作品集88『風祝 人形師の家に見参』の続きとなっております。
が、期間を開けすぎたため文体や設定が相当違っているかもです。
ので、あらすじ
アリスのアリスによるパーフェクト早苗メイキング教室によってアリスの家に誘われた早苗の明日はどっちだ。
こんなにも近いのに
こんなにも遠いなんて
「じゃ、ぱぱっとお化粧しちゃいましょうか」
「はい」
そう言ってにっこりとほほ笑むアリスさんに見られると私の頬が真っ赤になっていくのを感じる、熱い。
後ろにあるのは化粧箱なのだろうか、いそいそと準備を始める後姿を私はただ眺めていた。
仕草の一つ一つが目を引く
それは派手さに目が引かれるという事じゃなくて、いやらしいという事でも無くて、寧ろ彼女は慎ましくて仕草だけ取れば全く目を引かない、ごくごく一般的な行動を取っているだけで。
その一つ一つをついつい目で追ってしまうのも、見逃すまいと思ってしまうのも、それは私がアリスさんにどうしようもなく引かれているからなんだと思う。
多分、私は恋愛なんて縁のない所に居たから、だから自分の気持ちが今も分からないから。
風祝として生きてきた、神に仕える者として精一杯やって来たと思う。
勿論不満なんて無い、神奈子様や諏訪子様に褒めてもらうと嬉しいし、多分私はこの為に生きてきたんだろうなってことを思っていた。
それでも人間みたいな感情はちょっと遠い所にあったんだと思う、恋愛とか、友情とか、勇気だとか、なんだか私には遠い所にあるように感じていた。
あるのは常識、社会で生きていくうえで必要最低限な持ち物。
学校ではクラスメートの子と話はするけれどそれだけ。告白されたこともあったけど風祝の仕事があるからって断ったりした、本当の理由はまだ私が好きだとかそう言った物と無縁なように感じたからだけど。
神奈子様も諏訪子様も心配はしていたみたいだけどどうしようもないから何も言えない風だった。
でも、だから
今抱いているこの気持ちは大切なもので、無くしちゃいけないものだから。
「準備は終ったわ、さあ始めましょうか」
「はい!よろしくお願いします!」
「元気ね、羨ましいわ」
ああ、また笑った
誰かの笑顔で心が温まるなんて初めて教わったから。
この気持ちは大切に、まだ温めておこう
アリスさんの髪の毛が柔らかい日の光を受けてふわふわと綿毛の様に揺れる、触ってみたいけど我慢しよう。
さっきとは打って変わって真剣な眼差し、多分本人は意識しないで集中しているだけなんだろうけれども見られている側から言うと何と言うか、反則だと思う。
「さ、こっち向いて」
「はい」
てきぱきと口紅やらなんやらを持ってきてはぱっぱと塗っていく、速過ぎてよくわからないけれど職人技って事は分かる。西洋風に言えばマエストロかな?分からないけれど。
体がむずむずする、痒い
多分その原因は動けない事なんじゃなくて、きっとこんなにも近くにアリスさんが居るからなんだと思う。
むず痒いくてもどかしい
その体に触れたい
甘いお菓子の香りと、色とりどりな香水の香りと、清潔なシャンプーの香りと
いつも良い香りを漂わせているあなたにもっと近寄りたい
でも、そうしたらきっと何かが壊れてしまうから。
硝子の皿の様に脆いそれが壊れてしまえばきっともう元には届かなくて、そんな事すらも遠い所に行ってしまうから。
あの優しい微笑も、真剣な眼差しも、弾幕も、きっと今まで通りには向けられなくなって、それが何よりも恐ろしい。
今のままでいたいけれど、それだとあちらこちらに“進入禁止”の黄色と黒のテープが張り巡らされていて入れない。
一歩動けば開く道がある、でもそうしたら永遠に閉じてしまう道もある、今私達が居る場所はどっちつかずで一番危険な場所に違いない。
どこまでも透き通った蒼い瞳は外の世界では珍しい、外国の人なんて英語の教師でしか見たことが無かったから。いや、例え周りが皆外国人だったとしてもその中からこんなにも綺麗な宝石を見つける事は出来なかっただろう。
窓から差し込む光を受けて時折思い出したかのように輝くサファイア、いやラピスラズリかな?あるいはどれだけ探しても、例え奇跡が起ころうと見つけられない空想上の宝石に違いない。
