「こんなの絶対おかしいわ……」
さとりは呆然として呟いた。先ほど届いたばかりの文々。新聞の朝刊が目の前で小刻みにわなないている。新聞を持つ手が震えているのだ。
さとりの視線は本日の一面記事(今年度の寺子屋皆勤賞にチルノ氏「もらっといてやる」)の真下に向けられていた。そこには執筆者の文が気まぐれに組む特集コーナーがあった。しかし特集といっても基本的には、「河原の石ころ特集」「私が昨日食べたご飯特集」「文々。新聞の歴史特集」といった至極どうでもよい内容ばかり扱っているため、普段のさとりであれば飛ばし読みをしていたに違いない。
だが今日のさとりはそうではなかった。
まるで中学生の男子が、いやらしい本をくすねに父親の部屋へ忍び込んだがみつけることができず、結局、表紙が微妙にいやらしいだけの大正時代の小説を持ち帰り、その中から血眼になっていやらしいシーンを探すが如き熱心さで、これを熟読していた。
「姉妹大特集 幻想郷姉妹ランキング」
というのが特集の見出しだった。今回の特集は文にしては珍しく手の込んだ作りになっていて、一週間前から読者投票を募り、「幻想郷で最も姉妹らしい姉妹」を選出するという主旨のもので、今日の朝刊では上位五組が発表される予定になっていた。
もちろんさとりは「古明地姉妹」に投票した。ペットたちにも投票させたうえ、妹が、「お姉ちゃんずるいよー。自分自身に投票するなどという不正はこれをしてはならない」と嘯いてスカーレット姉妹に入れようとするのをすんでのところで押しとどめ、大量の十円ガムを与えるなどしてどうにか懐柔し、自分たちの組へ入れさせたりもした。
旧都の知り合いにも協力を仰ごうと思ったが、さすがに面と向かって頼むのはあれなので、会話の最中にそれとなく、「えっ、投票project? あ、東方ね、東方」「投票、した方がいいな、きっと」「投票してくれたら、それはとっても嬉しいなって」などと呟いて投票を示唆し、支持獲得の努力を怠らなかった。
にもかかわらず。
「どうして……?」
さとりは頭を抱えながら、もう一度そのランキング表へ目を落とした。
一位 スカーレット姉妹 856票
二位 プリズムリバー三姉妹 412票
三位 秋姉妹 335票
四位 古明地姉妹 84票
五位 夢幻姉妹 81票
綿月姉妹は月の民なので載っていなくても無理はないかも知れない。夢幻姉妹も旧作キャラだから知名度が低いのは仕方ないだろう。しかしなぜ?
どうして私たちが四位などという、下から数えた方が早い順位に甘んじてるわけえ? 変くない? おかしなくなくない? と思わず軽薄な口調になってしまって申し訳ないが、実際、俄かには信じがたいことこのうえないのであり、なにかの手違い、いや、陰謀? 私たちに上位を取らせたくない第三者の思惑が介入している……? って、そんなはずはないのであって、ということはつまり、これはまぎれもない事実、すり替え不可能な真実に他ならない。でもだけどしかし。はむむ。
ひとしきり周章狼狽した結果、さとりは頭がしぼんでくにゅくにゅになってしまった。
というかそもそもにおいて姉妹らしい姉妹ってなによ。あの吸血鬼めらが特別姉妹らしいというのか。そんなことはないはず。きっとあれはキャラ人気で票が集まったのに違いない。へん。どうせ覚りは嫌われ者ですよ。なんだよ、文句あんのかよ、こらあ。って、もういいや。今日は仕事さぼろ。
などと考えながらくにゅくにゅしていると、隣の席で朝食を取っていたお燐が話しかけてきた。
「さとり様、食べないんですか? 味噌汁冷めますよ」
「え、ええ」
「どうかしました? さっきからしきりにくにゅくにゅしてますけど」
さとりは黙って新聞を差し出した。お燐は不思議そうな顔をしてこれを受け取ったが、例の特集に目を通すと途端ににやにや笑いを浮かべて、
「だーから忠告したじゃないですかー。そんな必死になって票集めても無駄ですよって」
「あ、そう。ほーん。それはつまり、私とこいしの姉妹らしさは所詮その程度なんだよ、現実をみろ、ぼけ。ということですか。ほっほーん。そうですか」
