その様を目撃した瞬間、霧雨魔理沙は呻き、アリス・マーガトロイドは目を見開かせた。
気圧された、或いは、背筋に冷たいものが走った。
歴戦の兵とも呼べる二名が、慄いていた。
とん、と肩がぶつかる。
互いに一歩、足を退いてしまっていた。
顔を見合わせる、その直前に、息を吐く。
言葉より先に、その存在が、発破をかけた。
向き合う時には既に、何時もの調子が戻っていた。
「吸血鬼でも昼に飛びだすレベル」
「亡霊姫でもご飯を残すレベル」
「天才でも頭を抱えるレベル」
「月の姫でも惚気るレベル」
「地獄烏でも記憶するレベル」
「住職でも拳を振り上げるレベル」
「聖人でも耳を閉ざすレベル……ってアリス、微妙に方向性が違わないか?」
小首を傾げる魔理沙に、同様の仕草でアリスが返す。
「『リリーのくしゃみ』の上位バージョンって考えてたんだけど」
「あり得ないことが起こる様、だっけか」
「ええ」
あぁ、と頷く魔理沙。
やはり方向性にずれがあった。
その差異は、対象と過ごした時間の違いだろう。
説明を求めるアリスの視線に、魔理沙は、手を振り応える。
「対象に対する感情の違いだな。
アリス、お前の例はばらばらだ。
私が挙げた例は、全て一つの感情に依る」
先の魔理沙と同じように、アリスが頷く。
ちらりと視界をずらし、もう一度頷いた。
そして、開く両手が彼女の心情を語った。
「あんたの方が、現状をより正確に捉えているわね。
……そうね、加えて、こう言うのはどうかしら。
幻想郷でも全力でお断りするレベル、とか」
会心の比喩に、魔理沙が同意する。
つまり、対象に向ける感情とは――
「だけどな、アリス」
「ええ、この現実の方が、よほど……」
「そう、適当だ。言葉にするのも躊躇われるが……」
二名が抱いている感情とは――
「……霊夢が甘えている」
――恐怖だった。
「ねっねっ、早苗、撫でて撫でて」
二名の視線に映るのは、神社の縁側で横座りする東風谷早苗。
逸らさせたのは、その膝に腿を絡ませ、抱きつくような姿勢の博麗霊夢だった。
そして、さも二名を追撃するように、早苗に霊夢が猫撫で声で髪を撫でることを要求した。
「霊夢さんは可愛いですねぇ」
当然のように応える早苗。目を細め、喉を鳴らす霊夢。
「えへへぇ」
あのっ、
霊夢が!
甘えているっ!
魔理沙とアリスの背筋に冷たいものが走る。
同時、互いの片腕を取り、目視した。
二名共、見事に鳥肌が立っている。
しかし、それでも、彼女たちは深く息を吐き、安堵した。
「良かった……皮膚は破けていない」
二名を大袈裟と言うなかれ。それほどの衝撃だったのだ。
「と言うか、なんだこれ、なんだこれ!?」
「落ち着きなさい魔理沙! 魔法使いは常にクールであれ!」
「あ、あぁ、弾幕はブレインってことだなっ」
「うぅん、マトリフ師匠がゆってた!」
「誰だよマトリフ! お前も十分ぱにくってるじゃないか!?」
「だって霊夢が!」
「そう、そうだ、ともかくこの状況をなんとかしないと――」
諸手をあげて向き合って、魔理沙とアリスは言葉を重ねた。
「――幻想郷は滅亡する!」
ナ、ナンダッテー。
「いやあの、お二方とも」
見るに見かねて、だろうか。
二名に、霊夢をあやす早苗が声をかけてきた。
言葉の割に声が硬いのは、霊夢の扱いに思う所があるのだろう。
「早苗、早苗」
しかし、当の霊夢は然程気にしていないようで、甘えた音色を響かせ、早苗にじゃれついていた。
額をあげ、早苗の顎辺りに触れる。
数度つつき、小さく顔を振った。
そして、両腕を広げる。
「んっ」
「えと……?」
「ぎゅっとして」
――じゃれついていた。
数秒後、三者三様の反応が返される。
「ぎゅうっ」
「ぬがぁぁぁ!?」
