ペットボトルに手を伸ばせ!
- 2012/03/20 23:57:21
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――ペットボトルの中には小傘がぴつたりと入ってゐた。
「語呂悪っ! いや違う、なんでこんなことに!?」
小傘が驚くのも無理は無い。目が覚めたら、いきなり体がペットボトルの中にぎゅうぎゅう詰めになっていたのだ。
ちなみにペットボトルとは、500ミリリットル入りの無色透明な代物だが、幻想郷生まれの幻想郷育ちな小傘には、自分が閉じ込められているのがペットボトルだということさえわからない。
わかるのは、なぜか自分が小さくなって、この小さな入れ物にぎゅうぎゅう詰めに押し込まれているということだけだった。
「ちょ、痛い、誰か出して……! ふんっ、くっ、このっ」
自力での脱出を試みる小傘。だが、全く隙間も無いほどぴっちりと体が詰め込まれたこの状態では、力を入れようにも入れられない。
「だーれーかー! たーすーけーてー! ここから、出ーしーてー!」
他にどうしようも無かったので、小傘は叫んだ。
その魂の叫びは、山を越え、時空を越えた。
/
自室でゆったりとくつろいでいたマエリベリー・ハーンは、一通の不可解なメールが、携帯電話に届いているのを確認した。
差出人は、見たことの無いアドレスから。
不審に思いながらも、メリーはメールを開いてみた。
「何かしら、これ? 『私を出してください』?」
最初のメールには、それだけしか書いていなかった。
それだけなら、ただの悪戯だとしか思わなかっただろう。だが、続けて、もう一通のメールが来た。
「『私をこの柔らかい瓶から出してください』……?」
SOSの内容が具体的になった。
柔らかい瓶とは何だろう。メールを送った人は、どういう状況なんだろう……メリーは、想像力を掻き立てられた。
そして、もう一つ……不可解な点にメリーは気付いた。
メールを受け取った日付と、メールが送信された日付が、大きく食い違っている。
「うそ、これ、百年以上前からのメール……!?」
いったいどういうことなのか。
好奇心がむくむくと膨らんでいく。少しだけあった恐怖心は、あっという間に吹き飛んでしまった。
とりあえずメリーは、頼れる相棒に相談することにした。
予感があった。
これは、冒険の始まりなのだという予感が。
/
何度叫んでも、誰も答えてくれない。
打たれ強さには自信がある小傘も、さすがに虚しさを覚え始めていた
いや……答えが無いだけなら、まだ良かったかも知れない。小傘は、自分の現状が、最初思っていたよりもよっぽど差し迫っていることに気づいてしまった。
まず、ペットボトルは、立った状態であるということ。小傘の頭が上になるように、だ。
そして――ペットボトルごしに見える風景が、小傘に、ここがどこかを教えてくれた。
妖怪の山だ。
つまり、坂道である。
そして、おそらく――このペットボトルは、だいたい円筒の形をしていると思われる。
「う、動けない……動いたら、転がっちゃう!」
どんぐりころころ、どんぐりこ……童謡のように、牧歌的なだけで済めば、どんなに良いだろうか。
一度転がり始めたらどうなるのか――どこまで転がるのか。そして、木や岩にぶつかったらどれだけ痛い目に会うのか。それどころか、谷底や滝壺に落ちてしまったら――考えるだに恐ろしい。
「うう、どうすれば、どうすればいいの……!?」
自分からは何もできない状況――
焦りと緊張と恐怖が、小傘を追い詰めていく。
どうしようも無いまま、じりじりと精神を蝕まれていた時――
不意に。
頭の中に、声が聞こえた。
――あなたは、どこにいますか?