「い、いえ、そうじゃなくて、ほら、この新聞のメイン読者って地上の人たちでしょう。あたいらみたいな地底の住民のことはまだあんまり知らないと思うんですよ。だからその分、地上の姉妹連中にはどうしても遅れを取ってしまうんじゃないかなー的なニュアンスを込めていっただけで、別に他意はないです」
「ふむ……」
確かにその通りかも知れない。ってか十中八九そうだ。そうに決まってる。端からフェアな勝負ではなかったんだね。と思ってさとりは少し自尊心を回復したが、それでも圧倒的な差をみせつけられて敗北したという既成事実に変わりはなく、向後、この特集を読んだ読者から軽んじられてしまうことは想像に難くない。
いや、それよりなによりむかつくのは、あのレミリアが絶対的な得票数で一位を勝ち取っていることだ。
こいしがフランと仲良くしている関係上、さとりもときどき紅魔館に呼ばれてお茶を飲んだりするのだが、レミリアときたらありとあらゆるお嬢様の要素を絵に描いて額に入れたようなお嬢様で、一挙手一投足にカリスマがじゅわじゅわ滲み出ていて、同じ姉として貫禄的になんだか負けてる気がしてマジ気に食わなかったのである。
そんな因縁の相手にかかる惨敗を喫したのだからさとりも悔しい。
悔しいがでも結果は既に出ている。今更どうしようもないことだ。ふぎぎぎ。悔しいけど。そう思いつつ再度、未練がましく特集欄に目を向けたとき、次の如き文章を発見したのだった。
「今回の姉妹特集は大好評でした。わーい。ピース。ということでまたやりたいなーと思います。今日から来週の今日まで、一週間を投票期間とします。とはいうものの同じ結果が出てもつまらないので、順位に納得できなかった姉妹は工作活動なりなんなりしてぜひ上位を狙って下さい」
ってことはじゃあもう一回チャンスがあるってこと? うっそ。やったー。と思わずさとりは立ち上がり、ペットたちに、「ちょっとみんな聞いて下さいよー」と話しかけたが彼らは、「いっやあ。しかしながら今日は絶好のねずみ捕り日和だよねー」「ほんとほんと。さとり様はもう捕ってくるな、とかいうけど、ぼくらにとってねずみを捕ることはライフワークとさえ呼べるものであることを鑑み、ぼくは今日も積極的にこれを捕っていこうと思う」なんて談笑していて全然聞いてない、ったく仕様のないペットたちだなあ、と、こんだ大声で、「みかんゼリーあげるからこっち来てー」と注意を促すと、現金な彼らは急に愛想がよくなって、なになにー? かなんかいってさとりの下へ集まってきた。
「ペット諸君。歓談中にすみませんが、ちょっと私の話を聞いて頂きたい」
「ハナシー?」
「どんなー?」
「と、その前に」
さとりはテーブルを見渡しながら、
「こいしの姿がみえないけど、どうしたの」
「さとり様が起きる前に出かけていきましたよ。紅魔館に行くっていってました」
「そうですか……」
妹の如きはまたあの小憎らしい吸血鬼の根城に遊びに行ったのか。ぐぬぬ。お姉ちゃんにおはようの一言もいわずに外出するなんて不良の所業としかいいようがなく、まったくもって嘆かわしいこと夥しいなあ。と一瞬、悲しい気持ちになったが、今は悲嘆に暮れている場合ではない。
「まあいい、本題に入りましょう。先日来世間を賑わせている姉妹ランキングの集計結果が今日発表された訳ですが、私と妹は、あなた方の助力があったにもかかわらず四位という微妙な順位に納まってしまいました。まことに申し訳ない」
「いや、あたいらは別に気にしてないですから。っていうか心底どうでもいいし」
「いいえ、お燐。これはあなたにも関わってくる問題ですよ」
「あたいにも?」
「考えてご覧なさい。文々。新聞は幻想郷中に読者を持つ一大新聞。世論への影響力はトップクラスです。特集とはいえそれほどの新聞で一位を取ったとなれば、一躍大衆の支持を得られるようになることは間違いない。すると更にゆくゆくは……」
「じ、自機昇格も夢じゃない……?」
「その通り。私とこいしが自機に昇格できれば、あなた方ペットにもチャンスは巡ってくる」
思いがけないさとりの言葉にペットたちは興奮を抑えきれず、「聞いた? ジキだってさ」「マジかよ」「ぼくもジキになりたーい」とかいってわしゃわしゃ騒ぎ始めた。
そこへさして、今までゆで卵を剥くのに専心していたおくうが口を挟んだ。
