。必然的に人々の好奇心を煽っていた。割と遠慮がちにちらちらと見ている人もいれば、堂々と観戦モードに入っている人もいた。
「……」
ようやく落ち着き始めていたアリスだったが、また顔を下に向けて、ついに両手で顔を覆うのだった。
「おう、アリスちゃん、お取り込み中だったみたいだけど、もう話は終わったかい?」
「……お騒がせして、ごめんなさい」
「いやいや! だーれも迷惑だなんて思っちゃいないさ。みんな面白そうなことが大好きだからねえ」
アリスは、すぐ近くの出店の主人と思われる男に話しかけられていた。
とりあえず流れで、咲夜もアリスの後ろにそのままつく。
「今日はトマトが、いいのが入ったよ! 金はいらねえ、持ってってくれ」
「え、いえ、そういうわけには」
「いいって、いいって。いつもひいきにしてもらってるからね。あの、注目のアリスちゃんひいきの店ってだけで宣伝効果は抜群だからね!」
「えっ私いつそんな注目を集めたんです?」
「さっきとかだな」
「……あうう」
「ひひ、実際、本当に世話になってるんだよ。持ってってくれよ! そんかわり今後ともヨロシク、ってことで」
「うーん。ありがとうございます。では、せっかくなので」
「後ろのメイドさんも、ほら、どうぞ。美味しいよ」
「あら。私もよろしいので?」
「アリスちゃんの友達だろう? 是非、試してってくれよ。うちは質のいいものしか扱わないからね、絶対気に入ってくれるはずさ」
「確かに、いい色してますわ。それでは、四ついただけるかしら? 値段は三つ分でいいのかしら」
「ん、四つかい。ああ、そうか、メイドさんだからね、大きな家なんだろうねえ。いいよ、じゃ、全部持ってけ、ってわけにはいかないけど、半額で」
「ありがとうございます」
「いやいや、友情価格だよ、うん。アリスちゃんの友達ならこの店の友達だ」
「お世話になりますわ」
「アリスの人気のおかげで役得だわ」
「う……うーん。別に、人気とかじゃないと思うんだけど。あの店は実際よく使ってるしね。時々おまけしてくれるし、いい店だと思うわ」
大きなカゴにトマトを四つ。まずは幸先の良いスタートである。
「友情価格って、今後も適用されるのかしら」
「……いや、あの人も精一杯だと思うから、容赦してあげてね、できるかぎり。あなたが本気出したら大変なことになりそうだし。全品八割引くらいは勝ち取りそうだわ」
「そうね。アリスの評判を落としたら大変だから、控えめにしておくわ」
「あ、さっきの部分は特に否定もしないんだ……」
「――はーい、アリスちゃん、いらっしゃーい! 今日はまた一段と可愛いところを見せてくれたわねー、ふふ」
先程の店からまだ数歩歩いた程度の場所で、今度は反対側の並びにある店から、声をかけられた。
今度はそこそこ若く見える女性の店主である。
「どうも、ええと……できればさっきのことは気にしないでいただけると」
「いいーや、貴重なところを見せてもらったからね、しっかり覚えちゃうわよー」
ニヤニヤと笑ったあと、店主は今度は軽く口をとがらせた。
「でも、ひどいじゃない。あんな奴のところで野菜買っちゃうなんてー。アリスちゃんはあたしの味方だと思ってたのに……裏切ったのねっ!」
「……おい、聞こえてるからな、そこの」
「聞こえるように言ってるんですぅー」
「ああそうかい。営業妨害で訴えてやろうか、ああ?」
「やだー、怖いわー。アリスちゃん気をつけてねー、あのおっさんアリスちゃんを見る目あやしいわよー」
「おめーはそうやって人の悪口しか言えないから売り物も腐ってばっかりなんじゃねーのかよー」
「あ、あの、えっと」
唐突に始まった、店主同士の野次り合いに、アリスは苦笑いを浮かべながら、とりあえず手で仲裁の仕草を見せる。
