Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

瓢箪淵の怪異

2012/05/28 01:03:09
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 これはこれは射命丸様、いつもお引き立ていただきありがとうございます。

 ちょうど今し方、新しい反物が届いた所なんですがね、これがまた大変素晴らしい物でして、射命丸様のようなお美しい方にこそ相応しい逸品かと思われますので、是非一度ご覧になってみてはいかがかと。




 はい、はい。そうですか着物はご入り用ではないですか。いえいえいえお気になさらず、またの機会にということで。ええ、いつでも申しつけ下さい。
 それで本日はどのような御用向きで。はい、はい。ああ成る程、取材ですか新聞の。
 いえいえ迷惑だなんてそんな。私どもで射命丸様のお力になれるのでしたら喜んで協力いたしますので、どうぞご遠慮なさらずに。
 はい、夏に向けて怪談話ですか。ああ風物詩ですものね、大変結構かと。
 え、怖い話ですか。いや、でもどうなんでしょうねぇ。私どもも平々凡々とした人間風情ですから、怖い話だなんていってもチンケなもんで、とても天狗様たちを楽しませるような話なんて。はい、妖怪は人間が怖がってるのを見るのが楽しい、ですか。うーん、そういうもんですかねぇ。




 いえいえ勿体付けるだなんてそんな滅相も無い。わかりました。じゃあ家の者になにかその、怖い話を知らないか聞いてみることに。
 え、あたしですか? いえいえあたしはそんな怖い話だなんて。なにしろ商売一筋でそれしか取り柄がないような男ですから。
 はい? あたしが怖い話をしてるのを聞いた奴がいるですって? 誰ですかそんなこと言い触らしてる野郎は。え、乾物屋の平治、あーあいつかぁ。あいつは昔っから口が軽くていけねぇ。この間もあたしのヘソクリの隠し場所をうちの女房にバラしちまいやがって。まぁ酒の勢いであいつに喋っちまったあたしも悪いんですがね。
 そんな話はどうでもいいから怖い話を教えろ? うーん、いやまぁ他ならぬ射命丸様の頼みですから、あたしとしてもお話したいのは山々なんですがね。実はこの話、稗田様から他言するべからずってな具合にきつく口止めされてる次第で。
 稗田様は後からちゃんと言いくるめるから教えろ、ですか。うーん、でもなぁ、本当にいいのかなぁ。




 え、髪飾り? この、こちらですか。
 いやいやいや流石射命丸様、お目が高い。こちらの髪飾りはですねぇ、何でも地底でしか取れない石を一流の職人が手仕事で丁寧に仕上げた、大変値打ちのある代物でして。ほら、深くて本当に鮮やかな紅色してますでしょ。射命丸様の瞳と揃いで、きっとお似合いになるかと思いますよ。
 よろしければお試しになりますか。いえいえ遠慮なさらず、はい、はいどうぞ。
 いやいや、素晴らしくお似合いですこと。射命丸様のようなお美しい方はどんな物でもお似合いになってしまうものですが、それでもやはり一流の物を身につけて頂くことで美しさがより一層際立ちますからね。
 いかがでしょう、どうぞ鏡でお確かめ頂ければと。はい、はい。そうですかお気に召しましたか。はい、はい。ああ、お買い上げ頂けますか、ありがとうございます。ええ、領収書ですね、もちろん心得ております。




 それはそれとして怖い話を聞かせろ、ですか? うーん、射命丸様がそこまでとおっしゃるのなら、あたしとしてもお話ししないわけにはいきませんね。
 まあでも、うん、そういう事でしたら店先でお話するのも何ですので、どうぞ奥へお上がりください。
 おーい、誰かー、ああお民ちゃんあんたでいいや。ちょっと悪いけど射命丸様にお茶を出してあげてください。茶箪笥に萬月堂のカステラがあったでしょ、お茶請けはあれがいいや。うんうん、じゃあ頼んだよ。
 狭苦しい所ですが、どうぞ楽にしてくださいな。射命丸様はご存じですか萬月堂のカステラ。あたしこれが大好物でしてね。ん、カステラよりも早く話を聞かせろ? まあまあそう焦らずに、すぐにお茶もきますんで。




 お、そう言ってる間に用意ができたみたいで、手際良いですね。そこ置いといてくれよ、うん、ありがと。
 ささ、遠慮なさらずにどうぞ召し上がってください。いかがですかカステラ。ん、甘くておいしい? そうですかお気に召しましたか。よかったらお代わりもありますんで、なんなりと仰ってくださいね。
 さて、じゃあ勿体つけても仕様が無いんで、ぼちぼちお話させてもらいますかね。