「だけど、今更そんなこといっても遅いんじゃないですか。どっちみち特集は終わっちゃったんでしょ」
「ところがどっこい、来週も実施されることになったんです」
さとりはテーブルに両手を突いて、
「そこで、もう一度あなた方の助力を仰ぎたい。しかしながら今回のやり方では生温かったっていうか、はっきりいってぬるぬるの麦茶くらい意味がなかった。同じように投票してもらうだけでは到底レミリアに勝……、いや、一位を取ることはできないでしょう」
「じゃあどうすれば?」
「手段は問いません。資金は私が用意します。霊夢に撃滅されない程度なら武力行使も辞さないわ。とにかく、あらゆる策を使って徹底的に票を集めること。いいですか、私とこいしの勝利には、あなた方の自機化もかかっているのです。判りますね」
念を押すと、お燐とおくうを含めたすべてのペットが条件反射のようにぶんぶん頷いた。くはは。洗脳完了。これで彼らは私の忠実な駒として働いてくれることだろう。
さとりは満足げにうち微笑みながら、ここを先途と声を張り上げて命じた。
「古明地さとりが命じる! 私とこいしを全力で一位にしなさい!」
ペットたちは総立ちになって敬礼した。
「イエス・ユア・ハイネス!」
汗っていうかもはやカリスマを掻いてる気がする。それくらい今日の私はカリスマで満ちてる。ふくく。もう部屋中カリスマでびしょびしょだよ。と思いつつレミリアは牛乳を啜っていた。みんなからは、四六時中紅茶を飲んでいるやつ、と思われているが、実はそんなことはないのであって、飲むヨーグルトなどもよく飲んだりする。
しかしだからといってカリスマが減じたりはしない。紅茶を飲む飲まないといったみみっちいことでレミリアの貫禄は揺らいだりしないのだ。それが証拠に三日前に発表された幻想郷姉妹ランキングにおいて、スカーレット姉妹は他の追随を許さない大差で一位を獲得している。
「おほほほ」
レミリアは三日前のことを思い返してほくそ笑んだ。特に気分がよかったのは、あの古明地さとりに実力の差を示してやれたことだった。
古明地さとり。彼女のことは以前から気に入らなかった。なにが気に入らなかったかというと、実の姉である自分を差し置いてフランに懐かれていることが気に入らなかった。
例えばあるお茶会のときなど、「はーい。フランは私の隣に座ろうねー」と手ずから席を用意してあげたにもかかわらず、フランはこれを拒絶し、「お姉様はべたべたしてくるから嫌。私はさとりさんの隣がいい」といい張って譲らず、お茶会の間中、ずっとさとりやこいしと話し込んでにこにこ笑っていた。
私と話すときはいつも不機嫌そうなのに、なんであんな地下生物には笑顔をみせるのか。あぶぶ。お姉ちゃんは悲しいです。レミリアは悲哀と愁嘆にまみれた挙げ句、干乾びたうどんの如きになり果て、丸一週間も部屋に閉じ籠もってくにゃくにゃになっていた。
そんなこんなでさとりに個人的な嫉妬心を抱いていたレミリアにとって、今回の結果がすこぶる満足のいくものであったことはいうまでもない。
くふっ。
レミリアは思い出し笑いをしてカップを口に運んだ。
「円環の理に導かれし真紅の堕天使によって照らされた悠久の大地に降り注ぐ白銀の雫(牛乳)うめぇ……、おっと、私としたことがつい既成の文法に囚われない先鋭的かつ斬新な日本語を創造することによって、図らずも自らの豊かな語彙力を露呈してしまったなー。わっはっは。って、あっヤバ。零しちゃった」
かなんかいってハンカチを取り出したとき、背後でノックの音がした。
「咲夜でございます」
「ああ。入っていいよ」
「失礼します」
咲夜はいつものように颯爽とした足取りでしゅらしゅら歩いてきたが途中で不意に立ち止まり、レミリアの胸の辺りを凝視して変な顔をしたかと思うと急にそわそわしてこんなことを訊いた。
「お嬢様、その胸のところに付着している白い液体はなんでしょうか」
「ん? これ? 別にこれはただの円環の理に導かれし真紅の堕天使によって照らされた悠久の大地に降り注ぐ白銀の雫だけど」
「えっ、なんて?」
「だから、円環の理に導かれし真紅の堕天使によって照らされた悠久の大地に降り注ぐ白銀の雫だってば」
「つまり牛乳……、ですか?」
