拝啓
早春の候、何一つお変わりなくお過ごしのことと存じます。私も姿の変わらぬまま元気に過ごしておりますゆえ、ご休心ください。
さてと堅苦しい挨拶はこの辺にしておきましょうか。お久しぶりね妹紅。100年来ぐらいかしら? あら、10年も経っていないのね。
ともあれそちらの様子は如何なものかしら。相変わらずボロ小屋で寝ているのかしら。いい加減改築なさい。哀れで見るに堪えないわよ。それからもう少しまともな食事をしなさい。いくら死なないからってそんな乞食以下の暮らしをしていたら、やんごとなき貴方のお父様も悲しむでしょうに。ちなみにやんごとなき貴方のお父様とこの前お会いしたのだけれど、馬車馬のごとく働かされていたわ。無様ね。
それにしてももう少し人間を頼りなさいな。世話をしてくれるのは上白沢慧音だけじゃないでしょう? 彼らは貴方のことなんかちょっと寿命の長い人間くらいにしか思ってないわ。貴方が人間のために働いている限りはね。焼き鳥屋より自警団の方がお似合いよ。
今回手紙をよこすのは決して貴方のことが気になったとかそういう類ではなくてよ。てゐのおかげでここでやることがなくてねぇ、これも退屈しのぎの余興。私は貴方のことなんか寄って集る蚊とか蚤くらいにしか思っていないから。飛んで火にいる夏の虫、というかすでにボーボー燃えて飛んでくるわよね貴方。燃えるのもいいけどね、そろそろ燃えない生き方をしてもいいんじゃない?
時節柄、一層のご自愛お祈り申し上げます。
敬具
2014年3月9日
蓬莱山 輝夜
藤原 妹紅様
追伸 私がいなくて暇を持て余しているようならば永遠亭へ行きなさい。きっと貴方の相手をしてくれるわ。その方が彼女にとっても……いや、まぁその。
花果子念報簡易版 2012/03/9 幻想郷に奇病蔓延
どうも皆様こんばんは。姫海棠はたてです。
今回は現在謎の病気が幻想郷の人里で流行している状況についてお伝えしたいと思います。本日、ついに感染者が1000人を突破したことがわかりました。現在里への出入りは禁止されており、関係者は感染の拡大を恐れています。ちなみに妖怪の感染者はうち23名、命蓮寺にて収容されているとのことです。皆様も里には決して近寄らないようにしてください。私も部屋で炬燵に入りながら記事を書いています。
ところでここまで感染が広がり、なお未だ収束しないのは何故か?昨日永遠亭に取材に行って薬師の八意永琳氏からお話を聞いてきました。彼女によると、噂で症状を聞く限り外の世界で根絶された病原菌が幻想入りした可能性が高い、だそうです。しかしながら現在永遠亭に患者が運ばれてきておらず、里へ向かった鈴仙・優曇華院・イナバさんも戻られていないとのこと。八意氏は日頃折り合いの悪い里の医師組合が永遠亭に頼らず自分達だけで何とかしようと考えているのではないかと分析していました。八意氏が治療に当たれば事態はすぐに収束するであろうに、足を引っ張っている連中がいるそうです。
皮相浅薄な人間達が自分で自分の首を絞めているのは構いませんが、我々にも火の粉が降りかかっているので勘弁してもらいたいものですね。ところで消えた鈴仙さん……これは事件の匂いがします!
それでは次回も引き続きこの件についてレポートを載せたいと思います。
2011/10/10
師匠が開業して数年が経った。師匠が考案した置き薬のシステムは好評で利用者は年々増えている。けれどいまだに私たちのことを怪しむ人がいるみたい。
というのも今日こんなことがあった。いつものように薬を売り歩いていた時に井戸端で婦人達が世間話をしているのを盗み聞いていたが、彼女ら曰く師匠の正体は人食い妖怪で、私は薬を売る傍ら美味しそうな人間を調べて報告しているんだとか。馬鹿馬鹿しい。根も葉もない噂だ。
けれど私が妖怪兎なのは事実。それでそんなに怖がられるものなのか……親しみやすさをアピールするにはどうしたらいいかとてゐに尋ねたら、ひょっとこのお面を被るのが良いと言われた。今度試してみよう。
2011/10/13
てゐに騙された。しにたい。
2011/10/28
お得意先の酒屋の旦那さんから困ったことを頼まれた。何でもとある客が商品の支払いを滞納しているので取り立ててほしいと言うのだ。どうしてそんなことを私に頼むのかと問うたらどうやらその客というのが薬師、言わば同業者だった。
一応顔見知りの相手だったので様子を見に行くだけ見に行くことにしたが、あいにく当の本人は不在。代わりに息子さんが事情を説明してくれた。単刀直入に言うと永遠亭ができたせいで商売あがったりなんだって。それで酒代が払えないって。うーん……でも仕方ないじゃない、よく効く師匠の薬の方が売れるのも。師匠は善意でやっているのにそれを営業妨害だって言われるのは気分が悪い。
人間の医者たちは皆して師匠のことを快く思っていないのかしら……根も葉もない悪い噂を流しているのは彼らなんじゃないか?いやそうに決まってる。なんて恩知らずな奴らなんだ、師匠がどれだけ里に貢献していると思ってるんだ。医学は金儲けの道具じゃない、人を助けるためのものだ。私は師匠にそう教わったしそうありたいと思う。
ところで姫様は今日も一日ぐうたらしていた。私がこんなに一生懸命働いているのに……うぅ。
2011/12/1
今朝肉屋さんの安売りに行って、最後の鶏一羽を十六夜咲夜と取り合いになった。決着は弾幕ごっこで着けようということになったが一勝二敗で負けてしまった。うぐぐ、修行が足りない。けど咲夜は鶏の骨をダシに使うのが目的だったようで、一勝に免じて肉の部分を譲ってもらえた。情けないが今夜の晩御飯が鳥鍋から兎鍋に変更になるのは避けたかった。師匠も姫様も私の前で平然と兎を食べる人なのよね……ひどい。
その後咲夜と世間話をしたけど、何かと心配された。里の人間は私達のことを快く思わないからいつか酷い目に遭わされる、注意だって。確かにこの前あんな話を聞いたけど……しかし彼女は人間嫌いなんだろうか、人間の悪口ばかり。霊夢や魔理沙とは親しくしているのにってあいつらは普通の人間じゃなかった。咲夜も普通の人間じゃないからなぁ、やっぱり人間社会に溶け込めないのかな。それを言ったら師匠だってそうだ。もし師匠に何かあったら私は正気でいられないかもしれない。
鳥鍋は野菜が美味しかった。野菜が美味しかった。姫様が私のお肉を……うぅ。
2012/1/3
新年早々酷い目に遭った。今日から仕事を再開した矢先、里の子供たちに「疫病神だ、正月から病気を撒き散らしに来た」と騒ぎ立てられ馬糞を投げつけられた。病気を撒き散らす?私が?その逆でしょう!ひどいよ……あんまりだよ……こんなにも頑張ってるのにどうして、どうして。
匂いが強烈で洗っても中々取れない。泣きながらゴシゴシやっていると、姫様が「ふぁぶりいず」という月の珍品で消臭してくれた。いつもがあんなのなので少し見直した、と言うと失礼だけど……この日記を姫様に見られたら殺されるだろう。いやいや、私イナバは大変感謝しております!