/
「『山にいます』って、蓮子!」
「山、って一口に言われてもねぇ。うーん……」
さすがにヒントが少なすぎる、と蓮子は思った。
過去から来たメール、内容はSOS、状況は、極めて狭い場所に閉じ込められている、らしい。
そして、山……もうちょっと何か、無いだろうか。
「メリー、とりあえず、適当に気になること聞いてみて。何でもいいから」
「うん、わかった。『山って、どこの山ですか』と」
蓮子たちの時間軸では、時刻はそろそろ夕方を過ぎ、夜になろうとしている。
もっとも、メールの差出人にとってそうとは限らない――と蓮子は考える。何せ過去からのメールだ、もしかしたら「時差」があるかも――
「蓮子、来たんだけど……ちょっと見て」
「ん?」
返信が来たらしい。メリーの手元の携帯を覗いてみる。
携帯に映るメールは――「WR?I.34S@Bの山にいます」
「どこだろ?」
「えーと、これは名前じゃないわね。暗号でもなくて、たぶん、文字化け起こしてるだけよ……ヒントにならないわ」
「ええ? じゃあどうするの」
「メリー、他に気になること無い? とりあえず、色々聞いてみて」
「うん、わかった」
蓮子はひとまず、メリーの感覚や直感に任せてみることにした。
蓮子自身、頭の回転の速さでは自分のほうが上だと自負している。だが、メリーの頭の良さも馬鹿にしたものではない、加えて発想の柔軟さや着眼点の鋭さでは、蓮子でさえ舌を巻くことも多い。
もちろん、「境界の向こう側」に関係しているかも知れない、という理由もある――だから、蓮子はひとまず、メリーに「過去の住人」とのコミュニケーションを任せようと考えていた。
「とりあえず、色々わかってきた……のかしら?」
メリーが聞き出したところによると――
そのメールの送り主は、女の子であること。
時刻は、こちらの時刻――つまり、もうすぐ夜になる時刻と、ほとんど時差は無いこと。
閉じ込められている瓶は、透明だということ(だから、場所が山だとわかったらしい)。
気温は、特に暑くも寒くも無い――ひたすら、閉じ込められているのが狭苦しいということ。
「透明で柔らかい瓶……って、あれじゃないかしら。ペットボトル、っていうやつ」
「ああ、すごく大昔に無くなったっていう?」
「今でも、使ってるところはあるらしいわよ? 再利用とか言って」
蓮子たちの時代では、清潔な飲料水や美味しい飲料を、どこでも作り出せる技術が発達していた(あくまで、文明が発達した地球上での話だが)。そのため、水筒などはまだしも残っているが、携帯性で使い捨てのボトルの類はほとんど廃れてしまっていた。
中でも、石油資源を必要とするペットボトルは、早くから姿を消した製品の一つである。事実、蓮子もメリーも、ペットボトルの実物は、生まれてから一度も見たことが無かった。
「じゃあ、過去からのメールっていうのは……」
「うわあ、いいわね、信憑性が増してきたわ」
これは面白くなってきた、と、蓮子は手を打ち鳴らした。やれやれ、と呆れたような目でメリーに見られるが、そんなことはちっとも気にならない。
「ねえ、メリー。ちょっとメールで聞いてみてくれないかしら?」
「え? いいけど、何を?」
ここで蓮子は初めて、自分から、過去の住人に向けて質問を発した。
/
小傘は、徐々に落ち着きを取り戻していた。
体は窮屈なペットボトルに押し込められて、頭の中では知らない人間の質問が飛び込んでくる――奇妙奇天烈な事態には違いない。
だが、頭の中に響く声と話しているうちに――ほんの少しではあるが、気がまぎれていた。
「誰かと、話してるんだよね……?」
一人じゃない。
なぜかは知らないが、今、自分は誰かと繋がっている。
それが、小傘にとっては安心感を呼んでいた。
また、安心感の理由の一つには、声の主そのものが独特な風に感じられたから、かも知れない――何となくだが、この話し相手は、優しい人だと、そう思ったのだ。
「で、でも、助かるかどうかはわからないままだけど」
声の主は本当に、自分を助けてくれるのだろうか。
どうやら、相手はそのつもりではいるらしいが――小傘からすれば、声の主がどこからどう話しかけているかもわからないのだ。
そうやって、また小傘が不安に苛まれ始めた時――
その、質問が届いた。
「『月と星は見えますか』?」
小傘は視線を上へと向ける。
狭苦しすぎて首は動かないが、何とか夜空を見ることができた――幸い、その先には月も星も見えている。