「牛乳っていうか円環の理に導かれし真紅の堕天使によって照らされた悠久の大地に降り注ぐ白銀の雫だけど、まあ牛乳って呼びたきゃ呼んでもいいよ」
「ではそう呼ばせて頂きますが、牛乳をお飲みになる際は特に服をお汚しにならないようお気をつけ下さいませ」
「え? なんで特に牛乳は駄目なんだ? 血はいいのか?」
「血もあれですけど、やっぱり牛乳の方がちょっと」
「どうして? 牛乳だとなんかまずいことでもあるの?」
首を傾げるレミリアに、しかし咲夜ははっきり答えず、「いえあの、そういう訳じゃないんですけど、むにゅにゅ」と語尾を濁してなにいってんだか判らない。でもどうせ咲夜のこと、牛乳を零して服を汚したりなんかしたら私のカリスマに影響するとでも思っているのだろう。乳飲料如きに泥を塗られる私じゃないのだが。
というのはまあよいとして。取りあえずレミリアは肝心の質問をした。
「てか咲夜、なんの用?」
すると咲夜は、「はい」と声をひそめ、
「先日の件でちょっとお耳に入れておきたいことが」
「姉妹ランキングの件か」
「ええ」
「私とフランの一位を記念して天狗どもがインタビューにでも来たのかな。今日の私は機嫌がいいから受けてやらないこともないぞ」
「いえ、違います」
「あ、そう……」
「実はランキングの投票が今週も行われているのです。ご存知でしたか」
「へー、知らなかったよ。だが何度やっても同じことだ。私とフランに勝てるほど姉妹力のある姉妹など、幻想郷に存在するはずがない」
「もちろんその通りでございます。しかし……」
ふと咲夜はいい淀んだ。
「しかし、なんだ?」
「これは信頼できる筋からの情報なのですが、なんでも裏で例の古明地が暗躍しているらしく、あちこちで彼女たちの支持者が増えつつあると聞きました。既に妖怪の山では、さとこい人形、なるものが売り出されている始末です。前回の発表から三日しか経過していないにもかかわらず、これだけのスピードで知名度を高めているのは、やはり向こうも本気だという証ではないでしょうか」
レミリアは冷笑した。ふん。さとりのやつはまだ諦めていなかったのか。まったくもって往生際の悪いこと甚だしい。
「しつこいやつだ。ロバが旅に出たところで、馬になって帰ってくる訳じゃないのにな」
「いかが致しましょう?」
「思い知らせてやるまでさ、格の違いってやつをな……。咲夜」
「はっ」
「明後日までにあれの用意をしておけ」
「よろしいのですか」
「ああ、派手にやってくれて構わない」
「イエス・ユア・マジェスティ」
一礼して退室する咲夜を見送りながら、レミリアは内心、わはは。とせせら笑っていた。いいだろう古明地さとり。貴様が懲りずに楯突いてくるというのなら私は何度でも打ち負かしてやる。貴様の心をざりざり削りまくってすりおろし大根のようにしてやろう。
そんなレミリアの細い輪郭を、たらこの如き紅い月がぬらぬら照らしていた。
いつまでもいつまでも。
状況開始から四日目の夜。
さとりは自室のデスクに座り、次々に送られてくるペットたちの報告書に目を通していた。「魔法の森にさとこいファンクラブができました」「三つのゴシップ誌にコネを作りました」「ぼくのゴーストが軍資金をもう少し増やせと囁いています」などなど。ふむむ。古明地姉妹の評判は順調に上がっているようだし、ここは自腹を切って、ペットたちに昆布の一枚でも買ってやろうかな。
と、けちくさいことを考えているところへおくうが、なにやら手紙の如きを携えて現れた。
「さっきこんなものが届いたんですけど」
「手紙? 誰から?」
「それが……」
受け取って裏返してみると「レミリア・スカーレット」の文字。ほう。さとりはにやにやした。蓋し私たちの噂を聞きつけて、もはや勝利は絶望的だと悟り、前もって謝罪文あるいは反省文を寄越してきたのだろう。うふふ。そこまでいうなら聞いてやらぬこともないですわよ、と手紙を開くと、本文の欄にはただ一言、
「バーカ」
と書いてある。さとりは思わず、「くあせふじこ」かなんか訳の判らぬことを絶叫、即座にこれを破り捨てようとしたが、よくみると端っこの方に、「明日、紅魔館で宴会を開くのでぜひご参加下さい」という一文が添えられているのに気がつき、すんでのところで思いとどまった。
