「逢いたかった」
「珍しいわね、霊夢が。そんなこと言うなんて」
夜更けの来客が、そんなことを言う。
「……」
体のどこもリアクションを取らなかったのに、頬の熱さだけを体が知覚した。
…
きっと今夜は眠れないだろうな……
急須に新しい茶葉を入れ、そこへ湯のみを温めていたお湯を静かに戻す。
急須を回し、日本茶の香りに包まれる中、ただぼんやりと取り留めのない思考に身を任す。
『副交感神経って奴が、きっと昂ぶってね。眠れなくなるの。』
永琳にこの前聞いた。交換神経とふく交換神経って奴があって云々。詳しい話はあまり覚えてないけど、聞いたときはなるほどと思ったもんだわ。
その時の永琳の表情さえ一時でも漏らさず覚えている。どこかしたり顔。
「お茶出すから、そこで待ってて」
縁側で所在なさ気に向き合ってるのもなんだから、部屋に向き戻る。……気を取り直したい気持ちもあった。
「待って」
「?」
「私も逢いたかった」
無意識のリアクションって止められないものなのね……。顔の紅潮、熱さ、ぎょっとした表情。
見なくても分かるから、とにかく顔を背けて台所へと逃げた。
……
…
「はい、お茶」
「どうも」
「手土産は? あんただけ?」
「生憎用意はないわ。私だけで十分でしょ」
「…」
ぷいっと顔を背ける。今日はどうも調子が悪い。
青紫色をした夜空が、中途半端に欠けた月を掲げてる。今夜は満月でも三日月でもなかった。
私たちは神社の明かりを消し、僅かな明かりを点す灯篭だけを傍らに、縁側へ腰掛けていた。
「時を止めて永遠にお茶会を、っていうなら、咲夜でも連れてくれば良かったわねぇ」
「嫌よ、そんなの。本当にいかれた茶会じゃない」
「そういう事をした先人がいるのよ。物語の中だけど」
会話なんてすぐに止まってしまう。
やっぱりこの神社は、すぐにでも虫の音や梢の音が境内へと偲び込んでくる。
いくら抗ったところで、所詮は辺りを埋める自然の一部だと言わんばかりに。
それだけこの神社には人工的な無機質さがまるでない。
「幻想郷には、何もないわね」
「何も?」
「話題がすぐに途切れるぐらいには」
「そりゃあねぇ……。私が人形や研究の話をした所で、霊夢にはちんぷんかんぷんでしょ」
「私が人里に下りた時の話をした所で、続かないわね」
「異変も起こらないしね」
「たまに起こるから異変って言うのよ。日常になられちゃ困る」
「今日のように、幻想郷の日常は基本平和だと」
「日常に飲まれそうだわ」
「でもそこに、霊夢がいてくれるだけで変わるってものよ」
「…」
「今日だってそのために来たんだし」
「……なんなの、今日は」
時に支配されたような、時を支配しているような。そんな感覚の中で、ふと浮かぶ、疑問。
「…………私がもし寝ていたら、どうするつもりだったの」
明かりが消えていたら。そう付け加えた。
「そうねぇ……。ぼんやりと、障子の向こうを見つめていたでしょうね」
「こわっ」
「で、数分後ぐらいに帰ってたと思うわ。それか鳥居の上でしばらくお月見していたかも」
「…………日中に来ればいいのに」
嘘。もう一人の私が冷静に突っ込む。
「あなたの周りにはいつでも人妖が溢れてるわ。…………日中来て、躊躇うぐらいにはね」
「どうしてそんなことばかり言うの。惑わさないでよ……」
「…………………。思いもがけず、一人占めできてるからかな」
「…………」
「今だけは、私を見てよ。霊夢」
鼓動が熱い。名前を呼ばれると同時に彼女を見て、そして彼女の眼差しにひときわ強く高鳴った。
人々が活動を停止させ、世界が止まる瞬間に「こんばんは」と声を掛け合いたかった。
いつもだったら寝て、いつもだったら研究の手を止め、いつもだったら本を閉じる瞬間に、誰かと落ち合いたかった。
特別な気がするから。言葉の響きも好きだった。
子供じみた考えだけれど、そこに現れてくれるのが、自分の空気を乱さない人なら特に良いと思っていた。
無意識にあなたを求めていたのかもしれない
日付が変更線を跨いで、時の感覚もなくなりだした頃。
まるで永遠に続いてしまうのではないかと思うぐらいの、底知れぬ丑三つ時。
幽霊や亡霊が活発に活動しだす時間だ。……人と妖が交わるには、ちょうどいいぐらいの闇夜かもしれない。
鬼や悪魔が跋扈するここ幻想郷では、昼も夜もないかもしれないけれど、お願い、今ぐらいは、朝目覚めたとき、夢を見ていたかと惑うような幻想の時を…――
「…………」
隣り合わせに座るアリスの胸元に頭を傾ける。
ぽさっという音が、僅かに耳に届く。白い首筋はちょうど髪と胸元の間。その人の香りを一番感じれる場所だと思う。
彼女の首筋からは、前に一度だけ尋ねた時の、彼女の自宅の匂いがした。
温かくて、女性らしい。綺麗で、透き通る……そう、彼女自身のように。
「…………いい香り」
「霊夢もね」
近づけた鼻先に、アリスがくすぐったそうに僅かに身を捩る。
繊細な金髪と艶のある黒髪が混じり合って、さらにまた衣が擦れ合う音が、静けさの中に遠慮するように響く。
恥ずかしいのにもっと触れたい。遠慮がちな欲求が、衣擦れに現れる。恥ずかしいのに止められない。
腰に回る手、繋がれる手。繋ぐというよりも、捕まえる、そしてどこか余裕のない忙しない動作。
心拍数が高鳴る私とは裏腹に、どこか大胆で、彼女らしくない稚拙さで。
「君がため、惜しからざりし、命さへ」
どちらが言ったか、覚えていない。解け合う中で、涙が一粒、流れて滲んだ。
どうか今宵だけは、いつもの博麗の巫女という鎧を脱ぎ捨てられますように。
夜が全てを隠してくれますように――
でももうちょっとストーリーが欲しいなー
いやはや、良い雰囲気だ。綺麗な二人だ。うんうん
綺麗な雰囲気がとてもとても…。
誤字報告
×博霊
○博麗
もっと増えろレイアリ!
でもこのお話について言えばこのくらいの長さのほうが
むしろスッキリ終わって良いですね
『副交感神経って奴が、きっと昂ぶってね。眠れなくなるの。』
『交感神経って奴が昂ぶって、眠れなくなるの』が正しいはずです