夜分遅くに藤原妹紅が永遠亭を訪ねてきた。例のごとく姫様に用があるのかと思ったら違って、慧音さんの代理で私に謝りに来たのだった。慧音さんは子供たちを随分叱り付けているみたいだ。おかげで子供たちは反省しているらしいのだけど、どうもやはり家庭で私や師匠のことを親たちが悪く言っているのを聞いたせいなんだって。慧音さんも藤原の奴も私を心配してくれた。普段は敵対関係にあるけれど、素直に嬉しい。
その後藤原の奴は結局姫様と喧嘩して帰った。二人とも懲りないなぁ。
2012/2/18
死にたい。師匠は時が解決してくれると慰めてくれたけど、私は……
2012/2/26
里の医師組合が永遠亭に来て師匠と話し込んでいた。良くない話であろうことは簡単に推察できた。
それよりも姫様が問題だ。あの人は「仕事を見つけたから数日戻らない」と言って消えてしまった。師匠に捜索を命じられて探しに行ったのだけど見失って……手がかりの掴めないままとぼとぼ歩いていると八雲紫に出くわしたので姫様の行方を訊いたら、死の香りがする所へ向かったという曖昧な返答をくれた。やはりこいつは当てにならない。
そのことを師匠に報告したら明日冥界へ行って探してみるようにと。あいつの言うことなんて真に受けなくても……けれどそれぐらいしか情報を得られなかった私が悪いのだし、姫様を見つけるためならば例え冥界だろうが地獄だろうが地球の裏側だろうが行ってやるのだ。
2012/2/27
冥界には姫様はいなかった。何処に居られるのか。「仕事を見つけた」って何? 明日は地獄にいないか死神を捕まえて訊いてみようと思う。
2012/3/5
姫様の行方について一週間ほど手掛かりのない状態が続き、今日になってようやく「地底で姫様の姿を見た」との証言を火焔描燐から得られたものの捜索は打ち切られた。それどころじゃない。今里で物凄い勢いで感染症が広がっている。今のところ症状が発熱、頭痛などしか見られていない。しかし患者は皆39℃前後でただの風邪とは言えないだろう。
一刻も早く永遠亭に戻り師匠に報告すべきなのだが、酒屋の旦那さんに娘さんの様子を一晩診てほしいと言われ、今晩泊まることに。普段お世話になっている人だし断りにくい。それに娘さんは最も早い時期に発病したようなので、いち早く病気の正体を掴める可能性がある。
それにしても姫様は何処をほっつき歩いているのかしら。
2012/3/6
昼頃娘さんの容体が急変した。顔面を中心に発疹が現れた。間違いない、師匠が前に教えてくれた「国一つ滅ぼした悪魔の病気」痘瘡だ。何故こんなものが……流石に私一人で手に負える代物じゃない。
しかし師匠に連絡しに行こうとしたら医師組合の連中に急遽手伝ってもらいたいから命蓮寺に来てほしいと言われて先にそちらに向かった。今思うとアレは足止めだ。やつらめ、自分たちの地位や矜持のために師匠を今回の件に関わらせない気らしい。お前らだけでどうにかできるものか。その後延々と患者を診察することになった。朝まで続きそう。
2012/3/8
どうやら私もとっくに感染していたらしい。潜伏期間を経て初期症状が現れた。医者の不養生か、自分の未熟さを思い知らされる。畜生。
てゐのすかぽんたん、見舞いになんて来なくてよかったのよ。馬鹿。死ぬほど嬉しい。多分うつしちゃったけどごめんね。師匠のこと頼んだ。
姫様……あの人は病気どころか死と無縁な人だけど、何だか胸騒ぎがする。今になって八雲何某の言っていたことが気にかかる。どこか遠くへ行ってしまって二度と会えないような……
文々。新聞号外 2012/3/9 感染拡大、その実態はバイオテロ!