普通なら、「っつーか超むかつくんですけど。ぜってぇ行かねー」と一蹴するところだが、ちょっと待って欲しいというのは、これは明らかに挑発行為であり、ここで彼女の挑発に乗って宴会に行かなかった場合、「おほほ。かかる幼稚な挑発にまんまと乗せられるなんてお子様きわまりないわあ」と嘲笑されるに決まっているのであって、むぎゅう。それは非常に悔しいなあ。
むにゅむにゅ独り言をいっているさとりにおくうが訊いた。
「どうします? いっそ紅魔館ごと無に帰してきましょうか?」
「いや、無に帰すのはまずいわ。といって無視するとこっちが負けたみたいになってあれだし……、しょうがない、行きましょう。お燐とこいしに伝えておきなさい」
「判りましたー」
と頷いておくうは出て行った。さとりは静まり返った部屋で一人、手紙を握りしめて呟いた。
「いいでしょう、レミリア。あなたの悪あがきにつき合ってあげますよ。ま、今更なにをされたところで私は痛くもかゆくもありませんがね。くははは……」
だが、その考えは大いに甘かった。
翌日。お燐、おくう、こいしを連れて紅魔館へやって来たさとりは、屋敷に足を踏み入れた瞬間、わぷぷ。と目を見張った。
なんとなればそこには常連の妖怪のみならず、人里の一般住民から重鎮クラスまでが一堂に列席していたからである。わぱぱ。さとりは更に驚いた。というのは各テーブルに並べられた料理が凄まじく豪華だったからで、図らずも一瞬、わちゃあ、タッパーかなんか持ってくればよかった。と後悔したほどだった。
現に連れてきた三人などは、「うわっ。なにこれー」「こいし様、それはトリュフといって、けちなさとり様がいる地霊殿では食べることはおろか姿を拝むことすらできない高級品なんですよ」「この虫の卵みたいなのおいしー」とかいって、さっそくうまうま食べ始めている体たらく。
さとりはむっとして、敵陣の食事をそんなうまうま食べたら駄目でしょー。君らはまったく心構えというものがなってないなあ、と嘆息したが、自分もお腹がすいていたのでしぶしぶこれに手をつけた。
本当はおいしかったにもかかわらず虚勢を張り、「まずいし。おいしくないし。味が濃すぎるし」と、おばはんのようなことをいいつつもぐもぐしていたところ、不意に前方でざわめきが起こった。
なんだなんだ、と首を伸ばすと、くおお。レミリアが壇上に立って来客に手を振っているのがみえた。皆様、本日はご臨席頂きましてまことに感謝つかまつり候、などと鹿爪らしく挨拶をしている。さとりは、へっ。そんなん誰も聞いてないですしー。と嘲りかけたが、突然周囲から、
「いやあ。さすがレミリア殿ですなあ」
「うむ。挨拶一つ取っても堂に入っておられる」
「わしら人里の住民まで招いて下さるなんて、マジ懐が深いわあ」
という賞嘆の声が上がり始めたので驚愕し、慌てて四囲を観察してみると、なんてことだろう、集まった客のほぼ全員が口々にレミリアのことを褒めちぎっているではないか。
あっ!
そこでさとりはようやく気づいた。なぜレミリアが今回に限ってこんな大勢の客を招待し、かつ地霊殿の家計が破綻するほど豪勢なもてなしを用意したのかということに。
そう……、すべて姉妹ランキングのためだったのだ。
文々。新聞の読者層の大半を占める人里の住民から支持を得られれば、幾らさとりたちがちまちま小細工をしようと物の数ではない。紅魔館ほどの資金力があれば人心を掌握するには充分足りる。レミリアは初めからそれを狙っていたのだ。しかしそうと判ったところでもう遅い、既にほとんどの招待客がレミリアの術中にはまって懐柔されかかっている。
さとりは歯噛みした。くっそう。やべぇことになってしまいました。レミリアの実力を見誤っていたわ。このままではレミリアに組織票が入ることになり、魔法の森にファンクラブを有している私といえども、魔法の森に住んでるのは基本的に小動物だからこれは意味がなく、ゴシップ誌にコネとかも作ったけどこの局面で役に立つとは思えない、ってことはどういうことかっていうと万事休すってことで、やーん。どうしよどうしよ。ていうかこれってもはや姉妹関係なくない?
