紅魔館は眠らない。
たとえ当主が眠っている時間であろうとも、配下の妖精メイドはローテーションにより、常に誰かは起床して己に課せられた仕事を行っている。
本来気ままである妖精を、ここまで使いこなしている管理は、まさに神業といってよい所業である。
「お疲れ様。私はこれより24時間の休日に入ります」
紅魔館にあるすべての時計の針が一斉に22時を刻んだ瞬間、十六夜咲夜は今まで掃除していた手を休め、配下のメイドに言い放った。
だが、
「お疲れ様でーす」そう返した短髪と縦ロールの二人の妖精メイドは知っている。
このときでもなお、メイド長は視線は常にあたりを伺い続け、目だった汚れが無いかどうかを猟犬のように探しているのだ。
たとえ自分達妖精メイドが綺麗になったと思っていても、メイド長がそう思わないのであれば、自分達の仕事のローテーションの時間を越えてでも余計な掃除をさせられる。そのぶんだけ休憩時間がどんどん無くなっていくはめになるのだ。
だが、今日のメイド長は、妖精の挨拶を何事も無く返し、彼女専用の控え室の方角へ、颯爽と歩み去っていった。
ドアが閉まって姿が見えなくなった瞬間、二人のメイドはどちらかとも無く安堵のため息をついた。
「お疲れ様。私達もそろそろ休みね」
「うん。待ちに待った休暇だ! ねえヴィクトリア、このあと予定ある? ないなら例の屋台で呑まない?」
「うん、いいよ。わたしもそのつもりだった。その後ぐでんぐでんになったアンちゃんを兎さんの屋敷へ連れて行くとこまでセットでね」
「そうそう、っておい。ところでメイド長は私生活ってなにしてんだろ。仕事熱心すぎてあんまし想像つかないなー」
「さあ? でも、あのひと仕事に熱心すぎてなんか他人に冷たいって言うか。ほら、今日だってセシリーちゃんをやたら強く叱っていたし。妹様のお皿を割っちゃったとかで」
「セシリーって誰?」
短髪のアンは、それらしく腕を組んでは見たものの、別に深く考え込んでいるわけではない。
「あの皿洗い担当の、髪がサラサラした水色の子。羽の先が丸っこい子っていえばわかる?」
「あーあの子かー。でもそれは仕方が無いんじゃない? あの子、ずいぶん長いことメイドやってる古参みたいだけど、妖精だってこと差し引いてもやたら物覚え悪いし」
どの職場にでも、どじっこやうっかり担当といわれるものが一人は存在するのだ、という、ともすれば某寺では鼠などには深く同意されつつも虎には強い遺憾の意を示されそうな感想を、アンは心の中で抱いた。
「言われてみればそうね。私、厨房で時たまメイド長の手伝いをしてるんだけど。メイド長の前の時代って、セシリーちゃんが全部お嬢様とかのご飯を作ってたのよ。でも、あの子は仕事の段取りが悪いのなんのって。一生懸命やってるのはわかるんだけどねー」
「でもいろんなことに気がつくいい子だよー。なんやかんやで困ってる新入りの子を助けてるの、私何度か見たことあるし」
「うん。私もそれは何度か見たことあるから知ってる。でもさ、あのお堅いメイド長はそういうの当然視するっていうか、逆に新入りがなれない仕事に困ってるのことが理解できないって言うか」
というか、アンは自分も新入りの時に、何度か助けられていたような気がしてきて、ほんの少しだけ首筋の辺りがこそばゆくなった。
「あ、それわかるかもー。あの人さ、有能すぎて、私らみたいな落ちこぼれのことなんかわかってない部分があるよね」
「うんうん。私達が二時間ぐらいかけて一生懸命やる仕事を五分足らずでやっちゃうからさ。なんでこんなこともできないの? サボってんじゃないの? って私ら妖精のこと思ってそう」
「でもサボってるのは本当だけどなー」
「まあねー」
それが妖精の本性である。
控え室にて私服に着替え終えた二人は、出た先の廊下で、水色の髪のメイドが歩いてくるのを目撃した。
「おや、そんなこと話してるとうわさのセシリーちゃんだ。おーい」
「はーい。なに、ヴィクトリアちゃん? と、隣に居る短髪の子は確か一年半くらい前に来た子よね。名前なんだったかしら……」
「アンです」一応なんとなく頭を下げてみる。
「ごめんなさいね。本当、私ったら物覚え悪くって。ヴィクトリアちゃんのときは三ヶ月くらいで名前覚えられたのにね。ほら、緑の髪の縦ロールって珍しいから」
「いやいやそれでも遅いよセシリーちゃん。ところで、聞いたよー。今日、メイド長にこっぴどく叱られたんだって? なんで割っちゃったお皿を隠したりとかしなかったの?」
「うん。よりにもよって目の前で落としちゃったから誤魔化す余裕とか全然なくて」
「あらまあ」
アンは心底同情した。自分が図書館の窓にヒビを入れてしまったときは、たまたま例の魔法使いがきてたのでそいつのせいにした経験がある。あれはじつに運が良かった。
「ついてないねー。ねえ、私らこれから72時間の休暇が入るんだけど、鬱憤晴らしに呑みに一緒にいかない? 最近おいしいお酒出してくれる夜雀の屋台見つけたのよ」
「誘ってくれてうれしいんだけれど、これから私、ちょっと外せない用事があるのよ」
「そっかー。ざんねーん」
じゃね、と分かれた後、アンはきっちり12時間後にひどい二日酔いを起こして休暇の半分を駄目にするのであるが、それはまた別の話である。
二人と別れたあと、セシリーは自分の私服に静かに袖を通した。
いつもどおりの仕事の後、いつもどおりの休憩。
この単調な世界がいつ始まったのかの記憶は、賢いとはいえない自分の頭の中には、もう、ない。
時たま、自分はメイドには向いていないんじゃないかと思うことがある。
仕事中にひどい失敗をしでかして、何度泣いたことがあるか数え切れない。
それでも、私がこの仕事を続けられるのは……あれ、なんでだっけ?