3月9日、幻想郷で猛威を振るっていた奇病の正体、そして蔓延の理由が明らかにされた。天然痘。かつて多くの人間を死に至らしめてきた最悪の感染症である。薬の権威、八意永琳(人間[自称])によって特定された。彼女はこう述べている。
「潜伏期間は平均で12日。早くて一週間で発病するわ。始め高い熱が出た後数日して全身、特に顔に発疹が現れる。その後それが化膿して再度高熱を引き起こす。発疹は内臓にも同様に現れるから最悪肺を損傷した場合死に至るわ。本来この病気は種痘という予防接種を施すことによって未然に防ぐのが最良よ。けれど幻想郷の人間は種痘の習慣がなかったようね。その場で特効薬を作成し治療に当たったので直に収束すると思うけど。治癒してしまえば免疫ができるので再発の恐れはないわね。ところで貴方も感染の恐れがあるので通院をお勧めします。」
彼女の尽力で薬が急遽量産され、患者の元へ支給が進んでいる。また、その最中彼女と人里の医師組合との間で協定が結ばれ、今後里の薬屋でも永遠亭の薬を取り扱うことが決まった。一件落着、事態は収束へ向かうことが予想される。ところでこの病気が何故突如として流行ったのか。外の世界で勢力を弱めたために病原菌が幻想入りした、というのが医師らの共通の見解であった。しかし本日午後になって新たな感染経緯について有力な証言が現れた。証言者の藤原妹紅(人間[自称])は今回の件は天災ではなく人災だと語った。
「全ての元凶は蓬莱山輝夜(人間[自称])だ! 私は見たのよ! こいつが地底で土蜘蛛から何やら怪しい小瓶を多額の金で買収したところを。そしてその瓶を人里で割ったところを。日付は2/26のこと、最初の発病者が現れたのは3/4と永琳は言ったわね。どう? 時期的に一致するでしょう?こいつがやったのよ。」
それに対して蓬莱山輝夜は供述をほぼ認めた上で、暇潰しにやってみた、普段自分を穀潰し扱いする永琳達に嫌がらせしてやろうと思った、などと滅茶苦茶な動機を述べた。その場で警察に逮捕され搬送された。
一歩間違えば取り返しのつかないことになっていただろう。事態を重く見た幻想郷の賢者、八雲紫(妖怪)はこのように述べた。
「八意氏のおかげで幸い幻想郷は救われました。しかしこれは由々しき事態であり、このような事態を招いたものには厳しい処分を下さねばなりません。まず蓬莱山輝夜については人里から追放し地獄で一世紀間の懲役を課すことを提案いたします。」
他者の為に尽力する八意永琳のような者もいれば、他者に害をなす蓬莱山輝夜のような者もいる。幻想郷はすべてを受け入れると言うが、私としては後者のような相手はご勘弁願いたいものだ。二度とこのようなことが起こらないよう一人一人が注意していかなければならないと思う。
(射命丸 文)
射命丸文(以下文)「というわけで今回の件について仔細お話していただけませんか?」
因幡てゐ(以下て)「いいよ。じゃあ百円ね」
文「ひゃ……高い!ぼったくりにも程があります!」
て「そう? 妥当だと思うけど。しょうがないなぁ、情報には情報の物々交換で手を打ってもいいよ。この辺でいい賭博場ない?自分で増やすから」
文「まぁそれなら……それで、永琳さんはいつ頃こちらへ?」
て「8日の晩。里で流行っている病気は痘瘡で、鈴仙もやられて寝込んでいるって私が伝えたらすぐにね」
文「それまでは永琳さんはずっと永遠亭にいたと」
て「実はねぇ、先月だったか里の医師連中が来て里のことに干渉するなという約束をさせられたのよ。なんでって?そりゃあいつの時代も人間は自分より優れた者を妬み集団から追い出そうとする。ただそれだけのこと。というわけで痘瘡が流行ってからも奴ら自分達だけで解決しようとしていて、うちに患者を渡さないよう封鎖してたらしい。あ、その辺は鈴仙に聞いてね。あの子ちょうど里に閉じ込められてたから」
文「ひどい話ですね」
て「でしょでしょ。それで流石のお師匠様も堪忍袋の緒が切れてね、乗り込んで周りの無能ども相手に怒鳴ったの。『人の命は貴方達の名誉や財産のためにあるんじゃない!医者というのはたとえ自分の命と引き換えにでも人の命を救う者のことを差す!さてこの中に医者は何人いるのか!』こんな感じだったかしら。それからお師匠様は徹夜でワクチンを作り始めて今朝方には発病時期の早い者から順に治療を開始したわ。私は寝てたけど」
文「あれ、寝ていたというのにどうして知っているんですか?まさか嘘では……」
て「ってけーねが言ってた」
文「(後で慧音さんに話を聞いて確認する必要がありますね。)ところで永遠亭と医師組合の協定云々の話を聞いてもよろしいですか?立案したのは貴方でしたよね」
て「あぁアレ? 今回の件で流石に奴らも自分達の力不足と浅はかさを思い知っただろうと、これを機に奴らの組織をうちらの傘下に入れる代わりに技術提供、薬品の支給を行う契約を結ばせたの。ちなみに利益は一度お師匠様が全て受け取り里の医師に給料として支払う形。何だっけ、こういうの医療法人なんとか、だっけ。ともかくこれでお師匠様は好きなようにやれるし、鈴仙や私は楽できるし、里の医療レベルも向上して、人間達も大助かり。皆幸せ」
文「成程、人間たちの失態に付け込んで掌握したと。ものは言いようですね」
て「誰も損しないからいいじゃない。あぁ、言っておくけどこの取引をけしかけたのは私じゃないよ? さる高貴な方に頼まれた通りに契約書を書いてお師匠様とあちらの代表のサインを貰ってきただけで」
文「それはどなたでしょう?」
て「弐百円」
文「だからそんなお金払えません! ……来月1日に妖怪の山でちんちろりんをやります。特別に招待してあげますので後は貴方の幸運の力で幾らでも儲けてください」
て「それじゃあ駄目ね。あんたの権限で今月末に開催を前倒ししなさい、そうしたら私の知っている全てを教えてあげてもいい」
文「……いいでしょう。約束します」
て「姫様よ。蓬莱山輝夜様。昨日の昼、あの方に出くわしたのだけど、件の契約書を作ってお師匠様が事態を解決したら取引を持ちかけるよう頼まれたの」
文「輝夜さん!? あの、ウイルスをばら撒いて今回の異変を引き起こした犯人の!」
て「そそ。実は今回の一件、何から何まであの人が描いた筋書き通りなの。いや、これからもそうなるのかな……実は他にも頼まれたことがあってね、一つは鈴仙の見舞いに行った後お師匠様にその様子を報告すること、もう一つは百円を渡されたのだけどそれを今月末までに倍額の弐百円に増やして八雲紫に納めること」
文「輝夜さんは貴方を動かして間接的に永琳さんを動かした……ちょっと待ってください、どうしてここで八雲紫が出てくるんです? それにそのお金は?」