「あぁ……ぁ……」
応える早苗。
堪らず魔理沙が胸元を掻きむしる。
額に手を当てたアリスは、ふっと意識を閉ざした。
「って、アリース!?」
――季節外れの落ち葉のように、アリスが緩やかに後頭部から倒れる。
すんでのところでアリスの頭を抱く魔理沙。
最悪の事態は避けられた、と息を吐き胸を撫で下ろす。
しかし、瞳に映る少女の顔色は、いつにもまして白かった。
「魔理、沙……」
血の気の引いた顔で、それでもどうにかと言った風に、アリスが細い腕を伸ばす。
しっかと手を握り、魔理沙は安否を問うため声をかけようとした。
開いた口は、けれど、意味を成さない。
青白い顔、光が薄くなる瞳、そして、弱々しく握り返される手が、アリスの状態を物語っていた。
「まさか、貴女より先に……だなんて、思わなかった……」
魔理沙以上にダメージが大きかったようだ。
「何言ってんだ、何言ってんだ! 気をしっかりもて!」
「パチェや輝夜……ルーミアに宜しく云っておいて……」
「パチュリーはともかく後フタリはどう言うことだオイ」
「あぁ……遠い記憶が……前にもこうして貴女に抱かれたわね」
「ちっちゃくなったお前を抱っこした時の話なら割と最近だぜ」
混濁する意識の中、暖かな光景が蘇り――アリスは、柔らかく微笑む。
「楽しかった。……楽しかったわ、魔理沙」
「馬鹿野郎馬鹿野郎、まだだ、まだ」
「ありがとう、それと……」
微かな口の動きが、五文字の言葉を魔理沙に伝えた。
握っていた手の力が抜け、するりと落ちる。
そうして、アリスは目を閉じた。
「アリス、アリスゥ!!」
その余りにも安らかな表情に、魔理沙は、ただ嘆くことしかできなかった。
「人形遣いでも臆面なくデレるレベル、とか加えましょうか」
「早苗、声が怖い。流石に今のはわざとらしかったかしら」
一方、縁側では、珍しく棘のある言葉を吐く早苗に、霊夢が微苦笑でフォローしていた。
「『わざとらしい』だって!? お前は自分が与えるダメージを解っちゃいない!」
キッと強い視線を霊夢に向け、魔理沙が咆える。
だが、受ける霊夢は平然と首を横に振った。
「違うわよ。アリスに言ったんじゃなくて、自分のことを言ったの」
きょとんと目を開閉させる魔理沙。
言葉を考えるに、霊夢にも自覚があるようだ。
そんなことないですよ、と霊夢の髪に顔を埋める早苗は、まぁ何時も通りだろう。
現状を把握した上で、魔理沙の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「そも、なんだってそんな状況になってんだ……?」
甘える霊夢。
通常起こり得ない現象だ。
これで往来でも歩くようなら、異変と呼んで差し支えない。
そんな現象の原因は何だと言うのだろう――答えは、至ってシンプルだった。
顔をあげ、ぴっと人差し指を立て、早苗が笑顔で、言う。
「私がお願いしたんです」
起こり得ない現象――人はそれを、奇跡と呼ぶ。
「あぁ……エジプト兵からしてもモーゼの海割りは奇跡だよなぁ……」
「どうして悪い方に持っていこうとするんですか」
「うんまぁ、解らないでもない」
魔理沙の吐露に早苗が頬を膨らませるも、やはり霊夢は気にしていないようだった。
苦笑を浮かべ、自身に対する魔理沙の評価を受け入れている。
のみならず、早苗の頬を柔らかく凹ませる余裕もあった。
「あ、いけません、霊夢さん。そうではなくて……」
その反応に早苗が慌て、訂正を求める。
「そうだった。えーと……えーと……しまった、こういう状況のレクチャーは受けてないわね」
「ルーミアさんに聞かれたんでしたっけ? あぁ、確かに」
「あの子、愛されてるからねぇ」
「霊夢さんだって!」
