※「good evening」と「対幻想」の続きになってます。
『君がため、惜しからざりし、命さへ』
長くもがなと 思ひけるかな
(……あれって、どっちが言ったんだっけ?)
突き抜けるような晴天。どこまでも続く冴え渡る青空を天上に、私は若干煤けた朱色の鳥居の上に座り込んでいた。
まるで昨日の深い夜闇が嘘だったかのように、幻想郷は気持ちの良い高気圧を迎えている。
この俳句は確か妹紅に聞いたんだわ。一千年も昔の日本の俳人が、詠んだ句だとか。
大変な美男だったが病気がちらしく、21歳の若さで亡くなったらしい。
しかし、まぁ、と切りのいいところで思考を切り替える。
どこで聞き入れた知識か、この句を詠んだ人物やら背景は今はどうでもいい。
視界の下では、ちょうど私のブーツの掛かる辺り、その延長線上に、紅白の巫女が居て。
箒片手に境内の掃除中。傍には鬼っ子が纏わり付いている。
特にやる気があるわけでもないようで、事務的に手を動かしている様子だった。
(あーあ、戻っちゃった…………)
何事にも興味ないと言わんばかりの涼しげな横顔に心が憂う。
これで魔理沙なんかが来た日には……。
仮にも幻想郷全体の秩序である博麗の巫女であり、実力も大げさではなくトップクラスの人間が境内にいる妖怪、それもこんな分かりやすい位置に陣座する私に気付いていないわけがなく。
ちらっとこちらを伺われる。
「…………」
しかし視線が合ったまま、何も起こるわけでなく、すぐに逸らされてしまった。
「………はー」
わかってはいたけど、反射的に上がりそうになった片手をぎゅっと握り締めた。
手を挙げて振ってみたところで、今と同じ反応は分かりきっていることだから。
ざっざっという規則的な箒の音を聞き流しながら
「………………あんなに、………」
ふと昨夜のことを思い出す。
(…………柔らかかったなぁ……)
頬がにやけだす所で瞬時に力を入れ引き締めた。
仮にもこのアリス・マーガトロイド、都会派魔法使いを自称するのだから、そんなだらけた表情は誰が見ていなかったとしても良くない。
華奢で、だけど柔らかみがあって、何より温かくて。
繊細でどこか壊れそうな儚さ。
「………」
ズキっと、軽く胸が痛む。
これが人間同士なら、感じなかったことなのだろうか。
私は元人間とはいえ現妖怪。温かな血潮が流れる、そのたおやかな体を、………。
まずい方に思考が流れる前に、頭をぶんぶんと振り乱した。おかげで髪がぼさぼさだ…。
「…………何やってるのよ」
「霊夢」
「髪ぼさぼさよ。らしくない」
気付けば目の前に気配があって、そしてそこには箒にまたがる巫女さんがいた。
霊夢の言葉に少しだけ浮かれながら、表面上は何食わぬ顔で髪を手櫛で整える。
「掃除終わったの? 萃香は?」
「終わった。今の季節は落葉もないし。空気も澄んでるし。萃香は酒の調達に行った」
何物にも捉われないから、重力でさえ、彼女を繋ぎとめておけない。
人間なのに空中を浮遊する目の前の巫女は、ふよふよと私の隣に移動し、腰を落ち着かせる。
「れ、」
「………ふふ、たまにはここで、居留守使ってみるのもいいかもね」
神社に居なくていいの?って言おうとして、遮られた言葉。
(て、手っ! 繋ぎたい…っ)
こんなに晴れやかな天気なのに。私の内心は時計を歪に早送りしてるみたいにあわあわ。
「れ、霊夢っ」
「ん? …………あれは」
向こうから横一直線に空を区切る、真っ黒なのが一人。
そしてちょうど一升瓶片手にどこからか戻ってきた子鬼が一匹。
ちょうど無人の神社で落ち合った2人は霊夢はどこに行ったかともみ合う。
瞬き一つの間に、空を裂いた胡散臭い隙間。指差す仕草と、集まる計6つの瞳。
「……ちっ」
思わず私らしくない言動を取ってしまった。
あれはきっと確信犯よね……。
「あーあ、見つかっちゃったか……」
「…………」
「そんな頬膨らませないの」
「だって…………って、膨らましてないわよ」
「それだとまるで昔みたいだわ」
「霊夢ーーーー!!!」
振り向きざま、声を発する前に私たち二人の間に分け入る大声。
「そろそろ行かなきゃ」
「……………」
名残惜しくて声が消え入る。全ての人妖に平等であれ。それが目の前の人。
「…アリス」
「?」
「すぐ、戻るから…」
「えっ」