「見える」と、小傘は答えた。
すると、続けて次の質問――いや、お願いが届いた。
「『月と星の絵を、届けて』?」
なんだそれは。どういう意味だ。
届けても何も、自分は動けないのだと、散々説明したじゃないか。
何をどうして届ければいいのか――小傘は、混乱しかけて。
「あ……いや、待って。順番、が、おかしい……?」
先に「月と星が見えるかどうか」と聞かれたのだ。
それに「見える」と答えたら、それに応じて「その絵を届けて」と来た。
これは、つまり――
「見えるものなら、届けられる……?」
小傘はまた、苦しい体勢のままで、上空を見つめた。
日が沈みゆく、紺色の空の中。夕方までは太陽の光で隠れていた月と星が、夜空にうっすらと浮かび始めている。
じっと、それを見つめた。
「届け」
願った。
小傘の両のまなこに映る、月と星の現れる空が――「向こう側」に届いてほしいと、願った。
「届け……!」
/
「届いた! 蓮子、見て!」
「よし、場所と時刻……オーケー、西暦までばっちりわかる! 行くわよ、メリー!」
こうと決めたら躊躇はしない。
蓮子とメリー、二人はほぼ同時に、準備を始めた。
/
小傘は、なんだかわくわくしていた。
依然、狭苦しい場所に閉じ込められているのは違いない。
だがそれでも――頭の中の声は、答えてくれていた。
「『場所がわかった』って……『助けにきてくれる』って!」
思えば小傘にとって、「誰かに助けてもらう」というシチュエーションは、未知のものだった。
置き傘妖怪、多々良小傘。化け傘になってからは、人間を驚かせることばかりに精一杯で、驚かせようとしては失敗し、美味しい目に会ったことなど数えるほどでしかない。
今だって、ひどい目に会っているのは変わらないが――
それでも。
誰かが、そこから助けてくれるというのなら――自分を、拾い上げてくれるというのなら、それはきっと――
/
それから、二人はいくつもの準備を重ねた。
地図で場所を確認し、そこに行くのに必要な手段を整えた。
また、「ペットボトルに閉じ込められた女の子」を助けるのには何が必要かというのも、色々と考えて準備をした。
過去と現在との間で、何度もメールをやり取りして――考えうる限り、万全の準備を整えて、二人は目的の場所に向かっていた。
「ネットゲーム、みたいね」
「ネット? オンラインで遊ぶゲームのこと?」
メリーには、蓮子の発言の意図がつかめなかった。共通しているのは、回線を通じてメールでやり取りしていることくらいだと思うのだが――
「ううん、そういうのじゃなくて……ええと、ちょっと待って、思い出すから」
「何かマイナーな話?」
「今でもやってる人はいるらしいわよ? あれよ、そう……プレイバイメール!」
「ああ、聞いたことだけはあるわね」
プレイバイメールとは、ゲームマスターとプレイヤーが、メール(古くは紙媒体の手紙)のやり取りで進めるゲームのことである。
ゲームマスターがシナリオを用意し、プレイヤーにメールでそのシナリオを送る。プレイヤーは、そのシナリオの登場人物となり、登場人物としての行動をメールでゲームマスターに送る。
このやり取りを通じて、プレイヤーとゲームマスターが、共同でシナリオを進めていくゲームを、プレイバイメールという。
今でこそ、オンラインゲームに覇権を握られて久しくなっているが、「遠距離間で行うゲーム」の歴史で言えばプレイバイメールのほうが深い。今でも、一部の愛好家によって親しまれているという。
「なるほど、じゃあ私たちはプレイヤー?」
「うん。だけど……相手がゲームマスターとは、限らないわ」
「……そうね。この子、よっぽど切羽詰まってるって、伝わってくるもの」
「うん。だから」
もしかしたら、ゲームマスターが、他にいるのかも知れない。
その一言を、蓮子が呟く前に――
「着いたわね」
夜の暗がりの中、懐中電灯を照らしながら、メリーが呟いた。
山の中――とは言え、そこまで厳しい山道ではなかった。視界も開けていたし、山道も十分整備されていた。周囲にはぽつぽつと、電灯の明かりさえ見えるほどだ。
どこに、その女の子がいるのか――
いや、その女の子がいるのは過去の話なのだ。じゃあ、やっぱりここに直接来ても、仕方が無かったのか……
「違うわ、メリー。私たちはまだ、たどり着いていない」
「そりゃあ、過去に行こうなんて、そう簡単には――」
「違うわ、メリー」
