Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

赤いラナンキュラス

2012/04/10 16:03:01
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 人間の女など一夏に咲く花のようなもので短いものである。若いうちが花とはよく言ったものだ、なんて旧都の下品な男鬼たちは言うのである。
 彼らの言い分では乙女こそが女であるらしい。……色々思わないでもないが、その是非自体はどうでもいい。仮にそうだとすると、若い乙女のうちに捨てられ妖怪になった私が、彼らに何と呼ばれるのかが少し気になる。

 かつて、私の主人もそんな男だった。
 それをうまいこと言って手玉にとるのがいい女なのだろうが、あいにく要領の悪い私は彼についていくのに精一杯で、そこまで手が回らなかった。彼に嫌われぬようにするだけで力尽きてしまった弱虫だった。

 きっとそれだから捨てられた。あれから燃え上がる恋はしていない。
 私も悪かったのだと思うが、それでも怨まずにはいられない。花よ綺麗よなどとおだてられたのが、初めのうちだけだったのが悔しい。
 まだ、私は女でいたいのだろうか。

「はぁ……」
 たっぷりの呪いを含んだため息が、あどけない少女を捕まえた。古明地こいしちゃんだ。
 彼女が無意識に地上へ行こうというとき、不思議と私は無意識に呼び止めてしまって驚かれる。私は普段目に見えないはずの妖怪を、こんな調子でいきなり見つけてしまうことがあった。
 ふらりと地上に行ってしまえるその足が妬ましい、無邪気に笑顔を作れる純粋な心が妬ましい、そう念じると彼女はいつも歩みを止めてくれた。
「ぱるさん、一人のときはいつも溜息ね」
 と彼女は言った。
「溜息は大人の女のステイタスだわよ」
「わお、せくしぃ」
 私にも彼女のように無邪気な頃があったのだろうか。もう思い出せない。
 こいしちゃんは私の心でも読んだかのように、なぜだか花瓶を抱えていた。一輪の赤い花が挿してある。彼女は私の隣に並んで座り、花瓶を傍らに置くと私に肩を寄せた。
 くっつかれるのはいつものことだ。特別嬉しくもないが嫌でもないので何も言わない。帽子のつばが当たったとき、ちょっと痛いぐらいだ。
「これでも心配してるんだよ」
「心配? 誰を」
「眼が緑で髪がブロンドで耳がとんがってる変なハッピ着た大人のお姉さん」
「眼が緑で髪がブロンドで耳がとんがってるけど変な法被は着てないなあ」
 彼女にはこの服が法被に見えるらしい。
 ほんの少し笑ってみせると彼女は怪訝な顔をした。私は彼女のこんな表情が好きだった。
「落ち込んでるように見えたんだけどな」
 子供のくせに、一人前に気を使ってくれたようだ。
 いつの間にやら優しい子に育ってくれたようで、お姉さんは嬉しい。
「いんや、発作みたいなものよ。そのうち治る」
 本当だ。

 女はよく花に喩えられる。花を見ると彼のことばかりが浮かんできた。私の思い出なんて彼のこと以外にないようだ。彼が私の全てだった。
「……あの人を呪い殺せば、怨みなんて晴れると思ったんだけどね」
 私は大げさにこいしちゃんの肩を抱いて、身体のなかに沈んでいた呪詛を吐き出した。いつもならあまりしないことだった。
 理由はない。ただ聞いてほしかっただけだ。
「でも殺せなかった」
「どうして?」
 こいしちゃんは不思議そうな面持ちで私を見た。怨んでいるから、怨みを晴らせばいいじゃない、何もおかしくないよと言った。これ以上ないほどもっともなのだが。
「女を支配するのはさ、いつだって何かひとつだけなの。私はそれがあの人だった」
 こんなに怨めしいはずなのに、彼を殺したら、私には何も残らないと気づいた。私を裏切った彼を前にすると、どうしてか愛情ばかりちらついた。

「わかんないなー」
 こいしちゃんは一言でばっさり切り捨てた。あんまり無邪気だから逆に清々しかった。
「はは、まあそれでもいいわ。あんたは過去に縛られなさそうだわね」
「うん。過去なんて捨てた。捨てられない女はモテないもん」
「なるほどねえ」
 そう言って私が笑うとこいしちゃんも笑った。つられただけで無意識に笑う娘のなんと愛らしいことだろう。私に同じことはできそうもない。