まあ、いいや。そんなこと考えたって仕方が無いし。
そんなことを思いつつ紅魔館の三階にある、古参メイド専用の自室に戻った。
自室の周りにすんでいる古参仲間は昇進していて、みんなどちらかといえば管理系の仕事をしている。
この階で、新入りとあまり変わらない仕事をしているのはたぶん私だけだろうな、とセシリーは思った。
実は、古参の妖精メイドの部屋は、新入りのそれより三倍以上広い上に一人で使える完全個室形式だ。おまけにキッチンやシャワーだってついている。
「ただいまー」
そんな、一人暮らしができるくらいの部屋のドアをノックする。
「おかえりなさーい」
中からドアが勢いよくあけられ、人の影を切り取った部屋の光がセシリーの全身を照らした。
「晩ご飯、シチューでいい?」
「うん」セシリーの質問にそう返事した部屋の人物は、じつにすなおに頷いた。
「でも、たまには私、紅魔館のメイド長様が作る晩御飯が食べたいわ。教えた私よりうまく、ごはん、つくれるのに」
セシリーが戯れにそんなことを言ってみても、
「や。ママの作るごはんがいい」そういって、部屋にいる私服の十六夜咲夜は頭をふる。
咲夜が紅魔館で生活することになった時から、咲夜はセシリーの部屋でご飯を食べる。
七年位前から、咲夜の服の洗濯はセシリーのすることリストから除外され、五年前にはセシリーの洗濯物も咲夜の領域となった。それでもご飯は一緒に食べている。
おねしょと、寝る前にご本を読まなくちゃ寝られなかったの、やめられたのはどっちが速かったっけ?
「まだー?」
「いまできたわ。盛り付け手伝って、咲夜」
関係ないか、とセシリーは自分の考えに決着をつける。
たぶんそのときから変わらない、普通ともいえる素朴な味付け。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
使っている調味料の数も、味付けの配分も、たぶんお嬢様が普段食べている物のほうが圧倒的に質が高いと思う。
それでも、目の前に居るこの子はおいしいおいしいといって食べてくれる。
セシリーはその事実だけで、胸がいっぱいになって色々と朗らかな表情になってしまうのだった。
「ママ、たべないの? どっか具合でも悪い?」
「食べるわ。改めてみると、咲夜のテーブルマナーって綺麗ねっておもって」
「基本は全部ママから教わったのよ」
「でも、なんか前と比べて色々と洗練されてる気がするけど」
「最近、お昼休憩のときとかに図書館にいってパチュリー様に外界の英国最新マナーとか教わってるせいかな」
「でもそんなことしたら休憩時間全部つぶれない?」
「うん。でも紅魔館のメイド長としては常に完璧を目指して成長しなきゃ」
「そんなに仕事熱心にならなくてもいいと思うわ。というか、やりすぎじゃない?」
「ママこそもうすこし威厳つけて、ついでにもうちょっと仕事覚えてよ。ママはそんなんだから新入りの妖精メイドになめられちゃうんだから」
「はいはい、がんばりまーす」
「んもう、ママったら」
「それより。体、壊さないようにね。身長が私を越えるくらいまで、あなた、体弱かったんだから」
「はあい」
そういって咲夜は、淹れてもらった紅茶に、おいしそうに口をつけた。
たとえ当主が眠っている時間であろうとも、配下の妖精メイドはローテーションにより、常に誰かは起床して己に課せられた仕事を行っている。
本来気ままである妖精を、ここまで使いこなしている管理は、まさに神業といってよい所業である。
「お疲れ様。私はこれより24時間の休日に入ります」
紅魔館にあるすべての時計の針が一斉に22時を刻んだ瞬間、十六夜咲夜は今まで掃除していた手を休め、配下のメイドに言い放った。
だが、
「お疲れ様でーす」そう返した短髪と縦ロールの二人の妖精メイドは知っている。
このときでもなお、メイド長は視線は常にあたりを伺い続け、目だった汚れが無いかどうかを猟犬のように探しているのだ。
たとえ自分達妖精メイドが綺麗になったと思っていても、メイド長がそう思わないのであれば、自分達の仕事のローテーションの時間を越えてでも余計な掃除をさせられる。そのぶんだけ休憩時間がどんどん無くなっていくはめになるのだ。
だが、今日のメイド長は、妖精の挨拶を何事も無く返し、彼女専用の控え室の方角へ、颯爽と歩み去っていった。
ドアが閉まって姿が見えなくなった瞬間、二人のメイドはどちらかとも無く安堵のため息をついた。
「お疲れ様。私達もそろそろ休みね」
