※オリキャラ注意です。
幻想郷の地底にあるそこそこ人気のある飯屋、そこでは少し前まで人の身であった妖怪の店主が営んでいる。
「お待ち遠様です、ヤマメさんにキスメさん」
「おう、いつもの事だが早くていいね」
「ありがとー!」
店主はカウンターに座っている二人に料理を出す。
「ところで・・・」
「ん?どした?」
「アレは一体・・・」
そう言って店主が指差すのは店の隅の方のテーブル席を指さす。時間は丁度夕食時、多くの客で賑わっている中そこだけ少し静かな空間となっている。
「あー、あれ?いや確かに異様な風景だよね、色んな意味で」
「なんか近寄りがたいよねー」
ヤマメとキスメは店主が指さした方に視線をやりそれぞれ感想を述べる。
店主が指さしたテーブル席、そこには山のように本が積まれており、じっくりとそれを読み耽る二人の客、星熊勇儀と古明地こいしの姿があった。二人とも方向性は違えど普段から活発な女性であり、じっくりと読書など到底似合わない存在である。
「勇儀さんは前新聞も読んでましたが気になる写真を見つけただけですよ・・・」
「でもあれってあんたが前地上で買ってきた漫画って奴だよね、まああれなら読みやすいしおかしくないんじゃない?」
ヤマメはそう言うと手元の料理に手をつけ始めた。
「そうなんですか?実はまだ自分で読んでないから内容あんまり知らないんですよね」
店主は洗い物をしながらカウンターの近くに置いてある本棚を見る。
「そうなの?もったいないなー、わたしもよんだけど、どれも面白かったよ?」
キスメもヤマメが料理に手を付け始めたのを見て合掌した後食事にとりかかる。
「読む時間がないんですよね、最近。まあ元々は、料理を出すまでの時間つぶしに丁度いい読みものを適当に見繕ってくれって言ったら棚ごと薦められたのでそのまま棚ごと購入して帰ったんです。そういや是非感想を聞かせてくれとか言われてたっけなー」
「棚ごとって・・・結構したんじゃないの?」
「まあそれなりに、でも皆さん喜んでいただけたみたいでよかったです。」
店主はそう言って笑った。
夕食時も終わり少し経ち客もはけてきた頃、ヤマメとキスメの二人がのんびり談笑しながら食事をしていた。するとその後ろで店の入り口の戸が開いた。
「開いてるかしら?」
馴染みのある声にヤマメとキスメが同時に振り返る。
「あらパルスィ、あんたはいつもこれくらいに来るね」
と、ヤマメは今しがた現れた客、水橋パルスィに声をかける。
「私は食事はゆっくり食べたいの、周りが五月蝿いのは嫌なのよ」
「パルスィさんいらっしゃいませ、好きなところにどうぞー」
店のカウンターの少し奥で山のように積まれた食器などの洗い物と格闘している最中だった店主は、パルスィの来店に気付くと声をかけ、適当に座るよう促す。
「・・・なにあれ」
パルスィはきょろきょろと店の中を見回した後、そう言って先程店主達の話題に上がった席、勇儀とこいしの座っている席を指さす。彼女達は先程と変わらず静かに本を読んでいるようだ。
「黙々と読書をする勇儀さんとこいしちゃんだね。ねぇねぇパルスィ、ここ座ってよ!一緒にお話しながら食べようよ」
そう言うとキスメはポンポンと自分の隣の椅子を軽く叩いてパルスィに座るよう促す。
「え・・・えぇ・・・」
パルスィはややあっけにとられながらキスメの隣に座る。
「何にしますか?」
洗い物を一時中断して店主が水とお通しをパルスィに出す。
「あー、なんでもいいわ。日替わりって奴残ってる??」
「大丈夫ですよー、今日は生姜焼き定食ですね」
「じゃあそれで」
「はーい」
そう言うと店主は調理に取り掛かった。
「そういやまだお通し出してるのね、飯屋なんて名乗ってる割に。こういうのって居酒屋が出すものじゃないの?」
ぽりぽりとお通しとして出てきた胡瓜や大根の漬物をつまみながらパルスィは尋ねる。
「あはは、そうですねー。実はそろそろお通しを出すのはやめようかと思ってたんですよ」
店主は振り返りそう答える。
「えっそうなの!?」
キスメが驚いた顔を見せる。
「ええ、最近忙しい時間帯になるとてんやわんやでたまに出し忘れちゃったりするんですよね。それくらいならやめた方がいいかなーと思いまして」
「うー・・・なら仕方ないね、ここの漬物おいしいから好きだったのになー・・・」
キスメは残念そうな顔をした、その様子を見て店主は少し嬉しそうな顔をしてから「少し待っててください」と言って一旦調理の手を止めて店の奥へ行き、小さめの壺を持って帰ってきてそれをカウンターの上に置いた。
店主が尋ねて欲しそうに壺に手を置いて待っていたためか、三人は店主の顔を少し見たあとスッと目をそらした。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
微妙な沈黙の後、店主がしょんぼりと壺を抱きかかえるようにして店の奥へ引き上げようとしたところでキスメが「ごめんごめん!冗談だよー!その壺はなあに?」と言ったので、店主は壺を抱えたままカウンターの前まで戻ってきた。
「・・・えっと、これからはこの壺に漬物を入れてそれぞれのテーブルに置いておこうと思ってるんです。」
「ああ、自分らで好きなように取って食べろってことかい」
「ええ、そうすれば忙しい時間の前に多めに用意しておけばなんとかなるんじゃないかと思いまして。」
「よかったー、じゃあこれからも漬物は出してくれるんだ」
「ええ、喜んでくれる方がいるし、これ漬けるのはずっと日課だったんで」
そう言って店主は少し機嫌を取り戻したのか、嬉しそうにはにかみながら言う。
「でもこれ馬鹿みたいに食べまくる奴とか出るんじゃないの?キスメとか」
けらけら笑いながらパルスィがからかうように言う、隣でキスメは「そんな事しないもん!」とふくれっ面だ。
「あはは、まあ手間が減るので食べ尽くされる前にお料理を用意するようにしますよ。」
店主がそう言ってチラッとキスメの方を見る。彼女はそれに気づくと「もー!!」と更に膨れてしまった。
