Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

季節外れの不如帰

2012/03/04 17:45:15
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 寒々とした桜の梢が揺れる。庭を吹き抜ける風に、屋敷の主西行寺幽々子は当たっていた。
「はぁ~、この静寂で沈着さが冥界よねぇ~」
 そう一人、感慨深く言った。何せ、昨年の冥界は異常な混雑を見せたからであった。特に夏は酷かった。冥界に溢れか
えった幽霊の影響で真冬の様な寒さに見舞われてしまったのだ。
 年も越し、梅の花も綻ぶ頃に漸く冥界は何時もの静けさを取り戻したのである。こうして、庭をゆっくりと散策出来る
のも久方ぶりであった。
「それにしても、何処に行ったのかしらね」
 庭をぐるりと見渡し、その姿を無い事を確認し呟く。そして実感する本当に彼が屋敷に居ない事を。
 彼是、三百年位に成るだろうか。彼がこの屋敷に現れて幽々子に忠誠を誓った日から。千年亡霊として死に続けている
幽々子には時間の感覚は無いに等しい。だがその日の事はよく覚えている。白髪で幽霊を引き連れ、冥界の亡霊姫に士官
を願い出る…変な奴も居るものだ、と思った。そして面白そうなので即断で快諾したのだった。
 今にしてみれば、妙な懐かしさが有った気もするが、兎も角あの日から幽々子の視界には必ず彼の姿があった。
 庭で真剣を振り回す姿、鋏も梯も使わずに剪定をする姿、門前で訪問者を詰問する姿、廊下を勢い良く雑巾掛けする姿
慣れない料理に悪戦苦闘する姿、珍妙な形に仕上がった着物を前に俯く姿、屋根を補修しようと登ったけど足を滑らせ庭
に落ち蹲る姿、幽々子の親友に翻弄され膝を折る姿……
「っく、ぷっはははは、あ~おかしいわ。あの時の顔ったら。ぷぷくくく」
 一応補足するが、彼は二刀を扱う剣の達人であり、よく出来た従者である。決して間が抜けた人物では無い。彼の名誉
の為にもそう追記する。
 兎にも角にも、その従者の姿が今日は無いのである。
 それは昨日の事であった。朝餉を摂り終えた後、彼が急に言ったのだ「明日は休みを取りたく候」と。三百年、一言も
休みを口にしなかった彼が珍しい事を言ったものだ、と幽々子は思った。まぁ、今迄頑張ってくれた事だし一日位、そう
考えこの彼の希望に承諾したのだった。
 最も、この時彼が顕界に行くとは思わなかったが。
「顕界に縁者がいるとも思えないし、何でかしらねぇ~」
 気になったが敢えて訊かなかった。理由は特に無いが、何となく癪であったからだ。本当に何となく。
「紫が見てたらまた誂われるかしら」
 どうも幽々子の親友は彼との関係を邪推している。彼とは主従関係以外有り得ないのに。そう有り得ない。
 懐から扇を出し、風に合わせて舞う。泡立つ心を鎮めるように。
「…そう…何も…」
 流し目に悲しみを載せて、寂しさをその身に纏い、舞い踊る。



 日没も迫った申の刻、彼は帰って来た。
 声高く帰宅を告げる彼を幽々子は出迎えた。気を抜けば走りだしそうになる足を抑えて、何事も無く厳かに迎い入れる。
今日感じた若干の寂寥を胸の奥に仕舞い込、平然を顔に貼りつけて。
「あら~、もう帰って来たの~。もっと遅くてもよ……」
 そして彼を見て固まった。いや正確には彼の腕に抱かれたものを見て。
「只今戻りました。それと今日は別に遊びに出掛けた訳ではありません。この子を……幽々子嬢、どうなされたので?」
 彼の腕に抱かれていたのは幼子。生後一ヶ月か其処らの赤ん坊であった。
「…それは…?」
「あぁ“孫”です。今日はこの子を連れて来る為に出掛けたのです」
 理解し難い事であった。幽々子は彼に孫が居るなど知らない。それどころか彼に子供、いや妻が居る事すら聞いた事が
無いし、そんな雰囲気も無かった。故にずっと独身だと断じていた。それに三百年、幽々子から片時も離れなかったのだ
そんな長期間家族と離れるだろうか、家族間に亀裂が入らないだろうか?
 故に幽々子には到底真実とは思えなかった。
「…嘘ね…貴方にそんな甲斐性が有る筈無い」
「……そう断言されると少々傷つきますね」
「なら、その赤ちゃんの両親の名を言いなさい。ついでに貴方の“妻”の名も」
「う、うむ…」
 直ぐに返答出来無い彼に幽々子は平手を頬に叩き込んだ。
「ほらご覧なさい。で、この子は如何したの?誘拐してきたの?」
「ぐほぉ、こ…このゴボォ、そのでズボォ」
 容赦無い幽々子の平手が彼の頬を舞う。何回も、何回も彼の頬で燕返しを繰り返す。
「それとも何?こんな赤ん坊にしか興奮しないペドフェリアなの?そんなのペド以下よ。ペド以下の以下の以下のド変態
よ。解っているの!!」
「ち、違いまウボァ、と言うかオボォ、ビンタやメゴフ、ちゃんとはなスボァ」
 まだまだ続く幽々子の平手打ち。限界を超えて雨霰と彼の両頬に降り注ぐ。終わった時には骨も残さぬ様に。
「それとも本当に貴方の隠し子なの?そんなの許さない!絶対に許さない!!貴方を殺して私も死ぬ!!!!」
「お嬢は最初からゴフ、死んでいハラォ、だから本当のこドグフォ」
 止めどなく降り注ぐ平手。彼女の手が壊れるまで続くかに思われた私刑は唐突に終わりを告げた。
「ふ、ふわぁぁぁぁん」
 この修羅場に泣き出した彼の懐の赤ん坊によって。
「あぁ、ごめんなさい」
 彼を打つ手を止め、泣き出した赤ん坊を抱きしめる。すると赤ん坊は直ぐに泣き止み、笑い声を上げた。
 その邪気無き笑顔を見詰めて幽々子は決心した。
「貴方が誰の子なんて些細な事ね。そう貴方は今日から私達の子、妖夢なのだから」
 謎の決意、唐突な展開。地面に崩れ落ちた従者は薄れ行く意識の中で、なんでやねん、と呟くのであった。