今は、私だけのもの
それだけで口笛が出そうになるのを必死に堪えて、私はまた透明度の高い青に吸い込まれた。
今は忙しなく中を漂う人形も、外でざわめく魔界の森の木々も目に入らない。
私は人間、風祝 時に異変解決を請け負ったりする
彼女は妖怪、魔法使い、レディ・ミステリアス
どこまでも均衡の取れない二人はシーソーゲーム、私に詩的な表現は似合わないけれど泉のようにあふれる言葉は留める事を知らなくて。私にできる事と言えばそれが溢れ出さないようにする事ぐらい。
きっと溢れ出したら溺れてしまうから、歯止めが利かなくなってしまうから。
今いる場所は危険な所、油断をしたら落ちてしまう崖っぷち。
もしも閉じてしまう道の中に私の望む道があったらば、それを開くのは神の力をしても無理だろう。
だからここまま危険な場所に居続けても良い、もしもこのまま、二人で居られるのならば。
例え 堕ちたとしても
常識なんて通用しなかった
気が付いた私が見たものと言えばどこまでも続く青い空
負けた事にも気が付かないぐらいに私はその青に吸い込まれていた。
ああ、ここは今までいた世界じゃないんだな。
私がようやくその事を理解したのはその時で、ほんの少しだけ涙を流した。
「仕上がったわ」
そんな青い空から落ちて来た私が聞いた声はやっぱり透き通っていて。
目の前にはやっぱりお人形さんみたいに整った顔つきのアリスさんが居て、一瞬ここがワンダーランドなのかそれとも現実なのか分からなくなる。
それでも彼女が居れば私はどこだってかまわないけれども、どちらかと言えば神奈子様たちが居る方が良いかなぁなんて、でもアリスさんと二人きりなら多分夢の国を選んじゃうんじゃないだろうか。
嬉しそうにうんうんと頷くたびにメレンゲの様な髪の毛が揺れて、シャンプーの香りが漂う。さっきの如何なる妥協も許さない様な職人顔から見ると物凄い変化だ、勿論どちらも好きだけど。
こういう風にころころ変わる感情とかはまるで猫のようだ、犬よりも猫に違いない。奇跡の一つでも起これば猫耳と尻尾でも生えてくるだろうか。
「あれ、そんなに怪しい動きをしてどうしたの?」
「あ、あわわわ、これはそう!ヨガですよアリスさん!」
「ヨガ?」
「インドのストレッチです!」
「あら、面白そうね。今度パチュリーに聞いてみようかしら」
言えない、絶対に「アリスさんに猫耳をはやそうとしていました」なんて言えない。
お化粧が終わったなら鏡を見たかったんだけどアリスさんはまだまだ満足しないらしく全部終ってから見た方が良いとか言いながら人形と一緒に奥の部屋へと行ってしまった。紅茶とクッキーを用意しておくから一回で待っててと言いながら。
「どうしましょうか」
一人きりの部屋でそんな事呟いても帰って来るのは人形のシャンハーイと言う可愛い返答だけ、まあ、普通は返答なんて帰ってこないんだけど。
一階に降りると漂ってくるのは紅茶の香りと焼きたてのクッキーの甘い香り、緑茶しか飲んでいなかった私がいつのまにか銘柄まで言い当てられるようになったのはきっとこの絵には紅茶しかないからに違いない。アリスさんはイギリス人なのかって聞いたら笑いながら私の料理がお気に召さなかったのかしらって聞かれたけれど。
料理が得意なアリスさんはきっと外に居たら大変なほどもてたに違いない、もっともその口から肯定の言葉が出るかと言えば果たしてどうだか分からないけれど。
もしもアリスさんが外の世界に居て、もしもこんな関係だったら。私はそれでも幻想郷に来ていたんだろうか。
分からない
果たしてアリスさんが外の世界に居たとしても、それが幻想郷に居たままの彼女かどうかなんてわからないし、もしもの世界なんて誰も知らないから。
でも、“幻想郷のアリスさん”は私の好きな人で、大切にしたい人で、あの日見た空みたいな瞳を持っていて。私にとってそこが大事な事で、それだけは分かっていた。
扉の向こうからケープを羽織った魔法使いが入って来たのはそれからたっぷり15分はかかってからだった。
「用意、できたわよ」