「さて、パルスィさんお待たせしました。前から失礼。」
そう言って店主はカウンターからお盆をパルスィの前に置いた。お盆には出来立ての生姜焼きとキャベツの盛られた皿と米の入った茶碗、そして野菜の沢山入った豚汁が乗っている。
「相変わらず早いわね」
「それはどうも、褒めても漬物しか出ませんよ?」
「店主さんかっこいい!!」
ここで突然キスメが声を上げる。
「あーはいはい、漬物おかわりですね。すぐにお持ちしますよ」
「なーに照れてんの?」
ヤマメがそう言ってカウンターに乗り出して店主の頬をつつく。
「別に照れてません」
「店主~」
今度はパルスィが店主を呼ぶ
「何ですか?パルスィさん」
「てんしゅさんかっこいいいー」
そう言いながらパルスィは、漬物の入っていた皿を店主に差し出す。
「もしかしなくてもからかってますよね、っていうかそれ言うためにわざわざこれ空にしたんですか?」
はぁ、とため息をつきながら皿を受け取る。店主は、糠床から取り出した野菜を切り始めた。
「ふふ、美味しかったわよ」
箸を舐りながら店主を上目遣いで見上げるパルスィ、それを見た店主は思わず顔を逸らしてしまう。
「あー!照れた!!今照れた!!」
それを見たヤマメは店主を指さし大声をあげる。
「・・・今のはパルスィさんがずるいです」
店主はそう言った後、ゴホンと咳払いをした。
「何?妬いてんの?」
しっしと笑うパルスィ。
「別にそんなんじゃない!おいあんた!!」
ヤマメはバンッとカウンターを叩き立ち上がる。
「なんですかヤマメさ・・・わっ」
店主がヤマメの方を向くとヤマメは店主の両肩に手をやりぐいっと引き寄せる。そして一言
「あんたは今日もかわいいな」
「・・・普通逆です、ヤマメさん」
店主は真顔でそう返す。
「ほらぁ!!私がするとこれだよ?あんたらだけ頬染められてなんかずるいっ!差別だ、これは差別だよ!!なんで私だけ面白い反応が帰ってこないのかね!もう知らん!!」
そう言うとヤマメはやや膨れっ面でどかどかと店から出ていってしまった。
「「あーあー、怒らせたー」」
パルスィとキスメが声を合わせて言う。
「いや・・・そんなに俺が悪いですかね、今の」
「もっと良い返しはいくらでもあったと思うけどなー」
と、キスメ。
「まあ、ヤマメさんの事ですし、すぐに戻ってくるでしょう」
店主が深呼吸をするとやや紅潮していた彼の顔はすぐに元に戻った。そして、彼は店の入口を一瞥すると切り終えた漬物をそれぞれ皿に盛り、キスメとパルスィに渡す。
「あんたも大概慣れてきたわねぇ」
漬物を受け取った後、その様子を見てパルスィが一言。
「それはもう毎日のようにからかわれてますからね」
ふぅ、と店主が軽く息を吐いた。
「あはは!じゃあもっとからかってあげないとねー」
キスメはそう言って笑う。
「はいはい、どうぞお好きなように」
店主はそう言うと再び山のように積まれた洗い物に手を付け始めた。それとほぼ同じ頃に店の入口が開き、ヤマメが返ってきた。
「はやっ」
と、パルスィ。
「おかえりなさい、ヤマメさん。ほんとに早いお帰りですね」
店主はヤマメにも用意していた漬物のおかわりを渡す。
「ありがっ・・・とうっ!」
漬物を受け取った後、ヤマメは唐突に店主の顔面を引っ掻く。ぶしゅっと嫌な音がした。
「うううぅっぎゃぁぁぁあああああ目があああぁぁぁ」
店主がその場に崩れ落ちる。
「おお、いい反応だ」
ヤマメは楽しそうだ。
「・・・何があったらそうなるのよ」
パルスィがヤマメに尋ねる。
「いや、外でお燐に会ってね?どうしたら店主の顔を赤く染めれるか相談してみたら、顔面引っ掻いたら?って結論に至ってね」
やや満足そうにヤマメは言う。
「あの化け猫ぉぉぉぉうぉぉおおおいたいぃぃぃぃ」
店主はまだ顔面を抑えて奇声をあげながら悶えている。
「いや確かに真っ赤だけど・・・目的変わってるじゃない、あんた」
「いたそー・・・」
パルスィとキスメがカウンターの中でうずくまる店主を覗きこむ。
「っこれ・・・!人間だったら一生光を見ることないですよ多分・・・」
顔面を片手で抑えながら何とか立ち上がる。
「あははっ・・・ついやっちゃったよ、漬物ありがと」
ぽりぽりと漬物を口にしながらヤマメはペロッと舌を出して軽く謝罪のポーズを取る。
「ついじゃないですよついじゃ・・・ってあだだだ」
店主は何か言おうとしたがまだ痛むようだ、顔を抑えたまま少しうずくまる。
「災難ね、あんたも」
と、パルスィ。
「えぇ・・・それより、化け猫の飼い主二号さーん・・・っていないし」
店主はそう言って勇儀とこいしの座っていた位置を見るが、そこに彼女の姿はなかった。勇儀だけはまだ熱心に本を読んでいる。
「飼い主に文句言わずに本人?に文句言いなよ、話が通じるんだから」
と、言うのはヤマメだ、悪びれている様子はない。
「それはそうなんですが・・・っていうかそれを貴女が言いますか、ヤマメさん。いたたたた」
「大丈夫?」
まだ辛そうにしている店主にキスメが声をかける。
「ええなんとか・・・」
そう言って店主は洗い物を再開する。顔面にはかなり深い爪の痕が残っている。
「あんたも回復だけ早いからそんなにボコスカ好きなようにされるのよ、あの程度の不意打ち躱してみせなさい」
と、パルスィは言う。すると隣にいたヤマメが「なにおう!!」と突然拳を振り下ろす―が、パルスィはひょいっと椅子から一歩飛び下がりそれを躱してみせた。
「ほらね?こいつの攻撃なんて馬鹿みたいに直線的なのばっかりなんだから見なくても躱せるわよ」
パルスィが手をひらひらさせて店主に解説するように言う。
「あぁ~らパルスィ、なんか偉そうに言ってるけどその自信はどこから出てくるのかなぁ?」
「別に自信があるとかどうとかじゃないわ」
「じゃあ何さ」
「避けれるから避けれるって言ってるの。わかるかしら?」
やや煽り口調でパルスィは言う。