近くの店は近くの店で、おお、もっとやれとか、また始まったよとかそんなことを談笑の雰囲気で言うばかりで、誰も本気で止める気などない。この光景を初めて眺める咲夜でも、これがごく日常的なやりとりであって、特に事件ではないということはすぐにわかった。
「それにしても、綺麗どころには綺麗な子が集まるのかしらねー。これまたすっごい美人を連れてるじゃない、今日は。最初はアリスちゃんのメイドさんかと思ったけど、そうじゃないみたいね」
「ありがとうございます。今後は何度かお世話になると思いますわ」
店主の言葉に、咲夜はすかさず頭を下げて礼を言う。
頭を下げているのに、決して卑屈や謙遜ではなく自信を感じさせるような礼、であるにもかかわらず、それがまた好印象を生むほど自然な仕草。
はぁ、と店主がため息をつくほどである。
「こんな綺麗な外人さん二人が客に来る日が来るなんて、想像もしてなかったわー。人生、色々あるものね」
二人は呼び止められただけであり、必ずしも客ではない。
が、二人ともその点については特に気にしていない。アリスは、ちら、と咲夜の顔を伺ったが、少し口を開きかけて、やめていた。おそらく「外人さん」という点についてどう反応するか気にしたのだろう、と咲夜は読んでいたが、聞かれないのならばなにも言う必要はない、と知らぬ顔である。
「そうかそうか、これからも来てくれるっていうなら、うちもサービスしないとねー。運がいいよ二人とも、ついさっき新鮮な卵が入ったばかりなの。貴重品だから普段は結構なお値段するんだけど、今日は……これくらいで、おまけしちゃうよ」
店主は指を二本立てる。今度は咲夜がアリスの様子を伺う。アリスは、いつもより確かに安い、と視線に答えた。
「あたしは優しいから、裏切りの件は許しちゃう。でもアリスちゃんもメイドさんも、あっちよりあたしの店をもっと贔屓にしてね! もっとサービスしちゃうから」
アリスは曖昧な笑みを浮かべてそれには答えず、卵を六個買う。咲夜もそれに続いて十個。一応手にとって簡単に出来る範囲で質の良さを確認してから。
「性格の悪さが売り物に移ってなけりゃいいんだけどなあ」
「あーらとんでもない言いがかり。相変わらず非科学的ですわー」
「あ、あの、それじゃ、失礼しますね。ありがとうございます」
また言い争いが始まりそうな雰囲気を感じて、アリスは颯爽と撤退する。咲夜も小さく瀟洒に頭を下げてから、後に続いた。
「やっぱり人気者じゃないの」
「うー……まあ、金髪が珍しいのよ、きっと」
「それだけかしらね。でも、おかげでいい買い物ができたわ。ありがとうね」
「うん。あなたの役に立てたのなら、嬉しいわ」
咲夜は、じっと、アリスの目を見つめる。
アリスは、五、六秒ほど耐えたものの、やはり耐え切れず、少し視線を外す。
「……なによ」
「アリスの場合は、計算じゃなくて天然で言うのが魅力的よ」
「……ううう、なによ、じゃあもう言わないっ」
「あら、魅力的だって言ってるのに。きっとそういうのもメイドとしてぴったりの素質よ」
「あんまり関係ないと思うけどっ!」
そうかしらね。
わざと少し真面目ぶった声で言って、咲夜はアリスの視界の端で微笑みかけた。アリスは聞こえないふりをして、暗くなる前に帰るから、と言った。
***
ことり。
差し出された皿の一つを見て、パチュリーは首を傾げた。
「今日は随分とシンプルな料理ね。なにかしら、これは」
広い食卓につくのは、レミリアとパチュリーの二人だけ。二人がちゃんと揃うこと自体も、それほど日常的でもなく、レミリアだけになる日も多い。
料理を運んだ咲夜は、丁寧に一礼してから、答える。
「友情と裏切りの炒めものでございます」
「本当になんなの!?」
「ふ――さすが咲夜ね、一見相性の悪い二つをあえて合わせて味わいを深くするなんて。友情は裏切りの中にあってなお光る――そういうことね」
「いやなに言ってるのあんたも」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