 意識を回復した従者の説明によれば、顕界で見つけた捨て子、との事であった。
「しかも、自分と同じ半人半霊だと」
 幽々子の腕で眠る赤ん坊。その傍らには確かに幽霊が佇んでいる。精神を研ぎ澄ませば、確かに眼の前の従者と同じ生
と死が入り混じった気配もした。
 彼の眼にも先程と違い迷いの色は無い。なら嘘は吐いていない。
「なら、最初からそう言えばいいのに」
「う、うぐ。断られるかと思いましたので」
 バツ悪く言い、更に捲くし立てる様に言葉を続けた。
「そ、それに、この子を跡継ぎにしようとも思いまして。で、この歳で子と言うのも気が引けましたので孫と言った訳で
そう、ある意味間違っては無いのです」
 自らの剣技と役割を継ぐ者。なるほど、確かにそれは“子”である。
「…従者は兎も角、剣もこの子に継がせるの?」
 まだ、生まれたばかりの赤ん坊である。剣の才能が有るかさえ、まるで解らない。それでも継がせるのか?
 言外の問い、それに彼は眼を細め答える。
「我が剣は我流。伝えるべきものでありません。そも、兵法が伝えるべきは剣技では無くその思想、思考、心得、生き様
そして、死に様です。剣の才有る無しなぞ関係ござらん」
「…そう、貴方がそう言うならそうなのね」
 彼の眼は更に語る。最早、強き従者などいらぬ、と。
 その眼を見て幽々子は予感する。彼が、この子が後を継ぐ時には、自分の元を離れる事を。
 だが、今幽々子はその事を言葉にはしない。止める事もしない。何故なら、既に白玉楼は変わったからだ。幽々子と彼
だけの場所では無い。既にこの子が新たに加わった。
「まぁいいわ。この子を、魂魄妖夢を白玉楼の一員として加えるわ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
 幽々子と彼、そして妖夢。新たになった世界で彼の考えが変わる。いや変わらなくてもいい、新たな風が入るだけでも。
それだけで、未来は大きく変わるのだから。
「そうれじゃあ、紫にベビー用品頼まなくてはね。フフフ、子供かぁ~フフフ」
「…所でお嬢。名前は妖夢で決まりなのか?」
「ええ、そうよ。いい名前でしょう」
「どう言った考えで命名を」
「ふふ、貴方の夢、だからよ」
 白玉楼に吹く新たな風。それがもたらす夢は彼の夢かそれとも……
 今はまだ、誰も知らない。



 おまけ

 地獄すら生温い。
 そんな光景が広がっていた。遠くには骸の様な崩れた建物が見える。それ以外には奇妙に螺曲がった木のような物が地
面から生えている他は一切何も無い。無人の野が無尽蔵に続く。
 嘗て、無数の人がいたこの地方の中心都市。それが斯くも無残な姿を晒していた。
 何時の世にも戦は尽きない。それは人が持ちたる業なのか。彼は灰燼に帰した都市を歩みながらそんな事を考えた。
「主が我を呼んだのか」
 奇妙に捩れた木のような物、その根本に眼を遣りそう呟く。
 彼の耳には数日前。いやそれより前より声が聞こえていた。赤ん坊の泣き叫ぶ声が。
 無視しても良かった。だが日に日に大きくなるその声に、遂に正体を確かめんと動いたのだった。
「ほう、儂と同じ半人半霊か。かの爆弾の所為か?」
 そこに居たのは赤ん坊。彼と同じ髪色で彼と同じく幽霊を引き連れた半人半霊。故に声が届いたのだろう。
「生からも死からも弾かれた者、か」
 自分を呼んだ主を抱きかかえる。すると赤ん坊は笑った。それは漸く自分と同じものを見つけた喜びだろうか。
「…うむ。他に行き場は無いか…なら我が元に来るか」
 一際大きく喜ぶ、それが返事であった。
「そうか。なら主は我が子…いや孫か。まぁ何方でもいい。さぁ、逝こう冥界の白玉楼へ」
 そう言い、その場を離れる。東風に乗る梅の香りと共に二人は顕界を去って行った。
初めまして、寿と申します。
実は妖忌と妖夢が血が繋がって無かったら…と考えて出来たのがこれです。
まぁ、思い付いた時は完全にギャグでしたけど。
おまけで真面目に書いて茶を濁そうとする感バリバリですね。
寿
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
ギャグが良い雰囲気を出していて良かったです
2.名前が無い程度の能力削除
ギャグから思いついてここまでしっかりストーリーができるなんて素晴らしい。
てか妖忌叩かれすぎwww
3.名前が無い程度の能力削除
私刑シーン酷すぎだwww
前後が真面目に書かれてるだけに余計目立つw
4.名前が無い程度の能力削除
妖忌と妖夢が繋がってない説、純粋に面白いと感じました。