「わかったわかった、よぉ~くわかった、早い話喧嘩売ってるよねパルスィ」
「あら話が早くて助かるわ、馬鹿ってこういうところ簡単よねー」
「ぱぁぁぁぁるすぃぃぃぃ?もう喧嘩買ってる流れだったよねー、私もう喧嘩買ってたよねー、買ってたのに最後の一言は絶対余計だったよねーなんで言っちゃうかなー?いっぺん死にたいのかなー?」
ヤマメの顔面がビシビシと音を立てて引きつる。
「あんたを表すのに適切な表現がこれくらいしかないの、悪いわね馬鹿」
「よぉ~しよしよし、表へ出よう、表へ出なさい、表へ出ろ半殺しで許してやろうと思ってたが、3回殺してその上その口ギッチギチに縫い付けてやる」
二人揃って店の外へと出ていく。それを眺めながら店主は
「・・・自分には血の気が足りないんでしょうか、もっと肉でも食うようにしてみますかね」
「あ、いいかもね!でもパルスィは野菜派なのに案外喧嘩っ早いんだよねー、ああ見えて短気だし、私達相手だと」
「ほんとに喧嘩っ早い人多いですよね、地底は」
洗い物をせっせと片付けながら店主は答える。
「そうかなー?上でも大して変わらないんじゃない?あっちよりこっちの方が喧嘩してるだけだよ、弾幕ごっこじゃなくて」
「あー・・・確かに同じような物だと考えたらそうなりますかねー」
「でしょー?二人の喧嘩見にいこーよ店主さん」
「これを片づけたら・・・」
店主はそう言ってまだまだ残っている食器を指さす。
「後で手伝うから!」
「いや、お客さんに手伝わせる訳には・・・」
「どーしてそんなとこだけお固いの!いいからいこ!喧嘩見るのも勉強だよ!!」
キスメはそう言って店主を引っ張る。
「はいはい、まあ自分も見たいっちゃ見たいですし。勇儀さーん留守番お願いしまーす・・・って聞いてないな」
勇儀はここまでの騒ぎも気にとめる事なく本を読んでいた。
キスメと店主は店の屋根まで上り、周囲を見渡してヤマメとパルスィを探す。幸いすぐに見つかりそちらに向かって走る。
「しかし、さっきはああ言いましたがパルスィさんが喧嘩売るって結構珍しいですよね、喧嘩っ早いって言っても彼女は自分から喧嘩吹っかける方じゃないと思ってました」
「そうなんだけどねー、前の宴会でヤマメちゃんと色々あったからもやもやしてるんじゃないかなー」
「あー・・・前の宴会の時ですか、自分はひたすらつまみ作ってたんであんまり詳しく知らないんですよね」
「まあ色々って言ったけどパルスィの食べようと思ってた焼き魚をヤマメちゃんが食べたりパルスィの飲もうとしてたお酒をヤマメちゃんが飲んだりパルスィがこっそり最後までとっといた苺を食べたり」
「うわぁぁぁ地味というか微妙というか、反応に困りますね、それは。確かに腹は立ちそうですけど・・・っていうかパルスィさんその場は我慢したんですよね」
「パルスィは自分がほんとに怒っちゃうと空気が悪くなるって思っちゃってるんだよねー、多分。だからお酒の席だとほとんど怒らないんだよね」
「そうなんですか。」
「うん、ヤマメちゃんもきっとわかってて喧嘩買ってるんだよ・・・多分」
「あはは、そこまではわかりませんか。あーもう始まりましたねー」
前方で歓声とともに閃光だったり地面等が砕ける音だったりが聞こえ始めたので二人はそこに向かってかけ出した。
「うにゃ?おにーさんにキスメじゃないか」
キスメと店主が、ヤマメとパルスィを囲んでいた野次馬に近づくと、その中にいたお燐が気づいて声をかける。
「あ、お燐ちゃんだー」
お燐が手招きしたので二人はそちらに向かって歩く。
「どしたのその顔・・・あたいのせい?」
店主の顔面にまだ残っていた爪痕をみてお燐は自分を指差す。
「ええ」
店主はにっごりと笑う。
「いたそーでしょ」
「ヤマメが顔面が真っ赤だのどーだの言ってたのはこれかー」
まじまじと爪痕を見ながらお燐は言う。
「お燐さん、こんな感じになるってわかってて言ったでしょ」
「どうかにゃー?」
にやりと笑うお燐、こういう表情をすると彼女はかなり猫っぽい。そんな事をしていると周囲がどっと騒がしくなった。
「それそれそれぇ!避けてばっかじゃつまんないよ!?」
ヤマメがパルスィを中心に周囲の家や地面、木などを足場にして360°ほぼ全方位から飛び掛ってははね返りを繰り返しパルスィに襲いかかり続ける。
「私はあんたのような馬鹿げた体力は持ちあわせてないの、それよりこんな単純な事で私を捕らえられると思ってんの?さっきの不意打ちのが100倍マシね、やっぱ馬鹿なの?」
それに対してパルスィは小さな動きできっちりヤマメの攻撃を躱している。
「言ってろ!馬鹿っていうやつが馬鹿を見るんだってのを証明してやる!!」
ヤマメはひたすらパルスィめがけて飛びかかり続ける。そのスピードは遅くなるどころか次第に速くなる。
一方野次馬達は、ヤマメの動きが激しくなってきたため少し離れて観戦していた。
「速いなー、ヤマメさん」
「ヤマメちゃん腕力も脚力もすごいからねー」
「でもあれじゃ短調すぎるね、結局疲れるだけだよ。パルスィもきっちり全部避けてるし」
「ん~・・・でもどうしてパルスィさんは反撃しないんですかね、あれだけ綺麗に避けれてたら反撃もできそうなものですけど」
「迂闊に手を出して組み合いになったらパルスィがヤバイんじゃない?あたいもヤマメと組み合いなんて正直やってられないからね」
そんな野次馬達の会話を知ってか知らずか、二人の喧嘩は進展を見せる。
「ほれ、かかったぁ!もう逃げらんないよ、さてどうしてくれようか」
ヤマメはそう言ってグッと手で何かを引っ張る動作をした、するとパルスィの身体が突然ググッと絞め上げられる。先程まではヤマメ以外の誰の目にも見えていなかった細い糸がパルスィの全身に絡まっている。パルスィを中心に糸が辺り一帯に張り巡らされている。
「暴れても無駄だよぉ?余計絡まってあとが大変だからじっとしてることだねぇ」
ヤマメはニヤニヤと笑みを浮かべながらパルスィにゆっくり近づいていく。