にっこりと笑いながら手に取っていたのは和服、若草色を基調として白で唐草模様が入った涼しげな意匠。風祝の衣装は普段着ているけれどこういった『THE・和服』って衣装は着たことが無いから少しドキドキする。
「普段洋服着てたんでしょ?だったら敢えて和服を着せてみるのもいいかと思って」
「これ、アリスさんが作ったんですよね?」
「そうよ」
凄い
外の世界ではこんなにしっかりして、細かい所までしっかりしていて、これ自体が一種の芸術品の様な服なんか見たこと無かった。
アリスさんは驚嘆の視線を送っているとそれだけで職人魂が満足したらしく胸を張っている、大きい。
「奥の部屋に行きましょうか」
「え、アリスさんが着付けるんですか?」
「いいじゃない、恥ずかしがることは無いでしょ?」
アリスさんはそう言うけれど私にとってはそうもいかない。
私の認識とアリスさんの認識が違う事に少しばかりの寂しさを覚えるけれど、今はそんな事よりも早く着付けをしようと着せ替え人形を初めて目にした女の子の様にうきうきと私の手を引っ張っているアリスさんを何とかしなくちゃいけない。
ああでも、アリスさんに触られてるんだなーとか、細い綺麗な指だなーとか、そんな事を考えてしまうとこのまま流されてしまいそうだけど。
「さ、着いたわよ」
と思ってたらとっくのとうに流されていた。
ちょっと待って、恥ずかしいから
そう言う暇も無く私はアリスさんに引っ張り込まれて―――。
「お嫁に行けません」
「これぐらいで弱音を吐くなんて、早苗はそんなに弱かったのかしら」
弱くなったとしたら、多分それはあなたの所為ですよ。
そんなこと言える筈無く私は鏡の前に立たされて
そこに居たのは和服の美少女だった
「…誰ですか、これ」
「あなたに決まってるじゃない」
鏡の前に居たのはどう見ても私と思えない、似ているのは緑の髪の毛ぐらいで。
ああでもメイクがけばけばしいということは無くて寧ろ外の世界基準で言うと薄すぎるんじゃないかと思える程で。
「メイクはあくまで補助用、素材が良いからちょっと手を加えてあげれば映えるわね」
えっへんと胸を張るアリスさんすら目に入らない程私は鏡に映った誰かを見つめていた。
大凡自分だとは思えないけれどそこに居るのは紛れもなく自分で、あまり手を加えていないわよと説明するアリスさんの言葉を聞いていると自然に漏れる私の意見。
「変わるもんですね…随分と」
その言葉で満足したらしいアリスさんは本当に嬉しそうに隣に立った。
「これで外を出歩けばきっと素敵な人が見つかるわよ」
多分、その言葉に深い意味は無くて。
アリスさんはただ誉めただけなのだろう。
だけど、私はその言葉に対して素直に笑う事が出来なかった。
服とかは袋に入れてあるからそのまま神社に戻って神様に見せてあげなさい、服を返そうとした私の言葉をアリスさんはそう断る。
こんな良い服を勿体ないとは思ったけれど、サイズが丁度だから多分これ服はアリスさんが私に対して作ってくれたものなんだろう。嬉しい
お礼を言うといつも神社でいろいろ話を聞かせてくれるお礼よと言われる、多分釣り合ってはいないけれど。
まだ寒いわねと言いながら家に戻ろうとしたその後姿が、なんだかもう永遠に見られない様な錯覚を覚えて。
「アリスさん」
振り向いたその顔はまるで無垢な子供
その空色の瞳は、夕焼け色に染まっていた。
どんな色になってもそれは綺麗で変わらない、アリスさんは変わらない。
私が居た世界とは隔絶されたこの幻想の郷。
そこで私はこの世でたった一つの宝石を見つけた。
外の世界では例え奇跡を起こしても見つけられなかっただろうそれは、私の前でただ輝いていた。
「振り向かせて、見せますから」
僅かな可能性があれば起こせること、私が起こせるもの、それは奇跡。
私が宝石を見つけ出せた事もきっとそう。
だから
きっと もう一度
「それまで、待っていてください」
奇跡は起こせる
起こして見せる
例え二人で落ちたとしても
この郷ならば私はどこへだって飛んで行けるから。