て「ここから先のことはあくまで私の想像なので真に受けないでね。姫様はお師匠様が里の医師達とうまくいっていないことに気に病んでいた。そこで一策を講じた。まず姫様は八雲紫から何らかの条件で弐百円を借りて地底に行き、その半分のお金で土蜘蛛から痘瘡の病原菌を買収した。それを里にばら撒き感染拡大、里の医師達ではどうしようもない状態になったところをお師匠様が解決。その後件の契約を結ばせてうちがやつらのトップになるよう仕組んだわけ。そして憎まれ役を背負い捕まったのね」
文「……永琳さんは、気づいているのでしょうか?」
て「勿論、あれだけ洞察力に優れた人を他に知らないもの。それでいて、姫様の身柄を警察に引き渡したんじゃないかな。それが姫様の望みならばと。けどどうだろう……多分、今お師匠様は苦しんでいると思う。どうすればよかったのか、これからどうすべきか、自分はどうしたいのか……」
文「私にできることがあれば手伝いますよ。永琳さんには日頃お世話になっていますし、輝夜さんも月都万象展の記事で発行部数を伸ばし……いえいえ、そういうことではなくてですね、話を聞く限り元々悪いのは人間じゃないですか。なのにそのせいで妖怪が憂き目に遭うのを見過ごせません」
て「偽善?打算?まぁいいけど。あんたがそう言うならまずはちんちろりんの件本気でお願いね。恐らく私が手元の百円を弐百円にして八雲に返せば何らかの効果が期待できるんじゃないかな、今回あいつ姫様の裁判に関わるらしいじゃない。ただ私にできるのはそれこそあいつに金を渡すくらい。あとは当事者同士の問題かなぁ」
文「当事者同士の問題、ですか」
て「だからさー姫様は全部承知の上で事を起こしているんだって。あの人にとっちゃ百年くらい島流しになってもどうってことないんじゃないかな。むしろバカンスくらいに考えているかもね。ただそれをお師匠様が納得できるかどうかってこと。姫様の性格を考えるに最後はお師匠様に決断を委ねるはず。それができるように私もあんたもお膳立てをするだけだよ?」
文「ふぅむ……では私はペンの力で世論を動かして見せますよ」
て「うーん、嘘吐きの専門家として言わせてもらうけどさぁ、あんたの新聞って速さを追求しすぎて正確さに欠けるのよねぇ。皆そう言ってるよ? 狼少年になるだけだから当てにならない」
文「すみません、精進します」
3/10、竹林にて因幡てゐの話を聞く。上記。
その後話の裏を取るために人里の警察署へ向かうが蓬莱山輝夜との面会は許されず。何者かの圧力か?
八雲紫は蓬莱山輝夜に弐百円を貸したことは否定。やはり因幡てゐの話は信用に値しないか? しかし話の前半部分については鈴仙・優曇華院・イナバの日記(拝借したのがバレないうちに返しておこう)とも一致したし、八雲紫が嘘をついている可能性もある。調査が必要。
金銭消費貸借契約書
貸主、八雲紫(以下、甲という。)と借主、蓬莱山輝夜(以下、乙という。)の間で次のとおり金銭消費貸借契約を締結する。
第1条(賃貸)
甲は、乙に対し、2012年2月26日金銭消費貸借のため金弐百円を貸渡し、乙はこれを確かに受け取った。
第2条(弁済)
乙は、元金を2012年3月末日までに、一括して返済する。
第3条(利息)
無利息とする。
第4条(契約違反時の損害賠償)
乙が、本契約に基づく債務の履行が不可能となった時、以下の契約が新たに発生するものとする。
1乙は甲に対し一世紀間無償で奉仕活動を義務付けられる。
2その活動とは期間中毎月末日に地獄の内情を甲に報告するものとする。
3これを元金の返済の代わりとする。
本契約を証するためこの証書を作成し、各当事者が署名の上各自1通を保有する。
2012年2月26日
氏名(貸主)八雲紫
氏名(借主)蓬莱山輝夜
前略
さて、新しい生活には慣れてきたかしら?こちらは元気にやっているわ。鈴仙は以前よりも笑顔を見せるようになったし。てゐは……相変わらずね。あの娘にはいつも手を焼かされるわ。藤原妹紅?最近はよくうちの手伝いに来てくれるわよ。態度はそっけないけどね。
あれからもう十年になるのね……貴方は私に『汝の成したいことを成せ』と言ったわね。私はかつて貴方だけに罪を背負わせてしまった時、死ぬほど後悔した。もう二度とあんな思いは厭だ。だからまた貴方を失うくらいなら人里で暮らしてなんていかなくていい、地獄へなんか行かせない、邪魔する者は皆殺しにする、そう思っていたし実際その気でいたわ。それは私が貴方と共に暮らしたいというエゴ。きっと貴方は私がそうすることも許容はしたのでしょうね。けれども私はまず第一に貴方の従者であり、貴方の意思を一番に尊重することこそ私が成すべきことだと気付いたの。貴方が私達が人の中で生きていくことを望むのであれば、里の決定に従うべきだろう。そうして私はあの日、貴方を見送ることにした。これで良かったのか、と今でも考えてしまうけどね。
ただ一つ言っておきたいのだけど、貴方の望みが自分は永遠亭からいなくなってもいい、という考えに起因するのであれば、それは私としては悲しいしその考えを否定させてほしい。確かに冗談で穀潰しだの言ったこともあったけど(ごめんなさいね)私達は誰一人貴方がいなくなっていいなんて本心から思っていないわ。あの藤原妹紅でさえ、ね。皆貴方が帰ってくるのを待っている。帰ってくる場所をちゃんと用意できるよう頑張ってる。だからその時が来たら安心して帰ってきてほしい。
たった百年程度とはいえ、寂しいものは寂しいのよ。だから貴方が「ただいま」と言って私が「おかえり」と言う時、一つだけ私の我侭を聞いてくれますか?それぐらいはいいわよね。
草々
2022年3月9日
八意 永琳
蓬莱山 輝夜様
早春の候、何一つお変わりなくお過ごしのことと存じます。私も姿の変わらぬまま元気に過ごしておりますゆえ、ご休心ください。
さてと堅苦しい挨拶はこの辺にしておきましょうか。お久しぶりね妹紅。100年来ぐらいかしら? あら、10年も経っていないのね。
ともあれそちらの様子は如何なものかしら。相変わらずボロ小屋で寝ているのかしら。いい加減改築なさい。哀れで見るに堪えないわよ。それからもう少しまともな食事をしなさい。いくら死なないからってそんな乞食以下の暮らしをしていたら、やんごとなき貴方のお父様も悲しむでしょうに。ちなみにやんごとなき貴方のお父様とこの前お会いしたのだけれど、馬車馬のごとく働かされていたわ。無様ね。
それにしてももう少し人間を頼りなさいな。世話をしてくれるのは上白沢慧音だけじゃないでしょう? 彼らは貴方のことなんかちょっと寿命の長い人間くらいにしか思ってないわ。貴方が人間のために働いている限りはね。焼き鳥屋より自警団の方がお似合いよ。
今回手紙をよこすのは決して貴方のことが気になったとかそういう類ではなくてよ。てゐのおかげでここでやることがなくてねぇ、これも退屈しのぎの余興。私は貴方のことなんか寄って集る蚊とか蚤くらいにしか思っていないから。飛んで火にいる夏の虫、というかすでにボーボー燃えて飛んでくるわよね貴方。燃えるのもいいけどね、そろそろ燃えない生き方をしてもいいんじゃない?