「とってあげようか?ははは、ソレじゃ喋れないかぁ・・・取ってやろうか?」
そう言ったところでヤマメは周りを見る、野次馬達を見回すと何か思いついたようだ、ニタァ・・・と口元をいびつに歪める。そして、パルスィの服の襟を掴んだ。パルスィは糸で口を封じられているため、ヤマメの方を睨むだけだ。
「あー、こりゃぐちゃぐちゃに絡まってるなー、私の糸は硬い上にひっついたらなかなか取れないからなー、うっかり服とか破れちゃうかもしれないねぇ・・・」
ヤマメは周りの野次馬に聞こえるようにわざと大声でそう言うと、周囲から野太い歓声が響いた。男の妖怪達から「いいぞー!脱がせー!!」等々声が飛ぶ。
「うわー、ヤマメちゃん楽しそうな顔してるなー」
「あはは、おにーさん勉強しにきたんだろー?ほれほれ、ちゃんと見てないとー」
店主が顔をそらそうとしたため、お燐が顔を両腕で固定し目を瞑らせないよう指でまぶたを固定する。
「うわっ!離してくださいお燐さん!ちょっ」
「紳士ぶっちゃってー、店主さんもパルスィの裸見たいんでしょー?」
「キスメさんまでなにぶっこいてんですかっ!」
お燐とキスメがにやにや笑いながら店主を押さえつけている、そんな野次馬達の様子を眺め終えたヤマメが声をあげる。
「そんじゃいくよー!」
周囲から歓声が上がると同時にヤマメはグッと腕に力を入れるとパルスィの服を一気に破り捨てる・・・すると。
「この変態」
どこかから聞こえたパルスィの声と同時にヤマメの糸が捉えていたパルスィが大量の光弾に変わり花火のように飛び散る。すぐそばにいたヤマメはそのまま地面にぶつかった弾幕により巻き上げられた砂煙に包まれ一瞬で姿が見えなくなった。さらに、周囲で歓声をあげていた野次馬達にも大量の光弾が降り注ぎ、先ほどまでの野太い歓声は無数の悲鳴に変わった。
「あんたの考える事なんて大体お見通しなの・・・よっ!!」
砂煙からヤマメがふっ飛ばされる形で飛び出してきた、そしてその先には本物のパルスィが待ち構えていた。そしてトドメにと、踵落としでヤマメを地面に突き落とした。ヤマメは地面に頭から腰あたりまで刺さってピクピクと動いた後ぐったりと力尽きた。
「もうっ!やるならやるって言ってよパルスィ!危ないでしょっ」
キスメがそう言ってパルスィに文句を言う。周囲にはパルスィの不意の弾幕を躱せず被弾した(主に男の)妖怪たちがごろごろ転がっている。
「言ったらバレるでしょーが、それにしっかりお燐がガードしてくれたから良かったじゃない、そいつで」
パルスィはそう言ってストッと着地すると、お燐の盾に使われノビている店主を指さす。
「あはは、都合よくあたいの前にあったんで思わず使っちゃった」
お燐はそう言うとペロッと舌して片目を瞑り、ウインクをする。
「さて、こいつはどうしてくれよう・・・ひん剥いて置いてく?」
パルスィは地面に半分埋まっていたヤマメの足を持って引っこ抜き言う、ヤマメは完全にノビているようだ。
「流石にかわいそうだよー、どうせひん剥くならみんなで一緒にお風呂行かない?結構いい時間だし、ヤマメちゃんドロドロだしパルスィも汗かいたでしょ」
「あー、いいわね」
「それじゃあたいはこれで・・・」
お風呂と聞いてお燐が店主をその場に捨てて、そそくさと逃げ出そうとする・・・が、その足を店主の腕が掴んだ。
「お燐さん、少しお話があります」
店主も気を失ってはいたが、お燐に地面に落とされた際に気を取り戻したらしい。
「うわわわ!おにーさんごめん!ごめんってば!今度ちゃんと謝るから今は離して!」
そう言って慌てて逃げようとするお燐の肩をパルスィとキスメがつかむ。
「そういやあんたお風呂嫌いなんだっけ?」
「女の子なんだから綺麗にしないとねー」
パルスィはお燐の台車にヤマメと店主を放り入れた。そして、お燐の両脇をキスメと二人でがっしり抱えて歩き出す。
「いったぃ!」
「うにゃああ!あたいもいつか一人で入るからぁ!!」
「あんたちょっと臭うわよ、いいから観念なさい」
「そんなことないから!!それにあたいお風呂は地霊殿以外のは入らないようにしてるんだからぁぁ」
じたばた暴れるお燐をがっしりパルスィとキスメが固定する。お燐の台車はパルスィが片手で押している。
「パルスィさん、自分は店の前で下ろしてくださいまだ皿洗いが残ってるので」
「えー、店主さん一緒に入らないの?」
「さっきから何ぶっこいてんですかキスメさん」
「いいじゃない別に、私もキスメも何も思わないから私達の裸見放題よ?」
「何も思われないって・・・それは・・・なんというか、男としての尊厳が砕け散りそうですね」
「尊厳なんてあったの?まあいいわ、それよりヤマメなんてしばらくは無抵抗だから好き放題できるわよ?」
「・・・いえ、結構です」
少しの間の後店主は言うと、顔を隠すように台車の中にうずくまりながら。
「あんた毎回そうよねー・・・もしかしてそっちのケでもあんの?だから女の裸に興味ないとか」
「きゃーっ!」
キスメがわざとらしく黄色い悲鳴をあげる。
「ある訳ないでしょそんな事・・・ってうちの店過ぎたじゃないですか、下ろしてください・・・おろせぇぇぇ!」
無理矢理這い出そうとする店主をキスメが台車の中へ押し込む。
「お風呂上がったらお皿あらい手伝うからっ!それに店主さんも身体休めないとまともに動けないでしょ?」
「そんなことないだだだだだだだ」
店主は台車から這い出ようとしたところうまくいかず台車の中で転がってしまっている。よく見ると片足は膝に関節が一個増えている上面白い方向に曲がっていた。
「あたいは元気だから帰るぅぅぅ!お風呂いやあああ!」
ここで再びお燐がじたばたパルスィとキスメに掴まれたまま暴れるため、キスメは桶の中からロープを取り出しお燐を縛り上げ、同じく台車に放り入れた。
「はいはい、二人ともあきらめようねー」
同じ頃静まり返った飯屋、本を畳む音。
「ふぅ~・・・おーい店主、会計頼む・・・あれ?おーい、誰もいないのかい?」