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が、期間を開けすぎたため文体や設定が相当違っているかもです。
ので、あらすじ
アリスのアリスによるパーフェクト早苗メイキング教室によってアリスの家に誘われた早苗の明日はどっちだ。
こんなにも近いのに
こんなにも遠いなんて
「じゃ、ぱぱっとお化粧しちゃいましょうか」
「はい」
そう言ってにっこりとほほ笑むアリスさんに見られると私の頬が真っ赤になっていくのを感じる、熱い。
後ろにあるのは化粧箱なのだろうか、いそいそと準備を始める後姿を私はただ眺めていた。
仕草の一つ一つが目を引く
それは派手さに目が引かれるという事じゃなくて、いやらしいという事でも無くて、寧ろ彼女は慎ましくて仕草だけ取れば全く目を引かない、ごくごく一般的な行動を取っているだけで。
その一つ一つをついつい目で追ってしまうのも、見逃すまいと思ってしまうのも、それは私がアリスさんにどうしようもなく引かれているからなんだと思う。
多分、私は恋愛なんて縁のない所に居たから、だから自分の気持ちが今も分からないから。
風祝として生きてきた、神に仕える者として精一杯やって来たと思う。
勿論不満なんて無い、神奈子様や諏訪子様に褒めてもらうと嬉しいし、多分私はこの為に生きてきたんだろうなってことを思っていた。
それでも人間みたいな感情はちょっと遠い所にあったんだと思う、恋愛とか、友情とか、勇気だとか、なんだか私には遠い所にあるように感じていた。
あるのは常識、社会で生きていくうえで必要最低限な持ち物。
学校ではクラスメートの子と話はするけれどそれだけ。告白されたこともあったけど風祝の仕事があるからって断ったりした、本当の理由はまだ私が好きだとかそう言った物と無縁なように感じたからだけど。
神奈子様も諏訪子様も心配はしていたみたいだけどどうしようもないから何も言えない風だった。
でも、だから
今抱いているこの気持ちは大切なもので、無くしちゃいけないものだから。
「準備は終ったわ、さあ始めましょうか」
「はい!よろしくお願いします!」
「元気ね、羨ましいわ」
ああ、また笑った
誰かの笑顔で心が温まるなんて初めて教わったから。
この気持ちは大切に、まだ温めておこう
アリスさんの髪の毛が柔らかい日の光を受けてふわふわと綿毛の様に揺れる、触ってみたいけど我慢しよう。
さっきとは打って変わって真剣な眼差し、多分本人は意識しないで集中しているだけなんだろうけれども見られている側から言うと何と言うか、反則だと思う。
「さ、こっち向いて」
「はい」
てきぱきと口紅やらなんやらを持ってきてはぱっぱと塗っていく、速過ぎてよくわからないけれど職人技って事は分かる。西洋風に言えばマエストロかな?分からないけれど。
体がむずむずする、痒い
多分その原因は動けない事なんじゃなくて、きっとこんなにも近くにアリスさんが居るからなんだと思う。
むず痒いくてもどかしい
その体に触れたい
甘いお菓子の香りと、色とりどりな香水の香りと、清潔なシャンプーの香りと
いつも良い香りを漂わせているあなたにもっと近寄りたい
でも、そうしたらきっと何かが壊れてしまうから。
硝子の皿の様に脆いそれが壊れてしまえばきっともう元には届かなくて、そんな事すらも遠い所に行ってしまうから。
あの優しい微笑も、真剣な眼差しも、弾幕も、きっと今まで通りには向けられなくなって、それが何よりも恐ろしい。
今のままでいたいけれど、それだとあちらこちらに“進入禁止”の黄色と黒のテープが張り巡らされていて入れない。
一歩動けば開く道がある、でもそうしたら永遠に閉じてしまう道もある、今私達が居る場所はどっちつかずで一番危険な場所に違いない。
どこまでも透き通った蒼い瞳は外の世界では珍しい、外国の人なんて英語の教師でしか見たことが無かったから。いや、例え周りが皆外国人だったとしてもその中からこんなにも綺麗な宝石を見つける事は出来なかっただろう。
窓から差し込む光を受けて時折思い出したかのように輝くサファイア、いやラピスラズリかな?あるいはどれだけ探しても、例え奇跡が起ころうと見つけられない空想上の宝石に違いない。
