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玄関の前に卵が置かれていた
クールな都会派 私アリス・マーガトロイドの家の前に突如置かれていたのは宝石でもガラスの靴でもなく卵だった。
何の変哲も無さそうで、その薄い茶色の線が入った卵はなんとも異質な代物だった。
でかい、物凄くでかい。大きさで言えば私の膝ほどもあるだろうその卵は明らかに鶏の卵でも無しで存在を存分に発揮していた。
始めは紫の仕業と思ったが、もしそうなら今頃この辺りは酷い事になっているだろう。
次に魔理沙の仕業かとも思ったがあいつが物を置き忘れるなんて図書館から本を強奪しないぐらいにありえないのだ。
一体誰の仕業だろうか、さっぱり分からないから詮索するのは諦めた。
分からなけれどこの卵はどうしよう、煮て食おうか焼いて食おうか。
やめた、今日の私はなんだか調子が良い。それにこの卵に対して興味が湧いてきた。魔法使いとしての勘がここから何か面白い物が出てくると囁いた。
食べるのは止めておいて孵化するのか見てみよう、そうしよう。
楽しみだ、果たしてどんなものが出てくるのだろうか、鳥か、妖怪か。
けれどもしも孵化しなかったら、その時は食べてしまうかもしれない。
卵や卵 卵さん
早く孵ってくれないと せっかちな私は食べてしまうかもしれないよ
ころころ と卵が笑った気がしたのは気のせいだろう。
卵に罅が入り始めたのはそれから二日ぐらいだろうか、幾らなんでも早すぎだろう。
まさか私が早く孵らなきゃ食べるぞと脅したから焦ったのかしらん、まさかね。
取り敢えず卵の孵し方なんて分からないから適当に暖めて、適当に傍に居てやっただけだ。
それでもきちんと孵るんだから卵と言うのは何と律儀で適当なものだろう、見習いたいけど面倒くさそうだから止めておこう。
相も変わらずぴしぴしと音を立てて罅が増えてゆく卵をじっと眺めながら果たして何が出てくるだろうかと思索する。
鬼が出るか 邪が出るか そしたらどちらにせよ危険だけど。
そうして 卵が真二つに裂けて
中から女の子が出てきました。
いやいやいやいや、おかしい。
何がおかしいって全てがおかしい、桃太郎じゃあるまいしこれで自然だと言う奴が居たら速攻リターンイナニトメスものだ。
取り敢えず現実を見ろアリス、お前は強い子の筈だ。
人間の子供サイズのその子はよく見るとやっぱり裸だった。取り敢えず赤ん坊と言えどなんとなく目のやり場に 困ったのでいざという時の為に作っておいた乳児用の服を急いで持ってきて着せる事にする。
別に勘違いしないでほしいがこれはあくまでも研究用である。
さて、これからどうしようか
考えても考えても答えが出る訳でもなく、ただ茫然としているのにも飽きた私は何らかの行動に出る事にする。
突然卵から孵った小さな女の子に一言
―――貴方のお名前なんですか
言ってから後悔、悶絶。何言ってんだ私。答えが返ってくるわけでもないのになぜ話しかけたし。
すると突然耳元に何かが聞こえた、よくよく聞けばそれはその女の子から発せられた声で。
まさかとは思うがと耳をすませてみたら鈴のような声で「あやぁ」と聞こえた。
あや?
あやや
貴方のお名前?
あやや?