「・・・おーい」
幻想郷の地底にあるそこそこ人気のある飯屋、そこでは少し前まで人の身であった妖怪の店主が営んでいる。
「お待ち遠様です、ヤマメさんにキスメさん」
「おう、いつもの事だが早くていいね」
「ありがとー!」
店主はカウンターに座っている二人に料理を出す。
「ところで・・・」
「ん?どした?」
「アレは一体・・・」
そう言って店主が指差すのは店の隅の方のテーブル席を指さす。時間は丁度夕食時、多くの客で賑わっている中そこだけ少し静かな空間となっている。
「あー、あれ?いや確かに異様な風景だよね、色んな意味で」
「なんか近寄りがたいよねー」
ヤマメとキスメは店主が指さした方に視線をやりそれぞれ感想を述べる。
店主が指さしたテーブル席、そこには山のように本が積まれており、じっくりとそれを読み耽る二人の客、星熊勇儀と古明地こいしの姿があった。二人とも方向性は違えど普段から活発な女性であり、じっくりと読書など到底似合わない存在である。
「勇儀さんは前新聞も読んでましたが気になる写真を見つけただけですよ・・・」
「でもあれってあんたが前地上で買ってきた漫画って奴だよね、まああれなら読みやすいしおかしくないんじゃない?」
ヤマメはそう言うと手元の料理に手をつけ始めた。
「そうなんですか?実はまだ自分で読んでないから内容あんまり知らないんですよね」
店主は洗い物をしながらカウンターの近くに置いてある本棚を見る。
「そうなの?もったいないなー、わたしもよんだけど、どれも面白かったよ?」
キスメもヤマメが料理に手を付け始めたのを見て合掌した後食事にとりかかる。
「読む時間がないんですよね、最近。まあ元々は、料理を出すまでの時間つぶしに丁度いい読みものを適当に見繕ってくれって言ったら棚ごと薦められたのでそのまま棚ごと購入して帰ったんです。そういや是非感想を聞かせてくれとか言われてたっけなー」
「棚ごとって・・・結構したんじゃないの?」
「まあそれなりに、でも皆さん喜んでいただけたみたいでよかったです。」
店主はそう言って笑った。
夕食時も終わり少し経ち客もはけてきた頃、ヤマメとキスメの二人がのんびり談笑しながら食事をしていた。するとその後ろで店の入り口の戸が開いた。
「開いてるかしら?」
馴染みのある声にヤマメとキスメが同時に振り返る。
「あらパルスィ、あんたはいつもこれくらいに来るね」
と、ヤマメは今しがた現れた客、水橋パルスィに声をかける。
「私は食事はゆっくり食べたいの、周りが五月蝿いのは嫌なのよ」
「パルスィさんいらっしゃいませ、好きなところにどうぞー」
店のカウンターの少し奥で山のように積まれた食器などの洗い物と格闘している最中だった店主は、パルスィの来店に気付くと声をかけ、適当に座るよう促す。
「・・・なにあれ」
パルスィはきょろきょろと店の中を見回した後、そう言って先程店主達の話題に上がった席、勇儀とこいしの座っている席を指さす。彼女達は先程と変わらず静かに本を読んでいるようだ。
「黙々と読書をする勇儀さんとこいしちゃんだね。ねぇねぇパルスィ、ここ座ってよ!一緒にお話しながら食べようよ」
そう言うとキスメはポンポンと自分の隣の椅子を軽く叩いてパルスィに座るよう促す。
「え・・・えぇ・・・」
パルスィはややあっけにとられながらキスメの隣に座る。
「何にしますか?」
洗い物を一時中断して店主が水とお通しをパルスィに出す。
「あー、なんでもいいわ。日替わりって奴残ってる??」
「大丈夫ですよー、今日は生姜焼き定食ですね」
「じゃあそれで」
「はーい」
そう言うと店主は調理に取り掛かった。
「そういやまだお通し出してるのね、飯屋なんて名乗ってる割に。こういうのって居酒屋が出すものじゃないの?」
ぽりぽりとお通しとして出てきた胡瓜や大根の漬物をつまみながらパルスィは尋ねる。
「あはは、そうですねー。実はそろそろお通しを出すのはやめようかと思ってたんですよ」
店主は振り返りそう答える。
「えっそうなの!?」
キスメが驚いた顔を見せる。
「ええ、最近忙しい時間帯になるとてんやわんやでたまに出し忘れちゃったりするんですよね。それくらいならやめた方がいいかなーと思いまして」
「うー・・・なら仕方ないね、ここの漬物おいしいから好きだったのになー・・・」
キスメは残念そうな顔をした、その様子を見て店主は少し嬉しそうな顔をしてから「少し待っててください」と言って一旦調理の手を止めて店の奥へ行き、小さめの壺を持って帰ってきてそれをカウンターの上に置いた。
店主が尋ねて欲しそうに壺に手を置いて待っていたためか、三人は店主の顔を少し見たあとスッと目をそらした。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
微妙な沈黙の後、店主がしょんぼりと壺を抱きかかえるようにして店の奥へ引き上げようとしたところでキスメが「ごめんごめん!冗談だよー!その壺はなあに?」と言ったので、店主は壺を抱えたままカウンターの前まで戻ってきた。
「・・・えっと、これからはこの壺に漬物を入れてそれぞれのテーブルに置いておこうと思ってるんです。」
「ああ、自分らで好きなように取って食べろってことかい」
「ええ、そうすれば忙しい時間の前に多めに用意しておけばなんとかなるんじゃないかと思いまして。」
「よかったー、じゃあこれからも漬物は出してくれるんだ」
「ええ、喜んでくれる方がいるし、これ漬けるのはずっと日課だったんで」
そう言って店主は少し機嫌を取り戻したのか、嬉しそうにはにかみながら言う。
「でもこれ馬鹿みたいに食べまくる奴とか出るんじゃないの?キスメとか」
けらけら笑いながらパルスィがからかうように言う、隣でキスメは「そんな事しないもん!」とふくれっ面だ。
「あはは、まあ手間が減るので食べ尽くされる前にお料理を用意するようにしますよ。」
店主がそう言ってチラッとキスメの方を見る。彼女はそれに気づくと「もー!!」と更に膨れてしまった。