蓮子が、念を押すように繰り返した。
え? と、メリーが蓮子のほうを見る。蓮子は、じいっと、上空を――自分の頭上を見上げていた。
「ここじゃないの、メリー……たぶん、百年以上もの間に、地形が変わっちゃったのよ」
「え、まさか」
「うん。もっと――上」
蓮子は、頭上に向かって手を伸ばした。
手を伸ばす先は、夜空だ。蓮子の手はそれ以上は伸ばせない。何一つ、つかめはしない。
「彼女の座標は、もっと上空よ……大昔の山は、もっと、標高が高かったんだわ」
/
「え……?」
小傘は、自分の耳を疑った。いや、声は耳で聞いているわけではないので、気分の問題でしかないが。
相変わらず、ペットボトルの中に閉じ込められっぱなしの小傘。そろそろ、体じゅうが痛みで悲鳴を上げている。
だが、その痛みさえ一瞬忘れてしまいそうなくらいに――そのお願いは、衝撃的だった。
間違いであってほしい、と思った。
だから小傘は訊いた。「どういうことなのか」と。
すぐに、答えは返ってきた。
――ここからでは、手が届きません。
――だから、下に降りてきてください。
「む、無理よ!」
小傘は嘆いた。だって、自分は瓶の中に詰め込まれているのだ。
下手に動けないし、動いたら、転がり落ちてしまう――どこに行くか、わからないのだ。
小傘はそう答えた。何度も答えた。自分には無理だと嘆いた。
だが、返ってくる答えは同じだった。
――そうするしか、方法が無いんです。
――二人で肩車をしても、手が届かないんです。
――あなたが転がってくれたら、私たちが、拾いにいけます。
「うう、でも、でもでも……!」
拾ってくれる、という言葉には惹かれるものがあった。だが、それでも怖かった。
拾われる前に大怪我をしてしまっては元も子も無い。いや、怪我で済めばまだいい、それ以上のことがあったらどうしてくれる。
小傘はその恐怖を懸命に訴えた。他に方法は無いのか、と。
それでも、答えは変わらなかった。
――お願いします。
――お願いします。
――ここまで来たのだから、私たちは、あなたを助けたい。
「うう、うう、うううう……!」
小傘は、拒絶したくて仕方が無かった。
そこまでの危険を冒して、それで助けてもらえる保証などどこにも無い。相手のお願いを、きっぱりと断ってしまいたかった。
だけど。
閉じ込められたまま、ずっとこのままでいるのも限界がある。そして、何より――
助けたい、と。
正面から、そう言ってくれた。
その声に、答えたいという気持ちが、小傘の胸の中に生まれていた。
「…………どうすれば、いいの?」
――坂道から転がりながら、その光景を、こちらに送ってください。
――私たちは、それを追いかけます。
/
「蓮子、やってくれるって!」
「よぉし……! メリー、携帯貸して! 私が行き先を見るわ!」
メリーの手から離せば、メールが届かなくなるかも、という考えもあったが――それでも、こうするしか無かった。
送られてくる光景から、転がり落ちる方角や場所を予測するには、蓮子の能力と頭脳に賭けるしか、方法が無い。
メリーの携帯を受け取って……そして、すぐにそれが来た。
「こっちよ、メリー!」
「うん!」
携帯の画面に映る光景を追って、蓮子が駆け出した。メリーもそれに続く。
驚いたことに、携帯に届いたのは画像ではなく動画だった。少女が見る光景が、そのまま――一世紀越しのリアルタイム動画として、携帯に届いているのだ。
どうしてそんなことになっているか、なんて蓮子にはわからない。わかるのは、映っている映像からわかる、場所と方角だけだ。
送られてくる映像は、目の前をよぎる坂道と、遠くに見える夜空の連続だった。
坂道の凹凸で、何度も映像が跳ねていた。おそらく、少女自身も、跳ね転がっている。
助けたい、と思った。
最初こそ、自分たちの成果が欲しいとか、面白いものが見たいという考えだったのが――今は、ただ、すぐそこにいるはずの少女を助けたいという、その思いだけで頭がいっぱいだった。
「こ、のぉ……!」
走った。慣れない山道を、ひたすらに走った。
時には獣道を横切り、時には何度もつまづきかけた。
それでも走った。必死にならないと追い付けそうになかった。
頭脳をフル回転させ、能力を目いっぱい集中して使い、正確にルートを予測して先回りした。
走った。走った。走った――走っているうちに、息が上がり、足がもつれそうになる。
もう駄目か。いや、まだまだ――!