時節柄、一層のご自愛お祈り申し上げます。
敬具
2014年3月9日
蓬莱山 輝夜
藤原 妹紅様
追伸 私がいなくて暇を持て余しているようならば永遠亭へ行きなさい。きっと貴方の相手をしてくれるわ。その方が彼女にとっても……いや、まぁその。
花果子念報簡易版 2012/03/9 幻想郷に奇病蔓延
どうも皆様こんばんは。姫海棠はたてです。
今回は現在謎の病気が幻想郷の人里で流行している状況についてお伝えしたいと思います。本日、ついに感染者が1000人を突破したことがわかりました。現在里への出入りは禁止されており、関係者は感染の拡大を恐れています。ちなみに妖怪の感染者はうち23名、命蓮寺にて収容されているとのことです。皆様も里には決して近寄らないようにしてください。私も部屋で炬燵に入りながら記事を書いています。
ところでここまで感染が広がり、なお未だ収束しないのは何故か?昨日永遠亭に取材に行って薬師の八意永琳氏からお話を聞いてきました。彼女によると、噂で症状を聞く限り外の世界で根絶された病原菌が幻想入りした可能性が高い、だそうです。しかしながら現在永遠亭に患者が運ばれてきておらず、里へ向かった鈴仙・優曇華院・イナバさんも戻られていないとのこと。八意氏は日頃折り合いの悪い里の医師組合が永遠亭に頼らず自分達だけで何とかしようと考えているのではないかと分析していました。八意氏が治療に当たれば事態はすぐに収束するであろうに、足を引っ張っている連中がいるそうです。
皮相浅薄な人間達が自分で自分の首を絞めているのは構いませんが、我々にも火の粉が降りかかっているので勘弁してもらいたいものですね。ところで消えた鈴仙さん……これは事件の匂いがします!
それでは次回も引き続きこの件についてレポートを載せたいと思います。
2011/10/10
師匠が開業して数年が経った。師匠が考案した置き薬のシステムは好評で利用者は年々増えている。けれどいまだに私たちのことを怪しむ人がいるみたい。
というのも今日こんなことがあった。いつものように薬を売り歩いていた時に井戸端で婦人達が世間話をしているのを盗み聞いていたが、彼女ら曰く師匠の正体は人食い妖怪で、私は薬を売る傍ら美味しそうな人間を調べて報告しているんだとか。馬鹿馬鹿しい。根も葉もない噂だ。
けれど私が妖怪兎なのは事実。それでそんなに怖がられるものなのか……親しみやすさをアピールするにはどうしたらいいかとてゐに尋ねたら、ひょっとこのお面を被るのが良いと言われた。今度試してみよう。
2011/10/13
てゐに騙された。しにたい。
2011/10/28
お得意先の酒屋の旦那さんから困ったことを頼まれた。何でもとある客が商品の支払いを滞納しているので取り立ててほしいと言うのだ。どうしてそんなことを私に頼むのかと問うたらどうやらその客というのが薬師、言わば同業者だった。
一応顔見知りの相手だったので様子を見に行くだけ見に行くことにしたが、あいにく当の本人は不在。代わりに息子さんが事情を説明してくれた。単刀直入に言うと永遠亭ができたせいで商売あがったりなんだって。それで酒代が払えないって。うーん……でも仕方ないじゃない、よく効く師匠の薬の方が売れるのも。師匠は善意でやっているのにそれを営業妨害だって言われるのは気分が悪い。
人間の医者たちは皆して師匠のことを快く思っていないのかしら……根も葉もない悪い噂を流しているのは彼らなんじゃないか?いやそうに決まってる。なんて恩知らずな奴らなんだ、師匠がどれだけ里に貢献していると思ってるんだ。医学は金儲けの道具じゃない、人を助けるためのものだ。私は師匠にそう教わったしそうありたいと思う。
ところで姫様は今日も一日ぐうたらしていた。私がこんなに一生懸命働いているのに……うぅ。
2011/12/1
今朝肉屋さんの安売りに行って、最後の鶏一羽を十六夜咲夜と取り合いになった。決着は弾幕ごっこで着けようということになったが一勝二敗で負けてしまった。うぐぐ、修行が足りない。けど咲夜は鶏の骨をダシに使うのが目的だったようで、一勝に免じて肉の部分を譲ってもらえた。情けないが今夜の晩御飯が鳥鍋から兎鍋に変更になるのは避けたかった。師匠も姫様も私の前で平然と兎を食べる人なのよね……ひどい。
その後咲夜と世間話をしたけど、何かと心配された。里の人間は私達のことを快く思わないからいつか酷い目に遭わされる、注意だって。確かにこの前あんな話を聞いたけど……しかし彼女は人間嫌いなんだろうか、人間の悪口ばかり。霊夢や魔理沙とは親しくしているのにってあいつらは普通の人間じゃなかった。咲夜も普通の人間じゃないからなぁ、やっぱり人間社会に溶け込めないのかな。それを言ったら師匠だってそうだ。もし師匠に何かあったら私は正気でいられないかもしれない。
鳥鍋は野菜が美味しかった。野菜が美味しかった。姫様が私のお肉を……うぅ。
2012/1/3
新年早々酷い目に遭った。今日から仕事を再開した矢先、里の子供たちに「疫病神だ、正月から病気を撒き散らしに来た」と騒ぎ立てられ馬糞を投げつけられた。病気を撒き散らす?私が?その逆でしょう!ひどいよ……あんまりだよ……こんなにも頑張ってるのにどうして、どうして。
匂いが強烈で洗っても中々取れない。泣きながらゴシゴシやっていると、姫様が「ふぁぶりいず」という月の珍品で消臭してくれた。いつもがあんなのなので少し見直した、と言うと失礼だけど……この日記を姫様に見られたら殺されるだろう。いやいや、私イナバは大変感謝しております!