「さて、パルスィさんお待たせしました。前から失礼。」
そう言って店主はカウンターからお盆をパルスィの前に置いた。お盆には出来立ての生姜焼きとキャベツの盛られた皿と米の入った茶碗、そして野菜の沢山入った豚汁が乗っている。
「相変わらず早いわね」
「それはどうも、褒めても漬物しか出ませんよ?」
「店主さんかっこいい!!」
ここで突然キスメが声を上げる。
「あーはいはい、漬物おかわりですね。すぐにお持ちしますよ」
「なーに照れてんの?」
ヤマメがそう言ってカウンターに乗り出して店主の頬をつつく。
「別に照れてません」
「店主~」
今度はパルスィが店主を呼ぶ
「何ですか?パルスィさん」
「てんしゅさんかっこいいいー」
そう言いながらパルスィは、漬物の入っていた皿を店主に差し出す。
「もしかしなくてもからかってますよね、っていうかそれ言うためにわざわざこれ空にしたんですか?」
はぁ、とため息をつきながら皿を受け取る。店主は、糠床から取り出した野菜を切り始めた。
「ふふ、美味しかったわよ」
箸を舐りながら店主を上目遣いで見上げるパルスィ、それを見た店主は思わず顔を逸らしてしまう。
「あー!照れた!!今照れた!!」
それを見たヤマメは店主を指さし大声をあげる。
「・・・今のはパルスィさんがずるいです」
店主はそう言った後、ゴホンと咳払いをした。
「何?妬いてんの?」
しっしと笑うパルスィ。
「別にそんなんじゃない!おいあんた!!」
ヤマメはバンッとカウンターを叩き立ち上がる。
「なんですかヤマメさ・・・わっ」
店主がヤマメの方を向くとヤマメは店主の両肩に手をやりぐいっと引き寄せる。そして一言
「あんたは今日もかわいいな」
「・・・普通逆です、ヤマメさん」
店主は真顔でそう返す。
「ほらぁ!!私がするとこれだよ?あんたらだけ頬染められてなんかずるいっ!差別だ、これは差別だよ!!なんで私だけ面白い反応が帰ってこないのかね!もう知らん!!」
そう言うとヤマメはやや膨れっ面でどかどかと店から出ていってしまった。
「「あーあー、怒らせたー」」
パルスィとキスメが声を合わせて言う。
「いや・・・そんなに俺が悪いですかね、今の」
「もっと良い返しはいくらでもあったと思うけどなー」
と、キスメ。
「まあ、ヤマメさんの事ですし、すぐに戻ってくるでしょう」
店主が深呼吸をするとやや紅潮していた彼の顔はすぐに元に戻った。そして、彼は店の入口を一瞥すると切り終えた漬物をそれぞれ皿に盛り、キスメとパルスィに渡す。
「あんたも大概慣れてきたわねぇ」
漬物を受け取った後、その様子を見てパルスィが一言。
「それはもう毎日のようにからかわれてますからね」
ふぅ、と店主が軽く息を吐いた。
「あはは!じゃあもっとからかってあげないとねー」
キスメはそう言って笑う。
「はいはい、どうぞお好きなように」
店主はそう言うと再び山のように積まれた洗い物に手を付け始めた。それとほぼ同じ頃に店の入口が開き、ヤマメが返ってきた。
「はやっ」
と、パルスィ。
「おかえりなさい、ヤマメさん。ほんとに早いお帰りですね」
店主はヤマメにも用意していた漬物のおかわりを渡す。
「ありがっ・・・とうっ!」
漬物を受け取った後、ヤマメは唐突に店主の顔面を引っ掻く。ぶしゅっと嫌な音がした。
「うううぅっぎゃぁぁぁあああああ目があああぁぁぁ」
店主がその場に崩れ落ちる。
「おお、いい反応だ」
ヤマメは楽しそうだ。
「・・・何があったらそうなるのよ」
パルスィがヤマメに尋ねる。
「いや、外でお燐に会ってね?どうしたら店主の顔を赤く染めれるか相談してみたら、顔面引っ掻いたら?って結論に至ってね」
やや満足そうにヤマメは言う。
「あの化け猫ぉぉぉぉうぉぉおおおいたいぃぃぃぃ」
店主はまだ顔面を抑えて奇声をあげながら悶えている。
「いや確かに真っ赤だけど・・・目的変わってるじゃない、あんた」
「いたそー・・・」
パルスィとキスメがカウンターの中でうずくまる店主を覗きこむ。
「っこれ・・・!人間だったら一生光を見ることないですよ多分・・・」
顔面を片手で抑えながら何とか立ち上がる。
「あははっ・・・ついやっちゃったよ、漬物ありがと」
ぽりぽりと漬物を口にしながらヤマメはペロッと舌を出して軽く謝罪のポーズを取る。
「ついじゃないですよついじゃ・・・ってあだだだ」
店主は何か言おうとしたがまだ痛むようだ、顔を抑えたまま少しうずくまる。
「災難ね、あんたも」
と、パルスィ。
「えぇ・・・それより、化け猫の飼い主二号さーん・・・っていないし」
店主はそう言って勇儀とこいしの座っていた位置を見るが、そこに彼女の姿はなかった。勇儀だけはまだ熱心に本を読んでいる。
「飼い主に文句言わずに本人?に文句言いなよ、話が通じるんだから」
と、言うのはヤマメだ、悪びれている様子はない。
「それはそうなんですが・・・っていうかそれを貴女が言いますか、ヤマメさん。いたたたた」
「大丈夫?」
まだ辛そうにしている店主にキスメが声をかける。
「ええなんとか・・・」
そう言って店主は洗い物を再開する。顔面にはかなり深い爪の痕が残っている。
「あんたも回復だけ早いからそんなにボコスカ好きなようにされるのよ、あの程度の不意打ち躱してみせなさい」
と、パルスィは言う。すると隣にいたヤマメが「なにおう!!」と突然拳を振り下ろす―が、パルスィはひょいっと椅子から一歩飛び下がりそれを躱してみせた。
「ほらね?こいつの攻撃なんて馬鹿みたいに直線的なのばっかりなんだから見なくても躱せるわよ」
パルスィが手をひらひらさせて店主に解説するように言う。
「あぁ~らパルスィ、なんか偉そうに言ってるけどその自信はどこから出てくるのかなぁ?」
「別に自信があるとかどうとかじゃないわ」
「じゃあ何さ」
「避けれるから避けれるって言ってるの。わかるかしら?」
やや煽り口調でパルスィは言う。