「ぱるさんも捨てればいいよ」
 彼女の言う通り、過去を捨てることだって、本当は簡単なことなのだろう。あの人が私を捨てたように、私もあの人という過去を捨てればいい。私でも彼女のように自由になれるかもしれない。
 しかしそれは自分が自由になるために、彼をある意味で赦すことである。私にはできそうにない。今でも彼を愛しているからだ。今でも愛しているから、今でも怨む。怨むことをやめるには、彼のことを忘れなければならない。それは怨み続ける以上に、哀しい。

 思うに怨みというものは癌のようなものだ。一度心にできると切り取りでもしてしまわない限りいつまでも心を蝕んでいくのだ。相手を愛しても殺しても消えることなく心を埋めていき、やがて心が怨みで一杯になると身体まで怨みの塊になる。私はそうして、気づかぬうちに人間をやめていた。
 痛みを伴いながら自分の心ごと切除して、初めて怨みは消える。私にとっては、あの人を忘れるということがそれだ。
 彼がこの世からいなくなっても私は何も変わらないが、彼を忘れてしまえばきっと変わってしまう。恐らく悪い方向に。橋姫から心を奪えば、それは姫の死体でしかない。
「あの人の残影を捨てるときは、私の死ぬときだわよ」
 そう言い切ってしまうと、姉に似て心配性なこいしちゃんが哀しそうな顔をする。
 私の心配などする暇があるなら、姉の心配に応えてやってほしいのだが。

「墓まで持っていくつもりなのね。過去の人を」
 彼女の言葉が急に冷たくなった。
「墓になんか行かないよ。持っていくのは、地獄」
「ふーん」
 何やら拗ねてしまったらしい。

 覚妖怪ほどではないが、私も少しだけ他人の心を見ることができる。見えるのは緑色だけだが、却って現実の物体とはっきり区別がつくのですぐに気づく。
 こいしちゃんの小さな胸には、小さな嫉妬の芽があった。
 誰に向けての嫉妬かは見えないので頭で考えるしかないが、会話の流れから考えれば一人しかいない。あの人だ。

 しかし、そんなに仲よかったかな、私とこいしちゃんって。
 ついそう感じてしまったが、こいしちゃんのことだからまあ実際そういうものなのかもしれない。この子は我侭王女様だから何だって欲しがるのだ。
 子供なだけだ。
 きっと私だからではないと、思いたい。

「女って、男に比べて執念深いらしいよ」
 私は知らないふりをして、嫉妬心を煽った。だが言った言葉が本当かどうか知らない。だいたいみんながそう信じているから、妖怪である私はそれに縛られる。
「私が男だったらさ、こうやって呪いを振り撒くこともなかったのかな。男だったらあの人のことだってすぐに赦せて――――いや、そもそも、あの人と友達のまま、ずっと一緒にいられたかもしれないし」
 言う私の背中に、妖怪になったばかりの頃の業がどっさりとのしかかってくる。
「私が男だったらよかったって、思わない?」

 女々しい奴だなと、自分で自分に思った。積年の怨みも言葉にしてしまえば軽薄だ。くだらない夢を見て、ただの未練を垂れ流している。
 不機嫌になるかと思ったが、こいしちゃんは冷静に聞いてくれたようだ。息を殺して静かに私を見て、次に物憂げに目を逸らして、傍らに置かれた花を見た。
「わかんない」
 素直な一言だった。こういうところで真面目なのだからいい子だと思う。
「どっちでもいいと思う、わたしは女のぱるさん好きだよ」
「そう……ありがとう」
 図らずも嬉しいことを言われてしまった。同時に哀しくもなった。

 私は彼に尽くすことが嬉しかった。それが女のさだめと言い続けられてきたから。
 彼にすがることが心地よかった。それが女の幸せと信じ続けてきたから。
 私にはそれしかなかった。
 そのためだけに生きて死ぬ覚悟なのだから執念深くだって何だってなれた。鬼になることだって簡単だった。
「こうまでして生きようとしたのは、確かなんだろうね」
 なんとなく他人事のように呟いてみた。静かな地底にずっといると、そんなことを忘れてしまう。怨みは全然消えないのに。

 こいしちゃんはしばらく黙っていたが、口を尖らせてぽつり、
「どうして急にそんなこと言うの?」
 と尋ねた。それもそうだ。
「私もわからん」
 そう答えると、彼女はちょっと困った様子ではにかんだ。素敵な表情だ。
 やはり子供というのは可愛い。こんな私でも、子供と一緒にいると楽しくなってしまう。こいしちゃんは大きな帽子に夢と幸せをいっぱいに詰め込んでいて、それを私にも少し分けてくれる。優しい子だ。