「わぷっ」
どちらかと言えば、件の妖怪は愛でられている。閑話休題。
「いやいや、いやいや」
気を抜けばすぐさま展開されるイチャコラに身悶えしつつ、魔理沙は片手を振り待ったをかける。
霊夢が甘えているのは早苗が願ったから、らしい。
では何故、そんな願いを早苗が持ちかけたのか。
唐突に出てきたルーミアのレクチャーとは。
「その、できれば最初から、この惨劇の訳を聞かせて欲しいんだが……」
未だ断ち切れない恐怖を払拭するため、魔理沙は問う。
早苗が語るその原因の根本は、先よりも少しばかり複雑だった――。
「また惨劇だなんて……まぁ、流しましょう。
えっとですね、最近どうにも、霊夢さんに年下扱いされることが増えまして。
娘扱いと言うか、妹扱いと言うか……。
ともかく、そう言った訳で、これではいけないと思い、お願いしました。
これでイーブンな関係です!」
とは言え、魔理沙にも理解しがたいものでもない。
「私は、そう言うつもりはなかったんだけどね。
でもまぁ、偶にはいいかなって思って。
だけど、ほら、正直私も甘えるのって慣れてないのよね。
そんで色んな奴に可愛がられているルーミアに話を聞いたんだけど……。
あんたやアリスの反応を見ると、ちょっと、うーん、かなりやり過ぎだったみたいねぇ」
魔理沙自身を含め、少女たちは真実同年代だ。
であるのだから、そう言う上からの対応に腹が立つのも解らないでもない。
尤も、だからと言って甘えられれば関係性がイーブンになるのかと言うと疑問も残るが、早苗にも思う所があるのだろう。
魔理沙の推測を知ってか知らずか、早苗が霊夢を抱きしめ、思いの丈をぶちまける。
「そんなことないです霊夢さん、さぁ!」
「んぅ、早苗の髪、いい匂い」
「はぁん」
そして、願いの通り、霊夢が早苗に甘えてみせた。
「まぁ、『偶には』いいのかねぇ」
納得半分呆れ半分、なんだかなと思いつつ、二名のやり取りに、魔理沙もくすぐったそうに笑むのだった――。
《甘えられているのは――》
「抜かったわ……っっ!」
アリスさんがログインしました。
「あー?」
胡乱気な態度を示しつつ、魔理沙は、腕に抱くアリスに視線を向ける。
その顔を見た瞬間、声を失い、身を強張らせた。
眼に、ものっそい力が込められている。
その眼に映るのは、無論、早苗と霊夢だった。
因みに、先の語尾の『わ』は女性言葉の発音ではなく、益荒男言葉のソレである。
「いや、あの、アリス? アリスさん?」
「解らないの、魔理沙……?」
「な、何がだ?」
鋭い視線を向けられ怯む魔理沙を気遣う余裕もなく、アリスが一人語る。
「そう……そう言えば、貴女は以前もそうだった。
その辺りを解明できさえすれば、或いは……。
或いは、彼女さえも凌駕できる……?」
この指示語は本編のみでは解りません。あしからず。
ともかく――言葉を区切り、アリスが続ける。
「解り易く言いましょう。
今の霊夢は、強い姉力(アネーラ)を放っている。
いえ、母力(ママーラ)とのブレンドかしら……いや、でも」
解り易くとは何だったのか。
思うも、揶揄を挟めない魔理沙。
その程度には、アリスの表情が硬かった。
「あー……つまり、結局、霊夢が年上――姉ちゃんしてるってことか?」
どうにか理解できる範囲に言葉を補い、魔理沙は尋ねる。
その認識は、概ね正しいと言えよう。
アリスもこくりと頷いた。
「そう、その通りよ。私だって、私だって、甘えられたい……!」
けれど、ごくりと飲まれる唾と頬を伝う汗が、その理解を蹴り飛ばす。
「侮っていた……。
侮っていたわ……っ!
まさか霊夢がこれほどの‘力‘を持っているだなんて!
願いを聞き入れるだけでなく、それについて真剣に取り組む姿勢!