そうして地団駄を踏んでいるうちに挨拶が終わり、それぞれのテーブルで食事が再開されると、当のレミリアがさとりの傍に来てわざとらしい口調でいった。
「やあ、これはこれは古明地君。うちの料理はお口に合うかな?」
さとりはレミリアを睨みつけて、
「卑怯ですよ、レミリア。こんな物で釣るような真似をして票を稼ごうなんて。自分たちの姉妹力で勝負している姉妹に申し訳ないとは思わないのですか」
「くつくつ、わつはつはつはつはつ……」
「な、なにがおかしい」
「違うな、間違っているぞ古明地さとり。これは戦争なんだよ。そんな綺麗事だけで一位が取れるほど甘くはないんだ。というかお前だってペットを使って裏工作してるじゃないか。人のこといえないだろ」
うぐぐ。反論できない。さとりは口籠もってしまった。
「どんな手段を使おうと、一位を取ったという事実がすべてなのさ。よく覚えておくといい、姉妹は財力だということを。金のある方がより姉妹なんだ。幾らペットを指揮して暗躍とかしたところで、圧倒的財力を誇る紅魔館と小役人クラスの地霊殿では端から勝負にならなかったというか、四位如きが私たちに勝負を挑もうとしたこと自体、片腹痛いといわざるを得ないなあと個人的には思うなあ。ぷぷぷ」
容赦のないことをいわれてさとりは涙目になった。
せっかくかかる努力をして頑張ってきたにもかかわらず、また手も足も出ないままレミリアに負けてしまうのか。こんなのってないよ。あんまりだよ。と思って本当はマジ泣きしそうになったのだが、妹やペットやレミリアの手前そうする訳にもいかず、全力で涙をこらえたのだった。
周囲の喧騒がショーウインドウを隔てているかの如く遠く虚無的に聞こえる。やがてさとりも虚無的になってテーブルに突っ伏すとにゅらにゅらし始めた。端からみると完全にやる気を失った人のようだった。
しかしまだ、本当に諦めた訳ではなかった。
それから二日後のことである。
レミリアは人里の往来を歩いていた。手には日傘。いつもなら咲夜が隣にいて差してくれるのだが今日はいない。なんでいないかというとレミリアが断ったからで、あんまり頻繁に咲夜を連れて散歩をしたりすると、みんなから、「日傘を自らの手で差さず、咲夜に差してもらっているという観点においてレミリアってお子様だよねー」などと思われてしまうかも知れず、それは嫌だなあ。と考えて珍しく一人で外出したのだった。
とはいうものの、ただ散歩をするためだけにやって来たのではない、一応レミリアには大事な目的があった。というのは人里の査察。第二回幻想郷姉妹ランキングの発表を明日に控え、まあ私らが優勝することは確定的に明らかなんだけど、最終チェックっていうか様子見をすることによって精神に余裕を持たせよう、と思ったのだ。
そんな訳で往来をくにくに闊歩しているレミリアだったが、先ほどからちょっと変な感じ感を感じていた。と書くと表現が重複してかっこ悪いので、違和感を覚えていた。と書き直すが、どうも住民の様子がおかしいような気がする。だってそうでしょう、私は先日の宴会で彼らの支持を得、今やちょっとしたアイドル級の知名度を持っているはずなのだから、普通に歩いていてもなんというかこう、
「あっ、レミリアさんじゃないっすか。ちーっす」
「あれレミリアさんじゃね? 今日も貫禄ってーの? カリスマってーの? なんかそんな感じのものが横溢しててマジかっけー。超リスペクト」
「うっわー、本物じゃん。すまぬがちょっとそれがしの脇差にサイン書いてもらってもいいすか?」
みたいな感じで声をかけられるんだろうなーと予期していた。
ところがこうして一時間近く歩いているというのに、誰一人話しかけてこないどころか、目が合っても不自然にこれを逸らしたり、逆にこちらから話しかけようとすると、前後の文脈を無視して突如口笛を吹き出したりするなど住民の過半数が挙動不審で、むむむ、さすがのレミリアも訝り始めた。
なんだろう。どうしたのだろう。
首を傾げつつなおもぶらぶらし、人里の中心に位置する大きな広場に出たときのことだった。
「くにゅーん」
思わず奇声を上げてレミリアは瞠目した。
なぜなら広場の片隅に古明地さとりの姿があったからである。しかしそれだけでこんな奇声を上げたりはしない。レミリアを驚かせたのは次の三つの点だった。
すなわち、一。さとりがいつもの服ではなく小学校のカーテンのようなめっちゃ汚いぼろ布を身につけていること。二。さとりの前に大量のうどんが置かれていること。三。さとりの周りに十人あまりの人だかりができていること。