 かつて私にも赤子がいた。何の罪もなかったが、私が気づいたときには既に禊川に血を流し逝っていた。まだ生まれてもいなかった。
 あの子はもう、天国で老爺になっているのだろうか。私は永遠にそちらへ行けないだろうから知る術もない。
 悔やむにしたって遅すぎるぐらいなのに、一瞬、我が子を求めてしまった自分の心が憎い。

「ぱるさんは、死にたいと思ってるんじゃ……ないよね?」
 こいしちゃんは期待と不安がこもった顔で尋ねてきた。
「まさか。死んで花実が咲くじゃなし」
 答えると、こいしちゃんは「そっか!」と言いパッと笑顔になった。本当に可愛い。可愛いとしか形容できない。
 今すぐにでも抱き締めたいと思った。

 だがあまり下心を剥き出しにすると、姉がどこからか嗅ぎつけてきそうで嫌だからやめておく。あいつは妹のこととなると敵意の塊になるのだ。嫁に出す気がまるでないのだからこいしちゃんも不憫である。
 あと少し私に甲斐甲斐しさでもあれば、私が嫁にもらってやるとでも言うのだが。所詮私は人に甘えるばかりの軟弱者だからそれも難しい。

 また溜息が出そうになる。そろそろ、こんな話はやめることにした。勝手に話しだして勝手に辛くなっていては迷惑だ。
「変な話、しちゃったわね。ごめん」
「ううん。なんかわかるよ、そういうときあるよね」
 わかられてしまったらしい。ちょっと面白い。
「ガキのくせにわかるのね、女の苦しみが」
 ニヤニヤしながら言うと彼女は少し得意げになった。
「わかるよー。乙女だもん」
 乙女とは魅力的な響きだった。
「ぱるさんも、乙女だよ」
「あらまあ投げやりな世辞ですこと」
「おとめ」
「違うから」
 悪戯な笑顔が、ときどき生意気なのも愛嬌である。からかわれているが別段嫌な気はしない。
「乙女は恋をするものよ」
 今更、そんなものには戻れない。
 言葉はこいしちゃんに向かっていったけれども、その実私は自分に言い聞かせていた。

 彼女を見ているとやはり女は愛嬌なのかと思ってしまった。私ですら幸せな気持ちになって、そのうち彼女に夢中になって、可愛い可愛いと言って愛情を注ぐようになるのだから、そこら辺の男どもなんてもっと優しくなっているはずだ。

 こんなに素敵な子が、私なぞのために嫉妬心で胸を焦がした。どんな理由であれ、それが一番心を痛めることだった。
 単なる怨みの塊である私が、その想いをしっかり受け止めるには荷が重すぎる。
 私は、こいしちゃんには優しくしているつもりだ。こんなにいい子がどんな経緯で地底へ移り住み、どのような思いで覚の能力を捨てたのか、私は何も知らない。けれど私には、ときどき彼女の笑顔がとても哀しく見えるのだ。
 きっとこいしちゃんだってこう見えて、私には想像もできないような辛いことを経験してきて、今まで色んなことを思ってきて、ようやくこんなふうに笑うことを覚えたのだ。子供だ子供だなんて言いつつも私は、勝手にそう思っている。そして、勝手に自分と似ているんだというような気がしている。
 そんな彼女が私のことを理解してくれるのではないかと、勝手に期待している。いけないことだ。結局私は、自分が甘えたいだけか。
 いつか彼女に守ってほしいと思う気持ちは拭い去れないけれど、そんなくだらない我侭で彼女の未来を潰したくもなかった。せめて彼女には幸せになってほしい。

「恋かぁ」
 こいしちゃんは少しにやりとして、ゆっくりとした口調で聞き返した。恋する乙女は恋という言葉に敏感だ。
「ぱるさん恋してるんだ?」
「って、どうしてそうなるのよ。恋してるのは……」
 貴方でしょう、と言おうとしたが不意に飲み込んでしまった。なんだかすごく嫌な心地がしたのだ。瞬間、今更恋なんてしないと言いきる自信が突然消えてなくなってしまった。

 橋姫は人を呪うことしかできない。呪って呪われて、そうして大きくなっていく妖怪だ。愛情はいずれ怨嗟に変わる。すがって、抱きついて、片時も離れずにいて、なのにいつの間にか愛が憎悪に変わる。橋姫とはそういう妖怪だ。
 そういう妖怪のはずだ。

