ねぇ、咲夜。
何?
もし私が死んで、生まれ変わったら。あんたは私を見つけてくれる?
勿論。でもね。
うん?
そんな縁起でもない話しないで。貴方らしくもない。
……そうね。ほんと、らしくないわね。
失敗した。それ以外に言い様がない。
簡単に避けられるはずの攻撃を諸に受けて私は地面に引っ繰り返った。
相手は見たことのない野良妖怪。手加減なんてするはずもなく、長い爪で深々とあちこちを切り裂かれた。
どうして、と駆け寄った咲夜は言った。
その答えを、私は言えなかった。
*
霊夢が大怪我を負ったと聞いて真っ先にやって来たのは魔理沙だった。
永琳の手当てを受け布団の中で眠る霊夢は顔色が悪く、もう死んだのだと勘違いして一度取り落とした箒を引っ掴んで死神のところへ殴り込みに行こうとした。
次に来たのはアリスだった。
アリスは魔理沙を宥め、私から事情を聞くと悲愴な面持ちでそっと目を伏せた。
それから紫と藍、文、早苗と色々な人間や妖怪が血相を変えて駆け込んで来て、容態を聞いた後は皆一様に黙り込んだ。
誰も帰ろうとしないまま、気付けば魔理沙が来てから半日が過ぎ日も暮れていて。
永遠亭から様子を見に来た永琳に追い出されるまで、葬式のような重苦しい空気はなくならなかった。
*
肩に手を置かれて振り返ると、アリスが心配そうな目で私を見ていた。
「大丈夫?」
「ああ」
条件反射的に答えたが全然大丈夫じゃない。
こんなんじゃ本当にあいつがまずい状態になった時心がもたないんじゃないかと思う。
霊夢とは長い付き合いだ。一緒にいくつもの異変を解決してきた。縁側でいつまでも茶を啜って駄弁っていた。宴会の次の日は仲良く二日酔いでダウンした。
どうでもいい日常だったかもしれない。でもそれが私は楽しかったんだ。柄にもなく、信じてもいないカミサマに祈ってしまうぐらいには。
どうか、霊夢を連れていかないで。
私の大切な日常のカケラを取らないで。
そのカケラは大きすぎて、私が私でいられなくなってしまうから。
どうか、どうか――――
*
魔理沙が大丈夫じゃないのは誰の目にも明らかだった。
これ以上何か言っても今の魔理沙には届かないだろう。考え込んでいるときはいつもそうだから。
凝った首と肩を解すついでにぐるりと部屋を見回す。
紫は扇子を忙しなく開閉し、後方に控える藍は気遣わしげにその後姿を見ている。文は正座をした膝の上で両手を強く握り締め俯いている。早苗は霊夢の部屋の襖の前を行ったり来たりと落ち着きがない。萃香は飲んでいないと落ち着かないようで何度も瓢箪を呷り、慧音は不安げに襖を見つめている。他も似たようなものだ。
気掛かりなのは咲夜だ。背筋を伸ばしきちんと座っているけど、その手は小刻みに震え、時折眉を落としている。
霊夢が倒れたとき傍にいたんだから当ぜ
「ちょっといいかしら」
永琳が襖を開けて咲夜に手招きした。
咲夜は二度、三度と深く息をして立ち上がり、みんなが見守る中部屋に入っていった。
*
私と入れ替わるようにして永琳は部屋を出た。擦れ違った時慰めるように肩をぽんと叩かれて心が折れそうになった。
白い布団、白い包帯、白い着物。白に囲まれた霊夢は人形か何かのように生気がない。
「……霊夢」
呼び掛ける。ん、と眉間に皺が寄って、ゆっくりと目が開かれる。
「さく、や」
声の弱さにぞっとした。今にもいってしまいそうな、消え入りそうな声に背筋が凍る。
「私、あの妖怪退治できなかった」
「うん」
「あいつね、……ぅ」
傷が痛むのかぎゅっと目を閉じた霊夢の手を握る。それに気付いた霊夢は力のない手で私を引き寄せた。
「―――――――――」
「……っ!」
耳元で語られた言葉に全てを悟った。
何も言えずにいる私の顔を見て、霊夢はへにゃりと力なく笑った。
「なんて顔、してんの。らしくない」
空いている方の手が頬に触れ、目元に触れた。
「今にも泣きそう。情けない顔」
手の冷たさに本当に泣きそうになる。
「あんたは」
ああ。
「完全で瀟洒な従者、じゃなかったの?」
貴方は、私に泣くなと言っているのね。
「…………ええ、そうですわ」
無理矢理口角を上げていつもの笑みを作る。
うまく笑えたかはわからない。
「そうでなくちゃ」
納得したようににこ、と笑って。
霊夢の手が落ちた。
*
はっと何かを感じたように紫さんが立ち上がり、永琳さんが閉じていった襖をすぱんと開きました。
敷居の向こう、白の中で眠る霊夢さんの胸は上下していなくて。
その枕元で、咲夜さんは呆然と霊夢さんを見つめていました。
「霊夢っ!」
紫さんの悲痛な声でぼうっとしていた魔理沙さんが立ち上がり、アリスさんは何かを堪えるように自分を見つめる人形を抱き締め、藍さんは紫さんの傍に駆け寄り、文さんは畳の上に頽れ――
