苛立ち紛れのペンの音が、長い間途切れ途切れに聞こえていたけれど、そのペンの音が途絶えた今は、無音の中に魔理沙の苛立ちだけがあった。
夜中の四時。私には関係ないけれど、人間の魔理沙にはもう辛いはずの時間。やがて、苛立ちと共に魔理沙が片手で眼鏡を外して、私の方に大股で歩いてくる。ばさりと布団を捲りあげて、私がいることも意に介さず、ベッドの中に勢いよく入り込む。
「見つからん」
「そう、大変なのね」
昨日から見ているけれど、魔理沙はずっと何かを探している。
「家中探し回って、一度物を全部出して、リスト化して戻しているのに、一向に見つからん。そう遠くに行ったはずじゃないのに」
今頃、魔理沙の机の上には、家にある物のリストに、記憶の切れ端がいくつも文字になって転がっている。魔理沙の苛立ちが一向に収まらないのには、そのどれもが、決定的なものではないということだ。
「リスト化したなら、私やパチュリーの所から借りていったものも全部分かるわね」
「……もう寝る。明日はもう一回、引っ張り出すからな。お前、いい加減に一回帰れよ」
そう言ったっきり、魔理沙は布団に頭を埋めて潜り込んでしまった。
私が目を覚ましてもぞりと身体を動かすと、魔理沙もそれを感じ取って身体を起こした。寝ぼけ眼にとりあえず眼鏡をつけて、時計を探した。
「今何時だ」
「七時」
む、と呻いて、魔理沙が起き出す。保存食らしい堅焼きのパンをかじりながら灯りをつけた。
「さ、約束だ。一回出てくれよ」
魔理沙の言い方にはどこにも棘がなかった。魔理沙は苛立ちを他の誰かに求めたりなんかしなくて、本当にただ見つからなくて気が立っているだけなのだ。
魔理沙が一部屋ずつ、荷物を全て持って出てくる。本、魔導書、娯楽書、専門書、宗教書、哲学書。マジックアイテム、杖、水晶、天秤、天球儀、望遠鏡。実験用具、フラスコ、ビーカー、アルコールランプ、ピペット、シャーレ。生活用具、服、食器、テーブル、椅子、ベッド、カーペット。
何もかも運び出され、外に積み上げられていく。それらを一つ一つ、リストを見て、元通りに戻していく。
彼らは私と同じだ。外に放り出されて、私と同じように、くるくると忙しく働く魔理沙を見ている。ずり落ちる眼鏡を時折持ち上げながら、リストに目を凝らし、照合しては、時折頭をかきむしる。
以前よりもずっと大掛かりで、箪笥やベッドまで持ち出したから、その作業には二日以上はかかるだろうと私は思った。私なら、人形が使って、もっと素早くやれる。
「大変そうね、手伝う?」
「いいから、帰ってくれ。お前に構っている暇はないんだ」
あらそう、と答える。あくまでも涼しげに。私は魔理沙の不機嫌の理由も、それが解決すれば不機嫌じゃなくなって答えてくれるのも知っている。
鞄に入れていた紙片を取り出して、広げてみる。
「ねえ魔理沙、何を探しているの?」
「……霊夢の手紙」
魔理沙はぽつりと呟くように答えた。
「あの物臭な霊夢がだぜ?ネタにしない手があるか?」
私は、魔理沙に送られた、霊夢の手紙を持っている。随分くしゃくしゃになって、長い間持っていたのだろうと思う。なくしたらすぐに気付いて、こんなに必死になって探すくらいには大切なのだ。
私が見つけたように振る舞って手渡したら、魔理沙はきっと喜ぶ。途端に上機嫌になる。
私は渡さない。それが分かっていて、渡すほど惨めになることはないから。
だけど、それを渡さない方がきっと、もっと惨めになる。
『整理は、いるものといらないものを分ける作業なんだぜ』魔理沙が以前、無邪気に言っていた言葉が胸に刺さる。
霊夢から送られた手紙が、持ち主の元に戻る時を持っている。私が同じ所に行けることは、きっと無い。こんな、意地の悪い気持ちが側にあることを、魔理沙は知らず、どこかに手紙はあるはずだと、自分がなくしただけだと思っているのだろう。
だから、私は手紙をそっと、魔理沙がまだ見ていない本の間にそっと挟んだ。
そして、魔理沙が手紙を見つける頃、ひっそりと帰ることにしよう。私が魔理沙の家に仕舞われることは、きっと無いのだから。
なら、それはそれでいい。
「ねぇ、魔理沙。手紙、見つかったら労ってあげるから、うちに来なさいよ」
私は謝罪の気持ちを込めて、そう言った。魔理沙に気取られないように。あぁいいぜ、と作業の手を休めずに魔理沙は言った。
読んで損した。
パチュリーもあの図書館を見る限りは恐らくそうでしょう。
私にとっては、魔女と言えば蒐集家で欲しい物を手元に置きたがる欲深いイメージがあるためか、
消極的あるいは身を引くというのがどうも違和感になってしまいますね。
でもひねくれ者二人の感情のすれ違いと切なさは好みです。
最近あまり見なくなったけど私は大好きです。
文章は短いのにアリスの切なさを感じさせてくれる良い作品だったと思います。