 あれは去年の確か夏頃だったかな。ちょうど箪笥屋の伍平んとこの倅が祝言挙げた頃だから、夏の終わりがけの頃合いじゃなかったかなぁ。
 こう見えてもあたし、魚釣りが好きでしてね。たまに商いの暇を見ては一人で竿を担いで、ちょっと人気の無い水辺とかでのんびりと過ごすのが、密かな楽しみみたいなもんでして。
 あの日も上得意のお客様の取引が昼頃に片付きましたんで、ちょっと気晴らしがてらとお店を番頭に任せて足を伸ばしたわけなんです。
 人里からちょっとばかし山のほうに分け入ったところに、手頃な淵がありましてね。あたしら里の者は、瓢箪みたいな形をしてるからってんで瓢箪淵なんて呼んでるわけなんですが。まぁ目で見たそのまんまですね、何の捻りも有りゃしねぇ。




 いえいえ、山に分け入るっていっても勿論天狗様の縄張りに踏み入ったりはしません。ごく偶に河童なんぞはひょっこり姿を現すこともありますが、あいつらも人見知りなのか何なのか、こっちにちょっかいかけて来ることは滅多にありませんね。まぁ何もしてこないなら気にしなくてもいいかって放っておくと、いつの間にやら釣った魚を盗んで行きやがるんですけど、お詫びのつもりなのか魚の代わりに胡瓜を置いてったりして、案外可愛いところもあるもんです。
 でもまぁ、その日は河童が顔を見せることも無く、日差しも程よく過ごしやすい陽気だったんで、暢気に糸を垂らしてたわけなんですがね。あたしも魚釣りが好きだっていっても、腕のほうはサッパリなものでして、一日粘って二、三匹釣れれば万々歳なんてもんなんですが、不思議な事にその日に限って妙に食いつきが良くてですね。糸を水に入れるが早いか、すぐさま引きがある始末で、釣っても釣っても一向に引きが収まらない。こうなるとあたしも楽しくなってきちまいましてね。時間が経つのも忘れて、上機嫌で糸を放っては釣り上げ、放っては釣り上げを繰り返すわけですよ。こんなの滅多に無いですからね、そりゃ夢中にもなります。




 そうしてるうちに日が傾いてきて、もうそろそろ仕舞いにして引き揚げなきゃならねぇって、こう頭では分かってるんですがね。でもあたしも餓鬼の時分から魚釣りやってて、こんなに小気味よく釣れるのなんて初めてのことですから。今日を逃すとこんな機会はもう二度と無いんじゃないかって思っちまって、もう少しだけ、あと一匹だけって、なかなか踏ん切りがつかない。
 それでまぁ我に返った時には、とっくの昔に日は暮れてて見渡す限りの薄暗闇でしてね。こりゃ不味いってんで焦って片付けはじめるんですが、後悔先に立たずってなもんです。何しろ里からさほど離れてないものの、一応山の中ですからね。暗い夜道を一人で帰るうちに妖怪と出くわして、襲われたりしないとも限らない。おまけに日が暮れる前に帰ってくるつもりでしたんで、提灯の一つも持ち合わせちゃいないときましてね。




 あたしら人間なんて、そもそも夜目が利く訳でも無いですから、三歩先も見えねぇ暗闇の中じゃあどうにもならねぇわけですよ。おまけに夜の山の中ってのは何とも薄気味悪いもんで。遠くのほうで鳥だか獣だかが物悲しく鳴いてる声がたまに聞こえるだけで、なんだか不気味なくらい静まりかえってるわけでして、おっかないわ心細いわで正気じゃいられねぇてなもんです。
 それでもまぁ、なんとか道に覚えがあるからまだ良かったんですがね。ところが間の悪いことに、歩いてるうちにだんだんと霧が立ち籠めてきて、仕舞いには目と鼻の先も見通せない塩梅になってきまして、里への帰り道どころか自分がどこに居るのかさえも分からない有様になっちまったわけです。




 霧で目の前も見通せねぇんじゃあ、こりゃもうお手上げですわな。下手に動いて穴ぼこにでも嵌まっちまったら敵わねぇし、霧が晴れるまで大人しく待つべきなんでしょうが、やっぱり夜の山ん中で心細いってのもありましてね。じっと待ってるだけのことでも気持ちは落ち着かねぇわけなんですよ。
 でもまぁ仕方ねぇってんで、おっかねぇのを我慢して、そのへんの木に凭れてじぃーっとしてますとね、こう不気味なくらい静かなんですが、その中になんだか小さい物音が耳に届いてくるわけですよ。
 はて、何の音だろうってんで耳をそばだてると