「ねぇねぇ誰? 誰に恋してるの?」
 目の前にキラキラした瞳が迫ってきた。あどけない顔立ちでも綺麗な二重まぶたをしていると思った。そんなことは今どうでもいいのに。
「さぁ……」
 なぜか心が乱れた。
「同じ鬼さんかな」
「さ、さぁね」
「それとも土蜘蛛さん?」
「どうかなあ」
 乙女による乙女のための誘導尋問が始まった。こいしちゃんは化猫だとか入道だとか人間だとか種族の名前を出していき、それからじっくりと私の顔を見る。目線や眉の小さな反応から心を読もうとしているのだろう。
 まるでポリグラフだ。
 私はその無邪気な圧力にひたすら耐えた。縦にも横にも首を振れないのでこうするしかない。あまり嘘の吐けない私は眉ひとつ動かさないなんてできそうもないので、わざと全ての質問に目を泳がせて答えてみた。
 十問くらい終えるとふと彼女の視線が逸れた。質問攻めもようやく終わりかと思ったところ、
「もしかして、わたし――――」
 そう聞こえた瞬間、心臓が止まった気がした。

 こいしちゃんが上目遣いに私を見た。
「ふーん……」
 私は途端に恥ずかしくなった。それなのにこいしちゃんの瞳に釘づけになった。次の行動が待ちきれなくてうずうずする。喜ぶだろうか、嫌がるだろうか。
 だがいくら待っても、彼女の言葉がこれ以上紡がれないからやきもきした。何も言ってくれないと気持ちが焦る。焦ったところでどうしようもないのに、彼女の視線の行先をいちいち気にしてしまっていた。

「あっ。あのね、わたし用事思い出したよ。もう行くね」
 こいしちゃんはおもむろにそう言うと、立ち上がって走りだしてしまった。
「えっ。ちょっと」
「またねー!」
 帽子をかぶった小さな影は、あっという間に暗闇へ消えていった。いきなりどうしたの、なんて声をかける暇すらなかった。
 もっと話したかったのにと思っても、そんな気持ちの行き場は特にない。だから溜息にして吐き出した。今日一番大きな溜息になった。
 あまりに呆気ない。怨めしい。人の心を騒がすだけ騒がしたら、あっという間にどこかへいなくなるなんて。私を置いてどこへ行ってしまうというのか。
 それとも私が、いけなかったのだろうか。だとしたら、だとしたら……。

 急に静かになるとやたらに寂しさを覚える。なぜ私が、この期に及んで寂しがらないといけないのだ。馬鹿だ。惨めだ。悔しい。こんなに惨めな思いをするなんて、呪ってやりたい。橋姫の執着心は強烈なのだと、教えてあげようか。

 そこまで考えて、いやだめだと冷静になった。また溜息を吐いたとき、ふと視界にひときわ目立つ色が飛び込んできた。見ればこいしちゃんの座っていた辺りに、赤い花の花瓶が置かれたままになっていた。きっと忘れものだろう。
 拾い上げると強い香りがした。この花には見覚えがある。たぶんこいしちゃんの好きな花だったはずだ。
 名前は、うっかり忘れてしまったが。長ったらしい花言葉まで教えてもらったのに、私という奴は。
 そんな薄情な私はこいつを人質にしようと思った。返してほしくば、こいしちゃんは私にまたここに来るしかない。しかも花が枯れるまでの時間制限つきである。早く会いに来ないと……。

 ……なんて、子供っぽいか。
 やっぱり、素直に地霊殿へ渡しに行くことにする。

 それにしても、こいしちゃんは地上へ向かう途中ではなかったのだろうか。どうして旧都のほうから現れて、旧都のほうへ去っていくのだろう。

 まさかこんな何もない風穴に、花を飾りたかったわけではないだろうに。
お読みいただきありがとうございました。
別に合わせるつもりじゃなかったんですが、せっかく嫉妬の日なので投稿してみました。それじゃあまたね。
oblivion
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
二人の会話が面白かったです
2.名前が無い程度の能力削除
ぱるさんは鈍さも含めて 魅力的だなぁ こいしちゃんかわいいです
3.名前が無い程度の能力削除
コイシチャンカワイイ
4.名前が無い程度の能力削除
ラナンキュラスねえ
ちょっと違う気もするけど
かわいいから、オッケー☆
5.名前が無い程度の能力削除
この二人って素敵
6.名前が無い程度の能力削除
二人とも可愛いくて魅力的だなぁ……。