「わかったわかった、よぉ~くわかった、早い話喧嘩売ってるよねパルスィ」
「あら話が早くて助かるわ、馬鹿ってこういうところ簡単よねー」
「ぱぁぁぁぁるすぃぃぃぃ?もう喧嘩買ってる流れだったよねー、私もう喧嘩買ってたよねー、買ってたのに最後の一言は絶対余計だったよねーなんで言っちゃうかなー?いっぺん死にたいのかなー?」
ヤマメの顔面がビシビシと音を立てて引きつる。
「あんたを表すのに適切な表現がこれくらいしかないの、悪いわね馬鹿」
「よぉ~しよしよし、表へ出よう、表へ出なさい、表へ出ろ半殺しで許してやろうと思ってたが、3回殺してその上その口ギッチギチに縫い付けてやる」
二人揃って店の外へと出ていく。それを眺めながら店主は
「・・・自分には血の気が足りないんでしょうか、もっと肉でも食うようにしてみますかね」
「あ、いいかもね!でもパルスィは野菜派なのに案外喧嘩っ早いんだよねー、ああ見えて短気だし、私達相手だと」
「ほんとに喧嘩っ早い人多いですよね、地底は」
洗い物をせっせと片付けながら店主は答える。
「そうかなー?上でも大して変わらないんじゃない?あっちよりこっちの方が喧嘩してるだけだよ、弾幕ごっこじゃなくて」
「あー・・・確かに同じような物だと考えたらそうなりますかねー」
「でしょー?二人の喧嘩見にいこーよ店主さん」
「これを片づけたら・・・」
店主はそう言ってまだまだ残っている食器を指さす。
「後で手伝うから!」
「いや、お客さんに手伝わせる訳には・・・」
「どーしてそんなとこだけお固いの!いいからいこ!喧嘩見るのも勉強だよ!!」
キスメはそう言って店主を引っ張る。
「はいはい、まあ自分も見たいっちゃ見たいですし。勇儀さーん留守番お願いしまーす・・・って聞いてないな」
勇儀はここまでの騒ぎも気にとめる事なく本を読んでいた。
キスメと店主は店の屋根まで上り、周囲を見渡してヤマメとパルスィを探す。幸いすぐに見つかりそちらに向かって走る。
「しかし、さっきはああ言いましたがパルスィさんが喧嘩売るって結構珍しいですよね、喧嘩っ早いって言っても彼女は自分から喧嘩吹っかける方じゃないと思ってました」
「そうなんだけどねー、前の宴会でヤマメちゃんと色々あったからもやもやしてるんじゃないかなー」
「あー・・・前の宴会の時ですか、自分はひたすらつまみ作ってたんであんまり詳しく知らないんですよね」
「まあ色々って言ったけどパルスィの食べようと思ってた焼き魚をヤマメちゃんが食べたりパルスィの飲もうとしてたお酒をヤマメちゃんが飲んだりパルスィがこっそり最後までとっといた苺を食べたり」
「うわぁぁぁ地味というか微妙というか、反応に困りますね、それは。確かに腹は立ちそうですけど・・・っていうかパルスィさんその場は我慢したんですよね」
「パルスィは自分がほんとに怒っちゃうと空気が悪くなるって思っちゃってるんだよねー、多分。だからお酒の席だとほとんど怒らないんだよね」
「そうなんですか。」
「うん、ヤマメちゃんもきっとわかってて喧嘩買ってるんだよ・・・多分」
「あはは、そこまではわかりませんか。あーもう始まりましたねー」
前方で歓声とともに閃光だったり地面等が砕ける音だったりが聞こえ始めたので二人はそこに向かってかけ出した。
「うにゃ?おにーさんにキスメじゃないか」
キスメと店主が、ヤマメとパルスィを囲んでいた野次馬に近づくと、その中にいたお燐が気づいて声をかける。
「あ、お燐ちゃんだー」
お燐が手招きしたので二人はそちらに向かって歩く。
「どしたのその顔・・・あたいのせい?」
店主の顔面にまだ残っていた爪痕をみてお燐は自分を指差す。
「ええ」
店主はにっごりと笑う。
「いたそーでしょ」
「ヤマメが顔面が真っ赤だのどーだの言ってたのはこれかー」
まじまじと爪痕を見ながらお燐は言う。
「お燐さん、こんな感じになるってわかってて言ったでしょ」
「どうかにゃー?」
にやりと笑うお燐、こういう表情をすると彼女はかなり猫っぽい。そんな事をしていると周囲がどっと騒がしくなった。
「それそれそれぇ!避けてばっかじゃつまんないよ!?」
ヤマメがパルスィを中心に周囲の家や地面、木などを足場にして360°ほぼ全方位から飛び掛ってははね返りを繰り返しパルスィに襲いかかり続ける。
「私はあんたのような馬鹿げた体力は持ちあわせてないの、それよりこんな単純な事で私を捕らえられると思ってんの?さっきの不意打ちのが100倍マシね、やっぱ馬鹿なの?」
それに対してパルスィは小さな動きできっちりヤマメの攻撃を躱している。
「言ってろ!馬鹿っていうやつが馬鹿を見るんだってのを証明してやる!!」
ヤマメはひたすらパルスィめがけて飛びかかり続ける。そのスピードは遅くなるどころか次第に速くなる。
一方野次馬達は、ヤマメの動きが激しくなってきたため少し離れて観戦していた。
「速いなー、ヤマメさん」
「ヤマメちゃん腕力も脚力もすごいからねー」
「でもあれじゃ短調すぎるね、結局疲れるだけだよ。パルスィもきっちり全部避けてるし」
「ん~・・・でもどうしてパルスィさんは反撃しないんですかね、あれだけ綺麗に避けれてたら反撃もできそうなものですけど」
「迂闊に手を出して組み合いになったらパルスィがヤバイんじゃない?あたいもヤマメと組み合いなんて正直やってられないからね」
そんな野次馬達の会話を知ってか知らずか、二人の喧嘩は進展を見せる。
「ほれ、かかったぁ!もう逃げらんないよ、さてどうしてくれようか」
ヤマメはそう言ってグッと手で何かを引っ張る動作をした、するとパルスィの身体が突然ググッと絞め上げられる。先程まではヤマメ以外の誰の目にも見えていなかった細い糸がパルスィの全身に絡まっている。パルスィを中心に糸が辺り一帯に張り巡らされている。
「暴れても無駄だよぉ?余計絡まってあとが大変だからじっとしてることだねぇ」
ヤマメはニヤニヤと笑みを浮かべながらパルスィにゆっくり近づいていく。