その様はまさに、『妹のごっこ遊びに付き合う少し年の離れたお姉ちゃん』!」
「さよか」
わなわなと両手を震わせるアリスを視界から外し、魔理沙は一言、そう呟いた。
《――霊夢です》
気圧された、或いは、背筋に冷たいものが走った。
歴戦の兵とも呼べる二名が、慄いていた。
とん、と肩がぶつかる。
互いに一歩、足を退いてしまっていた。
顔を見合わせる、その直前に、息を吐く。
言葉より先に、その存在が、発破をかけた。
向き合う時には既に、何時もの調子が戻っていた。
「吸血鬼でも昼に飛びだすレベル」
「亡霊姫でもご飯を残すレベル」
「天才でも頭を抱えるレベル」
「月の姫でも惚気るレベル」
「地獄烏でも記憶するレベル」
「住職でも拳を振り上げるレベル」
「聖人でも耳を閉ざすレベル……ってアリス、微妙に方向性が違わないか?」
小首を傾げる魔理沙に、同様の仕草でアリスが返す。
「『リリーのくしゃみ』の上位バージョンって考えてたんだけど」
「あり得ないことが起こる様、だっけか」
「ええ」
あぁ、と頷く魔理沙。
やはり方向性にずれがあった。
その差異は、対象と過ごした時間の違いだろう。
説明を求めるアリスの視線に、魔理沙は、手を振り応える。
「対象に対する感情の違いだな。
アリス、お前の例はばらばらだ。
私が挙げた例は、全て一つの感情に依る」
先の魔理沙と同じように、アリスが頷く。
ちらりと視界をずらし、もう一度頷いた。
そして、開く両手が彼女の心情を語った。
「あんたの方が、現状をより正確に捉えているわね。
……そうね、加えて、こう言うのはどうかしら。
幻想郷でも全力でお断りするレベル、とか」
会心の比喩に、魔理沙が同意する。
つまり、対象に向ける感情とは――
「だけどな、アリス」
「ええ、この現実の方が、よほど……」
「そう、適当だ。言葉にするのも躊躇われるが……」
二名が抱いている感情とは――
「……霊夢が甘えている」
――恐怖だった。
「ねっねっ、早苗、撫でて撫でて」
二名の視線に映るのは、神社の縁側で横座りする東風谷早苗。
逸らさせたのは、その膝に腿を絡ませ、抱きつくような姿勢の博麗霊夢だった。
そして、さも二名を追撃するように、早苗に霊夢が猫撫で声で髪を撫でることを要求した。
「霊夢さんは可愛いですねぇ」
当然のように応える早苗。目を細め、喉を鳴らす霊夢。
「えへへぇ」
あのっ、
霊夢が!
甘えているっ!
魔理沙とアリスの背筋に冷たいものが走る。
同時、互いの片腕を取り、目視した。
二名共、見事に鳥肌が立っている。
しかし、それでも、彼女たちは深く息を吐き、安堵した。
「良かった……皮膚は破けていない」
二名を大袈裟と言うなかれ。それほどの衝撃だったのだ。
「と言うか、なんだこれ、なんだこれ!?」
「落ち着きなさい魔理沙! 魔法使いは常にクールであれ!」
「あ、あぁ、弾幕はブレインってことだなっ」
「うぅん、マトリフ師匠がゆってた!」
「誰だよマトリフ! お前も十分ぱにくってるじゃないか!?」
「だって霊夢が!」
「そう、そうだ、ともかくこの状況をなんとかしないと――」
諸手をあげて向き合って、魔理沙とアリスは言葉を重ねた。
「――幻想郷は滅亡する!」
ナ、ナンダッテー。
「いやあの、お二方とも」
見るに見かねて、だろうか。
二名に、霊夢をあやす早苗が声をかけてきた。
言葉の割に声が硬いのは、霊夢の扱いに思う所があるのだろう。
「早苗、早苗」
しかし、当の霊夢は然程気にしていないようで、甘えた音色を響かせ、早苗にじゃれついていた。
額をあげ、早苗の顎辺りに触れる。
数度つつき、小さく顔を振った。
そして、両腕を広げる。
「んっ」
「えと……?」
「ぎゅっとして」
――じゃれついていた。
数秒後、三者三様の反応が返される。
「ぎゅうっ」
「ぬがぁぁぁ!?」
「あぁ……ぁ……」
応える早苗。
堪らず魔理沙が胸元を掻きむしる。
額に手を当てたアリスは、ふっと意識を閉ざした。
「って、アリース!?」
――季節外れの落ち葉のように、アリスが緩やかに後頭部から倒れる。