夜分遅くに藤原妹紅が永遠亭を訪ねてきた。例のごとく姫様に用があるのかと思ったら違って、慧音さんの代理で私に謝りに来たのだった。慧音さんは子供たちを随分叱り付けているみたいだ。おかげで子供たちは反省しているらしいのだけど、どうもやはり家庭で私や師匠のことを親たちが悪く言っているのを聞いたせいなんだって。慧音さんも藤原の奴も私を心配してくれた。普段は敵対関係にあるけれど、素直に嬉しい。
その後藤原の奴は結局姫様と喧嘩して帰った。二人とも懲りないなぁ。
2012/2/18
死にたい。師匠は時が解決してくれると慰めてくれたけど、私は……
2012/2/26
里の医師組合が永遠亭に来て師匠と話し込んでいた。良くない話であろうことは簡単に推察できた。
それよりも姫様が問題だ。あの人は「仕事を見つけたから数日戻らない」と言って消えてしまった。師匠に捜索を命じられて探しに行ったのだけど見失って……手がかりの掴めないままとぼとぼ歩いていると八雲紫に出くわしたので姫様の行方を訊いたら、死の香りがする所へ向かったという曖昧な返答をくれた。やはりこいつは当てにならない。
そのことを師匠に報告したら明日冥界へ行って探してみるようにと。あいつの言うことなんて真に受けなくても……けれどそれぐらいしか情報を得られなかった私が悪いのだし、姫様を見つけるためならば例え冥界だろうが地獄だろうが地球の裏側だろうが行ってやるのだ。
2012/2/27
冥界には姫様はいなかった。何処に居られるのか。「仕事を見つけた」って何? 明日は地獄にいないか死神を捕まえて訊いてみようと思う。
2012/3/5
姫様の行方について一週間ほど手掛かりのない状態が続き、今日になってようやく「地底で姫様の姿を見た」との証言を火焔描燐から得られたものの捜索は打ち切られた。それどころじゃない。今里で物凄い勢いで感染症が広がっている。今のところ症状が発熱、頭痛などしか見られていない。しかし患者は皆39℃前後でただの風邪とは言えないだろう。
一刻も早く永遠亭に戻り師匠に報告すべきなのだが、酒屋の旦那さんに娘さんの様子を一晩診てほしいと言われ、今晩泊まることに。普段お世話になっている人だし断りにくい。それに娘さんは最も早い時期に発病したようなので、いち早く病気の正体を掴める可能性がある。
それにしても姫様は何処をほっつき歩いているのかしら。
2012/3/6
昼頃娘さんの容体が急変した。顔面を中心に発疹が現れた。間違いない、師匠が前に教えてくれた「国一つ滅ぼした悪魔の病気」痘瘡だ。何故こんなものが……流石に私一人で手に負える代物じゃない。
しかし師匠に連絡しに行こうとしたら医師組合の連中に急遽手伝ってもらいたいから命蓮寺に来てほしいと言われて先にそちらに向かった。今思うとアレは足止めだ。やつらめ、自分たちの地位や矜持のために師匠を今回の件に関わらせない気らしい。お前らだけでどうにかできるものか。その後延々と患者を診察することになった。朝まで続きそう。
2012/3/8
どうやら私もとっくに感染していたらしい。潜伏期間を経て初期症状が現れた。医者の不養生か、自分の未熟さを思い知らされる。畜生。
てゐのすかぽんたん、見舞いになんて来なくてよかったのよ。馬鹿。死ぬほど嬉しい。多分うつしちゃったけどごめんね。師匠のこと頼んだ。
姫様……あの人は病気どころか死と無縁な人だけど、何だか胸騒ぎがする。今になって八雲何某の言っていたことが気にかかる。どこか遠くへ行ってしまって二度と会えないような……
文々。新聞号外 2012/3/9 感染拡大、その実態はバイオテロ!
