1.
向こうまではまだまだかかりそうだねぇ。暇潰しに何か話そうか。
そうだ、この話をしてやろう。なに、そんなに長くはかからないよ。
昔々のお話さ。
*
昔々、ごく普通の女の子がいました。
女の子には夢がありましたが、親に反対され、家を出て森で一人で生活するようになりました。
研究に没頭したり、宴会に顔を出したり、異変解決に奔走したり。
概ね良好と言えた女の子の日常は、ある時を境に大きく変わりました。
女の子は魔法を使いましたが、魔法使いではありませんでした。
年をとるし、食事や睡眠は欠かせません。
女の子は研究にのめり込むあまり、そのことを忘れてしまっていたのです。
空腹と睡眠不足で倒れた女の子を介抱したのは、同じ森に住む魔法使いでした。
魔法使いは女の子を対等の存在とは見ていませんでしたが、その努力や能力には一目置いていました。
女の子は介抱のお礼がしたいと言いました。
魔法使いはしばらく悩んだ後、「星が見たい」と返しました。
星を生み出すのには慣れています。普段から研究を積み重ね、弾幕にも用いているのですから。
しかしそれでは足りない。そう思った女の子は試行錯誤を重ね、ようやく完成に至りました。
女の子はその夜魔法使いを呼び出し、空いっぱいに星をちりばめました。
その煌きは、今まで誰も見たことのないほど素晴らしいものでした。
息を呑む魔法使いを満足げに見ていた女の子は、ふいに糸の切れた人形のようにぱたりと倒れました。
無理がたたったのか、魔法の負担が大きかったのか、あるいは両方か。
小さな体は軽く、冷たく。
その魂は彼岸へと渡りましたとさ。
*
悲しい話だと思うかい?
確かに結末は悲しいかもしれないが、優しい話だと思うよ。
その魔法使いがどうなったかって?
……それは、お前さんが一番よく知ってるだろう?
2.
お前さん、なかなか良い人生を送ったようだね。もしかしたら天界に行けるかもしれないよ。
え、天界は嫌? 冥界がいいって? 物好きだねぇ。
閻魔様が決めることだから、どうなるかはわからないけどね。
そうだ、ちょいと昔話をさせとくれ。
私のじゃないよ。今までに運んだ誰かの、さ。
*
昔々、人形遣いがいました。
人形遣いは森で一人静かに暮らしていましたが、時折訪ねて来る人がありました。悪魔の館に仕える従者です。
従者は忙しい仕事の合間を縫って、週に一度は人形遣いのところに顔を出しました。
何度戸を叩く音を聞いたでしょうか。
いつしか人形遣いは、その音を心待ちにするようになったのです。
ところがある週、従者は顔を見せませんでした。
それが二週、三週と続き、ついに二月が経ちました。
館を訪れた人形遣いを待っていたのは、現実。
枯れ枝のような腕、水分の少ない肌に刻まれた皺。
もう長くはない。
誰の目にも明らかな事実を受け入れられず、人形遣いは逃げるように館を飛び出していきました。
立つこともできなくなった従者には、ただその背を見送るしかできませんでした。
健康そのものだった人形遣いは、従者の死から程なくひっそりと息を引き取りました。
自殺ではありません。
心が耐え切れなくなっただけなのです。
*
心ってのは、体より脆いものだから。
悲しみが大きすぎると、立ち直れなくなるんだよ。
この人形遣いは従者が二人目だったから尚更だろう。
……いや、別にあたいがサボってたからあんたの方が後になったわけじゃ……そ、そんなに怒るなって。
異変のせいで忙しくて順番がごちゃごちゃになったんだよ。そう責めてくれるな。
あ、ほら、もう岸に着くよ。
3.
ここへ来る生きた人間は大抵自殺したい奴……なんだけど、お前さんは違うみたいだね。
見送り? 遅かったね、みんなもう送ったよ。
しかし、あんたが一番長生きするとはね。そんな気はしてたけど。
魔法使い、人形遣い、従者。
お前さん、誰を見送りたかったんだい?
……そう。残念だったね。
おや、もう帰るのかい? 歌でも聴いて行きなよ。
どんな歌って、決まってるだろう。
餞の歌、だよ。