すんでのところでアリスの頭を抱く魔理沙。
最悪の事態は避けられた、と息を吐き胸を撫で下ろす。
しかし、瞳に映る少女の顔色は、いつにもまして白かった。
「魔理、沙……」
血の気の引いた顔で、それでもどうにかと言った風に、アリスが細い腕を伸ばす。
しっかと手を握り、魔理沙は安否を問うため声をかけようとした。
開いた口は、けれど、意味を成さない。
青白い顔、光が薄くなる瞳、そして、弱々しく握り返される手が、アリスの状態を物語っていた。
「まさか、貴女より先に……だなんて、思わなかった……」
魔理沙以上にダメージが大きかったようだ。
「何言ってんだ、何言ってんだ! 気をしっかりもて!」
「パチェや輝夜……ルーミアに宜しく云っておいて……」
「パチュリーはともかく後フタリはどう言うことだオイ」
「あぁ……遠い記憶が……前にもこうして貴女に抱かれたわね」
「ちっちゃくなったお前を抱っこした時の話なら割と最近だぜ」
混濁する意識の中、暖かな光景が蘇り――アリスは、柔らかく微笑む。
「楽しかった。……楽しかったわ、魔理沙」
「馬鹿野郎馬鹿野郎、まだだ、まだ」
「ありがとう、それと……」
微かな口の動きが、五文字の言葉を魔理沙に伝えた。
握っていた手の力が抜け、するりと落ちる。
そうして、アリスは目を閉じた。
「アリス、アリスゥ!!」
その余りにも安らかな表情に、魔理沙は、ただ嘆くことしかできなかった。
「人形遣いでも臆面なくデレるレベル、とか加えましょうか」
「早苗、声が怖い。流石に今のはわざとらしかったかしら」
一方、縁側では、珍しく棘のある言葉を吐く早苗に、霊夢が微苦笑でフォローしていた。
「『わざとらしい』だって!? お前は自分が与えるダメージを解っちゃいない!」
キッと強い視線を霊夢に向け、魔理沙が咆える。
だが、受ける霊夢は平然と首を横に振った。
「違うわよ。アリスに言ったんじゃなくて、自分のことを言ったの」
きょとんと目を開閉させる魔理沙。
言葉を考えるに、霊夢にも自覚があるようだ。
そんなことないですよ、と霊夢の髪に顔を埋める早苗は、まぁ何時も通りだろう。
現状を把握した上で、魔理沙の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「そも、なんだってそんな状況になってんだ……?」
甘える霊夢。
通常起こり得ない現象だ。
これで往来でも歩くようなら、異変と呼んで差し支えない。
そんな現象の原因は何だと言うのだろう――答えは、至ってシンプルだった。
顔をあげ、ぴっと人差し指を立て、早苗が笑顔で、言う。
「私がお願いしたんです」
起こり得ない現象――人はそれを、奇跡と呼ぶ。
「あぁ……エジプト兵からしてもモーゼの海割りは奇跡だよなぁ……」
「どうして悪い方に持っていこうとするんですか」
「うんまぁ、解らないでもない」
魔理沙の吐露に早苗が頬を膨らませるも、やはり霊夢は気にしていないようだった。
苦笑を浮かべ、自身に対する魔理沙の評価を受け入れている。
のみならず、早苗の頬を柔らかく凹ませる余裕もあった。
「あ、いけません、霊夢さん。そうではなくて……」
その反応に早苗が慌て、訂正を求める。
「そうだった。えーと……えーと……しまった、こういう状況のレクチャーは受けてないわね」
「ルーミアさんに聞かれたんでしたっけ? あぁ、確かに」
「あの子、愛されてるからねぇ」
「霊夢さんだって!」
「わぷっ」
どちらかと言えば、件の妖怪は愛でられている。閑話休題。
「いやいや、いやいや」
気を抜けばすぐさま展開されるイチャコラに身悶えしつつ、魔理沙は片手を振り待ったをかける。
霊夢が甘えているのは早苗が願ったから、らしい。
では何故、そんな願いを早苗が持ちかけたのか。
唐突に出てきたルーミアのレクチャーとは。
「その、できれば最初から、この惨劇の訳を聞かせて欲しいんだが……」
未だ断ち切れない恐怖を払拭するため、魔理沙は問う。