「赤い裏切りの酸味に浮かぶ、微かに甘い友情か。咲夜の名付けは、上手いな」
「お嬢様、赤いほうが友情でございます」
「ああ。そうだろうね、知っていたよ」
「さすがです、お嬢様」
「いや、そういうのいいんだけど、結局なんなのよこれ」
「ですから、友情と裏切りの炒めもの ~アリスの恥じらいに乗せて~ でございます」
「なんか増えた!? え、なに、アリスがなんなの?」
「ああ、言われてみればあの魔法使いの香りがするよ」
「いやあんたも適当なことばっかり言うなほんと」
適当なやり取りを聞きながら、咲夜はふわりと微笑んだ。
「素材がよければ、シンプルに仕上げるのが一番ということですわ」
さあ、どうぞ。お召し上がりください。
声をかけられたのは、賑やかな市場を歩いていたときだった。
人の数は多く、声も常に飛び交っている中ではあったが、咲夜は迷わず声の発生源のほうに振り向いた。
「メイド服だし背が高いし、もしかしてって思ったんだけど。やっぱり目立つわね、あなた」
などと、綺麗な金髪を輝かせながら、アリスは言った。目立つという意味では明らかにお互い様だったが、あえて指摘するつもりもない。
「どうも」
「お買い物? 相変わらずメイド服ってことは、仕事?」
「ええ」
「珍しいわね。いつもはちっちゃいメイドたちの仕事よね? ちょくちょく見かけるし」
「高級品や大口購入のときは私が出るのが基本よ。十分に交渉が必要だから。でも、今日は、そうね、特別。パチュリー様が、人間はもっと定期的に日の光を浴びるべきだってお嬢様に進言してくださったようで」
「ああ……あなた、言われなかったらずっと中で仕事してそうよね。今の言葉はパチュリーにそのまま返したくもなるけど……」
少し複雑な表情を見せるアリス。咲夜の感覚では、魔法使いというものは日陰に閉じこもっている状態が普通であって、このアリスや魔理沙のほうが特殊なのではないかと思うものだが、これも別に指摘する必要はないと思い、口には出さない。
ここは野菜や果物を中心とした食料品市場である。日常的に消費する食材の買い入れは、事実、通常は妖精メイドが担当している仕事だ。咲夜自らが食材を調達するとなると、普通には手に入らないものが必要なときだった。それはたとえば高級食材であったり、あるいは――普通の人間は食材と認識していないもの、を、調達するときである。
が、今日に限っては、ごく日常的な買い物だ。逆に慣れていない特殊ケースである。
「でも、一人なの? 大丈夫? あそこっていっぱい買うんじゃないの?」
「妖精はなにも食べる必要ないから、それほど必要ないのよ」
「……あ。そういえばメイドはあなた以外妖精だったわね。なんか、忘れちゃうわ。妖精らしくない、なんというか、一体感、連帯感を感じるから」
「わざわざ働こうなんて考えてる時点で妖精の中では変わり者が集まってるのよ。ほとんど遊んでるけど」
「……大変よね、あなたも」
「紅魔館では働き者で色々とできる器用なメイドをいつでも募集しておりますわ」
「あ、う、うん。いい戦力になる子が見つかるといいわね」
「紅魔館では働き者で炊事洗濯裁縫人形作り人形劇なんでもできる器用な金髪メイドをいつでも募集しておりますわ」
「かなり限定してきたっ!?」
アリスが少し慌てたところで、咲夜はほんの少しだけ、微笑む。
「あなたが欲しいのは本当よ、アリス。魔法使いとして、人形遣いとして、自由に生きているあなたが輝いているのは確かだから、強引な勧誘はしないけどね。気が向いたらいつでも来て頂戴」
「え……あ、う……ま、まあ、私だって、嫌だってわけじゃ、ないから。ただ、やりたいこともあるから、できないっていうか」
咲夜は微笑をたたえたまま、アリスの言葉をゆったりと聞く。