寝よう、そうだ寝よう
こんなやり取りをするなんてモルダー、あなた疲れてるのよと言われかねない。
さっさとベットインして昼間から眠りこけても気にされない身分です。
どうせ一日放置したところで死にはしないだろう。
目が覚めると昨日放置していた子が横で寝ていた時の衝撃と言ったら無い。
どこからベットに登ったし、と言うよりもあれは夢では無かったのだと言う妙な感想が漏れだした、やはり睡眠不足らしい。
暫く見つめていると次第に目を開かせてゆき、やがてぱっちりとした目でこちらを見つめてくる、むず痒い。
髪は黒、漆黒
そして成程、利発そうな目をしている
ふむ ふむ
「うーっす!元気にしてるかアリス?」
「うっひゃぁぁ!?」
思わず観察していると突然後ろから響く声、慌てて布団をひっかぶって隠す事にする。今この子を見つかると何かよろしくない気がびんびんと、魔法使いの勘だ。
「なによ魔理沙、こっちは今寝てるってのに」
「あー、そうか。昨日は昼来たとき既に寝てたからてっきり早起きしてんじゃないかと思ってな。珍しい事もあるもんだ」
「…その時何か変な物見なかったかしら」
「いいや?なにかあったのか?」
「何にも無いわよ」
なんとなくだけど誤魔化さなくてはならない気がする、本当になんとなくだけど。
魔理沙が帰ってしまった後、部屋には私と女の子だけが残された。
かくも取り敢えず状況を確認せねばなるまいと私の変な行動力にこの時ばかりは助けられる。
昨日ごたごたしていて見落としていたがふと気になった所がある。
女の子の背中にある、と言うよりも取っ付けた様に弱々しく生えた羽。それは彼女が人間でないことの何よりの証。まあ卵から生まれたから人間では無いのだが。
「鴉天狗…よねぇ」
鴉天狗だろう、どう見ても
だとすればおかしい、天狗は元々仲間意識が強いし子供には甘い。卵ともなればこうしてみすみす地面に、しかも他人の家の前に置かれている事なぞありえないにも程がある。
何かあるか
そうは思ったが私が何か行動を起こすのは躊躇われた。
なにせ天狗社会は閉鎖的で聞く耳を持たないと言うのが私の認識だ、そこに孵ったばかりのこの子を自ら連れて行けばどうなるか。
まあ間違いなく碌な目には合わないだろう、誘拐したなんてあらぬ疑いを掛けられたらこちらが死ぬまで追ってこられると考えてもおかしくない。
返すにしても何らかのタイミングを待った方が良いと判断した、そのうち迎えでも何でも来るだろう。
つまりその時までこの天狗がうちの子になると言う事で。
何と厄介な事だろう、私は嘆息した。
取り敢えずうちの子となるなら最低限の教育はしなければならない、たとえ一時的な物であったとしてもだ。教養と言うのを教えるのも都会派魔法使い故である。
ふみ、と名付けた彼女は幸いにして頭が良かった、生まれて数日ながら言葉を解し、心身の育ちは目覚ましかった。
そして彼女は知識に対して貪欲だった、もっともこれは烏天狗特有なのかもしれないが。しかし教える側としてはこれほど嬉しい事は無い。
雛が食欲に従いもっともっとと餌を求める様に知識欲を食べていく彼女に堪える様に、求められるまま私は知識を与えた。
いつかは迎えに来ると思ったがいつまで経ってもそれは来ない。
次第に彼女は大きくなり、少女と呼べるほどに成長していく。
春は魔法の森の胞子を採集するのに付いてきてはくしゃみをしていた
夏は流石に熱いのか家の中でばてていた
秋はとってきた茸を美味しそうに食べていた、無論私の検査済みだ
冬は冬眠の様に眠りこけていた
大人に憧れて紅茶をストレートを飲もうとして咽た彼女を見つつ、それは大人の嗜みだと言って大人ぶったら『アリスは砂糖を入れないと飲めない癖に』と言われたのも良い思い出だった。
アップルパイを作ってあげたり、絵本を読んであげたり。
いつの間にやら私達はまるで親子の様に暮らしていた。
そんな生活を続けてどれほど経ったのだろうか。
彼女との奇妙な共同生活は大体10年続いただろう。
折しもその日はあの卵を見つけたのと同じような曇天の日だった。
こつ こつと言う音と共に窓ガラスを鴉が叩いて、それと同時に玄関から三人の天狗が入って来る。
一目で実力者、それも相当な実力者だと勘付いたのでさした抵抗もせずに話を聞くと事務的な口調で以下の事を告げられる。
その天狗は嵐の日卵が流されてしまった者である。
今まで発見できなかった理由はいかに天狗と言えども生まれた時は無防備、とっくのとうに死んでいると割り切っていた事。
しかし最近山の天狗も知らない同胞の気配が魔法の森からしているとの通達があり捜索してみるとその天狗が生存しているとの報告を受けた。