3月9日、幻想郷で猛威を振るっていた奇病の正体、そして蔓延の理由が明らかにされた。天然痘。かつて多くの人間を死に至らしめてきた最悪の感染症である。薬の権威、八意永琳(人間[自称])によって特定された。彼女はこう述べている。
「潜伏期間は平均で12日。早くて一週間で発病するわ。始め高い熱が出た後数日して全身、特に顔に発疹が現れる。その後それが化膿して再度高熱を引き起こす。発疹は内臓にも同様に現れるから最悪肺を損傷した場合死に至るわ。本来この病気は種痘という予防接種を施すことによって未然に防ぐのが最良よ。けれど幻想郷の人間は種痘の習慣がなかったようね。その場で特効薬を作成し治療に当たったので直に収束すると思うけど。治癒してしまえば免疫ができるので再発の恐れはないわね。ところで貴方も感染の恐れがあるので通院をお勧めします。」
彼女の尽力で薬が急遽量産され、患者の元へ支給が進んでいる。また、その最中彼女と人里の医師組合との間で協定が結ばれ、今後里の薬屋でも永遠亭の薬を取り扱うことが決まった。一件落着、事態は収束へ向かうことが予想される。ところでこの病気が何故突如として流行ったのか。外の世界で勢力を弱めたために病原菌が幻想入りした、というのが医師らの共通の見解であった。しかし本日午後になって新たな感染経緯について有力な証言が現れた。証言者の藤原妹紅(人間[自称])は今回の件は天災ではなく人災だと語った。
「全ての元凶は蓬莱山輝夜(人間[自称])だ! 私は見たのよ! こいつが地底で土蜘蛛から何やら怪しい小瓶を多額の金で買収したところを。そしてその瓶を人里で割ったところを。日付は2/26のこと、最初の発病者が現れたのは3/4と永琳は言ったわね。どう? 時期的に一致するでしょう?こいつがやったのよ。」
それに対して蓬莱山輝夜は供述をほぼ認めた上で、暇潰しにやってみた、普段自分を穀潰し扱いする永琳達に嫌がらせしてやろうと思った、などと滅茶苦茶な動機を述べた。その場で警察に逮捕され搬送された。
一歩間違えば取り返しのつかないことになっていただろう。事態を重く見た幻想郷の賢者、八雲紫(妖怪)はこのように述べた。
「八意氏のおかげで幸い幻想郷は救われました。しかしこれは由々しき事態であり、このような事態を招いたものには厳しい処分を下さねばなりません。まず蓬莱山輝夜については人里から追放し地獄で一世紀間の懲役を課すことを提案いたします。」
他者の為に尽力する八意永琳のような者もいれば、他者に害をなす蓬莱山輝夜のような者もいる。幻想郷はすべてを受け入れると言うが、私としては後者のような相手はご勘弁願いたいものだ。二度とこのようなことが起こらないよう一人一人が注意していかなければならないと思う。
(射命丸 文)
射命丸文(以下文)「というわけで今回の件について仔細お話していただけませんか?」
因幡てゐ(以下て)「いいよ。じゃあ百円ね」
文「ひゃ……高い!ぼったくりにも程があります!」
て「そう? 妥当だと思うけど。しょうがないなぁ、情報には情報の物々交換で手を打ってもいいよ。この辺でいい賭博場ない?自分で増やすから」
文「まぁそれなら……それで、永琳さんはいつ頃こちらへ?」
て「8日の晩。里で流行っている病気は痘瘡で、鈴仙もやられて寝込んでいるって私が伝えたらすぐにね」
文「それまでは永琳さんはずっと永遠亭にいたと」
て「実はねぇ、先月だったか里の医師連中が来て里のことに干渉するなという約束をさせられたのよ。なんでって?そりゃあいつの時代も人間は自分より優れた者を妬み集団から追い出そうとする。ただそれだけのこと。というわけで痘瘡が流行ってからも奴ら自分達だけで解決しようとしていて、うちに患者を渡さないよう封鎖してたらしい。あ、その辺は鈴仙に聞いてね。あの子ちょうど里に閉じ込められてたから」
文「ひどい話ですね」
て「でしょでしょ。それで流石のお師匠様も堪忍袋の緒が切れてね、乗り込んで周りの無能ども相手に怒鳴ったの。『人の命は貴方達の名誉や財産のためにあるんじゃない!医者というのはたとえ自分の命と引き換えにでも人の命を救う者のことを差す!さてこの中に医者は何人いるのか!』こんな感じだったかしら。それからお師匠様は徹夜でワクチンを作り始めて今朝方には発病時期の早い者から順に治療を開始したわ。私は寝てたけど」
文「あれ、寝ていたというのにどうして知っているんですか?まさか嘘では……」
て「ってけーねが言ってた」
文「(後で慧音さんに話を聞いて確認する必要がありますね。)ところで永遠亭と医師組合の協定云々の話を聞いてもよろしいですか?立案したのは貴方でしたよね」
て「あぁアレ? 今回の件で流石に奴らも自分達の力不足と浅はかさを思い知っただろうと、これを機に奴らの組織をうちらの傘下に入れる代わりに技術提供、薬品の支給を行う契約を結ばせたの。ちなみに利益は一度お師匠様が全て受け取り里の医師に給料として支払う形。何だっけ、こういうの医療法人なんとか、だっけ。ともかくこれでお師匠様は好きなようにやれるし、鈴仙や私は楽できるし、里の医療レベルも向上して、人間達も大助かり。皆幸せ」
文「成程、人間たちの失態に付け込んで掌握したと。ものは言いようですね」
て「誰も損しないからいいじゃない。あぁ、言っておくけどこの取引をけしかけたのは私じゃないよ? さる高貴な方に頼まれた通りに契約書を書いてお師匠様とあちらの代表のサインを貰ってきただけで」
文「それはどなたでしょう?」
て「弐百円」
文「だからそんなお金払えません! ……来月1日に妖怪の山でちんちろりんをやります。特別に招待してあげますので後は貴方の幸運の力で幾らでも儲けてください」
て「それじゃあ駄目ね。あんたの権限で今月末に開催を前倒ししなさい、そうしたら私の知っている全てを教えてあげてもいい」
文「……いいでしょう。約束します」
て「姫様よ。蓬莱山輝夜様。昨日の昼、あの方に出くわしたのだけど、件の契約書を作ってお師匠様が事態を解決したら取引を持ちかけるよう頼まれたの」
文「輝夜さん!? あの、ウイルスをばら撒いて今回の異変を引き起こした犯人の!」