私は頭が真っ白になって、固まったまま周りの様子を眺めていました。
*
「早苗」
硬直している早苗に声を掛けると、はっと我に返って私に焦点を合わせた。
それから泣き出しそうな目をして縁側に飛び出し、どこかへ飛んでいった。神社に戻ったのだろうか。
「文」
畳の上にへたり込む文は私の声に反応せず、髪で顔を隠して肩を震わせていた。
泣くまいとしているのだろう。深呼吸を繰り返している。
呆けている者、静かに死を悼む者、涙する者。
それぞれがそれぞれの方法で死を悲しんだり、受け入れられず呆然としていた。
腰を上げて霊夢の傍へ行く。
身も世もなく嘆き悲しむ魔理沙と紫とは対照的に、咲夜は妙に落ち着いているように見えた。
見えただけで、実際は魂が抜けたように霊夢を見つめていた。
見ていられなくて霊夢に目を移す。
包帯が巻かれていることを除けば寝顔と何ら変わらない穏やかな表情。
その綺麗な死に顔に。
「…………っ」
堪え切れなかった涙が溢れ出した。
*
通夜、葬儀と慌しく時は過ぎ、気付けば半月が経っていた。
それだけの時間があれば抜け殻も復活する。
私は紅魔館を息も荒く突っ走り妖精メイドの制止を振り切って部屋のドアを蹴破る勢いで開いた。
「咲夜!」
「ん……ああ、貴方ね」
目を通していた書類を机に置いた咲夜にずかずかと詰め寄る。
「なんで……なんで、あいつがやられるのを黙って見てたんだよ!」
「その質問は、もっと早くされると思ってたわ」
「お前っ」
「実はね」
苛立つ私を抑えるように口を開き、咲夜は立ち上がって椅子の後ろの窓に体を向けた。
「あの時、霊夢は確実に妖怪を退治できたのよ」
「ならどうして……」
「そう、私も思ったの。『どうして退治できなかったのか』、って。その答えは霊夢が教えてくれたわ」
そこで言葉を切り、
「『あいつは、咲夜の顔になったの』」
霊夢の声と重なって知らず息を呑んだ。違う、幻聴だ。喋ってるのは咲夜だ。
「霊夢が倒れてすぐ、そいつは私が殺したわ。何度も何度も、動かなくなってもナイフを突き立てた。その時は怒りで気付けなかったんだけど――そいつ、霊夢の顔になってた」
「それって」
「敵の大切な人の顔になるか、そう見せる妖怪だったんでしょうね」
長く息を吐き、窓ガラスに額を押し付けた咲夜の背中は、とても小さく、弱々しく見えた。
「私は、どうすればよかったのかな」
迷い子のような声音だった。
かける言葉が見つからず、私は帽子を目深に被って来た時と同じように走り出した。
*
いつまでも呆けているわけにはいかない。
それはわかっている。
だけど、霊夢の存在は大きすぎた。
ぽっかりあいた穴を埋めるのは欠けたものだけなのだ。
機械的に仕事をこなしながら、毎日を死んだように過ごす。
時は流れ、霊夢の死から6年が経った。
博麗の巫女はまだ決まっていない。
*
少し買出しに出るだけのつもりが、思ったより時間を食ってしまった。これぐらいならなんとかなるだろうし、最悪時を止めればいい。
そう考えて八百屋を後にし気持ち足早に大通りを歩いていると、目の前で5、6歳の少女が何かに躓いた。
空いていた手で抱き留めると、少女が顔を上げた。
「ぁ……」
その眼差しも、顔立ちも、あの日失った彼女のものとよく似ていて。
「もしかして」
あの時流せなかった涙が、
「……わたし、おねーさんと、あったことある?」
「ええ……多分、ね」
微笑む頬を伝った。
少女は私の涙に戸惑いながらも頭を撫でてくれた。
小さな手。
そのぬくもりに涙は止め処なく溢れ、流れていく。
ありがとう。
生まれ変わってくれて。
また出会ってくれて。
憶えていてくれて。
*
咲夜が連れて来た少女に紫は目を見開き、すぐに巫女にすることを決めた。
少女は何かを問うように咲夜を見上げ、咲夜は少女を見下ろし安心させるように笑みを浮かべた。
巫女が決まったという知らせはすぐに知れ渡り、神社は賑やかになった。
止まっていた幻想郷の時が、再び流れ始めた。
軽めの友情物語であればまだ良いのですが、重い話なので
そのうち加筆するか新規で投稿します。
何ていうか、貴方の書くお話は必ず何処か抜けてるというか足りないというか…
一度基礎を改めて練習して、しっかりと固めてからの方が良いと思います。
精進します。
欲言えば途中過程が欲しいなと思った
もう少し書き込んでくれればもっと好きです
だがまだ足りんな
でも素材、味付け、盛り付け等その他は天才的に完璧、みたいな。
つまり何がいいたいかというと、凄く良い作品だけに、もっと良く出来そう、ってのが惜しい、ああ、そうだよ、大好きな作品だよチクショー。残念だったなーみんな文羽さんのことが大好きだぜー。
ってことです