その天狗は元々こちらの住民であるため早く山に慣れさせることが重要である。故に引き渡しを要求する。
無論今までの恩義に報いる形でなんらかの礼はする
まあ、正直聞いていて呆れる程下らない話で。しかもそんな事務口調で言われても聞きたいとは思わないが私はそれを了承した。
そもそもふみはあちらの住民だ、こちらに縛りつけていれば天狗としての本性を失い長生きはできないだろう。そうなれば彼女の為にならない。
私は影からこっそり聞いていたふみにすぐに天狗と共に生きなさいと言い。
何か言いたげな顔をして、でも言い出せずに顔を背けて彼女は同胞と共に去って行った。
―――――それが、今から30年前
そう言えば、あの時あの鴉天狗の少女を送り出してから今日で丁度30年だ。随分長い時間が経ったものだと感慨に耽る。
あの少女は今どこで、何をしているのだろうか。
生憎妖怪の山と接点が無い私には知る由も無いが少しは知りたいかなと思う。なにせ一時期とはいえ私が手塩にかけて育てた子供なのだ。
そう思った矢先、こんこんと戸が叩かれる。
「おはようございます!今日も元気溌剌明朗会計の文々。新聞です」
「あら射命丸じゃない、珍しいわね」
快活な笑顔と共に入って来たのは最近占いを始めたとか様々なうわさが飛び交う天狗、射命丸文だった。
いくつかの異変で立ち会った彼女は聞くところによると最近拝命した新人の部類に入るがその強かさ、立ち振る舞いの貫録、カリスマ性で今や若手の一大勢力を集め始めている期待の若手らしい。
挨拶をしている隙に家に上がり込む様は疾風の如くネタを探る新聞記者と称されるだけはある動き、だができる事ならば私の家でやって欲くない物だ。
「紅茶でも飲む?丁度できたばかりなの」
「あやややや、ありがたく頂きます」
それでも来客とあればそれなりに振る舞ってしまうのが魔理沙の増長の原因なのだろうかと反省する、反省はするが多分改善はなされないのだろう。
人形が入れてきた紅茶をどことなく緊張した面持ちの文に渡すと砂糖もミルクも淹れずにすっと飲み干した。
思わず見惚れてしまう程の優雅な仕草で飲み干した後カップをソーサーに置き、そしてそのままじっと私の方を見つめる。
その凛々しく真剣な眼差しに思わず胸がときめいて…って何を言っているのかしら。
「アリスさん」
「あ、ええ 何かしら?」
「ちゃんと飲めるようになりましたよ、私」
ちゃんと飲めるようになった?
いったい何の話?
「ミルクも砂糖も抜きですからアリスさんより大人ですね」
混乱している隙にいつの間にか立ち上がった射命丸はこちらに近寄ってきて。
後ずさっていると壁に背中がついて、もう後退できなくて。
射命丸が私の横に手をついて顔を近づけてきて。
え?なにこの状況?
「アリスさん、私ですよ ふみです」
「ふ……み…?」
「天魔様に拝命するうえで読みだけ変えましたけど、紛れもなく“ふみ”ですよ」
全く気が付いてなかったんですねー、そんな所も可愛いです。
頭のどこかで射命丸がそう言っているのを感じる、私は熱にうなされているみたいに頭がぼーっとして。それは多分文が付けている香水の所為で、段々と顔が近づいて行って。
「時間がかかりましたが、ようやくここまで踏み切れました」
時間がかかったんですよー?ここまで自信をつけるのには結構努力したんです。
そう言いつつどんどん文の顔が近づいてきて。
ああ、目の前で笑って
ますます顔が近づいて、目が離せなくて。
「アリスさん、鴉は一度決めた相手と一生を添い遂げます。そして天狗は多少強引にでも嫁を引っ張って来るんですよ」
もう外の物は何も見えない
何も聞こえない
「アリスさん、あなたを娶りに来ました」
そうして唇が近づいて
やっと、手に入りました
誰かがころころと笑った気がした。
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でも、文アリもいいね!
何だっていい!文アリを書くチャンスだ!
ちょうど文アリ少ないなー誰か書いてくれないかなーと思ってたからとても楽しく読めました。
氏の文章だったので最初ゆかアリかと思い卵から紫が出てくると予想したのは内緒ですw
すばらしい文アリです!
もっと読んでみたい!
文アリ、いいです。
あ、面白かったです。
もっとやれ
いやまぁ文アリ好きですけれども
最後の時間だと魔理沙40歳くらいなんじゃ…w
素晴らしい。
間違えました、とても良い文アリでした!
でも面白かったです
そんなの関係ないね
面白かったです。いいね文アリ