人里離れた、ここ幻想郷では、夜にもなれば人口の光源など存在しようもなく。
空も地も、同じ真青とも真暗とも付かぬ深い闇に包まれ、境界線などあやふやだ。
妖怪の目にはそれこそ夜闇など目を僅かに覆う、薄いベールのようなものかもしれない。
しかし人間にとってはそうはいかない。闇はいつでも人の行動と安心を奪う。
「さて、寝るか…」
誰にともなく独り言を呟く。
夜の幻想郷は暗いとは言ったが、私が今いる場所は、私の頭上に燦々と眩しい光を降り注いでいる。
縁側に向かう障子は閉められ、私は純和風の部屋で一服茶を飲みほしながら、息をついた。
神社を囲むは自然の息吹。
木々の向こうは奥行を失った、途方のない闇。
深夜10時。
この時間はとても静かだ。静寂に満ちている。…と言っても、耳が痛くなるような静けさじゃない。
虫の音だったり、風の音。それに呼応する障子や、建物の軋む音。
穏やかな静けさに包まれ、特段何もする事がない時間の中、襖から布団を運び出す作業に映るわけだ。
「……」
日中はそうはいかない。
なぜか、この神社は晴れの日はもちろん、雨の日でも来客が多かった。
もちろん神社への参拝客ではない。
妖怪、鬼、妖精に幽霊、そして人間の中でも一風変わった連中とか、そんなの。
そんな時連中はみんな口々に言うものだ。「やっほー霊夢」やら「来てやったぜー」など。
ここ幻想郷には娯楽らしいものは何もない。
あるとすれば、どことなく知的なものばかりな気がした。弾幕ゲームもその一つ。
鴉天狗達は、途方もない時間を途方もない将棋で費やすらしい。
頼んでもないのにたまに届く号外と証した、眉唾ものの新聞。
ここ幻想郷には何も無い。
『こんばんは』
この言葉が好きだった。
こんにちは、頻繁に言い交わす。人外といえども、来客達もそれなりに来客時間には気を使うからだ。
『こんばんは』
この言葉はあまり言われたことがない。言う機会もほとんどなかった。異変が夜にでも起こらない限りは。
夜に来客が欲しいとか、夜に茶を飲み交わしたいとかってわけじゃないけど。
異変や酒盛りのような、どんちゃん騒ぎの中でなく、なんていうの、その……。
「夜に尋ね人か……」
まぁ、よっぽど急の用事で無い限り、あるわけないけど。
「こんな静かな夜は、願ってしまう」
誰かが来てくれないかと。
…実際来たら来たで、面倒に思うかもしれないけどね。
「なんの連絡手段もないしなぁ…」
こうして、誰も聞いてないからと、独り言は増えていくし。
「早苗に、けいたいでんわ、とかの話は聞いたけど」
サワサワと、風が梢を鳴らす音が神社を通り抜けた。
「あぁ、そろそろ寝ないと」
時計を見ると、時刻は10時51分。
私らしくないか……。
いや、そうでもないかもしれない。
どっちよ。
いい加減と、立ち上がるためにひざをついた瞬間。
石畳を、コツンと、軽やかなヒールが叩く音。
風が地面に瞬間的にぶつかる音。そして二度目の靴音。
「………………」
誰か来た。相手は一人。
こちらに向かって連続的に続く小気味いい、人の歩行音。
そう、人だ。軽やかで、まるで演出したかのような、耳に心地いい。
「こんばんは」
「…………あんたも物好きね。こんな夜更けに……」
闇の中で逆らうように、主張するは透き通るような金髪。人形のように整った顔立ち。
「眠れなくてね。こんな夜中だけど、酒じゃなくて狂った茶会といかない?」
「余計眠れなくなるわよ……。っていうか、あんたそもそも寝なくても平気なんじゃ…」
「理由なんて大概無粋なのよ」
神社の縁側という境界のあるようなない場所で、私たちは見つめあう。
あなたを迎えた私の表情が、どうか逆光と夜の闇で紛れていますように。