「うん。待ちに待った休暇だ! ねえヴィクトリア、このあと予定ある? ないなら例の屋台で呑まない?」
「うん、いいよ。わたしもそのつもりだった。その後ぐでんぐでんになったアンちゃんを兎さんの屋敷へ連れて行くとこまでセットでね」
「そうそう、っておい。ところでメイド長は私生活ってなにしてんだろ。仕事熱心すぎてあんまし想像つかないなー」
「さあ? でも、あのひと仕事に熱心すぎてなんか他人に冷たいって言うか。ほら、今日だってセシリーちゃんをやたら強く叱っていたし。妹様のお皿を割っちゃったとかで」
「セシリーって誰?」
短髪のアンは、それらしく腕を組んでは見たものの、別に深く考え込んでいるわけではない。
「あの皿洗い担当の、髪がサラサラした水色の子。羽の先が丸っこい子っていえばわかる?」
「あーあの子かー。でもそれは仕方が無いんじゃない? あの子、ずいぶん長いことメイドやってる古参みたいだけど、妖精だってこと差し引いてもやたら物覚え悪いし」
どの職場にでも、どじっこやうっかり担当といわれるものが一人は存在するのだ、という、ともすれば某寺では鼠などには深く同意されつつも虎には強い遺憾の意を示されそうな感想を、アンは心の中で抱いた。
「言われてみればそうね。私、厨房で時たまメイド長の手伝いをしてるんだけど。メイド長の前の時代って、セシリーちゃんが全部お嬢様とかのご飯を作ってたのよ。でも、あの子は仕事の段取りが悪いのなんのって。一生懸命やってるのはわかるんだけどねー」
「でもいろんなことに気がつくいい子だよー。なんやかんやで困ってる新入りの子を助けてるの、私何度か見たことあるし」
「うん。私もそれは何度か見たことあるから知ってる。でもさ、あのお堅いメイド長はそういうの当然視するっていうか、逆に新入りがなれない仕事に困ってるのことが理解できないって言うか」
というか、アンは自分も新入りの時に、何度か助けられていたような気がしてきて、ほんの少しだけ首筋の辺りがこそばゆくなった。
「あ、それわかるかもー。あの人さ、有能すぎて、私らみたいな落ちこぼれのことなんかわかってない部分があるよね」
「うんうん。私達が二時間ぐらいかけて一生懸命やる仕事を五分足らずでやっちゃうからさ。なんでこんなこともできないの? サボってんじゃないの? って私ら妖精のこと思ってそう」
「でもサボってるのは本当だけどなー」
「まあねー」
それが妖精の本性である。
控え室にて私服に着替え終えた二人は、出た先の廊下で、水色の髪のメイドが歩いてくるのを目撃した。
「おや、そんなこと話してるとうわさのセシリーちゃんだ。おーい」
「はーい。なに、ヴィクトリアちゃん? と、隣に居る短髪の子は確か一年半くらい前に来た子よね。名前なんだったかしら……」
「アンです」一応なんとなく頭を下げてみる。
「ごめんなさいね。本当、私ったら物覚え悪くって。ヴィクトリアちゃんのときは三ヶ月くらいで名前覚えられたのにね。ほら、緑の髪の縦ロールって珍しいから」
「いやいやそれでも遅いよセシリーちゃん。ところで、聞いたよー。今日、メイド長にこっぴどく叱られたんだって? なんで割っちゃったお皿を隠したりとかしなかったの?」
「うん。よりにもよって目の前で落としちゃったから誤魔化す余裕とか全然なくて」
「あらまあ」
アンは心底同情した。自分が図書館の窓にヒビを入れてしまったときは、たまたま例の魔法使いがきてたのでそいつのせいにした経験がある。あれはじつに運が良かった。
「ついてないねー。ねえ、私らこれから72時間の休暇が入るんだけど、鬱憤晴らしに呑みに一緒にいかない? 最近おいしいお酒出してくれる夜雀の屋台見つけたのよ」
「誘ってくれてうれしいんだけれど、これから私、ちょっと外せない用事があるのよ」
「そっかー。ざんねーん」
じゃね、と分かれた後、アンはきっちり12時間後にひどい二日酔いを起こして休暇の半分を駄目にするのであるが、それはまた別の話である。
二人と別れたあと、セシリーは自分の私服に静かに袖を通した。
いつもどおりの仕事の後、いつもどおりの休憩。
この単調な世界がいつ始まったのかの記憶は、賢いとはいえない自分の頭の中には、もう、ない。
時たま、自分はメイドには向いていないんじゃないかと思うことがある。
仕事中にひどい失敗をしでかして、何度泣いたことがあるか数え切れない。
それでも、私がこの仕事を続けられるのは……あれ、なんでだっけ?