「…待っててくれる?」
顔を上げたらそこには真っ赤な顔の霊夢がいた。
「も、ももももち、もちろんよ…!」
「……それじゃ、後で」
ガクンッ
鳥居から落ちかけてブーツが空をかいた。
頬を薄紅色にさせて、恥ずかしがるようにはにかむ霊夢なんて見せられたらもう。
「霊夢ーー!!! 大発見なんだぜ! 見ろこれ! この珍妙な生き物!」
「一升瓶にそっくりな蛇だなー」
「文献でこれとそっくりなのを見た事があるんだ。その名をつちのこだぜ!!! これを里に言いふらせば見物客で大賑わい間違いなし! ……って何してるんだ、あいつは」
……
すぐ、は結構後だった。
けど、まぁ妖怪の私は気にしない。…うん。
時間を想うと、時間の感覚が頭を過ぎる。霊夢は、そう、人間だったよね………。
昼間の動作再び。頭をぶんぶんと振るけど、今回は切り替え。
(だから、時間が名残惜しいということよっ)
日はとっぷり暮れ、幻想郷を覆う大きな空が、暗く沈んだ。夜の虫が草の間から小声で囁いているのが届く。
自然の協奏を耳にしながら神社に駆け出した。
「アリスっ」
「れ、霊夢」
ぜぇはぁと肩で息を切らす私に、霊夢は驚きを隠すことなく目を丸くした。
「ま、待ってたわ」
「……………」
(あ、あら…?)
いつものあの表情。平静とも冷静とも付かぬ、何事にもとんと興味を示さなそうな、退屈な……
「…良かった。帰っちゃっても文句言えないと思ってたから」
「ぶわっ」
薄紅色の頬と、微笑!
「っ、……れ、霊夢…!」
「きゃ!」
日本間の照明が煌々とする中、
「アリス……あんたいつも余裕なさ過ぎ」
「だってっ……じゃなくて、」
私はと言えば、さらしにてこずっていた。
和服は脱がしやすい。着慣れたりすることはないけど、そこだけは感謝している。しかし、このっ、このさらしが…!
たどたどしすぎる手つきが、仮にも人形師であることを自負する私に、若干の恥ずかしさがあった。
けど、しょうがない
「霊夢が……気が変わっちゃわないか心配なんだもの……」
「アリス…」
「それに、早く触れたくて…」
「あなたたち、仲良過ぎ」
「「!」」
空間が避けていた。隙間から見えるのは無数の瞳。
突然の声と姿に、霊夢はとっさに胸を隠し、私は心底驚いた。
本来なら枕でも投げつけるところだが、
「一妖怪が博麗の巫女を追いかけて幻想郷に来ることは自由だけれど。霊夢、あなたはどうなのかしら?」
「デリカシーなさ過ぎよ、この登場は」
「立場わかってる?」
「私が仕事と私情、区別付かなくなると思う?」
「仕事というのは、博麗の巫女として跡継ぎを生むこともかしら」
紫の言葉に、私は不安を覚え霊夢を見た。けど、彼女の顔は一遍も変わってなくて
「…………先のことは、わからないわ。でも私は、人間だから」
一笑にふそうとした紫の顔が変わる。
「時間は、かけがえないのよ」
……
…
「霊夢……」
「なんか……台無し、ね」
苦笑する霊夢を他所に、私は言葉を無くしていた。
「…………なんて顔してるの」
「だって……、だって私…今の今まで……」
ずっと片思いだと思ってた。何もそれらしい反応は返ってこないから。
でもそれで構わないと思ってた。ここに来たのだって、私の勝手だから。
「私だって人間だもの…。………好きでもない人と肌なんて重ねない」
「う、………うわあぁああん」
「もう、あんた泣き虫すぎ」
「だってっ…、…!」
涙で乱れる頬に温かい手の感触、唇に優しい感覚。
「……っん……」
頬を流れる涙の後を、塗りつぶすように違う種の涙が覆った。
キスが途切れなくて、呼吸もうまく継げない。苦しい、のに…求めることを止められない。
「……、いい加減、泣き止みなさいよ」
「霊夢……」
「うん…」
頬を取った私の手を、彼女の手が優しく包んでくれた。
そして、またあの微笑を傾けてくれて
「………」
瞳を閉じて、私もまた、最後の涙を零した。
どこまで行けるかわからないけど、行こう
あなたと過ごす時間は、一瞬たりとも無駄にできないから…――
そこからやっぱりレイアリが最高だなという結論に落ち着く。
レイアリもアリレイもどっちも良い!!
霊夢が好き過ぎて余裕のないアリス!心でアリスを想っていても基本的に態度に出さない霊夢!
ジャスティス過ぎます!!
二人ともかわいくてもう眼福でした