アリスは少し顔を赤くしつつますます慌てて、えーっとと言葉を探しつつ喋る。が、途中ではっと真顔になって、今度はゆっくりと、ため息をついた。
「う……危ない、危ない。あなたのペースに巻き込まれるところだったわ」
視線を咲夜から少し外しながら、もう一度深く息を吐く。
しばらく間を置いてから、上目遣い気味に咲夜の顔を覗き込む。
「咲夜、絶対、自分の容姿とか表情とかがどんな効果を生むか、計算してやってるでしょ」
「さあ? どういうことだか、よくわかりませんわ」
「……もう。悔しいわね、そうやってトボけるんですら、なんかサマになっちゃうんだから」
「褒め言葉?」
「ええそうよ! にくったらしいわねもうっ! なにやっても無駄にかっこいいのよあなたは! ……まったく、危うく口説かれちゃうところだったわ」
「あら、ありがとう。でも、アリス。さっきの言葉は本気よ?」
「……! だ、だから、そういうの、やめてっ」
「はいはい」
くす、と咲夜は笑った。今度は先ほどと異なり、子供っぽさも感じさせるような笑い方。
アリスはもう一度、深く、ため息をついた。
「まったく。どうせ、パチュリーに頼まれてるんでしょ、勧誘しておいてとか」
小さく吐き捨てた言葉に、咲夜はほんの少し目を丸くして、ん、と首を傾げた。
ここで、一秒ほどの、間を置いて。
もう一度、計算されたような微笑みを浮かべる。
「それは、私自身の意思で誘ってほしかった、という言葉として受け取っていいのかしら」
「えっ……あ、いや、そういう、そんな話じゃ」
「安心して。もちろん、私自身の思いで、あなたが欲しいの」
「うっ……うーーーーーっ! だからっ! それ、やめてっ! 流されそうになる自分が怖いからっ!」
耐え切れず、またアリスは、今度は上半身ごとひねるほどはっきりと、咲夜の顔から視線を外し、顔を手で覆った。赤く染まった頬や、どうしても緩んでしまう表情は隠しきれていない。
ご意見、承りましたわ。などと落ち着いて言いながら、咲夜はその後はただ黙って、アリスの調子が戻るのを、じっと見つめながら、待った。
「でも、さすがね、アリス。子供たちの前で人形劇を披露しているだけはあるわ」
「え? なに、が?」
「これだけ注目を浴びてること自体は、意外に平気なのね、と思って」
咲夜の言葉を聞いて初めて気づいたように、アリスは、顔を軽く、そして目を左右に振って、周囲の様子を眺め確認した。
長身で美人なメイドと、金髪の少女という組み合わせ。そして、なにやら妖しげな会話。必然的に人々の好奇心を煽っていた。割と遠慮がちにちらちらと見ている人もいれば、堂々と観戦モードに入っている人もいた。
「……」
ようやく落ち着き始めていたアリスだったが、また顔を下に向けて、ついに両手で顔を覆うのだった。
「おう、アリスちゃん、お取り込み中だったみたいだけど、もう話は終わったかい?」
「……お騒がせして、ごめんなさい」
「いやいや! だーれも迷惑だなんて思っちゃいないさ。みんな面白そうなことが大好きだからねえ」
アリスは、すぐ近くの出店の主人と思われる男に話しかけられていた。
とりあえず流れで、咲夜もアリスの後ろにそのままつく。
「今日はトマトが、いいのが入ったよ! 金はいらねえ、持ってってくれ」
「え、いえ、そういうわけには」
「いいって、いいって。いつもひいきにしてもらってるからね。あの、注目のアリスちゃんひいきの店ってだけで宣伝効果は抜群だからね!」
「えっ私いつそんな注目を集めたんです?」
「さっきとかだな」
「……あうう」
「ひひ、実際、本当に世話になってるんだよ。持ってってくれよ! そんかわり今後ともヨロシク、ってことで」
「うーん。ありがとうございます。では、せっかくなので」
「後ろのメイドさんも、ほら、どうぞ。美味しいよ」
「あら。私もよろしいので?」