「とってあげようか?ははは、ソレじゃ喋れないかぁ・・・取ってやろうか?」
そう言ったところでヤマメは周りを見る、野次馬達を見回すと何か思いついたようだ、ニタァ・・・と口元をいびつに歪める。そして、パルスィの服の襟を掴んだ。パルスィは糸で口を封じられているため、ヤマメの方を睨むだけだ。
「あー、こりゃぐちゃぐちゃに絡まってるなー、私の糸は硬い上にひっついたらなかなか取れないからなー、うっかり服とか破れちゃうかもしれないねぇ・・・」
ヤマメは周りの野次馬に聞こえるようにわざと大声でそう言うと、周囲から野太い歓声が響いた。男の妖怪達から「いいぞー!脱がせー!!」等々声が飛ぶ。
「うわー、ヤマメちゃん楽しそうな顔してるなー」
「あはは、おにーさん勉強しにきたんだろー?ほれほれ、ちゃんと見てないとー」
店主が顔をそらそうとしたため、お燐が顔を両腕で固定し目を瞑らせないよう指でまぶたを固定する。
「うわっ!離してくださいお燐さん!ちょっ」
「紳士ぶっちゃってー、店主さんもパルスィの裸見たいんでしょー?」
「キスメさんまでなにぶっこいてんですかっ!」
お燐とキスメがにやにや笑いながら店主を押さえつけている、そんな野次馬達の様子を眺め終えたヤマメが声をあげる。
「そんじゃいくよー!」
周囲から歓声が上がると同時にヤマメはグッと腕に力を入れるとパルスィの服を一気に破り捨てる・・・すると。
「この変態」
どこかから聞こえたパルスィの声と同時にヤマメの糸が捉えていたパルスィが大量の光弾に変わり花火のように飛び散る。すぐそばにいたヤマメはそのまま地面にぶつかった弾幕により巻き上げられた砂煙に包まれ一瞬で姿が見えなくなった。さらに、周囲で歓声をあげていた野次馬達にも大量の光弾が降り注ぎ、先ほどまでの野太い歓声は無数の悲鳴に変わった。
「あんたの考える事なんて大体お見通しなの・・・よっ!!」
砂煙からヤマメがふっ飛ばされる形で飛び出してきた、そしてその先には本物のパルスィが待ち構えていた。そしてトドメにと、踵落としでヤマメを地面に突き落とした。ヤマメは地面に頭から腰あたりまで刺さってピクピクと動いた後ぐったりと力尽きた。
「もうっ!やるならやるって言ってよパルスィ!危ないでしょっ」
キスメがそう言ってパルスィに文句を言う。周囲にはパルスィの不意の弾幕を躱せず被弾した(主に男の)妖怪たちがごろごろ転がっている。
「言ったらバレるでしょーが、それにしっかりお燐がガードしてくれたから良かったじゃない、そいつで」
パルスィはそう言ってストッと着地すると、お燐の盾に使われノビている店主を指さす。
「あはは、都合よくあたいの前にあったんで思わず使っちゃった」
お燐はそう言うとペロッと舌して片目を瞑り、ウインクをする。
「さて、こいつはどうしてくれよう・・・ひん剥いて置いてく?」
パルスィは地面に半分埋まっていたヤマメの足を持って引っこ抜き言う、ヤマメは完全にノビているようだ。
「流石にかわいそうだよー、どうせひん剥くならみんなで一緒にお風呂行かない?結構いい時間だし、ヤマメちゃんドロドロだしパルスィも汗かいたでしょ」
「あー、いいわね」
「それじゃあたいはこれで・・・」
お風呂と聞いてお燐が店主をその場に捨てて、そそくさと逃げ出そうとする・・・が、その足を店主の腕が掴んだ。
「お燐さん、少しお話があります」
店主も気を失ってはいたが、お燐に地面に落とされた際に気を取り戻したらしい。
「うわわわ!おにーさんごめん!ごめんってば!今度ちゃんと謝るから今は離して!」
そう言って慌てて逃げようとするお燐の肩をパルスィとキスメがつかむ。
「そういやあんたお風呂嫌いなんだっけ?」
「女の子なんだから綺麗にしないとねー」
パルスィはお燐の台車にヤマメと店主を放り入れた。そして、お燐の両脇をキスメと二人でがっしり抱えて歩き出す。
「いったぃ!」
「うにゃああ!あたいもいつか一人で入るからぁ!!」
「あんたちょっと臭うわよ、いいから観念なさい」
「そんなことないから!!それにあたいお風呂は地霊殿以外のは入らないようにしてるんだからぁぁ」
じたばた暴れるお燐をがっしりパルスィとキスメが固定する。お燐の台車はパルスィが片手で押している。
「パルスィさん、自分は店の前で下ろしてくださいまだ皿洗いが残ってるので」
「えー、店主さん一緒に入らないの?」
「さっきから何ぶっこいてんですかキスメさん」
「いいじゃない別に、私もキスメも何も思わないから私達の裸見放題よ?」
「何も思われないって・・・それは・・・なんというか、男としての尊厳が砕け散りそうですね」
「尊厳なんてあったの?まあいいわ、それよりヤマメなんてしばらくは無抵抗だから好き放題できるわよ?」
「・・・いえ、結構です」
少しの間の後店主は言うと、顔を隠すように台車の中にうずくまりながら。
「あんた毎回そうよねー・・・もしかしてそっちのケでもあんの?だから女の裸に興味ないとか」
「きゃーっ!」
キスメがわざとらしく黄色い悲鳴をあげる。
「ある訳ないでしょそんな事・・・ってうちの店過ぎたじゃないですか、下ろしてください・・・おろせぇぇぇ!」
無理矢理這い出そうとする店主をキスメが台車の中へ押し込む。
「お風呂上がったらお皿あらい手伝うからっ!それに店主さんも身体休めないとまともに動けないでしょ?」
「そんなことないだだだだだだだ」
店主は台車から這い出ようとしたところうまくいかず台車の中で転がってしまっている。よく見ると片足は膝に関節が一個増えている上面白い方向に曲がっていた。
「あたいは元気だから帰るぅぅぅ!お風呂いやあああ!」
ここで再びお燐がじたばたパルスィとキスメに掴まれたまま暴れるため、キスメは桶の中からロープを取り出しお燐を縛り上げ、同じく台車に放り入れた。
「はいはい、二人ともあきらめようねー」
同じ頃静まり返った飯屋、本を畳む音。
「ふぅ~・・・おーい店主、会計頼む・・・あれ?おーい、誰もいないのかい?」
「・・・おーい」