弱気を追い払い、気合を振り絞ろうとした、その時。
「見えた、あの子!」
「え……!?」
メリーが、蓮子を追い抜いた。
蓮子には見えない何かを見つけたというかのように、蓮子よりももっと速く、ぐんぐんと山道をひた走る。
負けじと、蓮子も追いかけた。
メリーを追っているのか、過去の少女を追っているのか、わからなくなりかけて、ちらりと携帯の画面を見て――
気付いた。
座標が、もうすぐ――
「メリー、もう近い、すぐそこ!」
「わかってる、わかってるわ!」
二人、必死に走った。
きっと、追い付ける。
自分たちはきっと、助けられる。
蓮子が、メリーに追い付いた。
メリーは、ちらりとだけ蓮子を見て、すぐに目の前を見た。
メリーが手を伸ばす。蓮子も、手を伸ばした。
走り続けて、目の前がちかちかしていた。夜の山道だというのに、周りがよく見えた。まるで、いつもよりも数倍は明るい星空が、あたりを照らしているようだった。
そして。
手を伸ばした先に――
二人は、確かに。
それを、しっかりとつかんだのだ。
/
「ふわあ!?」
「あらあら、まだ寝ててもいいのよ?」
目を覚ました時、小傘は閉じ込められてはいなかった。手足を目いっぱい伸ばせる。場所は、山道でも坂道でも無い。
そして、小傘の目の前には、敬愛する僧侶――聖白蓮の顔があった。
「あ、あれ? 私、どうしたの?」
「驚きましたよ、山道で倒れてるんですから……幸い、怪我は無かったみたいだけど」
ぽんぽん、と頭を撫でられながら、小傘は横たわっている。
場所は、山でも坂道でも無く――命蓮寺の、縁側。
さらに言うなら、小傘は、白蓮の膝の上に、頭を乗せていた。
「あ、あう。こんな、悪いよ、聖」
「めっ。小傘はさっきまで倒れていたんだから。もうちょっとくらい、大人しくしていなさい」
白蓮に膝枕されながら、小傘は白蓮の顔を見上げる。
慈しみの笑顔。どんな妖怪でも安心させる笑顔に、小傘もまた、心がほぐれていくのを感じる。
「……何があったか、教えてくれますか?」
「うん。聖……あのね。私ね」
話そうと思った。
何が何だったのか、自分でもわからない。とても苦しい目にあったし、とても怖い目にあった。
それでも話したい、伝えたいと思った。
自分が、人間に助けてもらった、その顛末を。
/
「結局、何だったのかしら」
「さあ……無我夢中だったから、ね……」
帰りの電車の中で、二人寄り添っている。
メリーも蓮子も、心身ともにくたくただった。
「でも、さ」
「ん?」
「助けられたよね、あの子」
「うん」
蓮子は、ずっと握っていたそれを、目の前にかざした。
蓮子の手の中には、ペットボトル。
縦に割り開かれたペットボトルが、二人の目の前にある。
「メリーも、見てたよね」
「蓮子も、見てたんでしょ?」
「うん……あの子、笑ってたと、思う」
「目を回しながらだったけど、ね……」
見えたのは、一瞬だった。一瞬すぎて、夢か現かもわからないほどだった。
けど、それでも。
あの笑顔は忘れられない、蓮子はそう思う。
「ねえ、メリー」
「何?」
「疲れた。膝枕して」
「私も、疲れてるんだけど」
とは言え……疲れているばかりではないと、そう思った。
胸の中には、これ以上無いほどの、充足感がある。確かに助けることができた、この手は届いたのだという、達成感がある。
蓮子は、あの少女のことを思った。
過去の少女。自分たちの目の前から、一瞬で消えてしまった少女。
自分たちが知らない、過去のその場所で――あの少女にも、ずっと笑っていてほしいと、そう思った。
「じゃあ、代わりばんこでいいじゃない」
「膝で寝ないように、気を付けてよ?」
電車は、あと30分で、二人の住む町に到着する。
寝てしまわないように気を付けよう、と蓮子は思った。
謎解きなど無い。
勢いだけで書きました。三題噺です。
お醍は「ペットボトル」「ネトゲ」「ひざまくら」。後ろ二つがちょっと強引だった気もします。次があったらもっと上手く……やれるかなぁ。これでも、かなり上手くできたほうだと思います(自分にしては、ですが)。
上でも言いましたが、謎解きや設定の解説などはありません。なぜペットボトルにハマったのかとか、どうしてメールが届いたのかとか、全く考えていません。よろしければ、ご自由に想像してみてください。
少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
追記:皆さんありがとうございます。コメント返しです。
>奇声を発する程度の能力さん
勢いで書いたほうが、タイトルはすんなり決まりやすいのかも知れません。
>貪タコスさん
実を言うと、投稿後に誤字を直したりしているので、厳密な意味で二時間半とは言えなかったりします。
>3さん
幻想郷と秘封倶楽部の世界とで同時並行的に話を書こうとしたら、自然とこうなりました。
>4さん
お題のペットボトル、という単語を見た瞬間に思いついたフレーズでした>初っ端の一行
勢いを感じていただけたなら幸いです。
>5さん
すげぇ、その一言で全て納得してしまいました。小傘すげー。
>6さん
スピード感は、活字での創作において、自分が好むポイントの一つでもあります。
親友同士の、気安く信頼し合える関係というのも大好きです。
>7さん
少しでもそれを生かせるよう、今後も頑張りたいと思います。
>8さん
特に狙ってはいませんでしたが、オリジナリティが出せていたなら、素直に嬉しいと思います。
楔
[email protected]
http://wrigglen.blog40.fc2.com/
凄く面白かったです
ギャグかと思いきや臨場感のあふれる作品で、面白かったです
膝枕して、と当たり前のように言える関係な二人もグッジョブb
非常に面白かったです。小傘助かってよかったね。