さとりはその人だかりに向かって何事か喋りかけているようだが、ここからではよく聞き取れない。とっさには状況が理解できず激しく混乱したレミリアは、ちょちょちょ、かなんかいってさとりの方へ近づいていき、人だかりの影に身を隠しながら聞き耳を立てた。
「……ええ、そうなのです。わたくしがこのようなみすぼらしい格好をしてうどんを売っているのは、すべてあのレミリア・スカーレットのせいなのです。レミリアは姉妹ランキングで一位を取ったり宴会を開いたりして、表向きいい子っぽいですが、それはみせかけに過ぎず、裏では極悪非道このうえなく、わたくしなどは彼女から高い壺を買わされて、払えないというと、たった一人の肉親である妹を借金の形に連れて行かれました。今も妹は紅魔館で奴隷のようにこき使われていることでしょう。ううう。可哀想に」
はあああ? レミリアは耳を疑った。あいつは一体なにをほざきさらしているのだろうか。あいつに高い壺を売りつけた覚えなど一切ないし、あいつの妹をうちで働かせてるなんて事実も無論ない。ないことをさもありげにいうのは嘘をついているということで、嘘をつくのはいけないことだからこれはしない方がよい。にもかかわらずさとりは平気で嘘をついている。ふふ、困ったちゃんですな。じゃなくて、さとりは明らかに私を陥れようとしているのであって、あっ。そうか。住民たちはこれを聞いて私を避けていたのか。
と思い至ってレミリアは叫んだ。
「こらあっ!」
さとりの話に聞き入っていた人々は突然の怒声にうち驚き、振り返ってレミリアを発見するや、「ぎゃあああ」「うわっうわっ」「あひゃーん」と更に肝を潰した。
レミリアは人だかりを掻き分けてさとりの前に立ちはだかった。
「さとり……。お前、どういうつもりだ」
「あらレミリア、ごきげんよう。どうかしました?」
「とぼけるなよこら。下らないデマを流して私を孤立させようったってそうはいかない。そんな苦しまぎれの嘘はすぐに露見するんだからな。泣いて土下座するなら今のうちだぞ」
「ほほう。随分強気ですねえ。こっちにはちゃあんと証拠もあるのに」
「証拠……?」
「ええ。あれをご覧なさい」
と指差す方をみて一瞬、頭が真っ白になったのは無理もなく、なんとなれば鎖に繋がれて奴隷のような格好をしたこいしがフランに連れ回されていたからである。「まあひどい。悪逆無道きわまりないわ」「あれってレミリアさんとこのフランちゃんでしょう? じゃあやっぱり、うどん売りのさとりさんがいってたことは本当だったのね」という主婦たちのひそひそ話を聞いてレミリアは我に返り、ぐわあ。はめられたっ。と思った。
フランに懐かれていたさとりはその好意を逆手に取ってこれを篭絡し、こいしと共にかかる芝居をさせているのだ。なんたる悪賢いやつだろう。
「どうです? あんな光景を目にしてなお白を切るつもりですか?」
「ふざけるなっ。全部お前が仕向けたんじゃないか。あのっ、みなさん違いますから! こいつの話は全部嘘ですから! マジマジ! 信じないで下さい!」
必死で弁解するレミリアに、さとりはにやにやしながら囁いた。
「あれほど露骨な証拠が里を練り歩いている状況で、あなたの話に耳を傾けてくれる人が一体何人いますかねぇ?」
「くっ、貴様……!」
レミリアは怖い顔をしたがそんな顔をしてなんになろう、広場にいる人々は疑惑的な目でレミリアを眺め、「きゃあ。残虐な顔をしているわ」「なんてやつだ。ほんとにぼくらを騙していたんだな」「それに比してさとりさんは健気で偉いなあ」「拙僧、やっぱ古明地姉妹に投票してくるわ」とかいってさっそく手のひらを返している。
「ほらほら、みんなの心があなたから離れていくのが判ります。いいんですか? せっかく開いた宴会も無駄になってしまいますよ?」
「あうう」
「先日はあんな偉そうにしてたのにねぇ? 姉妹は財力なんでしょう? だったら自慢のお金で解決してみなさいよ。ふふふ、早くしないと四位如きに逆転負けしちゃうかも知れませんよ?」
「うぎぎ」
負ける。私が。敗亡する。そんなの絶対認めない。認めないがでもどうしたらよいか判らない。判らないけどこのままじゃさとりに負けてしまう。しかし負けるのは悔しいので死んでも負けたくない。でもでもでも、ぷしゅううう。そこで思考は沈没し、レミリアはそのまま地べたにくずおれて、えぐぐ、と啜り泣き始めた。
「あはははっ。無様ですね、レミリア。調子こいてるから罰が当たったんですよ。財力? ふふっ。姉妹はね、戦略ですよ、戦略。頭を使ったもの勝ちなんです」
ぐしゅぐしゅ。涙で視界が霞んでいく。さとりの声まで霞んできれぎれになって聞こえてくる。
「んじゃ、私はそろそろ失礼します。ではまた明日、紙面で会いましょう。おほほほ……」