「アリスちゃんの友達だろう? 是非、試してってくれよ。うちは質のいいものしか扱わないからね、絶対気に入ってくれるはずさ」
「確かに、いい色してますわ。それでは、四ついただけるかしら? 値段は三つ分でいいのかしら」
「ん、四つかい。ああ、そうか、メイドさんだからね、大きな家なんだろうねえ。いいよ、じゃ、全部持ってけ、ってわけにはいかないけど、半額で」
「ありがとうございます」
「いやいや、友情価格だよ、うん。アリスちゃんの友達ならこの店の友達だ」
「お世話になりますわ」
「アリスの人気のおかげで役得だわ」
「う……うーん。別に、人気とかじゃないと思うんだけど。あの店は実際よく使ってるしね。時々おまけしてくれるし、いい店だと思うわ」
大きなカゴにトマトを四つ。まずは幸先の良いスタートである。
「友情価格って、今後も適用されるのかしら」
「……いや、あの人も精一杯だと思うから、容赦してあげてね、できるかぎり。あなたが本気出したら大変なことになりそうだし。全品八割引くらいは勝ち取りそうだわ」
「そうね。アリスの評判を落としたら大変だから、控えめにしておくわ」
「あ、さっきの部分は特に否定もしないんだ……」
「――はーい、アリスちゃん、いらっしゃーい! 今日はまた一段と可愛いところを見せてくれたわねー、ふふ」
先程の店からまだ数歩歩いた程度の場所で、今度は反対側の並びにある店から、声をかけられた。
今度はそこそこ若く見える女性の店主である。
「どうも、ええと……できればさっきのことは気にしないでいただけると」
「いいーや、貴重なところを見せてもらったからね、しっかり覚えちゃうわよー」
ニヤニヤと笑ったあと、店主は今度は軽く口をとがらせた。
「でも、ひどいじゃない。あんな奴のところで野菜買っちゃうなんてー。アリスちゃんはあたしの味方だと思ってたのに……裏切ったのねっ!」
「……おい、聞こえてるからな、そこの」
「聞こえるように言ってるんですぅー」
「ああそうかい。営業妨害で訴えてやろうか、ああ?」
「やだー、怖いわー。アリスちゃん気をつけてねー、あのおっさんアリスちゃんを見る目あやしいわよー」
「おめーはそうやって人の悪口しか言えないから売り物も腐ってばっかりなんじゃねーのかよー」
「あ、あの、えっと」
唐突に始まった、店主同士の野次り合いに、アリスは苦笑いを浮かべながら、とりあえず手で仲裁の仕草を見せる。
近くの店は近くの店で、おお、もっとやれとか、また始まったよとかそんなことを談笑の雰囲気で言うばかりで、誰も本気で止める気などない。この光景を初めて眺める咲夜でも、これがごく日常的なやりとりであって、特に事件ではないということはすぐにわかった。
「それにしても、綺麗どころには綺麗な子が集まるのかしらねー。これまたすっごい美人を連れてるじゃない、今日は。最初はアリスちゃんのメイドさんかと思ったけど、そうじゃないみたいね」
「ありがとうございます。今後は何度かお世話になると思いますわ」
店主の言葉に、咲夜はすかさず頭を下げて礼を言う。
頭を下げているのに、決して卑屈や謙遜ではなく自信を感じさせるような礼、であるにもかかわらず、それがまた好印象を生むほど自然な仕草。
はぁ、と店主がため息をつくほどである。
「こんな綺麗な外人さん二人が客に来る日が来るなんて、想像もしてなかったわー。人生、色々あるものね」
二人は呼び止められただけであり、必ずしも客ではない。
が、二人ともその点については特に気にしていない。アリスは、ちら、と咲夜の顔を伺ったが、少し口を開きかけて、やめていた。おそらく「外人さん」という点についてどう反応するか気にしたのだろう、と咲夜は読んでいたが、聞かれないのならばなにも言う必要はない、と知らぬ顔である。
「そうかそうか、これからも来てくれるっていうなら、うちもサービスしないとねー。運がいいよ二人とも、ついさっき新鮮な卵が入ったばかりなの。貴重品だから普段は結構なお値段するんだけど、今日は……これくらいで、おまけしちゃうよ」