今は、私だけのもの
それだけで口笛が出そうになるのを必死に堪えて、私はまた透明度の高い青に吸い込まれた。
今は忙しなく中を漂う人形も、外でざわめく魔界の森の木々も目に入らない。
私は人間、風祝 時に異変解決を請け負ったりする
彼女は妖怪、魔法使い、レディ・ミステリアス
どこまでも均衡の取れない二人はシーソーゲーム、私に詩的な表現は似合わないけれど泉のようにあふれる言葉は留める事を知らなくて。私にできる事と言えばそれが溢れ出さないようにする事ぐらい。
きっと溢れ出したら溺れてしまうから、歯止めが利かなくなってしまうから。
今いる場所は危険な所、油断をしたら落ちてしまう崖っぷち。
もしも閉じてしまう道の中に私の望む道があったらば、それを開くのは神の力をしても無理だろう。
だからここまま危険な場所に居続けても良い、もしもこのまま、二人で居られるのならば。
例え 堕ちたとしても
常識なんて通用しなかった
気が付いた私が見たものと言えばどこまでも続く青い空
負けた事にも気が付かないぐらいに私はその青に吸い込まれていた。
ああ、ここは今までいた世界じゃないんだな。
私がようやくその事を理解したのはその時で、ほんの少しだけ涙を流した。
「仕上がったわ」
そんな青い空から落ちて来た私が聞いた声はやっぱり透き通っていて。
目の前にはやっぱりお人形さんみたいに整った顔つきのアリスさんが居て、一瞬ここがワンダーランドなのかそれとも現実なのか分からなくなる。
それでも彼女が居れば私はどこだってかまわないけれども、どちらかと言えば神奈子様たちが居る方が良いかなぁなんて、でもアリスさんと二人きりなら多分夢の国を選んじゃうんじゃないだろうか。
嬉しそうにうんうんと頷くたびにメレンゲの様な髪の毛が揺れて、シャンプーの香りが漂う。さっきの如何なる妥協も許さない様な職人顔から見ると物凄い変化だ、勿論どちらも好きだけど。
こういう風にころころ変わる感情とかはまるで猫のようだ、犬よりも猫に違いない。奇跡の一つでも起これば猫耳と尻尾でも生えてくるだろうか。
「あれ、そんなに怪しい動きをしてどうしたの?」
「あ、あわわわ、これはそう!ヨガですよアリスさん!」
「ヨガ?」
「インドのストレッチです!」
「あら、面白そうね。今度パチュリーに聞いてみようかしら」
言えない、絶対に「アリスさんに猫耳をはやそうとしていました」なんて言えない。
お化粧が終わったなら鏡を見たかったんだけどアリスさんはまだまだ満足しないらしく全部終ってから見た方が良いとか言いながら人形と一緒に奥の部屋へと行ってしまった。紅茶とクッキーを用意しておくから一回で待っててと言いながら。
「どうしましょうか」
一人きりの部屋でそんな事呟いても帰って来るのは人形のシャンハーイと言う可愛い返答だけ、まあ、普通は返答なんて帰ってこないんだけど。
一階に降りると漂ってくるのは紅茶の香りと焼きたてのクッキーの甘い香り、緑茶しか飲んでいなかった私がいつのまにか銘柄まで言い当てられるようになったのはきっとこの絵には紅茶しかないからに違いない。アリスさんはイギリス人なのかって聞いたら笑いながら私の料理がお気に召さなかったのかしらって聞かれたけれど。
料理が得意なアリスさんはきっと外に居たら大変なほどもてたに違いない、もっともその口から肯定の言葉が出るかと言えば果たしてどうだか分からないけれど。
もしもアリスさんが外の世界に居て、もしもこんな関係だったら。私はそれでも幻想郷に来ていたんだろうか。
分からない
果たしてアリスさんが外の世界に居たとしても、それが幻想郷に居たままの彼女かどうかなんてわからないし、もしもの世界なんて誰も知らないから。
でも、“幻想郷のアリスさん”は私の好きな人で、大切にしたい人で、あの日見た空みたいな瞳を持っていて。私にとってそこが大事な事で、それだけは分かっていた。
扉の向こうからケープを羽織った魔法使いが入って来たのはそれからたっぷり15分はかかってからだった。
「用意、できたわよ」