そうしてさとりのむかつく笑い声が遠ざかり、レミリアを遠巻きにしていた住民たちが飽きて散っていった後も、レミリアはしばらくの間、その場にへたり込んでしゃくり上げたり鼻をかんだりしていた。
春の生暖かい光がレミリアの足元に差している。光は日傘にも道行く猫にも木の枝に引っかかってがさがさ鳴っている訳の判らないビラにも人里の住民にも人里そのものにも均等に差している。レミリアが泣こうがさとりが笑おうがお構いなしに、脱ぎたての靴下みたいに生暖かい春の光は、問答無用に絶対的に、ありとあらゆるものの上に降り注ぎ続けている。
「どきどき。どきどき」
口で擬声語をいってしまうくらいに緊張しているさとりはリビングで、ペット妹と一緒に午前六時のちょっとアーリーなブレックファスト。早すぎて妹などは味噌汁を飲みながら、「あーん? なんでこの牛乳わかめ入ってんのー」なんて寝てんだか起きてんだか判んない声を上げている。
無理矢理起こしてしまって妹には申し訳ないが、今朝の新聞が気になって気になって午前四時前に目が覚めてしまったさとりは、早く確認したいけど一人でみるのはあれだから、と思ってみんなを叩き起こしてご飯を作って新聞を受け取って椅子に座って、これを固く握りしめつつどきどきしていた。
しかし握りしめるだけで中々開こうとしない。
「早くみてみましょうよー」
待てしばしがないおくうに急かされても、「う、うん」かなんか曖昧に答えてもじもじしているのは、別に怖いとかそういう訳ではなくて、っていうか私が一位なのは確実なんだから怖がる必要なんかないですし、ただ少し心の準備的なことをするためのワンクッションに過ぎぬのである。
そう、一位は私。レミリアじゃなくて私。大丈夫。レミリアの信用は私の策略によって失墜した。今頃結果をみて咲夜に泣きついてるに決まってる。
一方、私はもちろん優勝して褒め奉られて胴上げとかもされて、もしかしたら天狗がやって来てインタビューなんかもされちゃうかも知れない。それは困ったちゃんですねー、えへへ。
「さとり様、まだですかー?」
「今みますよ。そんなに焦らなくても勝利は逃げていかないわ」
と、さとりは澄まし顔で応じて二、三度深呼吸をしてから、「じゃ、おもむろに新聞を開いて中を改めてみますかな」と余裕の口調で宣言、言葉通りおもむろに新聞を開いてページをめくって特集欄を凝視して。
……絶句。
一位 秋姉妹 1286票
二位 古明地姉妹 157票
三位 スカーレット姉妹 154票
四位 プリズムリバー三姉妹 116票
五位 夢幻姉妹 103票
さとりはしばし放心した後、ランキング表の下に載っている投票者コメントに目を通した。以下がその抜粋である。
・今週から春野菜が本格的な収穫シーズンを迎えました。秋姉妹のおかげで豊作です。超感謝。
・秋だけでも大変なのに春の豊穣まで司ってくれるなんて、秋姉妹マジ女神。
・今週はほうれん草がたくさん採れました。豊穣の神最高!
・あそこで炒めてるタケノコ俺のなんすよ(笑)。
・姉妹っつったら秋姉妹しかいないだろ、nk(農学的に考えて)。
・レミリア、約束通り投票してやったんだからちゃんと神社に牛肉送りなさいよ。
・さとりさんから買ったうどん消費期限切れてました。お腹いたい。
それからさとりはトイレに籠もって半日ほどマジ泣きしていたのだが、その間、こいしやペットたちはトイレを使用することができなかった訳で、みんな大変困窮した挙げ句、「あんな下らないことに資金を費やすくらいなら、地霊殿にトイレを増設した方がよほど建設的である」ということで意見が一致したそうである。とほほ。
――了
ここに惹かれた
腹筋を返してください。面白すぎる
ピクッ
色々突っ込みたい場面がありとても面白かったですw
くっだらねぇwwwwこいつらくっだらねぇwwww
本当にとほほって感じですねw
二人がバカやってるさとレミは大好物です
夢月幻月の名前を見てニヤソとなったけど、ユキマイェ・・・・・・いや、あの子ら公式じゃなかった様な気も。姉妹だったかな?
それは置いておくとして、血は物騒なだけだからいいけど、牛乳はちょっと・・・・・・ねえ?やたら荘厳に言っても、牛の乳から出る白濁色の分泌液なわけで。
所々に散りばめたネタにくすりと笑わせて頂きました。
円環の理に導かれし真紅の堕天使によって照らされた悠久の大地に降り注ぐ白銀の雫(牛乳)
腹筋がwww
やっぱり姉妹は妹の方が可愛いよね。フランとかこいしとか、その他大勢とか。
いやぁああああ!さとりんはそんな貧乏くさくないわよ!さとりん、しっかりして!
おもしろかったです。
感心しました。
言葉の選び方凄い。
一見もっともでその実ワケわかんねぇこの格言
スピード感と合わせて非常に楽しめました