まあ、いいや。そんなこと考えたって仕方が無いし。
そんなことを思いつつ紅魔館の三階にある、古参メイド専用の自室に戻った。
自室の周りにすんでいる古参仲間は昇進していて、みんなどちらかといえば管理系の仕事をしている。
この階で、新入りとあまり変わらない仕事をしているのはたぶん私だけだろうな、とセシリーは思った。
実は、古参の妖精メイドの部屋は、新入りのそれより三倍以上広い上に一人で使える完全個室形式だ。おまけにキッチンやシャワーだってついている。
「ただいまー」
そんな、一人暮らしができるくらいの部屋のドアをノックする。
「おかえりなさーい」
中からドアが勢いよくあけられ、人の影を切り取った部屋の光がセシリーの全身を照らした。
「晩ご飯、シチューでいい?」
「うん」セシリーの質問にそう返事した部屋の人物は、じつにすなおに頷いた。
「でも、たまには私、紅魔館のメイド長様が作る晩御飯が食べたいわ。教えた私よりうまく、ごはん、つくれるのに」
セシリーが戯れにそんなことを言ってみても、
「や。ママの作るごはんがいい」そういって、部屋にいる私服の十六夜咲夜は頭をふる。
咲夜が紅魔館で生活することになった時から、咲夜はセシリーの部屋でご飯を食べる。
七年位前から、咲夜の服の洗濯はセシリーのすることリストから除外され、五年前にはセシリーの洗濯物も咲夜の領域となった。それでもご飯は一緒に食べている。
おねしょと、寝る前にご本を読まなくちゃ寝られなかったの、やめられたのはどっちが速かったっけ?
「まだー?」
「いまできたわ。盛り付け手伝って、咲夜」
関係ないか、とセシリーは自分の考えに決着をつける。
たぶんそのときから変わらない、普通ともいえる素朴な味付け。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
使っている調味料の数も、味付けの配分も、たぶんお嬢様が普段食べている物のほうが圧倒的に質が高いと思う。
それでも、目の前に居るこの子はおいしいおいしいといって食べてくれる。
セシリーはその事実だけで、胸がいっぱいになって色々と朗らかな表情になってしまうのだった。
「ママ、たべないの? どっか具合でも悪い?」
「食べるわ。改めてみると、咲夜のテーブルマナーって綺麗ねっておもって」
「基本は全部ママから教わったのよ」
「でも、なんか前と比べて色々と洗練されてる気がするけど」
「最近、お昼休憩のときとかに図書館にいってパチュリー様に外界の英国最新マナーとか教わってるせいかな」
「でもそんなことしたら休憩時間全部つぶれない?」
「うん。でも紅魔館のメイド長としては常に完璧を目指して成長しなきゃ」
「そんなに仕事熱心にならなくてもいいと思うわ。というか、やりすぎじゃない?」
「ママこそもうすこし威厳つけて、ついでにもうちょっと仕事覚えてよ。ママはそんなんだから新入りの妖精メイドになめられちゃうんだから」
「はいはい、がんばりまーす」
「んもう、ママったら」
「それより。体、壊さないようにね。身長が私を越えるくらいまで、あなた、体弱かったんだから」
「はあい」
そういって咲夜は、淹れてもらった紅茶に、おいしそうに口をつけた。
ところでセシリーは咲夜の昔の写真とかは持って(ピチューン
そして他の子の話も見てみたいですw
いや、しかし、ふわふわの妖精さん=エターナル少女で、メイド属性で、なおかつママとか、セシリーちゃんレベル高い。
セシリーちゃんがかわゆい
この設定を核にした長編も見てみたいな。