女の子にはいつ何時であってもお菓子が必要である、というのが私の自論な訳だが、そこに来ると今この状況は非常に由々しき事態に陥っていると言えよう。
昼下がり、おやつの時間である。今日の為に、昨日買っておいたドーナツがあるというのに、私はまだ手を付けていなかった。今朝から何も口にしていない。
そして何より巨悪の由々しきは、そのドーナツを目の前で食い散らかすこの女鴉であろう。
「ほら、見て見て。九位、九位ですってよ奥さん」
「おーめーでーとぉーござーますぅー」
「どうもありがとう。貴方も四十九位、なかなかご健闘なさったと思うわ」
「はぁ。どうもありがとうございます」
文がびらりとめくるは、丁度昨日、結果が発表された、天狗内での新聞の人気番付の特集である。文の『文々。新聞』は見事九位、入賞を果たした。我が『花果子念報』は……再三言うまでもない。
友人として祝辞を述べるのは本意でこそあるけれど、こうもいやらしく自慢されれば、げんなりするのも道理。
「っていうかそもそも、文なんで当たり前に私の家に居座ってるの帰って」
「えー。私とはたての関係じゃん?」
「どういう関係よ」
「セフレ以上恋人円満?」
「悪い事は言わないから死んでくれ」
「照れなくていいのに」
「キモがってんのよ判ってよ」
これは私の名誉の為に断っておくが、文とそういう関係になった覚えはない。
精々、私の家に文の枕やらマグカップやら歯ブラシやらが置かれていて、当たり前に晩飯をたかるので文のお箸を用意するようになって、印刷所に私の家の方が近いからと締切前に勝手に泊まっていくので、最近文の布団まで用意せざるをえなくなったくらいだ。
あれ、これ同棲じゃね?
「ないない、ありえない」
「何、私とはたてが順調に愛を育んでいってる話?」
「違います」
「姫海棠っていう苗字嫌いだから射命丸はたてになってね」
「なんで籍を入れるのが前提なんだよ。っていうか射命丸っていう苗字もキモいし姫海棠って気に入ってるから絶対やだ」
「姫海棠ってなんか気取ってる感じがやだ」
「姫海棠って姓名判断だとすっごい良い画数なんだからね!」
「それどこ情報よ」
「ゴシップ記事の最後の方のページにあるやつ」
「あんたも好きね」
「まぁ鴉天狗ですから」
「ねぇはたて」
「なに」
「コーヒー入れてくんない?」
「おまえほんと自由な……」
ドーナツが見る見る文の胃袋に収まっていくのを見つめながら、そいつのコーヒーを淹れる経験が貴方にはあるだろうか。ないならそのままの貴方でいてもらいたい。殺意という言葉面だけ判っていればそれで良い。
呪詛を吐きつつ湯を沸かし始める私も私である。文のマグカップを出して、ドリップ式のインスタントを用意する。
そもそも私はコーヒーがあんまり好きじゃない。文が紅茶嫌いって言うから、しょうがなくコーヒーも常備するようになって……あれ、やっぱりこれ同棲じゃね? いややめよう。これについて考えるのはなしだ。
「チュロスもーらいっ」
「は?! それ私のだから! 文はこっちのハニードーナツ食べてなさいよ!」
「だって今超チュロスの胃なんだもん」
「なんで?! いつもハニド食ってるくせに!」
「はたて、私の好みちゃんと知ってるんだね……私嬉しい」
「ハイ白々しい演技頂きましたー!」
「その厚意を無駄にしない為にも、食欲ないはたての代わりにハニドも食べるわ」
「おまえマジ一回死んでもバチ当たらないよ!」
ああ……文の胃袋に消える私のチュロス……人気の新作、抹茶チョコチュロス……。
あっ、チュロス持った手でひとのケータイ触んなよしばくぞ!
お湯を注いでドリップして、砂糖は入れずにミルクを少々。マドラーでぐるぐる攪拌して、文に手渡す。
っていうかなんで文のコーヒーを私が作ってんのよ。自分で入れろよ。急にひとの家来てドーナツ食うわコーヒー入れさせるわケータイ勝手に見るわってこいつマジなんなの……。全部許容してる私は更にマジなんなの……。
「それで? 私に自慢しに来たの?」
「酷い。そんな性格の悪い事、私がすると思ってるの?」
「おまえ今日ここに来てからの自分の振る舞い思い出してみろよ」
「失意の淵に立たされる友人を(性的な意味で)慰めに来てあげた……ってくらい?」
「全然事実と違うしそのカッコの中何?! 心理描写扱いされて読まれずに済むとでも思ったか?! ちょいちょい仲を捏造すんのやめてくれる?!」
「はたて、メタネタはやめなさいよ」
「誰が使ってんだよ! 誰が!」
ツッコミまくって喉が枯れそうになってきたので、私用に紅茶を淹れる事にした。食欲がないので、せめてと砂糖はふんだんにブチ込んだ。
「もうそれ砂糖の味しかしないでしょ」
「砂糖嫌いなひとが飲めばそうでしょうね。でも私、甘いの好きだから良いの」
「ふーん」
文は気にした風でもなく、チュロスもハニードーナツを食べ終えてしまって、残ったドーナツはカスタードアップルパイただひとつになった。
それも食べるんだろうか、とぼんやり見ていたら、おなかは満たされたのか、手をつけようとはしなかった。というか、迷ってるというか、私を伺っている感じだった。変なの。
「ここまで無遠慮に食べておいて、今更私の顔色見なくたって良いじゃん」
「ひとつも食べないのかなって」
歯切れ悪く。
「良いよ別に。今日はなんも食べる気しないし、だったら早いうちに食べてもらった方が、捨てずに済むしさ」
「なんか作ろうか」
心なしか困ってるみたいに。
「なにそれ。どしたの急にしおらしく、」
いやぁ、とバツの悪そうな顔をして。
「結果見てしょぼくれてんのかなー、とか。だったらその弱みにつけ込んで、今の内に恩でも叩き売っておこう的な」
言っている事はむちゃくちゃだけど、その実決まりの悪そうな顔をして、まぁなんというか、らしくないなぁ、と思ったのだった。文も、私も。
そうそう、らしくないのだ。文が私を気遣ったり、私が文に劣等感を抱いたり。そういう青臭いのは、卒業したい年頃なのだ。
「文ってさ」
「何よ」
「たまに可愛いっていうか、アホっぽいよね」
ドーナツが入ってたケースが顔にクリーンヒットした。
いてぇ。音速で女の子の顔面に投げる馬鹿がいるかマジいてぇちくしょういてぇ。
「勝利の祝杯として最後のアップルパイは没収」
「はいはい、どうぞご賞味下さい」
「はたて、どうせ今日、空いてるでしょ」
「暇人みたいな言い方しないでくれる? ……暇ですけど」
「飲みに行こう」
「えーそれって勿論文のおごりだよねー?」
「えっここはお祝いにはたてがおごってくれるノリじゃないんですかぁー?」
「じゃ、ワリカンで」
「しょうがないわね、ワリカンで」
あぁ、はらへった。
またまた御冗談を
ところで俺のストレートティーがはたてスペシャル(砂糖マシマシ)になってて甘ェ…