「逢いたかった」
空も地も、同じ真青とも真暗とも付かぬ深い闇に包まれ、境界線などあやふやだ。
妖怪の目にはそれこそ夜闇など目を僅かに覆う、薄いベールのようなものかもしれない。
しかし人間にとってはそうはいかない。闇はいつでも人の行動と安心を奪う。
「さて、寝るか…」
誰にともなく独り言を呟く。
夜の幻想郷は暗いとは言ったが、私が今いる場所は、私の頭上に燦々と眩しい光を降り注いでいる。
縁側に向かう障子は閉められ、私は純和風の部屋で一服茶を飲みほしながら、息をついた。
神社を囲むは自然の息吹。
木々の向こうは奥行を失った、途方のない闇。
深夜10時。
この時間はとても静かだ。静寂に満ちている。…と言っても、耳が痛くなるような静けさじゃない。
虫の音だったり、風の音。それに呼応する障子や、建物の軋む音。
穏やかな静けさに包まれ、特段何もする事がない時間の中、襖から布団を運び出す作業に映るわけだ。
「……」
日中はそうはいかない。
なぜか、この神社は晴れの日はもちろん、雨の日でも来客が多かった。
もちろん神社への参拝客ではない。
妖怪、鬼、妖精に幽霊、そして人間の中でも一風変わった連中とか、そんなの。
そんな時連中はみんな口々に言うものだ。「やっほー霊夢」やら「来てやったぜー」など。
ここ幻想郷には娯楽らしいものは何もない。
あるとすれば、どことなく知的なものばかりな気がした。弾幕ゲームもその一つ。
鴉天狗達は、途方もない時間を途方もない将棋で費やすらしい。
頼んでもないのにたまに届く号外と証した、眉唾ものの新聞。
ここ幻想郷には何も無い。
『こんばんは』
この言葉が好きだった。
こんにちは、頻繁に言い交わす。人外といえども、来客達もそれなりに来客時間には気を使うからだ。
『こんばんは』
この言葉はあまり言われたことがない。言う機会もほとんどなかった。異変が夜にでも起こらない限りは。
夜に来客が欲しいとか、夜に茶を飲み交わしたいとかってわけじゃないけど。
異変や酒盛りのような、どんちゃん騒ぎの中でなく、なんていうの、その……。
「夜に尋ね人か……」
まぁ、よっぽど急の用事で無い限り、あるわけないけど。
「こんな静かな夜は、願ってしまう」
誰かが来てくれないかと。
…実際来たら来たで、面倒に思うかもしれないけどね。
「なんの連絡手段もないしなぁ…」
こうして、誰も聞いてないからと、独り言は増えていくし。
「早苗に、けいたいでんわ、とかの話は聞いたけど」
サワサワと、風が梢を鳴らす音が神社を通り抜けた。
「あぁ、そろそろ寝ないと」
時計を見ると、時刻は10時51分。
私らしくないか……。
いや、そうでもないかもしれない。
どっちよ。
いい加減と、立ち上がるためにひざをついた瞬間。
石畳を、コツンと、軽やかなヒールが叩く音。
風が地面に瞬間的にぶつかる音。そして二度目の靴音。
「………………」
誰か来た。相手は一人。
こちらに向かって連続的に続く小気味いい、人の歩行音。
そう、人だ。軽やかで、まるで演出したかのような、耳に心地いい。
「こんばんは」
「…………あんたも物好きね。こんな夜更けに……」
闇の中で逆らうように、主張するは透き通るような金髪。人形のように整った顔立ち。
「眠れなくてね。こんな夜中だけど、酒じゃなくて狂った茶会といかない?」
「余計眠れなくなるわよ……。っていうか、あんたそもそも寝なくても平気なんじゃ…」
「理由なんて大概無粋なのよ」
神社の縁側という境界のあるようなない場所で、私たちは見つめあう。
あなたを迎えた私の表情が、どうか逆光と夜の闇で紛れていますように。
「逢いたかった」
この後、月を眺めながら、お茶を片手に何を思い何を語るのか