て「そそ。実は今回の一件、何から何まであの人が描いた筋書き通りなの。いや、これからもそうなるのかな……実は他にも頼まれたことがあってね、一つは鈴仙の見舞いに行った後お師匠様にその様子を報告すること、もう一つは百円を渡されたのだけどそれを今月末までに倍額の弐百円に増やして八雲紫に納めること」
文「輝夜さんは貴方を動かして間接的に永琳さんを動かした……ちょっと待ってください、どうしてここで八雲紫が出てくるんです? それにそのお金は?」
て「ここから先のことはあくまで私の想像なので真に受けないでね。姫様はお師匠様が里の医師達とうまくいっていないことに気に病んでいた。そこで一策を講じた。まず姫様は八雲紫から何らかの条件で弐百円を借りて地底に行き、その半分のお金で土蜘蛛から痘瘡の病原菌を買収した。それを里にばら撒き感染拡大、里の医師達ではどうしようもない状態になったところをお師匠様が解決。その後件の契約を結ばせてうちがやつらのトップになるよう仕組んだわけ。そして憎まれ役を背負い捕まったのね」
文「……永琳さんは、気づいているのでしょうか?」
て「勿論、あれだけ洞察力に優れた人を他に知らないもの。それでいて、姫様の身柄を警察に引き渡したんじゃないかな。それが姫様の望みならばと。けどどうだろう……多分、今お師匠様は苦しんでいると思う。どうすればよかったのか、これからどうすべきか、自分はどうしたいのか……」
文「私にできることがあれば手伝いますよ。永琳さんには日頃お世話になっていますし、輝夜さんも月都万象展の記事で発行部数を伸ばし……いえいえ、そういうことではなくてですね、話を聞く限り元々悪いのは人間じゃないですか。なのにそのせいで妖怪が憂き目に遭うのを見過ごせません」
て「偽善?打算?まぁいいけど。あんたがそう言うならまずはちんちろりんの件本気でお願いね。恐らく私が手元の百円を弐百円にして八雲に返せば何らかの効果が期待できるんじゃないかな、今回あいつ姫様の裁判に関わるらしいじゃない。ただ私にできるのはそれこそあいつに金を渡すくらい。あとは当事者同士の問題かなぁ」
文「当事者同士の問題、ですか」
て「だからさー姫様は全部承知の上で事を起こしているんだって。あの人にとっちゃ百年くらい島流しになってもどうってことないんじゃないかな。むしろバカンスくらいに考えているかもね。ただそれをお師匠様が納得できるかどうかってこと。姫様の性格を考えるに最後はお師匠様に決断を委ねるはず。それができるように私もあんたもお膳立てをするだけだよ?」
文「ふぅむ……では私はペンの力で世論を動かして見せますよ」
て「うーん、嘘吐きの専門家として言わせてもらうけどさぁ、あんたの新聞って速さを追求しすぎて正確さに欠けるのよねぇ。皆そう言ってるよ? 狼少年になるだけだから当てにならない」
文「すみません、精進します」
3/10、竹林にて因幡てゐの話を聞く。上記。
その後話の裏を取るために人里の警察署へ向かうが蓬莱山輝夜との面会は許されず。何者かの圧力か?
八雲紫は蓬莱山輝夜に弐百円を貸したことは否定。やはり因幡てゐの話は信用に値しないか? しかし話の前半部分については鈴仙・優曇華院・イナバの日記(拝借したのがバレないうちに返しておこう)とも一致したし、八雲紫が嘘をついている可能性もある。調査が必要。
金銭消費貸借契約書
貸主、八雲紫(以下、甲という。)と借主、蓬莱山輝夜(以下、乙という。)の間で次のとおり金銭消費貸借契約を締結する。
第1条(賃貸)
甲は、乙に対し、2012年2月26日金銭消費貸借のため金弐百円を貸渡し、乙はこれを確かに受け取った。
第2条(弁済)
乙は、元金を2012年3月末日までに、一括して返済する。
第3条(利息)
無利息とする。
第4条(契約違反時の損害賠償)
乙が、本契約に基づく債務の履行が不可能となった時、以下の契約が新たに発生するものとする。
1乙は甲に対し一世紀間無償で奉仕活動を義務付けられる。
2その活動とは期間中毎月末日に地獄の内情を甲に報告するものとする。
3これを元金の返済の代わりとする。
本契約を証するためこの証書を作成し、各当事者が署名の上各自1通を保有する。
2012年2月26日
氏名(貸主)八雲紫
氏名(借主)蓬莱山輝夜
前略
さて、新しい生活には慣れてきたかしら?こちらは元気にやっているわ。鈴仙は以前よりも笑顔を見せるようになったし。てゐは……相変わらずね。あの娘にはいつも手を焼かされるわ。藤原妹紅?最近はよくうちの手伝いに来てくれるわよ。態度はそっけないけどね。
あれからもう十年になるのね……貴方は私に『汝の成したいことを成せ』と言ったわね。私はかつて貴方だけに罪を背負わせてしまった時、死ぬほど後悔した。もう二度とあんな思いは厭だ。だからまた貴方を失うくらいなら人里で暮らしてなんていかなくていい、地獄へなんか行かせない、邪魔する者は皆殺しにする、そう思っていたし実際その気でいたわ。それは私が貴方と共に暮らしたいというエゴ。きっと貴方は私がそうすることも許容はしたのでしょうね。けれども私はまず第一に貴方の従者であり、貴方の意思を一番に尊重することこそ私が成すべきことだと気付いたの。貴方が私達が人の中で生きていくことを望むのであれば、里の決定に従うべきだろう。そうして私はあの日、貴方を見送ることにした。これで良かったのか、と今でも考えてしまうけどね。
ただ一つ言っておきたいのだけど、貴方の望みが自分は永遠亭からいなくなってもいい、という考えに起因するのであれば、それは私としては悲しいしその考えを否定させてほしい。確かに冗談で穀潰しだの言ったこともあったけど(ごめんなさいね)私達は誰一人貴方がいなくなっていいなんて本心から思っていないわ。あの藤原妹紅でさえ、ね。皆貴方が帰ってくるのを待っている。帰ってくる場所をちゃんと用意できるよう頑張ってる。だからその時が来たら安心して帰ってきてほしい。
たった百年程度とはいえ、寂しいものは寂しいのよ。だから貴方が「ただいま」と言って私が「おかえり」と言う時、一つだけ私の我侭を聞いてくれますか?それぐらいはいいわよね。
草々
2022年3月9日
八意 永琳
蓬莱山 輝夜様
姫様カムバック!