1.
何気なく時計を見ると2時を指していた。
昼前に来たわけだから少し長居しすぎたかもしれない。
「文帰るの?」
「ええ。そろそろ次の記事を考えたいし」
「てことは時間ある?」
「なくはないけど」
「じゃあお使い頼まれてよ」
「えー」
時間は確かにある。あるが、お使いなんて面倒なことはしたくない。
そんな私の思考を読んでか、にとりはにやっと笑った。
「文さ、忘れてない?」
「えっと……何を?」
「私、この間カメラ直してあげたよね?」
「う」
数週間前、川の上を通っている時に劣化した紐が切れてカメラが水中へ落ちたのだ。
すぐに取り出したのがよかったのか、3日でにとりが直してくれた。
「部品乾かしてー、悪くなったのは取り出してー、とかやってたから結構大変だったんだよねー」
「うぐ」
「まあ友達だし? お金はとらないけど、ちょっとぐらい頼みを聞いてくれてもいいんじゃないかなーなんて」
「うぐぐ」
そんな風に言われたら何も言い返せないじゃないの。
「……わかったわよ」
「ありがと! 今取ってくるからよろしく!」
ぱたぱたと駆けていくにとりの背に溜息を吐く。
雨がぽつぽつ降り出した。
2.
「お届けものでーす」
渡された袋を持って魔理沙の家の前まで来たものの、ノックしても返事はない。
勝手に入れということなのか、留守なだけか。もしくは、
「ぅわっ!?」
手が離せない状況なのかもしれない。
轟音とともに目を焼いた光に直接渡すことを諦め、同じ森の中に住むもう一人に預けようとその場を離れた。
雨はぱらぱら降っている。
3.
「ごめんくださーい」
「新聞なら結構よ」
「ちっ……って、新聞の勧誘じゃないです、渡すものがあるんですよ」
躊躇うような気配の後、がちゃ、と内側からドアが開かれアリスが顔を出した。
「何?」
「にとりから魔理沙にって頼まれたんだけど、さっき言ったらひどい目に遭ったから」
「さっきの音はそういうことね。わかった、預かっておくわ」
普通の会話に妙な安心感を覚えつつ暇を告げ、寄り道をするために予定していたルートから外れた。
雨はざあざあ降っている。
4.
「あんた馬鹿なの?」
呆れ顔で発せられた第一声に苦笑して奥へ戻る背を見送る。前回置いていった服を持ってきてくれるのだろう。
「毎回毎回雨の中ここまで来るとかほんと馬鹿じゃないの?」
「この辺りまで来たら山よりこっちの方が近いのよ」
「あっそ」
投げやりに返しながら持ってきたタオルと服を私に持たせ脱衣所に押し込んだ。
「そのままお風呂入ってきなさい。ぬるいかもしれないけど、ないよりいいでしょ」
「ありがとう」
ん……お風呂?
こんな昼間から入浴していたのか? さすがにないだろう。ということは、私が来ることを予想していた?
だとしたら、嬉しいんだけど。
「そういえば最近見かけてないわね」
「研究中なのかしら。だったら直接渡した方がよかったかな」
「さあ? ま、そのうち出てくるでしょ」
肩をすくめ煎餅を齧る霊夢に倣って器から1枚取る。
雨が止むまで居座ることを知っているからか、すぐにお茶が出された。
「早く梅雨明けないかしら」
「そしたらまた宴会ね」
「それも嫌だけど、退屈しのぎにはなるか」
「暇人」
「うるさいパパラッチ」
「否定はしないのね」
「放り出されたい?」
「すみません冗談です軽いジョークなんです」
卓に額を擦り付ける勢いで謝ると、霊夢は何も言わず鼻を鳴らして湯呑みに口をつけた。
へそを曲げているわけじゃないだろうけど、一応機嫌を取っておくか。
お茶で喉を潤しつつ霊夢が食いつきそうな話題を考える。
外は土砂降り。
雨はまだ止みそうにない。
しかし、お使いの内容が気になりますね……なんだろう?