正午頃、溶けかけて重くなった雪の処理に憂鬱になっていた私を訪ねてきたのはぬえさんだった。たまに遊びに来る彼女がまずすることと言えば、お茶とお菓子を要求することが多いのだけど、今日は様子が違いました。
手を後ろで組んだ姿勢のまま、落ち着きなく視線を漂わせ、ちらちらとこちらを見てはそっぽを向くを繰り返す。
何か迷っているみたいだったけれど、一体どうしたんでしょうか。
「どうかしましたか? 変ですけど」
こちらから訊いてみるが、返事はない。
どうしたものかと考えていると、ぬえさんは意を決したのか睨みつけるように目を合わせる。
そして、後ろで組んでいた手をほどき、
「はい」
と、ぶっきらぼうに板チョコを差し出した。
それを前にした私は思わず、
「はい?」
と、随分間抜けな返答をしてしまった。
案の定、ぬえさんはむっとしたように口を尖らせ言う。
「なにさ。私がチョコあげるのがそんなにおかしい?」
「いや、そんなことはないですけど。もうバレンタインは過ぎているのにどうしたんですか?」
私はバレンタインには知り合い全員にチョコを渡して、その中にはぬえさんも含まれている。ぬえさんは作らなかったみたいなので、彼女に対しては『ホワイトデーに期待しています』と冗談半分に言ったのだけど。
「別に何でもないよ。いっつも世話になったりしているしたまにはいいかと思っただけ」
「はぁ、そうですか」
ありがとうございます、と言ってチョコを受け取る。人里でも容易に手に入る市販品みたいですが、文句はありません。こういうものは気持ちが大事なのですから。
「……やっぱり、手作りのほうが良かった?」
「欲を言うなら、ですけど」
しかしまぁ、遅れたとしても貰えたという事実が嬉しいので別に構いませんが。面倒だから、という理由で市販品にしたわけじゃないというのは、不安そうな表情を見ればわかりますし。
「そっか。ならよかった、かな」
自分を納得させるようにぬえさんは呟いた。
気にしなくてもいいのになぁ。
「それとムラサからも。『遅くなったけど良かったら』って」
「おや、それはありがとうございます」
こちらは丁寧にラッピングされた箱を受け取る。結構な厚さがありますが、チョコケーキが入っているんでしょうか。
「それじゃあバイバイ。ホワイトデーはちゃんとしたのを作るから」
「あ、ぬえさん」
呼び止める間もなく、背を向けたぬえさんは走り去り空に飛び立つ。
私はその背中が見えなくなるまで見送り、手に持ったチョコとスコップを見比べて、数秒逡巡。
はい、チョコは早めに食べたほうがいいと結論が出ました。
「紅茶を淹れて、のんびり味わいましょう」
後でしますよ、と自分に言い訳してから私はスコップを雪面に放り出した。
◇
箱の厚さからチョコケーキだと予想していたムラサさんの贈り物でしたが、整然と並んでいたのはボンボン、トリュフチョコ、ガナッシュと様々な種類のチョコでした。ぬえさんも『ムラサの料理は美味しい』と言っていましたが、お菓子作りも得意なんでしょうか。
「うむむ、これはなかなか……」
柔らかくとろりと口の中で溶ける口溶けの良さ。濃厚ですがしつこくない味わい。
これは相応のものをお返ししなければなりませんね。私も負けていられません。
「うーん? けど、厚さの割に量が少ないような」
ケーキが入りそうな厚さの割には、一面にあるのは6個のチョコだけとはなんだか不釣り合いのような気がします。
はてな、と思いつつもチョコを運ぶ手は止まりません。ああ、幸せ。スイーツ万歳。
ゆっくりのんびり味わったつもりだったのですが、あっという間にチョコはなくなり箱だけが残りました。
さて、次はぬえさんのチョコを頂きましょうか、と思い箱を横にどけようとした時、
「ん?」
覚えたのは違和感。
中身は空のはずなのに微妙に重い。入っているものと言えばペーパークッションだけですが、その下に何かがあるのでしょうか。
がさがさとペーパークッションをどけていくと、小さなラッピングされた包みと折りたたまれた手紙のようなものが出てきました。
どうしてこれだけ隠されていたのか。その答えは手紙に書かれていました。
『これを読んでるってことは見つけてくれたってことだよね。
このチョコは私が作ったんじゃなくてぬえが作ったやつなんだけど、形が悪いからって渡すのを嫌がっちゃって。
結局市販品を渡すことにしたんだけど、せっかく作ったんだから勿体無いと思って、こっそり取っておいたの。
あの子、急に『チョコの作り方教えて』って言い出してさ、ホワイトデーまで待てば? って言っても聞かなくて。よっぽど嬉しかったんじゃないかな。
だから、受け取ってあげて。感謝の気持ちを伝えたいって一生懸命だったから。
PS.味は大丈夫だよ。ちゃんと味見したから』
――手紙を読み終えた私は丁寧にそれをたたみ、可愛らしいラッピングを解く。
なるほど、確かに歪な形をしている。けれども、とゆっくり私はそれを口に運ぶ。
一口食べてしまえば、それはとても些細なことになる。口の中でとろけるチョコの食感。やさしく香るお酒の匂い。
純粋に食べ比べたならムラサさんのものに軍配が上がるだろう。けれども、それ以上に彼女の気持ちが嬉しかった。
私の贈り物に喜んでくれたこと。感謝を伝えようとしてくれたこと。
結果的には手作りではなく市販品を選んだことも、私を喜ばせようとしたから。
それが、何よりも嬉しかった。
口の中でチョコが自然に溶けるのに任せじっくりと味わう。
全て溶けきったとき、自然と溜息が漏れ、次に笑顔がこぼれる。
「ホワイトデーは気合を入れなければいなりませんねっ」
頬がゆるむのはチョコの甘さのせいか、温かい胸の気持ちのせいでしょうか。
まぁ、どっちでもいいんです。
なんたって、こんなに幸せな気分なんですから。
『雪かきをサボった』と神奈子様に叱られなければ綺麗な話で済んだんですけどね。
寒空の星を眺めながら、私は一人涙を流すのでした。
村紗がいい性格してんね
あ、いや、幻想郷の皆さんはどうぞ存分に楽しんで下さいませ。
自信が無くて渡すのを躊躇うぬえ可愛いよぬえ
ぬえがいじらしくて可愛いですね。
きっとホワイトデーでは二人の最高傑作を交換しあって食べさせ合いとかするのですねわかります!
あと風邪引かないでね早苗さん