店主は指を二本立てる。今度は咲夜がアリスの様子を伺う。アリスは、いつもより確かに安い、と視線に答えた。
「あたしは優しいから、裏切りの件は許しちゃう。でもアリスちゃんもメイドさんも、あっちよりあたしの店をもっと贔屓にしてね! もっとサービスしちゃうから」
アリスは曖昧な笑みを浮かべてそれには答えず、卵を六個買う。咲夜もそれに続いて十個。一応手にとって簡単に出来る範囲で質の良さを確認してから。
「性格の悪さが売り物に移ってなけりゃいいんだけどなあ」
「あーらとんでもない言いがかり。相変わらず非科学的ですわー」
「あ、あの、それじゃ、失礼しますね。ありがとうございます」
また言い争いが始まりそうな雰囲気を感じて、アリスは颯爽と撤退する。咲夜も小さく瀟洒に頭を下げてから、後に続いた。
「やっぱり人気者じゃないの」
「うー……まあ、金髪が珍しいのよ、きっと」
「それだけかしらね。でも、おかげでいい買い物ができたわ。ありがとうね」
「うん。あなたの役に立てたのなら、嬉しいわ」
咲夜は、じっと、アリスの目を見つめる。
アリスは、五、六秒ほど耐えたものの、やはり耐え切れず、少し視線を外す。
「……なによ」
「アリスの場合は、計算じゃなくて天然で言うのが魅力的よ」
「……ううう、なによ、じゃあもう言わないっ」
「あら、魅力的だって言ってるのに。きっとそういうのもメイドとしてぴったりの素質よ」
「あんまり関係ないと思うけどっ!」
そうかしらね。
わざと少し真面目ぶった声で言って、咲夜はアリスの視界の端で微笑みかけた。アリスは聞こえないふりをして、暗くなる前に帰るから、と言った。
***
ことり。
差し出された皿の一つを見て、パチュリーは首を傾げた。
「今日は随分とシンプルな料理ね。なにかしら、これは」
広い食卓につくのは、レミリアとパチュリーの二人だけ。二人がちゃんと揃うこと自体も、それほど日常的でもなく、レミリアだけになる日も多い。
料理を運んだ咲夜は、丁寧に一礼してから、答える。
「友情と裏切りの炒めものでございます」
「本当になんなの!?」
「ふ――さすが咲夜ね、一見相性の悪い二つをあえて合わせて味わいを深くするなんて。友情は裏切りの中にあってなお光る――そういうことね」
「いやなに言ってるのあんたも」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
「赤い裏切りの酸味に浮かぶ、微かに甘い友情か。咲夜の名付けは、上手いな」
「お嬢様、赤いほうが友情でございます」
「ああ。そうだろうね、知っていたよ」
「さすがです、お嬢様」
「いや、そういうのいいんだけど、結局なんなのよこれ」
「ですから、友情と裏切りの炒めもの ~アリスの恥じらいに乗せて~ でございます」
「なんか増えた!? え、なに、アリスがなんなの?」
「ああ、言われてみればあの魔法使いの香りがするよ」
「いやあんたも適当なことばっかり言うなほんと」
適当なやり取りを聞きながら、咲夜はふわりと微笑んだ。
「素材がよければ、シンプルに仕上げるのが一番ということですわ」
さあ、どうぞ。お召し上がりください。
自然と可愛がられるアリスさんとそのあたりを無意識的に計算している咲夜さんがこっそり対比されているのでしょうか。咲夜さんの方の描写は少なめですが。しかしさりげなく二人の店主を立てる咲夜さんほんとかっこいいです。
あとお嬢様の適当さに吹いた。
アリスはただひたすらにかわいい
店主同士の言い合いも面白かったw
きっと似合うはすだ!!
というより第1回から第16回までのメンバーは誰なのか。
アリス可愛い
アリスはもう可愛い過ぎて、コメントできない。
そしてアリス可愛いすぎ。