 ぴちゃん




 ぱしゃん








 てな具合に、なにやら水の音らしいと。
 まぁ山の中ですから水の音が聞こえたところでなにも不思議は無いんですがね、この時は無性に気に掛かって仕方ねぇ。あたしの心もまともな状態じゃ無かったんでしょうね、きっと。
 それで気がつくと、その水の音が聞こえる方にふらふらー、と歩いてたんですよ。何かに誘われるよう、とでも言うんですかね。
 足下が覚束ないのを難儀しながら歩いて行くと、急にさっと霧が晴れましてね。顔を上げるとちょっとした池みたいな所で、その中ほどで若い女が水浴びしてるわけですよ。
 とっぷりと暮れた夜更けで、おまけに里から離れた山ん中ですからね。そんな所で水浴びしてる女なんてまともな人間な訳が無い。物の怪の類いかあるいは気狂いか、どちらにせよ関わり合いになっても碌なことにならねぇ。まともな頭で考えれば分かりそうなもんなんですが、こん時は不思議と何も考えられなかったと言いますか。




 女のほうもあたしに気がつきましてね、黒い髪を手で梳きながら、艶っぽく笑うわけですよ。月に照らされた肌が妙に白くてですね。見てるとなんだか頭の芯がぼぉーっとしてきちまうわけでして。
 ああこれは駄目だ、妖術だか何だか知らないが、上手いこと絡め取られかけてるって、頭の片隅では分かってるんですねあたしも。でも頭で分かってても体はちっとも言うこと聞かねぇで、女のほうに一歩二歩と勝手に進んで行きやがるんですよ。
 池に入っちまっても構わずに足は進んでいく始末で、くるぶしまで、腰まで、胸までってだんだんと深いとこに浸かっていっちまうわけでして。可笑しそうに笑う女は膝のあたりまでしか浸かってねぇのに、こっちはあと少しで顎まで浸かるってとこで、それでも足だけは止まってくれねぇ。




 もう抗っても体が言うこと聞かねぇからどうにもならないわけで、あたしも妙にあっさりと諦めがついちまって、ああこれで終いか、案外呆気ないもんだなとか思いながら、最後は念仏でも唱えようかと考えてたんですよ、そうしたら

「そこまでだ」

 聞いたことのある声、寺生まれで霊感の強いTさんだ。
 Tさんは池の中から姿を現すと、女に向かって両手を突き出し
「破ぁ!!」と叫んだ。
 するとTさんの両手から青白い光弾が飛び出し、女を包み込んだ。
 女の姿は蜃気楼のように消え、あたり一面に不気味な笑い声が響いた。

「あははははははははははははは」

 ふと後ろを振り返ると、白い服を着た小さい女の子がこっちを見て、狂ったように笑ってやがるんですよ。
 年端もいかない子が取り憑かれたみたいに笑っててなんとも不気味でしたけど、そんなのも束の間のことでして、Tさんが睨み付けるとフッと掻き消えるように居なくなっちまいまして。

「この世に未練を残した船幽霊だ。あんたを溺れさせて仲間にするつもりだったんだろうな」

 言いながら池から上がるTさん。落ち着いて周りをよく見てみれば、元居た瓢箪淵でして、きっと淵で魚釣りしてる時分から幻術かなにかで操られてたんでしょうね。

「丁度酒の肴が切れたところだ。悪いがあんたの釣った魚は貰っていくぜ」

 そう言うとTさんは魚の入った網を持って、魚の代わりだとも言いたげに、懐から出した胡瓜をあたしに手渡しましてね。呆気にとられてるうちに暗い山ん中へと消えていっちまうわけですよ。
 寺生まれってスゴイ、改めてそう思いましたね。








 あれ、どうしたんですか射命丸様、そんな怖い顔しちゃって……え、そんな与太話じゃあ記事にならない、もっとまともな話は無いのか? いやそう言われましても、あたしが身をもって体験した怖い話は今し方お話しした通りでして、与太話と言われたところであたしにはどうすることも出来ませんが。
 ちょっと待ってくださいよそんな団扇なんか出して。店ん中でそんなの振られたら大変なことに、え、ちょ、本気ですか、
 止め、あぁぁぁぁぁぁぁ――――



 終
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
寅丸 「やっぱり寺生まれってスゴイ!!」
生煮え
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
寅丸さんあんたは寺生まれじゃないでしょうにwww
2.名前が無い程度の能力削除
星ちゃんカッコつけすぎだろw