にっこりと笑いながら手に取っていたのは和服、若草色を基調として白で唐草模様が入った涼しげな意匠。風祝の衣装は普段着ているけれどこういった『THE・和服』って衣装は着たことが無いから少しドキドキする。
「普段洋服着てたんでしょ?だったら敢えて和服を着せてみるのもいいかと思って」
「これ、アリスさんが作ったんですよね?」
「そうよ」
凄い
外の世界ではこんなにしっかりして、細かい所までしっかりしていて、これ自体が一種の芸術品の様な服なんか見たこと無かった。
アリスさんは驚嘆の視線を送っているとそれだけで職人魂が満足したらしく胸を張っている、大きい。
「奥の部屋に行きましょうか」
「え、アリスさんが着付けるんですか?」
「いいじゃない、恥ずかしがることは無いでしょ?」
アリスさんはそう言うけれど私にとってはそうもいかない。
私の認識とアリスさんの認識が違う事に少しばかりの寂しさを覚えるけれど、今はそんな事よりも早く着付けをしようと着せ替え人形を初めて目にした女の子の様にうきうきと私の手を引っ張っているアリスさんを何とかしなくちゃいけない。
ああでも、アリスさんに触られてるんだなーとか、細い綺麗な指だなーとか、そんな事を考えてしまうとこのまま流されてしまいそうだけど。
「さ、着いたわよ」
と思ってたらとっくのとうに流されていた。
ちょっと待って、恥ずかしいから
そう言う暇も無く私はアリスさんに引っ張り込まれて―――。
「お嫁に行けません」
「これぐらいで弱音を吐くなんて、早苗はそんなに弱かったのかしら」
弱くなったとしたら、多分それはあなたの所為ですよ。
そんなこと言える筈無く私は鏡の前に立たされて
そこに居たのは和服の美少女だった
「…誰ですか、これ」
「あなたに決まってるじゃない」
鏡の前に居たのはどう見ても私と思えない、似ているのは緑の髪の毛ぐらいで。
ああでもメイクがけばけばしいということは無くて寧ろ外の世界基準で言うと薄すぎるんじゃないかと思える程で。
「メイクはあくまで補助用、素材が良いからちょっと手を加えてあげれば映えるわね」
えっへんと胸を張るアリスさんすら目に入らない程私は鏡に映った誰かを見つめていた。
大凡自分だとは思えないけれどそこに居るのは紛れもなく自分で、あまり手を加えていないわよと説明するアリスさんの言葉を聞いていると自然に漏れる私の意見。
「変わるもんですね…随分と」
その言葉で満足したらしいアリスさんは本当に嬉しそうに隣に立った。
「これで外を出歩けばきっと素敵な人が見つかるわよ」
多分、その言葉に深い意味は無くて。
アリスさんはただ誉めただけなのだろう。
だけど、私はその言葉に対して素直に笑う事が出来なかった。
服とかは袋に入れてあるからそのまま神社に戻って神様に見せてあげなさい、服を返そうとした私の言葉をアリスさんはそう断る。
こんな良い服を勿体ないとは思ったけれど、サイズが丁度だから多分これ服はアリスさんが私に対して作ってくれたものなんだろう。嬉しい
お礼を言うといつも神社でいろいろ話を聞かせてくれるお礼よと言われる、多分釣り合ってはいないけれど。
まだ寒いわねと言いながら家に戻ろうとしたその後姿が、なんだかもう永遠に見られない様な錯覚を覚えて。
「アリスさん」
振り向いたその顔はまるで無垢な子供
その空色の瞳は、夕焼け色に染まっていた。
どんな色になってもそれは綺麗で変わらない、アリスさんは変わらない。
私が居た世界とは隔絶されたこの幻想の郷。
そこで私はこの世でたった一つの宝石を見つけた。
外の世界では例え奇跡を起こしても見つけられなかっただろうそれは、私の前でただ輝いていた。
「振り向かせて、見せますから」
僅かな可能性があれば起こせること、私が起こせるもの、それは奇跡。
私が宝石を見つけ出せた事もきっとそう。
だから
きっと もう一度
「それまで、待っていてください」
奇跡は起こせる
起こして見せる
例え二人で落ちたとしても
この郷ならば私はどこへだって飛んで行けるから。
.
笑顔が似合う二人だから二人一緒に幸せになって欲しいですね。