早苗が語るその原因の根本は、先よりも少しばかり複雑だった――。
「また惨劇だなんて……まぁ、流しましょう。
えっとですね、最近どうにも、霊夢さんに年下扱いされることが増えまして。
娘扱いと言うか、妹扱いと言うか……。
ともかく、そう言った訳で、これではいけないと思い、お願いしました。
これでイーブンな関係です!」
とは言え、魔理沙にも理解しがたいものでもない。
「私は、そう言うつもりはなかったんだけどね。
でもまぁ、偶にはいいかなって思って。
だけど、ほら、正直私も甘えるのって慣れてないのよね。
そんで色んな奴に可愛がられているルーミアに話を聞いたんだけど……。
あんたやアリスの反応を見ると、ちょっと、うーん、かなりやり過ぎだったみたいねぇ」
魔理沙自身を含め、少女たちは真実同年代だ。
であるのだから、そう言う上からの対応に腹が立つのも解らないでもない。
尤も、だからと言って甘えられれば関係性がイーブンになるのかと言うと疑問も残るが、早苗にも思う所があるのだろう。
魔理沙の推測を知ってか知らずか、早苗が霊夢を抱きしめ、思いの丈をぶちまける。
「そんなことないです霊夢さん、さぁ!」
「んぅ、早苗の髪、いい匂い」
「はぁん」
そして、願いの通り、霊夢が早苗に甘えてみせた。
「まぁ、『偶には』いいのかねぇ」
納得半分呆れ半分、なんだかなと思いつつ、二名のやり取りに、魔理沙もくすぐったそうに笑むのだった――。
《甘えられているのは――》
「抜かったわ……っっ!」
アリスさんがログインしました。
「あー?」
胡乱気な態度を示しつつ、魔理沙は、腕に抱くアリスに視線を向ける。
その顔を見た瞬間、声を失い、身を強張らせた。
眼に、ものっそい力が込められている。
その眼に映るのは、無論、早苗と霊夢だった。
因みに、先の語尾の『わ』は女性言葉の発音ではなく、益荒男言葉のソレである。
「いや、あの、アリス? アリスさん?」
「解らないの、魔理沙……?」
「な、何がだ?」
鋭い視線を向けられ怯む魔理沙を気遣う余裕もなく、アリスが一人語る。
「そう……そう言えば、貴女は以前もそうだった。
その辺りを解明できさえすれば、或いは……。
或いは、彼女さえも凌駕できる……?」
この指示語は本編のみでは解りません。あしからず。
ともかく――言葉を区切り、アリスが続ける。
「解り易く言いましょう。
今の霊夢は、強い姉力(アネーラ)を放っている。
いえ、母力(ママーラ)とのブレンドかしら……いや、でも」
解り易くとは何だったのか。
思うも、揶揄を挟めない魔理沙。
その程度には、アリスの表情が硬かった。
「あー……つまり、結局、霊夢が年上――姉ちゃんしてるってことか?」
どうにか理解できる範囲に言葉を補い、魔理沙は尋ねる。
その認識は、概ね正しいと言えよう。
アリスもこくりと頷いた。
「そう、その通りよ。私だって、私だって、甘えられたい……!」
けれど、ごくりと飲まれる唾と頬を伝う汗が、その理解を蹴り飛ばす。
「侮っていた……。
侮っていたわ……っ!
まさか霊夢がこれほどの‘力‘を持っているだなんて!
願いを聞き入れるだけでなく、それについて真剣に取り組む姿勢!
その様はまさに、『妹のごっこ遊びに付き合う少し年の離れたお姉ちゃん』!」
「さよか」
わなわなと両手を震わせるアリスを視界から外し、魔理沙は一言、そう呟いた。
《――霊夢です》
なるほど、彼女は今でも魔女を「パチェ」と愛称で呼び、ルーミアの姉にして輝夜の姫仲間なんですね。
それにしてもマトリフww
そして甘える霊夢を見た二人の反応に、aho様の「ゆかりん+セーラー服=幻想郷滅亡」の方程式を思い出しましたw
「アリス・マーガトロイド・イン・アリス」だとすると2年半以上間が空いてるにも
関わらず、割と最近と言う魔理沙さんはすごいw
益荒男……
この気持ち、まさしく愛だッ!
そしてお願いされてここまでするのにまだ親友の範疇なのはもっとすごい
相変わらず恋愛的には早苗が先にいて霊夢は追いついてませんねえ
霊夢さん可愛かった